機動戦艦ナデシコ
The prince of darkness episode AKITO
「こちらボボ。各隊用意はいいか」
ゴートは通信機で散開しているシークレットサービスの戦闘部隊に連絡を取る。
ボボとはゴートのコードネームである。ちなみに牛という意味だ。
普段、静かで大きな図体をしているゴートにはぴったりな名だとSSの面々は思っている。
『こちらチーロ、ラジャー』
『トト、ラジャー』
『プポーネ、ラジャー』
「こちらボボ。準備はいいか、ベッロ?」
ゴートはアキトに確認の連絡を入れる。
『好きにやっていいんだろ?』
「所定の範囲内ならな。無茶はするなよ」
『わかった』
今日はアキトのSSとしての初陣。
これはホシノ・ルリが宇宙軍に所属したのとほぼ同時期であった。
ゴートが指揮するミッションに組み込まれての作戦となる。
ただ、単独での戦闘しか訓練してこなかったアキトに他の部隊との連携が取れるはずもない。
無理な作戦は場合によっては部隊全体に致命的な打撃を受けることがあることを見越して、アキトはあくまで単独での陽動を主眼においた配置となっている。
アキトの役割は研究施設内に侵入して警備の目を引き付け、暴れるだけ暴れたら即時撤退するというものだ。
ボソンジャンプも使えるアキトにはうってつけの役割である。
その間に他の部隊は異なるルートから侵入し、任務を遂行する。
今後もこれが基本方針となるだろう。
ザシュ!
いち早く駆けつけてきた警備部隊の一人をアキトが躊躇いもなく切り殺す。
返り血がアキトの頬を濡らすがまったく気にする様子もないし、顔にナノマシンの奔流が表れたりもしない。
初めて生身の人間を切り殺したというのに・・・・・・だ。
ピュン!
小太刀に付着した血を払い飛ばすと、肉の塊となった物には一瞥もくれず次なる標的を探し駆け出す。
アキトは火星の後継者やそれに協力する研究者、クリムゾンの人間を殺すことに何の痛痒も抱きはしなかった。
彼らに対する恨みと憎しみ、そして数多の死を見せ付けられ自らも常に死の予感の中で過ごした日々がアキトにそうさせたのだ。
戦争でも数多の死を見、自らの死を感じることはある。
しかしアキトは、これが戦争の中での生き死にならこうはならなかっただろう。
ナデシコという特殊な環境の中でではあるが、友の死も、味方の死も見、自ら殺し合いの道具であるエステバリスに乗って戦闘しているし、曲がりなりにも銃撃戦の経験もある。
乗艦であるナデシコの相転移砲での攻撃も目の当たりにしたりもしている。
ならば何故アキトがそう思うようになったのか?
アキトが見、体験したものは戦争のそれよりはるかに凄惨なものだったからだ。
一方的な虐殺という言葉すら生温いもの。
いっそ簡単に死ねていたほうがどれだけ楽だったか、というほどのものだ。
終わることのない苦痛。
汚された尊厳。
研究者たちの狂気。
呪詛の言葉を吐きながら死んでいく同胞たち。
逃れることのできない絶望。
それがアキトの日常だった。
これで変わらない者はもともと狂っていた者だけだろう。
アキトも変わらざるを得なかったのだ。
自分の作った数々の死体の中に立って自分の行動を改めて思い返す。
(なんだ・・・・・・簡単じゃないか。こいつらを殺したって何も感じないじゃないか。
俺は・・・・・・戦える!)
アキトにとって、人の命とは平等のものではなくなっている。
”もう誰にも悲しい思いをさせたくないんだ!誰にもだ!”
そう言っていたテンカワ・アキトはもういない。
なぜならアキトには、他のすべてを犠牲にしてでも守りたい存在ができたからだ。
例えば大勢の人間が生命の危機に瀕しているとする。
かつてのアキトなら
”みんな助けたい”
そう言って行動しただろう。
しかし今のアキトは
”大切に想う人だけは是が非でも助ける”
そういう信念で行動する。
大切に想う人と大多数の他人との間に、決定的な落差が存在しているのだ。
ましてや火星の後継者やクリムゾン関連の人間の命を、大切に想う者たちと同列に考えることなどできはしない。
敵にはこの上なく非情になれる男が、そこにはいた。
「襲撃は成功・・・・・・か。で、得られた情報は?」
アカツキにそう問われるプロス。表情はあまり芳しくない。
「遺跡の情報に関してはまったく。
火星の後継者関連の情報についても豊富なものとは・・・・・・」
「ハズレだったかな。何の研究をしていたんだい、そこは?
表向きは植物遺伝子研究所だったわけだけど」
「ヒューマン・インターフェイス・プロジェクト・・・・・・いわゆるマシンチャイルド関連でした」
「いたのかい?マシンチャイルドが」
「いえ、成功体は確認できませんでした」
それを聞いてアカツキは思案する。
「火星の後継者はネルガルの裏の至宝MC―D・・・・・・いや、ラピス・ラズリを保持していた。
当然、研究して多くの情報も持っていたはずだけど・・・・・・。
クリムゾンがマシンチャイルドに失敗しているということは・・・・・・」
「火星の後継者からは情報が流れていない、ということになりますかな」
「ま、がっちり握手を交わしたままの一枚岩とははじめから思ってなかったけどね。
すべての利害が一致しているはずもない。多かれ少なかれ温度差はあるものだ。
ネルガルとしてはそのあたりに活路を見出したいところなんだけど・・・・・・」
「互いにすべてのカードを提示しないのは、クリムゾンにしても火星の後継者にしても用心深さ故の結果でしょう」
「簡単にはいかない・・・・・・か」
「でしょうな」
「で、テンカワ君はどうだったんだい?」
「報告によれば駆けつけたクリムゾン施設の警備十数名を殺害、もしくは無力化したそうです」
「それについてテンカワ君は?」
「別に何も」
「割り切れてるってことかな?」
「そのあたりは推測しかねますが。まあ一応、結果は出したものかと・・・・・・」
その言葉にアカツキは一瞬難しい顔をするが、すぐに何かを決意した表情となる。
「そうだね」
力が付かなければ諦めてもらうと言っていたアカツキだが、ここに至ってはもう認めざるを得ない。
「テンカワ君、呼んでくれるかい」
「活躍したそうだね?まあ、座りたまえ」
「・・・・・・用は?」
アキトはアカツキの言葉を無視して立ったまま要件を聞く。
その言葉はことさら低く重い。
「君が協力してくれたおかげでボソンジャンプ可能な機動兵器の開発がスタートすることになったんだ。
ベースとなるのは月臣君のエステバリス・カスタムのほうでね、それに伴って君が乗っていた実験機のエステバリスはフリーとなる。
これからは機動兵器での出撃もできるよ」
「そうか」
「実戦データは貰うからね」
「ああ」
「それと母艦となる戦艦はもうちょっと時間がかかるよ。
ワンマンオペレート用に仕上げているから」
「・・・・・・ラピスを乗せるのか?」
「一応他にもマシンチャイルドがいることはいるけど、他の子に任せるのはラピス君が許さないと思うけどね」
「他の・・・・・・マシンチャイルド?」
「父の代からの負債でね・・・・・・。一応数人存在しているよ」
「・・・・・・」
「ルリ君だとでも思ったかい?」
「!」
「そんな怖い顔しないでくれ」
おどけて言ってみせるアカツキ。
そんなアカツキの態度に、作戦で人を殺したことから神経過敏になっている自分に気付くアキト。
深いため息をつくと、ソファにその身を深々と沈める。
「宇宙軍に入ったそうだな」
しばらく黙っていたアキトが口を開く。
「うん」
「所属は?」
「彼女は今、教練中だよ」
「教練?」
「そう。軍隊はナデシコのクルーと違って優秀であることが第一条件じゃないからね。
いきなり配属されたりはしないよ。
まずは教練をする必要がある。理由はわかるよね?」
アカツキはアキトにマイクを差し出すようなしぐさをする。
クイズの回答を求めているかのようだ。
アキトはしばらく考えてから口を開く。
「軍への忠誠心・・・・・・か」
「ご名答。逆らうかもしれない人間に武器を渡しておけないからね。
優秀というだけで人材を集めるのは叛乱予備軍、獅子身中の虫を自ら招き入れるようなもんだよ」
「お前が言うと説得力があるな」
かつてその方針で集めたナデシコのクルーに噛み付かれたことがあるだけに、たしかに説得力もかなりあったりする。
「皮肉かい?」
「そう聞こえるんなら、そうなんだろう」
「ま、いいけどね。とにかくこれは重要なことだよ。
ナデシコはイレギュラー扱いだったからそうでもなかったけど、正規の軍人となればそうはいかない」
「軍人・・・・・・か」
「軍人に求められるのは上からの命令に対して自分で考え、その命令の意味を洞察したりする人間でもなければ、倫理にそぐわないものなら反抗する人道主義者でもない。
命令を効率よく遂行できる人材さ。
他国へ侵攻しろといわれれば国際的正義などなくても進軍し、武器を持たない住民にも銃口を向け、ミサイルを撃てと命令されれば躊躇なくそのスイッチを押せる人間・・・・・・。
たとえそれが誤爆の可能性があって無辜の民間人を巻き込むものであってもね」
悪い面だけをピックアップしているが、少なくとも間違いではない。
実際、そうでなくては軍隊は成り立たない。
重要なところで命令に対し反応が遅れれば、それこそ軍全体が危機に陥ることもある。
だから教練を行い、命令に対しての従属度の確認や向上を図るのは軍として当然の行為なのだ。
「ルリちゃんは?」
「極めて優秀らしい。まるで人形のように命令を遂行して上層部の評価は上々だってさ」
「・・・・・・・・・」
"人形のように"と聞き表情を複雑にするアキト。
「まあ、とにかく教練が終わって少尉となれば宇宙軍の人事の記録を塗り替えることになるよ」
「あそこはミスマル・コウイチロウが最高司令官だ。統合軍に行くよりはマシだろう」
(たとえマシンチャイルドとしての能力を利用されるのだとしても・・・・・・な)
それはアキトにとって3度目のミッション。
「そろそろ撤退すべきか・・・・・・」
アキトが作った死体が10個を超えたときであろうか。
シャリーン
「!?」
アキトが後方に禍々しい邪気を感じて振り返ると、溶け込んでいた闇から浮かび上がるように編み笠を被った男が現れる。
「ホク・・・・・・シン・・・・・・?」
全身の肌が粟立ち冷たい汗が噴出してくる。
「クリムゾン施設で闇が蠢いていると聞いてきてみれば・・・・・・」
編み笠をクイッと持ち上げ標的となる黒尽くめの男を確認する北辰。
「汝はテンカワ・アキト・・・・・・。
死体が消えたとは聞いていたが、まさか生きていたとはな」
北辰は嬉しそうな笑みを浮かべる。
ザザ
そして北辰の背後から六人衆が姿を現す。
「北辰・・・・・・」
「復讐か?わからんではないが・・・・・・しかし」
北辰は目を細めてアキトの様子を見やる。
「・・・・・・ぅう・・・・・・」
北辰の血に染まったような赤い義眼を前にしてアキトは平静でいられなくなる。
アキトの顔にはナノマシンの奔流があらわれ、歯は噛み合わずにガチガチと音を立てる。
膝は笑い出して立っている感覚すら掴めなくなってくる。
「しかし震えておるではないか」
アキトはギクリとする。
そう、アキトは震えているのだ。
この男、北辰が怖いのだ。
「クックックッ・・・・・・覚えておるのよ。汝の体が・・・・・・、汝の心が・・・・・・」
北辰はいったん言葉を切り、ぺろりと舌なめずりをする。
「恐怖をな」
アキトの頭に北辰によって刻み込まれた数々の虐待がよぎる。
「・・・・・・ぅう・・・・・・」
「だが安心しろ。すぐに恐怖が恐怖でなくなる」
北辰が愉悦に満ちた笑みを浮かべ、その表情がさらにアキトの恐怖の記憶を鮮明にする。
「・・・・・・ぅぅぅう・・・・」
北辰への恐怖に屈しそうになるアキト。
しかし
「・・・・・・こ・・・・・・ろす・・・・・・」
震える声を絞り出す。
湧き上がる恨みと怒りが、折れそうになる心を辛うじて支える。
「殺してやるぞ北辰・・・・・・」
恐怖に震えながらも禍々しい殺気を発散させるアキト。
唇が引きつるように攣りあがり、いびつな笑みを作る。
(こやつ・・・・・・)
アキトは北辰に向かって構えを取る。
「ほう、木連式か・・・・・・」
左手に小太刀を持ち相手に突き出し、右手はマントに隠れたまま腰の小太刀と拳銃の納められたホルスターの間に位置している。
木連式"抜刀術"の基本的な構えなら長刀の柄を握っているところだが・・・・・・。
「見様見真似にしては堂に入っているが・・・・・・水煙!」
「応!」
水煙と呼ばれた男が北辰の前に出る。
「どういうつもりだ北辰?」
「汝の力を試してやろうということだ」
「コイツを倒せば貴様が相手をする・・・・・・。そう受け取っていいのか?」
「倒せればな」
「望むところだ!」
アキトは水煙を正面に据える。
水煙はまだ若いが、その木連式"抜刀術"の腕で北辰に気に入られている者だ。
当然、並の力量ではない。
シャキン
水煙は右手で納刀してある長刀の柄を握り、左手には小刀を持ち前方へと突き出す。
腰を落とし、突き出した小刀でアキトを照準すると力を溜める。
(距離がある。狙ってくるのは突進からの抜刀術ということになるな・・・・・・)
アキトはそう分析すると、頭の中でプランを立てる。
「しぇあぁぁぁぁぁ!」
水煙が正面から突進する。
アキトは即座に大きく右にサイドステップする。
月臣なら正面からカウンターで迎え撃とうとするところであろうが、アキトにはそんなつもりは毛頭ない。
水煙がアキトの動きにあわせて方向修正しようとした瞬間、アキトは左手に持つ小太刀を水煙に投げつけ同時に右手をマントから出す。
その手にはリボルバーの拳銃が握られていた。
「くぅ!?」
いきなり手持ちの武器を投げるとは思わず、虚をつかれた形となる水煙。
急停止しながら飛来してくる小太刀を払い落とす。
その間にアキトは拳銃を照準していた。
「チィ!」
水煙は両腕で頭部を守る。
胴体部は恐らく防弾装備をしているのだろう。
ガォン!ガォン!
しかし、その銃弾は水煙に向けられたものではなく傍観している北辰に放たれたものだった。
「フン・・・・・・」
「ぐあ!?」
水煙との一対一を受けるような態度を見せていての不意打ち。
北辰は動揺せずにかわして見せるが、左後方にいた6人衆の一人が腕に負傷した。
ガォン!ガォン!
北辰への射撃を止めないアキト。
「ふざけた真似を!」
無視された形の水煙が激昂し、再びアキトに突進しようとするが・・・・・・。
「何!?」
アキトの左手にも拳銃が握られ水煙をポイントする。
ガォン!ガォン!
とっさに右に跳んで銃弾をかわす水煙。
それを尻目にアキトは射撃を続けながら北辰へとダッシュした。
ガォン!ガォン!
撃ち尽くした右手の拳銃を懐にしまい、左の拳銃で残る六人衆を牽制する。
北辰に迫るアキト。
左手に持つ撃ち尽くした拳銃を北辰に投げつける。
同時に右手で小太刀を抜刀。
投げつけた拳銃は鉄の塊、無視できるものではない。
それに対応して防ぐなりかわすなりしたところを狙うつもりなのだ。
アキトの渾身の力を込めた得意の突き。
狙いは頭部。
この技に限っては師である月臣すら凌駕する。
「北辰!」
「砕!」
二人は交錯する。
北辰は小太刀を持った両腕を左右に伸ばし、大の字のように立っていた。
北辰の対応は腰の両側に帯刀している小太刀による左右同時の抜刀術。
これが長刀なら、その長さのためどちらかは鞘から抜け切らないだろう。
投げつけられる拳銃を右手の小太刀で切り払い、左手の小太刀でアキトを迎撃したのだ。
「ぐぅぅぅぅううう!?」
渾身の抜刀術ならばアキトの防刃装備すら切り裂いたであろうが、両手同時の抜刀術は踏み込みも腰の捻りもないため威力としては大きくなく防刃装備を切り裂くには至らなかった。
ただ、カウンターで入ったためその衝撃は一撃でアキトの戦闘能力を奪い去るに足りていたようだ。
崩れ落ちるアキト。
しかし、わずかではあるが北辰も手傷を負っていた。
アキトの突きを見切ったつもりだったのだが、わずかに頬を掠めていたようだ。
「フッ、面白い。僅かの間にこれほどの男になるとは・・・・・・」
北辰は左頬から流れる血をぺろりと舐める。
「戦士としては一人前か。しかし・・・・・・」
北辰はひれ伏すアキトに視線を向ける。
「ちく・・・・・・しょう・・・・・・」
アキトは光に包まれる。
「我を倒そうとする修羅としてはまだまだ未熟。人の身ではこの外道は倒せぬ」
ジャンプで逃げるアキトを嘲笑った。
「どうかしましたか北辰さん?」
テンカワ・アキトもラピス・ラズリもいなくなって研究施設を訪れることが稀になっていた北辰。
その男が現れたことに驚く山崎。
「テンカワ・アキト・・・・・・覚えているな?」
「テンカワ?
ええ、もちろん。彼は最高の試験体でしたからね。
彼の半分でも役に立つ試験体がいればもっと研究も・・・・・・」
「・・・・・・」
北辰が黙って睨み付けていることに気が付く山崎。
「もしかして勝手に捨てたことを怒ってらっしゃるんですか?
でも彼はホントに死体と変わらないようなものだったんですよ」
フン、と鼻を鳴らす北辰。
「まあいい。残っているヤツの資料をよこせ」
「しかしどうしたんですか?いまさらそんな死人のことを」
「ヤツに出会うたわ」
「ほう?それはすごい。生きていたんですか?」
山崎は心底驚いてみせる。
「で、どちらの病院にいらっしゃったんですか?やっぱりネルガル系の病院ですかな?」
「戦場よ」
「は?」
一瞬その言葉の意味を理解できない山崎。
「この我に牙を剥いてきおったわ」
北辰は自分の左頬を撫でる。
「もしかしてその傷?」
北辰はニヤリと笑う。
「そんなバカな?彼の五感は壊れているはず。戦闘を行うなど・・・・・・」
「しかし、事実は事実だ」
「復讐鬼となって地獄から帰ってきたってことですかね」
「復讐鬼?そうかな・・・・・・?
ヤツは我を見て怯えておった。
ヤツはまだ人を捨ててはおらん。
まあ・・・・・・"復讐人"といったところか」
「あくまで"人"・・・・・・ということですか」
山崎は嬉しそうな表情を浮かべる。
「そうですね。やはり彼はそうでなくてはいけませんよね。
ハハハ・・・・・・ハ・・・ハ・・・ハ・・・」
「フン・・・・・・」
奇妙な笑いをする山崎を無視して北辰は資料を読み進めていく。
「この資料、間違いはないのだな?」
「はい、それはもちろん」
(ならば、完全に治っていることはあるまい。
これほどの負債を抱えた上で僅かな期間にあれ程の力を得おったのか?
面白い。まさに執念というべきか。
しかもヤツの使う技・・・・・・。木連式"抜刀術"というよりはむしろ・・・・・・)
「テンカワ君・・・・・・か。彼は良かったな。
もう一度彼で実験してみたいんだけど」
北辰を伺うように見る山崎。
アキトを連れてきてくれと言っているのだ。
「戯言を・・・・・・。貴様にくれてやるにはもったいない男よ」
「北辰に負けて帰ってきたそうだな」
「!」
「にらむな・・・・・・。で、ヤツの強さはどうだった?」
「・・・・・・」
「俺の言うとおりに修練すればよいのだ。
いくら鋭かろうが突きだけでヤツに”勝てはせん”」
「それは違う。技を一つ二つ増やしたところでアイツは”殺せない”」
(そう、アイツは初見で俺の必殺の突きをかわした・・・・・・。
木連式の技を増やしたところで、ヤツには慣れ親しんだ技に過ぎないんだ。
木連式の小技で崩すのも不可能だ)
「ならばどうするというのだ?」
「この技に今以上の鋭さを与える。
それと知っていてもかわせないほどのスピードと威力をつける」
「今の時点でもお前の突き"だけ"は俺を上回っている。
それ以上は無理なのではないか?」
「・・・・・・」
(それは確かかもしれない。それにそれでも通用するとは限らない)
(じゃあどうする?)
(突きを最大限に生かすための繋ぎが必要だ。
ヤツの隙を作るためにはどうすればいい?
それにはアイツの知らない技、あるいは読めない連携をすべきだ。
それは木連式でないほうがいいだろう)
一撃必倒、一撃必殺など有り得ない。
騙し、くらまし、繋ぎ、その上での一撃こそが最大の威力を持つのだとアキトは考える。
「だがそれよりも!」
ガン!
「なんだ!?」
突然叫び壁に拳を打ち付けるアキトに月臣は驚く。
「俺は・・・・・・アイツを見て震えた」
「震えた?」
「怒りより・・・・・・憎しみよりまず、アイツに対する恐怖が俺を支配したんだ」
両肩を小刻みに震わすアキト。
その表情はバイザーによって半分隠されているが、ナノマシンの奔流が強く現れ口元は硬く結ばれ歯を食いしばっていることが見て取れる。
「テンカワ・・・・・・」
「こんなんじゃ・・・・・・アイツを殺せはしない」
「ちくしょう・・・・・・」
アキトは確かに北辰を憎んでいる。
これ以上ないほど残酷に、惨たらしく殺してやりたいと思っている。
しかし、アキトには北辰によって体と心に刻み込まれた痛みと恐怖の記憶もまた存在していて、
できることなら二度と会いたくない・・・・・・逃げたいとも思っている。
北辰に対する憎悪と恐怖。
殺したいが会いたくない。
会いたくないが殺したい。
この相反する感情はどちらも強烈に存在しせめぎあっている。
そのアキトが火星の後継者、ひいては北辰との対決を選択したのには他にも要素があったからだ。
それはもちろんルリやユリカに対する想い。
憎悪、愛、そしてここでは語らないがもう一つ重要な要素となる感情があり、それらすべてが火星の後継者を倒す選択をし、北辰に対し恐怖を抱くアキトを突き動かしている。
だが北辰を前にした時、圧倒的な力の差を認識した時、新たなる恐怖が生まれる。
死への恐怖だ。
自らの生の終焉に対する本能的な恐怖でもあるし、
ルリやユリカを守れなくなることへの恐怖でもある。
何もなしえないまま死ぬのかと思えばその恐怖を加速していく。
この恐怖を打ち消すには北辰の力量に迫る必要があるのだが・・・・・・
その日はまだ遠いだろう。
北辰との初対決でした。
強くなったアキトですが、北辰とはまだ大きな差があるということです。
水煙に関しては、おそらく唯一になるだろうオリキャラです。
アキトも北辰も木連式”抜刀術”ではないので、正統的な”抜刀術”の使い手としてそこを埋めます。
次は機動兵器での対決になる予定です。
代理人の感想
カッコいいですね〜。
特に水煙を狙うと見せて北辰を撃つとこなんかシビれました。
もあぷりーず。
>水煙
月臣が言ってた「暗殺術ではない木連式抜刀術」ってヤツですね。
月臣との対決も期待したいところですが・・・さて。