機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO












「これが・・・・・・ユーチャリス」


アキトは洗練されたスタイルと白磁の肌を持つ美姫を見つめる。
彼女の容姿は、アキトが見てきたどの戦艦よりも美しかった。

ナデシコのように奇抜な形状をしているわけではない。
だが、その実利を重視しつつ美しさを失わない姿は、アキトを魅了するに足るものであった。

ラピスもアキトの隣でじっと見上げている。
いつもの無表情ではあるが、目を離せないでいるその様子は好奇心ゆえであろうか。






「先にブリッジへ行っててくれ。俺はセイヤさんとブラックサレナの搬入をする」

一通り周囲から見回したアキトはラピスにそう言う。

ラピスは頷くとユーチャリスへと乗艦する。

ユーチャリスの通路を迷うことなく歩くラピス。
資料でその構造を把握しているからだ。
ただ、やはり珍しいのか、キョロキョロと色々なところを見回しながらゆっくりと歩を進めていく。



【ようこそ】


ブリッジにたどり着いたラピスにウインドウが開く。
それはユーチャリスのAIオモイカネ2であった。

ラピスは小さく頷くと艦長席の隣にあるオペレーター席に向かう。
シートに腰を下ろすラピス。
そうするとラピスを乗せたシートは天頂方向へと動き出した。

天井が開き、そこを通過し上昇していく。

たどり着いたのはメインブリッジの上方に位置する部屋。
そこは前面に遺跡の紋様が描かれた、特殊なオペレートルームであった。


部屋の中心に位置するシート。
ラピスがリンク開始すると、部屋に描かれた紋様が金色の光を放ち始める。



ラピスとオモイカネ級AIとの初めてのコンタクトだ。


【私はラピス、ラピス・ラズリ。私はアキトの力になりたい】


それがラピスからの最初の言葉となった。










「どうでぇこの船は?」


ユーチャリスにブラックサレナの搭載をしながらウリバタケがアキトに問いかける。

「ハッキングの能力としては"切り札"の運用データを取るための実験機的な能力しか持たねぇから、掌握はできんらしい。
それでも敵艦にハッキングしてディストーションフィールドをOFFにすることくらいはできるって話だ。
そっちは専門外なんで、詳しく知らねぇがよ。
そん代わり、他の戦闘力は"切り札"をも上回る。
特筆すべきはその機動力!
カキツバタの流れを汲むこの戦艦はナデシコ系を大きく上回る機動力を保持しているし、連装グラビティブラストの威力も現時点で最高だ。
居住ブロックも最低限ですむから色々な機能を積み込めたし、俺としてはかなりフリーハンドにやらせてもらえて満足のいく出来に仕上がってる」

自慢げに説明していくウリバタケ。 かつての最終決戦でミスマル・ユリカに"カキツバタって強いのね"と言わしめた戦闘力に磨きをかけた性能を持っているのだ。

「それはスゴイ。それに外観も美しいですね」

「そうだろ!そうだろ!」

アキトの賛辞に我が子を褒められたかのように喜ぶウリバタケ。

「で、出航はいつになるんだ?」

「もうちょっと先です。アカツキに呼ばれてるんで」

アキトはウリバタケに返事を返しつつ、かすかに顔をしかめる。


(コイツも正規の船なら、誰もが賞賛を贈る戦艦だったろうに・・・・・・)




【アキト?どうしたの?】

アキトの心の揺れを感じてリンクを通して問いかけるラピス。

【いや、この船・・・・・・ラピスに似てるなって思ってな】

これは偽らざる本音。

【褒めてくれてるの?】

【もちろんだ】

これは半分嘘。

【ありがとう】

ラピスの素直な感謝の言葉にさらに沈むアキト。


(美しい白い肌と追従を許さない能力。
そして・・・・・・俺に利用されて血塗られていくところまでそっくりだ)

アキトは複雑な想いを胸に、ユーチャリスを見つめる。



(すまないユーチャリス。すまないラピス)










【久しぶりアキト】


ブリッジインしたアキトの前にウインドウが開く。

「久しぶり?」

【私はオモイカネ2、オリジナルのオモイカネのコピー。
私として会うのは初めてだけど、ナデシコでの記憶も持っている。
だから久しぶり】

アキトは軽く笑う。

「そうだな・・・・・・久しぶりオモイカネ2」

そう言った後アキトは顔をしかめる。

【どうしました?】

「オモイカネ"2"ってのはなんか味気ないなってな」

【そうですか?】

「"ドゥーエ"っていうのはどうだ?オモイカネ・ドゥーエ」

少し考えてからそう言うアキト。

【ドゥーエ?】

「そう。意味としてはあんまり変わらないんだけど。嫌か?」

【NO】【そんなことない】【嬉しい】【大歓迎】

その中でひときわ大きいウインドウが目に留まる。

【ありがとうマスター】

「マスター?」

【Si、マスター】

アキトは苦笑し、ラピスはどことなく嬉しそうだ。
ドゥーエが自分と同じくアキトを好いてくれたのが嬉しいのかもしれない。




















「どうだった?絶世の美女との対面は?」


アカツキと弁舌の華麗さを競おうとは思わないが、こういう言い方をされると何か捻った答えを返したくなるアキト。
口元に手を当ててしばし思案する。

「いい女だったよ」

ただ、出てきたのは平凡な答えだった。
いくつか思いつきはしたが、笑われそうだったので止めたのだ。

「ところでどうしたんだ?月臣も連れて来いっていったのは?」

「ロバート・クリムゾンが会いたいって言ってきているんだ。それについて・・・・・・ね」

軽視し得ない話であると気付き、表情を引き締めるアキト。
相変わらず緊張感のないままの表情をしているアカツキとは対照的だ。

「用件は?」

「さあ?それは会ってみないとわからないよ。
で、君には僕と同行してもらおうと思ってるんだけど」

アキトはしばらく考えてから口を開く。

「悪いが俺は護衛としては役に立たないぞ」

「へぇ・・・・・・?」

アカツキは好奇の色を瞳に湛えてアキトを見やる。

「たしかに戦闘力はそこいらにいる諜報員には負けなくなった。
けどな、ガードの仕事をするならプロフェッショナルには到底及ばない。
ガードに必要な要素は様々あるが、俺はあくまで個人の戦闘力を重視して訓練してきている分そういったスキルはほとんど習得していない。
まず役に立たないと思ってくれ」

アカツキが笑っていることに気付くアキト。

「なんだよ?」

"人が真面目に話しているのに"と不満に思う。

「いや・・・・・・安心したよ」

「何に、だ?」

「君が力に溺れていないことに、だよ」

アキトは以前よりはるかに大きな力を手に入れた。個人としての範囲での話ではあるが。
だがそれですべてをできると勘違いしてしまうというのは、力を手に入れた者にはよくある話だ。
機動兵器での考え方を見る限り過信はしていないと思えていたが、それでも100パーセント安心できていたわけではなかった。
確かめたいと思うのは已むを得ざる心の動きであるのだが。

「やりたくても、できないことがいっぱいあるからな。
自分の手の短さは嫌でも思い知らされている・・・・・・ずっとな」

そう語るアキトの様子に”老婆心だったようだね”とアカツキは頭を掻いた。


「ガードは月臣君に頼んであるよ。
彼は君のように人を殺す仕事はしない分、そういった技術を習得してもらっているからね」

もちろんガードの中の一人としての話だが。

「じゃあなんで俺にも同行しろと?」

「君に見せておきたいからさ、"僕の敵"の顔をね」





「ロバート・クリムゾンか。どんな人物なんだ?」

「いけ好かない爺さんさ」

「会ったことあるのか?」

意外そうに聞いてくるアキトに首肯するアカツキ。

「僕がまだ会長を継ぐ前の話さ。親父に連れられて他企業のパーティーに行ったんだ。
兄さんが死んだ後、後継者の代役をお披露目する意味もあってね」

自嘲気味に話し始める。

「そこで?」

「そう。シチュエーションとしては今回とよく似た感じかな。
互いに相手が主催するところには顔を出さないけど、どちらにも属さない企業から招待されたものではたまに顔を合わすこともあるのさ。
ま、今回は意図的にセッティングしようっていうんだけど」

「呉越同舟もあるわけか」

「親父もクリムゾンの爺さんも、内面はともかく顔では笑って握手してたよ。
当時、僕はまだガキでね、なかなか納得いかなかったな。
あの爺さんが値踏みするように僕のことを見てきたのを良く覚えてる」

「どんな値を付けられたんだ?」

「さあ?それを洞察するには僕は子供過ぎた。
ま、それほど低い値は付けられなかったんじゃないかな?」


「僕の親父によく似ていたよ・・・・・・」

ふと遠い目をすると、ポツリと漏らすアカツキ。

「何よりもグループを優先させる価値観。それを感じたね。
グループのためなら身内でも犠牲にしかねない。そんな・・・・・・ね」




















(ロバート・クリムゾン・・・・・・か)


パーティー会場の片隅でアカツキと握手している老人を遠目で見ているアキト。

一見好々爺然といている老人に対して、アキトは好意とは正反対の印象しか抱かない。
アカツキから聞いた人物像による先入観があるのからか、 それとも草壁ら火星の後継者と組んでいる敵であるからか、 とにかく色眼鏡を通しての印象であろうことはアキト自身、自覚している。
ただ、それを是正しようとは思わない。
彼個人がどんな人物であろうとも、今のアキトにとっては敵側の人間なのだから。






二人きりになって別室に消えていくロバートとアカツキを見送るアキト。

(さて、どうするかな?)

広いホールに豪華なシャンデリアの数々。
テーブルには、高級な食材をふんだんに使った凝った料理の数々が所狭しと並んでいる。
以前のアキトなら目を輝かせて調理法を推測しつつ征服しにかかるところだが

(目の毒だ)

ため息を吐いて頭を振るアキト。
ふと周囲の視線に気付く。

黒尽くめのスーツではあるが、上下の黒色の明度を変えてあるので、フォーマルな格好としてはそれほど悪いものではない。
ただ・・・・・・

(それにしても目が痛いな。まあ、こんなバイザーしてりゃ誰だって警戒しちまうか・・・・・・)



「あら?お久しぶりですねぇ」


突然の自分に向けられた声を聞くアキト。
声のしたほうに目を向けると、白いドレスに身を包んだ金髪の女性がいた。

「私のこと、覚えておりませんか?」

ニッコリと笑いかけてくる女性。
少女とは呼べない年齢なのであろうが、可憐という表現が似合いそうだとアキトは思う。

「いや・・・・・・忘れるわけがない。"素敵な"料理もご馳走になったしな」

彼女にご馳走になったのは美味しい料理ではあったが、隠し味に一風変わったスパイスも使われており、少なくとも初対面の客に出すようなものではなかったとアキトは記憶している。

「あらあら、そんなこともありましたっけねぇ」

アキトの皮肉に対して、その女性はまったく悪びれた様子もなく言ってのける。
"アンタには羞恥心というものがないのか?"と聞いてやりたいと思うアキト。
直接的に言うのは躊躇われるので、婉曲な表現を探していると・・・・・・。

「ちょっとアクア」

横から別の女性の声がする。

「あらシャロン、どうしたの?」

シャロンと呼ばれた女性は真っ赤なドレスに身を包んでいる。
"大人の色気を有した美人"であるといってもよかったかもしれない。
その手に、これでもかと料理を山盛った皿を持っていなければの話ではあるが。

「"どうしたの"じゃないわよ!勝手に動き回らないように言ったでしょ!
私は貴方が問題起こさないように見張ってなきゃならないんだから」

「あらあら、それはご苦労様」

力が抜けるような喋り方をするアクア。
事実、シャロンは怒気の方向を逸らされて、ため息を吐いている。

「また痺れ薬とか混入してたんじゃないでしょうね?
まったく、人が料理を集めてる隙に・・・・・・って?この人誰?」

ようやくアキトの存在に気付いたのか、シャロンはアクアに問う。

「私のお友達ですわ」

これ以上なく自然にそう言うアクア。
アキトは"いつ友達になった?"と心の中で突っ込んでおく。

シャロンはアキトの顔をじっと見つめる。
アキトの容姿が彼女の記憶を刺激したからだ。

「貴方・・・・・・もしかしてテンカワ・アキト?」

「君に自己紹介した覚えはないが?」

「クリムゾンじゃ貴方は要注意人物のトップにランクされてるわよ。
いくつもの研究施設を襲撃されてね」

つい先日、火星の後継者から資料を貰うまでは謎の人物とされていたが、 そこまでの事情を説明したりはしない。

「フン、ろくでもない研究している報いだろ?」

「否定はしないわ」





「あまり俺に近づかないほうがいいんじゃないのか?
ボディガードの連中も落ち着かないようだぞ」

「SSの心配までしてやる義理はないわよ。それに・・・・・・」

挑戦的な目でアキトを見るシャロン。

「それに貴方はここでは何もしないわ。ここでは・・・・・・ね」

見た目通り傲慢ではあるが、同時に豪胆でもあるようだ。

「あっちのテーブルに行きましょ」





料理を盛った皿を手にアキトの向かいの椅子に座るシャロン。
その隣にはアクアが陣取る。

自分を誘ったのだから何か話でもあるのだろうと身構えるアキト。
しかしシャロンは何も言わずバクバクと料理を食べ始める。

「はしたないですわよシャロン」

そう嗜めたのはアクア。

「うるさいわね。食べられるときに食べる、それが私のモットーよ。
私はアンタと違って企業家なの。
このくだらないパーティーが終わればまた忙しくなるんだから」

体が資本ということなのだろう。
女性としてはあまり品の良い様子とは言いがたいが、ただ、アキトは健啖家の女性は嫌いではない。
むしろ好意を覚える要素であった。

白ワインを飲んでいたアクアは、グラスをテーブルに置くとアキトに視線を向ける。

「それにしても・・・・・・随分とお変わりになったのですねぇ」

時の流れを確認するかのようにしみじみと言うアクア。

「まあ、な。しかし君は変わってないな」

自分とは対照的に、何一つ変わっていないかのような印象を目の前の女性から受けているアキト。
しかし、以前には感じ取ることのできなかった彼女の側面も覗くことができる。
これはアクアが変わったのではなく、彼女を見る側である自分が変わったのだとアキトは思う。

「こんな狂ったアーパー娘が変わったりするもんですか」

口を挟んできたのは食欲を満たすことに専念していたシャロン。

シャロンはアクアが嫌いなのではない。
自分の能力を認められた上で後継者の椅子に座りたいと思っている彼女は、 競争相手がこれでは"他に選択肢がないために自分が選ばれた"という印象を周囲に与えてしまうのではないかという危惧を抱いている。
そういう苛立ちが彼女に吐かせた言葉だった。


「違うな。アクアは狂ってなどいない」

アキトはシャロンの言葉を否定する。

「どういうこと?」

問うてくるシャロンの瞳は、自分の言葉を否定された不快感ではなく好奇心を宿していた。

「そういうフリをしているだけ・・・・・・という意味だ」

ついっと視線をアクアに向けるアキト。
シャロンもそれに倣った。

「どうしてそう思うんですの?」

ワイングラスの曲線を指でなぞりつつアキトに問うアクア。

「昔はわからなかったが・・・・・・今はなんとなくわかる。
真に狂気を宿すものを知ったからな」

狂気とは何かに対する常軌を逸した執着なのだとアキトは思う。
そしてそれは記憶にあるアクアの行動とは、重なり合いながらもズレているものだと考える。

「君が抱えているのは狂気ではなく・・・・・・虚無。
どうでもいいのだろう。なにもかも」

「・・・・・・」

アクアはイエスともノーとも答えずに、ただワイングラスを指でなぞっている。

ただ、アキトが的外れなことを言ったようにはシャロンには思えなかった。
アクアに対する評価を改めつつ、そして目の前の男に対しても興味を抱く。


「貴方ってネルガルの犬なわけ?」

自分でそう言っている月臣でもNOと返事をしたくなるようなシャロンの聞き方。

「別に俺はネルガルに忠誠を誓っているわけじゃない」

アキトの返答を聞いて満足そうにするシャロン。

「クリムゾンも変わる・・・・・・いえ、私が変えるわ。そしてこの地球圏を私が導いて見せる。
だから私と一緒に来なさい」

あまりに唐突な言葉。
彼女の脳内でどのような計算があってこのような発言に繋がったのかはアキトにはわからないし、 またわかりたいとも思わない。
自分とは別の価値観を持つ人種だということを再確認するだけだ。

(俺の事情なんて知るはずもないんだろうが、よくもまあそんなことが言えるものだ)

知らないというのは、それだけで罪だ。
そんなフレーズが頭を過ぎる。

”大言壮語を好み、やや短慮、傲慢”

アキトの内ではシャロンの人物像が固まってきていた。


「そういうセリフはせめてクリムゾンのすべてを手に入れてから言ってもらいたいな」

「私がクリムゾンを手に入れれば考える。そう受け取ってもいいのね?」

「さあ?俺はまだ、俺の戦いで精一杯だ。先のことなんてわからん」

そう言いおいて席を立つアキト。
これ以上言葉を交わしても互いに理解を得ることなどできないだろうと考えたからだ。

少なくとも戦い続けたいなどという倒錯した考えは持ち合わせていない。
火星の後継者を倒し、ユリカを助け、ルリや元ナデシコのクルー達が安心して暮らせる未来を招来することができれば、さっさと銃を置きたいと思っている。
その先に昔のような普通の暮らしがあると信じられるほど、楽観的に考えてはいないが。

そんな考えを彼女には理解できないんだろうとアキトは思う。
自分が持つ幸福の定義と、彼女が持つそれとは、けして重ならないことを感じたのは確かだ。





「珍しいですわねぇ、寄ってくる男に見向きもしない貴方が」

立ち去るアキトの背中を見ながらそう言うアクア。

「私の武器はこの美貌じゃなくて智謀なの。
外見や血筋に群がる蝿どもには興味はないわ」

自分で"この美貌"とか言っているあたり相当な自信家である。
容姿に関しては彼女の自信を裏付けるだけのものが確かに在るのだが、
智謀に関しては、アカツキ辺りは”そんなたいそうなものかねぇ?”と冷笑するかもしれない。
順当に行けば、彼女とアカツキの間で知略を争う時も訪れるのだろうが、それはまだ未来の話だ。



アキトは席を立ったとはいえ、この会場から消えたわけではない。
会場の片隅へ移動したアキトの姿を視界に納めているアクア。

「アキトを私にくれるなら手伝ってあげてもいいですわよ?」

「手伝う?何を?」

「色々」

笑っていて何を考えているのかわからないアクアの顔。
それは今までも同じなのだが、今のアクアは何かが決定的に違っていた。


「アンタの本当の顔、初めて見たわ」















さして大きくもないテーブルを挟んで向かい合うアカツキとロバート・クリムゾン。
地球経済を握る二大勢力のトップが対面していることになる。


「クリムゾン施設への襲撃・・・・・・。あれを止めてもらいたくての」


単刀直入に切り出したのはロバート・クリムゾン。

「何のことですか?僕にはさっぱり」

アカツキは長い髪をかき上げながら白々しく言う。

「とぼけずとも良いて。それにタダでとは言わんよ」

「交渉、ですか。しかしクリムゾンは火星の後継者と結んでいるんでしょ?」

「敵対したからといってすべてのパイプを切るのは愚か者のすることじゃろう」

大戦中、木星と繋がっていたクリムゾンらしい考え方だ。

「このまま互いに足の引っ張り合いに終始していては、他の企業に出し抜かれかねん。
たとえばアスカインダストリー辺りにな。
ネルガルとしても他所に漁夫の利を持っていかれてはかなわんだろう。
だからおぬしもここへ来た・・・・・・違うかの?」


"食えない爺さんだ"と思うアカツキ。

確かにクリムゾンに固執しすぎて他企業に追い抜かれては、本末転倒も甚だしい。
そしてアスカインダストリーの足音をより近くで聞いているのは、クリムゾンではなくネルガルのほうなのである。
”先に困るのはネルガルの方だろう”とロバート・クリムゾンは言っているのだ。

「こちらの最低条件としては遺跡の所在の明確化を希望したいですね。
あんなものが火星の後継者なんかの手にあると怖くて夜も眠れず困っているんですよ。
僕の美容と健康のためにも是非ともお願いしたい」

「遺跡の所在はワシも知らんよ」

「ほう?」

予想していた答えではあったがとりあえず驚いて見せるアカツキ。

「ワシも草壁と交渉はした・・・・・・が、さすがに遺跡は見せなかった。まあ、当然だろうがな」

(そりゃアンタは遺跡さえ手に入れば火星の後継者なんてさっさと切り捨ててるでしょうからね。
しかし草壁春樹もかなりのタヌキと見るべきかな?この爺さん相手にやってきてるんだから)


「そのかわり他のものをいっぱいもらったんでしょ?木星兵器のノウハウとか」

「おぬしの言う通りじゃ。おかげで機動兵器のシェアは手に入ったぞい」

いけしゃあしゃあと言ってのけるロバートに、内心で毒づくアカツキ。

「では、何をカードにするとおつもりで?」

「アクアでもシャロンでも、好きなほうをとるがいい」

予想外のロバートの言葉に驚くアカツキ。
それを表面上には出していないところは流石ではあるが。

「・・・・・・どういう意味ですか?」

「好きなほうを娶ればよいという意味じゃ」

「婚姻による結びつきですか?随分と古典的な手を使うんですね?」

嘆息しながら肩をすくめるアカツキ。

「血の濃さというものは存外強い。
今は敵対していても数年先、子でも生まれれば穏やかに融和していくものじゃ。
これは現在の地球と木星との関係にも当てはまると思わんか?」

「確かにそうですね。そして勢力の大きい地球が木星を取り込んでいく。
これを融和というのなら・・・・・・ね」

アカツキは視線を鋭くしてロバートを射る。

「今ならネルガルを取り込めるとでも?僕も甘く見られたもんだね」

「逆じゃよ。ワシはおぬしのことを高く評価しておる」

「へぇ?」

「先代からおぬしに代替わりしたとき、ワシは全力でネルガルを潰しにかかったよ」

世襲により会長の座に就いた実績のない若造。
それが当時のアカツキに対する世間の評価だった。
周囲の反発は少ないはずもなく、内外問わず敵だらけだった時期だ。
これらの逆境を跳ね返すためには、並大抵でない実力と努力が必要とされた。

「だがそれは叶わなかった。おぬしの才覚によっての」

「しかし結局は未来を見通せずに今、クリムゾンの下風に立っている・・・・・・。
評価しすぎなのでは?」

「未来を見通すことなど誰にもできんよ。
ワシとて部下の前では何でも知っているかのように振舞ってはおるが、実際には明日のことすら見えてはおらん。
ただ、自らの望む明日へ近づける努力をしておるだけじゃ」

それはロバート・クリムゾンの人生哲学とでもいうべきものであろうか。

「なぜ僕にそこまで話すのです?」

「最終的にはおぬしをワシの後継者にしても良いと思っておる」

「僕を?そりゃまたなんで?」

「言ったじゃろう、ワシはおぬしを高く評価しておると。
それにワシは男子の後継者には恵まれておらんのでな」

「別に男子にこだわることはないでしょう?」

「そうかな?ワシは重要なことだと思っておる。
世の中を動かす力・・・・・・それは何だと思う?」

「・・・・・・さあ?」

「ワシは"欲"だと思っておる」

「欲?」

「そう・・・・・・権勢欲、野心と言っていいかもしれん。
能力だけで言えば女子は男子以上かもしれんが、この"欲"という面では女子は男子より淡白じゃ。
もしもこの世が女子だけなら世界は平和であったかもしれんな」

「わかる気がしますね」

アカツキが思い起こすのは優秀な社長秘書。
"自分の手で地球圏を復興させてみせる"と会長の座を狙っていた彼女。
今はそれよりも優先させるべきことを見つけている。
それはロバート・クリムゾンが主張する説の正しさを証明するものではないかと思える。


「で、僕がそれを受けると思ってらっしゃるんですか?」

「おぬしとてクリムゾンと共に歩く道を探すために来たんじゃろう?」





「ハハ・・・・」
「フフ・・・・」










「ふざけんなクソ爺ィ!」





テーブルを叩きながら立ち上がるアカツキ。
手をつけてなかった紅茶のカップが中身を撒き散らす。





数瞬の沈黙の後、アカツキはへらっと顔を崩す。

「今日はこれを言いたくて来たんですよ」

今大声で叫んだのとは同人物とは思えないほど穏やかに言ってのける。

「失礼」






「シャロンでは厳しいじゃろうな、アヤツの相手は」

アカツキが出て行った扉を見つめつつ呟くロバート。
彼の目には、あまり明るい”明日”は映ってはいなかった。















会見場所であった個室を出るアカツキ。
即座に一定の距離にガードがつく。

アカツキは先程の会見の内容を思い出す。

悪くない話であるかのように思えるが、実はそうではない。
色々総合して吟味すると、火星の後継者の決起が失敗した場合でも確実に生き残れるように手回ししようという、クリムゾンの勝手な思惑しか見えてこない。

後継者にしてやるなどという甘い言葉を信用して、現在のクリムゾンや火星の後継者への攻めを疎かにしていると、自ら棺桶に入りに行くようなことにもなりかねないのだ。
ロバートの孫娘を貰うにしても、彼のような身内すら犠牲にして平然としている輩に対しては何の約束手形にもなりはしない、とアカツキは思っている。
向こうの都合のいいように進めば、さっさとネルガルを潰しにかかるのが目に見えているのだ。





(さて、テンカワ君はどこかな?)



アキトを探そうとパーティー会場を移動していくが、挨拶に来る企業の社長やその令嬢たちがそれを阻んでくる。

彼らから受け取るのはネルガル会長に対するおべっかや腹蔵ある言葉の数々。
油断ならない者たちとの言葉のやり取りは、それなりの緊張感はあるが、あまり愉快なものではない。





どれも自分を見てないのだから。





ナデシコに乗艦していた時、アカツキは艦長であるミスマル・ユリカに惹かれていた。

元々アカツキはナデシコに乗る必然性などなかった。
エステバリスのパイロットという、危険極まりないことをする必要も。
その彼がナデシコ乗艦を決めたのは、ナデシコの資料を見ていくうちに、ナデシコが地球脱出する時にミスマル・ユリカが発した言葉を知ったからだ。


ここが自分の居場所である。
ミスマルの長女でも、偉大な父の娘でもない。
自分が自分でいられる場所。

周囲が押し付ける"偶像"ではなく、あくまで"自分"でいたいのだ。
そうミスマル・ユリカは主張した。

生まれたときから付いて回る周囲の押し付ける視線は、ミスマル・ユリカのそれよりもはるかに厳しいものだったアカツキ。
あまりにもそれが当然で、それらを振り払うことなど考えもしなかった。

ミスマル・ユリカの言葉は、そんなアカツキに強烈な共感を呼び起こした。
アカツキも自分が自分でいられる居場所を持たなかったから。
自分は"ネルガルの会長"であり、"亡き兄の代わり"でしかないと思っていたから。

だからアカツキは、誰よりも自分らしくあろうとするミスマル・ユリカに惹かれていたのだ。



アカツキはアキトとユリカの間に割って入れると思っていた。
ミスマル・ユリカが有する強烈な個性。
それをただの青年であったアキトが受け止めきれるとは思えなかったからだ。

そして何よりもミスマル・ユリカが何者にも押し付けられない自分であろうとする一方、
”アキトは私が好き””アキトは私の王子様”とアキトに自分の思い入れを押し付けていた点だ。

アキトがこれに気付いた時、そこには埋めがたい溝が生まれることとなる。
ミスマル・ユリカがアキト自身を見ていないと気付くのだから。

アカツキは、自分にはそんな矛盾を含んだ彼女のすべてを受け止めることができると思っていた。
誰よりも彼女の根底にある”私らしく”を理解することができるのだから・・・・・・と。

だがあくまで普通の青年であったアキトには、その矛盾を受け入れることができるとは思えなかった。

だからアキトが彼女の矛盾に気付いた時にこそ、自分が彼女の心を得ることができると考えていた。
テンカワ・アキトという人間の持つポケットには納まりきらない宝物を、その時手に入れることができると待っていたのだ。


だがナデシコでは結局、精神的に子供のままであったアキトはそれに気付かなかった。
両者に決定的な亀裂は生まれるところまでは行かず・・・・・・というよりも、男女としてはスタートラインに立ったばかりのところでナデシコは終わりを告げた。
そしてユリカと疎遠になったまま、アカツキの想いは行き場を失うこととなった。

しかしアカツキはナデシコでの体験を失敗だとは思わない。
ミスマル・ユリカの心を得ることは叶わなかったが、手に入れられたものもあったから。

今探しているアキトもそのうちの一つだ。

親友と呼びたい人間ができるとは思いもしなかったアカツキ。
アキトの存在は、アカツキにとって照れ臭くはあるが、悪くないものであった。

「テンカワ君・・・・・・か」

気になるのはナデシコの時とは明らかに違っている今のアキト。
人の本質というものを理解し、洞察するようになっている。
自分に投げかけられる言葉の意味を知ろうとしている。
そのアキトが再び”アキトは私が好き””アキトは私の王子様”という言葉を聞いた時、 どのような感情を抱き、どのような言葉を返すのか?

アカツキには大いに興味があるところなのだが。

「いや・・・・・・」

(もしかしたら既に知っているのかもしれない)

一度、アキトは自分に言った言葉があったことを思い出す。


『俺は、ユリカすら利用した。そしてその結果がこれだ』

(あの言葉の意味は・・・・・・)










世俗の亡者たちを振り払いつつアキトを探すアカツキ。

(友情ごっこなんて、それこそ僕らしくないんだけどねぇ)

自他とも認める女ったらしの自分が、頑張って男を捜していることに哂ってしまうが、それでも探すのをやめたりはしない。

どこか所在無さ気にしているアキトを見つけたアカツキ。
僅かに嬉しそうな表情をこぼしてしまう。




アカツキは、今はもういない兄がネルガル会長を継ぐべきだと思っていた。

ずっと、ずっとそう思っていた。

優秀だった兄が会長であれば、ネルガルは今よりもっと状況がよかっただろうとアカツキは思う。
それはそれで亡き兄に対する美化を交えた過大評価であり、アカツキの能力はけしてそれに劣るものではないのだが。

だからアカツキはネルガルの会長は兄であるべきだと思っていた。


でも、今は違う。
今は自分が会長でよかったと思えるようになっている。


(兄さんじゃきっと、テンカワ君の力にはなろうとしないだろうからね)


"いい者"になったつもりはない。
どうでもいい他人に対してはいくらでも非情になれる。
ネルガルのためにどれだけ犠牲にしてもなんとも思わない。
それは変わっていない。



ただ、ネルガルグループが今のアカツキのすべてではない。

金儲けよりも、グループの存亡よりも、優先させるべきことがあってもいいと思う。
個人的なつまらない感情を大切にしてもいいと思う。

かつてはそういう考え方を"甘さ"だと、"奇麗事"だと思って切り捨てていた。
父のように非情でなければならないのだと強迫観念すら持っていた。





ナデシコに乗るまでは。





アカツキも、あの船で自分なりの"私らしさ"を見つけていたのだ。



”ネルガル会長”としてではなく”アカツキ・ナガレ”として。










「アカツキ」










親友でありたいと思う男の口から紡がれた自分の名前を










この上なく心地よいものと聞いていた。












ちょっと青臭い感じのアカツキです。
個人的にはアキトと仲良くやっているアカツキが好きなもので。

 

 

代理人の感想

アクア・クリムゾンーっ!?

本筋に絡んでくるのかなぁ。

だとしたらすっごい面白そうですが。