2201年、火星極冠遺跡付近。
ある雪の降り積もった極寒の平原での事。
「見事…なり…人の執…念…見せて貰…た…グプッ…」
「ハァ…ハァ…ハァ…」
そこで果たされた、一人の地獄から舞い戻った男の復讐。
「あれ…?皆、老けたね…」
「はぁ、よかったぁ…いつものボケだぁ…」
彼の求め続けたモノは彼の大切なオモイデ達に助けられ。
「さよ〜ならぁ〜…って行かせてよかったの?」
「行くってもんを、無理に引き止めたってどうしようもないだろ?」
「でも…これからどうすんだよ…アイツ…」
それを言葉無く見ていた彼は、自らの半身と共に何処へと姿を消し去った。
「アキト…?アキトは…どこ…?」
眠りから覚めたお姫様は呪いを解かれ愛する皇子の姿を求める。
「帰ってきますよ。」
「ルリルリ…?」
それに応じて口を開いた妖精の、小さいながらも力のある声に誰もが注意をそちらに向ける。
「帰ってこなかったら追いかけるまでです。
だって…」
言いながら振り替える妖精の顔に浮かぶのは紛れも無き心からの笑顔。
「だってあの人は…大切な人だから!」
「そうだね、ルリちゃん…」
妖精とお姫様はまるで姉妹のように同じ笑顔を浮かべた。
短編SS
親友
西暦2202年、火星旧ユートピアコロニー集合墓地。
そこには大小さまざまな大きさの墓石らしきものが、
碁盤の目の如く規則正しく立てられている。
そしてその中で、他とは違いまるで連れ添っているかのように並んでいる
一際小さな二つのソレの前に、一人の人が立っていた。
その人物は全身をボロ雑巾のような布で覆っており、
一見すれば浮浪者や物乞いの類にも見受けられる。
しかし、その手には明らかに高価そうな白一色で統一された花束を持っていた。
「父さん、母さん。
ようやく墓参りに来れたよ。」
花束を二つに分けながら墓に話し掛ける声からは、
その人物が男性で青年よりも少し上くらいである事がわかる。
「ようやく、と言っても去年まではここに二人の墓があることすら
忘れていたんだけどね。」
そう言いながら苦笑したのだろうか、くぐもった笑いがあたりに木霊する。
「父さんと母さんはそっちでも何かを研究してる?
それとも息子の親不孝を嘆いて、そっちに逝った俺を叱る準備でもしているかな?
まぁ、きっと二人にはそっちに逝っても会えそうも無いよ。
俺が逝くのは確実に地獄だから。」
喋りながら全身を覆っていた布から、首から上を露出させる。
そこから出てきたのはまるで陶磁器のように白い肌のアキトであった。
そして、どこに行く時にも外さなかったバイザーを
外したその顔に浮かんでいる笑みは苦笑なのか嘲笑なのか…。
「だから、とりあえず墓石くらいは磨いておくよ。
ひょっとしたらこれのおかげで一目だけでも二人に会えるかもしれないから。」
そう言いながらアキトは懐をゴソゴソと漁り、
水の入ったペットボトルと雑巾を取り出して墓石をゴシゴシと洗い始める。
「ねぇ。二人はさ…大きな会社一つと真っ向から衝突したんだろ?
怖くは…無かったの?」
墓石を洗う手は休めずにアキトは口を開く。
「俺は、二人みたいには出来なかった。
それを見ようともせずに逃げ出したんだ。
無人兵器に怯えて火星から逃げ出して、
火星の生き残った人達を見殺しにしてしまったのが怖くて
それから逃げる為にフクベ提督に八つ当たりして、
必要とされないのが怖くてナデシコから逃げ出して、
少しはマシになったと思ってたら今度は皆から逃げ出して…」
いつの間にかアキトの墓石を洗う手は止まり、
俯いて震える声で喋り続ける。
「そして今度は…
今度は世界そのものから逃げ出そうとしてるんだ…」
そう言ったアキトの瞳に光は無く、あるのは深く暗い絶望だけ。
それから暫くはただひたすらにペットボトルから水を垂らし雑巾で拭いていた。
「ふぅ…随分綺麗になった、かな?」
そして一段落付いたのか手を止めて額の汗を拭う。
「さて…」
それからフッと振り返る。
「それで?いい加減出て来たらどうだ、アカツキ?」
そして感情の篭もらない声で自分が復讐すると決めた時に
唯一反対する事無く協力した親友を呼ぶ。
ジャリ…
「アハハハハハ…やっぱりバレてた?」
「何をしに来た?」
それに反応して比較的大きめの墓石の影から出てくるアカツキ。
悪戯が見つかって誤魔化そうとしている子供のような愛想笑いを浮かべる。
「まぁまぁ、久しぶりに会った親友相手にそれは無いよ、テンカワ君?
それに、テンカワ夫妻の墓参りはあのクソ親父の息子としての義務だからね。」
「ハァ…生憎と、誰かに愛想を振り撒く程気分が良い訳じゃ無いんでね。
大体一昨日会っただろうが…。まぁ、いい。」
苦笑しながらそう言うアカツキに、溜息と共に呆れながら返すアキト。
その顔には言葉とは裏腹に薄くではあるが純粋な笑みが浮かんでいた。
そんなアキトの顔を見て、アカツキは墓石の前にしゃがみ手を合わせた。
「…そう言えばテンカワ君、いい加減「帰って来いなんて言わないだろうな?」うっ…」
ガチャ…
「そんなことあんまりしないでくれる?心臓に悪いから。」
暫くはそうしていたアカツキが口を開いたが、
言い終わる前にアキトが後頭部に銃を突き付けて殺気を辺りに振りまき始めたのを感じて、
慌てて別の事を口にする。
「お前にはこれくらいで丁度いい。」
「し、親友に向かってそれは酷いんじゃないかなぁ…はは、ははははは…」
それに対するアキトの答えと更に明確になっていく殺気に、
アカツキは最早乾いた笑いしか出ない。
「まぁ、いいさ…どうせ俺にはもう時間が無いんだからな…」
「そう、だね…後一週間か…」
「ああ、もう手術に耐える程の気力も体力も無い。」
言いながら銃をしまうアキト。
顔は無表情になり、その声に力は無い。
一昨日の事である。
火星極冠遺跡のラボルームにて「火星の後継者」達の実験データが発見され、
それを基にしてネルガル月ドックでイネスが行った約一年の研究の成果により、
アキトの体内に無秩序に存在する無数のナノマシンを整頓する事が成功し、
欠落していた五感は常人並程度には回復している。
ラピスとのリンクは、アキトの希望によって排除された。
しかし本来療養に専念して余命5年足らずと言われていた短い命が、
数多の激戦、死線を彷徨い続けた事で最早風前の灯火であり、
それはナノマシンが整頓されようとされまいとあまり代わらない事実である。
「イネスは未だ諦めずに解決策を探してくれているが、
もう何をした所で助からん。」
だからこそアキトはアカツキ達の所からも姿を消した。
「なら、尚更一度だけでもいいからユリカ君に会って話した方が良いと思うんだけどねぇ…。
彼女、君が死んだなんて知ったら後を追いかねないよ?」
「だけどお前らが止めてくれるんだろ?」
そう言いながらアキトはアカツキに笑みを見せるが、それも直ぐに消える。
アカツキがこれ以上無い程真剣な目をしているのに気付いたからだ。
「出来うる限りはね…。
でもテンカワ君とイネス君とユリカ君はA級ジャンパーだ。
テンカワ君のようにボソン・ジャンプなんてされたらもうお手上げさ…。
今回は運良くここで会えたけど、それがこれ以降続くとは限らないしね。」
「それでも俺は止まる訳にはいかないんだよ。
統合軍内部には未だにボソン・ジャンプ技術の独占を考えてる奴もいる。
ネルガルではお前達やルリちゃんにラピスがいる限りそんな事は出来ないが、
他の企業は未だに人体実験を繰り返しているようだからな…。
一週間程度でどれ程潰せるかは分からないが、限界までやってみるさ。」
それにつられるようにアキトの目にも力が漲る。
そしてそんなアキトの感情にあわせて顔には幾何学模様の煌く線が浮かび上がる。
「アカツキ、すまんがサレナとユーチャリスは貰っていくぞ。」
「それが君の「私らしく」かい?
全く頑固だねぇ…いいよ持っていきなよ。
どうせアレを十二分に使いこなせるのはいまだに君しかいないし、
いつまでも置いといて軍や他の企業に見つかるくらいなら
いっそ爆弾代わりにしたほうがいいかもね。」
そう冗談めかして言う、アカツキの目には深い悲しみが漂っている。
彼とてようやくめぐり会えた唯一の親友を失いたくは無いのだろう。
しかしそれと同時に、それがいかに経営に有効であるかを打算的思考によって計算している。
「アカツキ、俺はそろそろ行ってくる。」
「テンカワ君…分かったよ。
元気でね。」
「ふっ…お前も、な。」
そう言ってアキトは懐から取り出したCCを握りイメージを開始した。
「ジャンプ先、イメージ固定。」
それにあわせてアキトを光が包み始める。
「テンカワ君。存分に暴れるといい。」
「…ジャンプ。」
そしてアカツキの言葉を聞いて頷いて呟くと同時に光と共にアキトは消えた。
「テンカワ君、僕は君を忘れないよ。絶対に。」
一人残されたアカツキの呟きを聞いたのは墓石達だけ。
○後書き
皆さん、お久しぶりです。
致命的に遅筆な愚者です。
さて、いかがだったでしょう…。
こんなのはアカツキじゃねぇ〜〜〜〜!!!
とかいろいろ言われそうで怖いですが、今のところこれが限界です。
この話、時間軸としてはナデシコ・ザ・ミッションの後です。
暫くは大人しくしていた連中が動いたのをきっかけにアキトが根絶を狙い動き始める、
と言った感じです。
一応言って起きますがこれは短編です。
ですので続きモノのプロローグに見えようがちゃんと終了してなかろうが、
これで終わりです。
当初はアカツキではなくユリカが登場してハッピーエンドになる予定でしたが、
最近は格好良いアカツキをよく見かけるのでアカツキが登場しました。
代理人の感想
おー。
いいですね、綺麗にまとまっていて。
最近短編が多くて嬉しい限りですねぇ。