FLAT
OUT
(11)
インディアナポリスの中心部に、オランの搬送された病院はあった。巨大な建物の屋上にはヘリポートがあるに違いない。ほんの二日前に彼がそこからエマージェンシー・ルームに運ばれたのだろうその光景を想像すると、駐車場から正面玄関に向かう明人の足も自然と速まった。
「ちょっと明人君、そんなに急がないで」
ついて来ると言ったのはエリナと、赤月だった。FA界でも気さくで友人の多いオランのことだから、もしかすると他のチームのドライバーや関係者も既に来ているかも知れない。
カヴァーリの首脳陣は、レースが終わった一昨日のうちに見舞いに来たらしい。もちろんオランはまだ麻酔で眠っていたのだろうが、今後も考えて容態の確認に来たのだろう。
ところで、明人がそれを知っているのにも理由があった。明人の車にちゃっかりと便乗してきたかのチームの人間に、それを伝えられたからだ。
「意識はしっかりしてるし命に別状はないって、昨日の夕方には連絡があったのよ」
舞歌が言って、前を歩くもう一人をちらりと見た。彼女の前を無言で歩いているのは、北斗だった。
明人は彼女らの言葉が聞こえていたが、足を緩めはせず、病院の玄関に入る頃には小走りになっていた。舞歌とエリナ、それに赤月が顔を見合わせ、少しだけ笑みを漏らしたのには気付かなかった。そしてまた、北斗だけが我関せずとばかりに、とりあえず明人の後を追って歩いていたのにも。
さすがに有名人であるからか、病室の前にはもう花束の山ができていた。
「よう明人、やっと来たか。待ちくたびれたぜ」
個室に入った明人を迎えたのは、退屈極まりないと言わんばかりのオランの声だ。見ればその両足はギプスに固定されていて、軽口とは裏腹に痛々しい姿である。
隣には彼の姉が、泣きはらした顔で座っていた。アフリカ系ではない、どちらかと言えば西洋人に近い顔立ちをした彼女はヘレナといい、明人もサーキットで何度か会ったことがある。彼女は明人を見ると再び泣きそうになって、まるで自分の息子に対してそうするように、明人を抱き締めた。
続いて北斗が病室に入ってくると、オランは驚いたように彼女を見た。
「おや――お前さんにも来てもらえるとは思わなかったな」
「嫌なら帰ろう」
少し厭味めいたオランの口調にも北斗は顔色を変えず、あっさりと言った。
「冗談だよ。他にも来たのか?」
「エリナと流と、それにミス・アズマ」
「そりゃあ大所帯だな」
今度は明人が答え、オランが大げさに驚いてみせる。顔は綻んで嬉しそうだったが、自分の姿をじっと見ている明人に気付いた彼は、少しだけむず痒そうに視線を逸らした。
「おい、そんなに悲しそうな顔をしないでくれ。いや、そうか、俺の腹に治療法の無い悪性腫瘍が見つかったんだな。それでそんな顔をしてるんだろう」
気を取り直したらしいオランは、例によってユーモアたっぷりに笑う。「おお、神よ」などと、両手を広げるジェスチュアまでつけた。それでも明人は、なんとか無理に笑みを浮かべただけだった。
たしかに近年まれに見る大クラッシュから生還したのだから、それは喜ぶべきことだ。たぶんあのクラッシュを見た人々は、異口同音にそれを言うに違いない。ただわずか、同じドライバー達を除いては。
彼がとうぶん立ち上がることもできそうにもないのは、その姿からだけでも容易に想像できた。二週間後のフランスGPに復帰するなど、到底不可能であろう。それどころか、今季中に復帰することすら絶望的に見えた。
そんな明人の胸中を察したに違いない。さすがにオランも顔色を落とし、悔しそうに俯いた。
「まぁ……今季は無理だろうな。仕方ないさ――運が悪かった」
そのときだった。個室のドアがノックもなく開いて、口髭をたくわえた医師が入ってきた。
「運が悪かった? 馬鹿を言え。運が良かったから生きてるんだ」
明人が驚いてその医師を見て、再びオランに目を戻すと、彼は苦笑とともに肩をすくめる仕草をした。
「わかってる、わかってるよ、義兄さん」
そう言ったオランに、ますます明人は驚いた。聞けば、彼の緊急手術を執刀したのは彼の姉、ヘレナの夫であったというのである。アメリカGPの緊急搬送先に指定されていたこの病院は、彼の勤め先だったのだ。
彼は明人たちをじろりと見回してから、ふんと鼻を鳴らした。
「まったく、馬鹿につける薬が無いってのは、このことだ」
そう言って彼は手っ取り早くオランの点滴を取り替えると、入ってきたときと同じようにさっさと出て行ってしまったのである。
あまりの勢いに明人たちは唖然としてそれを見守るばかりで(北斗は相変わらず無関心だったが)、彼が出て行ってもしばらくはなにも言えずに突っ立っていた。
「彼は、本当に心配してるんです。たぶん、皆さんのことも……」
躊躇いがちに口を開いたのはヘレナだった。
「レースのある日はいつも、大好きなお酒を一滴も飲まずに中継を観てるんですよ」
「……良いお義兄さんじゃない」
エリナが言ったのを、彼女はどうとったのだろうか。少し俯いて考えるようにしたあと、「ええ」と微笑んでさらに続けた。
「玄関に出張の準備を全部整えて……すぐにでも出発できるような格好で。机の上に車のキーまで置いて、椅子に座って観てるんです。レースの日は絶対に勤務を入れずに、スタートまではずっと寝てるんですよ」
その準備が今回は役に立ってしまったわ、と彼女は少しだけ悲しそうに笑うのである。これを聞いてエリナは先ほどの言葉を後悔したようで、黙り込んでしまった。
オランは黙ってそれを聞いていたが、こればかりは何も言えないようだった。
ドライバーたちはもちろん、舞歌やエリナも黙りこくってしまったことに、ヘレナも少し後悔したらしい。気を取り直したように明るい笑みを浮かべて、弟のギプスをこつんと指で弾いた。
「いてっ」
複雑骨折の両脚にはそれだけでも相当響くのだろう、オランが青ざめた。
「あの人の言う通り。このお馬鹿さんは死んだって治らないわ。どうせ治らないなら、しっかり生きてもらわないとね」
そう言って彼女は、自分を心配させた罰のつもりだろうか、さらに指先でコツン、コツンとオランの足をつつく。
「いてっ、ちょ、ちょっと待ってくれ、レニ………いててっ……」
オランは痛がりながらも笑っている。舞歌とエリナの口元にも、小さな笑みが戻ってきたようだった。しかしそれを横目に見ていた明人は、次の瞬間、同じように自分を横目で見ているとび色の瞳に気付いたのだ。
急に気管が狭まったような感覚を、明人は覚えた。しかしそれはすぐに喉に吹き込む冷たい空気に変わる。最初はどきりと高鳴った鼓動も、いまは奇妙にぐらぐらしているようだった。
北斗は怒っているようだと、明人には思えた。
彼女はすぐに視線を逸らしてしまい、何も言わずに病室を出て行ってしまった。しかし周りの人間はとくにそれを気に留めた素振りでもない。舞歌ですら、ちらりと彼女の背を見送っただけだった。それを見て明人は、彼女が怒っているように見えたのは自分だけだったのだろうかと思ったのである。
もし本当に怒っていたのなら、その原因を明人はなんとなく想像することができた。つまり彼女は自分に対して怒っていたのではないか、そしてその理由が明人の想像通りならば、それは随分と理不尽な怒りじゃないかと、明人は思った。
レースを戦だとするのなら、まさしく彼女は戦の申し子のようである。
スピードの魔力に魅せられ、もしかしたら死ぬかもしれないのに、ひたすらにアクセルを踏み続ける。それがレーサーだ。
それを己の業と見極めたのなら、つまらぬことにいちいち心惑わされるな――彼女の瞳はそう言っていたに違いない。
飲み物を買ってくると言って、明人は病室を出た。もちろんそれは嘘である。明人は今、北斗が自分に向けていたであろう感情と同じものを、彼女に対して抱いていた。全くもって一つの言葉も交わしていないのに、唐突に生まれたそれは、明人を彼女へと導いた。
しかし北斗は、廊下にはいなかった。
たしかに北斗は強い。自信に満ち溢れた瞳は前しか見ておらず、彼女が通り過ぎたところで何が起きようとも、彼女を戸惑わせることはできないだろう。
鷹のように鋭い彼女の眼差しの先にあるものは、いったいなんなのか。明人は廊下を歩きながら考えた。それは、友の身の上に起こった大事すらもつまらぬことだと言い切れるほどのものなのだろうか。ともにスピードを極めようとする者どうしなのに、その絆を断ち切ってまで歩き続けなければ手の届かないものなのか。
いつの間にかそれは自問のようになっていた。いや、実際にそれはそれ程のものであろうと、明人は分っていたのである。少なくともフォーミュラ・アーツの世界でそれを手にできるのは、たった一人のドライバーだけだからだ。
でも、だからって見舞いに来ている時までそうやって責めなくたっていいじゃないか。明人はそう思ったが、病室で彼女に見据えられた直後に感じた小さな怒りは、廊下を歩いているうちに塵になって消え去っていた。
なぜならば、もし明人の憤りの理由が彼の思ったとおりだったとしても、彼女の姿勢は求道者のそれとして間違っていないからだ。そしてまた、そうではない自分の考えも、間違っているとは思わなかった。
少し寂しく感じるのは、たぶん、明人が本当なら彼女にもそれを理解して欲しかったからだろう。
ロビーまで来て、やっと明人は彼女の赤い髪を見つけた。正面玄関のわきにある手すりに寄りかかるようにして、彼女は険しい眼差しをどこへともなく向けていたのである。
明人が近寄るよりも先に、彼女は明人に気付いたようだった。だがそこに明人がいるとは思っていなかったのか、驚いたようにその表情から一瞬だけ険しさが消えた。
「見舞いは済んだのか」
彼女はぷいと視線を外したのち、つっけんどんに尋ねる。
「いや……少ししたらまた戻るよ」
明人も今はなんとなく、彼女の横顔を見たい気分ではなかった。彼女のそれが、明人がこれまで目にしてきた誰よりも凛々しく、見惚れてしまうほどに美しいのは知っている。だからこそ今は、あまり見たくなかった。
「アルが無事で、ほっとしたよ」
「……そうだな」
それを皮肉だととられても構わないと、明人は思った。彼女に憤りを感じているわけではない。ただ、残念に思っていたのである。
ジャーナリストたちに無愛想なのはいいだろう。チームスタッフと冗談を言い合わないのも、まあ良いことではないだろうけど、悪いことでもあるまい。だが、スピードという絆で結ばれた者どうしくらい、少しは互いに慮ってもいいものじゃないか。
(僕らは、速さを追求する為だけに進化する、機械ではないのだから)
知らぬうちに、明人は北斗を見つめていた。そうしたくないと思っていたのに、思考の澱みから現実に戻ってきた瞬間、目に入ったのは虚空を睨む彼女のとび色の瞳だった。
「答えたくなかったら、答えるな。……明人」
彼女は正面を向いたまま、言った。その横顔に、いつもの厳しさはない。てっきり腑抜けだなんだと責められるものと思っていた明人は、身構えていたぶん肩透かしを食った気分になった。しかし次に北斗の口から紡がれた言葉は、明人の背筋をざわめかせたのである。
「お前もかつて『そうでない者』として、レーサーの身近に居たな」
その言葉で、明人はほつれていた糸がぴんと一本になったのを感じた。つまり北斗は、つい先ほどのオランとエレナの関係を、明人とその父――治己に重ねていたのだ。
レーサーであった父親、それをピットから見ていた子どもの明人。命の危険を顧みずスピードに没頭する者と、何もできずそれを見守るしかない者。もっとも当時の明人は、そのために父が死ぬなどとは露ほども思っていなかった。
(でも、それなら君も同じだ)
明人は思った。昨日のレース中に垣間見た記憶の中で、彼女もまた同じように父親の姿を見ていた。ピットロードから、コースを駆け抜けていく父親のマシンを見ていたはずだ。だが明人は、それを口にはしなかった。
北斗は明人の顔をちらりとうかがって、その瞳に宿る光を確かめたようだった。
「俺たちが求める『スピード』は、すぐそこで牙を剥いている。その餌食になったドライバーはたくさんいた。お前の父親も――その一人だ」
彼女は言い切った。
明人にとって、父――天河治己は憧れだった。サーキットにあって、コクピットに納まりヘルメットを被ってこそ、治己はまさしくヒーローであった。そして彼は実際に幾多の勝利を重ね、頂点に立ったのである。
世界選手権のレーサーは世界中を転戦する。家にいることは少なかったが、それでも暇を見つけては帰ってきて、明人を色々なところへ連れて行ってくれた。もっとも、いつからか逆に明人がカート場に彼を引っ張って行くだけになってしまったのだが。
父は自分を愛してくれていたろうと、明人は思っている。明人もまた、父が好きだった。反抗期を迎える前にいなくなってしまった。だから、父と対立する機会が一度もなかったのである。物心ついてから運命の日まで、たった数年の間に父から教わったことを、明人はひとつたりとも忘れてはいなかった。
いまでも明人は、父の教えをしっかりと守っている。宿題をちゃんとやれ、夜更かしをするな、洗顔と歯磨きを忘れるな――そんな細かいことも、治己は明人ができるようになるまで言い続けた。
あきらめてはならぬ、小さなことこそ気に留めよ。富めようと貧せようと人の心を忘れてはならぬ、生きる限り人として生きよ――。
いまだによく分らない部分はたくさんあった。何しろ父はことあるごとにそれを子守唄のように口にしたから、いつの間にか明人はそれを覚えてしまっていたのだ。
だが成長し、レーサーとして、人として経験を積むうちに、だんだんそれが分るようになってきた。もしかするとこの特殊な世界がそうさせたのかも知れないが、それでも明人は、またひとつその教えの意味がわかるたびに、どうして父は自分にそんなことを教えられたのだろうと、不思議な気持ちになるのである。同時に、感謝の念で胸が一杯になった。
その父は、レース中の事故で死んだ。他のマシンと接触して、コース脇の壁にぶつかったのだ。
当時のニュースはこぞって、彼はぶつけられ、クラッシュさせられたのだと報じた。接触の相手――北辰が、当時のFA界でも嫌われ者のドライバーだったからだろう。実際に明人が何度そのときのビデオを見ても、そのように見えた。タイヤとタイヤがぶつかって撥ね上げられた父のマシンは空中を滑るようにして飛んでいき、壁にぶつかった瞬間、粉々になったのだ。
その「ぶつけた」ドライバーの娘が、いま明人の目の前にいる。だが明人は、いまそれを理由に彼女を責めようなどとは思っていなかった。
(だって、ぶつけたのは彼女ではないだろう?)
だから、本来なら遺族に対して無礼ともとられるであろう彼女の口振りも、さして気には留めなかったのである。しかし彼女にとってはそれが気に入らないらしかった。
「明人、お前をこの世界に駆り立てたものはなんだ。父親の最期を目の当たりにしながら、それでもお前が捨て切れなかったその思いは」
少し苛立ったように、彼女は言う。その質問の真意はわからないものの、明人の答えは決まっていた。
「それは言葉にはできないよ。君もわかっているだろう?」
思ったよりもはっきりと言葉が出たことに、明人自身が驚いた。先ほどから喉の奥が震えていて、からからに乾いていたのだ。
「北辰を恨まなかったのか?」
彼女の口からそんな言葉が出てきて、明人は驚いた。彼女が自分の父親のことをまるで他人のように呼んだことはもちろんだが、それよりも彼女は、明人が北辰を恨むのは当然のことだと、むしろそうしないことの方が間違いであると、そんな口振りであったのだ。
父を奪った彼をまったく恨まなかったろうかと自問すれば、それは否であろう。自分がそれなりに命の危険を伴うようなレースに参戦するようになるまでは、たしかに北辰を恨んでいた。彼が無理な幅寄せをしたために父が死んだ、そう思っていた。
「昔は……たしかに、恨んだかも知れない」
明人は、その先を紡ぐことはできなかった。北辰に対する胸中のわだかまりは、当時に比べれば小さくなったと言える。それでも、進んで話したいと思える相手にはならなかったからだ。
しかし、周りの人間が北辰のことを蛆虫のように言うのを聞くたびに、明人は嫌な気分になった。それは決して彼を庇おうとしたからではない。彼を嫌う人々のどす黒い感情が自分の心を浸していくようで、その方が明人にとっては恐ろしいことだった。
それに――たとえ万人が賛成したとしても、明人は、陰口が嫌いだった。
病院の中は冷房も効いていたが、外はやはり夏である。立って北斗と話しているだけで、いつの間にか2人とも汗ばむ陽気だった。北斗はそれが嫌なのか、時々頬に流れてくるその赤い髪を、手で押しのけた。
長い沈黙の後、明人は彼女を向いて、言った。
「いまは、そうでもないよ」
北斗がやっと向き直った。そして、心を見透かすかのような厳しい目付きでしばらく明人を見据えたあと、呆れた顔で言ったのだ。
「妙な男だな、おまえは」
その口調がそれまでの試すようなそれでなくなったことに、明人は気付いた。彼女もこれ以上明人を詰問する気はないのだろう、明人の短い答えに納得したわけではないようだけれども、病室を出て行ったときに比べればその表情は穏やかだった。
「……君もけっこう不思議な人だよ」
つられて言ってから、明人はしまったと思った。それは明人がこれまでに見てきた彼女の印象を総括した言葉のつもりだったが、こんなときに言うことでもなかった。もちろん北斗は意外そうな顔をして、明人を見ているのである。
「いや……その……。そうだ、それでさっきは怒っていたのかい?」
父を亡くした事故や、その発端をつくったドライバーに対する自分の思い。彼女には、明人がそれに囚われているように見えたのだろうか。それが彼女の見せた苛立った表情の元だったのかと、明人は思ったのだ。
だが、慌てて口にしたそれはやはり墓穴を掘るだけだった。彼女はさらに意外そうに明人を見ると、打って変わって不機嫌な顔になったのである。
「悪かったな。どうせ俺は仏頂面だ」
「えっ? あ、……いや……」
明人が思わず聞き返してしまうと、彼女はますます怒ったようだった。しかし明人にとって、その驚きはもっともだったのである。
(怒っていなかった?)
それが最初に考えたことだった。
どうみたって、先ほどの彼女は怒っているように見えたのに。しかし怒っていなかったとわかると、急に明人の気持ちも楽になった。不機嫌そうな北斗の横顔ですら、拗ねているように見えて可愛いと思えてしまったのだ。
「……怒っているように見えたか」
気を取り直したのか、北斗が尋ねる。
「いや………まぁ、その」
明人が苦笑いを浮かべると、北斗は「フン」と鼻を鳴らした。
「……怒っているのかも知れんな」
小さく呟かれたその言葉は、しかし、都会の喧噪に紛れて明人の耳までは届かなかった。
「ごめん、なに?」
「なんでもない」
北斗の口元に浮かんだのは、どこかいつもと違う、不思議な笑みだった。
to be
continued...
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