機動戦艦ナデシコ
The prince of darkness episode
AKITO
「我ら火星の後継者の栄光の礎となれ」
あの時、ユリカとの新婚旅行に出発した時、俺とユリカは赤い義眼の男に誘拐された。
どうやらユリカは遺跡に融合させられるため、すぐに仮死状態にされたようだ。
それを聞いたとき俺は怒り狂ったが、今となってはそのほうが良かったのかもしれないと思う。
奴らの実験は・・・・・・地獄だ・・・・・・。
ルリちゃんが新婚旅行に着いてこなくてよかった。
ルリちゃん・・・・・・どうしてるかなぁ?
ここでは毎日人が死ぬ。
俺と同じ火星の住人たち、俺の同胞たちが・・・・・・。
毎日人体実験の繰り返し。
ただ、収容されている部屋と実験が行われる部屋とは自分の足で歩いていく。
実験される部屋に自ら歩いていく。
行かなければもっと酷い目に遭うだけ・・・・・・。
誰もが諦め足を引き摺りながら実験されに歩いていく。
誰もが絶望に身を浸していく。
気が・・・・・・狂いそうだ。
ルリちゃん・・・・・・元気にしてるかな?
私はネルガルの研究所で生まれた。
赤い目をした男に攫われ違う研究所に連れてこられた。
どっちの研究者たちも私を人形と呼ぶ。
私はニンギョウ・・・・・・。
毎日繰り返される実験。
同胞たちが死んでいくのを当たり前のように受け入れるようになっていた。
それが今の日常なのだから・・・・・・。
そういえば最後に笑ったのはいつだっただろう?
ルリちゃん、やっと笑ってくれるようになってたのにな。
ルリちゃん、今も笑っているだろうか・・・・・・?
「いいんですかヤマサキ博士?人形をあんなところに置いておいて?」
「いいのいいの。培養層を狂ったように怖がるんだし、実験が終わるまで壊れてもらっちゃ困るからねぇ」
「でもあそこは試験体が通りますよ?」
「君は心配性だねぇ。ここにいるのはモルモットばかり、他を気にしたりしないよ」
「確かにそんな余裕ないですかね」
日々行われている実験を思い浮かべ助手も納得する。
私を見る目
研究者の物を見る目
その他の人の虚ろな目
そして赤い目、私を攫った男の目
あの男は私の目を覗き込んで笑みを浮うかべる。
コワイ・・・・・・
「ルリ・・・・・・ちゃん?」
俺は自分の中の血液が沸騰するのを感じた。
ルリちゃんまで捕まってしまったのか・・・・・・と。
でも、その子はルリちゃんではなかった。
真っ白な肌と金色に輝く瞳は同じだが、その髪は薄桃色をしていた。
「君は・・・?」
その子に近づき声をかけてみる。
私の前に誰かが来る。
振り向いたその子は初めて逢ったときのルリちゃんよりも感情の無い顔をしていた。
他の人とは違う目。
何だろう?
「私ハD−1」
「え?それは名前じゃないだろ?」
「ココニ来ル前ハMC−D−04ト呼バレテタ」
この子はまったく人間扱いされてこなかったのだろう。
研究者たちに対する怒りと憎しみが更なるものとなる。
この人は不思議な顔をする。
何だろう?
「そうか・・・。じゃあ、君に名前をあげるよ」
「名前?」
「そう、君だけの名前を」
「私ダケノ名前・・・・・・」
この人は私の目を覗き込んでくる。
でも、怖くない。
「ラピス・・・・・・。ラピス・ラズリというのはどうだい?」
君だけの名前をあげると言ったのに、思い浮かんだのはその名前。
ルリちゃんと重ねて見てしまう自分がいる。
「ラピス・ラズリ?」
「そう、それが君の名前だよラピス」
「ラピス・・・、ラピス・・・、ラピス・・・。」
私は初めて貰った名前を口ずさむ。
この人は私の頭を撫でる。
この感情は何だろう?
「アナタハ?」
「俺はアキト。テンカワ・アキトだよ、ラピス」
俺はラピスに微笑んだ。
もう、笑えなくなっていたと思ったのに・・・・・・。
もう、笑い方を忘れていたと思ったのに・・・・・・。
なんとか・・・・なんとか笑うことができた。
この人は笑う。
研究者や赤い目の男とは違う笑い。
この感情は何だろう?
「アキト・・・。ラピス・・・。アキト・・・。ラピス・・・」
その日からラピスとの思い出が始まった。
赤い目をした男が私の目を覗き込んでくる。
コワイ
この男は笑う。
コワイ
「ほんとに北辰さんはその人形にご執心ですねぇ。
そんなに気に入ったんなら犯っちゃえばいいでしょう?」
「勘違いするな。我は子供になど興味はない」
「じゃあ何でラピス・ラズリにご執心なんでしょうかねぇ?」
「ラピス・ラズリ?何だそれは?」
ラピスに出会ってからしばらくした日、その時はやってきた。
「汝か?あの人形に名前を与えたのは・・・・・・」
「お前はあの時の!」
その男は俺とユリカをさらった男だった。
「我が名は北辰。テンカワ・アキトだな?覚えているぞ。我が閣下に仇なすナデシコのパイロット。
そして女一人守れぬ未熟者よ・・・」
「貴様!」
ガシィ!
怒りに任せて飛び掛るがあっさりと返り討ちにされてしまう。
ヤツの腕は俺の腹に深々と突き刺さっていた
「余計な真似をするな、未熟者よ」
ヤツの足元に崩れ落ちてしまう。
悔しい
呼吸が満足にできずに動けない。
「あの人形が覚えるのは恐怖だけでいい」
ガシィ!ガシィ!ガシィ!
「恐怖に染まった金色の瞳。そこに映る我の姿・・・・・・・・・堪らぬ」
ヤツは恍惚の表情を浮かべ舌なめずりする。
コイツは狂っている
「そういえば汝も人形を飼っていたそうだな?」
!?
「金色なりし瞳・・・・・・。その人形のは、どのように我を映すか?」
「貴様!!」
その瞬間、痛みは消えた。
俺は無理矢理立ち上がる。
「ルリちゃんに手を出してみろ!殺してやる!殺してやるぞ!!」
ガシィ!
想いを、怒りを込めて拳を振るうがあっさりかわされ逆にヤツの肘は俺の側頭部を捉えていた。
「殺・・・して・・・や・・・・・・」
俺は意識が途切れるまでヤツをにらみ続けた。
「テンカワ・アキト・・・・・・か」
この日から北辰による虐待が始まった。
奴によって無数の傷が体と心に刻み付けられていく。
「ラピス・・・・・・」
あの人・・・・アキトが私の前に来る。
日毎に体の傷が増えていくよう。
日毎に体の自由が利かなくなっていくよう。
それでもアキトは笑ってくれる。
それでもアキトは頭を撫でてくれる。
それでもアキトは私の名前を呼んでくれる。
「ラピス・・・・・・」
「アキト・・・・・・」
「余計なことをするなと言ったはずだ・・・・」
「北辰!?」
憎い
殺してやりたい
そう思う。
だけど俺の意思に反して体は恐怖で震えるだけ。
ガシィ!ドカッ!
ヤツによる虐待の時間が始まる。
それは既に日課のようなものとなっていた。
「五感の低下が著しいですね。さすがにそろそろ限界じゃないですか?」
「そうかもね。でも、このまま死なせるのは惜しいなぁ。
ラピス・ラズリに感覚を肩代わりしてもらおうか。遺跡に付着していたナノマシンを投与しよう。」
「あの人形を使うのですか?もったいないですよ、たかが試験体一人に貴重な人形を使うなんて」
「彼は特別だからねぇ」
「特別?」
「彼は人類最初のボソンジャンパー、歴史に名を残す人物だよ。それにA級ジャンパーも残り少なく貴重だ。
人形なら僕にだって作れる。ネルガルに作れるものが僕に作れないはずがないだろ?
マシンチャイルドの強化実験のデータも既に取った。僕ならもっといいのを作れるよ」
「確かに・・・・・・」
「でも、A級ジャンパーはそうはいかない。
しかも彼ほどの試験体は僕が生きている間にはもう手に入れられないかもしれないからねぇ」
「あれだけ北辰にかわいがられ、ナデシコに恨みを持つ木星人たちの虐待を受け、
様々な実験をされ、致死量をはるかに超えるナノマシンを投与されても、まだ生きている・・・・・・。
実際、化け物ですね」
「彼のおかげでずいぶん研究が進んだ。だから、最後まで役に立って欲しいと思ってね」
「北辰にしても、人形にしても、そして博士にしても・・・・・・。随分と人気がありますね・・・・・・彼は」
「彼は最高だよ。どんなになっても他のモルモットと違って虚ろな人形になりきらない・・・・・・。
彼の慟哭は僕でも震えるほどだ。
彼がいるとこんな僕でも、まだ人間なんだと感じられるんだよねぇ」
アキトの見るものが私にも見えるようになった。
アキトの聞くものが私にも聞こえるようになった。
私はアキトの目、アキトの耳・・・・・
アキトは毎日酷い目に遭っている。
アキトは毎日死にかけている
アキトは毎日赤い目に怯えている。
アキトは毎日他人の死を見ている。
アキトは・・・・・・
アキトは・・・・・・
それでもアキトは私に笑ってくれる。
それでもアキトは私の頭を撫でてくれる。
それでもアキトは私の名前を呼んでくれる。
それでもアキトは・・・・・・
それでもアキトは・・・・・・
この永遠に思える地獄の日々の中で、
すべてが灰色に見える景色の中で、
ラピスだけが鮮やかに映る。
痛いほど輝いて見える。
彼女を通して愛しき者を見ることもある。
ラピスだけが、今の俺を正気に繋ぎ止めている。
ラピスだけが、狂気と絶望に堕ちようとしている俺を救ってくれる。
でも・・・・・・もう・・・・・・・
「もう死んだかな?死体置き場に捨ててきてよ」
「あれだけ執着してたのに、随分な扱いですね」
「死んじゃったら仕方ないだろ?僕は壊れたおもちゃには興味ないよ。壊れる前は楽しませてもらったけどね。
ま、そう言うんなら君が丁重に弔ってあげたら?」
「冗談でしょ。でも、勝手に捨てて北辰が怒っても知りませんからね」
何も見えない・・・・
何も聞こえない・・・・
何も感じられない・・・・
アキト、どうしたの?
「こちら月臣、マシンチャイルドを発見した。回収して脱出する」
『ゴートだ。こちらはテンカワを確保した。しかし・・・・』
「どうなのアキト君は!?」
「・・・・・・」
「イネス!?」
「生きてはいるわ・・・・・・、でも・・・・・・」
イネスはアキトの容態の説明を始めるがいつもの切れがまったくなかった。
「現在ある感覚も月臣君が連れてきたマシンチャイルドとのリンクによってかろうじて在る程度。
それでは全然足りないわ」
「そんな!?」
「方法は・・・・ある。でも・・・・」
「でも?」
「現在のリンクを限界まで引き上げるの。それこそ思考まで繋がるほどに・・・・。
そうすれば視力と聴覚はバイザーで補って負担を軽くすれば触覚と嗅覚のある程度の回復が可能になるわ。
偽りのものだけど・・・・ね」
「味覚はどうなのよ?」
「完全に消失している・・・・。今の技術じゃ回復は不可能よ」
「そう・・・・。けど、他の感覚は取り戻せるんでしょ?」
「でも・・・・それをやったら私たちもヤツラと同じよ。
一人の女の子をアキト君のために"使用"するんだから・・・・」
「そうね・・・・。アキト君もきっと怒るわね・・・・」
「だけど私は・・・・」
「アキトハドコ?」
私はアキトを探してこの部屋に入っていく。
何となくだけどアキトの居場所がわかる。
「アキト・・・・・・」
アキトはベッドに寝かされている。
二人の人がアキトの傍にいて私を見てくる。
コワイ・・・・でも
「アキト・・・・」
私はアキトの傍に行く。
私はアキトの体に触れる。
温かい
「アキト・・・・・・」
「あなたはMC−D−04ね」
「違ウ」
「え!?」
「私ハラピス。ラピス・ラズリ。アキトガクレタ名前ガアル」
「アキト君が?そう・・・・・・」
「アキトハ起キルノ?
アキトトオ話デキルノ?
アキトニ頭ヲ撫デテモラエルノ?
アキトニ名前ヲ呼ンデモラエルノ?」
「ねぇ、ラピス・ラズリ。あなたの協力があればアキト君は起きることができるわ」
「ホントニ?ナラ協力スル」
「イネス!?」
「お兄ちゃんのためなら私はやるわ。私もまたヤツラと同じ、外道ね・・・・・・」
いまだ悪夢の中をさまようアキト。
アキトが目覚めた時、the prince of darknessの幕が上がる。