FLAT OUT

(20)






 ホシノ・エレクトロンでのプログラムがすべて終了したのは、午後三時を過ぎた頃である。エリナは一旦ヒンヴィルのネルガル・ファクトリーに戻るといって、プロスペクターについて一足先に空港へ向かった。赤月のプライベートを明人はよく知らなかったが、彼も車を待たせているからと言ってさっさと帰ってしまい、ネルガルの控え室を出たのは明人が最後だった。
 扉を出て最初に目に入ってきたのは、ハリの後姿である。塵一つないきれいな廊下の突き当たりで彼は、淡い想いを抱いているその女性と楽しそうに話していたのだ。
 ルリはすぐに明人に気付いた。だが今度は、先ほどとは違ってハリをあしらってまで明人のもとへ来ようとはしなかった。相変わらず表情に乏しかったが、ハリに相槌を打っている彼女は少しだけ楽しそうだと、明人にはそう見えた。
 明人が小さく会釈をすると、ルリも同じように礼を返した。そこでやっとハリは気付いたらしく、明人を振り返る。彼は明人に一言挨拶するか、それとも想い人との談笑を続けるか、一瞬迷ったようだった。そういうところは、立派なFAドライバーといえどもまだ初々しくて、明人は笑って手を振る。ハリも恥ずかしそうに笑った。



 建物を出ると、駐車場にはエリナの言っていた通りレンタカーが用意されていた。空港までそれを運転して、あとは乗り捨てて構わないらしい。レースではいつもネルガルが自社の高級乗用車を用意していてくれたが、今回はホシノ・エレクトロンの地元スウェーデンの国産車だった。
 明人はドアを開けたが、しばしそのまま突っ立っていた。イギリスと違って左ハンドルのスウェーデン車である。運転席のつもりで明人が開けたのは助手席のドアだった。
「……お国柄の違い、ね」
「そうだな」
 思いがけない返事の声に、明人は驚いて後ろを見た。そこには先ほどまで一緒にトークショーに出演していた北斗が、帰り支度を済ませて立っていたのだ。
「やあ――どうしたんだい」
 戸惑いながらも明人がそう尋ねると、北斗は明人の脇をすり抜けるようにして助手席に乗り込んだ。
「話がある。出せ」
 そう言って北斗は明人の前でばたんとドアを閉めた。突然のことで明人がそこに突っ立っている時間はさらに延びたが、痺れを切らした北斗が窓を開けて「早く乗れ」と言うので、釈然としないものを感じつつも明人は慌てて運転席に潜り込んだ。
「出せ、って……どこへ?」
「どこでもいい」
 どこでもいいってことはないだろう。だがまあ、どちらにせよ彼女も空路で帰途につくのだろうと思い、ストックホルムの空港まで送ることにした。そして車を出そうとしたそのとき、今度は後席のドアが開けられたのである。
「北斗……、いつも言ってるけど……っ、その突拍子のない行動は……、なんとかしてちょうだい……っ」
 息を切らせながら荷物と一緒に転がり込んできたのは、北斗のマネージャー、舞歌だった。



 舞歌の息が整う頃には、車は早くも高速道路の大渋滞に巻き込まれていた。いったいそんなに交通量の多い道路には見えないのに、車列はぴったりと止まってしまって、動き出す気配すらないのである。どうしたのだろうと明人は思っていたが、それは北斗にとっては好都合だったらしい。彼女は「ふむ」と唸って、切り出した。
「お前は案外物事をよく考察しているようだ。そうだな、明人」
「……それは……まぁ、どうも」
 北斗が言ったので、明人は後席の舞歌をうかがいつつもちらりと北斗を見た。
「ルリにはああ言ったが、正直に言って俺にはおまえの考えが分らないことがよくある。だが今日の話で、少なくとも共通点はあると見積もった」
 彼女の言いたいことが明人には分らなかった。いや、だいたいそれはいつものことなのだが、北斗にしてもあまり御託を並べるような性格ではない。案の定、「そこで本題だ」ときた。
「おまえは――おまえは、北辰のことをどう思っているのだ。おまえにとってあの男は、いったいなんだ」
 突然のそれに、明人は面食らった。彼女が改まって話があるというからなんとなく十二年前の出来事に関係があることだろうかとは思っていたが、いきなり彼女の父親について本人に問われて、驚くなというほうが無理だろう。
「なんだい、突然」
 渋滞で車が進まないこともあって、思わず明人は彼女を振り向いて聞き返した。しかしあまり気の長い性格でない彼女は、そんなことはどうでもいいと言いたげである。
 苛立ったように口を開こうとした彼女の肩に、舞歌がそっと手を置いたのが明人には見えた。それに北斗は口を噤み、少し考え込む。そしてまた話し出した。
「多くの人間と夢を共有できればいいと、おまえは言ったな。記者会見のあとだ」
 明人がそれを思い出すのに、少し時間がかかった。それはイギリスGPで予選記者会見のあと、赤月と二人でパドックに戻る途中に話した内容である。驚いて目を丸くすると、北斗は珍しく慌てたように「盗み聞きしていたわけではないぞ」と付け足した。
「インディアナポリスではこう言った――北辰を恨んでいない、と。あれがその理由か? 自分の父親を殺した男を、それで許したというのか」
 彼女の質問の趣旨が、やっと明人にもつかめてきた。しかし父親を父親とも思っていないような話し方をする彼女が、どうして自分の彼に対する感情を気にするのか、まだ疑問は残る。もっとも明人にとってその答えは一つしかないように思えたのだが、明人自身も確信を得るほどには彼女らのことをよく知らなかったのである。
「そう――言えなくもないだろうな。僕にとって父は父だけど、レーサーとして見れば彼の死がどうしようもないものだったことは分る。レーシング・アクシデントの危険性は常に身近にある。君がそう言ったろう」
 だから、いまさらそれを蒸し返そうとは思わない。父だって息子がそれに惑わされ続けて生きるのを望むはずがないと、明人は信じていた。もちろん心の奥底では、父が生きていたらという思いも捨てきれない。だがそれはもはや今を生きるのに無くてはならない思いではなかった。

 明人の言葉を、北斗はどうとったのだろうか。彼女は助手席でじっと前方を見つめたまま、何かを考えているようだった。
「おまえは知っているのか?」
 彼女が呟くようにして言った。
「明人、おまえはどこまで知っている。あの瞬間に『タンブレロ』で何が起こったか、おまえは知っているのか」
 そう聞かれて、明人ははっとした。

 イモラ・サーキットの第1コーナー『タンブレロ』は当時、シーズン中もっとも危険なコーナーとして有名だった。ホームストレートを全開で駆け抜けて、時速340キロで飛び込む超高速コーナー。明人の父、天河治己の事故死をきっかけに、現在では中速のS字コーナーに改修されている。
 明人は、ビデオで何度も見たそのシーンを思い出した。たった一台のカメラが、その一部始終を克明に記録していたのである。




 オープニングラップを制し、『タンブレロ』に差し掛かった治己のマシン。当時のネルガルは、白地に赤のストライプをあしらったカラーリングだった。
 彼の後方、スリップストリームに入って速度を稼いだ北辰のカヴァーリが、鼻先を治己の横腹にねじ込もうとした。その時である。北辰のマシンが「不可解な」動きをしたのだ。次の瞬間、北辰の右前輪が治己の左前輪と後輪の間に吸い込まれるようにして入り、そこに治己の後輪が乗り上げた。

 むき出しのタイヤが走行中に接触すると、後ろ側から当たったタイヤは跳ね上げられ、当てられたタイヤは押しつぶされてしまう。その接触で治己のマシンは1メートル以上も跳ね上げられ、またコース上に落ちた。
 接触によって後輪を支えていたアームがへし折れたのだろう、一気に姿勢を乱してしまった彼のマシンはほとんど速度を落とすこともできず、縁石に乗って再び跳ね上がった。
 通常ならマシンを地面に押し付ける空力も、マシンが浮いてしまったことで効かなくなった。治己のマシンは突風に吹き飛ばされるかのようにコース脇の砂利も飛び越えて、コンクリート壁に激突したのだった。

 無数の破片が、まるで花火のように治己のマシンから飛び散った。明人には、それらの一つ一つが父の血飛沫に見えた。それでも治己のマシンは止まらず、一つだけ残っていたタイヤのせいで奇妙なラインを描き、再び壁にぶつかる。そこで胴体が真ん中からぽっきりと折れた。エンジンなど後部の重い部分が脱落して、ほとんどコクピットだけになったマシンは、『タンブレロ』から100メートルほど行ったコース脇の砂利に飛び込み、やっと止まったのだ。
 原型を留めないほどに破砕したマシンのコクピットで、治己のヘルメットはぐったりと項垂れていた。

 観客は、息をするのも忘れたかのようにしんとしていた。イモラはカヴァーリの本拠地が近く、観客の大半はカヴァーリのファンだったが、誰もがライバルの惨劇に我を忘れて客席の上に棒立ちになっていた。

 すぐさま赤旗が振られ、レースは中断された。その場で緊急処置が施され、治己はヘリコプターで病院へ搬送されたが、その時すでに心肺停止の状態であったという。
 そして四〇分後、信じられないといった表情の関係者たちが見守る中、レースは再開されたのである。
 スタートから三周以内の中断であったため、北辰も再度グリッド上に並んでいた。そして彼は、ただ一つの拍手も無い大観衆の前で、一番にチェッカーフラッグを受けたのだ。そのチェッカーフラッグまでもが、精彩なく垂れ下がっていた。

 本来ならチームはすでに撤退し、場外では帰途につく車の大渋滞が起きている時間なのに、イモラサーキットはしんとしたままだった。パドックには全てのチームが、そしてスタンドにもレース時から減ることのない観客が情報を待って、佇んでいたのである。
 病院から天河治己の死亡が伝えられたのは、午後6時42分のことだった。



「テレビで見る限りでは、彼が故意に幅寄せしたように見えたわ」
 後席から舞歌が言った。北斗は何も言わない。しかし明人は、心の中で舞歌の言葉を遮った。
 北辰のマシンに何か異常が起きたのだと、明人は思った――これは明人が彼を『許した』あとの考えだが。
 たしかに評判の悪いドライバーであったらしいが、まさか故意にライバルを潰すような真似はすまい。それに、自分までリタイヤしては何も意味がないではないか。明人は、そう信じたのである。
 警察の調査で、たしかに北辰のマシンには異常の起きた可能性が認められた。しかしそれが直接的にあの事故を招いたのか、或いは事故によってそうなったのか、分らずじまいだったのである。そして事故はレース中のアクシデントとして誰も罰せられることなく、十二年が過ぎた。
「あのレースは、最初からおかしかったんだ」
 明人がつぶやくようにして言った。


 十二年前のサン・マリノGPは、最初から不吉な影がつきまとって始まった。
 金曜日のフリー走行で、名門カヴァーリのドライバーが突如コントロールを失い、タイヤバリアに激突した。フルスロットルで加速しながら駆け抜ける『ピラテラ』コーナーでの事故で、ドライバーは意識不明のまま病院に搬送され、数時間後にやっと命に別状がないことを確認されたのである。
 予選の日はもっと酷かった。このGPがデビューレースとなる新人ドライバーが、高速の『タンブレロ』コーナーでコースを飛び出し、むき出しのコンクリート壁に叩きつけられたのである。即死だった。原因もわからず、これにはさすがのドライバー達の脳裏にも不安が過ぎったに違いない。
 ここでドライバー達は、レース開催の是非に関して自分達の見解を明らかにすべく、会議に踏み切った。彼らの行った会議の内容は公開されなかったが、紛糾したことは明らかだった。釈然としない顔のドライバーが多くいたし、何より彼らがレースを続行するべきだと発表したことが、周囲を驚かせた。
『一昨日亡くなられた世界自動車連盟の白鳥氏、そして今日、悲しい事故で帰らぬ人となったジェラルドに、哀悼の意を示したい。願わくは二人の魂が、明日この場にいるであろう全ての人たちを護ってくれることを』
 治己が予選後の記者会見で述べた言葉である。彼はその言葉だけを残して、早々に会場を退出した。いつもは騒がしい記者たちも、それを止めることはできなかったのである。

 ジェラルド・ヴォルフヴィッツの死は彼の操作ミスによるものだと、当時の主催者は判断したのだろう。コース脇の壁がコンクリートの地肌むき出しのままであることは、彼らにとって危険なことではなかったのだ。
 現在、少なくともFAのレースを開催する全てのサーキットは、非常に厳格な安全設備を整えている。五度の世界チャンピオンに輝いた男の死に重い腰を上げた世界自動車連盟が、それを義務付けたからだ。しかしそれは多くの命を散らせたドライバーたちにとって、遅すぎる措置だった。
 治己や北辰だって、それをわかっていたはずだ。大昔の、シートベルトすらなかった頃に比べれば安全になったとは言え、速さを追求する技術の進歩に比べて彼らの安全を保障する技術の進歩は出遅れていた。
 それでも彼らがマシンを降りなかったのは、彼らが今の明人たちと同じ絆で結ばれていたからである。


「たしかにずっと昔は、妙な美学があった。シートベルトをするのは臆病者だなんて言われた時代があったのは事実だ。でもいまは違う。FAは進歩し続けているよ。アルだって、あれ程の事故から生還した。父さんも含めてたくさんの命を落としたドライバーたちが、教えてくれたからだ」
 明人が言うのを、北斗は黙って聞いていた。彼女の父親、北辰は天河治己の事故から一年後、交通事故で片目を失明し、脊椎の損傷から今は車椅子での生活だと明人は聞いていた。

 安全面の進歩がもっと積極的に行われていたら、治己は死なずに済んだかも知れない。それを思わないことはなかった。だが治己も明人も、レーサーなのである。自分の命を的にして人の限界に挑む、レーサーなのだ。レーサーにとって自分の安全はいまそこにあるだけで、未来から手繰り寄せようとするものではない。
 当時の父に、何ができたろう。もしかしたら死ぬかも知れないからレースを止めようと、欠片ほども思ったろうか。そういう意味では、治己は良い父ではなかったかも知れない。愛する家族よりも、自分の欲求をとったからだ。だがいまの明人には、そのときの父の気持ちが良く分った。
 自分たちにできるのはスピードの追求だけだ。そもそも生まれついて持ち得なかったものを、力ずくで得ようというのである。そんな愚かな野望に身を投げ打つ痴れ者の命など、誰が案ずるというのだろう。
 レーサーは、誰かに助けてもらわねば生きていけない存在だ。同じ絆に結ばれた者に、そしてそれを理解し共に歩んでくれる者に助けられなければ、生きていけない人種なのだ。
「白鳥元治さんを知っているかい。世界自動車連盟の……技術委員長だった」
「知っているわ。たしか――極端な安全論者だったわね」
 明人が言って、舞歌が後席から答えた。
「父の友人で、僕の友人のお父さんでもある。当時のレース関係者たちは、彼の執拗なまでの安全論にほとんど耳を貸さなかった。バリアの設置はもちろん、クラッシャブル・ストラクチャも、モノコック耐衝撃テストも。当時もFAのコストは嵩んでいたけど、彼の提案はそれに更なる上乗せを強いるものだったからね。でもね、父さんはいつも彼の話を熱心に聞いていたよ」
 明人の声が少しだけ感情的になったことに、舞歌は気付いたのだろう。ルームミラーに、彼女の瞳が映った。北斗は変わらず、腕を組んでじっと前を見つめていた。

 移動手段としてのスピードが、人類繁栄の源となったことは間違いない。いつの時代も、人々はそれが目的であろうと手段であろうと、追求して止まなかった。現在でさえ、そうである。
 それを極限まで追い求めたのがレーサーならば、彼らの夢と希望をその背にしょった父は、いったいどれほどの重みに耐えていたというのだろうか。明人には想像もつかなかった。どんな世界でも、突出した存在は必ず利用される。社会的に大きくなればなるほど、それを取り巻く黒い渦も大きくなるものだ。
 父自身、その旅がいつ終わるのかも知らなかったに違いない。ただその重みを人一倍わかっていながら一言半句の文句も言わず、歩き続けた。
 そして唐突に訪れた、旅の終り。労いの言葉も無ければ、待っている家族の顔も見ないまま、明人の父親の旅は終わった。
「父さんはドライバーとして以上に、FAを担う人間として常にFAの行く末を案じていたと思う。誰もが悲しまずに済むFAを父さんは望んだ。どんなに無謀なことをしていたって、生きている人間が死んで良いはずがあるものか。人が生きてこその夢じゃないか。――それが父さんの思いで、僕の今の思いでもあるんだ」
 明人はそこまで言い切ると、はっと息を吐いた。そこまで明人は静かながらも感情のこもった声で話していたが、ここにきて殊更それは顕著になった。
「僕は父さんが好きだ。君がどうか知らないけど……父さんが僕の全てをつくってくれた。一生感謝してもし足りないよ。もう、僕の手の届かないところにいるんだから」
 それは北辰や、まして北斗に対する当て付けなどではなかった。それでも明人の目に光るものがあったのを、彼女は気付いただろうか。或いは声で気付いたかも知れない。明人の声はもともと少しハスキーだったが、もし気付いていたのなら彼女は、彼が涙を流すときその声がはっきりと変わることを知ったろう。
 また車が停まった。
「北斗、舞歌さん。僕はね、父さんに少しでも安らかに眠って欲しいだけなんだ。たしかに、当の僕がレーサーをやっていてはそれどころじゃないかも知れない。でも、今さらこれといって関係も無い記者たちが面白半分に父さんを叩き起すのは、我慢ならないんだよ」
「北辰……君のお父さんだって同じさ。父さんは彼のことも何度か話した。口は悪いけど、心の奥底にある思いは彼も変わらないって。全ての始まりで、もっとも純粋なその絆があるから、例え罵りあったとしても同じ場所で生きていけるんだって。――それを思い出してから、僕は彼を恨むのも、疑うのも止めたんだ」
 そう言い切って明人は、口を噤んだ。
 道路が混んでいて良かった。明人は俯いてぎゅっと目を瞑り、まぶたの縁から涙を追い出した。


 自分の思いのすべてを誰かに打ち明けたのは、明人にとってこれが初めてである。明人の周りには、それを話しても大丈夫だと思える人間がいなかったからだ。少なくともあの時あの場所にいてそれを見ていた人間でなければだめだったし、できれば当時のFAをよく知っている人間がいい。そして何よりも、明人が聞いて欲しいと思う人間でなければならなかった。
 しかしその条件を満たすよりも先に、明人は北斗に話してしまった。当の明人自身も、それに少なからず驚いていたのである。
 たしかに彼女は、あの瞬間のすべてを見ていた。当時明人が十歳だったから、彼女は九歳であろう。少女の頃の断片的な記憶が、彼女の成長とともにどのようにして形づくられていったか、明人がそれを知る術はない。しかし彼女がいまこうして十二年前に交錯した運命に導かれて再びここにいるのかと思うと、明人はまた胸が詰まりそうだった。

 北斗はじっと目を瞑り、黙って考え込んでいた。舞歌も二人の邪魔をするつもりはないのか、後席で静かに座っている。北斗が口を開いたのは、それから一時間ほども経って、空港が程近くなってきた頃だった。
「おまえの言い分はわかった。明人」
 まるでドラマに出てくる刑事みたいな言いっぷりだと、明人は思った。
「だが俺には、決着をつけねばならない相手がいる。おまえ以外にな。そのために訊かねばならなかったのだ。――すまなかった」
 そのとき明人は、後席で舞歌が驚きに目を丸くしたのに気付かなかった。明人は北斗の言ったひとつの言葉に気をとられていたのである。
「決着をつけたい――」
 それを聞いたとき、明人は初めて奇妙な気持ちになった。言葉で言い表しようの無い、胸の中をかき回される気分である。顔に出るほどではなかったので少しほっとしたが、北斗はそんな明人に構っている風ではなかった。彼女は珍しく顔をしかめ、嫌なことを思い出したとでも言いたげに吐き捨てた。
「北辰だ」
 その言葉は、空港で彼女らと別れたあともずっと明人の頭にこびりついて離れなかったのである。










to be continued...


いいんですか? いいんですか、これで!?

ルリルリ〜〜!!(そっちかい)


感想代理人プロフィール

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代理人の感想

生きていたのか北辰(死んだとは誰も言ってません)。

片目はともかく車椅子・・・・・なんか裏があるよーな気もしてしまうのは勘ぐりすぎかなぁ(笑)。