機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO












漆黒の空間に浮かび上がる純白の船体。
その名をユーチャリスという。


「どうだラピス?」

【この宙域にもいない】

火星の後継者の拠点となりそうな衛星をシラミつぶしに調査していくアキトとラピス。
だが、火星の後継者の尻尾も掴むことはできない。


ユーチャリスが就航して以降、継続しての探索が可能となっている。
けして効率の悪くない探索をしているはずなのだが、火星の後継者を探し出すことができないでいる。
アキトの心の中で燻っていた焦りと不安の火種は、大きな炎へと成長しようとしていた。



「火星の付近にはもういないのか?どう思う、ドゥーエ?」

このユーチャリスに搭載されているスーパーAIであるオモイカネ・ドゥーエに問いかけるアキト。

《私もそう推測いたします》

"どぅーえ"と平仮名で書かれた銅鐸を背景とするウインドウが開く。

「なら木星付近で潜伏しているのか?そうなると厳しいな・・・・・・」

顎に手を当てて考え込むアキト。

《あちらの宙域は情報が少ないですからね》
《ボソンジャンプで距離の壁は越えられても探索は困難を極めるでしょう》

「最新鋭戦艦であるユーチャリスをもってしても、たった一機では・・・・・・か?」

《Si》


アキトは深いため息をつく。

木星付近と言ってみたが、よくよく考えてみればそれとて可能性の一つに過ぎない。

宇宙は広大である。
太陽系一つとってみても、いまだ人間社会には大きすぎる器だ。
ましてやアキトとネルガルだけでは・・・・・・。



「一度月ドックに戻るか・・・・・・」


半日ほど探索してから月へ帰ることを伝えると、アキトはブリッジを出て行く。





【ねぇドゥーエ、昔のアキトってどんなだったの?】

問いかけるのはラピス。

《そうですね》

一瞬のタイムラグの後、複数のウインドウがいっぺんに現れる。

《優しくて》 《鈍感で》
《一生懸命で》 《無謀で》
《カッコよくて》 《みっともなくて》
《強くて》 《弱くて》

首をかしげるラピス。
ドゥーエが提示したものは、矛盾に満ちていると思うからだ。
その矛盾もまた人間らしい要素の一つであるのだが、今のラピスには理解できない。


さらに複数のウインドウが示され、最後に一つのウインドウが加わる。

《そしてバカでした》

「バカ?」

思わず声に出してしまうラピス。

《Si》
《ルリはそんなアキトをいつも見ていました》



(ルリ・・・・・・ホシノ・ルリ・・・・・・。アキトの・・・・・・)

ラピスは胸の奥底で何かが蠢くのを感じる。

(これは・・・・・・なに?)

自分の小さな胸に手を当ててみるが、答えを見出すことはできない。

ラピスがその感情の意味を知るのはもう少し先の話だ。





【アキトは変わったの?】

《服飾や戦闘能力は変わっていますが、内面はそれほど変わっていないと推測します》

ドゥーエは集めたデータからそう判断する。

《優しいところも》
《一生懸命なところも》
《鈍感なところも》
《無謀なところも》
《強いところも》
《弱いところも》


アキトは人を殺すようになった。
冷酷さ、憎悪といった負の感情が格段に大きくなった。
しかし、だからといって以前からあるものすべてが損なわれているわけではない。
優しさにしても、対象となる人の範囲は狭まったが、その深さは一ミリたりとも浅くなってはいないのだ。



《そしてバカなところも》

最後に付け加えるのはやはりこれだった。


【バカ・・・・・・というのはいいことなの?悪いことなの?】


《いいことです》

ひときわ大きく提示されるウインドウ。
自信満々といったところか。

《ルリはアキトのことをよくそう言っていましたから》




「バカ・・・・・・」

(そう言えばアキトは喜んでくれるのかな?)













ネルガル会長室のモニターにある映像が映っている。
ニュースで特集されているヒサゴプランの落成式の様子だ。


「ヒサゴプラン・・・・・・か。妙に展開が速いと思わないかい?」

アカツキは隣で一緒に見ているプロスに問いかける。

「ヒサゴプランがですか?」

「そう」





――ヒサゴプラン

クリムゾンが発起人となって計画された、ボソンジャンプのシステムを利用して宇宙のつなぐ試みである。
人類が宇宙での活動を活発にしている現在、距離の壁というものはとてつもなく大きい。
広大な宇宙空間を移動するには時間、エネルギー、人員など、様々なものが必要とされる。
特に時間的なものは大きなネックとなっている。
何しろ相転移エンジンを搭載した最新鋭戦艦であったナデシコでも、地球から火星までの距離を埋めるのに一月半の日時を要したのだ。
それらを大幅に軽減することを可能とするボソンジャンプは、まさしく宇宙時代にうってつけのテクノロジーであることは疑いないだろう。
それらからもたらされる経済的な効果は計り知れない。

アカツキの父、ネルガル前会長は20年近く前からボソンジャンプが次代を担うテクノロジーであることを見抜き手中に収めようとしていた。
アカツキもそのやり方はともかく、考え方には同意していた。

だからクリムゾンが発起人となったヒサゴプランをその有用性は認めつつ苦々しい想いで見ていたのだが。



「計画立案から認可を受けての施工までも早かったが、ここにきてさらに計画を早めている。
計画立案から稼働までにたった2年足らずだよ?これだけの規模のものが・・・・・・」

「そう言われてみると確かに妙な話ですな。
普通は実験的な小規模のものから始めて稼動に支障が無くて有用性、安全性が立証されてから大規模なものに移るのがセオリーといったところですからね」

「そう、新たな試み。
しかも大規模なものときたら慎重を期して長くなることはあっても短くなることなんてありえない。
何かあると思わないかい?」

「ヒサゴプランはクリムゾングループの立案でありましたな?」

「そして火星の後継者の拠点がつかめない。くさいだろ?」



本来的にヒサゴプランの稼働時期は半年先であった。
これが予定通り進むのであれば、アカツキも気が付かなかったであろう。
だがアキトに追われた火星の後継者が逃げ込むことで、その稼働時期が早まることとなった。
それがアカツキの目に留まったのだ。

「調べてみましょう。
クリムゾンからの情報の引き出しはラピスさんにも頼むとしましょうかね。
しばらくすれば戻ってくるでしょうから」

「そうしてくれ・・・・・・」

あまり歯切れの良くないアカツキ。
場所が場所だけに、火星の後継者の足取りが掴めるかもしれないと手放しで喜んでいるわけにはいかない。
あそこに潜伏されているとなると、そう簡単には手を出せないからだ。
そして連合の所有する機関に潜伏している事実は、連合内部において火星の後継者に味方するものたちの勢力の強さ、周到さをも物語る。

できれば外れていてくれたほうがいいとさえ思っているのだが。













月ドックに戻ったアキトはラピスを連れて地球へとジャンプする。


「どうしたんだ?わざわざ呼び出したりして?」

「調べてもらいたいことがあってね」

既に本日の仕事を終えていたのか、ネクタイを緩めているアカツキ。

「何を?」

「ヒサゴプランについてなんだ」

「ヒサゴプラン?」

”そう”と頷くアカツキ。

「それでラピス君に力を貸して欲しくてね」

「わかった。でも明日にしてくれないか?
今日の探索でラピスは疲れている」

そう言いつつラピスの髪を撫でるアキト。
無表情の上、直立不動であるため他人にはわからないが、アキトにはラピスが疲れていることがわかっている。

「了解。部屋を用意するよ。
今日は月に帰らずにこっちに泊まっていくだろ?」

「そうする」

「一緒に酒でもどうだい?」

グラスを傾けるジェスチャーをするアカツキ。

「そうだな」










会長室の隣はアカツキのプライベートルームになっていた。

忙しい時にはよくここで寝泊りをしているアカツキ。
頑張って帰っても、誰も待っていてくれないのだから・・・・・・と。


「どれぐらい飲めるんだい?」

スーツを脱いでラフな格好に着替えたアカツキ。
自らグラスや氷の用意をしつつアキトに問いかける。

「安酒しか飲んだことないから参考にはならないだろ?」

皮肉げに言葉を返すアキト。
黒いマントを脱いでいるが、インナーも黒尽くめなので、どこか硬そうに見える。

「僕がいつも高級な酒ばっか飲んでるみたいに聞こえるんだけど」

「違うのか?」

「違わないけど・・・・・・」



棚に飾ってあるブランデーのボトルを手に取るアキト。
見てもわからないだろうが、とりあえずはラベルを読む。

「それ一本ウン十万はするんだよ」

「それはいいことを聞いた。こいつにしよう」

味覚を失っているので味はわからないがとりあえず雰囲気は味わえる。
高級なものだと知っていればその値段に酔えることもある。

「ま・・・・・・いいけどね」

「こういう時は金持ちの友達もいいもんだと思うな」

ボトルをアカツキに渡しながらそう言うアキト。

「それしか取り柄がないように言わないで欲しいな」

そう言いつつも面と向かって言ってのけるアキトに不快感は感じない。


「だいたい君、普段からもっと高価なもの扱ってるだろ?」

「そうだったか?」

「ブラックサレナ、商品にしたらいくらすると思っているんだい?」

"ああ、そうだったな"と思いつつも答えを考えるアキト。

「・・・・・・1億ぐらいかな?」

「ハズレ」

「じゃあ10億」

始め言った値段の十倍。
アキトとしては”これならどうだ”という感じで値をつり上げたつもりなのだが。

「甘い、甘すぎるよ」

額に手を当てつつ"信じられない"といった感じで首を横に振るアカツキ。

(シビアになったと思っていたけど、経済感覚はむしろ甘くなってるんじゃないのかな?)

「いいかい。現在では旧式の扱いを受けている戦闘機でも一機100億はするんだよ」

「マジ?」

一般庶民の感性を備えたアキトには、宝くじに当たったとしても手に入らないような額は想像の範疇にはなかった。

「最新鋭とは言えなくてもエステバリス・カスタムに追加装甲を施してるあの機体はだいたい・・・・・・そうだね数千億は硬いだろうね」

アキトにとっては気の遠くなるような値段だ。
そして自分が使っているもう一つの高級品のことを思い出す。

「・・・・・・じゃあ、最新鋭戦艦のユーチャリスは?」

「推して知るべし」

アキトはしばらく考えた後、口を開く。

「俺、保険は入ってたっけ?」

「君、死人だろ?」

「そうだった」

苦笑しながらグラスを傾けるアキト。
味はわからないが、触覚はラピスとのリンクによってかなり回復しているので、ノドの粘膜を焼くように感じる強いアルコールはせめてもの慰めになる。

「それにしても企業が戦争させたがるのもうなずけるな・・・・・・。
軍需産業がそれだけの利益を得られるんだから」

「開発費用、人件費、材質・・・・・・その他もろもろ。
今言った値段×売った機数というわけにはいかないけど、かなりの利益を得られることは確かだよ。
それに開発した技術は民需にも転用できるし、けして損は出ない仕組みになっている。
軍需産業が儲かる所以だよ」

「それで今はクリムゾンがその一番手・・・・・・か」

”ネルガルは大丈夫なのか”と掲げたグラス越しにアカツキを見るアキト。

「機動兵器の分野ではステルンクーゲルにシェアを持っていかれているからね。
ウチとしても厳しいところだよ」

”ま、何とかするつもりだけどね”と笑ってみせる。



”ま、そういう話はまた今度にして”と話題の転換を図るアカツキ。
アキトのグラスにブランデーを注ぎながら意味ありげな視線を向ける。

「最近、ラピス君はどうだい?」

「どう・・・・・・って?ラピスは素直でいい子だ」

”何をいきなり”といった感じのアキト。

「彼女はきっと美人になるよ」

「そう・・・・・・だろうな」

アキトはラピスが成長した姿を思い浮かべながら琥珀色の液体を見つめる。


「で、何が言いたいんだ?」

「彼女のこと、どうするのかと思ってね」

「どう・・・・・・とは?」

「ちゃんと考えてるかい?将来のことを・・・・・・さ」













「・・・・ん・・・・」



アキトは眠りから覚醒すると、重いまぶたをこじ開ける。

見慣れぬ天井。
いつもと違うベッド。
そこはアカツキからあてがわれた部屋であった。

(ああ、そうか・・・・・・)

昨日のことを思い出しつつ、半身を起こすアキト。
その時、自分の横にいる存在に気付く。

「ラピス・・・・・・」

しばらくその寝顔を見つめながら薄桃色の髪を撫でる。
その行為に飽きるということはないのだが、いつまでもこうしていられるほどアキトの現状は温くない。
とりあえずラピスを起こさないようにベッドから出ようとした時、アキトは異質なものを目にする。

普段から見慣れているものではあるが、この場で見るには似つかわしくないもの。
それはベッドのシーツに付着している血であった。

「!?」

アキトは慌てて布団を捲り上げる。

「ラピス!」

名前を呼びながらラピスの体を揺する。

「ぅ・・・う〜ん、アキトォ・・・・・・」

寝起きの悪いラピスはその程度では起きない。
寝言を言っているだけだ。

「くそ!」

アキトは床に投げ捨ててあったマントから青いクリスタルを取り出すと、布団でラピスを包んで抱き上げる。













宇宙にあっても時間は存在する。
一日は24時間とされ、一年は365日だ。
朝と夜の区別が自然現象によって認知されることのない宇宙空間では標準時間というものが設定されていてそれに従って人は日々のサイクルをとっている。
その標準時間は地球における日付変更線での時間を基準としている。
どこかの大国は自国の時間こそ世界の時間だと言って、それを標準時間にしようとしたが、世界中から反発があり日付変更線での時間が採用されている。
その日付変更線からそれなりに近い位置に日本はあり、日本で早朝ということは標準時間においても朝という時間帯である可能性が高い。





ベッドにはクマのぬいぐるみを抱いた30過ぎの女性が寝ている。

切れ長の目をしていて、普段、理知的な印象を与えるイネスだが、こうして眠っている姿はどこか可愛らしい感じもしないではない。

その彼女の部屋で、光る粒子が踊り始める。

「イネスさん!」

布団に包んだ少女を抱きながら眠っているイネスに駆け寄るアキト。
独身女性の私室に無断で入り込み、眠っている女性の布団を剥ぎ取るという行為を躊躇わずやってのけた。
思わぬ事態に良識とか常識といった要素を別次元に飛ばしてしまっているようだ。


「どうかしたの?」

さすがに目を覚ましたイネス。
寝床をアキトに襲撃されたことに困惑しながらも、表面上は冷静に言ってのける。


「ラピスが!ラピスを!」

錯乱気味に叫ぶアキト。
顔にはナノマシンパターンが強く現れている。

「落ち着きなさい。
順を追って事態を話して」





要領を得ないアキトの説明を受けたイネス。
ラピスをベッドに運ばせると、心配して渋るアキトを説得してアキトを追い出した。





「ラピス・・・・・・」

ドアの前に張り付いていたアキト。
しばらくして入室を許可される。
急いで入っていくと、何食わぬ顔でベッドに腰掛けているラピスがいた。


「大丈夫なのか、ラピス!?」

すぐさま駆け寄るアキト。
ラピスは”何が?”とでもいう風にアキトを見つめる。

「大丈夫よ。別にどこか悪いわけじゃないわ」

代わりに答えたのはイネス。
いや、元々イネスに質問するべきだったのだろう。

大丈夫だと聞いて安堵のため息を漏らすアキト。
だが、すべての疑念が晴れたわけではない。

「じゃあ何だったんですか?出血していたんですよ」

「この子は大人の女性への階段を一つ上がったのよ」

「それって?」

状況を掴めない鈍いアキトを見て、クスリと笑うイネス。

「まあ、いわゆるお赤飯ってヤツかしら」

ようやく気付いたアキトは、顔を赤らめながらナノマシンの奔流を浮かび上がらせる。

年齢的にはそういうことがあっても全然おかしくない、そう思うアキト。
だが、年齢以上に若い容姿を有しているラピスからは今の今まで想像もできなかった。



「知ってるアキト君?
女の子の成長は貴方が思っているより早いのよ」

真剣な目をアキトに向けて来るイネス。

「時が経てば体は肉付き丸みを帯びてくる。
背が高くなれば見える景色も変わる。
少女はいつまでも・・・・・・少女でいるわけではないわ」

「何が・・・・・・言いたいんですか?」

「未来のことよ」

「未来?」

「私が聞きたいのは火星の後継者たちを倒すことができれば、貴方はどうするのか・・・・・・ということね」


アカツキもイネスも未来のことを聞いてくる。
アキトとてまったく考えないわけではないのだが・・・・・・

「俺はまだ、先のことを考えている余裕なんかない」

アキトがそう言って視線を逸らした先には、金色の瞳で見つめてくる少女がいた。

手を伸ばし、少女の頬に触れるアキト。
ラピスもアキトの真似をして、アキトの頬を触ってくる。

(ラピス・・・・・・)



「でも叶うなら・・・・・・」


(もしユリカやルリちゃんが許してくれるなら・・・・・・)



「みんなで・・・・・・幸せになりたい」













「どうだラピス?」


ラピスはクリムゾンからヒサゴプランの設計に関わる資料を検索する。
しかしクリムゾンにしても火星の後継者にしても、マシンチャイルドという存在にはそれなりの警戒していた。
それゆえ得られた情報というものはお世辞にも豊富なものとは言い難かった。
マシンチャイルドがいるからといって、すべての情報を得られたりはしないのだ。

そこでターゲットを統合軍に絞っていくうちに、オフィシャルな資料とは別の設計資料を発見することに成功する。
そして統合軍にネームプレートを変えた火星の後継者がいることも判明した。




「そうか・・・・・・やっぱりね」


「厄介なことになったな」

アキトは苦々しげに舌打ちする。

「これでネルガルは手を出せなくなる。
"さあ、安心して準備を整えようか"ってところかな」

軽く言うアカツキ。 だが、そのアカツキの表情も険しいものとなっている。


このヒサゴプランの発起人はクリムゾンであるが、その所有はあくまで連合のものだ。
そのヒサゴプランに多数の火星の後継者がいる。
この事実からも連合政府や統合軍に、火星の後継者やクリムゾンの影響力が強くあることは明白だ。
無論、連合政府や統合軍のすべてが草壁やクリムゾン寄りということはないだろう。
だが、これだけのことができているからには、連合政府と組むことは火星の後継者やクリムゾンにこちらの動きを教えるのと同義と考えていい。

この可能性をも考えていたからこそアカツキは連合とは手を結ばなかったのだ。

しかし自分の予測が当たっていたからといって自分の先見性を喜んでいられる状況でもない。
むしろ外れていてくれていたほうが良かったのだから。



(くそっ・・・・・・)

アカツキは心の中で毒づきながら苛立たしげに髪をかき上げる。

(問題はこれからどうするか・・・・・・だ)

宇宙軍へのリーク。
政府や統合軍が信用できない現状で考えられるのがこれだ。
宇宙軍はミスマル派で占められている。
それゆえ火星の後継者やクリムゾンとの繋がりは考えにくい。

しかしその反面、勢力の弱さから実行力に欠ける。
情報を与えても、ヒサゴプランにはそうそう手を出せないだろう。
それこそターミナルコロニーに無視しえぬほどの何かが起これば別ではあるが。

(他には?)

現在的に政府への影響力でクリムゾンに劣っているネルガルには、即座に公的機関を動かすことは難しい。
それなりの根回し、手続きを踏まえれば何とかなるかもしれないが・・・・・・。

(だが、時間は?それで間に合うのか?)

最後に火星の後継者を襲撃してからそれなりの時間が経っている。


草壁たちは長距離ジャンプを可能にしているのか?
まだしていないのなら、それはいつになるのか?
その他の技術、例えばボソン砲の長距離化は?


答えなど出るはずがない。

火星の後継者の手にあるのはボソンジャンプのブラックボックス。
そう、まさにブラックボックスなのだ。
何が出てくるか、神ならぬ人でしかないアカツキには想像するしかない。




とりあえず最悪の状況を考えてみる。
しかし限られる情報では、想定できる未来図の不確かさしか浮かび上がってこない。
思い浮かべた最悪の未来は、さらに悲惨な未来へのほんの入り口でしかないのかもしれない。
そう考えてアカツキは冷たい汗を流す。

「戦力が増えれば、ヒサゴプランを保持したまま蜂起するかもしれない。
そうなれば本拠地となるターミナルコロニーが複数存在して草壁本隊の位置が確定できなくなる可能性がでてくる。
その場合、用意しているこちらの切り札では制圧しきれない」

ネルガルが切り札と位置づけしているシステム掌握はあくまで局地的なものなのだ。
たとえ火星全土を掌握できたとしてもこの広大な宇宙をカバーできるはずもない。

「第一これ以上遺跡の研究をされて未知の技術を得られては対応できなくなる。
特に長距離のボソン砲なんかを可能にされた日には洒落じゃすまなくなるね。
それに長期間融合されたままでいればミスマル艦長の体の影響も考慮に入れなければならないだろう」

"どうしてマイナス要素はこうも簡単に出てくるのだろう"と思いつつも、それらを無視するわけにもいかないアカツキ。
この期に及んで楽観的な考えを示しても意味がない。
一つ一つ悲観的な材料をアキトに提示していく。


「シラヒメ、アマテラス、ホスセリ、タカマガ、ウワツツ、サクヤ・・・・・・。
ほとんどのターミナルコロニーに秘匿ブロックが存在しています。
どこが本命なのか推測しかねますなぁ」

資料を見ながらそう分析するプロス。

「どのコロニーにも秘匿ブロックは存在し、火星の後継者たちもいる。
だったら虱潰しにするしかないよね」

それはターミナルコロニーへの攻撃を示唆した言葉。
アキトの顔にナノマシンの奔流が浮かぶ。


「しかしそれでは・・・・・・」

ターミナルコロニーに対しての襲撃・・・・・・。
それは今までの戦闘とは事情が異なる。
無関係の人間をも巻き込んでしまうということになるからだ。


「どうするんだいテンカワ君?ここでやめにするかい?」

それは草壁が地球圏を支配するという未来が訪れる可能性が格段に高まることを意味している。



「少し・・・・・・時間をくれ・・・・・・」





「辛い決断だね」

アキトが出て行った扉を見つめつつ呟くアカツキ。

「それをさせる私たちも他人事ではないでしょう?」

「僕は別にどうとも思わないよ。元々悪人だからね」

肩をすくめるアカツキ。
蜥蜴戦争の最中、ボソンジャンプ実験で多くの犠牲を出しているネルガルなのだ。

「いまさら人道主義の厚化粧をしてみても、血の匂いまでは隠し切れないさ」

「しかし・・・・・・」

「ネルガルとしてもここは引けないんだ。
相手の手の内がわかるうちに引っ張り出さなきゃ負けるのはこちらだ。
これは僕たちだけの問題じゃない。
ネルガルにとってもこれは未来を賭けた戦いなんだ」

これはアカツキ個人としてではなくネルガル会長としての判断でもある。

「しかし・・・・・・本当によろしいのですか?
多数の民間人もいるターミナルコロニーに攻撃を仕掛けるなど・・・・・・」

「じゃあどうするんだい?政府にお願いでもしてみる?」

「ご冗談を・・・・・・」

政府内部には明らかに火星の後継者を支持する強い勢力が存在している。
そうでなければ、政府の所有する公的機関にこれだけの火星の後継者がいるという状況などあり得はしない。
政府に頼むというのは、盗まれた物を盗んだ泥棒に探してくれとお願いするようなことなのかもしれない。

「これが最善・・・・・・などと言うつもりはないよ。
きっと後から見れば、非難の対象にしかならないんだろう。
けどそれは、後になって色々わかったらの話だ。
全部のカードを知っていれば、正しい方法がわかるからね」


平然と言ってのけるアカツキの拳が強く握り締められていることに気付くプロス。

民間人に犠牲を出したところで、さして心を痛めるようなアカツキではない。
それはプロスも知っている。

(きっとテンカワさんにそれをさせようとしていることを・・・・・・)

"自分がもっと多くの情報を得ていれば"
そう思うプロスであるが、事ここに至っては内心で歯軋りしているしかない。


「僕は今ある情報を吟味して、今やれることをやる。それだけだよ。
手を拱いてヤツラの思い通りになった日には、目も当てられない。
そうなったら"あの時こうしていたら何とかなったんだ"とか、後世の歴史家にしたり顔で憫笑されるのがオチだ。
そんなことになるくらいなら"やりすぎた"って非難されるほうがマシだね」

偽悪的なことを言い、ことさら人の悪い笑みを作る。
内心を隠すように・・・・・・。






すべてが終わった後には全部わかるであろう。
その時には最善の道が何であったが知ることができるであろう。

だが彼らは後の分析者でなければ、後世の歴史家でもない。
今を生きる行動者なのだ。

手探りででも進んで行くしかない。















同胞たちの復讐。
自分自身の夢と幸福を砕かれた復讐。

アキトはそれらの復讐を掲げて戦っているが、決してそれだけではない。

ユリカの、ルリの、ナデシコクルーの未来を守るための戦いでもある。

そしてそれらの目的すべてが火星の後継者を倒すことで達成することができる。

だからこそ、殺人への禁忌すら犯してまで戦ってこれたのだが・・・・・・。





アキトはブラックサレナのコクピットに座り、静かに息を整えようとする。
しかし、顔に浮かぶナノマシンの奔流は激しさを増すばかりだ。

IFSのコンソールに置く手は震え、喉は渇きを訴える。


ターミナルコロニー・・・・・・。
彼がこれからボソンジャンプにて奇襲を行う場所のことを考えているのだ。

そこはこれまで襲撃してきた場所とは事情が異なる。


(多くの無関係の人を巻き込むことになる・・・・・・。
理不尽な死を与えてしまう。
それこそヤツらが俺たち火星人にそうしたように!)

感情が昂ぶり、ナノマシンの奔流がいっそう増す。

(これを行えば俺は火星の後継者たちを責める権利はなくなるのではないのか?)

そんな疑問が頭をよぎる。


(それだけじゃない。
もう、俺にはささやかな幸せを求める権利も無くなるんだ)


これから行うボソンジャンプは、ルリやユリカとの過去への決別。

そういう意味を持っていた。

アキトは震える体を両手で抱きしめる。



(ちくしょう・・・・・・)





アキトは目を瞑り思考の海に身を漂わせる。
思い起こすのは自分自身が戦うもう一つの理由。








ナデシコでは恋愛だなんだと騒がしかった。
戦争なんかの最中にいると、種族維持の本能からか異性を求めるようになるって誰かが言ってたっけ。

勢いでユリカにキスしたりしたけど、ナデシコから降りて平凡な日常にいるとあの時より冷静になる。
俺はナデシコを降りた後、拘束された生活の中で自分自身を見直していた。
ユリカとの関係についてもだ。





俺がユリカを好きで
ユリカが俺を好き

それだけならきっと上手くいったんだろう。


でも


"アキトは私の王子様"


その言葉を聞く度、俺は自分自身に問いかけた。

俺はユリカの王子様に相応しい男なのか・・・・・・と。


答えはいつもNOだった。

ナデシコの時とは違いエステバリスに乗って戦ったりしない俺は、自分はヒーローなんだと酔うこともできない。
自分なりに客観的に見つめると、ただの男だということがわかるだけ。

ユリカは才能も門地もあり、美人で天真爛漫。
誰よりも自分らしくあり、眩しいほど輝いて見える。

その彼女の王子様として俺はつりあうのか?

YESなどという答えを出せるはずがなかった。
俺はただの半人前のコックに過ぎなかったのだから。

そしてそんな俺を"王子様"と言うユリカが、俺という人間を見ているのかも疑うようになっていった。





ナデシコのクルーは拘束を解かれ、ユリカとも離れることになったけど、俺はそれでもいいと考えるようになっていた。


でもまあ、やっぱりユリカはユリカ。
ナデシコから降りてもアイツは普通じゃ考えられないような非常識なことをやっちまう。
親と喧嘩したとかでルリちゃんを連れて俺ンところに転がり込んできやがったんだ。

"何考えてんだコイツ!?"とか思ったな。
いや、それは昔から思い続けてたことか。

ユリカは"違う"のだということだ。
誰よりも自分らしくあり続けられるユリカは・・・・・。




まあ、それはともかく一緒に暮らすようになった。



ユリカなんかは半分・・・・・・ていうかもうまるっきり恋人のつもりみたいだったけど、俺にはそんな気はなかった。
勘弁してくれって思ってたっけ。


俺には無理なんだよな。
アイツの王子様は・・・・・・。


俺は王子なんかじゃないって言ったって、全然人の話聞かないし。
そこんとこは昔から全然変わらない。
ユリカらしいといえばユリカらしい。



ユリカのことを好きかと聞かれれば、もちろん好きと答える。
でもそれは恋慕の情ではなく、家族に対する想いとなっていた。


それはそれでいいと思っていた。







借金とかあって生活は楽じゃなかったけど

ナデシコほど騒がしくも楽しいわけではなかったけど



幸せな・・・・・・日々だった。





そんな時だ。
ミスマル・コウイチロウ小父さんが俺に言ってきたのは。


「君は、ユリカのことはどう思っているんだ?」


俺は家族だって言おうとしたんだけど。

「私としては大事な年頃の娘を、他人の男と一緒に住まわしておくわけにはいかんのだ」

ミスマル小父さんはそう言った。



考えてみれば当然の話だ。
誰が将来のない男の元に可愛い娘を置いておこうと思うだろうか?

「名門ミスマル家としても、同棲しているなどと噂を立てられてはかなわん」

親としての情からも、公人としての面子からも認められない。
つまりはユリカを返せということだ。


俺たち家族に足りなかったもの。
それは法的根拠だ。
元々、俺たち家族は世間一般から見れば歪んだものだったのかもしれない。



俺たち家族はこれで終わり・・・・・・ということになる。


俺は怖かった。
家族を失うのが怖かった。

父さんと母さんが死んでから孤児として生きてきていた俺は一人には慣れていたはずなのに、
家族の温かさを手に入れた俺は、
誰かに傍にいてもらうことが当たり前になった俺は、
その頃に戻ることができなくなっていた。


一人になるのが怖くなったんだ。
そう、どうしようもなく怖かった。
もう二度と・・・・・・失いたくなかった。


だから俺は、この家族を維持する方法を考えた。
どうしたら一人にならなくてすむのか考えたんだ。

それがユリカとの結婚。

結婚は両者の合意によってのみ成立するものであるのだから、たとえミスマル小父さんを説得できなくても法的根拠は手に入れられる。
そしてルリちゃんを引き取って養女にすれば俺たち3人は社会的にも立派な家族になり、誰に後ろ指さされることもなく一緒にいられる。

俺はそう考えた。



だけどユリカ・・・・・・

アイツは俺のことを愛しているつもりだし、俺もユリカのことを愛していると思っているだろう。

お互いの合意の下とはいえ、これではフェアとは言えない。


俺はユリカの気持ちを利用したんだ。

卑怯なことは承知していた。
全部俺のわがまま。

わかっていたんだ。



罪悪感がなかったわけじゃない。
でも、家族を失うのはそれ以上に怖かったんだ。





だから俺は誓った。
せめて、二人を守ってみせるって。
絶対、幸せにしてみせるって。





なのに!





俺はやらなければならない。

二人の居場所を守らなければならない。


それが俺のせめてもの償い。


たとえこの身が血に塗れようとも。

たとえ世界中からなんと謗られようとも。










たとえ・・・・・・俺が俺でなくなっても。













アキトにとって、この戦いは贖罪でもあったのだ。

しかしその贖罪のために犯した罪は、いったい何によって贖われるべきなのだろうか?





救い難いほどバカな男が、悲壮な決意で口を開く










「ジャンプ」












後一話挟んで劇場版突入です。

 

 

代理人の感想

・・・・・・・・はぁ(溜息)。

馬鹿ですねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・本当に。