さあう"ぁんといろいろ
祈る気持ちを忘れずに
一人目・妖精(エルフ)
戦いは終った。
分かたれていた運命は一つとなり、あるべきものはあるべきところに戻った。一人の狂人の欲望によって歪められていた流れはようやく正されたのだ。
言い様のない達成感とともに、自分という「個」が拡散し、希薄になり、消えていくのを感じる。
姉に完全に同化してしまうのか、それとも今度こそ本当に天に召されるのか。どちらにせよ恐れはなかった。自分が死んでからもう3年が経っている。土は土へ。死者は相応しき場所へ旅立つのが自然の流れというものだろう。
それにこのまま魂だけが現世に留まっていては、幽霊なりゾンビなりになってしまう可能性だってある。
(ジョーダンじゃないわよ。そんな"なれのはて"なんて真っ平ごめんだわ)
「彼」に別れが告げられないのが残念といえば残念だが、それだってそもそも三年前に死んでいるのであるからして今更と言えば今更だ。それに「彼」とはいつの日かまた出会える。信じていれば必ず、いつの日かまた――。
ただ、そんな彼女がただひとつ願うことがあるとするならば。
(もし生まれ変われるなら、お姉ちゃんと、今度は普通の姉妹として・・・)
そのまま、彼女の意識は光に包まれた。
「・・・・・・・・・・・・・・あれ?」
第一話『召喚』
気持ちいい風が吹いていた。春の草原に吹く風、緑萌える季節の風だ。ただ台無しなのは、周囲に悲鳴と泣き喚く声が充満していることだろう。
むくり、と「彼女」は上半身を起した。そのまま大きくあくびする。
寝起きの、百年の恋も醒めそうなご面相が少しはましになり、それとともに頭も少しずつ回転し始める。
うららかな春の日差しに照らされた、爽やかな風の吹く草原。遠くに石造りの塔が見える。
周囲に渦巻く阿鼻叫喚。
どうやら全員が人間族(ヒューマン)であり、ハゲ・・こほん、頭髪が不自由な人が一人いるのを除けば全員が十代半ばの少年少女。見慣れないが身なりのいい格好にお揃いの黒マントをまとっている。
杖を持っている人間が何人かいるということは、彼らはみな魔術師(メイジ)なのだろうか? いや、それよりも彼らは何に恐れ逃げ惑っているのだ?
ぼんやりした頭のままふと空を見上げた彼女は二つの意味で衝撃を受けた。
ひとつは空を飛ぶ人間を目撃したこと。彼女の世界に人が空を飛ぶ方法など存在しない。
そしてもうひとつはその空を飛ぶ人間の恐怖に染まった視線が向けられていたのは、他でもない自分だったということだ。
(嘘、なんで?)
急速に頭の回転が回復する。
思い返してみれば、さっきから悲鳴の中にエルフという単語が混ざっていた。
「つまり、私がエルフだから怖がっているわけ?」
確かに田舎ではひとつの種族だけで共同体を形成して異種族を排斥したりする所もあるが、それにしてもこの反応は異常だ。ひょっとして彼らはエルフと戦争でもしていたりするのだろうか?
よく見れば周囲に数人、混乱していない人間達がいた。
一人だけ年かさの、長い杖を持った男の魔術師。こちらを油断なく警戒する姿はそれだけで殺気に近いものを感じさせる。杖を構えた立ち姿にも隙がない。これはかなりの手だれだろう。
桃色の、綺麗な髪をした小柄な少女。かすかに震えてはいるが、それでも凛とした表情でこちらを睨んでいる。振る舞いはまるっきり素人臭いが、何か油断できないものを感じる。
燃えるような赤毛と褐色の肌、彼女には望むべくもない豊満な肢体を持った女性。こちらも素人臭くはあるが、桃色の髪の少女よりは戦い慣れしていそうだ。
どちらにせよ、攻撃呪文を何発も受けて耐えられるほど彼女は頑丈にできていない。油断すべきではないだろう。
腰が抜けたのか、地べたに座り込んだ面白い髪形をした金髪の少女、それにしがみ付かれて震えながらもこちらに杖を向けて身構える金髪の少年は・・・まぁどうでもいいか。
そして目の前に立っていたのは青い髪の、先の桃色の髪の彼女よりなお小柄な少女。大きな杖を持ってはいるが、一人だけ混乱しても敵意を向けてきてもいない。
とりあえず他の魔術師らしき人々への警戒は外さないまま、彼女は目の前の少女に注意を向けた。
「とりあえず落ち着いて。みんなはあなたがエルフだから怖がっている」
先ほどの独り言を聞いていたらしい。
リリスがこくん、と頷くとこくん、と少女も頷きを返す。そのまま何事か喋りながらこちらに近づいてきた。相変らず敵意はないようだし、とりあえず言葉が通じるならどうにかなるだろう。生来の楽天主義が頭をもたげそんなことを考えた、次の瞬間。
目の前に立った青い少女に、彼女は唇を奪われた。
時間をやや遡る。
タバサは心底驚愕していた。
傍から見れば目をやや見開き、口もわずかに開いている程度だが、これでも普通の人間だったら眼がまん丸になって口が大開きになってるレベルの感情表現である。
親友であるキュルケが見れば、滅多にない表情に驚いたかもしれない。しかしそのキュルケも、今はさすがにタバサの表情に注目する余裕がなかった。
春の使い魔召喚。
1年のときから赤毛の親友と並んで学年トップクラスの使い手と目されていた彼女の召喚に、教師であるコルベールのみならずクラスメイト達も興味津々であった。
実際、本来なら風韻竜という大物中の大物を引当てて使い魔品評会でも一位をかっさらう彼女である。
しかしいかなる運命のいたずらか、今日この時彼女が召喚したのはきゅいきゅい鳴く幼女ではなく、
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「エルフだッ! タバサがエルフを召喚したぞぉっ!」
見慣れない装束を纏い、すらりと均整の取れた肢体を持つ、美しい金髪のエルフの少女だったのである。
尖った耳、抜けるように白い肌、軽やかに風にそよぐ金の髪。まだ多分に少女らしさを残してはいるものの、すでに成熟しつつある面立ち。
だがそんな少女の美貌ですら彼らの恐怖を煽り立てる役にしか立たない。もっともこのハルケギニアに住む者であれば、この反応も無理からぬことだろう。
エルフ! 人類の敵!
エルフ! 先住魔法を操る恐るべき怪物!
エルフ! 始祖ブリミルですらついに勝てなかった悪魔たち!
怒号と悲鳴が交錯する。
周囲を囲んでいた生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。中には腰が抜けて動けなくなるもの、気絶してしまうものすらいる。
比較的冷静さを残していた何人かは呪文を唱えてフライの魔法で逃げ出す。
そしてもっと冷静、あるいは無謀な者たちが杖を構えてタバサの呼び出した使い魔の様子を窺っていた。
教師のコルベール、親友キュルケ、意外なことにゼロのルイズ。そして更に意外なことにギーシュ。膝がカクカク笑っているが、逃げ出す様子はない。更にそのマントにはモンモランシーがすがり付いていた。
「怖いわギーシュ! 私きっとエルフに殺されて皮を剥がれてしまうのよ! そしてその後は・・・おお、到底言葉に出来ないわ! 想像しただけで恐怖の余り死んでしまいそう!」
「ハ、ハハハハ! 何を言っているんだい愛しいモンモランシー。この僕がいる限り、例えエルフといえども君に指一本触れさせてなるものか!」
「ああ、ギーシュ! あなたのその言葉を聞くだけで私の心に勇気が湧き上がってくるの! 私の騎士! あなたこそ男の中の男よ! 勇敢なトリステイン軍人の中にだってあなたほど勇敢な人はそうはいないに違いないわ!」
「当然じゃないかモンモランシー! 薔薇に鋭い棘があるのは、君のような可憐でたおやかな花を守るためなのさ!
ああ、僕のモンモランシー! 美しいモンモランシー! 僕の太陽! 僕の月! 僕の星! 君がいなければ僕の人生は太陽の無い昼、月も星もない夜のようになってしまうだろう!
たとえどんな運命の荒波が僕らを襲おうとも、必ず君を守り抜く事を誓おう!」
とりあえずあいつらは役に立ちそうに無いから意識の外に締め出しておこう、とタバサは思った。なんかむかつくし。
その間にエルフの少女が目を覚まし、上半身を起して大あくびをした。
その暢気な様子が、どうにもイメージの中のエルフ像と結びつかずタバサはちょっと戸惑う。寝ている時はおとぎ話の妖精の女王のような風格すら感じたのだが、案外見た目どおりに若いのかもしれない。
伸びをしてからきょろきょろとあたりを見回し、やがて何かに驚いたようにその動きを止める少女。
その視線を追えばそこにはフライで逃げるクラスメイトの姿。
彼女と視線が合ってしまったのか、また必死で逃げ始めるクラスメイトから視線を離すと、
「つまり、私がエルフだから怖がっているわけ?」
ぽつりと呟いたその瞬間、タバサはこのエルフを使い魔にすることに決めた。もし本物のエルフだとしたら、恐らくこれ以上ない戦力になるだろう。未知の魔法と恐るべき技術で必ずやタバサの秘められた目的を達成する助けになってくれるはずだ。
いつの間にか油断無く周囲を窺っていたその視線が、タバサの上で止まっている。
「とりあえず落ち着いて。みんなはあなたがエルフだから怖がっている」
そう言って、近寄りながら呪文を唱え、素早くエルフの少女と唇を合わせる。あっけなく契約は完了した。
タバサにキスされた少女は数瞬呆然としていたが、やがて我に返ると目を白黒させて立ち上がった。
「ちょ、あなた女同士で何してくれるのよっ!?」
「契約の儀式」
「契約って、ま、まさかこっちでは女同士で結婚するとかっ!?」
「ミス・タバサ」
響いた強い声に、エルフの少女が口をつぐむ。振り向いたタバサの目の前に、殺気を纏ったコルベールがいた。タバサも反射的に身構え、戦闘体勢を取る。エルフの少女も腰を落とし、身構えた。
それを空気の動きで察して、タバサは内心で満足を覚える。さっきの挙動を見て少し心配だったが、彼女は少なくとも戦い慣れしている。使い魔にしようとした判断は間違いではなかった。
「彼女はエルフです。教師として、生徒に危害が及ぶ可能性を見過ごす訳には行きません」
今まで見たことも無いほど真剣なコルベールの目。
心底から自分の身を案じての行動だと理解してタバサの心が少し痛むが、彼女にもここで引けない理由がある。
「彼女は何もしていない。こちらが勝手に騒いでいただけ」
「しかし!」
「ちゃんと話の通じる相手。それに、もうコントラクト・サーヴァントは済ませてしまった」
「む・・・」
タバサの言葉が正論であるだけに、コルベールもとっさには反論が出てこない。
視線をタバサから後ろのエルフの少女に移す。敵意や殺気はこもっていないが、明らかに警戒する視線。
「・・・わかりました、いいでしょう。ですがエルフのお嬢さん。もしあなたが私の生徒を傷つけるようなことがあれば、私は絶対にあなたを許しません。それを了承していただけるのでしたら、あなたがミス・タバサの使い魔になることを許可しましょう」
「・・・・」
「どうなのです!」
コルベールが駄目を押した瞬間、ぷつん、と何かが切れる音が聞こえた。
錯覚とわかってはいるが、その場にいた人間には確かに聞こえたのだ。
「いいですか? これに頷いて頂けないのであれば・・」
「私の知った事かぁっ!」
ざん、と草を踏みしだいてエルフの少女が一歩踏み出す。
その顔は怒りで真っ赤だ。
「な、なっ?」
「ここではあなた達人間族とエルフがどう言う関係なのかは知らないけどね、そんなの知ったこっちゃないのよこの逆ホタル野郎!
大体何よ、話も聞かずにこっちがエルフというだけで怖がるわ逃げるわ殺意を向けてくるわ! こんな扱いされたら誰だって、その気が無くても敵意を抱くっつーのよこのアンポンタン!」
「あ、いや、その」
ざん、ざん、ざん、と詰め寄られ、今度はコルベールがたじたじとなる番であった。
実際彼女がエルフであるという一点を除けば全くそのとおりである。
だがここでそれを指摘したところで火に油を注ぐ事にしかなるまい、という事が理解できる程度にはコルベールも女性のことを理解しているつもりではある。
もっとも、地雷を思いっきり踏んでしまった今の状況では慰めにもならない。所詮は女性に縁のない40男であった。
「こぉのスットコドッコイ! いきなり訳の判らない状況に呼び出されて、女の子にファーストキス奪われて、使い魔だの契約だの更に訳のわかんないこと言われて! そんな状況に陥った女の子の気持ちが分かる!? 分からないでしょう!?」
「あ、あの落ち着いて、私が悪かったですから、その」
「『生徒に手を出したら私が許さない』ですって? 人を犯罪者やごろつきみたいに言ってるんじゃないわよ! 確かに私は冒険者で戦うのが仕事だけど、罪もない人たちを傷つけたことは一度だって無いのよ!」
「!!」
その瞬間、コルベールが酷く傷つけられたような顔になった。
怒りに任せて怒鳴り散らしていたエルフの少女のほうも、まずいことを言ったかと顔をしかめて口をつぐむ。
少女の剣幕に先ほどから介入のタイミングを見失っていたタバサがようやくここで割って入った。
「彼女の言うとおり。彼女は意味も無く誰かを傷つけたりはしない」
「・・・・わかった。君が彼女を使い魔とすることを認めよう」
深い溜息をつき、コルベールが召喚を承認する。
それからきびすを返して散り散りになった生徒(大部分は遠巻きに様子を伺っていた)を呼びに行った。
その背中が心なしか俯いて見えるのは、果たしてタバサの使い魔のことだけが理由なのか。
それが分かるのはまだ遠い先の話である。
「さて、なんか恥ずかしい所見られちゃったけど、そう言えば名前も名乗ってなかったわね」
少女の言葉にこくり、とタバサが頷く。
「私はタバサ」
「私はリリス。司教(ビショップ)よ。見てのとおりのエルフだけど、あなた達に危害を加えるつもりは無いから安心して」
ぴこぴこ、とつまんだ耳を動かしておどけるリリス。再びこくり、とタバサが頷いた。
「あなたは召喚の呪文で呼ばれたの。しばらく私の使い魔をやって欲しい」
とりあえず使い魔とは従者のような物だと説明し、衣食住その他の保証をするという条件で当座の間使い魔をやってもらうことに同意してもらった。
何せリリスはいっぺん死んだ身であるのを差し引いても実に楽天的な性格をしている。元の世界に戻れないと聞かされても、使い魔の契約が一生ものだと言われても、寝泊りできる所と今日の御飯が確保できるならという事で「まぁ、いっか」で済ませてしまった。
死を含む様々な経験を経て成長してきた彼女であるが、こう言った楽天的で怖いもの知らずな所とある種の図々しさは少女の頃から全く変わっていないらしい。
その後メガネを光らせるタバサにこわごわとキュルケも加わって(すぐに打ち解けたが)、互いに質問攻めが始まった。
リリスはトリステインやハルケギニアと言った地名を全く知らなかったし、タバサたちもトレボー城やリルガミン、あるいはワードナと言った名前に全く聞き覚えが無い。
彼女らの傍らでは集められた生徒達が召喚の儀式を再開し、儀式を行っていない者の多くは彼女らの方をちらちらと見ていたが、もう三人ともそんなものを意識する余裕が無いほど話に熱中していた。
質問を交換する内にリリスの所には召喚や飛行と言った呪文が無いこと、人間とエルフのほかにもドワーフ、ノーム、ホビットと言った亜人種が存在して等しく共存していること、そして魔術が貴族の占有物ではなく、また魔術と剣が対等の地位を占めている事、
一方ハルケギニアでは人間とエルフが不倶戴天の敵であること、魔法は貴族の占有物であり力の源であること、などが話された。
「少なくとも私の所では魔術師と戦士は戦力として等価値なのよ。魔術でなければ対応できない局面と、剣でなければ対応できない局面がそれぞれあるし、一対一だとしても剣は魔術に充分太刀打ちできる武器よ。
むしろ一対一なら戦士のほうに分がある事も少なくないわ」
「なるほど、局面の話は分かるわ。錬金の魔法でも出来ない鍛冶仕事ってあるし」
「リリスの魔法にも興味はあるけど、魔法と互角に戦える戦士にも興味がある」
ハルケギニアとは全く異なる魔法使い呪文と僧侶呪文の2系統からなる魔法体系。余りにも異なる文化。食い違いすぎる地理。
この時点で三人はリリスの出身地とハルケギニアが全く隔絶した地であることをほぼ確信していた。実際には「地理的に隔絶」どころの話ではないのだが、さすがにそこまで理解するのは難しかったろう。
ともかくそれからも三人の熱心な情報交換は続いた。特大の爆発が彼女らの話を中断させるまで。
二人目・修羅(さむらい)
『兄上、もう下がれませぬ。このままでは・・・』
『――はまだ教授されてはおらぬな』
『ハ、ハイ』
『ならば、今私が――しよう。その才で見事―――!』
『兄上!』
戦で得たものは、母と、優しかった異母兄の死。父に対する憎しみと孤独。そして人殺しの技――
得た物を帰すべき戦はいずこに。
生まれながらにして修羅たる事を宿命づけられた少年は、新たな大地で新たな光を見る。
爆発音。
爆発音。
爆発音。
ついでにもうひとつ爆発音。
更に何度かの爆発音が響いた後、草原に今度はこれまでとは比べ物にならない特大の爆発音が響いた。
なにやらオリジナリティ溢れまくったサモン・サーヴァントの呪文を長々と唱えていたルイズは、またも爆発を起してしまったのである。しかも特大の。
爆発は煙ばかりでなく、盛大に土や草を巻き上げ、近くにいた人間の中にはまともに爆風を受けてひっくり返る者もいた。
タバサのときとは違う意味で興味津々だったギャラリーが今度は野次ではなく口々に罵声を浴びせる。が、煙が晴れるにつれそれは驚愕と警戒のささやき声に変わっていった。
「お、おい見ろよ、なんかいるぞ!」
「人じゃないかあれ?」
「ま、まさかまたエルフかよ!?」
煙が晴れた後草原に倒れていたのは、彼らの予想に反してエルフではなく、白い甲冑を身につけた、恐らく13〜4歳ほどと思われる人間の少年であった。
仰向けに横たわったそのまぶたは閉じられ、右手にはその体躯に相応しからぬ長大な片刃の剣を握っている。
珍しく、というか生まれて初めての魔法の成功に喜んだのも束の間、ルイズの心を落胆が覆った。
人間。あのタバサとかいう同級生みたいにエルフですらないただの平民。
先ほどのエルフ召喚のショックが強すぎて、周囲から囃し立てる声が殆ど無いのは幸いだった。ひょっとして今度もまた謎の亜人ではないのかと囁き合っているのだ。
一応ルイズもコルベール先生に異議を申し立ててみたが、あっさりと却下された。
まぁエルフを召喚して契約してしまった同級生がいる以上、平民だという程度でやり直しを許可してはもらえまいというのはルイズも予想していたのでとりあえず成功だっただけでもよしとしようと自分を納得させ、契約を行うためにしぶしぶと少年に近づく。
しかし契約を行うべくしゃがみこんだ所で、竜らしき紋章を彫り込んだ甲冑の装飾や精緻な彫金の施された剣の拵えが、汚れてはいるものの意外に高級なものである事にルイズは気づいた。
(これは・・・ひょっとして結構当りなのかしら? まぁただの平民じゃ無さそうよね)
「貴族にこんなことしてもらえるなんて、普通は一生無いんだからね。感謝しなさい・・ん?」
僅かに気をよくし、コントラクト・サーヴァントを行おうと顔を近づけたその時、少年の閉じられたまぶたから一筋の涙がこぼれた。
「あに・・・うえ・・・」
ドキリ、とルイズの胸が鳴る。何故だかカトレアの事を思い出し、目を伏せた。
ルイズはそのまましばらくためらっていたが、やがて意を決して少年と静かに唇を合わせる。
はじめてのキスは、少ししょっぱかった。
少年の左の小手の隙間から淡い光が漏れる。
ややあって少年の目がぱちりと開いた。
「・・・ここは?」
むくり、と少年が上半身を起こす。
まだあどけなさを残す顔立ちが、きりりと引き締められると途端に凛々しい物になった。
不覚にもルイズが一瞬見とれたほどだ。
間近で見たルイズのみならず、周囲を囲む生徒の輪からもわずかに黄色い囁きが上がる。
それは学院の男子達が持ちえぬ、幼いながらも戦場を知る男の顔だった。
コルベールとタバサ以外は気づいていないが、その右手は無意識に剣を握りなおしており、目は周囲とルイズの挙動を注視している。
戦場にいたことは覚えている。たった二人で百人近い敵勢に追い詰められた事も覚えている。兄が命と引き換えに最後の奥義を放ち、敵兵たちを蹴散らして・・・そこから先が思い出せない。
どうなってここにいるかはわからないが、ここにいる魔術師(メイジ)たちが明らかにホウライの軍に所属する魔術師で無い以上、リルガミンの軍に違いない・・・と考えたところで少年は自分の見落としに気づいた。
周囲を囲む魔術師たちは明らかに戦場にいる人種ではないし、軍にしてはメイジだけと言うのも不自然だ。なら武装解除もされていないし、すぐにどうこうと言う事は無いだろう――と、緊張を解く。
「それで、ここはどこなんだ?」
「え、あ? ああ、ここはトリステイン王国。そしてここは名高きトリステイン魔法学院よ。あなたは『サモン・サーヴァント』で私の使い魔になるべく召喚されたの。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。あなたは?」
「聞いたことがないな。おれはホウライの、って、お前ちょっと待て。今なんて・・」
「ホウライ!? やっぱり私と同じとこから来たのね!」
「ひっ!?」
話の途中で割り込んできた声の主を見た途端、ルイズが顔をひきつらせて身をのけぞらせ、尻餅をついた。
タバサの呼び出したエルフの少女の使い魔――満面の笑みを浮かべるリリスに敵意が無いことを頭では理解できても、ずっと刷り込まれてきた常識はすぐには覆せないらしい。
一方、ショウにとってはエルフなど珍しくもない。首をかしげてルイズの反応をいぶかしんでいる。
「ひょっとしてエルフを見たことが無いのか? そう言えばここにいるのは人間族(ヒューマン)ばかりだな」
「みたいよ。ここでは人間族とエルフは敵対しているんだって。あ、その前に自己紹介ね。私はリリス。ワードナの迷宮で修行した司教よ」
「俺はショウ。ホウライの鳳龍家の四男で見てのとおりの侍だ。ところでワードナの迷宮というのはなんだ?」
「え?」
リリスの目が丸くなる。
少なくともリリスと同じ地域から来たのであれば、ワードナの迷宮と狂王トレボーを知らないはずはないと思うのだが。それともホウライははるか東の国だから、さしものワードナの迷宮の噂も届いていないのだろうか?
だがリリスが自問自答への没頭から戻るより、ルイズのエルフへの恐怖が怒りによって上書きされるほうが早かった。
ルイズからしてみれば召喚した、つまりご主人様である自分を差し置いてあの無口女の呼び出したエルフとくっちゃべっているなど、許しがたい所業である。
「あんた達! ご主人様を放って置いて何やってるのよ!」
「誰が主人だ! お前みたいな小娘を主君にした覚えはないぞ!」
「こっ、小娘ですってぇ! 私より年下の癖に!」
「大して違わないだろうが!」
「私は16よ!」
「じゅっ、十六!? 嘘つけ! 鯖を読むな!」
「鯖とは失礼ね! あんたなんかそれこそ子供じゃない!」
「俺は十三だ! もう元服している!」
「じゅうさん〜? 何よ、私より三つも年下の子供なんじゃないの!」
「その三つも年下の子供と、まるっきり同レベルで口ゲンカしてるのはどこの誰よ、ルイズ」
うっ、とルイズが詰まって声のしたほうを振り向く。
キュルケがあきれたような顔でこちらを見下ろしていた。リリスも同じような顔をしている。
もう一人のタバサはいつもどおりの無表情なので良く分からなかったが。
「しょ、しょうがないでしょ! ご主人様に対する態度ってものを覚えさせなきゃ!」
「だからいつ誰がお前を主と認めたかと聞いてるんだ!」
「あー、はいはいストップお二人さん」
このままでは埒があかないとみたか、再びリリスが割って入る。
「えーと、とりあえずショウ君? 今のところは使い魔ってことにしておいた方がいいよ。宮仕えみたいだけどなんだか当分帰れないみたいだし、とりあえずの間は世話になるって事でだめかな?」
「そ、そうよ! どうせかえモガっ!」
「ほら、話がややこしくなるんだからルイズは黙ってなさい」
「モガモガモガモガ!(手を放しなさいツェルプストー!)」
「んふふふふ、何を言ってるのか分からないわねぇ」
「モガー!」
長身のキュルケに口を抑えられてじたばたもがくルイズ。
「ほぉら、大人しくしないとくすぐっちゃうわよ〜」
「#%$&#&*#!?」
片手で押さえ込まれたまま、もう片方の手で脇腹をまさぐられ、ルイズが悶絶する。
必死の抵抗を試みるも一回り体格の違うキュルケが相手では如何ともしがたい。
「喧嘩するほど仲がいい」
タバサがボソッと、誰にも聞こえないような声で呟いた。
ルイズとキュルケのじゃれあいを呆れたように見ていたショウが溜息をついた。
右手にまだ剣を握ったままだったことに気づき、背中の鞘に収める。
「それでリリス。帰れないってどう言うことなんだ?」
「それがね・・・」
その後、リリスはショウにここが自分たちの国々から遥か彼方の地であることをどうにか納得させた。
さすがに驚いていたショウであるが、彼も適応力は割と高いほうである。とりあえず現実と折り合いをつけることにしてルイズに向き直った。
「おい、ルイズ」
「・・・・なによ」
唇を尖らせ、ふて腐れたようにルイズが返事を返す。
口元を覆う手はのけられたものの、後ろからキュルケに抱きすくめられているのは変わっていない。
「取りあえずの間、お前の使い魔になってやってもいい」
「『なってやってもいい』ですって!? 何よその口の聞き、きゃははは! やめ、キュル、やぁぁん!」
「ほーら、あっちから折れてくれたんだからそういう言い方はないでしょ?」
その後数分くすぐり攻撃は続き、ルイズが酸欠になりかけたところでようやくキュルケは手を止めた。
キュルケの腕の中で死にかけの魚のようにときおり痙攣しているルイズを見やり、ようやくのことでショウが再び口を開く。
「・・・・キュルケさんでしたっけ、先を続けていいですか?」
「あ、どうぞどうぞ〜♪」
楽しそうですね、という感想をショウは溜息で誤魔化した。
改めてルイズに向き直り、中断された話を再開する。
「俺は侍で、しかも末子で下級とはいえお前たちの感覚で言えば一応貴族に類する身分の人間だ。仮のことであっても、奴婢のような扱いを受けてまで禄を食む気はない」
「な、何を生意気なことを・・・」
「それなりの扱いを要求する、と言っているだけだぞ」
ショウの目が厳しくなる。
その目を見たルイズは、ショウが本気だと悟った。例え元いた場所に帰れないとしても、返答次第ではコイツは私の元を離れて野垂れ死ぬほうを選ぶだろう、と。
それがわかってはいても、ルイズも止まらない。10年間追い詰められつづけてきたプライドが、魔法も使えない平民に見下される(と、ルイズは感じている)のを許さないのだ。
「大体魔法も使えないのに貴族だなんて・・」
「魔法か? 使えるぞ?」
「ああ、ショウ君侍だもんねぇ」
さらりと言われ、ルイズが絶句した。そんなルイズの様子を見て取り、リリスが説明をする。
「あのね、ルイズ。私たちの世界では戦士も貴族になれるし、それにショウ君は侍って言って、剣と魔法を両方使いこなせるタイプの戦士なのよ」
「そ、そんな! 信じられないわ!」
反論するルイズの前でショウが呪文を唱え、直径50cm程度の火の玉がその手の平の上に現れる。
再びルイズが絶句し、それと共に周囲から小さからぬどよめきが起こった。
「お、おい! ルイズの使い魔、魔法を使ったぞ!」
「しかも杖を使わないで火の玉を出さなかったか!?」
「やっぱりエルフなのか?」
「ラインクラスだよな、あれ」
周囲の反応を見わたし、ショウが今日何度目かの溜息をつく。
リリスから聞いてはいたが、実際に目にするとやはり戸惑わざるを得ない。
「本当に魔法のあるなしだけで人が評価されているんだな。結界がないとはいえ、こんな小炎(ハリト)程度の呪文より、熟練した戦士の一撃のほうが余程恐ろしいって言うのに」
「だよねー。こっちにはよほど弱い戦士しかいないんじゃない?」
話しながら手の中の火球を上空に放り投げ、四散させる。空中で炸裂した炎は何者も傷つける事無く、空気に溶けて消えた。
「おお、中々の制御力。オヌシ、できるな?」
「仮にもマスターレベルですからね。この程度は」
肩をすくめることもなく、淡々とショウは答えた。
余談ながらショウたちの世界においては城や寺院などの重要施設や迷宮には魔法結界が施されるのが一般的であり、この結界の影響下では攻撃呪文の効力が著しく減衰(1/10以下)する。
今ショウが使って見せた魔術師系では最低レベルの攻撃呪文『小炎(ハリト)』もそうした結界の中では握り拳程度の火球を生み出す呪文に過ぎない。
それでも一般人や下等な怪物なら当たり所次第で死ぬ程度の攻撃力は備えているがそれはさておき。
「わかったわ・・・ならそれなりの待遇をしてあげましょう」
歯を食いしばるようにしてルイズが言葉を搾り出した。その後ろではキュルケが複雑な顔をしている。
妙な雰囲気にショウとリリスは顔を見合わせていたが、とりあえず言質をとったことでもあるし、その時コルベールがキュルケの名前を呼んだこともあって何となく聞きそびれ、二人揃ってキュルケの召喚の儀式のほうに視線を向けた。
もっとも、この時のルイズの態度の意味は翌日否応なしに理解することになるのであるが。
三人目・不死身(アンデッド)
死ぬのはこれで何回目だっただろうか。カント寺院の強欲坊主達はいちいち数えているらしいが、彼本人は7,8回あたりで数えるのを止めてしまっていた。
慣れとは恐ろしいもので、何度も死んでは生き返っていると死んでいるという状態そのものにも、そこから蘇生するこの感覚にも恐れるどころか大した感慨すら抱けなくなる。
寺院での連続蘇生記録を更新し続けている彼が一部では「アンデッド」呼ばわりされて恐れられているのは知らないほうが自身のためであろう。
そうこうしている内に、おなじみの水面に浮上するような感覚を感じる。
このまま蘇生し、目を開ければそこにはいつもどおり笑顔の彼女がいて、呆れ顔のほかの皆さんがいて、
その後快癒(マディ)を掛けてもらってから彼女とロイヤルスイートに泊まって、また明後日あたりから迷宮探索だ――そう思いつつ目を開いた彼が見たのは、見慣れた年上の恋人の笑顔ではなく、豊艶な赤毛の女性の口付けであった。
最後にサモン・サーヴァントを唱えたのは燃えるような赤毛の、長身の女性だった。
先ほどからタバサとリリス、その次にルイズとショウをかまっていたせいで順番が最後に回されてしまったキュルケである。
二度あることは三度ある、という諺がハルケギニアにあるかどうかはわからないが、ともかくもキュルケが引き当てたのは火竜山脈のサラマンダーではなく、この日三人目の「人間」であった。
こちらも二度あることは三度ある、とばかりに今回はギャラリーもさほど騒がなかった。
むしろ慣れてしまったのか興味津々の顔でキュルケの召喚した人間を観察しているものが多い。
人間の男、身長は180サントほどか。まだ若いが、ショウと違って少年の域は脱している。薄い小麦色の髪にわずかに日に焼けた肌、それなりに逞しい体躯に甲冑を身につけている。
同じく白を基調としてはいるが、明らかにショウのそれとは意匠も作りも違う甲冑。腰に下げた直剣と左腕の大盾もショウが身につけていた剣や防具とは明らかに異なるもので、質を気にしなければむしろハルケギニアの平民の兵士達が身につける物に近い。
リリスがへぇ、と声を漏らした。アイテムの鑑定を得意とする司教だけに彼の身につけている装備が非常に質のいいものであることを見抜いたのだ。
一方でショウも似て異なる別の理由から彼の装備をまじまじと見つめていた。
――カシナートの剣、英雄の鎧、守りの盾、転移の兜、銀の小手、それに炎の杖に・・あれは破邪の指輪と回復の指輪か!?
今時大名でもそうそうこんな装備は身に付けていないぞ。そして知っているものとは些か異なるが、明らかに西方(リルガミン)風の意匠。間違い無い、こいつはリルガミン軍の将軍クラス、それも名のある武将か余程の名家の出、ひょっとしたら王族だ――!
そう思った瞬間、兄を失ったばかりの少年の体は勝手に動いていた。
目が覚めると赤毛の綺麗なお姉さんにキスされていた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
ヤンは反射的に跳ね起きて素早く立ち上がり、後ずさる。ゴキブリを見た女性が飛び退るような反射的なものではあったが、彼もそれなりには経験を積んだ戦士、その身のこなしは一般人とは比べ物にはならない。
跳ね飛ばされて驚きはしたが、とりあえずただの平民ではないと見て取ったキュルケはにやっと笑った。ことさらに優雅な動作で立ち上がり、改めてにっこりと笑いかける。
「はじめまして、逞しい殿方。私はキュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申しますわ。よろしければお名前を教えてくださらないかしら」
マントの裾をちょん、とつまんで略式の礼をする。
効果は覿面、若者は真っ赤になるわ、両手を意味もなくばたばたさせるわ、意味を為さない言葉をもぐもぐと呟くわ、とあからさまにうろたえる。明らかに田舎者の反応だが、貴族ばかりを恋の相手にしてきたキュルケには却って新鮮とも言えた。
何度か深呼吸をして、ようやく落ち着いた若者が口を開く。
「お、俺はヤン。冒険者で戦士・・・なんだけど、ここはどこかな? そしてあなたは誰かな?」
ショウの叫びがその場にいた全員の耳を打ったのはその時だった。
「兄上の仇、覚悟ッ!」
「え?」
「あっ!」
「何!?」
一瞬で背中の剣を抜き放ち、ショウがヤンに躍り掛かった。
いきなりな言葉と行動にヤンはマヌケな声を漏らしてぽかんとした顔をするだけ。その他の面々も「兄の仇」と言う単語に驚いて一瞬動けない。
それでも武勇の誉れ高きリルガミンの第二王女なら咄嗟に剣を合せて防いだかもしれないが、残念ながら彼は姫将軍ではなかったし、そもそもショウの剣を防ぐには技が力が速度が間合いが注意力が判断力が、そしてなにより実戦経験が足りなかった。
つーかその最初の実戦でウサギに首刎ねられて死んでたりする。
であるからしてもちろん。
彼にその剣をかわす術などなかった。
「本っ当に済まなかったっ!」
土下座して謝っているのはショウ。
ヤンはひきつった笑顔で喉を撫でながらそれを聞いている。
少年の白い鎧は黒く煤焦げ、左頬は真っ赤に腫れていた。
タバサの氷の槍とキュルケの火の玉、コルベールの炎の渦は辛うじてかわしたのだが、それらを回避した直後の絶妙のタイミングで飛んで来たリリスの拳を避けきれず、意識が数瞬飛んだところで珍しくクリーンヒットしたルイズの爆発魔法を食らったのである。
それでも割とぴんぴんしてるのは、やはり鍛え方が違うせいであろう。
あの後ショウの生きていた頃はリルガミンを中心とする西方の国々(リリスもヤンもこの周辺の出身)とショウの故国であるホウライは戦争状態にあったとか、
ショウはその戦争の途中、兄が目の前で戦死したばかりなのだとか、
ヤンやリリスからしてみればそんなの千年前の話だとか、
そもそもここは我々の所から遠く離れた異郷なので取りあえずは休戦しようとか、
まぁ色々なやり取りがあって互いにある程度状況は納得したようだった。
リリスは色々気にしない性格だし、ショウはそれなり以上に適応力が高いし、ヤンは根っから状況に流されるたちである。
ちなみに決定打はやはりフライの魔法であった。
先ほど、再び逃げ出した生徒達が空中からこわごわと様子を伺っている所を見れば信じざるを得ない。
繰り返しになるが、彼らの世界ではあんな術はおとぎ話の中にしか存在しないのだ。
ちなみにヤンが間一髪助かったり助けられたりしたわけではない。
あのショウの一太刀によって脳天から真っ二つにされて完膚なきまでに死亡した後リリスの還魂(カドルト)によって生き返ったのだ。
「済まない、兄がリルガミンの軍と戦って消失(ロスト)したばかりで、あんたがリルガミンの軍の人間だと思ったら体が勝手に動いてたんだ・・」
「もういいよ。事情はわかったしリリスさんのおかげでこうして生き返ることも出来たし。それに自慢にならないけど、俺、死ぬのは馴れてるからさ」
あはははは、と自分でも虚ろだと分かる空笑い。
ウサギに首を刎ねられたり、アース・ジャイアントに踏み潰されたり、ジャイアント・トードに丸呑みされたり、ハイプリーストの呪殺(バディ)で動脈血栓を起したり空刃(ロルト)で体中切り刻まれたり、ファイヤードラゴンのブレスで黒こげにされたり、宝箱に仕掛けられた石弓の矢が刺さったり、都市の上空にテレポートして墜落死したり・・・・。
うん、こんなの慣れてる。へっちゃらへっちゃら。ちょっと涙が出てるのも気のせいだ。
ちなみに外見は同年代っぽいリリスに敬語を使ってるのは僧侶系最高レベルの呪文である還魂を使える彼女が明らかに格上だからである。
冒険者という実力の世界で生きてきた彼は、根っからの小市民であった。
一方明らかな致命傷を負いながら何事もなかったかのように起き上がったヤンを見て、周囲を囲む生徒達(半分以上は気絶したり逃げ出したりしていたが)から再び悲鳴とどよめきが上がったりしたが、そちらはリリスもヤンもショウも気にしない。
初めて人が死ぬところを見た上に間髪いれず蘇生の儀式を見たらああもなるだろう、というのは三人とも経験上理解している。未知の現象に興奮しているのか、頭を紅潮させてはぁはぁと荒い息をついているハゲはちょっと不気味だが。
余談だが、還魂(カドルト)や復活(ディ)と言った蘇生呪文は基本的に冒険者クラス――戦士(ファイター)、盗賊(シーフ)、僧侶(プリースト)、魔術師(メイジ)、司教(ビショップ)、侍(サムライ)、君主(ロード)、忍者(ニンジャ)――の正式な修行を積んでいるものにしか効果がない。
彼らは例え1レベルの新米であろうとも特別な鍛練を積んでおり、生命活動が停止した後もしばらくの間は魂が肉体に留まりつづける。その間に肉体の損傷を回復し、再度魂を肉体に定着させる事で死者の復活を行うのがこれらの蘇生呪文なのである。
当然、冒険者と言えども時間が経ちすぎて魂が肉体を完全に離れたり、肉体が完全に消滅したり、あるいはゾンビ等になってしまった場合はいかなる手段を以ってしても蘇生は不可能であるし(この状態を『消失(ロスト)』という)、正式な修行を行っていなければよほどの素質か鍛錬がなければ同様に蘇生は不可能である。
それを聞いたコルベールは残念そうな顔をしていたが、それでも大いに興味をそそられたようだった。
もし今後ハルケギニアに不死の王や森の彼方の国が生まれるとしたら、多分彼の研究からであろう。
閑話休題。
「・・・・でさ、だから、俺たちの時代ではもうリルガミンとホウライが戦争してたりはしないんだ。だから、俺もショウ君とはできれば仲良くやりたいんだけど」
「事情はわかったが、いきなりそんな事を言われてもやはり」
難しい、と言おうとしたところでリリスの拳が飛んで来た。今度は右頬。
「また殴ったな!」
「殴るわよ! そんなの千年も前の事だって言ってるじゃない!」
「いきなり仲良くするのが無理だといってるんだ! 俺にとってはつい今しがたまで敵だった相手だぞリリスっ!」
「さっきから思ってたけど『さん』をつけなさいよデコ助がぁっ!」
「おデコが広いのはリリスのほうだろ! それに変な刺青・・いてっ!」
「人が気にしていることをっ!」
「あんたたち! ご主人様をほうっておいて何騒いでるのよ!
そもそもキュルケと私に詫びを入れるのが先でしょ!」
二人だけでも手に負えないところに、ルイズまで参戦して更に手が付けられなくなる。
ギャアギャアやかましい事この上ない。
みっともない言い争いをさっきから止めようとしては無視され、コルベールがちょっと黄昏ていた。
なお、口論が収まった後にショウが率先してルイズとキュルケに謝罪していたことは記しておこう。
さあう"ぁんといろいろ 第一話『召喚』 了
ウィザードリィを知らない人向けキャラクター解説と用語説明
リリス Lv.13 G-BIS ELF 24歳(死亡時21歳)
石垣環「ウィザードリィ」より。
善属性の司教、エルフ族。
勝気で元気でやかましいエルフの女の子。死んだ後魂が双子の姉と融合していたが、ラストでは完全に消滅。
このSSではその成仏(あるいは融合)間際に召喚されたという設定。
死んだ時はそこそこのレベルの司教だったが、マスターレベル(Lv.13)の僧侶から転職したので僧侶呪文は全て
使える(ただし使用回数が少ない)。一方魔術師の呪文はビショップになってから習得した物だけなので中レベル
程度。
外見年齢は融合した(死亡した)時点のままで歳をとってない。転職してるんだから老けてるはずだろとか言うの
禁止。
ショウ Lv.13 G-SAM HUMAN 13歳
石垣環「ウィザードリィ外伝」より。
善属性の侍、人間族。
他の二人はシナリオ#1のワードナの迷宮で戦った冒険者だが、彼はその1000年くらい前の人。
気を操る侍の秘技「鳳龍の剣術」の使い手でありその天才。WIZ侍なのである程度の魔術師呪文が使える。
原作では回想シーンで数コマしか出てこなかった少年時代からの召喚(なのでオリジナルではない、一応)。
成長の早い基本クラスですらマスターレベルは珍重される世界なのに13歳しかも侍でマスターってのも大概無茶
ではあるが、原作ではこの数年後にあっさり20レベル超えてるのでそのあたりは見逃して欲しい。
なお無印の主人公でリリスの仲間であったリョウはショウの遠い子孫に当る。
妾腹の末子であること、兄が複数いることは作中のセリフから確認できるが、四男というのは適当。
ヤン Lv.6 G-FIG HUMAN 18歳
石垣環「うぃざあどりぃいろいろ」より。
善属性の戦士、人間族。
高レベルパーティに育成?してもらってる初心者戦士。隠された過去とか秘められた素質とか特になし。
死=存在消滅の危険性が常に付きまとい蘇生の魔法も絶対ではない世界観にもかかわらず、何度死んでもその度に
甦るのと、年上のおねーさんに妙にもてるのが特技といえば特技。彼のいた世界はリリスやショウの世界と微妙に
パラレルなのだがこのSSでは気にしない方向で。
基本クラス(基本的な4職業。ほぼ誰でもなれる)
戦士=高いHPと重い装備を身につける能力を持つ。敵を殴り殴られるのが仕事。
盗賊=宝箱の罠を解除する。この能力がないと金も魔法のアイテムも手に入らない。
僧侶=回復呪文を使う。アンデッドを破壊する解呪(ディスペル)という能力あり。
魔法使い=攻撃呪文を使う。
上級クラス(エリートクラスとも。余程の素質がないとキャラ作成時には選択できない)
司教=魔法使いと僧侶、二つの系統の呪文を使える。呪文の覚えはものごっつ遅い。未知のアイテムの鑑定ができ
る。
侍=魔術師呪文を覚える戦士(覚えは遅い)。最強の武器「村正」を使える。
君主=僧侶呪文を覚える戦士(覚えはちょっと遅い)。最高の鎧「聖なる鎧」を使える。
忍者=戦士のように戦い、盗賊のように罠を解除することができる。即死攻撃「クリティカルヒット(首刎ね)」
を持つ他、武器防具無しでも戦える。
マスターレベル
13レベルのこと。魔術師と僧侶はこのレベルで全ての呪文を覚える。シナリオ#1と「リルガミンの遺産」では
「ゲームがクリア可能になるレベル」でもある。
ちなみに上級職が全呪文を覚えるレベルは侍が22、君主が16、司教が28。
消失(ロスト)
死んだキャラクターが2回の蘇生に失敗するとこうなる。この状態からは復活できず、育てたキャラクターは永遠
に還ってこなくなる。
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