機動武闘伝
ナデシコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロスペクター「さて・・・・・・・もしよろしければ皆様方に、

このナデシコファイトをご説明させて頂きましょう。

そもそも六十年前の事です。汚れきった地球を後に宇宙へ上がった人々が

コロニー国家間の全面戦争を避けるため、

四年に一度各国の代表を"ナデシコ"と名付けられたマシーンに乗せ、

"ファイト"と称し、戦って、戦って、戦い合わせ!

最後に残ったナデシコの国がコロニー国家連合の主導権を手にする事が出来る・・・・

何とスポーツマンシップに溢れた戦争を作り出した事でしょうか・・?ですが、残された問題が一つ。

この、ファイトの舞台は地球。そう・・・我々の住む汚れきった地球だったのです。

しかし、今回の大会は何やら様子が少し違う様です・・・。」

「・・・そこのお前!この女に見覚えはないか!?」

赤い長鉢巻を締め、赤いマントに身を包んだアキトがいきなり写真を突きつける。

色褪せ、半ばから千切れた古い写真。

そこには、肩車をされて無邪気にはしゃぐ少女が写っていた。

「この写真がどのようなファイトの嵐を吹き荒らすのか!?

さて、今日のカードはネオロシア代表、ボルトナデシコ!

ファイターはプリズナー・・・つまり、囚人だそうです・・。

それでは!

ナデシコファイト・・・

レディィィ!ゴォォォゥ!」

 

 

 

 

 

 

 

第五話

「大脱走!

囚われの

ナデシコファイター」

 

 

 

 

 

 

 

凍てついたロシアの大地を吹雪が蹂躙していた。

もっともそれはよそ者の感想で、土地の人間にしてみれば

「吹雪」と言うのは10m先が見えないくらいのものを言うのだという。

この程度は単なる「雪」であった。

「そう、いつの頃からか、確かにここらは『ナデシコの墓場』って呼ばれていてね・・

町へ入ったナデシコは二度と姿を見せずに消えてしまうって言うのさ・・。

え?テンカワアキト?さぁ、知らないねぇ・・。大体、観光客なんてこの町には来ないさね。

こんな、収容所のある町になんてねェ・・・。」

食料品店を出たガイは、猛烈な吹雪に防寒具のフードを直した。

「けど、アキトがここの町に入ったのは間違いねぇ・・・。」

その視線の先には、雪に埋もれたシャイニングナデシコのアサルトランダーがある。

操縦席には持ち主の姿はなかった。

ガイが視線を移した。

大きな湾のほぼ中央、町の対岸にある孤島。

「ナデシコの墓場・・か。」

時折かすかな光の瞬くその孤島を見ながら、ガイが呟く。

海面から突き出た尖った島と、その上に築かれた灰色の収容所は、

まさしく難攻不落の大要塞か、あるいは打ち捨てられた墓標を思わせた。

 

不意に、サーチライトが空を照らす。

サイレンが鳴り、沈黙を守っていた収容所がにわかに騒がしくなり始めた。

マンホールの蓋をわずかに開き、サーチライトが通りすぎたのを確認してから

アキトが地上に飛び出した。斜面を転がり茂みに飛び込む。

間一髪で光がアキトの隠れている茂みを照らし、通り過ぎて行った。

アキトの息が荒い。

「何故だ・・・奴らは何故、ナデシコを探している?」

 

 

 

 

半日前この街に入ったアキトは、いきなり収容所に連行された。

「さあ言え!貴様の正体はナデシコファイターだ!

この街へ、我がネオロシアのナデシコファイターを捜しにやってきた。違うか!」

「だから何度も言っているだろう・・?只の、観光旅行だってよ・・・!」

「ぬぬぬぬぬぬ!まだ言うか!」

尋問官の持つ警棒が横殴りに振るわれ、

両手を拘束されて椅子に座らされてたアキトを床に転がした。

こんな尋問がもう三時間は続いている。

倒れたアキトの頭を尋問官が踏みにじる。

「さあ!早くお前のナデシコのありかを言え!」

「まあ、待て・・・そいつはただ、町をうろうろしていただけなんだろう。」

「しかし所長、しきりに誰かを探していたと言う事で・・・!」

「それだけでファイターと決めるわけにも行くまい・・?」

「いいえ。我々の情報網は完璧です。その男はネオジャパンのファイターに間違いありません。」

こちらに背を向けた、背もたれの大きい椅子から声が発せられた。

声の主は取調べの間中一言も発せずにいたらしい。

所長は鼻を鳴らして反論しようとした。

「しかしだな・・ん?なんだこの国名は。」

アキトの所持品の間をさまよっていた視線が、一枚の紙切れの上で止まった。

ネオイタリア、ネオアメリカ、ネオチャイナ、ネオフランス、ネオロシア。

そのうちネオロシアをのぞく国名は×印で消されている。

裏返して見ると、それはちぎれた写真だった。

小学校くらいの少女が肩車されている。

屈んで、倒れたままのアキトの目の前にその写真を突きつける。

「誰だ、この女は。隠すとためにならんぞ、ん?」

今までぐったりしていたアキトが、猛然と跳ね起きた。

上官の後ろに回りこんで、左腕を捻り上げると同時に首を締め上げる。

「手錠を外せ!」

おろおろする尋問官だったが、結局コントローラーを操作して、

パチン、という音とともにアキトの手錠が外れた。

イスの男と尋問官の二人を睨みながら腕に力を込める。

鈍い音がして左腕が捻れ、所長が気絶した。

「さっさと治療してやれ。さもないと、腕が使えなくなっちまうぜ!」

言い捨て、素早く写真を拾うとアキトが姿を消した。

「貴様!」

「待て!このままでいい。」

先程の声の主が立ちあがり、手を上げて制する。

明らかに染めたものとわかる金髪を長く垂らし、前髪に赤いメッシュを入れている。

一見軽薄そうな顔立ちのその目が、鋭く光った。

 

 

 

 

「何故だ・・あの連中は何が目的だ!?」

サーチライトが途切れた。考えを中断し、走り始める。

今は、この状況を脱出するのが先決だ。

「諦めな。」

何かを抑えているような女性の声が、アキトの足を止める。

崩れかかった建物の階段の一番下に、誰かが腰を下ろしていた。

偶然、サーチライトがその人物を照らした。

短く揃えた緑色の髪。背丈はアキトより少し低いが、無駄なく鍛え上げられた肉体の持ち主。

だが、アキトを内心驚嘆させるほどに鍛えた肉体でありながら

そのボディは女性特有の柔らかでしなやかなラインを保持していた。

暗がりでもはっきり女性とわかるほどのプロポーション。

胸も尻も、鍛えられた筋肉に底上げされているからだ。

怖いもの知らず、といった若さ溢れる顔立ちにふてぶてしさが同居している。

「お前一人じゃ、どうあがいたってここからは逃げられねえ・・・よ!」

立ちあがり、左右に開こうとした両手首の間に火花を散らすエネルギーの鎖が繋がった。

首にも電子機器の付いたバンドを着けている。この女性もまた、囚人なのだ。

「どうやら同じ囚われの身らしいけど、あいにく俺は、

こんな所でのんびりしているわけにはいかないんだ。

・・・寝ててもらうよ!」

瞬速、アキトが間合いを詰めた。気絶させようと、みぞおちに拳を突き入れる。

鈍い音が響く。アキトが呆然と目の前の女性を見た。

正面から女性のみぞおちに吸いこまれた筈のアキトの拳が止められていた。

アキトの拳から、分厚いコンクリートの壁を殴ったような手応えが伝わってくる。

手や膝でブロックされたわけではない。防具をつけていたわけでもない。

アキトの拳は、女性の腹筋だけで止められていた。

緑色の髪の女性は、微動だにしてない。

にやり、と笑うと組んだ両拳をアキトの首筋に振り下ろす。

「そこまで、スバル・リョーコ。その男にはまだ訊きたい事があるんでね。

・・それに、君にも少しは大人しくしていて欲しいな。」

薄れゆく意識の中聞こえてきた、その軽薄そうな声を最後にアキトの意識は途絶えた。

 

 

 

 

「・・・でもよ、ハーリー。いくら外国の事には手出しできないからって・・・。

・・・・しょうがねえな、わかったよ。もう少し様子を見る。ん。ああ。わかってるって。」

通信を切ったガイは、アサルトランダーの操縦席を後ろに倒した。

その姿には焦燥の色が濃い。

「くそっ・・・アキトになんかあったら、てめえら全員ただじゃすまさねえからな・・。」

その吐く息が白い。

アサルトランダー内部は密閉されていると言うのに凍えてしまいそうだった。

こころもちヒーターの温度を上げると、体力を温存するべくガイは眠りについた。

 

 

 

 

(テンカワ・・テンカワアキト!どうした・・・あの少女はどうした・・!

早く彼女を捕らえるのだ・・・そしてあのデビルホクシンを!)

(そうです・・・あの人を助けるにはそれ以外方法がありません・・・

それが出来るのはあなただけ・・・あなただけなんです!)

懐かしいひと。

いつもアキトを見ていたその金色の瞳が今は固く閉ざされ、

銀色の髪は凍てつき、その身は氷の棺の中に封じられている。

手を伸ばしても、それは冷たいガラスに遮られるばかりだった。

不意に像がぼやけて遠ざかる。アキトが絶叫し、跳ね起きた。

「・・・・おはよう、新入りの人。」

アキトが入っていたのは、畳にして二畳もない独房だった。

三方はコンクリート、もう一方は鉄格子。

壁から吊り下げられたベッドと奥の便器。

それだけで室内の空間の殆ど全てが占められてしまっている。

声は隣の房から聞こえてきた様だった。

「随分とうなされていた様だけど・・・何もかも諦めた方がいいわね。

ここへ入った以上はチェック・メイト。お終いってことよ、ナデシコファイターさん。」

無言のまま、アキトから明らかな殺気が放射される。

声がくすくす笑った。

「隠したって無駄無駄。このチハヤちゃんにはわかるんだから。

ここにはね、四年に一度あなたみたいな顔をしたのが入って来るのよ。

・・・罠に掛かってね。

奴ら、この町にネオロシアのファイターがいるという情報を流して、

おびき寄せられた敵国のファイターを片っ端から捕まえて、ここに放りこむのよ。

こうして、ネオロシアは戦わずして勝利を重ねていくって訳。

いかなる連絡手段も封じられたこの島に隔離されれば、もう外部からじゃ手出しできない。

はいさようなら、よ。」

 

 

 

翌日の強制労働の時に、アキトははじめてチハヤの顔を見た。

歳はアキトと同じ位。小柄な女性である。

一見何の変哲もない少女っぽい顔つきの中にもどこか鋭いものが感じられた。

天井の低い坑道の中を、囚人が列になってぞろぞろ歩いて行く。

驚いた事に多くが女囚で、男は少数派だった。

「それでね、捕まったナデシコファイターがどうなるかというと、

体力だけは有り余っている連中だからね。

ご覧の通り、一生懸命働いてる。囚われの、負け犬の仲間入りって訳。

でもね、笑っちゃ駄目よ。あれを見なさい。」

アキトが息を呑んだ。

チハヤが指し示した洞窟の壁の一面に、朽ちた巨人たちが磔にされていた。

あるいは首を失い、あるいはバラバラにされたパーツが壁面に打ちつけられ、

あるいは骨組だけとなったかつてのナデシコたち。

それは、尽きせぬ恨みを呑んで死んでいった鋼鉄の亡者たちにも思えた。

「こうなっちゃったら最後よ、ナデシコファイターなんてね。

・・・ネオロシアの連中、こうして各国の最新のテクノロジーを解析して

自分たちのナデシコを作っているのよ。・・強いわけよねぇ。」

囚人たちが列をなして歩き続ける。

だが、アキトはその場に立ちすくんだまま、鋼鉄の亡骸から視線をそらすことが出来なかった。

 

 

 

サブロウタは所長室の窓から海を見ていた。

だが、彼が考えているのはこの変わり映えしない風景の事などではない。

「彼女はうまくやりますよ、きっとね。」

「囚人の中に我々のファイターをスパイとして送りこみ、奴に諦めの感情を植え付けて

ナデシコの隠し場所を吐かせる・・うまく考えたものだな・・・うぐぐ!」

アキトに砕かれた腕が痛み、所長が顔をしかめた。

 

 

 

ようやく労働が終わり、ボルシチもどきと固いパン一かけの粗末な食事が出された。

パンをスープにつけながら相変わらずの調子でチハヤが話しかけてくる。

「しかし、考え方次第ではここは極楽とも言えるわね。

大会中に姿をくらましたファイターは国家の反逆者。

ここを出られたって追われる身になるだけだものね。・・・自由はないのよ。」

「少し喋り過ぎだね、君は。それとも・・・君もそのファイターの一人だったのかな?」

「・・ば、ばか言っちゃいけないわよ、私はただの犯罪者よ。

それより、早くナデシコのありかを吐いて楽になったら?」

チハヤの顔に、面白いくらいの動揺の色が現れる。

その表情を面白がる様に見ていたアキトは、ふと妙な事に気がついた。

「なあ、ここは刑務所だよな。」

「強制収容所とも言うけど、まあ似たようなもんね。」

「君は女だよな。」

「・・・・その腐った目玉が、淀んだ目やにで使い物にならないって言うなら、

くりぬいて目の前のボルシチででも洗っておけば?」

「なんで俺と君が隣り合わせて食事をしているんだ?」

「何か問題ある?」

「えっと、その・・・」

「何ホッペタ赤くしてるのよ。」

「男の囚人と女の囚人が一緒の所に押し込められていて、その・・なんというか・・」

「ああ、そう言う事。一緒といったって混ざるのは食事と労働の時だけだし、

見張りがいるから何か騒ぎが起これば男は例外無しにその場で射殺、女は独房入りよ。

まあ、それでも年に何回かは撃ち殺される馬鹿がいるけど。

男の囚人が女に比べて少ないのはそう言う理由なのよ。

何か理由をつけて数を減らす為にそうしているんじゃないか、って思うときもあるわね。

あ、そうそう。管理官によると完遂した人はまだいないんだって。挑戦してみる?」

「・・・遠慮しときます。」

アキトが真っ赤な顔でチハヤから視線をそらす。

その視線の先に、緑色の頭髪が見えた。

それを見たアキトの表情が戦士のものになった。

「・・・あいつ!」

一挙動でアキトがテーブルの上に跳びあがる。

周囲の囚人たちが驚いた目を向けるより前に、

アキトはあの女囚・・・スバル・リョーコに跳びかかっていた。

不意を突かれてリョーコが倒れる。

「貴様ら、何をしている!」

アキトの背後から駆け寄ってきた看守を振り向きざまの肘打ちで沈め、素早く小銃を奪う。

「動くな!」

警棒を手に駆け寄ろうとした看守たちの動きが止まる。

「俺はここから出させてもらう・・・しばらく動くなよ。」

リョーコが殴られた口元を拭う。ふと、その表情が動いた。

ダッシュをかけ、看守に気を取られていたアキトを体当たりで弾き飛ばす。

アキトの耳元を、吹き抜けの上にいた看守のライフル弾がかすめて過ぎた。

もつれ合う様によろける一瞬、リョーコがアキトに耳打ちする。

「いいか、明日作業が終わるとき俺のそばに来い。ここを出る!」

「なんだと・・」

問い返す前に、看守の警棒がアキトを打った。

小銃がアキトの手から落ちる。

うずくまるアキトを、数人の看守がよってたかって滅多打ちにした。

「あ〜あ、なにやってんだか。」

チハヤが呆れた様に呟く。

リョーコはその様子をじっと見ていた。

 

 

 

 

独房のベッドにごろり、とアキトが転がる。

リンチまがいの警棒による滅多打ちも、わずかに身じろぎして急所を庇う事によって

ダメージは最小限で抑えられている。

隣からチハヤの声が聞こえてきた。

「しっかし、あんたも懲りないわねぇ。このままじゃ殺されちゃうわよ?

早く、ナデシコのありかなんか吐いちゃえばいいのに。」

「フン。・・・それよりもお前、ここを出たくないか?」

「え!?」

「世話になった礼だ。一緒にどうだ?」

「な、何言ってんのよ?一体全体どうやって逃げるって言うの?

ここは海の上、たとえ車を手に入れたって、いきなりどぼん、はいお終い、よ!

無理よ、無理!早く諦めちゃいなさいな、ナデシコなんて!

あー、寒い寒い、今夜はまた一段と冷えるわね!」

それだけ言うと隣の房は静かになった。寝たらしい。

 

 

 

「あの男が動く、と?」

「ハッ!ですがそれだけで、いつ、どことも・・・」

「ほぉぉ。大したスパイだな、タカスギ大尉。」

所長の嫌味にぴくり、とサブロウタの眉が震えた。

(彼女・・・何を考えているんだ!)

 

 

 

夕焼けの中でウミネコがやかましく鳴いている。

チハヤが機械のような無機的な動作でパンをちぎって、ウミネコの方へ放り投げていた。

風がチハヤの頬をなぶる。その目は、海の向こうに向けられていた。

その様子を黙ってみていたアキトが口を開く。

「どうする。行くか。」

「・・・・うん。決めた。もう、この子達とはお別れね。」

立ちあがり、アキトの方へ歩き始める。もう、後ろは振り向かなかった。

 

 

 

作業を終えて、囚人たちが房に戻される。

アキトとチハヤ、リョーコは巧妙にひとかたまりになって歩いていた。

「さあ、どうやってここを出る気だい?」

いきなりリョーコが立ち止まり、壁の方を向く。

「?」

「どぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁっ!」

その拳がコンクリートの壁を突き破り、腕が肘まで壁に埋まる。

引き抜かれた拳は太いパイプを握っていた。

チハヤが度肝を抜かれたような顔で呆然と呟く。

「す・・凄い・・・。」

「この、燃料パイプに、火を着ける!」

何をどうしたのか、建物全体に鈍い震動が走った。

非常ランプが点灯し、警報が耳が痛くなるほどの音量で喚きたてる。

地上では、燃料タンクが爆発を起こしていた。

倉庫の一部に誘爆する。

「火を消せ!」

「囚人を逃すな!」

怒号と悲鳴が交錯する。

「うわっ!」

その中を、一台のエアカーが突っ切った。

貨物船に荷物を運ぶ時に使うトラックタイプである。

リョーコが運転席に、アキトとチハヤが荷台に乗る。

「このまま突破するぜ!」

「ちょっと!正面は海よ!どうするの!?」

「構わねえ!しっかり掴まってろよ!」

正面の扉を体当たりで吹き飛ばし、エアカーが海の上に飛び出した。

輝いている。

視界の端から端までが、きらきらと輝いている。

「これは・・・!」

「凍って・・凍ってる。昨日の寒さで凍ってたんだわ!

ふふ、、、うふふふふふふあはははは!

出られた・・・自由・・・私は自由よ!自由だよぉっ!

あは、あははははははははは!自由よ、自由なのよぉっ!」

嬉しさの余り、チハヤがアキトに抱きつく。

すっかり興奮したチハヤにがくがく揺さぶられながらも、

その余りの喜びようにアキトは苦笑するだけで何も言わなかった。

 

 

 

アサルトランダーの計器の一つが反応した。

「アキトの反応が戻った!よおっし、待ってろアキト!今ランダーを届けてやるぜ!」

アサルトランダーが氷の上をすべるように動き出した。

アキトのシグナルは既に確保してある。

後はそこへ向かって飛ばすだけだ。

 

 

 

サブロウタの拳がコンクリートの手すりを激しく叩いた。

「脱走だと!?一体何を考えているんだ!・・・ボルトナデシコォォッ!」

倉庫の一つの屋根を突き破り、鉄の巨人が姿を現す。

胴体の厚みも手足の太さも、アキトのシャイニングナデシコの二割増。

普通のナデシコに鎧を着せたような姿の超重量級の機体である。

サブロウタが素早くヘリポートに回る。

手回しよく、指揮機能を保持する戦闘用ヘリが準備済みだった。

タカスギ・サブロウタ、軽薄ではあるがそれだけの男ではない。

「こっちへ遠隔操作のコントロールを回せ!俺が指揮を取る。発進!」

ボルトナデシコのメインスラスターが、ロケット打ち上げを思わせる太い噴射炎を吐いた。

 

 

 

 

「後少しで町に入れるわ!」

「・・・そう簡単にはいかないようだな。」

「え?!」

振りかえったチハヤが愕然とする。

彼らの頭上に、ボルトナデシコがその巨体を見せていた。

一瞬、チハヤの顔を複雑な影がかすめた。

「・・・ナデシコ・・」

「おい!奴らが来るのが早すぎる!まさか・・・!」

「ち、違うわよ!私は密告なんてしてない!」

「・・・それじゃ!」

唸るような音が二人の会話を中断させた。

ボルトナデシコのバルカン砲が火を吹き、エアカーをかすめる。

「まずは足止め・・っと。」

ヘリの中でサブロウタが指示を打ちこむ。

推進器に着弾して火を吹き、アキトとチハヤは氷の上に飛び降りた。

エアカーはそのまま氷の上を惰性で滑り、数秒後、爆発した。

炎上するトラックの前にボルトナデシコが着水する。

炎を背にして、スバル・リョーコが立ちあがった。

「・・アイツがスパイか!」

「だが何故!」

アキトがそれを考えるより早く、ガイの声が氷上に響いた。

「アキト!アサルトランダー、持ってきてやったぜ!」

「サンキュー、ガイ!

出ぇろおぉぉぉっ!

シャァイニング!ナデシコォォォォッ!」

冬の大気にアキトの指が響く。

氷を突き破り、鋼鉄の鎧武者が姿を現した。

アキトがアサルトランダーに飛び乗り、素早く操縦席につく。

アサルトランダーがナデシコの背中からドッキングする。

モビルトレースシステムが起動し、アキトとシャイニングナデシコが一体化した。

「あれはネオジャパンのシャイニングナデシコ・・・!

そうか、脱出のふりをしてナデシコをおびき出す・・・リョーコちゃんはあれを狙っていたのか!」

喜色満面のサブロウタ。

浮かれた声でナデシコに乗りこんだリョーコに通信をいれる。

「リョーコちゃん、ご苦労様。後はこちらにまかせて・・・」

「やかましい!馴れ馴れしく呼ぶな!てめえらに・・・俺の戦いの邪魔はさせねえっ!」

「りょ、リョーコ、ちゃん?」

リョーコの肉体を紅のファイティングスーツが覆う。

抑え難い、いや、もはや抑えようにも抑えられない剥き出しの闘志を

全身にみなぎらせリョーコが咆える。

「行くぞテンカワァッ!

ナデシコファイト・スタンバイ!」

「おおっ!レディ!」

「「Go!」」

 

二体のナデシコが降り立ったせいで周囲の氷が割れ、

ガイとチハヤはそのうちの一つにしがみついていた。

チハヤの目が大きく見開かれた。

「ナデシコ・・ナデシコファイト・・・!」

 

 

 

「うぉぉぉぉぉっ!」

再びリョーコが咆えた。

大きく膨らんだボルトナデシコの左肩から、

ナデシコの腕で一抱えほどもある鉄球が射出される。

同時に、その右手にビームサーベルのようなものが出現する。

その「柄」からビームの「鎖」がほとばしり、空中の鉄球を捕捉する。

ボルトナデシコの頭上を、唸りを上げて鉄球が回転し始めた。

「ハンマーか。なら、その鉄球ごと借りを返させてもらおう!」

アキトが間合いを詰める。

同時にリョーコが鉄球を繰り出した。

鉄球が、突進するアキトへ一直線に飛ぶ。

スピードを落とさないままに、ほんのわずか、シャイニングナデシコが斜めに傾く。

1mにも満たない至近距離を、殆ど音速に近いスピードで鉄球が通りすぎた。

そのままボルトナデシコの懐に飛び込む。

渾身の一撃を放ったばかりのリョーコは姿勢が崩れている。

この瞬間、アキトは半ば勝利を確信していた。

「もらったぁっ!」

低い体勢から伸びあがるようにしてボルトナデシコの顔面を襲う、

全身のバネをフルに活用したパンチが決まった。

だがアキトの顔に浮かんだ笑みが、一瞬の後驚愕に変わる。

あれほどの強烈な一撃を受けながら、ボルトナデシコは微動だにしていない。

それどころか、効いてないのをアピールするかのように

首をコキコキと鳴らし始めた。

「んな馬鹿な!あの一撃に耐え得るヘッドなんて・・・!」

「ネオロシアの技術は世界一ィィィッ!

甘く見ないで欲しいな、ネオジャパン!」

自分の目が信じられないガイ。

余裕の笑みを浮かべるサブロウタ。

我に返ったアキトが間合いを取ろうとする。

だが、リョーコが両の手刀を肩口に叩きつける方がわずかに早かった。

「ぐあぁっ!」

「行くぜぇッ!」

俗に、「鎖骨砕き」と呼ばれる豪快な攻撃が決まった。

リョーコがよろけたアキトの左腕を取る。

決して洗練されてはいないが、基本を押さえたパワフルな関節技。

ここまでのパワーがあれば、なまなかな技量などでは抗することは出来ない。

シャイニングナデシコの肘関節が悲鳴を上げる。

三度、リョーコが咆える。

シャイニングナデシコの左腕が肘からもげた。

「リョーコ!奴の首を!」

ちぎり取った左腕を放り出し、巨大な両手がアキトの頭を鷲掴みにする。

そのままシャイニングナデシコのボディごと持ち上げる。

リョーコの腕に力が篭もる。アキトの頭蓋骨が軋んだ。

「どうしたテンカワ!これで終わりかよ!

収容所でのファイトは、見せかけだったってぇのか!

てめぇも、この程度か!?なら、貰うぞこの首ぃっ!」

「アキトォッ!」

「フ・・・貰ったな。」

「負けるな!ここが踏ん張りどころよ!」

「がぁぁぁっ!」

二人の声が聞こえたか、下から突き上げる渾身の掌打がボルトナデシコの腕を打つ。

一瞬の隙を突いてアキトが首を外して脱出し、間合いを取った。

そして、アキトが咆えた。

「俺のこの手が光って唸る!

お前を倒せと輝き叫ぶ!

砕け、必殺!

シャァイニング!

フィンガァァァァッ!」

本能的に危険を察知したのか。

リョーコが初めてアキトの攻撃をブロックしようとした。

顔面をかばって腕を十字に交差させる。

だが、その腕二本を文字通り粉砕し、アキトの必殺技がボルトナデシコの頭部に食い込んだ。

「がぁぁぁぁぁぁっ!」

「うぉぉぉぉぉぉっ!」

咆哮が交差する。

「リョーコちゃんッ!」

「アキトッ!」

サブロウタが悲痛に、ガイが小躍りして同時に叫ぶ。

「いえ、相討ちよ。」

「えっ・・?」

チハヤの言葉にガイが怪訝な顔をする。

「その・・通り・・これ以上戦いは無理だ・・・。」

ボルトナデシコの顔面を掴んでいたシャイニングナデシコの右手がはがれ、輝きが消える。

頭部とボディに深刻なダメージを受け、片腕を失ったシャイニングナデシコが膝を突く。

同時に、両腕を失い破壊寸前にまで頭部を歪ませたボルトナデシコが朽木の如く倒れた。

それは、壮絶な相討ちの図であった。

 

 

「あの人・・・スバル・リョーコは、

収容所のファイター達が失った闘志をあなたに感じたのね。

それで・・・・戦ってみたくなった。」

「それで脱走を?」

「さぁ?彼女はね、宇宙のコロニーと言うコロニーを荒らしまわった宇宙海賊だったんだって。

仲間の命と引き換えに今度のファイトに出たそうよ。

見て。彼女の首のバンドには爆薬がセットされている。

・・・自分の命でさえ彼女の自由にはならない。

唯一彼女に残された自由は戦いだけ・・・・。

あ、そうそう。ごめんね、こんな子は見た事ないわ。」

チハヤがアキトに写真を返す。

「君は、これからどうする気だ・・・?」

「・・・さっきの戦いを見てたら、私も自由を諦めたファイターだった事を思い出しちゃった。

だから私も、逃げて、逃げて、逃げまくって、もう一度自由を手に入れてやるわ!

でもね、忘れちゃ駄目よ。

ナデシコファイト国際条約第七条、『地球がリングだ!』。

・・・・私達ナデシコファイターはね、ここにいる限り彼女と同じ囚われの身って事なのよ。」

写真を握り潰し、アキトが空を仰いだ。

その視線の遥か向こうには、彼を地球に閉じ込めているリングロープ型バリアがある。

ぽつり、とアキトが呟く。

「そうか・・・俺も囚人なんだ・・・。」

(この・・・地球と言う名のリングの・・・・。)

 

 

 

 

次回予告

 

皆さんお待ちかねぇ!

ネオジャパンのコロニーに送り返されたアキトを

待ちうけていたのは恐るべきテストでした!

写真の少女は何者なのか!

最強最悪と言われるデビルホクシンとは!

アキトの真の目的が、今明らかになるのです!

次回!機動武闘伝Gナデシコ、

「闘えアキト!地球がリングだ」に

レディィィ、Go!

 

 

 

あとがき

 

チハヤ・・・今回は割と真っ直ぐなキャラクターに描きました。

と言うよりこんなのがトラウマの無い状態の本来の彼女かな、と言う気もします。

ひょっとしたら再登場するかもしれません。

彼女を当てた「バードマン」と言うキャラクターは

元々レギュラーになる構想もあったと言う事なので、

決勝大会辺りで再登場するかな・・・?

ちなみに、彼女の国籍は「ネオスコットランド」です。

・・・実は最初、サイゾウさんを登場させるつもりだったんですけどね。

青野武さんが声を当てた渋いおっさんだった物で。

どうせ男女混合という無茶苦茶な収容所なら女の子でもええじゃないか、と(笑)。

 

リョーコちゃんは・・・まあ、リョーコちゃんという事で(笑)。

やっぱり彼女の魅力は戦いの中で発揮されるものでしょう。

声も「戦う乙女」だし(爆)。

サブは、もっと不幸にするべきだったのかな?

約1名、それを望んでいた人がいたのは確かだけど(笑)。

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

鋼の城さんから連載第五弾の投稿です!!

誰ですか!! サブロウタが不幸になればいいなんて思う人は!!

まったく、困った人もいたもんですね。

・・・Ben?

まさか、俺はお人好しで有名な男ですぜ、鋼の旦那(へっへっへっ・・・)

 

と、墓穴を掘るのはいい加減にしておいて(爆)

リョーコちゃんが格好良いね〜

これで、レギュラー陣であるシャッフル同盟は揃ったと。

・・・そして、もう直ぐあの御方が!!

 

ふふふ、登場が待ち望まれますね〜

 

では、鋼の城さん!! 投稿有難うございました!!

 

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