機動武闘伝

ナデシコ

 

 

 

「俺のこの手が真っ赤に燃えるッ!」

 

溢れる闘気がゴッドの全身を金色に輝かせる。

アキトの拳にキング・オブ・ハートの紋章が燃える。

 

 

「勝利を掴めと轟き叫ぶッッッ!」  

 

ゴッドの腕に装備されていた青い追加装甲がスライドし、指先から手首まで、手の甲の側をすっぽりと覆う。

背中に輝く日輪の中央に光の粒子が集まり、眩しいほどに輝き。

一瞬の後、右手から爆発的なエネルギーが噴出した。

 

 

「死ね死ね死ね死ね死ね!この全男性の敵が〜!」

「く!言いがかりをつけるんじゃないっ!」

 

全く自覚のないセリフを吐きつつアキトがネーデルナデシコに突っ込み、

ハリネズミのように乱射されたミサイルに向けて横殴りに爆熱する右手を振るう。

全方位に向けて放たれたミサイルの内、アキトにまっすぐ向かってきたものはそれだけで爆発し、

爆発しなかった物も衝撃波と爆発の高熱で大きく軌道を乱す。

逸らされた一つがバリアに突っ込み、ジャンクで観戦していたダッシュ達の目の前で爆発した。

無論、バリアの外にいる彼らやジャンクには傷一つ付く事は無い。

 

 

ここバリアシステム管制タワーでも、職員達が固唾を飲んで勝負を見守っていた。

「・・・バリア負荷12パーセント。すべて異常無し」

「さすがに優勝候補ともなると違うな・・・!」

「見ろ、決めるぞ!」

 

 

「爆ァァァァァク熱ッ!」

 

風を灼き爆熱する右手をアキトが大きく振りかぶり、最後の数歩を一瞬に踏みこむ。

 

「ゴッドォッ!フィンガァッ!」

 

衝撃の余波だけで胸の風車を吹き飛ばし、アキトの貫手がネーデルナデシコの胴体を貫く。

みぞおちにゴッドフィンガーをめり込ませたまま、持ち上げられるネーデルナデシコ。

ゴッドフィンガーが放つ爆熱の波動がそのボディを赤熱化させ、内部から焼きつくし、崩壊させてゆく。

 

「ヒィィィィトォ!エンドォッ!」

 

「僕はここでも活躍できないのか〜〜〜〜〜〜〜(涙)!」

アキトの咆哮とともにネーデルナデシコが爆散した。

ネーデルナデシコのファイターが何事か絶叫しながら海に落ちてゆく。

ま、死なないだけマシというものであろう。

 

 

 

 

「さてみなさま。今ご覧になったように、ナデシコファイト決勝大会では

ファイトは必ず不可視の電磁バリアの中で行われる事になっております。

これによって、間近で観戦しても観客が巻きこまれたりすることはありません。

誠にもってありがたいシステムと言えるでしょう。

ですが、もしこのバリアが突然消えてしまったとしたら・・?

想像するだけで身の毛がよだちます。

それはさておき、今日はいよいよ物語の核心へと繋がる重要なお話をする事になりました・・・。

テツヤ・チャップマン。皆さんはこの名前を覚えておられるでしょうか?

そう、ネオイングランド代表ジョンブルナデシコのファイターにして前回の準優勝者です。

対ネーデルナデシコ戦。一分五十七秒、相手の上半身を吹き飛ばして勝利。

対ナデシコゼブラ戦。三分二十二秒、接近してきた所を銃杷によるカウンターの一撃で沈め勝利。

対ジェスターナデシコ戦、一分ジャスト。相手に何をする間も与えず頭部を撃ち抜いて完勝。

そして、優勝候補筆頭と言われたゼウスナデシコの首をも、その銃は容易く撃ち落したのです。

まさに向かうところ敵なしの英雄!

ですが、彼もまたサイトウと同じくテンカワアキトに破れ、

決勝大会への出場権を失った身ではなかったのでしょうか!?

まさに黒い霧に包まれた今回のナデシコファイト!

本日の対戦はネオフランス代表ミスマルユリカのナデシコローズ!

ですがそこには、決勝タイムリミット寸前にテンカワアキトを襲ったあの四体のナデシコの一体が

不気味な罠を張っているではありませんか!

 

それでは!

ナデシコファイト、レディィィィ!

ゴォォォォォォゥ!

 

 

第三十三話

「地獄からの使者!

テツヤ復活」

 

 

 

ネオイングランド領事館の一室。

五十がらみの暑苦しい顔立ち、濃い眉に口髭。一本の頭髪もない見事な禿頭。

顔を真っ赤にして、頭から湯気を出さんばかりに激怒している男がいた。

 

「許さぁんっ!もうこれ以上、テツヤに戦わせる事は断じてまかりならん!」

 

ダミ声が室内に響く。

力一杯叩かれたマホガニー製の高級机が悲鳴を上げた。

机の主が軽く顔をしかめる。

こちらはまだ三十そこそこで、どこか茫洋とした趣があった。

 

「アズマ准将。お気持ちはわからぬでもありませんが少し落ちつかれては如何ですか?

勝ち進む事は何はともあれ結構な事ではありませんか。」

「何が結構だシンジョウっ!正義と名誉を重んじる我が祖国の為に!

ジョンブルナデシコは即刻出場を辞退して

コロニーへ引き上げるべきだと言うのがわからんのかぁっ!」

 

鼓膜を破壊しそうなアズマ准将の大声を受け流し、壮年の男・・シンジョウが立ちあがって窓の外を眺める。

その口元にはごくごく僅かな笑みが浮かんでいた。

 

「私はあくまでも反対です、アズマ准将。」

「シンジョウ!いつからキサマの性根は腐り切ったのだ!?」

「・・・なんですと?」

 

シンジョウの目が初めて鋭く細められる。その時、ノックの音が部屋に響いた。

職員らしい背広の男が一礼しながら入室し、シンジョウの耳元に何事かをささやく。

シンジョウが軽く頷くと作り笑いを浮かべてアズマ准将に向き直った。

 

「議論は後にしましょう。お客が見えたのでこれで失礼させていただきます。」

「シンジョウッ!」

 

アズマ准将の怒号を背中で受け流し、シンジョウは悠然とその場を去った。

 

 

 

 

『強い!強すぎるゴッドナデシコ!これで破竹の七連勝〜!』

「さすがですわね、テンカワアキト。わたくしのユリカ先輩と剣を合わせただけの事はありますわ♪」

 

ネオホンコンの町並みを走る黒塗りの超高級リムジンの後部座席。

外出用のドレスを着た黒髪の美少女が人差し指を振りながらふふん、と笑った。

備え付けのTVには先程のゴッド対ネーデルのナデシコファイトのダイジェストが映し出されている。

 

「ああ、お久しぶりでございます、ユリカ先輩。もうすぐじかに貴方とお会いできますのね・・・。」

 

目に星が飛んでいるこの少女の名前はイツキルイゼ。

ネオフランス国家元首の一人娘であり、高校の先輩であるミスマルユリカを心から愛する夢見る乙女である。

 

「姫様。今回は国家元首たるお父上の名代としてネオホンコンに赴かれるのですから、

名代としての自覚をお持ちになって、くれぐれも軽挙妄動をなさらずご自重下さらなくてはいけませんぞ。」

 

イツキルイゼの正面で釘を刺しているいかめしい男の名はミスマル・コウイチロウ。

ネオフランス軍総司令であり、ネオフランス全体においても国家元首たるイツキルイゼの父に次ぐ重鎮である。

言うまでもないがネオフランスのナデシコファイター、ミスマル・ユリカは彼の娘だ。

 

「わかっていますわそんな事くらい。大体私がいつそんな真似をしたというのですか?」

 

唇を尖らせたイツキルイゼのセリフを聞いた途端、コウイチロウのこめかみがはっきりと痙攣した。

どうやら、このお姫様もあまり自覚はないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「ユリカぁーーーーーっ!

パパは・・・・・・

パパはお前に会いたかったぞ!」

 

彼の名はミスマル・コウイチロウ。

ネオフランス軍総司令であり、国家元首に次ぐ重要人物である・・・はずだが。

今は自国の領事館の門前で号泣しつつ、二十にもなる娘を抱きしめて頬ずりするただの親馬鹿である。

 

「ぬおおおおおおお、しばらく見ぬうちにこんなに立派になって!」

「もうお父様、今朝方通信でお話したばかりじゃないですか。」

「おお、おお、そうだったな、うん。」

「それにしてもいつコロニーから降りて来られたのですか?

今朝の通信ではそんな事は一言も・・・・。」

「私が秘密にしておくよう、お願いしたのですわ♪」

 

ユリカが凍りついた。

ぎ、ぎ、ぎ、と錆びついたブリキの木こりのように首を回し、

父親に気を取られて今まで存在に気がつかなかったその声の主に顔を向ける。

 

「ユリカ先輩♪お元気でしたか?」

「お、おお、お、お久しぶりですです、イツキルイゼ様。」

 

抱擁を解いたコウイチロウをさりげなく突き飛ばし、ユリカの手を両手で握り締めるイツキルイゼ。

イツキルイゼの熱い視線攻撃に耐えつつ、戦いの中で鍛え上げられた鋼の精神力を総動員して

ユリカは精神の平静を取り戻す事に成功した。

 

「そういえばユリカ先輩。どこかへお出掛けになろうとしていたようですけど・・・どちらへ?」

「え?ええ、ネオイングランド領事館です。テツヤのことで問いただしたい事があって・・・。」

「そうですか。では、参りましょう。」

「はへ?」

 

話に付いて行けず、ユリカの動きが止まった。

娘に代って体勢を立て直したコウイチロウがやや厳しい顔で口を開く。

 

「イツキルイゼ姫が行かれて何をなさるおつもりですか?」

「ユリカ先輩のお帰りを待っているなんて退屈ですもの。」

 

澄まし顔でコウイチロウに答えつつリムジンの中にするりと滑りこみ、

そのまま流れるような動きでユリカを引っ張りこむイツキルイゼ。

虚を突かれたユリカがすとん、とリムジンのシートに腰を下ろすと同時にドアが閉まった。

この一瞬、彼女の動きはアキトや舞歌にも匹敵した、と後にユリカは語る。

 

「ちょ、ちょっとイツキちゃん!?」

「姫様!?」

「うふふふふ・・・出しなさい!」

 

会心の笑顔を浮かべたイツキと呆気に取られたユリカを乗せ、車が走り去る。

 

「・・・・・・・・やられたぁーっ!」

 

コウイチロウの絶叫は十キロ四方に轟いたと言う。

 

 

「だから、軽はずみな真似は慎んでほしいと申し上げたのに・・・・!

くそっ!またもや姫様に一杯食わされたわい!」

地団太踏んで歯軋りするコウイチロウ。

傍らで、こちらも置いてけぼりにされたジュンがそれを必死に落ちつかせようとしていた。

 

「まあまあ、ミスマル司令。大丈夫ですよ、ユリカがついているんですし・・。」

「パパも・・・・パパもユリカと一緒に

お出かけしたかったぞ〜〜〜!」

「・・・本音はそれですか。」

 

 

ユリカとイツキルイゼの乗ったリムジンがネオホンコンの道路を滑る様に走る。

追っ手が来ないのを確認してイツキルイゼがほくそえみ、隣に座っていたユリカに話しかけた。

 

「それで、何を問いただしにいくのですか、先輩?」

「テツヤにはね、前から大きな疑問があるの。」

「疑問・・・ですか?」

「うん。私との対戦の前にそれをはっきりさせようと思って・・・・・あ、ちょっと止めて下さい!」

 

 

 

「ん?」

 

ドリンクスタンドの前でたむろっていたアキトたちの目の前に、

庶民とは一生縁の無さそうな黒塗りの超高級車が停止する。

一同の注目が集まる中で音もなく窓が開き、中からお馴染みとなった脳天気な顔と声が出てきた。

 

「ア〜キ〜ト〜!ちょっといい・・・・どしたの?」

 

ユリカにいつもの調子で話しかけられたアキトが思わず一歩後ずさる。

 

「ねえ、アキトってば!どうしたの?」

「あ、いや。・・なんでもない。」

 

ユリカから見えない角度で器用に冷や汗をかくアキト。

イツキルイゼがユリカの肩越しに凄まじい目でアキトを睨んでいた為であることは言うまでもない。

 

「ふぅん?変なの。あ、それでね・・・。」

 

アキトと話し込むユリカの後ろのイツキルイゼをしばしの間見つめ、やおらガイがぽん、と手を叩く。

 

「あ、あの時のお姫様か!」

「あ!荒縄で私を縛ったテンカワアキトのクルーですね!」

「ガイ兄・・・」

「うっわぁ!そんなことしてたんだ!不潔〜!」

「違うわぁっ!」

 

メティ達三人の白い視線に貫かれ、ガイが怒りか恥ずかしさか真っ赤になる。

 

「あの時の縄の痛みは今でもこの手足にはっきりと・・・」

「ガイ兄・・・短い間だったけど、別荘へ行っても元気でね。」

「仮にも一国のお姫様にそんな事したら・・・・最低でも重犯罪者扱いはまぬがれないよね。」

「国際問題にしない為にネオジャパン政府も厳しい措置を取るだろうし・・・・」

「いい加減にしろ!大体あの時の事は全部テメェが自分から言い出した事だろうが!」

「でも、本当に痛かったんですのよ!」

「・・・・いっぺん本気でシメたろか、このアマ・・・・。」

 

 

脇で繰り広げられている寸劇には構わず、アキトとユリカの話は続いていた。

 

「それじゃね、アキト。」

「・・・・ああ。」

 

話を終え、アキトに頷くと運転手に合図してユリカを乗せた車が走り去る。

それを見送るアキトの表情が格段に厳しいものになっていた。

 

「どうしたの、アキト兄?ね、早くお祝いの御飯に行こうよ!」

「その前に、ちょっとネズミでもいぶり出すか・・・。」

「?」

 

ハテナマークを浮かべるブロス達には構わず、アキトが車の走り去った方向へ悠然と歩き出した。

 

 

 

ネオイングランド領事館の奥まった一室。

先程アズマ准将を怒らせるだけ怒らせて悠々と退出したシンジョウが上機嫌で「客」と密談を交わしていた。

・・・・もっとも、瞬間湯沸し機のようなアズマ准将が怒らない日など年に数えるほどしかないが。

紅茶のカップを持ち上げ、無愛想な口元をわずかに歪めるシンジョウ。

 

「ほお。次はネオフランスのナデシコローズですか。これでまた一勝頂きですね。・・・どうした。」

 

先程ノックをして入ってきた男が再びシンジョウに耳打ちした。

その表情が微妙なものに変わる。

 

「何・・・ネオフランスのファイターが?・・・わかった。私が会う。」

 

小声で返事を返したシンジョウが紅茶のカップを置き、正面に向き直る。

 

「では、アズマ准将の件はお任せする・・・と言う事で宜しいですな?」

 

「客」はシンジョウの言葉に薄い笑みを浮かべたまま、軽く頷いた。

 

 

 

一方、ネオイングランド領事館の通された部屋では檻に閉じ込められた猛獣の如く、

イツキルイゼが落ちつきなく右往左往していた。

 

「イツキちゃん、落ちついてよ。」

「わかっています!でも、こんなに待たせて・・・無礼ではありませんか!?」

「あ、ちょっとイツキちゃん?」

「少しお散歩です!」

「あ・・」

 

追いかけようと立ちあがったユリカの目の前でばたん、と樫の一枚扉が閉じる。

開きかけた口を閉じ、ユリカが深い溜息をついた。

 

 

清朝風の洋式庭園を歩きながらイツキルイゼも溜息をついている。

 

「ふう・・・こんな事でしたら付いて来ないで、こっそり屋台にでも美味しいもの食べに行けば良かった・・。」

 

庭の端の、廟堂風の建物から切羽詰った大声が聞こえてきたのはそんな時だった。

 

 

何の気なしにその中を覗いた瞬間、イツキルイゼは凍りついた。

テツヤが禿頭の軍人・・アズマ准将ににじり寄っている。

イツキルイゼにもわかる。テツヤが発しているのは、明らかな殺気だ。

 

「何をする気だ貴様!私をこんな所に呼び出して・・・・!」

 

脂汗を浮かべて後じさるアズマにじりじりと近づいてゆくテツヤ。

その顔には何の表情も浮かんでいない。

 

「私の口を封じたとて、貴様らが正義の裁きを受ける時が必ず来る!

この世に悪の栄えた試しはないのだぞ!」

 

堂内に響く大声のせいか、身動き一つ出来ないイツキルイゼに気が付かぬまま、テツヤが再び歩を進めた。

アズマ准将の顔にはっきりと絶望、そして悲憤の表情が浮かぶ。

 

「一体どうしてしまったというのだテツヤ!お前は・・・お前は、

ネオイングランドの名誉と誇りを具現すべきナデシコファイター・・」

 

小枝の折れるような、軽い音がしてアズマ准将の言葉が途切れた。

テツヤの人差し指と中指が軽くアズマ准将の喉元に当てられている。

テツヤが指を離すと、物言わぬ物体となったアズマ准将の肉体は朽木の如く倒れた。

 

倒れたアズマ准将の肉体と石造りの床がぶつかり、鈍い音を立てる。

我に返ったイツキルイゼが振りかえって走り出すのと、

ようやくその気配に気がついたテツヤが堂の壁を蹴破って飛び出したのがほぼ同時だった。

 

 

走り出したイツキルイゼの手首を、数メートルも行かない内にテツヤが掴む。

振りかえったイツキルイゼが気丈にもテツヤを睨みつける。

 

「無礼な!何をするのですか!・・・・ユリカ先輩!助けて〜!」

「待ちなさい!イツキちゃんに触るなぁっ!」

 

意外にも、答えはすぐ近くから響いてきた。

やはり捜しに来ていたらしいユリカが数十メートル先から駆け寄り、

最後の10m程を跳躍してイツキルイゼの腕を掴んだテツヤに飛び蹴りを仕掛ける。

咄嗟にイツキルイゼの手を離し、ユリカの鋭い蹴りを躱すテツヤ。

着地し、立ちあがりながらユリカがイツキルイゼを背後に庇う。

 

「ユリカ先輩!人殺しです!この男が人を殺しました!」

「人を殺した!?」

「間違いありません!わたくし、この目ではっきりと見ましたわ!」

「ぬぅぉぉぉぉぉっ!」

 

テツヤがおめきながら間合いを詰め、突進する。

一見ボクシングのラッシュのようでもあるが、摺り足のその動きはむしろ日本の古流柔術に近い。

 

「驚いたよ、死んだ筈のあなたが人を殺したなんて!・・・・・ついでに答えてもらうよ、テツヤ!

この決勝大会が開始された時から疑問に思っていたけど・・

死んだ筈の貴方が何故甦り、決勝大会に出場できたのか!?」

 

答えの代りにテツヤが放ったのは更なる連続攻撃だった。

 

 

左右の拳、そして前蹴りの連続攻撃から懐に飛びこんで仕掛けてきた関節技をユリカがかろうじて捌く。

間合いを空け、あらためて構えるユリカの背筋を冷たいものが走った。

 

(違う・・!前よりも技は数段上になっている!)

 

ユリカの構えに呼応して、腰を落して構えるテツヤ。

二人が同時に踏みこんだ瞬間、不意にシャッフルの紋章が輝いた。

交差した瞬間、紋章の放つ光に弾き飛ばされたかのようにテツヤが横に飛び、

ユリカの手刀がその腕をかすめ袖口を引き裂く。

ユリカの目に、テツヤの腕の半ばまでを覆ったウロコ状の物質が放つ銀色の光が飛び込んできた。

 

「な・・!DH細胞!」

 

無表情のまま袖口を押さえたテツヤが一瞬斜め後ろに視線を向けた。

武官らしい黒服の男たちが駆け寄ってくるのを眼にして、ユリカが咄嗟に決断する。

 

「イツキちゃん、掴まってて!」

「きゃ♪」

 

軽々とイツキルイゼを抱き上げ、ユリカが飛んだ。

 

 

ドリンクスタンドから一キロほど、ここ海沿いに面したネオイングランド領事館の塀の外で

アキトと、それについて来たガイやメティ達がたむろっていた。

アキトとの食事を楽しみにしていたメティが可愛く唇を尖らせて文句をつける。

 

「ねえねえ、アキトお兄ちゃん。こんな所に来て何しようって言うの?」

「ネズミ。」

「キャアッ!」

 

メティが悲鳴を上げ、思わず手近のものにしがみつく。

それが困った顔をしているガイだと言う事に気がついた瞬間、メティが問答無用でその体を蹴り飛ばした。

 

「・・・取りは嫌いかい?」

「なによ、ビックリさせないでよ!ネズミなんかどこにもいないじゃない!」

 

ガイには目もくれず、頬を膨らませてメティがアキトに詰め寄る。

 

「ここさ。ここにネズミが一匹隠れている。」

 

表情を変えないまま壁の向こうを指すアキト。

 

「ここにぃ?」

 

ブロスの肩の上によじ登って塀の向こうを見ようとしていたディアが呟いた瞬間、

アキトの真上を塀ごと飛び越し、二つの人影が飛び出してきた。

起き上がろうとしたガイを見事に下敷きにして、

イツキルイゼを抱えたまま綺麗に着地を決めたユリカが目を丸くした。

 

「アキト!」

「気になったもんでな、ちょっとお節介に「わたしの事が心配で来てくれたんだね!」

「・・・お前な、人の話を・・・」

 

イツキルイゼの視線に刺々しいむず痒さを覚えつつ、アキトが反論しようとした瞬間、

咆哮とともに現れたものがあった。

 

「ぬぉぉぉぉぉっ!」

 

メティが腰を落して戦闘体勢を取り、ユリカがイツキを抱えたまま素早く飛び退る。

瞬時に復活したガイがディアとブロスを後ろに庇う。

ユリカ達を追って、塀を飛び越してきたのはやはりこの男だった。

 

「見ろ!でかいネズミが出てきたぞ!」

「テツヤ・チャップマン!」

 

互いの視線をぶつけるアキトとテツヤ。

ユリカとイツキ、ガイもテツヤに注意を集中している。

真っ先にそれに気がついたのはガイの後ろからその睨み合いを見ていたディアだった。

 

「あっちからも来る〜!」

 

ディアが叫んだとおり、領事館の正門から黒服達がわらわらと出て来ていた。

 

「メティちゃん、雑魚は頼む。ガイ!ディアとブロスを!」

「任せてお兄ちゃん!」

「おう!」

 

異常なスピードで駆け寄って来る十歳程の少女に黒服達が一瞬困惑する。

黒服達がメティがナデシコファイターである事実を思い出した時には、

顔面に叩き込まれた飛び蹴りによって先頭の男が沈んでいた。

 

 

十人近い黒服を一人で翻弄しているメティを確認して、アキトがテツヤに向き直る。

 

「さて、テツヤ・・・やっとお前と直接会えたな。何せ訊きたい事が山ほどある・・・答えてもらうぞ!」

「フッ・・・・。」

「!?」

 

予備動作無しにテツヤが仕掛けた。

低い姿勢から打撃に絡めて関節を狙うその攻撃をアキトが必死にさばく。

先程のユリカと同じく、アキトの背筋を冷たいものが走りぬける。

以前ロンドンで戦った時も手強い相手とは感じたが、ここまでの腕は持っていなかった筈だ。

そんな事を考えるヒマもなく、アキトがフェイントの直後にきた左正拳突きを辛うじて捌いた。

領事館の石塀を砕き、突き刺さったテツヤの袖から銀色のウロコが覗く。

 

「こ・・・これは!」

 

驚愕するアキト。

思わず動きを止めたその一瞬の隙をつき、突きを放とうとしたテツヤの動きが途中で止まる。

ユリカが後ろからテツヤを羽交締めにしていた。

 

「見ての通り、DH細胞だよ!」

「「!」」

 

ユリカが言い終える前に、アキトとテツヤが同時に同じ方向を向く。

海沿いの道を赤いランプとサイレンが近づいて来ていた。

一瞬遅れてサイレンの方を向いたユリカの締め技をするりと外し、

テツヤがそのままアキトに向かってユリカを投げ飛ばす。

思わずそれを受けとめたアキトに背を向け、領事館の正門に向かってテツヤが走り出した。

未だに黒服達と戦っていたメティを後ろから掴み、行きがけの駄賃とばかりに大きく投げ飛ばす。

 

「きゃああっ!」

 

悲鳴を上げながらも空中で回転し、どうにか両足から降り立つメティ。

アキト達がメティの所に駆け寄ってきた時には、メティにのされた黒服共々、

テツヤたちの姿は領事館の敷地内に消えていた。

 

「メティちゃん、大丈夫か!?」

「うん・・・アイツ、只者じゃないね・・・。」

「ああ・・・」

 

 

去っていくアキト達の姿を、ネオイングランド領事館の木の上から悪意を込めて見つめる影があった。

 

「ヘッヘッヘッヘ・・ヘマぁこいたな、テツヤ・・・だが今度はこの俺様が手伝ってやるぜ・・・。」

 

無気味に笑うサイトウ・タダシの、その目が赤く光っていた。

 

 

 

ダッシュのジャンクの中にイツキルイゼの声が響く。

 

「いいえ!確かにアズマ准将は殺されたんです!」

「だけどよ、ネオイングランド側は脳溢血で倒れたって・・・」

「そんなの嘘に決まっています!私ははっきりとこの目で見ました!テツヤが彼を殺す所を・・・!

それに!」

 

なおも言い募ろうとしたイツキルイゼの言葉が一瞬止まった。

 

「そう言えば、あの場にもう一人女がいました!

顔はわかりませんでしたけども、右手に指輪をしていました・・・きっと奴らの仲間に違いありません!」

 

言葉を切り、イツキが無言のままユリカのほうを向いた。

視線を受けたユリカが真剣な表情で頷く。

 

「こうなれば明日のファイトで真実を暴き出し、彼らの悪事を白日の元にさらけ出してご覧に入れます。」

「ユリカ先輩・・・。」

「そう、我が騎士の誇りにかけて!・・・・・・・・・・・・・・ってイツキちゃん?お〜い。」

「ああん・・・・・ユリカ先輩・・・・その凛々しいお顔が堪りませんわ・・・。」

 

その場の全員が一歩引く。

そんな事には構わず、イツキルイゼは胸の前で両手を握り締め、白昼夢に浸りつづけていた。

 

 

 

中天に太陽が輝いていた。

海に浮いたお盆のような円形のリング。

リングを挟んだ対極の位置にそれぞれのクルーデッキが浮かび、

その更に周囲を観客を満載した無数の船が取り囲んでいた。

 

『本日のメーンエベント!海上特設リングではナデシコローズ対ジョンブルナデシコの、

因縁の英仏対決が始まろうとしております!』

 

各務千沙のアナウンスが会場一体に響く。

アキト達もダッシュのジャンクの上でそれを聞いていた。

 

「なあアキト。このファイト、無事に済むと思うか?」

「いや、何かが起こる・・・それだけは間違いないだろう。」

 

奇しくもアキトが呟いた瞬間、その「何か」が起きていた。

バリアシステムコントロールセンターの中に黄色いガスが充満し、職員がバタバタと倒れた。

タイミングを合わせてガスマスクをつけた数人の男が中央管制室に侵入する。

 

「ヘェッヘッヘッヘッヘッヘッヘッヘ・・・」

 

50m下に見えるリングの様子を窓から眺め、侵入者の一人が目をぎらぎらと光らせながら低く笑った。

 

 

 

リング上ではユリカとテツヤが視線をぶつけ合っている。

いわゆる「ガンを飛ばして」いる状態だ。

闘志をみなぎらせたユリカに対し、テツヤはあくまで無表情。

ただ、その口元だけがかすかに歪んでいる。

 

「さあ!時間だよ、テツヤ・チャップマン!」

「フッ・・・・!」

「二度と汚い真似ができないように貴方をここで葬る!この、ナデシコファイトで!」

「レディィィッ!」

「「ゴォォッ!」」

 

ファイトの開始と共にテツヤが身の丈の半分以上あるロングビームライフルを乱射した。

体をひねって左肩のマント型シールドで受けるユリカ。

シールドで逸らされたビームの弾丸があるいはバリアにあたって弾け、

あるいは海に着弾して次々と水蒸気爆発を起こす。

最後の一発は狙いを外したのかナデシコローズの右脇数メートルを通過してバリアに当たり、

・・・・・はしなかった。

収束された光の束が不可視のバリアをすり抜け、ネオフランスのデッキクルーをかすめて過ぎる。

いや、すり抜けたのではない。

 

「バリアが・・・消えているッ!?」

「おいアキト!今確かバリアが・・!」

 

愕然とするアキト。

その脳裏に閃くものがあった。

 

「くそっ!来い、ガイ!メティちゃん!」

 

二人の返事を待たず、アキトがジャンクの脇に止まっていたモーターボートに飛び下りる。

五秒ほど遅れてガイとメティも降ってきた。

 

「悪いな、これ借りるぜ!」

 

持ち主の返事を待たずにアキトがエンジンを始動させ、スロットルレバーを一気にトップに叩き込む。

発進直後の急ターンに耐えられず、船べりに座っていた持ち主が水中に落ちた。

 

 

 

ネオフランスのクルーデッキの後方でテツヤの放ったビームが着水し、水蒸気爆発を起す。

愕然としてユリカが振りかえり、コウイチロウが顔を蒼くする。

今、クルーデッキにはイツキルイゼも乗っているのだ。

 

「そ、そんな・・・!お父様、イツキちゃん・・・!」

クルーであるジュンも当然乗っているのだが、彼の事はユリカの脳裏に思い浮かばなかったらしい。

「バリアシステムが・・・一体どうしたというのだ!?」

 

うめくコウイチロウに音声のみの通信が繋がった。

 

『ヘェッヘッヘッヘッヘッヘ・・・よぉっく聞けよぉ?もし、お前らがそこから逃げたりしたらぁ、

お前らの目の前だけじゃなくてすべてのバリアを解除するぜぇ?

周りの観客を助けたかったら、そぉこで大人しく座り続けるこったなぁ。』

「貴様!何のつもりだ!つまらん真似は止めろ!」

 

並のチンピラならそれだけで萎縮してしまうコウイチロウの怒号をものともせず、声が喚き散らす。

 

『うるせぇっ!わかったのかよ、お姫様よぉ?』

「・・わかりました。」

「姫様!」

 

叫んだコウイチロウの目を静かなイツキルイゼの目が正面から見据える。

 

「ミスマル司令、ここは相手に従いましょう。・・・・きっとユリカ先輩がこの状況を打破してくださいます!」

 

その目には迷いも、動揺も、死への恐怖すらなく、ただ揺るぎ無い信頼があった。

 

「・・・・・わかりました。それにしても姫様は私の娘を随分信頼して下さいますな。」

「当然ですわ。だって・・・・・ユリカ先輩は私の運命の人ですもの!」

 

・・・世間一般で言う信頼とは少し違ったものだったかもしれない。

 

 

 

『さて、そういう事だからユリカちゃんよぉ、お姫様が死なないように盾となってお守りしなくちゃあなァ?

ヒャハハハハハハハハッハッハッハ!』

「ひ・・・卑怯な!」

『さぁテツヤさんよぉ、仕度は出来たゼ。後はおめえの好きにしてくれや・・・・。』

 

悔しさに拳を震わせるユリカ。

テツヤが無表情のまま銃を構え、撃った。

 

 

 

『どうした事かナデシコローズ!?その場を一歩も動かず、ジョンブルナデシコの銃撃を受け続ける!』

「おのれチャップマン!」

「ユリカ先輩!」

 

歯軋りするコウイチロウ。胸の前で両手を組み、うっすらと涙を浮かべるイツキルイゼ。

 

「イツキちゃん、お父様!少し辛抱しててね・・・ユリカが必ずコイツを倒すから!」

 

テツヤの正確な射撃を左肩のシールドで必死に受け流しながらユリカが叫ぶ。

それを聞いたガスマスクの男が低く笑った。

 

『へへへへ・・・・気丈だねえ、ユリカお嬢様よぉ。御立派だぜぇ。

けどよぉ・・・・・・・・そういうの、虫唾が走るんだよなぁっ!

テツヤ!そろそろ決めろやぁっ!」

「フッ・・」

 

今までネオフランスのクルーデッキを狙っていたテツヤの銃口が五度ほど下に下がる。

発射されたビームがナデシコローズの左足を貫き、ナデシコローズの体勢が崩れた。

片膝をついたナデシコローズの影から、ネオフランスのクルーデッキがその無防備な姿を曝けだす。

 

「おぉやおや、こいつぁいけねえなぁ。後ろがコンニチワだぜぇ?」

「フッフッフッフッフ・・・・」

「く・・・お父様っ!イツキちゃんッ!!」

「ひゃぁっはははははははははは!」

 

クルーデッキに狙いを定め、テツヤが口元を歪め低く笑う。

ユリカの悲痛な叫びとガスマスクの男の哄笑が響きわたった瞬間だった。

 

 

「待てぇっ!!」

 

響いた声に、ガラスの割れる音が重なる。

正面の強化ガラスの窓を蹴破って中央管制室に三つの影が飛びこんできた。

アキト達は監視システムを誤魔化す為に地上数十メートルの塔を外側からよじ登り、

窓からの強襲を掛けたのである。

 

「貴様らの思い通りになど、させるかぁっ!」

「な!この・・・!きしぇええええええっ!」

 

リーダーらしきガスマスク男が奇声と共にアキトに向けて鋭い蹴りの連続攻撃を繰り出す。

残りのガスマスク達にメティとガイが突っ込んだ。

 

「ガイ、バリアを!」

「合点承知之助っ!」

「させる・・・ぐふぅっ!」

 

コントロールパネルに取り付いたガイに飛びかかろうとする雑魚を、メティが瞬殺する。

 

「ここがこうなって・・・コイツか!」

「なぁろぉっ!」

「うるさいっ!」

 

おめき声を上げてガイに飛びかかろうとするリーダー格のガスマスクをアキトがひじ撃ちで吹き飛ばす。

コンソールの角に叩きつけられたリーダーが一声うめいて動かなくなった。

 

 

歯を剥き出しにしてテツヤが笑う。

狂気を凍りつかせたその表情のまま、テツヤが引き金を引いた。

 

「イツキちゃん!」

「きゃああああああっ!」

 

粒子ビームの閃光が走る。ユリカが、そしてイツキが絶叫した。

 

 

 

 

テツヤの銃口からはなたれた閃光がリングの外周で弾けた。

ネオフランスのクルーデッキの眼前で激しいスパークが発生する。

間一髪、バリアは復活していた。

 

 

「おっしゃあ!」

「よくやった、ガイ!」

「ガイお兄ちゃんもたまには役に立つんだね。」

「・・・そりゃないぜ、メティちゃんよ・・・。」

 

珍しくしょぼくれるガイにアキトが大笑いする。

その後ろで、先ほど計器に叩きつけられたガスマスクのリーダーが目を覚ました。

まだ朦朧としているのか、頭を振りながら立ちあがる。

その拍子に、アキトに受けたヒジ打ちで紐が切れていたガスマスクがずり落ちた。

 

「貴様・・・・サイトウか!」

「また邪魔しやがったな、テンカワアキト!・・・・引き上げるぜぇッ!」

 

サイトウが捨て台詞を残して逃げ出すと共に、

メティとガイに叩きのめされた連中も起きあがり、歩けない仲間を抱えて逃走した。

 

 

管制タワーの非常口からサイトウ達が海に飛び込む様は、首相専用席からも見えた。

 

「おやおや・・・どうやらお楽しみは終わりのようですね?」

 

オペラグラスを下ろし、メグミが溜息をつく。

その表情はまるっきり玩具を取り上げられた子供のそれだ。

しかし、脇のホウメイの浮かべる笑みは消える事が無い。

 

「いや・・・今日の勝負はこれからが本番だよ。」

 

 

 

「テツヤ・・・貴方の行なってきた数々の無道・・・許しません!

このミスマルユリカ、天に代って成敗します!

ローゼスビットォッ!」

 

ユリカの気合と共に、ナデシコローズの左肩に装備されたハーフマントが跳ね上がる。

マントの下から現れた無数の棘ある薔薇、ローゼスビットが空に舞った。

 

「いっけぇぇぇっ!」

「ぬぉ、ぬぉぉぉぉっ!?」

 

テツヤの視界を赤い薔薇が覆い尽くす。

次の瞬間、それらが一斉に火を吹いた。

もとより、ビットに一撃でナデシコを倒せる火力はない。

だが優に百を越える火線の前では、歴戦のテツヤといえどもさすがに打つ手はなかった。

次の瞬間、火線の雨を掻き分けてナデシコローズのビーム・レイピアがジョンブルナデシコの胸を貫いていた。

 

「テツヤ・チャップマン!これが、卑怯者の貴方に相応しい負け方よ!

さあ、アズマ准将殺害を白状してもらいましょうか!」

 

ジョンブルナデシコの胸に鍔元まで剣を突き刺し、ユリカがテツヤに詰め寄る。

だが、胸を貫かれながらもにやあ、とテツヤは笑った。

脳裏に走った危険信号にユリカが剣を離して後方に跳ぶより早く、

ジョンブルナデシコの胸の傷口から真っ黒な煙が噴出す。

水の中に墨を落とした様に、バリアの中が一瞬にして黒く染まった。

普通では考えられない異常な事態に会場がざわめく。

アキトの表情がこわばる。

その脳裏に先日の、謎のナデシコの事がよぎった。

 

 

 

 

ナデシコローズのコクピットで、ユリカもまた既視感に襲われていた。

射出していたローゼスビットの反応が全く消え(恐らく強烈なジャミングがかかっているのだろう)、

可視光線のみならずあらゆるセンサーが無効化される・・・。

 

「これって、まるでロンドンでテツヤと戦った時と同じ・・・・きゃああああっ!」

 

白い牙。或いは角か。

全身を震わせる重低音と共に、黒い霧の中から突き出た二本の白い錐がナデシコローズの両肩を貫いた。

そのまま伸びた牙が、黒煙を突き抜けてナデシコローズをバリアに磔にする。

 

「ユリカ!」

「ユリカ先輩!」

『おおっと!?突然の煙幕の中で何が起こったのでしょうか!?ナデシコローズ、串刺しです!」

 

両肩を貫かれ、電磁バリアに押しつけられて全身を走る苦痛の中、

ユリカは黒煙の中に『それ』を見た。

 

「な、ナデシコ!?」

 

四角い箱のような、巨大で不恰好なシルエット。

ネオジャパンのナデシコキャリアやホクシンヘッドよりもなお大きい。

ほぼ胴と同じだけの大きさを持つ、人間型のバランスを欠いた異常なまでに巨大な手足。

背中からはナデシコローズの両肩を貫いている『牙』が生え、

肩には可動式の巨大な砲が四門装備されていた。

そして、そこだけは通常のナデシコと変わらない大きさのため非常にアンバランスに見える頭部。

ユリカがそれだけを見定めた時、その体を串刺しにしていた『牙』が無造作に振り下ろされた。

ナデシコローズのボディがすっぽ抜け、リングに叩きつけられる。

次の瞬間、そいつが両手を・・・いや、『前足』と言った方が近いだろうか・・・

咆哮と共に仰向けに倒れたナデシコローズに叩きつけた。

象に踏まれた人間の如く、巨大な質量による一撃でナデシコローズのフレームに歪みが生じる。

ユリカの唇から、胃の内容物と共にどす黒い血がこぼれた。

蹄のような足先が二つに割れ、今度は万力の様に腕ごとユリカの胴体を締め付ける。

右腕が潰れ、左腕のマントが歪む。

ナデシコローズのコクピットに警報が響き、フレームのゆがみにより

マントの展開が不可能になった事をユリカに教える。

即ち、ナデシコローズ最大の武器であるローゼスビットを発射する事が不可能になったのだ。

勝利を確信したか、捕えた獲物をその牙で引き裂こうとするかのように

巨獣がナデシコローズを顔の前に持ち上げる。

その瞬間、今までぐったりしていたユリカの目がくわっ!と開かれる。

 

「・・・これを、待ってたよっ!ローゼス、ビットォォォッ!」

 

巨獣の咆哮が苦悶のそれへと変わり、ナデシコローズのボディが放り出される。

右目に深々と真紅の薔薇が一輪、突き立っていた。

ビットの収納庫であるマントの展開が不可能になった時に咄嗟にユリカが思いついたのは、

先ほど牙で貫かれたマントの破孔から、

ローゼスビットそのものを弾丸として敵の急所に向けて放つ事だったのだ。

そして一瞬の後、巨獣の顔面が爆発した。

苦痛の咆哮を響かせ、再び巨獣が黒煙の中へと消えてゆく。

全身を苛む苦痛に耐え、ユリカが立ち上がってファイティング・ポーズを取る。

しばしの後、唐突に黒煙が晴れた。

 

 

リングの中央に仰向けに倒れたジョンブルナデシコの姿があった。

全身の装甲がローゼスビットの攻撃によってささくれ立ち、その四肢は力無く投げ出されている。

そして、右のアイカメラは大破して無残な傷口を見せていた。

 

 

 

激戦が繰り広げられていた会場の隅、VIP用の桟橋でユリカ達が集まっていた。

 

「アキト、ありがとう。お蔭でイツキちゃんとお父様が助かったよ・・・。」

「礼はいらん。それよりも、ユリカを襲ったあのナデシコだ。」

 

「あの・・・・・・・・僕は?」

「いいじゃないの、助かったんだし」

「それとも私達が心配しただけじゃ物足りないの?」

「そ、そんな事は無いけど」

「じゃ、いいじゃない!」

「・・・そういう問題かな・・・」

 

「・・・前にアキトを襲った、謎の四体のナデシコの一体だって話?」

「ああ・・・・お前の話を聞く限り、まず間違いない。」

 

斜め上から響いてきたまばらな拍手の音に、アキト達が口を閉じる。

専用のクルーザーの上で、メグミ首相が笑みを浮かべながら手を叩いていた。

 

「素晴らしい!ユリカさん、見事なファイトでしたよ。」

「アタシからも見事と言っておこう。良くぞあの強豪テツヤを倒したものさね。」

 

傍らのホウメイも低い声で賛辞を述べ、

その姿を見た途端、表情を一変させたアキトがホウメイに指を突き付けた。

 

「東方不敗!丁度良い、訊きたい事がある!」

「まあまあアキトさん。今はユリカさんを休ませる方が先では?・・・それでは失礼。」

 

笑みを張りつけたまま、右手を上げてアキトの言葉を遮るメグミ。

その右手に光るものを見た瞬間、イツキルイゼの表情がこわばった。

 

 

 

 

「間違いありません!あの殺人現場にいたもう一人の人物は、ネオホンコンのメグミ首相です!

あの右手にはまっていた指輪が何よりの動かぬ証拠ですわ!」

 

ネオフランスの保有する御座船の一室でイツキルイゼが叫んでいた。

傍らのユリカは厳しい顔で、そして対面のコウイチロウは無表情のまま黙りこくっている。

 

「もしそれが本当であるならば、すべてお忘れになることです。」

「ミスマル司令!?」

「お父様!」

 

同時に声を上げた二人の顔を見渡し、コウイチロウが言葉を継ぐ。

 

「いいかね、二人とも。彼女がその気になれば、

我々ネオフランスをナデシコファイトから追放するくらいなんでもない。」

「!」

「・・・・」

「そう、何人たりとも彼女には逆らえない・・・彼女が人類社会の実権を握っている間は・・・。」

 

 

 

 

「そう、私の力は絶大無比・・・・・・そして、それも永遠のものになろうとしている!

ごらんなさい・・・・その為にデビルホクシンは自己再生をはじめたのです・・・・・・

・・・・ふふふふふふふ・・・・あははははは!

あははははははははははははははははははは!」

 

眠れる魔神を前に哄笑するメグミ。

その言葉通りデビルホクシンの全身の細胞一つ一つが泡立つように蠢き、

ゆっくり、ゆっくりとその傷を癒しはじめている。

 

 

 

次回予告

皆さんお待ちかねぇ!

ネオホンコンに隠されたデビルホクシンの大秘密!

それを知られたメグミがアキトに仕掛けた罠は、

なんと!前代未聞のダブルファイト!

アシュラナデシコとスカルナデシコの実力派コンビがその力を存分に振るいます!

機動武闘伝Gナデシコ、

「立てアキト!嵐を呼ぶタッグマッチ」に!

レディィィィィィ!GO!

 

あとがき

氷室君再登場!・・・・・・・え?氷室って誰だって?

あ、わからなければいいです、大したことじゃないですから(ひでぇ)。

 

ごくごく一部では人気の高い(笑)イツキルイゼ姫、今回は実に2クールぶりの登場です。

私は「The blank of 3years」はやっていないので作中のイツキがどういうキャラなのかは知りません。

ですので「時の流れに」のイツキをベースに好き勝手やらせて頂いております(笑)。

一方今回初登場なのが「ユリカパパ」ことミスマルコウイチロウ。

この人は・・・まあ、こんなものでしょう(^^;

 

今回登場した謎のナデシコの名前は「獅王争覇(ししおうそうは)グランドナデシコ」。

文中の描写がいまいちわかりにくかったかもしれませんが、

簡単に言うと「ナデシコの頭付き四足歩行可能な移動要塞」みたいな感じです。

元ネタのグランドガンダムは某所で「デストロイドモンスターにガンダムの頭をつけたような」と

その不恰好さを絶賛されておりました(笑)。

今回は顔見せですが、前回出てきた「天剣絶刀(てんけんぜっとう)ナデシコヘブンズソード」とともに

いずれ八面六臂の大暴れをしてもらいますので乞うご期待。

 

 

 

管理人の感想

 

 

鋼の城さんから連載第三十三弾の投稿です!!

テツヤ・・・再登場するも、台詞は無し(笑)

まあ、こいつが話したところで何を言い出すことか(汗)

でも、どう見てもメグちゃん悪役だな〜

もしかして意図的っすか? 鋼の城さん?(苦笑)

サイトウ、何処にでも出てくるなお前・・・

 

では、鋼の城さん!! 投稿有難うございました!!

 

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