機動戦艦ナデシコ 

BAD BOY




1st DANCE 


交差−Cross Road−















(もどかしい感じがする、なんだこれは・・・・)


妙な浮遊感に包まれていた。否、不安定感といったほうがいいかもしれない。とても長い間、使い方を忘れるほど使っていなかった道具を久しぶりに使う時に感じるような不安、そんな感じだ。


「・・・おい!アンタ、だいじょうぶか!?」


頬に少し痛みを感じる。誰かが自分を叩いているらしいということをおぼろげに感じる。何かが引っかかる、何か膜のかかったようなもどかしく、はっきりしない小さな違和感。


(何かがおかしい・・・)


「おいって、しっかりしろ!返事しろってば!」


今度は少し強い痛みと、自分が揺さぶられる。正直少しうっとうしい、まとまりかけた思考が霧散する。違和感の元がわからない。すぐ近くにあるはずなのに、どうしても届かない。


(・・・いいかげんにしてくれないだろうか。)


その時、自分の顔を気持ちの良い流れによってなでられるのを感じた。


(・・・この匂いは潮風か。いいものだな、この穏やかな感じからして今日はいい天気なようだ。)


「勘弁してくれよなぁ、俺も暇じゃないってのに。行き倒れとかいい迷惑だぜ。」


イライラしているらしい声色が耳に障る。


(失礼なやつだな、ほっといてくれればいいのに。人が気持ち良く潮風を感じて・・・・・)


「はぁ〜。」


(・・・・・・・!!!!!!!!)


何かが唐突に思考を付きぬけた。はっきりした形を掴むと同時に一気に脳裏に澱んだ霧が晴れていく。


(潮風だと!?そんな馬鹿な!?感覚はまったくないはずだぞ、嗅覚も触覚も。なんで。)


動き始めれば、思考が加速度的に広がるのがわかる。


「あ、起きるかな?」


逆に声のほうはのんきになった。


(この声だってそうだ!なぜこんなにクリアに聞こえるんだ!?いつも聞こえていたノイズがない・・・・声?誰かいるのか?)


そこまできて、ある思いが浮かぶ。希望と恐怖だ。今までも感じたことのある、もしかしたらという希望とまた夢かもしれないという恐怖だ。


「はやく、起きてくれないかな。」


改めて聞いてみるとまったく聞いたことのない声だ。


(誰だ?アカツキじゃない、プロスさんも違う。ゴートでも、イネスさんでもエリナでもない。当然ラピスでもない。この声は男だな。)


ここにきてついに目を開けてみることにする、視覚補助の役割を持つバイザーは付けてないことは感覚的にわかっている。


(これが夢ならば・・・また)


ゆっくりと目を開ける。まず見えるのは薄っすらとした光、ここまではいつもと同じだ。問題は次、目が慣れ始めてからだ。


(・・・・・)


目が慣れてきた。そこに見えたのは・・・・・透き通るような色の青い空、それを飾る白い帯状の雲を引いて飛ぶ飛行機だった。


「・・・・・ぁっ。」


涙が出そうになった。


「おい、どうした?どっか痛むのか?」


さっきから聞こえている声のほうに視線を動かす。
そこにはたぶん声の主であろう男の顔があった。少年といってもいいかもしれない。色素の薄い肌、細いとげのようにトップを立てた襟足の長い黒髪、ふちの無い眼鏡をしていても分かるすごく端正な顔をしている、童顔ではあるが。ただ、ほぼ白と黒言って良い面において両耳を飾る真紅のピアスだけがひどく浮いている。


「いや、大丈夫だ。」


そういって体を起こす。硬い舗装の上に寝ていたせいか、節々が痛いが特に問題は無いように感じられた。その痛みすらアキトにとって今はうれしい。これは夢じゃないと実感できる。


「それは、よかった。」


とりあえずは安心したような声が聞こえる。基本的に悪い人間ではないようだ。


「すまない、迷惑をかけたようだな。」


「まあな、その辺の貸しは後でゆっくり返してもらうとして。」


訂正、善人かもしれないが結構したたかだ。


「ああ、そうだな。えっと、ここは・・・?」


「あん?ここはサセボ・シティだけど。」


アキトの質問に何をいまさらといった感じで返す。


「サセボ・シティなのか、ほんとに。」


「初対面の相手にうそついてどうなる。あんたはそこの歩道でぶっ倒れていた。荷物は知らない、少なくとも俺がここに来た時には何も見当たらなかった。」


そこまで一気に言うと、一息ついて覗き込むようにアキトの顔を見る。


「あんた、なんでこんなところで倒れてたんだ?しかもそんな格好で、いくら今日が陽気でもまだ春先だぜ、薄手のシャツ一枚ってのは見てるほうが寒いぞ。」


そこまでいわれてはじめて今の自分の姿を見てみる。そこには何時も着用している漆黒の戦闘服はなかった。くたびれた薄手のシャツに、胸の間から見える、青い宝石。ボソンジャンプのキーアイテムC・C。


それを確認すると、アキトは記憶を手繰りながら思考の海に意識を沈め始めた。





(・・・火星の後継者の残党狩りをしていたんだよな。そのときにナデシコでルリちゃんが現れて。)





『【無理です!ジャンプ開始しま・・・】』


(それでランダムジャンプ。
そのあとは・・・そうだ、光の中であれを見たんだ、もう一人の自分を。
あれは過去のオレだ火星からはじめてジャンプしたときのオレ。でも、たぶんあれは死んでいた。魂の匂いというものを感じなかった。その体と重なって・・・)


(アキト!!)


そこまで考えが至ったところで唐突に声が響いた。


(・・・ラピスか!!)

 
(うん!! 今、私は昔いた研究施設にいるの・・・どうしてなの?)
 

(たぶんラピスの考えている通りだよ。)


(じゃあ、ほんとにそうなんだね。これからどうするの?)


(わからん、詳しいことが決まったらまた連絡するよ。)


(わかった。ねえ、アキト。また会えるよね?)


(ああ、もちろんだ。)


ここでいったん思考を切る。材料はそろった。答えはもう見えている、あとは自分で決着をつけるだけだ。


(過去に跳んだな。しかも体は若返って・・・)


思考の海から浮かび上がって改めて自分の体を見てみる。確かに若返っている。この腕は血に濡れたものではなく、服もはじまりのものだ。  


(・・・・しまった、ひとりで考え込んでしまった。彼は)


今更ながらに相手を無視して考え込んだことに気づいて、周りを見回す。
そこには耳につけたヘッドフォンから音楽を鳴らせ、たぶん今の間に飲んだであろうコーラの空かん、そしてそれを灰皿代わりにしてタバコを吸う待ち人の図があった。すでに一本消費し終えて2本目に突入している。題名付けて額に入れて飾りたいぐらいこれ以上ないってぐらいの構図だ。


「長考終了?」


けだるい声だ。さすがにこれには悪いと思った。


「すまん、一人で考え込んでしまった。」


「まったくだな。まあ、それは貸し二で置いとくとしてだ。結論は?」


「わからん。」


「・・・新手のジョークか?」


青年の目が据わる。しかし、アキトはこれ以外に言いようが無いのだ。あとは謝るのみだ。


「ほんとに、わからんのだ。勘弁してくれ。」


「・・・まあ、いいや。で、どうする?タクシーか救急車呼ぼうか?タクシーは少し戻らんと拾えんけど。」


青年は携帯端末を取出しながらアキトに聞く。それに対してアキトは、


「いや、いい。オレはこの先に用がある。」


「この先って、この先は軍の施設しかないぞ?」


「ああ、そこに用がある。確認したいのだが、今日は何日だ。できれば年から教えてくほしい。」


青年はハイハイといった感じで答える。


「2196年・・・」


それを聞いて、アキトは自分の考えを確証をすると同時に再び考え始める


(やっぱり思ったとおり、ナデシコ乗艦当日だ。どうする?)


改めて自問する。


(オレに本当にできるのか。あの悲劇を止めることが、やり直すことができるのか?)


答えは出てる。これは自問ではなく確認だった


(いや、変えて見せる!!あんな悲劇起こって言い訳が無い!!たとえそれが神に反することだろうと知るか!)



「あー、もしもし?」


「ああ、すまない。そういうわけだから連絡先を教えておいてくれないか。向こうに着いたら連絡する。」


だがそれに対して返ってきた答えは、予想外だった。


「いや、いいよ。」


「なぜ?」


「実はオレもそこが目的地だったから。」


「え?でも軍事施設だと・・」


思わず聞き返す。



「言ったな。」


お惚けそのものの答え。


「軍人だったのか?」


とてもそうは見えない。


「目医者に行け。紹介してやる。」


「じゃあ、なんで・・」


「なんでだろうな?」


どうやら素直に答える気は無いらしい。でもアキトにはある予想が立った。立ってしまった。
ぼ〜っとしたアキトをそのままに青年は歩き始める。が、途中で思い出したように振り返ると。


「ところでさあ、あんた名前は?」


今の今まで必要無かったのだからこの二人意外と波長が合うのかもしれない。いわれてみれば最初から互いに口調はくだけていた。


「人にものを尋ねるときは・・・」


「貸し一つ消してやる。」


この程度で貸しをひとつ取り消すとこを見ると、それほど恩に着せるつもりは最初からなかったようだ。やはり、悪い人間ではないらしい。


「・・・テンカワ・アキトだ。」


それでも憮然として答える。


「コノヱ・キリ。短い道中、ヨロシク。」


そういって右手を出す、反射的にアキトもそれを握り返す。
二、三回強くそれを振ると青年改めコノヱ・キリは再び歩き始める。
アキトも苦笑しながらそれに続く。
キリの言葉に反して長い付き合いになりそうな予感があった。








―刻の震えが重なる







「ところで、なぜタクシーであそこまで行かずに歩いて行くんだ?」


「近くにチューリップがあるらしくて行きたくないんだと。」


「・・・今のオレ達の状態は危なくないのか?」


「・・・微妙にな。」





















NEXT TO 2nd DANCE




始劇−All Start−



「どこかでお会いしたことありませんか?」




 

 

代理人の感想

 

・・・いや、これからの展開よりも

「なんでアキトがあんなところに倒れていたのか?」

と言う疑問の方が気にかかるんですが・・・どうなんでしょ(爆)。