第一話『あの頃をもう一度』改稿版
一.
幼い頃の思い出。あの頃は理解できなかったけど、『ゲキガンガー』以外で俺に何か
を与えた。何かに心を揺さぶられたはずだ。なのになぜ今まで忘れていたのだろう?
俺は何かになりたい、特別な何かに…………なりたい。
誰もが一度は思う子供らしい思いだった。
…そんな保障なんてどこにもないのに。…………結局、なれたのは『闇の王子』だった。
………………………………って、何だよそれ!?
「…………うっ、……うううう〜〜〜んんんっっくっ」
意識が覚醒する。どれくらい眠っていたのだろう?…………身体の節々が痛かったので
全身を伸ばした。気持ちいい!
瞼を通して感じる光は眩しく暖かく、頬に感じる風は清々しい。鼻腔をくすぐるのは
青草の香りか?
「……!?起きたの?アキト」
すぐ傍からユリカの声が聞こえた。俺が一番好きな女性。
「ああ、小さい頃の夢を見たよ」
「夢?」
「幼稚園に行ってた頃、カグヤちゃんに本を借りたんだ。その本の中に俺の名前と
同じ綴りをしたキャラが出てきて……ちっちゃい頃はそいつみたいになりたい、
と思ってた」
「ふ〜〜〜ん………それで?」
先を促すユリカ。気のせいか声が幼い子供のように高く聞こえる。
「うん。それで、あの頃の俺は『ゲキガンガー』にハマッてたから正義の味方になりた
かったんだと思う。…………でも、結局は『闇の王子』になっただけ、って納得する
んだけど。…………何だろうな?…『闇の王子』って」
「そう………」
答えるユリカの声は妙にそっけなく感じられた。
「それはそうと、アキト?」
「ん?」
「私達、結婚したよね?」
何かを確かめる様な強い問いかけ。
俺たちは確かに結ばれた。ナデシコの仲間達に祝福されて…………
「当たり前だろ!……結婚したじゃないか。忘れたのかユリカ?…………いいいっ!?」
瞼を上げ、ユリカがいるだろう方向に体を起こし振り返る。少し下半身が重く感じる
のはなでだろうか?……そこにユリカはいた、視界いっぱいに広がる草原に座り込んだ
…………子供の頃のユリカが!?
「…………えっ、ユリカ!?………何でお前子供なんだ?」
「今はそんな事はどうでもいいの……」
「………どうでもいい、って何だよ?あっ!分かったぞ。これは夢だ。まだ、夢の続き
を見ているんだな。うん、そうに違いない!……だから、ユリカは子供の姿なんだ。
………でも、さっきの夢にユリカは出てなかったような…………」
目の前のユリカは火星で住んでいた頃の姿だった。この頃から可愛らしかったんだな。
何であの頃、気付かなかったんだろう?
ユリカは愛らしく魅力的だった。しかし、ガキの頃の俺は何に対しても無気力でまと
わりつくユリカが、うっとうしかった。いや、興味が無かったんだ。アニメに夢中でし
つこいくらいに付いて来るユリカに。
「夢?……夢、それでもいいよ。でも、正直に答えて!………アキトは私の旦那様。私
はアキトにとって何?!」
夢にしてはすごい迫力でリアルだ。何だか怒っているらしい。微笑んでいるのにその
ピクピク動いているヒタイは、何を必死に抑えているんだ?
「…………お前は……ユリカは、俺の、俺のおっ、奥さんに決まっているだろ?………
何言ってるんだよ。なあ、それより何で怒ってんだ?」
「そう、分かっててそんな事言うの?」
ユリカが立ち上がり、静かに俺に近づいた。そして…………思い切り耳を引っ張る。
「いっ、いててててって!?何すんだよ、ユリカ?痛いじゃないか」
俺の非難の声にも耳を貸さずにより一層耳を引っ張る。………今気付いたけど、俺の
声も子供の頃のように高い声だった。
「まだしらばっくれるの!?…………ねえ、教えて!その子誰?アキトにとって何?」
表情を激変させ俺の眼下を睨む。視線を下に向けて合点がいった。
さっきから下半身が重いと感じていたのはこれだったんだな。
俺の腰に手をまわして抱きついて眠る少女がいた。
見かけは今のユリカより少し幼いぐらいか。
きれいな黒髪を腰に届くくらい伸ばしている。
はて?誰だっけ?見覚えがあるようで思い出せない。
俺はこの少女をよく知っていたはずなのに思い出せなかった。
記憶の奥の方で何かが引っかかるように感じられるのに思い出せない。
どうしようもないジレンマが俺をせかせる。知っているはずだ!、と。
駄目だ思い出せない。それに……どこか違和感を感じる。記憶と目の前の少女とは。
「んんんんんっ、アキト〜〜」
少女の可愛らしい口元からそんな寝言が漏れ出した。
「アキト!白状しなさい!この子、アキトの事知ってるじゃない。一度の浮気は許します!!
さあ、この子との関係をしゃべりなさい!」
しゃべれ、って言ったてなあ。見覚えの無い少女をもう一度よく見る。
どこかで見たことあるような気がしたが思い出した。
雰囲気がどことなくルリちゃんに似ている。
髪の色も違うし瞳の色は…………眠っているから分からないけど、身に纏ってる存在
感がルリちゃんにそっくりだ。
「………でっ、でもなあ〜〜ほんとに見覚え無いんだよなあ〜〜」
途方にくれるアキト。どうすればいいだろう?
「もうっ!アキトがそんな態度取るんなら、ユリカ怒るんだから!プンプン!!」
頬を膨らませ顔をそむけるユリカ。ナデシコに乗ってる時は似合わなかったが、今の
姿でやられると本当に可愛くて思わず抱きしめてしまった。
「あ、アキト!?……そんなことしたって許さないんだから〜〜」
言葉とは裏腹に顔を紅くするユリカ。
「わかってるよ。でも……今のユリカ最高に可愛かったぞ!」
「うっ、そこまで言われたら私………ちょっ、ちょっと待って!……今の姿で褒められ
ても喜べないような気が…………」
「そんなこと無いって!ユリカはいつも可愛いって!本当だって。俺を信じろ!………
それとも、愛する旦那さんは信じられないか?」
抱きついている少女から意識を離れさす為に、別の話題をふる。
ユリカならこの言葉でイチコロだろう、という心の中の言葉を無視しながら耳元でさ
さやくアキト。ユリカの息遣いが荒いものから穏やかなものに変わる…………よしっ!
「うっ、うん。信じるよ!……アキトは私の大事な旦那様。愛する人。大切な人……」
「ありがとうユリカ。そう言ってくれるのを信じていたよ。だってユリカは俺の大事な
人だもんな。ユリカ、愛している」
駄目押しの言葉をささやくアキト。これで……誤魔化しきれる!
ユリカの頬に触れながら正面から見つめる。紅く染まった顔が愛らしい。後はその唇
にキスをすれば…………と、いうところでどこかで何かがあざ笑うのを聞いた。
「アキト…………大好き!」
いつの間にか目覚めていた少女が俺とユリカの間に割り込み、何かを言う間も無く俺
の口をやわらかいもので塞いだ。少女の濡れた瞳は俺と同じで黒かった。
俺の努力は何だったんだ?恥ずかしいのを我慢してユリカをなだめていた俺の行動は!?
今、俺の体をはさんで二人の少女が所有権を争っている。
何の事かはおわかりだろう。
俺の意思に関係なく俺の身体をめぐっての………………思い出すなあ、確かカグヤちゃん
ともこうしてたっけ。
あの時も結局決まらなくて、俺を無視して二人して取っ組み合いのケンカに発展して
、引き分けで二人して泣いているのを幼稚園の先生に見つかって、俺が怒られたっけ。
懐かしいなあ〜〜。<br>
目の前で繰り広げられるバトルを遠目に眺めながら、昔の思い出に現実逃避を図るアキト。
にらみ合いをする二人。最初に口火を切ったのはユリカだった。
「う〜〜うううっ!あなたアキトの何なの?正直に言いなさい、不倫は法律で禁止され
てるんだから。プンプン」
オイオイ、ユリカ。お前は今子供だし、これは夢だろ?
詰問の内容に呆れる俺の目には謎の少女の表情が動いたようには見えなかった。むしろ
誇らしげに胸をそらし宣言する。
「私は、アキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足、アキトの……アキトの…
……………………アキトは私にとって…………全て」
微かに頬を紅く染めつぶやくように語った言葉に俺はなぜか聞き覚えがあった。
「何よそれっ!アキトは私の旦那様なんだから勝手なこと言わないでっ!!アキトも何
とか言ってよ!?」
少女の言葉に激昂し、俺に視線を向けた。やめてくれ、俺に話をふるな。
「アキト〜〜〜この女の子誰?………………どうしたの?アキト。私の事覚えていない
の?…………私はもう必要ないの?」
アキトに再び抱きついた少女のうれしそうな表情が固まる。自分を見つめる少年の表
情に違和感を感じたからだ。
不安の色を浮かべた少女の瞳も俺の方を見つめる。俺にどうしろっていうんだ?
その時、唐突に言葉が浮かんだ。記憶の底から浮かび上がる泡のように。
「……ラピス。…………ラピス・ラズリ」
「アキト〜〜」
俺の言葉に反応したラピスが抱きついてきた。
なぜ俺は知っている?この少女の名を。
「へ〜〜〜え。ラピスちゃんって言うんだ〜?………とうとう認めたね。ねえ、アキト?
ラピスちゃんとはどういう関係なのかな〜〜…………正直に言ってよ!!」
ユリカの怒りが再燃した。
俺の首をグイグイと締め上げながら問いただそうとする。
お前に泣かれると俺はどうしようもない。
「くっ、苦しい。やめてくれ、ユリカ………!?」
揺さぶられブレる俺の視界にソレは飛び込んできた。懐かしい、ユートピアコロニー。
二度と戻れない過去。故郷。
「ユートピアコロニー?」
懐かしい、何度夢に見たことか。でも見る夢はいつも父さん達が倒れたトコロとバッ
タに襲われた時だった。こんなに穏やかな遠景を見たことは無かった。
それに今頃気付いたが、俺も子供の頃の俺だった。ユリカと同じだ。
アキトの頬を熱い雫が流れ落ちる。
アレッ?何で泣いてんだ俺?…………確かに故郷
を再び目にしたのはとても嬉しい…………平和で幸せだった頃の火星。
あそこには父さんも母さんもいて、友達もたくさんいて終わる事を知らない日常があ
った。
でも違う、これは懐かしさだけの涙じゃあない。
そう、見える事がうれしい。耳が聞こえるのが、風を感じるのが、匂いが分かるのが
うれしんだ。
アキトは薄れる意識を総動員して足元に生える草を一掴みして、口に含んだ。
「……すごくニガい」
味が分かる!味覚があるんだ。嬉しい、…………何言ってんだ?当たり前じゃないか。
でも、その当たり前が今すごく新鮮に感じた。
「アキト!泣いて許してもらおうなんて甘いんだから!!変な行動しても駄目っ!!」
ユリカの声を遠くに聞き嬉し涙を流しながら、アキトは意識を手放した。
ちなみにアキトが酸欠の為に気を失ったのに気付いたのは二分後だった。
アキトはもう少しで三途の川を渡る寸前だった。アキトを救ったのはどちらの少女だ
ったのか?意識を取り戻したアキトが問いかけても二人は顔を火照らせて俯くばかりだ
った。
二.
トン、トン、トン、トン。ジャ、ジャ、ジャ、ジュウッッ。ザン、ザン、ザン。
あの後。意識を戻した後、争奪戦をやり直そうとする二人を止めた俺は、今後につい
て話し合う事を提案した。
ユリカが俺とラピスの関係の釈明を強く要請したが、却下した。
正直、俺の中のラピスに対する気持ちはルリちゃんに対して抱いていたものと同じだった。
「アキトはどうなの?…ラピスちゃんはアキトの事と〜〜〜っても好きみたいだけど」
そっぽを向いて嫌そうに話すユリカを見て、俺は正直な気持ちを話した。
「ん、どう言えば良いかな。俺も何でラピスの名前だけ知っていたのか分からないんだ。
でも、なんかさラピスはいつもそばにいたような気がするんだ。ちょっ、ちょっと待
てってユリカ。最後まで聞けって。………それは、恋人としてじゃなくて家族として
妹みたいな存在としての感覚なんだ。例えるとルリちゃんと同じかな」
俺の説明を聞いたユリカはまだ不満そうだったが、一応ホコはおさめてくれたみたい
った。いつまでも不毛な争いをしている場合じゃあないのだ。
ラピスは俺を本当に慕っているみたいだ。その事について本人に聞いてみたが、はっ
きりとは分からなかった。というより良く分からなかった。
ラピスがいうには『私はアキトの為にいる』という事らしい。俺とどこで出会ったか
についても覚えていないそうだ。
さっきまでは夢と思い込んでいたが、あまりにも周りの状況がリアルすぎる。
風のそよぎ、雲の流れ、大気中のナノマシンのきらめき、二人の感触の柔らかさ、ユ
リカに張り飛ばされた俺の頬の痛み。(張り倒されたのはラピスを触りまわしたから)
何もかも現実感がありすぎる。夢でないとすれば何だ?
いくつかの原因の予想を出し合った。
1,やっぱり夢…………却下。
2,いつ仕掛けられたのか分からんが、セイヤさんの作った『バーチャルシステム』
の一種。…………これは有力か?
3,考えたくないが、以前っていうか今からなら未来に当たるけど、俺が地球から
二週間前の月にジャンプしたみたいに、過去に帰ってきた………あの時俺は
月と地球に二人いて、今みたいに精神のみのジャンプじゃなかった。
どれも現実として受け入れがたかった。
俺たち二人の過去にはラピスはいなかった。ラピスの存在は抜きにして考えても俺と
ユリカの最後の記憶は、新婚旅行行きのシャトルに乗ったところまでだった。
俺たちにもラピスにも火星に下りた記憶は無い。ユリカは夢を見なかったみたいで、
起きてからずっと俺たち二人のユリカ曰く『ラブシーン』を見張っていたらしい。
ラピスも夢を見なかった。そして、俺はあの夢を見ていた。
三人の共通点が余り無かった。右手にあった『IFSコネクター』の模様は三人とも
に無かった。やはり、過去に戻ったのか?(ラピスに至っては判別基準にならない)
「それにしてもユリカは何で子供に戻ってるのに、そんなに平気そうにしてるんだ?」
俺はそれが不思議だった。俺みたいに驚かなかったのか?
「う〜〜んとっ、最初は驚いたよ。自分でも自慢だったナイスバディじゃなくなちゃた
から。でも、一人だったら途方にくれたけどアキトがそばにいたから、ユリカは安心
できたんだと思う。だけど…………オマケは余分だよ」
お前の悩んだ点はそこか。ユリカらしいといえばユリカらしいよな、いつも前向きで
そんなところが好きなのかもな。
いつの間にか日が暮れ、辺りは闇に閉ざされていた。遠くにコロニーの明かりが瞬い
ている。いつまでもここにいるわけにもいかず、俺たちはとりあえず家に行く事にした。
セイヤさんの機械にしろ、ジャンプ事故にしろ、その答えが待っている気がしたから
だ。ここへ来たときに使っただろう自転車はすぐ見つかり、二台あった。俺の後ろに誰
が乗るかでもめたので俺は一人で向かった。出遅れた二人がもう一台の自転車に相乗り
で追いかけてくる。いつもそうなら姉妹みたいで仲が良さそうなのに…………
アキトはらしくもなく考えていた。今の状況がずっと前から続いていたかのように。
俺たちの家は隣同士だった。確かに俺たちの記憶どおりの場所に存在し、三人の大人
が待ちかまえていた。暗くて細部は分からないけど、あれは…あれは父さんと母さん、
それにミスマル叔父さんだ。記憶どおりの容姿だった、火星に住んでた頃の。
俺たち三人は彼らの前で自転車を止めた。
「…………ただいま、父さん、母さん……《バッシッ》!?」
それ以上言えなかった俺を出迎えたのは、父さんの平手打ちだった。
そう言えばユリカが動かしたシャベルを止めようとして、怒られたときも父さんは俺
の弁解を聞かずに平手打ちをくれた。ヒリヒリする頬の痛みが懐かしい。
思わず涙がこぼれた。目の前にいるのは父さんそのものだった。
「こんなに夜遅くまでどこに行ってたんだ?ユリカちゃんとラピスをこんな暗くなるま
で連れ回して、事故にあったらどうする?お前に責任が取れるのか?」
父さんの言葉は穏やかだったが、内に苛立ちを含んでるのがわかった。
そりゃあそうだ、大人になった俺なら分かる。
ルリちゃんが同じ状況で帰ってきたら、同じ対応を取っただろう。俺は感慨を込めて
父さんを見上げていたが………何か気になる言葉を聞いたことを思い出す。たしか……
「テンカワの叔父様。アキトを責めないで下さい。私も悪いんです。引き止めたりした
から。………それはそれとして、叔父様はラピスちゃんの事をお知りなんですか?」
ユリカが俺の気付いた点を聞いてくれたが、ちょっと強引すぎないか?その聞き方は。
「!?…何言ってるんだユリカ。ラピスちゃんはアキト君の妹じゃないか。お前も妹み
たいに可愛がっていただろう?今日だって三人で遊びに行ったんじゃないか。」
「そう……でしたっけ?」
ミスマル叔父さんの答えに首を傾げるユリカ。ラピスが俺の……妹!?
「アキト、三人で何かあったの?」
母さんが少し心配げに問いかけた。母さん、何かって何だよ。それにその笑いは。
「なっ、何もあるわけないだろっ」
アキトは少し焦り気味に答えてしまった。
「あーーーーっアキト!忘れたの?私達、結婚したんだよ。だからテンカワのお父様、
お母様、フツツカ者ですがこれからよろしくお願いします。それから、お父様、ユリ
カを今まで育てていただき有難う御座います。ユリカは幸せになります」
……………………………………………………父さんたちは固まった。
俺も言葉を失った。
ガッン
「いってーーーーー。何すんだよ!父さん」
ゲンコツが俺の脳天に突き刺さった。もちろん比喩表現だけど。
「お前は何を教えたんだ!よそさんの娘さんに何て事を!!」
「くっ、くっ、ぶわっはははははははははっ。ひぃ、ひひひひぃ。久しぶりに大笑いを
させてもらった。まあ、いいじゃないですかテンカワさん」
「しかし…………」
「まあ、結婚は無理でも婚約ぐらいはしてもいいでしょう」
「そうですわね」
「お前までなにを」
ユリカパパが笑い父さんが困惑し、パパの提案を母さんが承諾する。大人たちの間で
そんなやりとりが行われていた頃、俺たちは…………
ユリカとラピスに両方の手を引っ張られて、争奪戦が再開していた。
どうでもいいけど。誰か、俺の意見をきいてくれ〜〜〜〜
まあそんな事があったんだ。ラピスは数年前にうちの養子になった。
俺とは血のつながらない妹だ。(なんかのゲームにも似たような設定があった)
父さんの知り合いの子供らしいが詳しい事は分からない。
俺とユリカとは婚約者関係になった。
もちろん親同士の取り決めで、世間には非公開だ。
ユリカは結婚する、って聞かなかったが。
その後はとんとんビョウシに何事もなく時は過ぎた。
精神だけは20代の俺とユリカにとっては奇妙な時間だった。
小学校に通いだしてできた友達が、『ゲキガンガー』の話をしていてもどこか冷めた
見方をしてしまうし、勉強は簡単すぎた。
いや、昔以上に熱心に励んだともいえる。
ここでの生活が後数年で終わる事を知ってる俺たちは、一分一秒が何よりも変えがた
かった。
何の因果かもう一度繰り返す事になった時間。
今の俺たちには何の力も無く、蜥蜴戦争を食い止めるすべが無い。
ガキの言う事を大人がマトモに聞いてくれないのだ。
ナデシコに乗っていた俺たちでさえ、アカツキの告白と白鳥の進入が無ければ、木連
と地球の戦争である事に気付かなかった。
まして、今の火星にはバッタもジョロの形も影も無い、これで俺たち『子供』の言う
妄想話じみた言葉を大人達が信じるはずが無い。
だから、今を精一杯にすごす事にした。
来て欲しくは無い破壊の兆候が現れない事を祈りながら。
「ふぅわぁぁあっ。アキト、いつもすまないわね」
過去に思いをはせている内に母さんが起きてきたみたいだ。
「あっ、母さん、おはよう。食事の準備はできてるから後おねがい!」
「わかったわ、まかせなさい。でも、続くわね。朝の鍛錬。車にはくれぐれも気をつけ
るのよ?」
「うん!わかってる!!」
食事の準備の後は軽いジョギングと技の型の練習だ。
最初、食事を作り出した俺を両親は不思議なものを見るような目で見た。まあ当然だ
けど、仕事で帰りが遅い両親に何かしたくて始めたが、今では任されてるし好評だ。
俺も料理を母さんから教われて二重で嬉しい。ラピスは夕飯の時だけ手伝ってくれる
、朝は弱いのでまだ寝てるのだ。
それから、朝の鍛錬はなぜかしていたような気がしたので始めた。以外としっくりき
たので続けているが、どこで覚えたのか分からないがある種の武術ができる事が分かっ
た。父さんは昔の地球に伝わっていた柔術みたいな物じゃないかと言っていた。
今度、ゆっくり調べてみようかな。
鍛錬から帰ると父さんとラピスも起きて、朝食を食べていた。
「おはよう!父さん、ラピス!」
「今日も鍛錬か?余り無理するなよ。お前はまだ子供なんだから」
「うん、分かってるよ。あっ!ラピス、それ俺のおかず」
「おひゃよ、ふぁひと」
アキトの分のおかずを口に入れながら挨拶するラピス。
「ラピス、何度も言ってるでしょう?アキトはお兄ちゃんなんだから、名前で呼んじゃ
駄目だって」
「《ゴックン》んんんっ。ごめんなさいお母さん。おはよう、お兄ちゃん」
ラピスに注意する母さんと素直に聞くラピス。いつもの食事の風景だ。でも、以前は
こうじゃなかったな。少し過去との違いを実感する。
食事も終わり、片づけをしている時にその声は聞こえてきた。
「アーーキーート−−学校に行ーーこーーう」
いつ聞いても馬鹿でかい声だ。玄関から奥にある台所までよく聞こえる。
「ユリカちゃんも来た事だし、後は私がやっておくわ。二人とも学校へ行きなさい」
「「はーい」」
母さんに後を任せてユリカと学校へ向かう。
「おはよう、ア・ナ・タ」
最初戸惑ったが、ユリカがやめないので慣れてしまった。だから…………
「待ってたかい?俺のいとしいハニー」
と、言って抱きしめるのが日常になった。ラピスはいつも不満げだが、ユリカの目の届
かない家の中では家族のスキンシップとしていつも抱きしめているので文句は言わない。
精神は大人なので色々と難しい事もあるので、ユリカにバレたらどうなる事か…………
後、トコロ構わずベタベタとまとわりついて、アレをしようとするユリカを止めるの
は一苦労だ。気持ちは分かるんだ。
新婚旅行に出かけて、さあこれからという時に子供に戻ってしまったのだから。
心も子供ならそんな事は知らないが、俺たちは知ってしまった。あの長屋生活で。
俺もその欲が無い事も無いがマズイだろやっぱり。
だもんで、朝の抱擁と別れの抱擁は絶対条件なのだ。
途中の道でクラスメイト達と連れ合いながら登校する。
「よっ、アキトおはよ!」「おはようアキト君」「おはようございますお兄様」
「おはよう!ケンジ。おはようレナちゃん。それから、だ・れ・が・お前の兄貴だ!!」
挨拶をかわしながら最後の奴にだけヘッドロックをかます。
「そっ、それは………ラピスちゃんと将来結婚するので…………」
こういうやからが多すぎて困る。
ラピスのどこか神秘的な可愛らしさが、学年を問わず男どもの心を狂わせたらしい。
ユリカは俺しか見ていないのでタマにしか告白されないが、ラピスにほぼ毎日のよう
に声をかける野郎がいて困る。
授業中も押しかける奴が出だしたので俺が先生に頼んで同じクラスにしてもらった。
幸い同年代以上に学力が優秀だったラピスの飛び級は認められ、いつも俺のそばにい
る。
ちなみにユリカは一つ上の別学年で校舎も離れていて静かだ。(ユリカにとっては不本
意な事だった)
それでも、求婚まがいの告白劇はやまなかったのでそいつ等にある条件を突き出して
やった。(ちょっとやりすぎかもしれないが)
俺が認めた者。けんかでも、勉強でも何でもいいから俺を満足させた奴に交際の相手
の候補にしてやる、というもの。
まあ、ラピスは俺にベッタリで他には見向きもしないがな。
ユリカは無謀だと止めはしたが内心では競争相手が減る事を喜んでるフシも。
その次の日からラピスに対する告白劇はバッタリやんだ。校舎のあちこちで暴力ざた
が増えたのが難だが。
そして、数日後そいつは現れた。学校中の猛者を倒し俺に挑戦状を叩きつけてきたの
だ。
勝ち抜いてきただけあって、体格も良く動きも良かった。ただし、小学生としては。
何を勘違いしたのか、いつの間にか俺を倒した者がラピスの恋人になれる、って事に
なっていた。まっ、今更『あれは冗談です』で済ませなさそうだったのと、俺の実力を
試すいい機会だったので受けた。
全校生徒の見守る中、俺たちは対峙した。
先生達には十分説明しておいたが、怪我をさせれば父さんは怒るだろうなあ。
前予想では俺に勝機は無かった。
誰もが哀れないけにえを見つめる瞳をし、あるいは無謀な賭けに挑んだ馬鹿者に向け
る視線だけだった。
「本気か?俺にかなうとでも思ってるのか?」
身の程知らずが、俺を見下してあざ笑う。
「先輩、能書きを聞いてる暇無いんでさっさとかかってきて下さい」
挑発的なアキトの態度に怒りもあらわに飛び掛る、A(仮にAとして)。アキトは動
かず、Aの動きを眺めた。
繰り出される右ストレートを首を傾げてかわし、左回し中段蹴りを左に踏み込んでか
わす。そのままAの後ろに回りこみ、わき腹をくすぐる。
「うっ、ひゃひゃひゃひゃひゃっ。ひひひ」
誰の目にも明らかだった。アキトはAの攻撃が始まった途端、目をつぶり行動してい
たのにあれだけ動けたのだから。数段上をいっている、比べるだけ可哀そうだった。
だが、Aは気付かずにアキトが解放した途端に離れて体制を整え、身構えた。
「ひひひっ、ふぅ。やるじゃねえか。見直したぜ!どうだ、俺の子分にならねえか?」
それはこっけいに聞こえた。アキトの動きについてもいけない者が上位者ぶって見下
す行為は皆の失笑を買った。
「………もう、やめませんか。先輩?」
Aがようやく自分の立場に気付いた頃、かけられたアキトの言葉に何も言い返せなか
った。しかし、納得もできなかった彼は無謀にも再度の攻撃に移った。
「……………………」
無言のままのアキトはAに見向きもせず、あらぬ方向を見ていた。自分に殺気をぶつ
ける相手を感じて。背筋が凍る思いがした。今動けば確実に死が訪れる、と思わせる程
危険なものだった。
Aはこれを機会と見て死角からタメラわずにこん身の一発をおみまいした。
誰もが殴り飛ばされるアキトを想像した。
「「アキトーーーーーっ」」
ユリカとラピスの悲鳴が響いた時、アキトはパンチをすり抜けAの上体の懐に潜り込
み、みぞ内に肘打ちをくらわしていた。無意識下で。
「……あっ、先輩。大丈夫ですか?!」
しばらく肘打ちのポーズのまま佇んでいたアキトが意識をこちらに向けた頃、Aはす
でに倒れていた。
あの殺気を込めた視線は霧散してしまったように感じられなかった。
急いで駆け寄ったアキトはAの状態を見る。
無呼吸状態でピクピク、ケイレンしているのを見て取ったアキトが心臓マッサージを
施すと意識を取り戻したAは泣きながら、はいずりアキトから遠く離れようと逃げ始め
た。予想外の結果に全校生徒の動きも止まったままだった。
いち早くアキトに駆けつけたユリカとラピスの姿を見て、皆が動き出す。
この一件以降、アキトにけんかで挑む馬鹿は無くなったが、部活の勧誘は激増した。
もちろん、Aには怪我は無かったものの、アキトは父に怒られたのは言うまでも無い。
後、勉強の面では誰もラピスよりできる者がいないのでこちらもいなくなった。
しかし…………こいつのようにアキトに気に入られようとする馬鹿は後を絶たず、アキ
トの悩みは尽きない。そんな朝の風景が日常だった。
「…アキトはいつも大変だね。可愛いい・も・う・とを持つと……」
アキトの朝の風景を眺めていたユリカは、殊更にいもうとに重点を置いてラピス
に話しかけると、ラピスは向こう端の角の方向を驚いた顔をして見ていた。
「?どうしたの、ラピスちゃん?」
「あそこの角の影から大きいアキトがこっちを見ていた」
「えっ、何それ?どこどこっ」
ラピスが示す方向にユリカが目をこらしても誰もいなかった。
「誰もいないよ。気のせいじゃないの?アキトはここにいるし」
「うん。そうだよね、お兄ちゃんは私のそばにいつもいるから」
「あーーーーっ!それなんか意味深だよ!」
「だって、アキトは私だけのお兄ちゃんだもん!」
ラピスはアカンベーをして逃げ、ユリカがそれを追いかける。いつもの平和な時間が
始まったのだ。
ラピスが見ていた角を立ち去る影があった。
「ラピス、良かったな」
口元に微かな笑みを浮かべ立ち去ろうとした青年の前に、立ちふさがる者がいた。
「我々とご同行願おうか」
全身黒服のスーツに身を包み、サングラスをかけた数十人が懐に利き手をおさめ青年
を取り囲んだ。青年に逃げ場は見当たらなかった。
「断る、と言ったら?」
「少し痛い目にあってもらう事になる」
男達が取り出した手には拳銃やナイフ、ヌンチャク、スタンガン、警棒が握られていた。
三.
その室内は重い空気に包まれていた。明かりは十分にあり、暗いところは見当たらな
かった。しかし、室内に澱む空気は空気清浄機が働いているはずなのに、重く感じられ
た。数人が入れば狭く感じるだろう室内には今一人しかいない。
ある部署を統括する役職につく彼のオフィスには資料が所狭しと散らばっていた。こ
れ全てがある男についての資料である。
自称『闇騎士』と名乗る、正体不明の男。報告の内容の古いものは十年前にさかのぼ
る。地球の企業クリムゾンのある施設が消滅したのだ。
そこで何が行われていたかは、資料や建物が残っていないので何とも言えないが、遺
伝子操作の研究施設ではないかとにらんでいる。
奇妙なことに施設の消滅は破壊や火災によるものでなく、文字通り消滅したのだ。
施設を含む半径1キロの地面ごと球状に抉り取られて。
切断面はバターをナイフで切り取ったように滑らかなものだった。
そこにいた研究員は発見されたが皆廃人状態だった。
何かを頭蓋骨に差し込んだ後が残っていたそうである。
その後、ネルガル、明日香を問わず中小企業の秘密施設が襲われ、同様の状態に陥れ
られた。
単独犯か複数犯かは論議をかもしたが、ただ分かっているのは犯行声明として
残されたペーパー(紙)に書かれた『闇騎士』の文字のみ。
目的、要求その他は以前不明のまま今日に至った。正に謎のテロリストである。
「しかし、困りましたねえ。資料を見ても対応の取り様が無いじゃないですか。何が目
的か分からない。どこに現れるか神出鬼没。それにどうすればこんな事が可能なのか
皆目見当もつきませんよ。会長も軽く命令してくれますけど、やれやれ」
この部屋の主がようやく口を開いた。
男はネルガルシークレットサービス(通称NSS)の火星支社分隊の統括者であり、仮に
『室長』と呼ばれている。
年齢は30歳代にも40歳代にも見え、着こなしたスーツに隙は見出せない。
かけたメガネの奥に輝く瞳は知性に溢れ、物腰は相手を和ませるもの
を持ちながら、その動きは一流の舞踏家のごとく洗練されている。
男は資料に目を落とした。
最近のものによれば、火星の施設も軒並み襲われ多大な損害をこうむっている。
このままでは火星のプロジェクトからの撤退もやむを得ないかもしれない。
会長の強引とも取れる独断で何とか留まっているが……………………。
『室長!朗報です。ターゲットaに張り付いていた部隊が、『闇騎士』らしき人物を捕
らえた、と報告してきました。どこへ護送すべきか、伺いをたててますが、どうしま
すか?』
空中に映像が浮かび上がる。火星の極冠遺跡から発見された施設から入手した技術に
より実用化された『スーパーウィンドウ』(略称ウィンドウ)である。将来的には屋外で
も表示可能になる予定のネルガルのヒット商品である。
そのウィンドウに現れた部下から報告は室長を二重の意味で驚かせた。
一つは件の『闇騎士』が自分の部下ごときに捕らえられた事。室長は闇騎士を名乗る
男の映る別のウィンドウに目を向け確認した。
確かに本人に限りなく似ている、しかし、仮に本人だとして最初の出現が十年前だと
すれば、捕らえられた男は当時と比べてもいささかも年を重ねたようには見えず、年齢
が合わない。
どう見ても護送中の男は20代前半にしか見えない。
だが、身にまとう雰囲気、気配といったものは同じに感じられた。
荒ぶる神のごとき壮絶な気配が画面ごしに伺える。
捕らえた部下達が映らないのはなぜなのか?
もう一つはターゲットaに張り付いていた部隊だったことである。ターゲットaは彼の
よく知っている家族のことで、元から信じていなかった、信じたくなかった。
彼の家族が関係しているなどと。…………
偶然、消滅前の施設の監視カメラの映像が入手でき、解析作業に回したところ、闇騎
士の素顔が捉えられていた。
その顔が余りにも親友の若き日に酷似していた為に、半ば冗談で気休め程度に監視対
象に指定しておいたのだが、まさかそちらにかかろうとは…………
彼の家族との関係も彼本人から聞けばいいでしょう。
「とりあえず、D-W35室に連行してくだい。それから他の部隊には撤収命令を」
『はっ、了解しました』
部下の映像は消え、室長は長いため息をついた。
『闇騎士』十年に渡り暗躍してきた何もかも不明の男。彼の正体は、目的は?
やっと知る事ができます。
できれば、彼の家族と無関係である事が実証されればいいですが。
親友について思いをはせた。
あの学者夫婦について今不穏な決定がなされようとしている。
ネルガルの闇の部分もよく知る室長は、彼らを救いたかった。しかし、企業の論理、
利益、社員達の明日を思う彼にはその計画を止めるすべはなかった。
どちらの理由も痛いほど分かるがゆえに止められなかった。もう別部署が計画に入っ
ていると聞き、いてもたってもいられなかった。
会長に思いとどまるように懇願してはみたもの、闇騎士対策の責任者として、部署が
えの憂き目にあった。<br>
計画の全貌はもう彼の手の届かないところで進行中である。<br>
願わくば、闇騎士の関係で進行が早まらねば良いのに、と祈るだけだった。<br>
彼の部下が映像に出なかったわけが今目の前に広がっている。拘束された男を連行す
る者は無く、車内からはうめき声が低く流れてくる。男は無傷で拘束されたのではなく
、されてやったの間違いだろう。駆けつけたNSSの社員が男を連れて行った。
その部屋の中央の椅子に座らせられた男は若かった。
20代前半でボサボサの茶色ぽい黒髪を伸ばし、服装は特に奇抜なものでなく火星の
若者の普段着と変わらなかった。
しかし、身にまとう雰囲気は密林に潜むトラのごとく静かな怒りを身にひそめている
ようにも感じられ、感の良いものは近寄れずにいた。
見張りと言うより猛獣のオリに放り込まれたエサそのものといったところか。
どれほどの修羅場を潜り抜けてきたのか、室長の目を持ってしても見抜けなかった。
「さて、あなたのお名前をお知らせ頂けませんか?」
「……他人の名を聞く時は自分から名乗るものと思ったが」
「これは失礼を。私はゆえあって本名は出せないんですが、室長と呼ばれています」
「ふっ、室長か。まあいい。俺は闇騎士(ダークナイト)。アマガ アキヒトだ」
アマガ アキヒト?彼の子供と同じツヅリの名前ですか。やはり関係が…………?
「それでは、アキヒトさんあなたは今まで我が社のみならず、他社の施設を襲撃してき
ましたが、その理由は?」
「何を勘違いしているのか知らないが、襲撃?何の事だ。知らない事については言えな
いな。それより、早く開放してくれないか。早く家に帰らないとゲキガンガーの再放
送が見れなくなる」
この期に及んでもシラを切り通すつもりですか?
「証拠もあるんですよ」
ウィンドウに表示される映像。そして、アップ。アキヒトは口元を吊り上げた。
その笑みは嘲笑か微笑みか。
「ふぅーーこれは参った。ここまで完成してるとは。『コミュニケーター』の商品化も
間近といったところか」
何と!?まだ、社内でも極秘のプロジェクトまで知っているとは?彼の情報源はどこ
なんでしょうか?
「これじゃあ誤魔化しようがないな。で、何が聞きたい?」
「では、さしあたって我々ネルガルがこうむった損害を支払ってくれませんか?」
「室長!?何を言ってるんですか」
部下達の異論を手を挙げて押さえ、アキヒトの表情を伺う。意表をつかれた、という
顔をしていますね。一本取り返したといったところですか。
「くっ、くっ、くっ。これは一本取られたな。いいだろう。好きな額を言ってくれ、届
けさせるから」
ほう、そうきますか。室長は感嘆のため息をつかざるをえなかった。彼の冗談に付き
合ってくれた犯罪者は少ない。
「そうですなあ、ほほいの、ほいほいほいっと。ほい。これくらいですが?」
室長が宇宙そろばんではじき出した金額はとても個人では払いきれるものではなかっ
た。ネルガルの実に半分の資産に相当する額だった。
決して取りすぎではなく、十年の間に失われた技術が生み出すであろう純利益を単純
に出したものだ。もしかすると、この倍はいくかもしれない。
「ふぅむ。これだけになってたのか。知ってたか『フェイク』?」
『フェイク』?誰でしょうか。
『本当ならこの倍はいきますよ。どうするんですか?』
どこからともなく綺麗な女性の声が聞こえた。部下達が周りを見回す。気配は感じら
れませんが…………一体?
「払ってやりたいが、現金だとこの部屋だと足りないし。そうだ!ネルガルの本社に電
子マネーで振り込んでくれ」
『分かりました』
一連のやり取りを見ていましたが、どうやらウィンドウの回線に割り込みをかけてい
るみたいですね。逆探知できれば…………
「おっと、妙なまねはやめたほうがいい。この施設の全システムは掌握した。俺を中に
入れたのが悪かったな。フェイク!フィールド展開」
『了解しました。皮膚表面10センチでいいですか?』
「ああ、それで十分だ」
一瞬、アキヒトの周囲の空間が歪んだように見えた後、拘束具から解き放れた彼が立
っていた。拘束具のカケラは見あたらず、消滅していた。
「それでは帰らせてもらうがいいかな?」
彼の言葉は自然に聞こえた。さっきのアレが気になる。どういったものか?
「「「だまれ!!動けば命が無いぞ!!《ダダダダダダダダダダダダダダッ》?」」」
数人の部下が制止を呼びかけるが、アキヒトは無視し、それに対して銃弾が彼に殺到
した。
誰もが蜂の巣状態の彼を想像したが、倒れ伏したのは攻撃した部下だった。跳ね返し
た様にも見えず、何かしたようにも見えなかった。
だが、現実的に目の前で展開された光景は覆しようが無い。
後から分かった事だが彼らが受けた銃弾は彼らの銃から放たれたものであることが分
かった。しかも、正面からの銃弾だけでなく背後からも撃たれていた。この時は知りよ
うのない事実だった。
「これはしくじったな。フェイク、彼らの遺族にもソレ相当の金額を振り込んでおいて
くれ。……それでは室長、これで帰るが、あんたとはまた会える気がする。その時は
血なまぐさい関係で無い事を祈る」
平然とした彼の行動を見送るしかなかった私でしたが、まだ知りたい事があります。
「ちょっと待ってください!………あなた方の目的は?………それと彼の家族との関わ
りは?」
目的はついでですがあの家族との関係だけは確認したかった。
「ふ〜〜〜ん、あんたいい人だな。気に入った。あんたの親友の子供達を見ていたのは
懐かしさからさ。俺にもあんな頃もあったもんさ。名前は100年ほど前の本の中の
登場人物からとったものだ。俺にぴったりだった。…………それから、襲撃の目的に
ついてだが…………必要ないだよ。遺伝子操作なんて。そのまま自然にゆっくり進め
ませればいい。急ぐ必要は無いだろう?」
確かに行き過ぎた考え方ではありますが、正論です。
会長の進める研究はどれも危険なものでした。
しかし、それだけが理由でしょうか?
「ついでにオマケ。この施設は後、10分で消滅させる。死にたくない奴はとっとと逃
げろ。これで満足か?室長」
アキヒトは口の端を吊り上げ不器用な笑みを浮かべ消えていく。
虹色の光芒をまとって、いなくなった。
アレは遺跡の技術?彼の有する技術はそこまでの物なのか。
彼のいた空間から消滅が始まる。砂が崩れるようにサラサラと無くなっていく、こ
れが消滅の現場ですか、早く逃げなければいけませんね。
私が各部署に撤退を呼びかけ脱出した頃、施設は跡形も無く消滅した。
後には球状にえぐられた地面が覗くのみで、何もありません。
これが彼との最初の出会いでした。
もう会いたくは無かったのですが、彼とは何かと因縁があるようで。
後日、彼の言葉通り本社に多額の振込みがなされ、地球をちょっとした金融不安に
陥れた事を知ったのは火星を離れた後だった。
第二話につづく
しかし、読んでくれている方がいらしゃたんですね。感謝、感謝です。
劇中劇にするには惜しいという話がちらほらある例のプロローグは、書いたら確実に
本編が進みません。一応エンドは考えてるんですが…………外伝というか、本編の中で
アキトが読む内容を別記という形で載せさせてくれないでしょうか?
アレ、ほとんど別物ですからね。