機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO














「月の拠点を放棄した草壁本隊は火星方面へ移動したみたいだよ。
途中でロストしたけど、まず間違いなさそうだ」


「月から火星に・・・・・・か」

アキトはふと考えるような仕草をする。

「100年前の逃避行を連想させるよね。意識してやっているのか、いないのか・・・・・・」

月を追われて火星を目指す。この行為が彼らに祖先を思い起こさせることは間違いないだろう。

月を追われた祖先たちの無念と怒りを再確認し、同胞意識と地球への敵愾心を再燃させて結束の強化を図る。
そういう意図があるのかもしれないとアカツキは考える。

ただ、忘れてもらって困る点は、火星に逃れた月の独立派がどのような運命を辿ったかだ。

100年前、核を搭載したミサイルが彼らの旅程を追って行ったように、今度は黒い王子が彼らを追い立てていくことを彼らに教えてやれれば・・・・・・。


「攻撃は仕掛けられないのか?」

アキトがアカツキに問う。
自分と同じような思考を経て、この発言をしたのかどうかは推測しかねるが、攻撃する意思を持っているのはありがたいと思うアカツキ。
後はその方法なのだが・・・・・・。

「一言に火星方面といっても、実際的には広大な範囲を示す。
当てずっぽうにボソンジャンプしていったところで、そうそう見つけられるものじゃあない。
あの辺りは火星会戦の名残で多くの残骸が浮遊していてセンサーが効きにくいし・・・・・・。
母艦となるユーチャリスが完成するまでは探索もままならないかもね」

「打つ手なしか・・・・・・」

悔しそうに拳を握るアキト。

「まあ、そうとは言い切れないけどね」

"仕掛ける方法がないとは言ってないよ"と意地の悪い笑みを浮かべるアカツキ。
アキトは"それを先に言え"と文句を言いながら、握っていた拳を開いて頭を掻く。

"どうも言葉のやり取りではアカツキには勝てないようだ"と思うアキト。
リアリストになってきたとはいえ、舌の活動範囲はそれほど広がってはいないようだ。
イネスやアカツキに影響されて皮肉屋の傾向は現れてきているようだが。



「木星方面から火星方面に向けて移動している艦隊が観測されているんだ。
かなりの規模になるんだけど・・・・・・」

「木星方面から・・・・・・?」

「そう」

アカツキが手元のリモコンを操作すると、設置されてあるスクリーンに映像が映し出される。
はるか遠い漆黒の空間には、極小の光点が複数確認できた。

「火星の後継者への合流艦隊ってところか?」

「その可能性が高いと考えているよ。
木星本国には草壁のシンパは数多くいるだろうし、それらを糾合するのは当然の選択だ。
それらが草壁に合流してきた。そう考えるのが自然じゃないかな?
もっともこちらから観測できるような行軍をしてるっていう点には疑問をかんじるけどね・・・・・・」

精力的に火星や木星方面の情報を収集していたからこその結果であり、けして簡単に見つけたというわけではなかったのだが、 それでも何か辛辣な罠が隠されていないかと穿った視点で見ることも忘れないアカツキ。

「俺が仕掛けよう。追加装甲の試作機の調整が終わったんだ。それで出る」

「でもねぇ、試作機初出撃の相手としては多すぎないかい?」

攻撃を仕掛けてくれるのはありがたいが、あまり張り切りすぎて死んでもらっても困ると思うアカツキ。

どんなに優れた機動兵器でも、艦隊を相手に勝てるとは思っていない。
アカツキにとっては、仕掛けるという行為こそが重要なのだ。
艦隊を完膚なきまでに潰してくれるとか、草壁を倒してくれるというのなら大歓迎であるが、そんな都合の良すぎる希望を抱けるほど楽観主義者でもない。

「心配するな。こんなところで玉砕するつもりはない。試運転みたいなものだ」

「ボソンジャンプで逃げられるからって、随分と簡単に言うね」

確かに言っていることは正しいと思うアカツキ。
火力よりも装甲を重視しているあの機動兵器ならば、たとえやられるとしても一撃で木っ端微塵にされるようなことはそうそうないだろう。
最悪、パイロットであるアキト単体でボソンジャンプして逃げれば何とかなるのだ。

「これが俺の最大の強味だからな。
それに試作機と超高機動戦闘の技術についても実戦でのデータが欲しいとドクターも言っている」

既に自分の能力を把握し、その限界を知っているアキト。
自分一人が頑張ったところで何も変えられないことを理解している。
無茶と無謀の間に、明確な境界線を引けているようにアカツキ思えた。

だからこそ使うに値する。



「それじゃあ頼もうかな」

アカツキは、まるでおつかいでも頼むかのような口調で言った。




















「木星からの艦隊はどうか?」


火星の後継者の旗艦である"宵闇月"のブリッジ。
腕を組みながらスクリーンを眺めていた草壁が問う。

「以前と変わらない進路で予定の宙域へ向かっています。後半日もあれば」

「宇宙軍には気づかれていないな?」

「ハッ、あの進路は統合軍の管轄。根回しは万全です」

草壁は尖り気味の顎に手を当てると思案する。

現在、地球から見て火星の裏側に位置する宙域に保持している艦隊を駐留させている。
艦隊の規模はせいぜい半個艦隊といったところだ。
無論これがすべてではない。各所に分散して潜伏させている戦力もある。
ただ、それらをすべて合わせても、凋落への坂道をブレーキなしの自転車で下っている宇宙軍にすら抗し得ないという程度のものだ。
ネルガルの襲撃により造兵工廠を兼ねていた月の拠点を放棄したため、戦力増強計画にも支障を出ている。

これらの苦しい現状は、草壁に楽観的でいることを許さなかった。
だからこそ、木星から合流してくれる同士の存在はありがたいと考えている草壁。


たとえ実戦経験が少なく、ゲキガンガー的な近視眼を有したままの連中ではあっても・・・・・・。


「私は宵闇月で艦隊の出迎えに行く。今動ける部隊は?」

オペレーターは慌ててデータを検索し始める。

「南雲少佐の部隊が」

"そうか"と草壁は頷くが、どこか納得のいかない表情を浮かべている。

「北辰は・・・・・・?」

「ヒサゴプラン完成までの拠点となる宙域の探査です。まだ時間はかかるかと」

「そちらは別働隊に任せて呼び戻せ」

「しかし・・・・・・」

「北辰へ通信は繋がるか?」

「はい、動きはトレースしていますので可能です」

「私室で通信する。回線を回してくれ」










純和風に統一された草壁の私室。
草壁はスクリーンの前の座布団に正座すると、通信を繋ぐ。

「忙しいところ、すまない」

映し出された赤い義眼の男に語りかける草壁。

『いえ。それよりどうされたのです閣下?』

「木星からの合流艦隊への出迎え、お前にも来てもらいたいのだ」

北辰は即答せずに草壁の要請を吟味する。
あまり必然性を感じないものであったからだ。

『こちらからでは時間的に厳しい・・・・・・。それに護衛は必要ないでしょう。
現在保有している直属の艦隊と、木星からの艦隊が合流すれば、一個艦隊を相手にしても戦えるはず』

「嫌な予感がするのだ。確かに戦力は増強される。
しかしな・・・・・・、我らに仇なすあの男がこれを黙って見ているとは思えんのだ」

月での襲撃はネルガルという組織が行ったものであった。
けしてアキトだけの力で成されたものではない。むしろ駒の一つに過ぎなかった。
それは草壁も承知している。
しかしそれでも、直接刃を向けられれば受ける印象に影響を与えるものだ。
現在の苦境がその印象を増幅し、不安を象徴するものとしてアキトという個体を装飾しているのだろう。

草壁は実像以上の評価をテンカワ・アキトへ与えているのだ。


『弱気なことをおっしゃる・・・・・・』

北辰は笑い飛ばそうとするが、肩を落としている草壁の姿を見て失敗した。

「私とて不安になる時はある・・・・・・。
特にヤツを見ると思う、私はただの夢想家に過ぎないのではないか・・・・・・とな」

草壁はそう言い視線を落とした。
北辰以外にはこのような迷いは一切見せたことはないので、部下たちは草壁を自らの正義を絶対だと考えている人物に見えるだろう。
しかし、そうではない。
上に立ち、理想を語り、多くの者たちを先導する指導者としてそれを見せるわけにはいかなかっただけなのだ。


草壁とて情が通わぬわけではない。
死んでいくものを見て胸が痛まないわけではない。
自らの行為に罪を感じないわけではない。
自らの進む道に疑いを抱かないわけではない。

そういった弱さを押し殺す強さを併せ持ち、その矛盾の中で限界まで耐え続ける・・・・・・。
それが彼の歩んできた、指導者としての道だったのだ。

その上で草壁は常に人類の未来という視野で生きてきていくことを自らに課して生きてきた。

すべては長期的な人類存続と繁栄のために。

だが・・・・・・


『個人の幸せを大切にしないお前に平和など創れるものか!』


その草壁も、アキトの言葉を思い出すたび心が揺さぶられる。
すべてを犠牲にしてでも人類全体のために戦うことは尊く貴重なことだ。
だが、自分の大切な人のために戦うことこそ、人間としては最も重要なのではないのか・・・・・・と。


肩を落としている草壁の姿を見て北辰はため息を吐く。

『了解した。ここは他の部隊に任せてそちらに向かいましょう。
しかし、間に合うかはわかりませぬぞ』

「頼む・・・・・・」

『閣下・・・・・・。後少しではないですか』

諭すような物言いをする北辰。

「そうだな・・・・・・こんなのは私らしくない。
私は・・・・・・私の正義を貫き、地獄へ逝くだけだったな」

『それでよいのです閣下。地獄へは、この我もお供いたしましょう』

「すまない・・・・・・」

『閣下・・・・・・』

「我らが盟約した日。あの日はもう遠いか・・・・・・。お互い老けたなぁ」

草壁は表情を緩めて笑う。
今の北辰を見る目は部下を見る目ではなく盟友を見る目であった。

『御意』

「人類の未来、新たなる秩序・・・・・・。あの日お前に語ったな」


遠き日を思い起こす草壁と北辰。
懐旧の念は二人に等しく訪れている。

「理想を語るだけでは何も変わらない。行動こそが世の中を変える。
だが、やらねばならぬことに汚いことが多すぎた。
それをお前に押し付けたこと・・・・・・恨んではいないか?」

『あの日、我は自らこの道を選びました。
すべては閣下の理想と人類の未来のため。
そのために我は外道にも鬼畜にもなる・・・・・・と』

「この世に新たなる秩序を現出させることこそがお前に報いる術だ。そう言いたいのだな?」




















瓜畑秘密研究所・ネルガル支部に、特殊な黒いパイロットスーツに身を包んだアキトが姿を現す。


「用意はできてるぜ」

アキトにそう言うナデシコの時の制服を着たウリバタケ。
彼も気合が入っているのか表情が硬い。

漆黒の巨体を見上げるアキト。
前胸部の追加装甲が開き、エステバリスのアサルトピットが姿を覗かせている。

コクピットに乗り込んだアキトは、黒いヘルメットを被り計器類をチェックしていく。

「パネルチェック、OK。IFSリンク、OK。起動する」

ビン!

黒い機動兵器のカメラアイに光が灯る。
その漆黒の巨人に意思が宿ったかのようにウリバタケには思えた。

背部の巨大なウイングバインダー、各所のスラスターが細かく動く。
肩の燃料式スラスターのノズルが全開まで開いた後、ゆっくりと閉じる。

「追加装甲との連動確認、OK」


【ラピス、ソフトウェアの最終チェックを】

【ウン】

物凄い勢いでウインドウが開いては閉じていく。

(スゴイな、ラピスは・・・・・・)

アキトがそんなことを思っている僅かの間に、すべてのシステムチェックが終了していた。
まさにマシンチャイルドならではの早業である。

【すべて正常】

【ありがとうラピス】

【気をつけて】

【ああ】





「セイヤさん、コイツの名前は?」

『決まってねぇ』

「俺がつけてもいいですか?」

『いいんじゃねぇか?開発者がいいって言やぁよ』

『いいわよアキト君』

イネスの映ったウインドウがアキトの顔の至近に開く。

『これは、貴方の鎧なんだから・・・・・・』

(私達の想いが作った・・・・・・ね)

アキトは静かに頷く。


『ジャンプブロックへ』


ジャンプフィールド発生装置を設置しているブロックへ誘導するウリバタケ。


ジャンプフィールド発生装置の試作型。

張れるフィールドの大きさも、機器の大きさも中途半端なものだ。
フィールドの大きさは戦艦を覆えるものではないし、機器の大きさは機動兵器に組み込めるものではない。
ジンタイプに搭載されていたものに近いだろう。
今はまだ無理だが、今後これを小型化して機動兵器に搭載できるようにしていく予定だ。
ちなみに戦艦用は機動兵器に比べて出力やスペースの制限が少ないので、既に実用段階に入っている。


「ジャンプフィールド形成開始」

漆黒の機動兵器の周囲に光る粒子が乱舞し始める。

『フィールド安定・・・・・・OKよ』





「ジャンプ!」




















「木星からの艦隊は何をしている!?」


合流予定ポイントに進行している草壁は、既にポイントに到着している木星からの合流艦隊が映るスクリーンを見て苛立たしげに声を荒げる。

「予定ポイントへ到着したなら球形陣を敷いて全周囲を索敵、警戒せねばならんというのに。
物見遊山にでも来ているつもりなのか!?」

木星からの艦隊は縦列陣、つまり旅程の隊列のまま予定宙域に留まっていた。

「居残り組は正義、熱血・・・・・・ゲキガンガーが抜けておりませんからね」

木星から火星方面までの旅程も、隠密性を考慮していないルートを選択してきている。
"我らは正義なのだから、逃げ隠れする必要はない"
"敵は叩くだけだ"
木星本国に残っている人間には、そういった思考はやはり強く残っているのだ。

「多少の意識改革は必要でしょう」

新庄は自分の見解を口にする。
単純なほうが統制はしやすいが、それも度が過ぎればかえって有害となる部分もあるということだ。





「ボソン粒子観測!木星からの艦隊の後方に機動兵器出現!」

突然の来襲を告げるオペレーター。
草壁にとってはある程度予測していたことである。
外面はもちろん、内面でも周囲の部下達ほど驚いたりはしていない。

「前のヤツか?」

ただ、予測が当たったからといって自分の先見性を誇る気にはなれない草壁。
冷静ではあるが、やや覇気のない声でオペレーターに問うた。

「いえ、質量、形状、共にかなり異なりますが・・・・・・艦隊に攻撃を仕掛けています!」


「たかが一機で何ができよう?返り討ちにしてくれる!」

豪胆に言ってのけるのは新庄の横にいる南雲義政。
しかし、攻撃されている先遣艦隊のほうはそうはいかない。










「何だコイツ!?たった一機で!?」
「普通じゃねぇぞ!?」
「応戦しろ!早く機動兵器を出せ!」
「そんなすぐには・・・・・・・!」

不意を突いた出現によって、機動兵器が迎撃に出てくる前に艦隊の中央を突破していく漆黒の機体。
即座に旗艦となっている戦艦に進路を向ける。
迎撃の機動兵器が出てくる前に頭を叩き指揮系統を混乱させるつもりなのだ。
機動兵器という艦隊に対しては極小というべき戦力では当然の選択であろう。


うろたえ交じりの対空砲火をロールでかわしながら旗艦に最大スピードで突進する。
かつてエステバリスで戦艦を沈めたときのようにディストーションフィールドへの入射角を計算して・・・・・・だ。


この旗艦のディストーションフィールドはかつての無人艦隊の旗艦のフィールドよりも出力がある。

かつてエステバリスに沈められたという事実から、それに対応するだけの改良をするのは当然。
ラピッドライフルに耐えられるようバッタのフィールドを強化したのと同様に、エステバリスの突撃にも耐えられるように戦艦も改良されていった。
何もバッタだけが強化されたわけではない。
だからこそ地球側もフィールドランサーを装備するようになっていったのだ。
現在の戦艦は、既存の機動兵器では同じことをやっても通用しない程度のフィールド出力は捻出されている。

アキトが現在駆っている機動兵器にしてもフィールド出力は強化され、現行の機動兵器よりも高出力のフィールドを有しているが、それだけでは"現在の"戦艦のフィールドを突破できはしない。

戦艦のフィールドを突破するのを可能にするのは、この機動兵器の特性。
重装甲であるが故の巨大な質量。
運動性を損なってまでも追及した極端な機動力。
それらから生み出される突進力は、かつてのエステバリスで行ったアタックとは比較にならない。

これらの要素が合わさった時、高出力のディストーションフィールドを搭載した戦艦にも対抗しえるのだ。


ディストーションフィールドに阻まれつつも、船体に沿って戦艦本体への距離を詰めていく漆黒の塊。
機関部に到達したときその距離はゼロに等しいほどに接近していた。

戦艦のディストーションフィールドには巨大な負荷がかかり、漆黒の機動兵器が突入したポイントは出力の低下した不安定な局所となっている。
まともに撃っては弾かれるであろうハンドカノンと胸部バルカンも、この状況でなら話は別だ。



「沈めぇ!」



漆黒の機動兵器の全砲門が火を吹いた。










「居待月が・・・・・・」


木星からの合流艦隊の旗艦が轟沈していく。


『撃て!撃ち落せ!』
『バカヤロー!味方を巻き込むつもりか!?』
『じゃあどうしろってんだ!?このままやられろとでも言うのか!?』
『艦隊の損害11パーセントに達します!』
『こっちの機動兵器部隊はなにやってんだ!?』
『テツジンやマジンじゃ追いきれませんよ!』
『悪魔かコイツは!?』
『来援を請う!来援を請う!』



宵闇月のブリッジにもたらされる通信は狂乱の一言に尽きる。

艦隊でたった一機の機動兵器と戦闘するためのマニュアルなどあるはずもない。
その上指揮すべき旗艦を失えばこの混乱も当然というべきであろう。
本来ならそんな心配をする必要もなく、撃破できていて当たり前の状況なのだから。

そしてそれと共にアキトが取っている戦法。
戦艦に突進しているアキトの機体を攻撃すれば、味方の艦をも攻撃してしまうというシチュエーションも多々生まれ、それが迷いを増幅している。

戦力は8割以上が健在であるにもかかわらず、艦隊として機能しなくなっていた。





「合流艦隊に通信!こちらで指揮する旨を伝えろ!」

"見てはいられない"とばかりに叫ぶ草壁。
指揮を失っただけで烏合の衆と化してしまったのは、居残り組の戦闘経験が少ないことにも起因している。
問題は山積みであることを再確認することとなった。


「未確認機動兵器、こちらに来ます!」

「何!?」

混乱させ、艦隊としての行動ができなくなった時点で草壁のいる艦隊へとターゲットを変更する漆黒の機動兵器。
もともと殲滅するだけの火力など持ち合わせていない。
だから旗艦を沈めて人的損害を与えることこそが最大の目的なのだ。


「北辰は!?」

「閣下!あのような者居らずとも私が夜天光で屠ってご覧にいれます!」

南雲が一歩前に出て進言する。

――南雲義政。
彼は木連の正義、草壁の理想、そういったものを強く信じ、まっすぐに生きてきた清廉潔白な軍人だ。
木連軍人の鑑と言われるほどの男。
そう言えば聞こえはいいが、裏を返せば草壁の唱える理想への狂信者である。
今の月臣が彼を見れば、苦々しい思いを禁じえないであろう。

「やめておけ。あの男は北辰でなければ倒せない」

止めようとしたのは新庄有朋。
実像に比べていささか過大であるのだが、新庄も草壁と同様、テンカワ・アキトに高い評価を与えている。

「何を言うか新庄!?臆病風に吹かれたか!」

憤怒を込めて新庄を睨みつける南雲。
今にも掴みかからんばかりの勢いだ。

「出撃を・・・・・・許可する」

草壁はスクリーンに映る漆黒の機体を見つめたまま言う。

「ハッ!」

南雲は敬礼した後、新庄に向けて不敵な笑いを浮かべながら意気揚々とブリッジを出て行く。

「いいのですか閣下?」

「時間稼ぎぐらいにはなろう。それよりも一刻も早く北辰を呼び戻せ!」










「闇の王子など俺が倒してみせる!」


夜天光のコクピットに乗り込みながら言い放つ南雲。
その瞳に自信を宿しつつ、夜天光を起動していく。

(見ていろ新庄。bQはお前でも北辰などでもない。この俺なのだ!)

自分の能力に自信を持っている南雲は、自分より北辰や新庄が重用されている現状を快く思っていなかった。
だからこそ、北辰や新庄が評価しているテンカワ・アキトを倒して彼らより上であることを証明したいのだ。



「南雲義政、夜天光出るぞ!」






宵闇月から出撃した南雲は、黒い機動兵器に通信を入れる。

ビィン

アキトもそれ応えて通信をつなぐ。
映し出されたのは、若いがいかにも武人といった感じの男。


『俺の名は南雲義政』

アキトは冷めた目で映し出された男を見やる。

『貴様など北辰たちの不甲斐無さゆえに生き延びて来たに過ぎん。この俺が相手となっ』
「雑魚には興味ない、とっとと失せろ」

南雲の前口上をさえぎるアキト。
宿敵からのものと思い通信をつないだが、アキトにとってはどうでもいい男がペラペラと舌を動かしだしたのだ。
アキトにはこれを黙って聞いてやる義務もなければ、その意思もなかった。

『貴様!』

アキトの見下した態度に激昂する南雲。


『お前たちは手を出すな』

決闘を望み周囲を押しとどめる。










「馬鹿め!多数で囲んでの殲滅が最良の選択だ!あの男は一騎打ちなどで倒せるほど甘くはない!」

「所詮はその程度の男だということだ」

(北辰やテンカワ・アキト・・・・・・彼らは南雲などとは力が違う。その業の深さもな。
それが理解できる新庄と、できぬ南雲。
bQと3の差はことのほか大きいか・・・・・・)

草壁にとって北辰とは自らの影。組織のナンバーなどで現せる存在ではない。

「それより指示を出せ!今のうちに迎撃の陣形を敷くのだ!」





アキトは正面から直線的に黒い機動兵器を加速させる。

「速い・・・・・・・・しかし!」

草壁の理想を絶対だと仰ぐ硬直した思想はともかく、その能力自体は彼の自信を裏付ける優れたものであった。
彼の経験の中でも最高クラスの加速を見せる黒い機動兵器に対して、しっかりと反応してきている南雲。
左手に装備されているミサイルを放つ。

黒い機動兵器がミサイルをかわそうとしたところを取り付こうと考えているのだ。


黒い機動兵器は左に急速2回転ロールをすると、やや左前方に軌道を修正しさらに急加速をかける。
ミサイルも軌道修正して追ってくるが、さらに加速した黒い機動兵器を捉えられない。
大きく回り込むように宵闇月に向かおうと見せるアキト。

「行かせるか!」

南雲は黒い機動兵器に取り付こうとその軌道に夜天光を加速させる。

その直後、漆黒の翼が閃いた。
取り付こうと加速してくる南雲の夜天光の方向に機体の正面が向く。

「何!?」

驚く南雲。
アキトはすぐさま重力波スラスターを全開にする。
そしてさらに燃料式スラスターをも全開にするために肩のアーマーが開きノズルが顔を出す。

機体が夜天光のほうへ向いているとはいえ、その方向へ進んでいるわけではない。
この機体は重装甲ゆえに通常の機体より遥かに重い。
戦艦の高出力ディストーションフィールドをも圧迫する大質量のベクトルが、まったく異なる方向へ一瞬で変わるはずはないのだ。

あるいはこの瞬間が最大の隙となりえるのだが、旗艦へ向かう軌道を抑えようと動き出していた南雲は虚をつかれ付け込むことができなかった。

「ちぃ!」

南雲は一瞬遅れてミサイルを放とうと腕を黒い機体へ向けるが、先に黒い機体のハンドカノンが火を噴く。

「くっ!」

夜天光が傀儡舞で射撃をかわしている間に、燃料式スラスターも全開になり黒い機動兵器のベクトルが変わった。
夜天光に向かって加速し始める。

だが、まだこれからだ。

肩部スラスターユニットのノズルから噴出する排気の中に、さらに燃料を吹き付けて再燃焼させる。
燃料式スラスターだからこそできる行為、いわゆるアフターバーナーというやつだ。
燃料消費は通常より遥かに激しいが、その出力も格段である。

夜天光に向けて常識外の急加速を見せる黒い機動兵器。
南雲から見れば爆発に弾かれたかのように見えただろう。



「!?」


ディストーションフィールドを全開にして突進してくる黒い機動兵器。


南雲は傀儡舞を繰り出してかわそうとするが、虚を衝かれて反応が遅れてしまっていた。

ガシィ!

「うお!?」

弾かれた南雲の夜天光は回転して制御不能に陥る。
黒い機動兵器はその横をすり抜け、後方から両手のハンドカノンを2連射する。

ガガン!
ガガン!

最初の射撃はディストーションフィールドに弾かれるが、続く射撃はディストーションフィールドで覆われていない後方から着弾した。

夜天光の右脚部と頭部が破壊される。

「ぐぉおおお!?」

激しく揺れるコクピットの中で、南雲はその意識を手放していく。





アキトは射撃の結果も確認せずに宵闇月に向けて漆黒の機動兵器を加速させていた。



雑魚に構っている暇は無いのだ。





「やはり役に立たぬか・・・・・・」

苦々しげにスクリーンを見やる草壁。
草壁は火星の後継者の蜂起を南雲ではなく新庄を中心として始めることを心に決めたのであった。

さすがに警戒していた草壁と新庄はステルンクーゲル部隊を集めて突破されないように前方へ戦力を布陣していた。
不意を衝かれ旗艦と共に指揮官を失った艦隊とは、当然対応が違ってくる。

「相手は高機動タイプだ。進路を限定して足を鈍らせて取り付け!宵闇月への接近を許すな!」

新庄が言う基本方針は正しいものだ。
しかしそれを実行するだけの詳細な戦法を艦隊に伝えることはできなかった。
それも当然だ。
たった一機の機動兵器を足止めするための艦隊運用など、まともな艦隊指揮官は知らない。
それは本来、部隊単位で対応すべき事柄であるのだから。



『包囲しろ!』
『敵はたった一機なんだ!』
『囲んで”逃がすな”』

新庄の指示が曖昧なものであったため、部隊は統一性を欠いていた。

敵はたった一機。
この戦力差で負けるなどと思うものは誰もいない。
迎撃に出た部隊には、新庄の指示はあまりにも消極的であるように思えるのだ。

漆黒の機動兵器を包囲しようと展開していくステルンクーゲル。
相手はたった一機。包囲しようとするのは間違った選択ではない。
ただそれは、相手が通常の機動兵器であったならの話だ。

包囲しようと展開したため、正面の陣容が薄くなっていく。


360度ロールをしながら周囲の敵を確認するアキト。
アキトにとっては常に想定し訓練してきている状況の一つだ。

(侮ってくれるのなら、それにこしたことはない)

歪んだ笑みを浮かべるアキト。
周囲に展開しようとするステルンクーゲルは無視し、一気に正面へ加速させた。


バレルロールを歪にしたような軌道を描き、正面のステルンクーゲルを突破していく漆黒の機動兵器。
戦闘機が大気圏内でバレルロールを行うと、空気抵抗のため減速を余儀なくされるが、ここ宇宙空間でなら話は別だ。
しかも軌道を歪ませているため、相手からは軌道が読みにくいものであった。


圧倒的多数のステルンクーゲルの部隊は、確かに負けたりはしない。
だが、漆黒の機動兵器の突破を阻むことはできなかった。
本来、旗艦を守ることこそが戦術上、最優先されることであったにもかかわらず・・・・・・だ。

圧倒的な戦力差。
それがパイロットたちに戦術上の目的を忘れさせていたのだ。


「抜かれる!?」


護衛部隊を突破してくる漆黒の機動兵器に宵闇月のブリッジは青ざめる。

「何をしておる!迎撃しろ!叩き落せ!」

グラビティブラストが放たれ、ミサイルとレールカノンの雨が降り注ぐが、黒い機動兵器は時折被弾しながらもスピードを一切緩めないまま迫る。


アキトは漆黒の機動兵器を宵闇月へと突っ込ませる。
無論、入射角を計算して・・・・・・だ。


ピピピピ!

しかしそのとき思わぬ方向からミサイルが飛来してくる。

「ちぃ!」

入射角をズラし、戦艦のディストーションフィールドに弾かれるようにしてミサイルをかわすアキト。


そこに真紅の衝撃が襲い掛かる。


急速接近してきて錫杖で突きを放つ真紅の夜天光。
アキトはロールしながら肩部装甲で受けた後、その回転の流れのままテールバインダーについたアンカークローで狙う。

「ぬう!?」

予想外の反撃に一瞬虚をつかれる北辰。
錫杖で弾かせる間に、アキトは機体を加速させ夜天光を振り払う。

ガガン!ガガン!

そして両手のハンドカノンで狙撃。

夜天光は傀儡舞でかわす。










『やるようになった・・・・・・。その新しい鎧の名、聞いておこうか』

「ブラックサレナ・・・・・・。貴様たち火星の後継者を地獄へ追い堕とす呪いをかけるものだ」

『黒百合か・・・・・・、汝に似つかわしい名よな。しかし我が夜天光の相手になるものかな?』



滅!



宵闇月の影から6機の六連が襲い掛かる。

『テンカワァ!』

水煙の駆る六連を先頭に攻撃を開始する。

「邪魔するな!」

ハンドカノンで牽制するが六人衆もそう簡単には堕ちない。

水煙の六連が錫杖で突いてくるが、アキトは機体を頭上方向に加速させてかわし逃げる。

6機の六連が乱れ飛びブラックサレナを追うが、その圧倒的機動力で囲ませない。

(くそ!なんてスピードだ)

毒づく水煙。
だが、北辰はその軌道を読んだのかブラックサレナの頭を押さえていた。

『斬!』
「くぅ!」

錫杖の一撃がブラックサレナの装甲を削るが、何とかロールしながら横をすり抜ける。

「北辰!」

すぐさま反転して再び仕掛けたいところだが、ブラックサレナではそれはできない。
やろうとすればスピードを落とさざるを得なくなり、付近に展開する無数の機動兵器にあっという間に包囲されるからだ。

スピードを維持するために艦隊の外周部まで抜けて行き、そこでスピードを維持できる最小半径で転回する。
もっとも最小半径といっても、通常の機動兵器よりはるかに大きい軌道を描くものであったが。



再び艦隊へ突入したブラックサレナ。
周囲のステルンクーゲルに射撃しつつ夜天光へ。

ガガン!ガガン!ガガン!

ハンドカノンを連射しながらトップスピードで突進する。


『ぬるいぞ』

傀儡舞により、通常ではあり得ない曲線を描く北辰。
射撃をかわしながら黒い閃光の進路に真紅の夜天光を割り込ませていく。


「くそっ!なんて運動性能だ!?」

まったく当てられないことに毒づくアキト。
高機動戦闘に特化した技術を身に付けたとはいえ、射撃能力が飛躍的に向上したわけではないのだ。
いや・・・・・・この北辰の操る夜天光の常識離れした動きを、正面からの射撃で落とせる者などいないのかもしれない。

北辰が運動性を極限まで突き詰めた夜天光を駆り、曲線と緩急による舞を舞うような動きをするのに対して、
アキトは機動力を重視したブラックサレナを駆りトップスピードを維持するために直線的な動きを組み合わせた動きをしている。

この両極端な戦いをする二人。
互いが互いを強烈に意識しあっている。





「おおおおおおお!ホクシィィィィン!!」
『堕ちろ復讐人・・・・・・滅!!』





気合の呼吸と共に、夜天光の右手に持った錫杖を振るわせる北辰。





黒と赤が交錯する。





ブラックサレナの胸部装甲は深く抉られ、夜天光はブラックサレナのテールバインダーに付いたアンカークローの攻撃で肩のターレットノズルを損傷する。

「やりおるわ・・・・・・。だが、そうでなくてはな」


互いに一撃必殺とはいかなかったが、どちらの攻撃がより優れていたかと問われれば間違いなく北辰の攻撃であっただろう。
後ほんの少し深ければ中のエステバリスもただでは済まなかったのだから・・・・・・。



「チィ!」


【警告】
【胸部外部装甲損傷】
【胸部バルカン使用不能】
【防御力低下】

スクリーンを赤い警告ウインドウが彩る。
だが、ブラックサレナの戦闘力に破綻をきたしたわけではない。
そのまま進路にいる敵を攻撃しながら艦隊の外周部まで抜けていく。

時折爆発の光に浮かび上がる漆黒の肢体を愉しそうに眺める北辰。



「闇の中でも気高く薫り立つ。まさしく黒百合・・・・・・。
美しいぞ・・・・・・禍々しいほどに美しい」










アキトが再び艦隊に突入しようとした時


【警告】
【バッテリー残量低下】
【重力波受信アンテナ伸長】
【注意】

エネルギーが切れかかっていることを示す表示が現れ、自動的に受信アンテナが伸ばされていく。
しかし、重力波が受けられないこの宙域では意味をなさない。


「ここまでか・・・・・・」

奥歯を噛み締めるアキト。

重力波のないこの宙域では稼働時間が限られるのだ。
バッテリーが切れればそれで終わりなのである。
高出力であるが故、その稼働時間はかなり短い。
燃料式スラスターの方はもうしばらくは使用できるだろうが、重い機体に燃料式スラスターだけでは高機動戦闘などままならない。





アキトは全周囲に向けて回線を開く。



草壁と新庄のいる宵闇月のブリッジのスクリーンに黒いヘルメットを被るアキトの姿が映し出され緊張に包まれる。
無論この宙域にいる者たちすべても見ている。

『俺は・・・・・・貴様らの大義とやらによって理不尽に殺されたものたちの復讐者だ!
俺たちの怒りを!俺たちの恨みを思い知れ!
貴様ら火星の後継者は全部俺が狩り殺す!
絶対だ!!
草壁も!北辰も!山崎も!
貴様ら一人残らず地獄へ引きずり込むまで俺は止まらない!』



呪いの言葉を聞く者の心に刻み付けていく"the prince of darkness"
ブラックサレナの悪魔的フォルムと戦闘力を見せ付けられた火星の後継者たちは悪寒を禁じえない。



『覚えておけ!
貴様らが何をなそうと俺が生きている限り貴様らに未来などないということを!
忘れるな!
貴様らが安心して眠れる日は二度と来ないということを!



俺は・・・・・・何度でも貴様らを殺しに来るぞ!』
















ボソンジャンプで消えていく漆黒の機体を見送りながら愉しそうな笑みを浮かべる北辰。



だが多くのものは、そうはいかなかった。



復讐者の言葉は、火星の後継者たちに迷いと恐怖を植えつけていた。















この日より

黒百合の呪いが火星の後継者たちを脅かし始める。












ブラックサレナの初陣でした。



360度ロール
ロールの中でも基本的な操作で、飛行機ではたいていエルロン(主翼後端にある舵翼)を使ったエルロンロールで行われるらしいです。
映像的には、劇場版で新庄が『人の執念』と呟いた直後、アマテラス内に進入していくブラックサレナが行っているのがそれです。
火星での北辰との対決でもロールを使用していたし、ブラックサレナは結構ロールを使っているようですね。


 

代理人の感想

・・・あれ、ストライカーは?

(ブラックサレナSことストライカータイプについては日和見さんのなぜなにナデシコ特別編 そのにを参照)

まぁ、出なくても話には何ら差し支えありませんけど。

後は高機動ユニット関連ですが・・・・出るか出ないかまだ不安なところですね。

こちらも話自体には余り関係ないので(笑)。

 

それはそれとして、やっぱり勝てませんアキト君。

つーか草壁との会話とか、「そこまでだっ!」と叫んで登場してもおかしくないような登場シーンとか、

今回は北辰が美味しすぎ(笑)。

まぁ、たまにはね。