機動戦艦ナデシコ
The prince of darkness episode
AKITO
白を基調にカラーリングされたエステバリスが虚空を漂う。
月臣の駆るエステバリス・カスタムだ。
ジャンプ可能な新型機動兵器の開発の一環であるが、これまでのエステバリスとは違いフレームの換装なしで全地形に対応することも視野に入れている。
よってデータ収集のため実験機のエステバリスは全地形に対応するようにカスタマイズされていて、そのうちの一機が現在月臣の駆っているエステバリス・カスタムであり、アキトが駆っているテンカワSPLである。
右手の甲の紋章が輝き、月臣のイメージが伝達され宇宙空間を漂っているエステバリスが加速する。
「速いな・・・・・・」
月臣のこの感想は客観的なものではない。
彼の搭乗経験のあるダイマジンをはじめとしたジンタイプに比べればという意味だ。
急減速し、再び急加速。
右へと小さく旋回し、直後上方へと軌道を変える。
「反応が速く運動性能も高い・・・・・・か。たいしたものだ」
『コスモスよりコッディーノ機へ・・・・・・。通常航行でのデータ収集が完了しました。続いて短距離ボソンジャンプの実験を行ってください』
コッディーノとは月臣が使っているネルガルでのコードネームだ。
現在後ろ髪を束ねて垂らしている月臣の容姿に対してアカツキが命名した名で、イタリア語で"おさげ"を意味していている。
このプロジェクト自体はネルガル全体のものであり、外部に対しての機密性も強いものではない。
だからさすがに月臣元一郎という本名で参加してはいないのだ。
「こちらコッディーノ、了解」
月臣は座標の確認を行い、短距離ボソンジャンプの準備に入る。
ボソンジャンプを含む実験に関しては現在的には禁止されていない。
先頃ヒサゴプランというボソンジャンプを軸とする計画が認可されたことからわかるように、ジャンプの存在は既に合法的なものだ。
実験の安全性という面に設けられたいくつかのハードルに躓きさえしなければ政府からも認可が下りることになっている。
ただし、B級ジャンパーに限ればの話であるが・・・・・・。
「跳躍」
白を基調にしたエステバリスがボソン粒子を残して掻き消え、離れた場所に現れる。
『ジャンプ確認。予定座標との誤差は許容範囲内・・・・・・実験成功です。コッディーノさん、お疲れ様でした。コスモスに帰還してください』
「了解した」
月臣は白く大きな艦を正面に入れると、それに向けて加速した。
帰還の途中でピンク色のエステバリスとすれ違う。
アキトの搭乗するエステバリスカスタム・テンカワSPLだ。
テンカワSPL
このエステバリスはネルガルが発見した人類最初のボソンジャンパーが搭乗していた機体を改修していて、今は亡き彼に敬意を表してそう呼ばれている。
これがネルガル全体としての認識だ。
だから本人が搭乗しているということを知っている者はほとんどいない。
アキトもネルガル内での公の作戦、実験では偽名を使って行動していて、B級ジャンパーということになっている。
A級ジャンパーとしてのデータなどはネルガル全体ではなく、あくまで会長派のみが扱っているのである。
アキトのコードネームについては始めはプリンチペにしようと思ったアカツキだが、王子様がテンカワSPLに乗っているとなればさすがに気付くものもいるかもしれないので、他のコードネームを付けることにした。
ベッロ
それがアキトのネルガルでのコードネームである。
いい男という意味だ。ちなみに女性なら"ベッラ"。
「どうだい?わが社のエステバリスは?」
ドック艦コスモスに帰還した月臣に声をかけたのはアカツキ。
「悪くない。必殺の武器がないのは気に入らんが」
「ゲキガンタイプのグラビティブラストに比べれば現存するどんな機動兵器だって火力では劣ることになるって」
「運動性を重視していてジンタイプとはまったく異なるコンセプトで作成されていることは理解できる・・・・・・。
このイメージなんたらシステムとかいう操作方法も面白いしな」
月臣は自分の右手をかざして刻まれた紋章を不思議そうに見る。
「イメージフィードバックシステムだよ。で、使えるかい?」
「地面を滑るやつを除けばな」
「ローラーダッシュのことかい?そんなに難しいかな?」
「ゲキガンガーにはそんなもの付いていなかった」
「ま、陸戦フレームじゃなきゃそれほど重要ってわけでもないし問題ないか。現にテンカワ君のカスタム機はオミットしてるし」
「テンカワか・・・・・・。あいつとのシミュレーションは90分後だったな?」
月臣の表情は真剣だ。
木連式を教えている師としての立場もあるだろうし、純粋に負けたくないという思いもあるのだろう。
そうアカツキは推察すると、ニィッとイタズラを思いついた悪ガキのような笑みを浮かべる。
「これから戦うのは地球側の元エースパイロットだよ。
これに対して木連の元エースさんはどう戦うのかな?」
まるで地球代表VS木星代表であると言っているような物言いである。
月臣を焚き付けてもっと面白くしてやろうとか思っているのだ。
なにしろこの対戦を観戦するためにコスモスに来たのだ。仕事をエリナに押し付けて・・・・・・。
「エースパイロット?テンカワのヤツはコックとしてナデシコに乗ったのだろう?」
ネルガルから提示されたアキトの資料を思い返してそう言う月臣。
「まあね。でも、だからといってエースパイロットじゃないという理由にはならない。
だいたい君はどういうパイロットをエースだと呼んでるんだい?」
「決まっている。他のパイロットより優れたヒーローのことだ」
「そう言うと思ったよ」
「どういう意味だ?」
"良くぞ聞いてくれました"という内心を隠してヤレヤレというジェスチャーをすると説明を始める。
(結構僕も説明好きなんだよねぇ。ま、フレサンジュ博士とは次元が違うけど・・・・・・)
「地球側じゃエースパイロットという呼び名は機体の制御能力や戦闘技術に付与されるものじゃない。
あくまで純然たる戦果に対してのみ与えられる呼称なんだ。
つまり撃墜王って意味さ。
艦長はすべてに優れ、エースパイロットも兼ねていたとかいう倒錯したゲキガンおたくの木連じゃ初陣前からエースの称号を賜っていたかもしれないけどね」
蜥蜴戦争で地球側が初めて木連の有人機であるジンタイプと接触した当初から月臣や白鳥は艦長でありエースパイロットであった。
そういう事情を知っているアカツキは地球側と木星側とではエースパイロットという言葉の意味が違っていると推測していたのだ。
エースパイロット
20世紀後半から21世紀前半にかけて最大の軍事力を誇ったある好戦的な大国の軍隊では、5機以上を撃墜したパイロットがそう呼ばれていた。
国ごとによってその撃墜数は多少のズレはあるがだいたいそんなところだろう。
ちなみに10機以上撃墜すればダブルエースと呼ばれていたらしい。
蜥蜴戦争においてジンタイプの有人機動兵器が登場するまで主力であったバッタという機動兵器が存在していた。
しかしエステバリス登場後はディストーションフィールドアタックを一発かませば複数の華を咲かせることが可能であったのでバッタを撃墜したぐらいではエースの名を冠されたりしなかった。
ではどのような撃墜がカウントされていたかというと、敵巡洋艦クラスや蜥蜴戦争中・後期から登場したゲキガンタイプの撃墜などがそうである。
この両者はかなり高出力のディストーションフィールドを備えていたので、機動兵器での撃破は容易ではなかった。
無論、戦艦クラスの撃破に伴うポイントはそれ以上だ。
「なるほど・・・・・・。地球側ではそうなっているのか」
「で、テンカワ君の戦果はっていうとね・・・・・・」
アカツキはナデシコに記録されていたアキトのデータを思い浮かべる。
敵にのっとられたエステバリスなどはノーカウントにしても、火星付近で無人とはいえ旗艦となる戦艦を撃破している。
後に同じくエースと呼ばれることになるスバル・リョーコをはじめ、同僚の一流パイロットたちは驚いたものだ。
それも当然だろう。
この後、機動兵器での戦艦クラスの撃破が確認されたのはフィールドランサー配備後のことである。
そして密集していた艦隊を巻き込んで多大なスコアを刻んでいる。
これがマグレであれ奇跡であれ、"戦果としては"撃墜王・・・・・・エースパイロットであることに疑いの余地は存在しない。
その他にもゲキガンタイプの撃破や、ボソンジャンプを使っての特異な戦法でではあるが、敵主力たる優人部隊の戦艦を月面フレームにて戦闘不能にしている。
以上の点からテンカワ・アキトは間違いなくエースの称号を冠されるパイロットなのだ。
「これが普通のパイロットの戦果だってんなら地球側は余裕で木連に勝ってるよ」
「・・・・・・違いないな」
ちなみにスバル・リョーコはジョロ(大)やゲキガンタイプの撃墜が確認されていてエースの名で呼ばれている。
「エースパイロット・・・・・・か」
月臣がアキトと機動兵器で戦ったのは二度。
どちらもダイマジンに搭乗した月臣と月面フレームに搭乗したアキトとの月面においての戦闘であった。
一度目はダイマジンのグラビティブラストを潰された月臣であったが、全体的には月臣が優勢であり連合軍の接近がなければアキトの敗北で決着がついていただろう。
だが二度目はまったくの逆。
ボソンジャンプにも適応され成す術がなかったのは月臣のほうであった。
白鳥九十九の介入がなければ復讐心を宿したアキトの月面フレームに撃破されていただろう。
これはボソンジャンプのパターンの解析ができたことと、月面フレームでの出撃が二度目となり機体の特徴や武装の確認ができたこと、つまり慣れが原因であろうと考えられるが、いずれにせよアキトの適応力の高さには目を見張るものがあったのは確かだ。
(俺も木連ではエースパイロットと呼ばれていた。
地球側とは違って戦果に付随したものではなかったが、シミュレーションにおいての飛び抜けた成績によってそう呼ばれていたんだ。
けして伊達ではなかったハズだ。
つまりテンカワは正規の訓練もなしでその俺とあれだけ戦ったということになる。
才能という点においては問題ないと見るべきなのだろうな。
そのアイツが死に物狂いで訓練をつんでいるとなれば、まだ機体の特性を生かしきれていない俺では相手にならないかもしれない。
だが・・・・・・)
「簡単には負けんぞ、テンカワ」
そうつぶやく月臣の瞳にはテストから帰還してきたアキトのエステバリスが映っていた。
この時期、統合軍の次期主力を争った二つの量産型機動兵器が存在している。
一つはネルガルが開発したエステバリス2であり現在アキトや月臣が駆っている系統の機体だ。
そしてもう一つはクリムゾンが開発したステルンクーゲル。
採用されたのはクリムゾンのステルンクーゲルであったのだが、エステバリスも悪い機体ではない。
むしろ個体の戦闘力という面ではステルンクーゲルを上回っている。
負けていたのは量産機としての評価なのだ。
エステバリスは運動性能が高い。
これがステルンクーゲルに対する優位性である。
運動性能。
加速能力、減速能力(軽視されがちだが重要)、旋回能力、そして操作への追従性。
そういったものの総合力。そう考えていいだろう。
ステルンクーゲルは大型スラスターを装備し、機動力ではエステバリスを上回るが、
運動性能は逆にエステバリスには及ばなかった。
何しろステルンクーゲルはエステバリスより大きく重い。
そのため慣性も大きくなり制御が困難になる。
スラスター推力ではエステバリスを上回り最高速は速いが、推力重量比はそれほどよいものではないのだ。
推力重量比は文字通り推力を重量で割ったもので、運動性能を測る指数の一つとされているが、この数値に関してはエステバリスのほうがいいのだ。
機動力の高さは兵力の移動という面などで大きなアドバンテージになるが、戦闘面だけをピックアップすればそれほど重要なものではない。
どんなに機動兵器のトップスピードが速くともレールガンの弾速に比べれば大して変わらない。
コンピューターの予測を上回り、弾丸をかわせるほどの速度など出せはしないのだ。
そしてステルンクーゲルのような大型の機体でスピードが速ければそれだけ慣性も大きく機体の軌道を変えるのが困難になり動きが単調にならざるを得ない。
戦闘に必要なのは運動性能なのだ。
重要なのは加速や減速を織り交ぜ、
小刻みに旋回し多彩な軌道を描き、
相手に動きを予測させず"正確な照準をさせない"こと。
射撃戦では撃たれた弾をかわすのではなく、正確な照準を付けさせないことが肝要なのだ。
そういう回避運動を常に取ること。
これが機動兵器による空間戦闘のセオリーとなる。
そしてそれをより有効に行えるのはステルンクーゲルではなくエステバリスの方である。
熟練者が操縦すればステルンクーゲルよりも高い戦闘力を発揮するのだ。
アキトと月臣がそれぞれのエステバリスに搭乗し、所定のポイントへと散っていく。
障害物の少ない宇宙空間。
この状況での戦闘は意外性が少なく、機体の性能とパイロットの技量が重要なファクターとなる。
つまり機体の性能が同じならパイロットの技量の差が勝敗を決することとなるだろう。
まずは遠距離。
障害物が少ないここではレーダーが利きやすく視界もいい。
互いを認識するのはエステバリスに持たせているラピッドライフルの有効射程のはるか手前だ。
先制したのは月臣が駆る白いエステバリス。
月臣は正確にアキトの駆るエステバリスを照準する。
ちなみにライフルの弾頭には攻撃力のない特殊弾頭が使われていて、命中時はコンピューターが距離や状況を判断して効果を決定する。
ライフルでのバースト射撃。
3発の弾丸がピンクのエステバリスを捉える。
だがその攻撃はディストーションフィールドに弾かれた。
フィールド出力は76パーセントから69パーセントになっただけだ。
そしてそれもすぐに70パーセント台で安定する。
先に述べたように現在の距離はライフルの有効射程圏外なのだ。
そしてそれを理解しているからアキトもかわさなかった。
それでも月臣が撃ったのはグラビティブラストを主武装としていたジンタイプに慣れていたせいだ。
月臣にしてみればこの距離は撃ってしかるべき距離なのだ。
「これだから火力のない機体は・・・・・・」
両者のエステバリスが接近し中距離に突入する。
この距離になると手持ちのライフルも有効になる。
さすがに単発では無理だが、5、6発が命中すればフィールドの負荷を上回り本体へダメージを与えることができる。
攻撃したのはまたも月臣。
ラピッドライフルを放つ。
しかし今度はアキトも回避行動をとっている。
射撃をかわされるが月臣もそう簡単にいくとは思っていない。
アキトからの反撃をかわしながら再びライフルで狙う。
再び照準を合わせようとするが、細かく軌道を変更し、緩急をつけて移動するピンクのエステバリスを簡単に捉えることはできない。
「ちょこまかと・・・・・・」
照準を合わせようとするあまり機体の軌道が単調になっている月臣。
悪い面が出てしまっている。
ジンタイプの防御は相転移エンジンを動力とした高出力のディストーションフィールドに頼っていたため、パイロットの回避能力はそれほど問われなかったし、機体の運動性能自体が低くパイロットの腕が反映されるものではなかった。
だからその類の錬度は低く月臣をはじめとした元木連軍人の回避能力、意識はそれほど高くないのだ。
ピンクのエステバリスから射線が走る。
月臣は慌てて回避行動に入が
チュイン!チュイン!チュイン!
避けきれない。
ディストーションフィールドで弾くが、フィールドに負荷がかかり出力は46パーセントに低下する。
即座にもう一連射食らえばダメージを受けるだろう。
「くっ!」
フィールド出力が再び安定するまで距離を取り、回避に専念する。
(どうも射撃戦では勝ち目が薄いな・・・・・・。ならば)
月臣は中距離での射撃を捨て、アキトのエステバリスとの距離を詰めにかかる。
しかしエステバリスの操縦で上回るアキトを捉えることは困難なことであった。
アキトは最後まで接近戦を避けつつライフルの射撃によってフィールドに負荷を与え続け、一度も月臣にペースを与えないまま撃破する。
派手さはないが、確実性があった。
「くそっ!」
月臣は拳を振り上げモニターを叩こうとする。
しかしその拳は振り下ろされることはなかった。
シートに背中を預けながら深いため息をつき冷静さを取り戻す。
(わかっていたことだ・・・・・・)
自分の身に染み込んだジンタイプでの戦闘スタイル。
この足枷を引き千切ることこそ最優先課題である。
それを再確認する。
(技量を云々するのはそれからだ)
成長を心に期しているのはアキトだけではない。
月臣もまた同様なのだ。
なぜ負けたのかを検討し、次へ繋げなくては意味がないことを理解していた。
「どうでしたか?テンカワさんは」
「かなり・・・・・・強くなってたよ。
エステバリスの性能を最大限まで引き出せていない今の月臣君じゃ何回やっても勝てないね。
僕でも・・・・・・どうかな?
火星で一騎打ちした時は僕が優勢だったけど、今じゃ五分五分にもっていけるかどうか」
もともとアキトには爆発力があり、自由な発想を軸にしたその行動は時として一流といわれるパイロットをも上回った。
しかし集中力の持続という面や戦闘全体を通した弾薬やエネルギー消費のコントロールという面では明らかに稚拙で総合的に不安定で未熟であった。
だから周囲を驚かすほどの戦果を挙げたと思えば、なんでもないところで役に立たなかったりした。
よって戦果としてはエースクラスでも腕は二流であるという認識を与えていたのだ。
だがそれらの欠点が見事に克服されていた。
アキトが現在持っている復讐心と執念は集中力をこの上なく高いレベルで維持させ、
習得した知識と技術は戦闘全体を通じて機体の消耗をコントロールしていた。
機体の消耗をコントロールするようになった分、爆発力はやや低下したものの、より確実な戦法を選択しそれに徹することができている。
総合的には高いレベルで安定した能力を有した一流である。
そう言って問題ないとアカツキは感じていた。
「それはよかった、と言うべきなのでしょうね」
「まあね。機動兵器でならOK出せるかな。
元々蜥蜴戦争で撃墜王の一人になってるんだから今更という気もしないではないけど。
とりあえずテンカワSPLはこちらに回ってくるように手配しといてくれ。
新型機のほうは月臣君のをベースにすればいい。
元々B級ジャンパー用がコンセプトなんだし」
「それはウォン女史の領分でしょう?」
「おっと、そうだったね。じゃあ地球に帰ったらお留守番している彼女に言うとしよう」
「是非そうなさってください。半ば仕事から逃げるようにこの実験に着いてこられた言い訳をしてから」
「そ、そうだったね。なんて言おうかな?」
「知りませんよ、私は。
それよりテンカワさんからSSとしての実戦参加への許可申請が出されていますが・・・・・・」
「あれから半年か・・・・・・。そっちはまだまだ早いような気がするけどね」
機動兵器ではそれなりの成果を確認できたが、生身で戦うアキトの姿というものにはイマイチしっくりこないでいるアカツキ。
「私はよろしいと思いますけどね」
「へぇ?
でも普通、修行といえば長い時間かけて基本を繰り返したり技を伝授したりするもんなんじゃないのかい?」
「何十年も修行して達人とやらになるまで戦場に出さないつもりなんですか?
心配なのはわかりますがそれでは・・・・・・」
「そんな極端には言ってないよ」
「ではいつならよろしいのです?こういった力においては明確な基準点などありはしませんよ」
「それは理解しているが・・・・・・。実際的にどうなんだい、テンカワ君の力量は?
月臣君に言わせればまだまだ未熟だそうだけど」
プロスの物言いに彼がGOサインを出していることを感じるアカツキ。
しかし一方では月臣はNOだと言っているのだ。そう簡単には判断できない。
「木連式の使い手としてはそうなのでしょう」
「プロス君の目から見れば違った評価がある・・・・・・と?
最近、君もテンカワ君にレクチャーしているそうじゃないか」
「はい。恥ずかしながら私も人にモノを教えるという行為をさせていただいてますよ」
「なにを教えてるんだい?」
「私の戦闘に対するスタンスとかを」
「君の?どんな?」
「兵は詭道なり」
「キドウ?」
「戦いとは敵を騙し、欺くことである。そういう意味です。
これは昔の偉い中国人さんが御自分の兵法書とやらで主張している考え方でしてね」
「ああ、そういえば聞いたことがあるね。たしか・・・・・・孫子だったかな?」
「それがすべての真実だとは思いません。
ですが真理の一端は示していると信じています。
そしてそれは私の基本理念でもありまして・・・・・・」
「つまりそういう戦い方を教えていると・・・・・・。
正々堂々とか言ってるゲキガンガーにハマってたテンカワ君がそれを受け入れたのかい?」
「はい。むしろ自らそういう戦い方を模索していたようでして」
「ふ〜ん。で、君から見て今の彼はどうなんだい?」
「もう実戦に出したほうがよろしいかと」
「月臣君とはまったく逆の評価だね」
「月臣さんは武術家なのですよ。
自らを鍛えるため、あるいは敵を超えるために修練する。そういう人種です。
敵より速い、あるいは力強い技をもって敵を倒すこと。敵を超えることを目標としています。
勧善懲悪をテーマとしたゲキガンガーを聖典とした木連では当然の方向性なんでしょうけどね。
ですがテンカワさんは敵に"勝つため"ではなくあくまで"殺すため"の手段を体得していっています。
そのためにはどんな手も用いるという覚悟の元に・・・・・・。
テンカワさんは木連式を習いつつも月臣さんとは違ったベクトルを進んでいます。
木連式の達人となることではなく、対木連式のスペシャリストになることを目指しているようですから。
木連式しか知らない月臣さんにはそれを理解しがたいようで・・・・・・。
基礎体力、フィジカル面も飛躍的に上昇していますし、実戦に耐えうるだけにはなっているかと」
「じゃあSSとしてもやっていけるようになったってことかな」
「それは違います。シークレットサービスとしては木連式の使い手としてよりも低い点数を付けざるを得ませんよ。
ただSSの一側面である実戦部隊としては何とかなるでしょうと、そう申し上げているのです」
「一側面・・・・・・か。戦闘だけが仕事じゃないんだったねぇ」
「部隊の駒としての動き、諜報のノウハウ、そしてなにより対象をガードするための技術・・・・・・。
そういったものが抜け落ちているんですよ。
まあそれらを削り取って鍛えてきたからこそ今の戦闘力にまでなっているんでしょうけど・・・・・・。
まだまだ足りませんが、後は実戦を体験しながらのほうが成長が早いと私は推測いたします」
「なるほどねぇ」
月臣の言う求道的精神論よりはよっぽど納得のいく説明であったのか相槌を打つアカツキ。
「テンカワさんのほうも一段落つきましたし、月臣さんにもガードの技術をレクチャーするようにしましょうか。
私に言わせれば月臣さんもシークレットサービスとしては落第生ですからね」
「任せるよ。それよりテンカワ君たちを呼んでくれ。今後の説明をしておいたほうがいいし」
「連合非主流国にあるクリムゾン系の研究施設を虱潰しにしていく予定だよ。
どこが何をやっているかは特定できないしね」
コスモスの会長室を訪れたアキトと月臣にアカツキが言った方針はそれだった。
「随分と乱暴なやり方だな。確実性はあるのか?」
”空回りはゴメンだ”というスタンスのアキト。
「高い・・・・・・とは言えないかもね」
「他に手はないのか?例えば連合と組むとか」
この質問は月臣。
「信用できるならね」
「できない・・・・・・と?」
「無条件で連合政府を信用できるほど僕は楽天家じゃない。連合だって一枚岩じゃないんだ。
ってゆーか、むしろバラバラだ。
先の大戦で木連の存在を隠蔽してたりしたせいで民衆の不信感をモロに受けたりして支持率低いし、非主流派も活発だし」
「ならば連合政府と組めとまでは言わないが、ある程度情報を提供すれば連合政府がテコ入れしてくれるのではないのか?」
「生憎と連合政府には期待できないね」
「何故だ?」
「月臣君は木連の教育しか受けてないから知らないのかもしれないけど、連合政府にはそこまでできる権力はないんだよ。
地球側の人間はみんな知っている」
月臣がもう一人の地球側の人間であるアキトを見ると、アカツキの意見に賛同して首肯する。
「そもそも地球連合が誕生した背景には宇宙進出と密接な関係を持つ。
特に直接的だったのが殖民星となった月・・・・・・」
「!?」
木連には縁深い場所だ。
「100年以上前。つまり連合発足以前の地球は全然まとまっていなかった。
だが月の独立運動というものは地球側に外敵の存在というものを印象付けるものとなり、自衛手段の創設への希求を呼び起こした。
しかしそれはあくまで外敵に備えるための手段として出発したために地球人類統一政府とはならなかった。
地球国家連合政府という枠組みだ。
だからピースランドのような小国も存在したままで、当然それらの国は自国の統治権を放棄したりしなかった。
そしてそれが、それぞれの国家の利害を連合へと持ち込む結果となり、統一性に欠ける連合を生んだ。
人種、言語、宗教、歴史、政治体制、経済の格差、それらから生まれる決定的な価値観の相違、その他諸々・・・・・・。
どれも埋めがたいものだ。100年前の世界では明らかに早すぎたんだ」
「今でもそうだろう?」
結局100年経った今でも統一性が低いまま、小国なども統合されず生き残っている現状を鑑みてそう言うアキト。
「そう。月というファクターによって早産させられた奇形児。
それが現在の連合だ。
特に発足当初は酷かったらしい。月の独立問題とかね」
「だから核を撃ったり、俺たち木連の存在を隠蔽したりする結果になった・・・・・・と?」
「まともに議論が行われていたら、そんな結果を出すはずがなかったと僕は思っている」
だからといって月臣としては到底納得できる話ではない。
結局のところ地球側の責任であることに変わりはしないのだ。
「ま、話が逸れたから元に戻そう」
深いため息をつき冷静さを取り戻す月臣。
木連時代なら地球側の非を糾弾するシーンだが、今の彼はそうはしなかった。
セルフコントロールする術を身に付けてきているのか、それとも木連の正義を口にできなくなったのか・・・・・・。
月臣の複雑な表情から読み取ることはできない。
「地球連合政府が当てにならないという話だったな?」
「うん。さっきも言ったように国家は統治権を保持していて、それぞれに独自の国内法が存在している。
だから地球連合のお役人さんたちは自由に立ち回れないし、国家側はそれに便宜を図ってやることもない」
「自国領内に関して連合政府の介入を好まないってことか」
「誰だって自分ちに土足で入られるのは嫌だからね。
だから連合非主流国なんかは火星の後継者にとって絶好のポイントになる。
これでも的を絞ったつもりなんだけどね」
「なるほどな。とりあえずは情報収集の一環ということか。で、俺たちはどうやって入国するわけだ?」
「ネルガルもあちこちの国に資本投下してるからね。ルートはいくらでも作れるよ。
ま、やることがやることだけに合法的にってわけにはいかないけどねぇ。
あっ、君は参加しなくていいよ、月臣君」
アカツキの言葉に視線を逸らして頷く月臣。
「しかし連合非主流国・・・・・・か。どれくらいあるんだ?」
「結構あるよ。さっきも言ったけど連合の統一性は非常に低い。
例えば草壁が決起したとして、火星の後継者が連合に対して勝算があると判断するならば・・・・・・
草壁の支持にまわる可能性だってある」
「よくもまあそんな連合が存続するものだ」
呆れるのは月臣。
草壁を頂点にした木星側の組織である火星の後継者は地球側の国々からすればどう見ても外敵のはずだ。
それが連合の非主流側に貶められているといっても、火星の後継者側を支持するというのは月臣の感覚からすれば到底考えられない話なのだ。
「主流国側が頑張ってるからさ。
けどまあ先の大戦のせいで勢力はさらに弱くなってるし、今が狙い目と思っているかもしれないね非主流国側は。
現政権を火星の後継者に打倒させた後、草壁を追っ払って後釜に座ろうとか考えてたりしてんじゃないのかな」
「そんなに都合良くいくか?」
「頭ん中じゃいってるんでしょ。どっちがどっちを利用してるんだか・・・・・・。
けどまあこれに更にクリムゾンが豊富な資金力と政治力を持って支援すれば、今の連合政府じゃ干渉できないね」
「独自にやるしかないということか」
「特にクリムゾンは非主流国だけじゃなく、主流国に対しても強いつながりがある。
現政権の政治家にも金銭的な支援をして影響力が強い。
官僚には天下り先を用意したりとまったく穴を見せないんだから困ったものだ。
どっちに転んでも生き残れるパイプを用意している」
「そっちはお前が何とかしてくれ」
「まあとりあえず連合とは結ばない方向でってことだな」
「そういうこと。納得してくれると助かるよ。フレサンジュ博士もそのほうがいいって言ってるし」
「ドクターが?」
「そ」
「あの博士はネルガルの戦略にまで口出ししているのか?」
意外そうな表情を作る月臣。
国を論ずるのは男の役目だという木連の価値観が身についているからだ。
「っていうかほとんど総てにおいてだね。ちょっとでもテンカワ君の未来が関わりそうなものには首を突っ込んでる」
「そこまで専門多かったか?戦略分野とか」
「口出してるって言っても、多くは基本的な確認と自分の見解、希望を言う程度だ。
専門的にどうこう言ってるわけじゃないよ」
「じゃあなんで?自分が説明できる立場のところにしか出向かない印象があるんだけど」
「一言で言えば監視だろう。君にとって無理な作戦は立てていないのか、君を切り捨てようとする動きはないのか、とかさ。
信用されてないのかねぇ、僕ぁ」
「少なくともネルガルは信用してないんだろ?しかし忙しそうだな彼女も」
「忙しいなんてもんじゃないよ。
君のコンディション管理、ジャンプ関連、機動兵器関連、ラピス君関連、その他もろもろやりながらだからね。
天才的っていうより超人的っていう表現のほうがしっくりくるね」
「で、なんで連合と組むなっていうんだ?ドクターは」
「彼女に言わせると連合政府なんてどうでもいいってことらしい。
火星の後継者よりはマシという程度なんだろう。
彼女の説明を要約するとだね・・・・・・」
人は社会的生き物である。だから社会は不可欠だ。
その社会とは個人の生命、自由、権利、財産を守るために生まれたものであって、それらを守ってくれている限り個人は社会の制度や法を受け入れる義務を負う。
これが社会のシステム。社会の形態が村であれ国であれそれが原則。
権力を握ったものによって個人の生命や自由より、国家や政府の体制、利益、面子などが優先させられるという、ある意味、社会というものの在り方に反する行為も歴史上頻繁に行われてきたが、あくまで原則としては、人があり国や社会があるのであって、国や社会があって人があるのではない。
「これだけを語るのに、人類発祥以前のサルの段階から社会はあっただとか、古代文明の社会形態の推測と解釈だとか、近代文明史と法制度だとか延々と説明されて・・・・・・」
「いいから続きを言え」
しかし火星人は連合に守ってはもらえなかった。
連合政府の能力、見識のいずれか、もしくは両方が足りなかったせいで・・・・・・。
自らを守ってくれない、または守る能力を有さない政府に対して、法や制度を受け入れる義務は存在しない。
「・・・・・・だって」
「過激な意見だな。革命家への第一歩は既に踏み出してるぞ」
「革命家になるつもりは更々ないだろうけど、君を守ることも救うこともできなかった連合政府なんてむしろ罪悪的だって考えていることは確かだね」
「俺のせい・・・・・・?」
「そうだと思うけど、それだけじゃないのかもしれない。
実際彼女は連合に見捨てられて一年間光も希望も無い穴倉暮らしをしている。
好意的になれっていうほうが・・・・・・無理だよねぇ」
皮肉気な笑いを浮かべるアカツキ。
君はどうなんだい?
そう言外に問いかけているようにアキトには思えた。
「お帰りなさい」
地球に帰ってイネスの研究室を訪れたアキトにかけられた言葉。
"ただいま"
そんな言葉が口から出そうになる。
それほどにイネスの"お帰りなさい"は自然に響いた。
「座っていなさい。今コーヒーを入れるわ」
そう言いながら席を立つイネス。
疲労が溜まっているのかどこか笑顔が弱々しく見えるが・・・・・・。
『座っていなさい。今おやつをあげるから』
アキトの頭に優しい印象を与える声が響く。
それは遠い昔、母からかけられた言葉だった。
白衣に身を包みながらコーヒーを用意するイネスの姿もまた、アキトに母を連想させる。
ネルガルの研究員だった母の白衣姿をよく見ていたのだ。
「どうかしたの?ぼうっとして」
微笑みながらコーヒーの入ったカップを差し出すイネス。
理知的でありながら優しさを宿し自分を見る切れ長の瞳。
それも母の記憶を強く刺激する。
(俺の母さんもこんな風に微笑っていたっけな)
実際アキトの記憶にある母は、現在のイネスと年齢的にほとんど変わらない。
「何を考えてるの?」
「不思議なものだと・・・・・・思ってさ」
かつて自分の半分ほどの年齢だった彼女が、今では自分より年上で亡き母を連想させる存在になっている。
それはとても不思議なことだ。
互いに普通の人生を送っていればこんなことを思うことはなかっただろう。
(かつては年上だった俺を、今彼女はどんな気持ちで見ているのだろう?)
そんな疑問がアキトの頭をよぎる。
だがその答えを出せるほど、自分は彼女のことを知らないのだと気づくのにそれほど時間はかからなかった。
「不思議・・・・・・ね」
それはイネスも思っていたことだ。
だがそれはアキトが考えていたのとは別。
ほとんど毎日アキトに逢っていることに。
たとえ数日間逢えなくても、必ず自分のところへ帰ってくることに。
そしてそれを当然だと思えるようになっている自分がいることに。
それもかつて他人の夫となることを選んだ最愛の男がだ。
一般的な常識から考えると褒められた状況ではない。
だがイネスは背徳感ではなく、純粋な歓喜しか覚えることはない。
それは彼女の純粋さゆえであろうか?
それとも希薄なモラル故であろうか?
あるいは彼女も既に世間一般では正常とは呼べない心を持っているのかもしれない。
イネス・フレサンジュとしてこの時間軸での人生が始まって以来、彼女は自分の人生をどこか希薄に感じていた。
かつて謎の侵略者によって大勢の同胞が殺された時も。
苦しい穴倉暮らしを共にしたものたちがナデシコによって虫けらの如く潰された時も。
敵が自分たちと同じく地球人類であったことを知った時も。
彼女はたいした感情を抱かなかった。
彼女はずっと探し物をしていた。
それは喪失していた記憶。
そしてそれを純粋に求めるあまり、他人というものに興味を持てなくなっていたのだ。
その探し物であった記憶を象徴する個体の一つであるアキトの存在の重さは、常識では量れないほどのものであった。
「宇宙空間での模擬戦はどうだったの?久しぶりの宇宙戦闘だったのでしょ?」
「普段使用しているシミュレーターのディテールもしっかりしているから、違和感はなかったかな」
「そう」
「それより、現在のフィジカルデータはどうなんです?」
「下腿三頭筋をもう少しビルドアップしたほうがいいわ。瞬発力の源になるから疎かにしては駄目よ」
イネスがアキトのフィジカルデータから検証してそう判断をする。
「具体的には?」
「走りこみやスクワットなんかを重視してやればいいわ」
筋力アップのためには鍛えたい筋肉を疲労させる必要がある。
今はそうではなくなったが月臣との組み手では筋力の疲労よりダメージによって動けなくなるほうが速かった。
だからそれとは別にウエイトトレーニングのメニューをイネスに組んでもらっていたのだ。
「全体的な筋力はもう少しといったところね。フィジカル面は順調だと言っておくわ。
これまで通りにアミノ酸を多めに摂取しなさい。健康を害さない程度の筋肉増強剤も出しておくから」
「はあ」
「拍子抜けって顔ね」
「なんか随分と早く予定のフィジカルになりそうなもんだから・・・・・・」
「アキト君は剣や銃で戦闘するのをメインに考えているのでしょう?
だったら格闘家みたいに鎧のような筋肉はむしろ敏捷性が落ちるから必要ないのよ」
「格闘家だって敏捷性は必要でしょう?」
「バランスの問題よ。
格闘家は自らの肉体によって相手にダメージを負わせるわけだから筋力量、つまりウエイトと攻撃力は密接な関係を持っているし耐久力もそれに比例している。
組み付いての攻防なんかもウエイトがあったほうが有利だから敏捷性よりウエイトを重視するわけ。
でもアキト君は武器を持って戦うことをメインとしようとしている。
その武器を自在に操るだけの筋力があれば問題にはならないわ。
より速く、より正確に攻撃することが肝要となるということよ。
もっとも月臣君に言わせればそんな単純なものじゃないって言うんでしょうけど」
「アイツは精神論をかましますからね。筋肉増強剤を使うのにも正しくないとか言っていい顔しないし」
「そんなたいそうなものじゃないのにね。スポーツ選手が使っているのよりちょっと多いくらいよ」
「スポーツ選手も使ってるんですか?」
「そうよ。国際的なルールがないローカルなスポーツでは結構よく使われてるわよ。
ベースボールなんかは多くの選手が使ってるのが現状ね。ホームラン王も使ってるわ。
ドーピング大国・アメ○カじゃ文字通りメジャーな方法よ」
「はあ・・・・・・」
「まだ先になるけど、いずれは維持するためのトレーニングに切り替えることになるわ。
ま、それは私が判断するからアキト君はとにかく頑張って。でもオーバーワークはダメよ」
アキト一人で肉体を作っているわけではない。
イネスの協力があってこそこのハイスピードの肉体改造があるのだ。
「で、相手の攻撃を防ぐための対策はコレよ」
イネスは黒い物体を取り出す。
「なんですか?」
「防具よ。鋼の筋肉で耐えるよりよっぽど合理的でしょ?
武器を含めたフル装備となれば結構な重さになるけど、それも計算してフィジカル面を調整していっているから心配しなくていいわよ」
自信満々に言うイネス。しかしアキトはその防具のほうに気をとられていた。
「防弾、防刃、耐電、耐熱とか一通りの機能はあるけど、着用者の敏捷性を妨げない重量を意識したから防御力は最高レベルじゃないわ。けれどそれに準ずる程度の防御力はあるし・・・・・・ま、とりあえず着てみて」
アキトはこれを着た自分の姿を想像してすこし顔が引きつるが、結局何も言わずにうけとる。
黒いマント。
怪しげなことはこの上ないが、このマントというものの有用性については否定できない。
武器を携帯しやすく、相手にそれを知られることがない。(推測はされるが)
マントに入れていれば自分の手元を見られることがない。
相手に急所を狙われにくい。
インナーとの2重構造となって防御力が高い。
全身黒にすれば暗闇では視認されにくい。
などなど戦闘においてはメリットが大きい。
もともとバイザーをする必要性があるのでそれなりに目立つことは避けられないのだからいっそのこと・・・・・・といったところだ。
(そういえばヤツラもよく似た格好をしていたな・・・・・・。
妙な格好だと思っていたが、こうして考えてみると理にかなう)
「カッコいいわよ」
「笑いながら言われても・・・・・・」
やや憮然としなが着心地をチェックしていく。
「けど慣れておかないと余計邪魔になりますね」
「訓練のときから着用して慣らしていけばいいわ」
「月臣のヤツまた嫌な顔しそうだな。アイツはこういう装備してないですからね。
防弾装備も無い学ラン一つなんだから、スゴイというか何というか」
「まあいいんじゃない?元々彼はそういう任務はやってないんでしょ?」
「ええ・・・・・・アイツは闇の戦いには向いてないから」
"それは貴方も同じでしょう"と思いながらもアキトと月臣の差を考えるイネス。
「そうね・・・・・・月臣君には戦う理由が無いものね。
今ネルガルに属しているということは火星の後継者に対して何とかしたいとは思っているんでしょうけど・・・・・・それだけじゃね。
ネルガルの犬だとか自分を卑下してみても、そこに覚悟があるわけじゃない。
敵である火星の後継者、草壁中将に対してどう思っているかは推測しかねるけど、現在直接戦うことになるのはその部下や元木連の兵士。
草壁の理想のために戦う彼らに対して昔の自分を見るような共感や同情を抱きこそすれ、ネルガルのために殺せるハズも無い。
投降を呼びかけるか、せいぜい戦闘不能にするくらいものかしら。
アカツキ君たちも使いどころに頭を悩ませていたところでしょうね。
まあ今はアキト君のコーチってことで役に立ってくれてるけど」
「戦う理由・・・・・・か」
「まるで悪役だな」
全身黒一色の装備を纏い、鏡に映る自分に向かって銃を構えるアキト。
「それもいいか・・・・・・」
(もう・・・・・・自分らしくあることが、戦う理由ではないのだから)
アキトが戦う日。
それはすぐ至近に迫っていた。
まず最初に。
エステバリスやステルンクーゲルの話などは、日和見さんや音威神矢さんの書かれている『なぜなにナデシコ特別編』を参考にさせていただきました。
私は資料を持っていないので大変助かりました。
この場を借りまして、御礼を申し上げます。
前半部はアキトの戦闘力、戦闘のセオリーなどですね。
このセオリーとか運動性なんかの定義についてはガンダムの影響が色濃くでているなと、自分でも思っています。
現在のアキトの戦闘力については、アカツキよりは強いがリョーコには及ばない程度ですね。
いきなり強くするのもなんですし。強くなっていくのはこれからということで。
後半部は世界の枠組みみたいなものを会話の中で語らせました。
劇場版で草壁の支持に回った非主流の国があったということ。
宇宙軍が動いたのがコロニーが4つも落ちた後のアマテラスからということ。
これらの作中事実から、連合を含めた勢力図を推測してみました。
アキトやネルガルが連合側と連携しなかった理由を付けようとしたのですが、随分とこじつけになってしまいましたね。
まあ、そのあたりは目を瞑っていただければ幸いです。
とりあえず戦い前の準備編というところでした。
次話からは戦闘がメインとなって行く予定ですので期待していただけると嬉しいです。
代理人の感想
理由はこんなもんでもいいと思います。
後は説得力が出せるか出せないかって違いだけで、今回は十分出せてると思いますよ。
実際国同士の対立は劇場版でも継続してるわけですしね。
>ローラーダッシュ
同種の装備だったらリクガンガーには付いてますぜ、ダンナw