機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO












「くどいようだけど考え直す気はないのかい?」

「ああ」

「うちのSSに任せておいても必ずお姫様を救い出してみせるよ。
だから君はルリ君のところへ帰ったらどうだい?」

「もう決めたことだ」

「ラピス君を引き込んでも・・・・・・かい?」

「・・・・・・彼女は俺に協力してくれると言っている。ならば俺は彼女を利用するまでだ」

「随分と似合わないことを言うねぇ」

「俺は、ユリカすら利用した。そしてその結果がこれだ。
ケジメは付けなければならない。
それに、あくまで目的は復讐だ」

ハイハイ、というようなジェスチャーをするアカツキ。

「君にはゴート君と月臣君に師事してもらう」

「月臣?」

アキトは少し怪訝な表情を浮かべる。
ゴートはわかるが月臣は理解しがたい。
月臣という人称名詞には覚えがある。
しかしその人物は行方不明のはずだし、なによりネルガルに協力しているとは考えられないのだ。

「入ってもらって」

アカツキの言葉に隣室への扉が開くと白い長ランを着た長髪の男が入ってくる。
長い後ろ髪を束ねているので印象が少し変わって感じられるが、アキトが知る人物に間違いない。

アキトがその人物を初めて見たのは蜥蜴戦争の最中、ボソンジャンプで月に跳んだときだ。
ダイマジンを駆り、月のネルガルドックに攻撃を仕掛けてきた月臣にアキトはエステバリス・月面フレームで月の住人を守ろうと立ちはだかった。

その最中、月臣の攻撃でアキトが月で世話になっていた人物は命を落とした。

世話になっていた家族の娘が大柄な母親の遺体にすがって泣く姿。
物言わなくなった妻の傍らで立ち尽くす父親の姿。
果物の盛られた籠を持ってそれを見ていた自分。
そしてその中で抱いた感情。

木星蜥蜴の正体が人間だとわかった後、戦い続ける決意を抱いたのはそれが直接的な原因だった。
アキトにしてみれば月臣は仇なのだ。


「怒らないのか?」

自分がアキトの仇であることを知っていての台詞ではない。
ただ、戦場で殺しあったもの同士という事実から考えると怒りや憎しみを抱いている可能性は考えていたからこその言葉だ。

「別に・・・・・・」

アキトはそっけなくそう言う。
その態度にアキトの心情を察することのできない月臣。
もうひとつ探りを入れる。

「白鳥九十九を撃ったのも・・・・・・俺だ」

この事実はネルガル関係者以外のナデシコクルーは知らない。
あの狙撃は死角から行われたものであった。
そして九十九が撃たれて後はアキトとユリカ、ミナトの注意は瀕死の九十九と草壁に払われていた。
その時いたナデシコ側の人間で九十九を狙撃した人物を確認していたのはプロフェッショナルであるゴートだけであったのだ。

短い期間ではあったが心を通わせた友人であったといっていい九十九を殺した男・・・・・・目の前の男はそう言ったのだ。
だがピクッと反応はしたものの、それだけであった。

「興味ない。それより俺に教えてくれるというのは?」

(変わったものだ・・・・・・。これがあの男だというのか?)

月臣にしてみればアキトは蜥蜴戦争においてもっともよく直接戦った地球人であるし、親友であった白鳥九十九とも交流のあった男。
そして火星極冠遺跡での戦いでゲキガンガーを語り、地球人は極悪非道だと信じていた木連兵士に地球人も木星人も変わらないことを知らしめ、間接的に終戦のきっかけを作った人物である。
アキトの行動がなければ熱血クーデターも成功しなかったかもしれない。

(これも草壁閣下の行いによる結果・・・・・・か)

「木連式"柔"と"抜刀術"。
習得できるかどうかは別にしても、木連兵士の使う技を知っておくことには意義があろう」

月臣の言うことをもっともである。
相手が何をしてくるかある程度わかれば対応もしやすいからだ。
だが、アキトにはそれよりも気になることがあった。

「木連兵士・・・・・・か。あの男は?」

「あの男?」

「北辰が使っているのも木連式なのか?」

「北辰!?なぜヤツの名を!?」

アキトの顔にナノマシンの奔流が強く表れる。
バイザーに隠されてその目を見ることはできないが・・・・・・



ゾクリ



月臣の背筋に冷たいものが奔り、肌が粟立つ。
(何という殺気だ・・・・・・)

その殺気は月臣が初めて体験したものであった。
武術家や剣士の殺気は"殺しても構わない""殺すつもりで"といった覚悟を源としているが、アキトのそれは"殺したい"という情欲にも似た恨みと憎しみを根源としている。
殺気の鋭さ、洗練度は達人と呼ばれる者たちに大きく劣るがその強さと禍々しさは桁違いだ。

(面白い・・・・・・。あの北辰を凌駕したいというのか)

「北辰は木連の闇に属する男だ。詳しくは知らんが・・・・まったく無関係ではあるまい」










ドカッ!


月臣が放った一撃でアキトは吹き飛ぶ。

「どうした!?これが実戦なら100回は死んでるぞ!」

「くそぉ!」

「もっと気合を込めろ!もっと速く踏み込め!もっと鋭く!一撃必到!それが理想だ」

(くそ!一本とることもできないのか!?こんなことであの男を倒せるのか!?急がないと・・・・・・。だがどうすればいいんだ!?)

アキトはふらつきながらも立ち上がる。

(北辰・・・・・・)

月臣を睨み付け北辰のイメージを重ねる。
その瞬間痛みはアキトの意識から消え去った。

「おおおおおおお!」

アキトの渾身の一撃。


ドカッ!

だがその一撃は月臣に届くことは無かった。
月臣の掌打をカウンターで頭部に受けて再び吹き飛ばされる。

「立てテンカワ」

呼びかけるが反応が返ってこない。

「ちっ!」

アキトは意識を失っていた。だが別に珍しいことではない。
またかという感じで水の入ったバケツを持ちそれをアキトへかけようとする。

「そこまでよ」

凛とした声が響く。

「博士か」

「いきなり組み手三昧とはね」

嘆息しながら気を失っているアキトを見るイネス。

「これは俺の領分だ。情けはコイツのためにならない。放っておいてもらおう」

「別に情けをかけにきたわけじゃないわ」

「ではなんだというのだ?」

「確かに技術的に身に付けなければならないことがたくさんあるんでしょうけど、何か大事なこと忘れてない?」

「?」

「とにかく今日はここまでにしてもらうわ。アキト君は連れて行かせてもらうわよ」

イネスが合図をすると同行させてきていたスタッフがアキトを運び始める。

「あっ・・・・・・おい!?」

「何かしら?」

止めようと声をかけた月臣に向けられたイネスの口調と視線はこれ以上ないほど冷たい。
これまで女性からそのような態度をされたことのない月臣は戸惑うしかなかった。










「しばらく休んでいなさい。後で筋力測定を行うわ」

イネスの研究室で意識を取り戻したアキトにかけられた言葉はそれであった。

「チッ・・・・・・」

イネスの言葉を無視して再び組み手に戻ろうと体を起こそうとするアキト。

「倒れるまで月臣君と組み手をして満足感を得たいのなら止めはしないわ」

「どういう意味だドクター?」

「現在的に圧倒的な実力差がある月臣君との組み手じゃ一方的にやられるだけでしょ?
あっという間に各所に打撲を受けてまともには動かなくなる。
それでも無理に体を起こしてまたやられに向かっていく・・・・・・。
さぞ頑張ってるって実感を感じてるんでしょうね」

「!?」

皮肉気なイネスの物言いにアキトの表情が険しくなる。
ちゃんと話を聞かせるためにワザとこういう言い方をしたのだ。

「勘違いしないことね。その頑張りとは裏腹に貴方の体の筋肉にはちゃんとした負荷がかかっていない。
決意、覚悟、執念・・・・・・。
それは集中力の持続という面ではこれ以上ないほどの効果となって現れている。
痛みを忘れさせ、疲労の限界を超えても尚貴方を突き動かしてくれている。
それは認めるわ。

けど、それだけよ。
そんなんじゃ効率よくフィジカル面は向上しないわ」

何とか反論しようと言葉を探すが適当な答えを見つけられないアキト。
イネスは自分の対面にある椅子を指差す。
座りなさいということなのだろう。

しばらく考えていたアキトであったが結局黙って腰を下ろした。





「ちゃんとした食事を取っていないそうね」

情報源は彼女なのだろうかと隣に座るラピスを見る。
ラピスの教育もイネスが担当しているのでここにいたのだが。

「カロリーブロックだとかビタミン剤だとかは飲んだ」

「それだけで足りると思ってるわけ?どんな栄養素をどれだけ摂取したか言える?」

「・・・・・・」

「糖質はスタミナ源となってトレーニングの効率を上げるわ。
筋力量を増やすにはアミノ酸は欠かせない。
ミネラルやビタミンは体調を維持するのに重要だわ。
必要な栄養素を摂取した上で必要なトレーニングをしてはじめてフィジカルができる。
覚悟や執念ではこの物理の法則を超えることはできないのよ」


執念や覚悟は必要だ。
だがそれだけでは何もできない。

それがイネスの主張であった。


アキトの頭に浮かぶのは火星の後継者のラボで怒りと憎しみに任せて北辰に殴りかかった時。
そして先刻、月臣に北辰の姿を重ねて攻撃した時。

執念や想いだけで何とかなるなら倒せていたかもしれない。
だがどちらも望む結果は得られなかった。

それはイネスの言うことが正しいからではないだろうか?
今は効率よく力を付けることこそ重要なのではないのか?

アキトはそう行き当たる。

「わかった・・・・・・。ドクターの言うとおりにしよう」


イネスはアキトが自分の主張を受け入れたことに満足するが、同時に自分を"ドクター"と呼ぶのが癇に障る。
アキトがなぜ自分をそう呼称するようになったのかはいくつか推測できるが、それに納得がいくわけではない。

少し意地悪をしたくなっている自分に気付いていた。

「じゃあさっそく今日から"ちゃんとした食事"を運ばせるわ」

その言葉にギクリとするアキト。ラピスは心の動きに反応してアキトを見上げる。

「必要な栄養素の摂取はすると言ったが・・・・・・それは・・・・・・」

アキトは一度だけ普通の食事を食べようとしたことがあった。
だがその行為は味覚がないということをこの上ない精神的苦痛と共に再認識させるだけのものでしかなかった。

「じゃあその子はどうするのかしら?」

イネスはアキトの隣を指差す。

「ラピスには普通の食事を・・・・・・」

ラピスはアキトの服の裾を掴んでフルフルと首を振る。

「ラピス?」

「一緒・・・・・・」

「ラピス・・・・・・」

「ラピスに普通の食事をさせたかったらアキト君も同じのを食べればいいのよ」

(私・・・・・・随分と残酷なこと言ってるわね)

内心でそう思いつつもアキトの返事を待つイネス。

「・・・・・・今は・・・・・・まだ。頼む・・・・・・ドクター」

イネスは深いため息をつく。

「イネスよ」

「え?」

「ちゃんと名前を呼びなさい。そしたら考えてあげるわ」

「・・・・・・わかった。イネス・・・・・・さん」

「もう一度よ」

「イネスさん・・・・・・」

イネスは嬉しそうに微笑む。

呼んだアキトも呼ばれたイネスも、二人の距離がほんの少し縮まった気がしていた。





「月臣君との組み手には時間の制限を設けてやってもらうわ。
だからそれとは別にフィジカルトレーニングを組むし、休息の時間もちゃんと守ってもらう。
オーバーワークは無しよ。
我武者羅にやればいいなんて前時代的なことは私の前では言わさないわ」

「わかった・・・・・・けど」

体を動かさないでいるというのはともかく、何もしないというのは今のアキトには酷なことなのかもしれない。

「それでも見てなさい」

アキトが目を向けると月臣との組み手の様子が立体映像で映し出されていた。

組み手をVTRで見て現在の自分の力量を客観的に評価すると、 自分が想いを、気合を込めて繰り出した攻撃がイメージとどれだけかけ離れていたかがわかる。

体重移動がスムーズに行われていない。
力んで脇が開き大振りになっている。
踏み込みがブレている。
などなど欠点を挙げるとキリがない。

月臣のフォームを真似してゆっくり踏み込んでみる。
鏡に映る自分のフォームは月臣とそれなりに似ていた。
そしてそのイメージを持って渾身の一撃を繰り出す。


ダン!


上手くいかずもう一度やってみる。


ダン!


だがやはり上手くいかない。

「どこが違うんだ?」

「休んでなさいって言ったんだけどね・・・・・・まあいいわ」

イネスはため息をつく。

「物理的に解釈して踏み込みがブレるのは圧倒的に筋力が不足しているからね。
しっかりとシフトウエイトしたのはいいけど、それを受け止めるだけの脚力がない。
今のままやっても正しいフォームは身につかないわ」

「でも月臣はそんなこと・・・・・・」

「まあ彼だって弟子を取るのは初めてなんでしょ?」

「そうらしい・・・・・・ですけど」

「だったら師匠としては新米ってことよ。
名選手がすぐに名監督、名コーチになれるとは限らない。
無条件に彼の言うことを鵜呑みにするのはどうかと思うわ」

イネスのこの発言には客観的な分析の他に彼女の私情も多分に入っている。
一番アキトの役に立つのは自分でありたいと思っているし、なにより気に入らないのだ・・・・・・木星人が。










ガォン!ガォン!ガォン!


アキトの右手にはリボルバーの拳銃が、そして前方にはターゲットが並んでいる。

射撃の訓練。これもアキトの日課の一つ。

銃器の扱いを含めた諜報戦をゴートに教わることになっている。


ガォン!ガォン!ガォン!


15メートル先にある人形の的に3つの穴が空く。
初弾は左胸部に、後は右肩と左足の部分だ。

納得のいかない表情をバイザーの下に浮かべるアキト。
そして監督していたゴートも同様の表情であった。

連続した射撃は反動後の修正が必要なため、二弾目、三弾目は初弾より精度が落ちるのは当然。
しかし静止射撃でここまでのバラつきを出すほど現在の腕は低くもない。
初弾で空けた穴を後続の射撃で通したり、数百メートル先にあるコインほどターゲットを拳銃で撃ち抜いたりとかいう芸当は夢のまた夢であるが、 この15メートルほどの距離にあるターゲットを狙うならば、狙点からのバラつきは一定の距離に収まるようにはなっているハズなのだ。

アキトは痺れ感じる右手首を見る。

(チッ、月臣との訓練で痛めていたか・・・・・・。あとでイネスさんに治してもらわないと・・・・・・)


アキトは拳銃を左手に持ち替える。



ガオン!ガオン!


「何をしている?」

問いかけるのはゴート。


「右を痛めたから左で撃っている。実戦でもありえるシチュエーションだと思うが?」

「無いとまでは言わんが、訓練したところで簡単にはいかんぞ」

「そうなのか?スイッチヒッターのようにできれば便利だと思うが」

「野球と一緒にするな。だいたい野球のスイングは右打席だろうが左打席だろうが両腕を使って振っている。肝となるのは体重移動と腰の回転、それに慣れだ。右投げでも左打ちが多いのも利き腕に対する依存度が少ないからなしえる技だと言ってもいいだろう。 だが射撃はモロに持つ腕の器用さと直結している。僅かでも照準の角度がズレればターゲットを外してしまうからだ。左手で右と同じ字を書くような器用さが必要となる」

「アンタはできるか?」

「その精度を問わなければな。ただ撃てればいいモンじゃない。野球よりもむしろサッカーを例にしたほうがいいだろう。ボールを蹴る場合、利き足でないほうで利き足と同じ精度のボールを蹴るのは困難だが訓練しだいでできないことではない。だが、それを実戦の中で使うのは非常に難しい。野球のバッターと違ってくるボールを待てばいいものじゃないからだ。常に状況は変化し、敵も動くし邪魔してくる、自分も動きバランスの崩れた状態の中でそれをやらねばならない。だから利き足でないほうでボールを操るのは困難だ」

ゴートは一旦言葉を切り少し顔をしかめる。
彼としては喋りすぎている自分に納得がいかないようだ。

「つまり敵も自分も動きながら撃つことは静止しての射撃とは比較にならんほどの難度がある。それにはやはり利き腕の持つ器用さが重要となるのだ。大人しく右のレベルを引き上げろ。それが最善だ」





(だが・・・・・・それをモノにできれば大きな武器になるはずだ。特に多数を相手にする時には・・・・)





アキトはもう、ただ単に言われた訓練をやるだけではなくなっていた。



アキトは自らに問いかける。



(このまま修練を続けて月臣を・・・・・・、そして何よりあの男を倒せるか?火星の後継者に対して脅威足り得るか?)


アキトが出した答えはノーである。



(ならばどうすればいい?)






アキトの北辰を倒すための模索が始まった。







アキトは木連式を検証する。


「一撃必倒」



月臣はそう言った。

(確かに優れた技が多い。しかし・・・・)

絶対無敵、最強最高の武技というわけでもない。






木連100年の歴史の中で大きな内乱はない。

一国をまとめる象徴があったからだ。

それがゲキガンガー。

その影響を受けた者たちが練ってきた武技が木連式。



木連においてのゲキガンガーの浸透度は常軌を逸しているほどであった。

国民全体ではまり込み、軍においても機動兵器をゲキガンタイプで作ったり、艦長はすべてに優れエースパイロットも兼ねるのが当然と言って艦長自ら出撃していた。

効率が求められる軍においてこうだったのである。

当然、木連式においてもその影響が存在していないはずがなかった。



実戦の少なかった木連においては道場での訓練が主体となり、主に一対一でゲキガンガーのように正々堂々戦うのが基本方針であったし、一撃必殺を理想としてゲキガンガーのように大技主体の組み立てが通常であったため、騙し、賺し、繋ぐ、などといった搦め手はあまり取り入れられなかったようだ。

(木連式"柔"・・・・・・。その技は理に基づく優れた技だ。だが、その運用式たる術においてはどうだ?木連式は一対一で勝利するために運用されているのではないのか?)

一対一で勝利を得るため運用してきたのが木連式。

"抜刀術"においてもその傾向が強かった。



「木連式は暗殺術ではない」



月臣はそうとも言った。



(一対一という枠組みを排した上で相手を殺すために運用すればどうだ?多数の相手を殺傷するためにその技を運用する術"暗殺技術"として練り直せばどうなる?)







「どうだいテンカワ君は?」

アカツキが月臣に問いかける。

月臣は少し考えてから口を開いた。

「スジはいい。正直驚いたほどだ。しかしな、テンカワのヤツぜんぜん俺の言うことを聞かんぞ」

「別にいいんじゃない?師に忠実な弟子は師を越えることはできないって言うし」

「それは忠実過ぎればの話だろう」



月臣にとってアキトは弟子であるが、アキトはあまり月臣の言に従いはしなかった。
月臣はそのことにいささかの不満は感じてはいても、それはそれで仕方のないことだと思っていた。
自分が信頼など得られようはずがないと思っているからだ。



なにしろ自分は親友であるあの白鳥九十九を殺めた張本人なのだから・・・・・・と。



「まあテンカワ君の好きにさせてあげてよ。その上でダメなら彼も納得がいくだろうからね」

「ホントにそれでいいのか?それでは正しき力は得られはしない。いつまでたっても未熟なままだ。そして邪に染まっていくことになる」

「テンカワ君次第だよ。それに僕だって君の言ってることわかんないし。正しき力とか邪とかね」



(特に純粋に力を欲している彼がそんなことに耳を傾けるとも思えないしね)




月臣にはわからなかった。

アキトと木連式"柔"の組み手をした時、アキトの肘技と拳技の威力の向上には目を見張るものがあったがそれだけに過ぎず総合的な技量の成長はむしろ遅くなっていると感じた。

アキトと木連式"抜刀術"の組み手をした時、アキトの刺突とそれから派生する技の鋭さは自分に匹敵してきていることは認めざるを得なかったが、やはり総合的な実力差は歴然であると感じた。

それは当然だ。
いくら鋭かろうが、それは一部の技に過ぎないからだ。

それにさえ注意していれば月臣が負ける要素などないのだから・・・・・・。


"柔"にしても"抜刀術"にしても未熟という評価を与えざるをえない。

それなのにアキトはそれら一部の技にこだわってそれらの技を磨いているのだ。




アキトはゴートに諜報戦について教わることになっていたのだが、アキトは銃器の扱いと気配の読み方、状況把握の仕方など個人としての戦闘方法しか教わらなかった。

諜報戦において重要なのは個人の力量などではなく部隊としてのパーツであること、突入のタイミング、部隊内あるいは他の部隊との連携など、集団としての行動、 そして情報収集のノウハウであり、それらが教練の主眼に置かれるものであるのだがアキトはそれをことごとく省き個人としての戦闘力を高めることを選んだのだ。



すべてを身につける時間などありはしない。



自らの目標とするものになるために削れるものを徹底的に削り、その分を特殊な訓練へと回していた。

アキトは木連式"柔"や"抜刀術"の達人、あるいは一流の諜報員になることではなく、殺人マシーンとなることを目標に置いたのであった。





木連式"抜刀術"においては殺傷力の高く、使い勝手のいい刺突とそこから派生する技を中心に。

木連式"柔"においては多対一で戦うことを念頭に置き、バランスを崩しやすい蹴り技・動きを止めることになる寝技・締め技を排して少ないモーションと隙のできにくい拳技・肘技を。



すべての技を習得するのではなく、それら一部の実戦的な技を練りに練り自分のものとしようというのだ。

それらに関して"のみ"は師である月臣を凌駕するほどに。


ただ、木連式"柔"で戦おうが"抜刀術"で戦おうが短期間で師である月臣に勝てはしない。

相手が北辰ならなおさらだ。


だからアキトは"柔""抜刀術"そして"銃"を柔軟かつ合理的に使うスタイルの確立を目指す。

そして得物を長刀と短刀での二刀から小太刀の二刀へと持ち替える。

左右を同じように使用するという発想からだ。

それは一部の技は使えなくなるが、木連式にはないセオリーを生む土台となる。

現在アキトが木連の技を知り、それに対する対応策を練っているように木連兵士も自らの技には慣れている。

アキトが多少強くなったところでお決まりの木連式を使えば有利にはならないからだ。

総合的には木連式の技は使っても、あくまで戦い方は多数を殺傷することを目的とした独自の暗殺術といっていいだろう。

木連の人間は自尊心が高く名前などに拘るあまり"柔"と"抜刀術"を別々のものとして習得するため両方を修めていても戦い方としては柔軟性に欠けるものがあった。

木連は閉鎖された社会であって地球との戦いまで実戦も少なかったためその傾向を増したのかもしれない。

聖典であったゲキガンガーの戦い方の影響も受けていただろう。

だからそのような発想はなかった木連式にとってアキトが生み出そうとしているスタイルは天敵となりえるのだ。






だが、そのアキトの目指す暗殺術によく似た戦い方をするものがいた。



閉鎖されていた社会で実戦も数少なかった木連において、実戦における柔軟性を持つ者。

木連において暗殺を担ってきた一族である。

その一族は恥や外聞など寸毫も気にせず相手を殺傷することを至高とした流派であり、"柔""抜刀術"とは似て非なる存在となっていた。



その流派は木連式"闇"。


この名を知るものは木連においてもほとんどいなかった。

"正々堂々"や"熱血"を旨とする木連においては容認されないほどのものであったからだ。

そしてその使い手こそ木連の闇を統べる北辰である。




アキトと北辰。




アキトが得ようとしていた力が宿敵である北辰と同質のものであったのは皮肉なのであろうか?それとも必然なのであろうか?







今はただ、牙を研ぎ、爪を磨く日々が続く。











おまけ


ラピス・ラズリの一日


朝、起床するとアキトは既にいない。


眠りから覚めたとはいっても完全な覚醒までには程遠く、しばらくはボーっとしていることになる。
寝起きが弱いのはもう一人の電子の妖精も同じなのであるが、それがマシンチャイルド全員に共通するものであるかどうかは不明である。



顔を洗って朝食。


朝食はカロリーブロックやビタミン剤など。
栄養価としては十分なものであるが味気ないことは如何ともしがたい。



その後、歯磨きをする。

そして着替えをし、長い髪を整える。
アキトはラピスの髪を撫でるのが好きなのでラピスも手入れを怠らない。


それが終われば訓練の開始である。

リンクでアキトに【いってきます】と伝え、【いってらっしゃい】という返事を聞いてからイネスのいる研究ブロックへと移動する。


ラピスはマシンチャイルドとしての能力には疑いないが、その環境のせいで保有する知識の質と量が圧倒的に足りないでいる。
だからイネスはマシンチャイルド用に圧縮学習を施し、必要な知識を身に付けさせていく。
もっとも、必要な知識とは戦略や戦術、科学や整備など、一般常識とは縁遠いものばかりであったのだが・・・・・・・。
圧縮学習を終えた後は情報収集がそれに取って代わることになる。
それに加えてナビゲートやハッキンの訓練なども日課となっている。


アキトが傍に居ないので人形よろしくほとんど表情が変化することがないし、言葉を発することも少ない。
イネスの質問には首を縦に振るか横に振るかで対応している。

これでもまだマシになったほうだ。
ラピスにとって研究者とは恐怖と嫌悪の対象なのだから。

アキトがイネスを信頼していること、そして自分と同じ部分を持っていることを理解してからは何とか反応を返すようになった。

ラピスとイネスが持つ同じ部分とは、アキトを想っていること。
その一点に尽きる。





昼食時になるとアキトが現れ共に食事をする。
食事の内容は朝と変わらない。


その後休憩してアキトと共にイネスのレクチャーを受ける。
もっともこのレクチャーはアキトが肉体的休息を取りつつ必要とする知識を身に付けるためのものであって、ラピスはアキトの傍らで眠りの世界へ旅立つことが通常である。

アキトとて一日中訓練ばかりしているわけではない。
無理をしていると効率は逆に低下するので休息はやはり必要なのだ。
イネスは疲労度や回復率のデータを取りながら最も効率のよいスケジュールを組みアキトに提供している。
もっともそれすら一般的に見れば常軌を逸しているのだが・・・・・・。



3時頃になるとアキトは身体的な修練を再開するため一時のお別れ。
ラピスも自分の訓練を再開する。

イネスにおやつを提供されることもあるが、手をつけることは皆無である。






自分の訓練が終わればラピスはアキトの傍にいる。

アキトのスケジュールにあわせてトレーニングルームなり射撃場なりに足を向け、アキトの訓練を静かに見守っているのが日常となっている。
一度アキトの相手をする月臣に手に持った物を投げつけたことはあるが・・・・・・。





アキトの訓練が終わりイネスの検診と翌日のスケジュールの通達が済めば、二人だけの時間が始まる。

ラピスはアキトと共にカロリーブロックと栄養剤で必要な要素を補給する。

ラピスには普通の食事をするように勧めるのだが、アキトと同じものしか口にしようとしないため現在の状況に至っている。

ただ、何を食べようが食事をすれば次にすることは歯磨き。
そういう生活の習慣を教えるのもアキトの役目となっている。
アキトが一番傍にいるし、何よりラピスはアキトの言うことしか聞かないのだ。

アキトはラピスの後ろに立って歯ブラシを握らせ、ラピスの手を取ってシャコシャコと歯磨きをしていく。
学習能力の高いラピスは朝食後は自分でやっているように既に歯磨きという行為を覚えているのだが、アキトにそうしてもらうことを気に入っているのでアキトの前ではあえて自分ではしようとはしない。
それに気付かずにいつまでも教えているつもりで手伝っているアキトもどこか抜けていると言わざるを得ないであろう。
このあたりが変わっていない一面なのかもしれないのだが・・・・・・・。





「ラピス、今日のを出してくれ」

「うん」

前方の機器が立ち並ぶ空間にホログラムとなって現れたのはアキトと月臣の立体映像。
本日の訓練の様子である。

アキトは毎日訓練の分析を欠かさない。
訓練している時にはけして知ることのできない客観的な情報を得るためだ。
自分がその時どのようなイメージをして体をコントロールしようとし、現実にはどのような結果となって現れていたか一つ一つ検証していく。
それと共に月臣の動き・・・・・・つまり木連式についても研究し、その傾向なり弱点なりを探っているのである。


そう、対木連式のスペシャリストとなるために。




入浴後、ラピスの長い髪を乾かしつつブラッシングするのはアキト。
そうしながら今日一日のことについて質問をしたりしてコミュニケーションをとっている。

そして寝るときはしっかりパジャマに着替える。
ピンクを基調としたシンプルなデザインのパジャマだ。
アキトにボタンをかけてもらうのも忘れない。

寝る場所はもちろんアキトと同じベッド。
長く触れ合っているためということになっている。

人は短い間でも変化している。
より良くリンクをしていくためには頻繁な情報交換によってその差異を補正していかなければならない。
その方法として肌と肌で触れ合っているのである。

"瞬間的に終わらせたいのなら粘膜的接触でもいいのよ"とはイネスの言。

”それってどうするの?”とのラピスの問いに顔中のナノマシンを光らせて焦っていたアキト。
”赤ちゃんってどうやったらできるの?”と、子供に聞かれた父親の気持ちに似ていたのかもしれない。



仰向けになって寝るアキトの胸に頭を乗せるラピス。
アキトの心臓の鼓動が彼女にとっての子守唄となる。



普段は無表情のラピスではあるが、寝顔だけはどこか幸せそうであった。

 

代理人の感想

小太刀二刀流って・・・・・・一瞬目が点になりましたw

そこまではシリアスで緊迫してたのに、なんかタガがはずれちゃったというか(苦笑)。

リアリティを求めるなら二刀流より抜刀術を応用したナイフコンバットとかの方がそれっぽいと思うんですけどね。