機動戦艦ナデシコ 

BAD BOY




2nd DANCE 


始劇−All Start−













陽気の中を急ぐわけでもなく並んで動く影が二つ。質の異なる二つの尖った黒髪が揺れる。


アキトとキリは何と言うことも無しに二人で目的地であるサセボ基地まで歩いている。時々会話しながら遅くも無く、速くも無く歩きつづける。

どちらかがしゃべればそれに相手が返すといった感じだ。

時々アキトの眼がフッと緩み、キリの咥えたタバコがピコピコと上下に動く。

何も知らない他人が見れば仲の良い友人。見ようによっては兄弟に見えなくもない。


ちなみに余談だがキリの咥えたタバコは、火は点いても煙も灰も出ない、吸っている本人以外には害のない蒸しタバコだ。美味しくない。


それはともかく、会話の内容はといえば、


「ラーメンはやはり塩だろう、素朴だがその分麺や具の味が引き立つ。」



「いや男は黙ってとんこつだろ?満足感が他とは比べるまでもない。」



「・・・・・フッ」


「あァ?」


っといった平和そのものだった。


さらにいえば、それぞれの身上はお互いに名乗った後一度も会話に上っていない。

アキトはここ数年の生活で他人に対して無関心になっていたし、キリのほうも聞いたところで何か得があるわけでも無し必要になったら聞く、ありていに言えばめんどくさいという意識から聞こうとしなかった。


「塩は薄いって、絶対。こう、胃にガツンとくるもんが無いだろう。それを大量の具でごまかしてるよ?具はチャーシューとネギ、あとモヤシまでは可だな。」


「それをいうならとんこつこそ、その濃さで具や麺の味を台無しにしている気がするがな。素材の味を殺して何処が料理だ?」


(ラピスはね、バターがイイと思う。それにコーンとかジャガイモとか入れたほうがいい。)


アキトとのリンクを介して聞いていたのか、ラピスも乱入してきてこの場では一対一だがアキト的には三つ巴だ。しかも男二人は相手の好みの種類を批判し始める始末。

それぞれ一歩も引かない、特にアキトにとってラーメンは特別なものだ。

前に人生において特別な位置を占めており、さらに今では手に入らない幸せの象徴として美化されまくっている。この議論で熱くならないでいられようか?(反語)


「だから・・・!」


「しかし・・・!」


(ええ?!でも・・・)



無意味に熱いラーメン議論が更なる熱を帯び始めようとしたそのとき、区切りは唐突にきた。しかも派手なエンジン音とともに。

感性の問題かもしれないが黒塗りのリムジンがハイスピードで走る姿は優雅さのかけらも無い。その筋の人達の出入りといわれた方がしっくりくる。トランクからは荷物がはみ出しかけているのも含めて。


「・・・ツッコミどころ満載?」


キリがあきれ加減半分でつぶやくが、アキトにはほとんど聞こえていない。

アキトは目前の光景を引き金に再び記憶の世界に旅立っていた。


(あれはユリカなのか。本当にもう一度出会えるのか。)


心の中に再び迷いが生まれる。自分が会えばまた彼女に不幸が訪れるのではないか、と。

小さな迷いは更なる迷いを呼ぶ。そもそもナデシコに乗って良いのか、自分が乗らなければもしかしたら・・・


「げっ!」


思考はそこで不意に横からの声で切られた。声の示すほうに注意を投げると、そこには車のトランクを追い出され、アスファルトとランダムな衝突音の合唱をしながらこちらに向かって転がってくる大型のスーツケースがあった。

それを見てアキトは思わず苦笑する。


(ここもきちんと過去の歴史通りか。)


いくら歴史通りでもアキトに進んで痛い思いをする趣味はない。(注:信憑性むっちゃ低し)
スーツケースを受け止めるために下半身に力を込め、固定する。

が、歴史はすでに同じではなかった。登場人物が一人増えていた。

避けると思っていたキリがスーツケースに向かってアキトよりも一歩前に出る。


「おい!なにを・・」


アキトの声は歩道の敷石で一際大きく、まるで獲物に襲い掛かるように跳ねたスーツケースの音によってかき消された。
キリの身体は脱力したままだ。どう見ても受け止めることができるとは思えない。

衝突して吹き飛ぶキリの姿がアキトの頭の中にハイビジョン、ドルビーサウンドで描かれる。

しかしそれが現実になることは無かった。

音がぴたりと止む。何かが弾き飛ばされる音も、また固定される音もしない。

そこにはタバコを指に挟んだ右手を軽く伸ばした格好で止まったキリの姿があった。
そこから先はジョークの世界だ。
スーツケースは右手の先で吸い付くように止まっている。
しかもスーツケースと右手の接点はタバコを挟んでいない小指と薬指、それに申し訳程度に添えられた親指の3本だけだった。

さすがに微動だにせずに受け止めることはできなかったのか肘が数十度内側に曲げられていたがそれだけだ。
その数十度だけでスーツケースが持っていたランダムな方向の運動エネルギー全てを殺してしまっていた。
スーツケースはいまだに接合されたようにキリの指先で止まっている。


軽く指を曲げる、すると思い出したように重力に引かれて落ち始める。が、地面に着く前に再びタバコを咥え直し空になった手で今度は握り手を掴んだ。

その場で振り回すように回転しスーツケースを放る。

放物線ではなく地面に平行線を描いて一直線に飛ぶ、目標は半空き状態のリムジンのトランク。

今度こそ激しい衝突音。

荷物が落ちたことに今ごろ気づいて止まろうとしていたリムジンのトランクに狙い違わずに飛び込み、後輪を浮かせるようにして止まった。

この間5秒も経っていない。


「ビンゴ!」


キリは夜店の射的で当たったかのように軽く言い放った。

アキトにとってはできの悪いジョークだ。


(何者だこいつ)


警戒心が湧き上がる。

しかし問いただす前にリムジンから人が降りてきて、そちらに目を奪われた。

もう手に入ることのない愛しい人物、そして以前は仲間と呼んだこともあった人物。

ミスマル・ユリカとアオイ・ジュンだ。

リムジンから降りた二人はまず、激しい音ともに完全に開いた車のトランクを驚愕の表情とともに確認し、その顔のままで視線を逆方向に向ける。

そこには投げた状態のままのキリとその横にこちらに視線を固定したアキトがいた。

それを確認すると、まずユリカ、それに少し遅れてジュンが小走りでアキト達の方に近づいてきた。


「え〜と、あの、大丈夫ですか?」


その疑問自体が疑問という感じで自分の言葉に自信がなさそうにユリカがたずねる。
後にいるジュンのほうは若干の緊張が見られる、警戒しているのだろう。
二人の態度は当然のものといえた。
「大丈夫か?」という台詞が浮きまくっている。
被害を被る筈だった二人よりも自分達の車のほうが大丈夫ではない、このような状況で戸惑うなというほうが無理だ。


「いや特に問題はないです。」


本来その質問に対して答えるのはアキトではないのだが、精神的に追い詰められているアキトにはそれを考慮することができるほどの余裕はない。

アキトが思わず顔をそらす。

そうしないと意識がくじけてしまいそうだった、しかしその行動がユリカの注意を逆に引いてしまった。

アキトの顔をじっと見つめる。


「あの、失礼ですが。以前何処かでお会いしたことがありませんか?」


聞きたくなかった質問。


「いえ、たぶん無いはずですよ。」


言いたくなかった言葉。

視線を地面に落としたままその詞を読む。ほとんど棒読み、不自然だ。そのことに気づいたユリカがさらに聞こうとする。


「でも「痛ぅ−っ。」


ユリカの呼吸に合わせたように横合いから声が遮った。

声のした方に目を向けると、右手を左手で押さえて下を向いたキリがいた。

ユリカが現状を思い出して慌て始める。


「済みません!済みません!あの、えっと、大丈夫、じゃないですよね。ああ〜どうしよ〜〜」


「ユ、ユリカ落ち着いて。」


ジュンとユリカ二人そろって物の見事にパニック状態突入。


アキトは自分に対するユリカの意識がそれたことにホッとしながら、キリに声をかけた。


「おい、大丈夫か?」


キリは声に出して返事をせずにうなずくだけだ。顔を伏せているため表情が見えない。


「あ、あの、救急車呼びましょうか?」


ユリカが心配そうにたずねる。

今度は顔を横に振る。


「じゃ、じゃあ、私に何かできることありませんか?」


ユリカの声には真剣味がある。保身ではなく本当に相手の身を案じているのだ。

少しの間キリは沈黙していたが、左手を上げるとユリカに対して手招きをした。

ユリカが近づいていくとキリは左手をユリカの肩に置いた。顔は相変わらず下を向いている。


「お姉さん。」


「は、はい。」


静かな声にユリカがさらに緊張する。が、


「・・・携帯番号教えてよ。」


「はい?」


そこにいた全ての人間の間に乾いた風が吹いた、ような気がした。


「・・・ぷっ。」


キリの吹き出した音が沈黙を破る。顔は下を向いたままだが肩が小刻みに震えている。


「くっくっくっく、あはははははははは・・・」


まわりが唖然とした状況の中で腹を抱えて笑う。他は沈黙したままだ。

からかわれたのは確実であるにもかかわらず、不思議といやみのない奇妙な笑い声だった。


「は〜、おかしい。いや、すまんね。本人無視して話が進んだんで、ちょっとばかしすねてみたんだけど。ここまで見事に引っかかってくれるとは思わなかった。皆さん素直だね、今時貴重っすよ?本当に当り屋しようかと思ったぐらいだもん。」


笑いすぎて出てきた涙をぬぐいながらキリがそうのたまった。


「じゃ、じゃあ、本当に大丈夫なんですね。」


「問題無し。」


「よかった〜。」


ユリカは騙されたことよりそのことのほうが大事といわんばかりに大きく息をつく。

それを見てアキトは自然に顔が和んだ。


(やはりユリカは、ユリカだな。)


ちなみにジュンは抗議の一つでもしようとしたがキリのガン付け一つで黙らされた。


「あんたみたいな美人さんに心配してもらったなら、それだけで役得だよ。」


キリは軽口ヨロシク、ユリカをおだてる。


「えへへ、そんなことないですよ。」


ユリカもそれを素直に喜ぶ。


「まあ、それはともかく。急いでいたんじゃないの?俺は大丈夫だから行ってイイよ。」


「あっ、そうだった!では、大変ご迷惑お掛けしました。」


キリの言葉に素直に納得するとユリカは勢い良くお辞儀をして、ジュンと一緒にリムジンに乗り込み再びハイスピードで発進していった。


「後ろそのまんまかよ。また落とさないといいけど。」


「まったくだ。」


リムジンに向かって手を振りながらキリとアキトはそれを見て苦笑する。

しばらくしてキリがおもむろにアキトの方を見ずに口を開いた。


「・・・白昼の蛇でも見た?」


「え?」


アキトが思わず聞き返す。言葉の意味がわからない。


「ここに在る筈の無いものを見たって顔をしていたよ。別れた女にでも似てた?」


キリのその言葉に思わずドキッとするとともに、改めて現実を思い知らされた。
この世界は自分の世界ではなく、あのユリカはかつて自分が愛した存在とは別のものだということを。

少しだけ胸が痛んだ。

同時にある考えも浮かんだ。

もしかしたら彼は自分のためにわざとやったのではないか、という考えが。


「ま、いいけどね。おかげで俺は美人のお姉さんとおしゃべりできたし。」


それ以上追求せずにスーツケースを受け止めるために放り出した、自分のショルダーバッグを拾う。

っと、ベルトに手をかけたとこでほんの一瞬顔がゆがんだ。


「おい、本当に大丈夫なのか?手を見せてみろ。」


キリの真意を追求しようとして目ざとくそれを見咎めたアキトが声をかける。


「大丈夫だって。もういいかげんこの言葉飽きたよ。さっさと行こうや。」


もうこの話題は終わりとでも言うように、後ろも見ずにキリが歩き出す。


「飽きたって・・・じゃあ、もう一つだけ答えてくれ。お前は何者だ?」


「何者」当然、先ほどのキリの行動を指している。
キリは歩みを止めはしたが、相変わらずアキトの方を見ない。


「ノーコメント。」


ハッキリとした拒絶の言葉。


「なぜ?」


「あんたが他人だから。」


当然といえば当然の答えだ。
それだけを言うと、今度こそ終わりと言わんばかりに再び歩き始める。
仮にアキトがここで立ち止まったとしても二度と振り返ることは無いそんな背中だった。

  そう
(他人でもないんだが。)


そう思いながらも、これからの全てを知っていると思い込んでいた自分に苦笑してしまう。
歴史が変わっていく。そしてそのことに不謹慎にも心のどっかでわくわくしている自分がいた。
自分の知らない未来が目の前にあるのだ。それは最悪の未来が消える可能性でもあった。逆の可能性も存在するとしてもだ。


「ふっ。」


アキトは声に出してわざと笑うと歩き始めた。
前を歩くこの世界で一番初めに見つけた可能性を逃さぬよう。



目的のサセボ基地はもう目の前だ。


かつては全てそこから始まった。





−開幕のベルは近い。















「ちなみにさあ、すき焼きには卵をつけるよなぁ?」


「・・・・邪道」


「てめっ!」










NEXT TO 3rd DANCE




再戒−Again−



「お久しぶりですアキトさん。」




あとがき


否!!ラーメンは黙ってとんこつでしょう?(断言)
っつうわけでいきなり連載ものの洗礼を浴びてのた打ち回っている珀彦でっす。
ユリカ&ジュン登場〜・・・話進んでないね。うへえ
それにしてもアキトクンってばお馬鹿ですねえ。
露骨に怪しいのが目の前にいるのにユリカ嬢のせいで誤魔化されています。ってかゆるくなっています。
嗚呼、黒の王子という恥ずかしい字名で呼ばれていた貴方はどちらに行かれたのでしょう。
良い事しそうな人間が善人とは限らんのに(邪)
道のりは果てしなく遠いDEATH。でもくじけません!負けません勝つまでは!!
次回は妖精登場。そして戦場の幕が上がります。

私にとってはこれがナデシコです。皆さんにとっても・・・だったらいいなあ。

 

 

代理人の意見

男は黙ってとんこつ・・・・

その意見、83%くらいまでは無条件に同意してもいい(笑)。

ただし、すりおろしたニンニクを付けるのが条件。

すりおろしのニンニクを欠いたとんこつラーメンなど、クリープのないコーヒーにも等しい。

(何時の時代のフレーズだったかな・・・・・古過ぎて覚えてないや(笑))

 

 

 

 

・・・・・・ここって、なにを書くスペースだったかな。