ナデシコ・・・・・・。










その名を冠された船は、我ら木星側において様々な印象を与える戦艦だった。

単艦運用での火星到達に始まり、和平交渉や遺跡をめぐっての火星決戦まで。

実に我々木連を悩ませてくれたものだった。





月臣、秋山ら若手将校による武力蜂起・・・・・・。

後に熱血クーデターと呼ばれる叛乱が起きた時、我々草壁閣下を奉ずる者達の戦力ならそれに対抗することも可能だった。

しかし草壁閣下はおっしゃった。


「我ら木星人同士で争っても地球側を喜ばせるだけだ。
今は退いて雌伏の時を受け入れる。
この後構築すべき我らの新しき秩序のために」


草壁閣下の言は正しかった。

同士討ちによる戦力の低下を招かなかった為、地球側による一方的な接収という形は逃れることができた。

閣下はその後、クリムゾンと謀ってヒサゴプランを立ち上げ、統合軍に自らのシンパを送り込み、数年先においての権力の奪取と新たなる秩序の構築を考えておられた。

その長期に渡る政略と戦略の智謀は、私に閣下に対する畏敬の念を強めさせることになった。





この方こそ、人類の未来を導く方だ・・・・・・と。










だがある時、私は我ら火星の後継者のラボを警護する任に着いたことがあった。


そのラボでは様々な人体実験が行われていた。
資料を見るだけで吐き気を催すような実験をだ・・・・・・。

実際にそのラボを訪れて目の当たりにした時、私はその光景に思わず目を覆ったものだ。





その中で一人の男が私の目を引いた。

その男は私の記憶を刺激した。





その男はかつてナデシコと草壁閣下との和平会談にいた青年だった。

私も隣室に控えてその様子を伺っていたので、話をしたことはないが一応知っているといってよかっただろう。

その後、火星決戦でゲキガンガーを語っていた彼に私は少なからず好意を覚えたものだった。





男の名はテンカワ・アキト。

”ナデシコのテンカワ・アキト”だ。






その彼の変わり果てた姿だった。






この時だろう。

私が自分と、自分の奉ずる閣下の理念が絶対の正義だと思えなくなったときは・・・・・・。










だが、もうこれ程のことをしてしまったのだ。

多くの同胞の犠牲と、多くの無関係の人間を犠牲にして今我らはいるのだ。

もはや後戻りはできない。

我らが間違っていれば、いずれその報いを受けるだろう。

その時まで走り続けるだけだ。










テンカワ・アキト・・・・・。


彼が死んだことを報告された時、私は安堵感と共になぜか落胆を覚えたものだった。










しかし、彼は再び私の前に姿を現した。





復讐者となって・・・・・・。






彼こそが、我らの受けるべき報いなのか?





彼はネルガルシークレットサービスと共に我ら火星の後継者の拠点に攻撃を仕掛けてきたのだ。

我らは分散して潜伏しているので、拠点の一つが落ちたくらいで致命傷にはならないが、とりあえずは時間を稼がねばならない。


ここには遺跡と草壁閣下がおられる。

なんとしても押さえねば・・・・・・。










モニターに映る彼は凄まじい勢いで我らの同志を切り殺し撃ち殺す。

あの青年がこれほどの力を身につけているとは・・・・・・。

彼の体は壊れているはずではなかったのか?

この短い期間でどうやってこれほど強くなれるのだ?










モニターに映る闇の王子を見ながら、私は背筋に悪寒が走るのを感じていた。















「人の執念・・・・・・か」













機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO












「さすがに抵抗が激しい・・・・・・」


機関銃を撃ちながら苦々しげに呟くゴート。

長い通路を挟んでの銃撃戦。
通路の途中には身を隠す場所もなく、端と端とで銃を撃ち合うしかない状況だ。
膠着状態に陥りそうな雰囲気となっている。

「ここが本命である証拠でしょう。苛烈な抵抗があるのは最初から想定していたことですよ」

各隊と連絡を取りながら指揮しているプロスが言う。


「・・・・・・」

黙って二人の言葉を聞いているアキト。

(くそ!あと一息だというのに!)

内心では焦燥に駆られている。


「しかし、このままでは時間がかかりすぎるな」

ゴートは機関銃のマガジンを取り替えながら苛立たしげに言う。


このままでは目的を達することができなくなるのだ。


「なら、俺は先行する」

マントから手を出すアキト。

「テンカワさん、それは!?」

その手には青い水晶が握られていた。

「待て!テンカワ!」

ゴートが制止しようとするが、アキトは意に介さずイメージを構築していく。


「ジャンプ」


光る粒子に包まれたアキトは、次の瞬間に掻き消えると通路の反対側に現れていた。


「なんだ!?」
「跳躍だと!?」
「ぐぁ!?」

一撃して混乱させた後、再びジャンプで跳ぶ。
中枢部をイメージしたりすることはできないので視認できる最大距離をボソンジャンプで移動している。


「無鉄砲なところは全然変わってないな、アイツは」

命令に従わないアキトの行動は責められるべきものなのだが、ゴートはどこか嬉しそうだ。

「ええ、変わっていませんとも。でなければ誰がこんな戦いをしましょうかね」

戦いとはこの戦闘のことではなくアキトの戦いすべてを指して言っている。

「そうだな・・・・・・」

「さて、部隊としては動きやすくなりましたし、そろそろ攻勢に出ましょうか」




















「主要データの消去作業はどうか?」

「ハッ、あと4分ほどで完了します」


草壁の質問に返答したのは新庄有朋。
火星の後継者のナンバー2と目される男である。

「よもや、ここをも引き払うことになろうとはな・・・・・・」

「この工廠を捨てれば、軍備増強の計画にも支障が出ましょう。
予定の6割に達するかどうか・・・・・・」

「ネルガルの諜報力・・・・・・侮っていたようだ」

「閣下・・・・・・」

渋い表情をする草壁を心配そうに見つめる新庄。
その視線に気付いた草壁は表情を引き締める。
部下に不安を見せないのが組織のトップとしての義務なのだ。

「作業はどうか?」

「ハッ、終了しました。消去完了です」

部下の返事を聞くと静かに頷く草壁。
右手を大きく突き出すと命令を発する。



「よし、自爆装置のセットをして脱出する。拠点に全域に暗号で通達!」




















(ここか?)


アキトは中枢部に続く扉を手持ちの爆弾で爆破すると、転がるように侵入する。

銃を構え周囲を確認するが、そこは既にもぬけの殻であった。

「ちっ・・・・・・」

メインコンピューターを調べ始めるアキト。
重要なデータは既にないが、点滅しながら減っていく数値がアキトの注意を引いた。


「自爆装置?」

(放棄するなら爆破・・・・・・か。わからん話ではないが)


アキトは手持ちの通信機を操作する。

「ゴート」

『テンカワか!?今どこだ!?』

「中枢部にいる。
引き払った後のようだ。
この拠点は時限式で爆破されるようにセットされている。
俺では解除は不可能だ」

簡潔に事実を伝えていくアキト。
一瞬の沈黙の後、返答が帰ってくる。

『起爆時間は?』

「40分後。さすがに奮戦している味方ごと吹き飛ばす気はないらしい」

『そうか。なら余裕はあるな』

「反対側にゲートがあるらしい。追跡する」

『待てテンカワ!一人では無理だ!俺たちも合流するまで待機しろ!』

「そんな時間はない」

『テン・・・ブッ』



アキトは通信をカットすると草壁を追跡しようとするが・・・・・・

「!?」

突然スクリーンに映像が映る。


『久しぶりだねぇ』


そこに映っていたのは、スーツの上から白衣を羽織り薄ら笑いを浮かべた男であった。

「山崎・・・・・・」

『北辰さんから聞いていたけどホントに生きてたんだね。また逢えて嬉しいよ』

スクリーンの中で大げさなジェスチャーを交えながら語りかけてくる山崎。

「・・・・・・」

アキトは何も言わず冷たい目で睨んでいるだけだ。
ナノマシンの発光を嫌うアキトは既に感情のコントロールを身に付けているため、これ位で動揺したりしない。

「どこにいる山崎?」

スクリーンに映っているのは山崎だけだ。
それ以外に場所を特定できるようなものはない。

山崎はアキトの探るような視線に気付くと、大げさに嘆息してみせる。

『A級ジャンパーにはボソンジャンプがあるからね。
場所をイメージさせるようなものは映さないよ。
まったく、面倒な話だね・・・・・・。ところで』

ぐいっと身を乗り出しアップになる山崎。

『どうだい?また僕の実験に付き合ってくれないかな?
実験体はほとんど死んじゃったし、君ほど役に立つのもいなかった』

どう考えても"YES"の返ってきそうのない提案。
山崎の意図を察し得ないアキトはしばし思案する。

「今、ここに現れれば考えてやらないこともない」

試すような答え。
それによって山崎の真意を洞察しようとしているのだが・・・・・・


『やだなぁ・・・・・・』

山崎はやれやれと両手を開き、首を左右に振る。

『君にはそんな態度は似合わないよ。
君は誰よりも感情的で、情熱的であるべきだ。
誰よりも"人間的"であるべきだ』


「!?」


『人形にも優しく、他人を愛し、そして誰よりも自分と他人を憎む・・・・・・。
君ほど"人間"である人間はいない』

山崎は無くしてしまった人間性をアキトに見出していたのだ。
その人間性を貴重に思いつつも壊してやりたいと思うところに、彼の矛盾を孕んだ狂気がある訳だが・・・・・・。

『そんな風に感情をコントロールする君を見ると、失望を禁じえないな・・・・・・僕は』

「貴様に俺という人間を定義してもらおうとは思っていない。勝手に失望してろ」

吐き捨てるようにそう言うアキトの態度に"おやおや"とでも言うような表情を作る山崎。

『そんなこと言うんだ・・・・・・。
でも、これを見てもそうやっていられるかな?』

スクリーンの半分に山崎とは異なる映像が映し出される。


「ユリカ!」

映し出されたのはミスマル・ユリカ。
彼女は裸体のままカプセルに入っていた。

『もうすぐ遺跡と融合させる予定なんだけどねぇ。
その前に一目君に見せようと思ってさ。
僕って優しいよねぇ〜』

「ぅぅううう!山崎ぃぃぃい!」

アキトの顔にナノマシンの発光が強く現れる。

『ハハハハハ!そうそう、やっぱり君はそうでなくてはね』


「貴様!」

スクリーンの山崎に向かって拳銃を構えるアキト。

『もう一度言うよ。君は誰よりも感情的で、情熱的であるべきだ』

ガオン!ガオン!ガオン!ガオン!ガオン!ガオン!カチン!カチン!カチン!


怒りに任せて引き金を引き続ける。

「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」




















「ちくしょうぉぉぉぉぉおおお!!!」



















兵器工廠も兼ねているこの拠点。
今草壁がいる場所は、戦艦なども製造していて広い空間になっている。


「北辰は?」


建造途中で放棄される戦艦を見ながら3人いる部下の一人に聞く草壁。

「まもなく合流されるかと・・・・・・」

返答を聞くと静かに頷く。


北辰はむしろ草壁の護衛をしていることのほうが少ない。
北辰ほどの能力を持った者をいつあるかわからない襲撃のために縛り付けておけるほど、草壁には人材に余裕がなかったのだ。
蜥蜴戦争では子飼いの部下であった優人部隊の中核である白鳥を手にかけ、月臣、秋山らに叛旗を翻された彼には北辰こそ最大限に活用せねばならない人材であって、自分の身の安全などよりも重要な任務があるのだと思っているのだ。


「閣下はお先に脱出なさってください」

草壁は名残惜しげに戦艦を見つめた後、ゲートをくぐろうとする。





「草壁ぇぇぇぇ!!!」




その声は小さくはあったが草壁の耳を確実に刺激した。

それに呼応して振り返る草壁。
400メートルほど離れた反対側のゲートに黒いマントの男が立っているのが確認できる。
そして自分に拳銃を向けようとしているのがわかった。

「閣下!狙われております!さがってください!」

部下達が草壁を後ろへ退かせようとするが、逆に草壁はそれを押しのける。

「この距離では当たらん」

事実、高倍率スコープ付きライフルで伏射をしなければ当てることは至難の業であろうこの距離。
しかもアキトが持つのは拳銃なのだ。

拳銃はライフルよりも対人有効射程距離が短いし、命中精度も低い。
アキトの拳銃は大型で威力があり、射程距離も対人有効射程距離も通常のものより長く、届かない距離というわけではない。
しかし実用射距離は拳銃である限り通常と変わらない。
本来的にハンドガンの実用射距離とはせいぜい20〜30メートルなのだ。
まともなプロフェッショナルの人間から見れば、この距離を拳銃で撃とうとすること自体が狂気の沙汰と思えるだろう。


「しかし!」

ただ、狙われているという事実自体は心理的に圧迫を与えるものだ。
部下達が騒ぐのは当然ではある。

「当たらんのだ!」

草壁は豪胆にもその身をさらし、拳銃から火が噴かれるのを見つめた。



チュイン!

どこかで銃弾の跳ねる音がし

ガオン!ガオン!ガオン!

そして遅れて拳銃の発射音が到達する。


「閣下!?」


アキトの放った三発の銃弾のうち、一発が草壁の近くを掠めたのだ。

「うろたえるな!・・・・・・掠めただけだ」

当たるはずのない狙撃が、予想通り外れただけ。
ただそれだけのことであったのだが・・・・・・。

(テンカワ・アキト・・・・・・闇の王子か。
北辰が気にかけるのもわかる気がする・・・・・・)

現実を知らない甘っちょろい青年。
それが和平会談時のアキトへの印象だった。
アキトが闇の王子と呼ばれるようになってからも、この印象を拭うことはできないでいた草壁。

だがそれは今の銃声の余韻と共に、過去のものへとなっていった。


(テンカワ・アキト・・・・・・か)

草壁はしばしアキトをにらんだ後、振り返りゲートをくぐろうとする。










「くそっ!」


射撃を外したアキト。
毒づくとCCを握る。

本来なら声をかける前にボソンジャンプして奇襲するのが最善であっただろう。
しかしここに辿り着くまでに多くのCCを消耗し、今握っているのが最後の一個となっていた。



ジャンプで帰れなくなる。

その意識がアキトの判断を狂わせていたのだ。


「ジャンプ!」










「閣下!」

「何!?」

その声に振り返ると、光る粒子が人の形を作っていた。

「次元跳躍か!?」

ジャンプアウトしたアキトは即座に拳銃を照準する。

「草壁ぇ!」

ガオン!ガオン!ガオン!

「ぐお!?」

左右にいた2人の部下が草壁を庇い、アキトが放った銃弾をその身に受ける。

「ちぃ!」

アキトは右手の拳銃をしまい左手で小太刀を抜刀すると、負傷した二人を押しのけ草壁へと突進する。



ギャイン!


草壁は帯刀していた刀を抜くとアキトの一撃を受け止める。

草壁も木連男児として木連式を修めているので、そう簡単にやられたりはしない。


「我が理想・・・・・・貴様になど砕かせはせん!」

「人の幸せを奪っておいて何が理想だ!」


鍔迫り合いをしながら叫ぶ草壁とアキト。


「平和のためにはやむ得ぬ犠牲だ・・・・・・。
世の太平なくして個々の幸福などありえんのだ!」

「個人の幸せを大切にしないお前に平和など創れるものか!」


アキトは草壁と刀を合わせていない右手で小太刀を抜刀し胴を薙ぎにいく。

「くっ!」

草壁はそれに反応して飛び退くが、そこに崩れた体勢が残る。

「おおおおおお!」

追撃するアキト。
草壁は刀を合わせて防ごうとするが


ガッ!

無理な体勢だったのでそのまま弾き飛ばされた。

「ぐおぉ!?」

地面に転がる草壁。

「死ね!」

「閣下ぁ!」

止めを刺そうとした時、一人の男がアキトと草壁の間に割ってはいる。

「新庄!?」

草壁は必死で起き上がりながら、自分の窮地を助けた部下の名前を呼ぶ。

「お退きください閣下!ここは私が!」

「済まぬ・・・・・・。だが死ぬことは許さんぞ!」

「無論のこと」

アキトを見据えたまま返事を返す新庄。
起き上がった草壁はゲートを通過する。

「邪魔するな!」

正面から突きを放つが、その攻撃は焦りのため正直すぎた。

新庄はアキトの突きをいなすことに成功する。










(頼むぞ新庄・・・・・・)


ゲートの向こう側で黒い襲撃者を抑えている部下に心の中で語りかける草壁。
脱出路を走り始めるが・・・・・・。



『個人の幸せを大切にしないお前に平和など創れるものか!』



草壁の頭の中でアキトの言葉が響いていた。










「俺の目的は草壁春樹の命だ。そこをどけ!」


一気に突破できず、対峙する形に持ち込まれたアキト。
怒りを込めて妨害者に叫ぶ。

「テンカワ・アキトだな。俺は元木連少佐・新庄・・・・・・」

「うるさい!誰が名前を聞いている!?」

アキトは突進して渾身の突きを放つ。
単純な攻撃になってしまったため、再び刀を合わされ太刀筋を逸らされるが・・・・・・。

ドン!

アキトはその勢いのまま体当たりをしていた。

弾き飛ばされ、そのままゲートをくぐることになる新庄。

(これがあの青年の力なのか・・・・・・)


「死ね!」

そのまま追いかけて止めの突きを放とうとするアキト。
立ち上がろうとしている新庄の体勢では防ぎ切れそうもない。


ガクン

だが、次の瞬間アキトが足をとられてつんのめる。

「何!?」

足元を見ると瀕死の兵士がアキトの足を掴んでいた。

「中・・・・佐、閣下にはまだ・・・・あなたが必要・・・・だ」

息も絶え絶えにそう言う兵士。
新庄はその隙にゲートの開閉装置へと必死で飛びついた。

「貴様!?」

アキトは掴まれている足を強引に振り払い、急いでゲートをくぐろうとするが

シュイーン

一歩違いでゲートの扉は閉じられた。







「すまない・・・・・・」

閉じられたゲートの向こうで呟く新庄。

その言葉は自分を生かしてくれた同胞に向けたものでもあったし、
今、自分を殺そうとした襲撃者に向けたものでもあった。










ガン!



アキトはゲートの扉を叩く。

ゲートの開閉はここからではできない。
かといって破壊するだけの爆薬は既に使い果たしている。



手詰まり・・・・・・といったところだ。



「くそっ!」


アキトは自分の足を掴んでいた兵士を見る。
出血が酷く、後数分もすれば冥府の門をくぐることは疑いない。


「死に際にもまして見上げたものだ・・・・・・とか月臣なら言うんだろうが」

そう言いながらゆっくりとその兵士に近づいていくアキト。



グシャ!
「ぐぁあ!?」

アキトは兵士の右足のつま先を踏み潰す。

「後悔しながら死ね!」

このまま正義に生きたとか草壁の理想に殉じたとかいう自己陶酔に浸らせてやる気もなければ、 苦しまないように止めを刺してやるつもりもない。

つま先を踏み抜いたのは、痛みで意識をはっきりさせて苦しませてやるためだ。

もう片方も潰してやろうと足を上げるが・・・・・・・

「ちくしょう!俺は・・・・・・何やってんだ!?」

(ユリカを救出できず、遺跡も草壁も逃がして・・・・・・。結局何も・・・・・・)

苛立たしげに自分の髪の毛を掴むアキト。
瀕死の兵士から離れる。

別に人道主義に目覚めたわけではない。
ただ、こんなことをしている場合ではないことに気付いたからだ。





(CCは先程のジャンプで使い果たしてしまった。
なんとしてもゴートたちと合流する必要がある・・・・・・)


「ガッ!?」
突然、苦しんでいる兵士が頭部から血を吹き、そのまま絶命する。

アキトが周囲を探ると、サイレンサー突きの拳銃を構えた赤い義眼の男が立っていた。

「苦しませて殺す・・・・・・か。まるで外道よな」

「お前が言うかよ?北辰」

動揺を抑えて言葉を返すアキト。

「汝の未来(さき)、今少し見ていたかったが・・・・・・・・これ以上は大事に障る」

事実、アキトが火星の後継者に与えた損害はかなりのものだ。
特に機動兵器での襲撃は軽視することはできない。

「このあたりで消えてもらえると”我々としては”ありがたいのだがな」

そう言う北辰の後方からは、六人衆も姿を見せる。

(マズイ・・・・・・)

アキトは自分を囲むように移動している六人衆を見ながら冷たい汗を流す。

何しろ現在CCを所有していない。
ボソンジャンプが使えないのだ。

もしここで負ければ、それはアキトにとって終わりを意味してしまう。


(まだだ!俺はまだ、何も成しちゃいない!まだ終わるわけにはいかないんだ!)


アキトは意を決すると北辰に向かって突進する。
抜刀術に繋ぐように北辰からは見えているだろう。

しかしそれはフェイントだ。

「何!?」

アキトは抜刀せずにその勢いのまま北辰の足元を転がる。
位置が低すぎるため北辰の小太刀は届かない。

ガッ!

変わりに蹴りを受けてしまうが、有効打にはならなかった。


後方へ抜けると、もがくように必死で立ち上がるアキト。
その様はみっともなく見えるが、そんなことは気にしてはいられない。


なんとしても逃げ延びることが重要なのだ。



アキトはそのまま走り出す。
目標は自分が始めに入ってきたゲートだ。





(何のつもりだ?)

北辰はアキトの意図を察しかねていた。

"A級ジャンパーたるテンカワ・アキトが逃げる時は次元跳躍で"

そういう先入観があったからだ。

だが今、アキトは必死で逃走しているように見える。


(もしや・・・・・・)

「追うぞ。ヤツは跳躍できぬのかもしれん」

答えを導き出す北辰。
確信できるわけではないが、それならアキトの行動も納得がいくのだ。

「ヤツを追跡しろ。だが仕掛けるなよ。この我を呼ぶのだ。よいな?」

「「「「「応!」」」」」

六人衆のうち5人が答えを返す。

「散!」

北辰の言葉で散っていく六人衆。
アキトを追跡し始める。




(テンカワ・・・・・・)

答えを返さなかった男は、心の中で呟いた。




















ゴートたちSS本隊へと合流すべく、侵入してきたポイントへ向かって走るアキト。


「はあっ!はあっ!はあっ!・・・・・・」

息の切れてきたアキトはスピードが落ちてくる。


「!?」

後方に複数の足音を感知するアキト。
複数の資材の置かれているブロックに到達すると、息を殺して物陰に身を潜める。

”いつか殺してやる”と思いつつ、足音が通り過ぎるのを屈辱的な心境で待っていたが
(何っ!?)

一つの足音が近くで止まっていた。





「いるんだろ・・・・・・テンカワ?出て来いよ」


若い男の声が響く。
声の主は水煙だ。

(どういうつもりだ?)

止まった足音が北辰のものではなかったことに安堵しつつ、そう考えるアキト。

北辰や仲間を呼ばれて囲まれるのが最悪のシナリオだ。
そしてそれが最も可能性が高いはずなのだ。

なのにこの男はそうしようとはしない。

(なんであろうと、このままではいられない・・・・・・か)


アキトは呼吸を整えながら伏兵がいないのを確認すると、ゆっくりと水煙の前に姿を現す。

「テンカワ・・・・・・」

「北辰の腰巾着が単独行動とは珍しいな。手違いでもあったのか?」

揶揄するような台詞。
これに対する反応を見て、水煙の意図を探ろうとしている。

「思い上がるな。貴様ごときの相手を隊長がする必要はない。
俺一人で十分だ!」

「一人で戦う・・・・・・と?」


(手柄が欲しいのか・・・・・・?
それとも他に意図があるのか・・・・・・?
どちらにせよ仲間を呼ばれるよりはマシだ)


「いつぞやは舐めた真似をしてくれたからな・・・・・・。
今度は俺との対決、逃げられはせんぞ」

アキトがはじめて北辰たちと戦った時、アキトが自分との一対一を無視して北辰に仕掛けたことを言っているのだ。

"ああ、そういうことか"と納得のいくアキト。


闇の部隊である水煙の個人的で、感情的な思考。

だが自分とそう変わらない年齢の男が、感情的な行動に出るというのはわかる話だ。
しかも単純な思考を基調としている木星人なら尚更。

そう考えつつ、相手の神経を逆なでしそうな言葉を選ぶ。
逆上させれば相手しやすくなるからだ。

「記憶にない」

ギッと歯を噛み締める水煙。
”お前など眼中にない”という言い方をされ、怒りの感情が瞳に宿る。

「思い出させてやるさ。そして俺のほうが強いことを証明してやる!」










「いくぞ」


構えを取ると、怒りの感情を抑えて冷静さを取り戻している水煙。

闇の戦場のプロフェッショナルとしては未熟であるかもしれないが、武術家、剣術家としてのキャリアは長い。
私情で決闘を選択しても、戦闘そのものには影響を出さないようだ。

アキトもそれに気付くと内心で舌打ちする。


(そこまで甘くはないか・・・・・・)


水煙は小刀を持った左手をマントから突き出してアキトを照準し、右手はマントの中で長刀の柄にかかっている。
木連式"抜刀術"の基本的な構えだ。

(この構えの完成度で、その使い手の技量が測れると月臣は言っていたが・・・・・・)

正直アキトには構えだけで相手の力量を見抜くことなどできない。
だが・・・・・・


(コイツが強いことだけはわかる。それもとんでもなく・・・・・・な)










水煙は構えを取ったまま、すり足でじりじりとアキトに近づく。
長距離からの突進では、以前と同じで受けないだろうと踏んだからだ。

少しずつ距離が縮まってくる。
先にサイドステップしようものなら、そこに抜刀術が飛んできてやられるだろう。



カッと目を見開くと動き出す水煙。
最大限に引き絞った弓から放たれる矢のような勢いでアキトに迫る。

「しぇあああ!」

勢いに乗った小刀での突きと抜刀術の同時攻撃。

(鋭い・・・・・・が!)

木連式"抜刀術"の基本的な技であり太刀筋は読める。
カウンターを狙えないまでも簡単には食らわない。

アキトは左右に持った小太刀で、その両方を防ぎにいく。


ギャイン!


互いの刀を押さえあう形になる。

「ちぃ!?」

即座に前蹴りを放とうとする水煙。
しかしそれはアキトの予測どおりだ。

アキトは蹴りが伸びきる前に踏み込み、威力が乗る前に体で受け止める。

ガッ!

そのまま頭突き。

「ぐぅ!?」

片足を上げていたためバランスを大きく崩してよろめく水煙。
アキトは追撃に左の小太刀で突きを放つ。

水煙は大きく後方にジャンプしてかわす。

(いける!)

アキトは右の小太刀をしまい拳銃を抜く。

しかし水煙は着地した瞬間


ダン!


鋭い踏み込みの音と共に弾けるように突進する。

再びアキトに迫る水煙。

(速い!)

「しぇああああ!」

水煙は突進の勢いを保ったまま右手の長刀を左下から右上に切り上げる。
アキトは右手の拳銃でそれを受け止めようとするが・・・・・・。

(ヤバイ!?)

背筋に冷たいものを感じたアキトはとっさに拳銃を手放し後方に逃げる。


ピキン!


切り裂かれる拳銃。

その残骸は二つに分かれて床に落ちた。





「斬鉄かよ・・・・・・」

アキトは拳銃の残骸をチラリと見る。

(月臣でも鉄の塊を切り裂いたりはできないだろう。なんて技のキレだ)


「よくかわしたものだ」

(よけやがった・・・・・・。
受け止めようとしていたくせに・・・・・・あのタイミングでかわすなんて)


内心を押さえて言葉を発する両者。
次の手を考えつつ互いの様子を伺う。



(テンカワの反応は速い。
あからさまな攻撃では当たらないかもしれない・・・・・・。
小技で崩すか?)

水煙は右手に持つ長刀を下段に構える。
アキトと違い木連式"抜刀術"を極めている水煙には多彩な構えを使うことができるのだ。



(技はヤツのほうが鋭い。このまま剣に付き合うのは分が悪い・・・・・・か。
どうする?
木連式では読めない連携で攻めるか?)

アキトはマントの中に右腕をしまい小太刀の柄にその手を添える。



構えたまま互いに殺気をぶつけ合う。


(なんという禍々しい殺気だ・・・・・・。
隊長が気にかけるのも頷ける。
だが、俺のほうが強いことを証明して見せる)


(強い・・・・・・が、北辰ほどじゃない。
ここでコイツを倒せないならヤツを倒すことなど不可能だ)


両者の殺気が強まる。


(貴様なんぞに)
(お前ごときに)





「「負けられるか!」」





同時に叫び互いに突進する。










「フッ・・・・・・。技は水煙が上回っておる。
だが、それを使う術(すべ)はテンカワ・アキトがしたたかだ。
技と術・・・・・・。
それをあわせた戦闘技術としてはどちらが上かな?」

気配を殺して二人の戦いを見守る存在がいた。

(それにしてもなんとも心躍る戦いよ、勝敗の読めぬ近接した実力者同士の戦いはな。
木連兵同士の戦いは正直な"技の競い合い"になってつまらなかったが・・・・・・。
テンカワ・アキトは技量では負けていても勝ちをもぎ取ろうとしている)

「我もこんな戦いをしてみたいものだ」










断続的に刃が激突する音が響く。

小技で攻める水煙。

しかし木連式は元々一撃必殺を掲げている流派だ。
鉄の塊をも切り裂く鋭い一撃を繰り出せるものの、小技ではその数も、変化や繋ぎの多様さもそれほど優れたものではない。

ましてや木連式を打倒することを出発点としているアキトが相手だ。
あまりに正統派過ぎる水煙の小技ではアキトを倒せなかった。



(くそっ!小技でも崩しきれないとは・・・・・・)

内心で毒づく水煙。
選択を誤っていたことに気付くと一度距離を置こうと後退するが

(アイツの渾身の一撃は鋭い。先手を取らせるな!)

アキトは追いすがるように距離を詰めて行き、水煙に立て直す隙を与えない。

(主導権を握れない。どうする!?)

慣れない展開を強いられる水煙。
迷いが挙動に顕れてしまう。



(このまま押し切る!)

アキトは右手に持つ小太刀を納刀し突進する。
そして素手になった右手でタメを作る。

「ハッ!」

遠目から掌打を放つアキト。

(掌打?木連式"柔"か!)

しかし、素手での攻撃には距離がありすぎる。
明らかに誤った組み立てであるように水煙には思えた。

そして押されていた水煙はこれを好機とみなし、付け入ろうと考える。

「ちぇい!」

水煙はその手を払おうと小刀を振る。



アキトは右手を引っ込めてその小刀をかわす。
はじめから手を戻すことを念頭において放っていたからこそ可能だった。
そのくらいは水煙の想定内であったのだが・・・・・・

シャキン!

手甲から30cmほどの刃が飛び出る。

「なに!?」

素手での攻撃と刃物での攻撃では間合いも殺傷力も異なる。
そのため構築していた展開に齟齬が生じる水煙。

アキトは水煙の一瞬の驚愕をついて手甲の刃で突きを出すように見せる。

「くぅ!?」

水煙はそれを防御しようとするが、アキトにとっては右はフェイントに過ぎなかった。

放つのは左の小太刀での突き。

右に注意を引き付けておいての左だ。
驚愕が水煙に過度の注意を促していたため、この上なく有効な攻撃となった。

「ぐおっ!?」

水煙は何とかかわすが、右頬に深い傷が付けられる。

「おおおお!」

アキトはまだ止まらない。
これも本命ではないのだ。

アキトは突き放った左の小太刀を手放すと、そこから"もう一歩踏み込みながら"右手甲の刃を振るう。

ガキィ!

そして水煙に左の小刀で”防がせた”


踏み込んだその位置は既に手を伸ばせば届く距離であり、水煙には右手の長刀を振れる間合いではなかった。

この状況で水煙は有効な攻撃ができないこととなる。


アキトはすかさずコンパクトな左ヒジを繰り出す。

(肘技?このままでは・・・・・・)

水煙としては仕方なく右の長刀を捨て、右手でそれに対応して防御しようとするが・・・・・・。

アキトにとってはこれもフェイントだった。

途中で軌道を変えて腕を伸ばすと、防御の裏にその手を滑り込ませる。
後手後手に回り、防御を意識しすぎ硬くなっている水煙の心の隙を突いたものだった。

打撃としてはたいした威力も持たないだろうが

グリッ!

「ぐぁぁっ!?」

水煙はアキトを突き飛ばすと後方に逃げる。

「貴様ぁ!」

右目から血を流している水煙。
間違いなく眼球が潰れている。



アキトは木連式"柔"の肘技と見せて防御させた後、技を変化させて水煙の右目に指を突っ込み抉ったのだ。

フェイントに次ぐフェイントはこの攻撃を成功させるためだった。

一撃必殺ではなく、その後の戦闘を有利に進めるための攻撃。
正直でまっすぐな木連式とは対極に位置する組み立てであり、正統的な木連式に染まっている水煙には対応し切れなかった。










「おおおおおお!!殺してやる!!」


怒りに任せて叫ぶ水煙。
その殺気は凄まじく見るものに恐怖を与えるだろう。

しかし、アキトは一ミリたりとも気圧されたりしない。

「目ン玉ひとつ潰れたくらいで騒ぐな・・・・・・」

アキトはそれ以上のものを火星の後継者に奪われているのだ。

「それに・・・・・・殺すのは俺のほうだ!」

アキトは水煙の右手側に回り込む。
潰した右目の死角を突くのだ。





アキトの攻撃に対応しきれない水煙。

「くっそぉぉおおお!」

戦う意志はあれども、それだけで状況を打開出来たりはしない。
右目を失い視界の半分近くが奪われているのだ。
北辰のように普段から訓練し、それが当たり前となっているならまだしも、たった今初めて体験している視界の狭さはどうにかなるものではない。


「死ね!」

止めを刺しに行こうとするアキト。

チュイン!

しかし足元に銃弾が撃ち込まれる。

「何!?」

アキトは弾けるように距離をとる。




「くっくっくっ、水煙を退けるとはな・・・・・・」

サイレンサーの付いた拳銃を構えて近づいてくる北辰。
愉しそうな表情を浮かべている。

「隊長!俺は負けてなどいない!」

興奮している水煙が叫ぶ。

「負け惜しみだな・・・・・・」

「くっ・・・・・・」

北辰は水煙に冷たく言い捨てると、アキトの前に立つ。

「あの時、約したな?水煙を倒せばこの我が相手をする・・・・・・と」

「・・・・・・」

(くそ!どうする!?)

先程見せた一連のフェイントからの目潰し。
それは元々隻眼となっている北辰の目を潰すために練りに練ってきた奥の手だった。
しかし水煙に使ったのを見られていては、その奥の手も既に意味を成さない。
有効なのは一度きりの奇襲攻撃だったのだ。

しかも度重なる戦闘で体力を消耗し、装備も少なくなっている。


今のアキトには北辰に勝てるだけの要素を持たなかった。


(どうする!?どうする!?どうする!?)

必死に考えるが、この状況を切り抜けるだけの手を考え付かない。


”ここで終わるのか?”

そんなことを考えてしまうアキト。
動揺を抑えきれず、顔にはナノマシンの奔流が浮かぶ。



(いやだ!俺は・・・・・・まだ)



絶体絶命のこの状況。
だがアキトの瞳は絶望の色に染まりきらない。





(まだ死ねないんだ!)





ダン!ダン!

「ムッ!?」

北辰の周辺に火線が奔る。

「テンカワさん!」

プロスが銃撃しながら駆けつけてきていた。

アキトの”想い”が運を呼び込んだわけではない。
生き残るためプロスたちとの合流を期して逃走を選択し、ここまで逃げてきていたその”行動”故の結果だ。


「ほう・・・・・・」

北辰は新たに現れたプロスの顔を確認すると、警戒して距離を置く。

「汝・・・・・・ネルガルのマジシャンだな?」

「何のことですかな?」

とぼけながらも敵の力量を推し量るプロス。

(これが"北辰"・・・・・・ですか)

幾多の死線を潜り抜けてきた魔術師の勘が、アラームを最大にしてプロスに騒ぎ立てる。


"逃げろ!"・・・・・・と。


(しかしテンカワさんを置いていくわけにはいきませんからね。
もっとも、単独でも逃げられるかどうか・・・・・・?
ボソンジャンプがあるとはいえよく生きて戻ってこられるもんですね、テンカワさんは)


柔らかな笑みを浮かべてはいるが、その背中は冷たい汗でべっとりと湿ってきている。

「とぼけずとも良い。クリムゾンのSSは汝を最も警戒しておるぞ」

「あそこは政略は得意ですが、SSの質はウチに劣りますからなぁ」

まるで世間話をするかのように受け答えるプロス。

「せっかく来たのだ。魔術の一つでも見せてもらいたいところなのだがな・・・・・・」
『隊長、もう時間がありませぬ。早く撤退を』

六人衆から通信が入る。
爆発までのタイムリミットが迫っていた。

「どうやら時間切れのようだ。この場は退くとしよう。
我もここで死ぬわけにはいかぬからな」

振り返りつつアキトを一睨みする北辰。

”汝と同じようにな”

そう胸中で呟くと、プロスが来たのとはとは反対の方向へ撤退を始める。

「退くぞ」

「・・・・・・ハッ」

水煙は短く答えるとアキトを睨むが、アキトの眼中には北辰しか入っていない。
その事実は水煙に更なる怒りと屈辱を与えるものとなったが、この場は北辰の後を追い始めた。















「テンカワァァァぁぁぁぁ」

憎き敵への呪詛を口ずさむ水煙。
抉られた右目を押さえながら走る。
その表情はまるで鬼のようだ。

北辰は水煙の表情を一瞥すると、愉しそうな笑みを浮かべる。

(また一人新たなる修羅が誕生したか・・・・・・。
こやつも強くなる。
次も簡単には勝てんぞテンカワ・アキト)










「草壁を取り逃がした・・・・・・。
そして遺跡も・・・・・・ユリカも・・・・・・」

悔しそうに下唇を噛みながら脱出路を急ぐアキト。
この拠点が自爆するまでにそう時間は残っていない。

「そうですか。こちらもたいした成果を挙げられたとは言えないでしょう。
ただ・・・・・・」

言いよどむプロス。
途中にある扉の前で立ち止まる。

「そこは?」

プロスはゆっくりと扉を開けると、アキトに入るように促す。

「時間がありませんので何もできませんが・・・・・・」

そう言うプロスの顔には沈痛な表情が張り付いていた。




「こ・・・・・・れは・・・・・・?」


"そこ"に足を踏み入れたアキトは、震える声でプロスに問う。
顔にはこれ以上ないほど強くナノマシンの奔流が現れている。


「テンカワさん、貴方もこのような状況で発見されたそうです・・・・・・」



"そこ"は死体置き場と呼ばれるべき場所・・・・・・。

アキトの前には夥しい数の死体が無造作に積まれていた。




















月面で起きる爆発。








脱出したアキトは、それをSSのシャトルの中から見つめていた。








表向きにはクリムゾンの事故と処理されるだろう。





何も知らない人々は、ただの事故としてすぐに忘れるに違いない。










だがその焔は










数々の戦う理由を再認識させるものとして














アキトの心に焼きついていった。


















冒頭の独白は新庄有朋です。

火星の後継者の主要人物全員をそれぞれアキトと対峙させました。

なんかひたすら戦闘していたような・・・・・・。


 

 

 

 

代理人の感想

うー、満腹。

最初から最後まで堪能させていただきました。

例えて言うならフルコース。

どれもこれも種類の違う様々な料理を続けて食べたような感じに近いでしょうか。

や、美味しかった。