第八番ターミナルコロニー『シラヒメ』
「第一次、第二次、警戒ライン突破!」
「第一、第二小隊全滅!」
あっという間に警戒ラインを突破してくるたった一機の機動兵器。
守備隊の司令官が聞くのは、不愉快な報告ばかりだ。
小隊の2つや3つ壊滅したところで、戦力的には何の支障もきたさないのだが。
(足を止めることさえ出来んとは・・・・・・)
「くっそう!」
統合軍の制服を着た司令官は、苛立ちと共に拳を叩きつけた。
そこはシラヒメに存在する秘匿ブロック。
そこで研究に勤しんでいた者たちは、普段とは異なる状況を味わっていた。
研究室の一角に集められた研究者たちは、ここで自分たちが扱ってきたモルモットたちのように怯える側の立場に立たされている。
彼らの前にいるのは、編み笠とマントという時代錯誤な格好をした者たち。
サイレンサー付き拳銃の銃口から、どこか気の抜けた音が漏れる。
だがその音と共に吐き出されたのは、人の命を奪う小さな塊。
白衣を着た研究者の一人が倒れ、他の者たちに動揺が奔る。
「待ってくれ!我々がいなければ研究が・・・・・・」
不幸な同僚と同じ道を辿りたくない研究者は、自らの必要性を必死で訴えて翻意を促す。
だが目の前にいる赤い義眼の男は、彼の主張を冷笑混じりに聞き流し宣告した。
「機密保持だ」
先に黄泉路へと送られた研究者は、すぐに複数の同行者を得ることとなった。
シラヒメの外壁を破壊し、ターミナルコロニー内に侵入する漆黒の機動兵器。
その振動を感知した北辰は、アキトの接近を知る。
「遅かりし"復讐人"・・・・・・未熟者よ」
復讐人。
復讐鬼ではなくあくまで"人"。
北辰はアキトが堕ち切っていないことを知っていた。
堕ちるのは簡単だ。
その淵でとどまり続けるアキトを未熟だと評しつつも、たいした男だと思う。
そしてそんな人間に限って、堕ちた時には誰よりも深い闇の住人となる。
北辰はそのことも知っていた。
いずれ、そうなったアキトを相対したいと思っているのだが・・・・・・。
「滅」
ターミナルコロニー・シラヒメの各所で爆発が起きる。
火星の後継者が仕掛けた自爆装置だ。
「また間に合わないとは・・・・・・・」
四度目となる光景を目にするアキト。
苛立たしげに舌打ちすると、ジャンプの用意に入る。
既に高機動ユニットに内蔵されていたジャンプフィールド発生装置はない。
エステバリスの一次フレームに内蔵されているCCを使ってのボソンジャンプとなる。
2回が限度となるだろう。
CCは使うたび消費するのだから。
地球連合宇宙軍第三艦隊所属 戦艦『アマリリス』
「シラヒメ!?シラヒメ!?応答してください、シラヒメ!?」
シラヒメへと呼びかける通信士の言葉がむなしく響く。
近くを哨戒していた宇宙軍の戦艦『アマリリス』
ターミナルコロニー『シラヒメ』の異常を察知し、いち早く駆けつけていた。
艦長はかつてナデシコに乗艦し、副官の任に就いていたアオイ・ジュン。
現在の宇宙軍での階級は中佐だ。
「負傷者の救助が最優先。フィールドを展開しつつ接近」
状況を掴み切れない現状に苛立ちながらも、最善と思われる指示を出すジュン。
そこに思わぬ報が飛び込む。
「ボース粒子増大」
「なにぃ!?」
ジュンは立ち上がり身を乗り出す。
ボース粒子が検知されたということは、ボソンジャンプが行われたということだ。
ジャンプアウトの地点が示される。
そこはゲートの存在が確認されていない場所。
つまりは単独でのボソンジャンプである可能性が高いということだ。
「スクリーン拡大」
スクリーンに映る映像が拡大されるが、爆発の余波でセンサーが乱れているため鮮明にはならない。
「センサー切り替え」
この状況で最大の感度を得られるセンサーに切り替わる。
それでも映像は不鮮明であったが、明らかに人の形に似た影が見て取れる。
「な、何だあれは・・・・・・」
異常に大きな肩部と同じく大きな翼、そして尻尾を持つシルエット。
その禍々しいフォルムは、ジュンの目と心を釘付けにしていた。
「あれはいったい・・・・・・?」
機動戦艦ナデシコ
The prince of darkness episode AKITO
「宇宙をめぐる大螺旋、ヒサゴプラン。
そのうち4つのコロニーが連続して破壊されました。4つです。
何のために?誰が?
これは断じて許されない!」
地球連合臨時総会にてそう発言するのは、背広を着た地球側の議員。
格調高い(と本人は思っている)口調で、この会議の議題を披露する。
「今度は土星蜥蜴なんてのは無しですぞ」
さっそく出た発言は、白い学ランを着た木連側の議員が発したもの。
かつて自分たちの存在を隠し、木星蜥蜴と呼んだ地球のやり方を皮肉ったものだ。
「な、なんだ?それはどういう意味だ?」
やや鼻白む地球の議員。痛い所を衝かれたからだ。
「さる筋によれば某国の陰謀という説もあるが?」
気を良くした白い学ランの男は、したり顔でたたみかける。
"アンタんとこの国じゃないのかい?"とその目は語っていた。
ここまで言われれば、さすがに黙っていることなどできない地球側の議員。
「だ、黙れ蜥蜴野郎!それはこっちの言うことだ!」
ただ、苦し紛れに出てきたのは、いくらでも追求される余地がある不用意な発言。
本来なら、ここに上手に食いつくのが賢いやり方といえるだろう。
しかし元々、沸点の低い頭をしているのが木連男児。
たったこれだけの言葉で理性を放棄した。
「何ィ!表に出ろ!」
これが呼び水となり、黙っていた他の議員達も好き勝手なことを叫び始める。
立派な大人同士の会話とは、とても思えないようなものばかりだ。
"静粛に"と場を宥めようとする議長の言葉を無視して、混乱は激しさを増していった。
「随分と騒がしくなってきましたわねぇ。
お爺様はどうなさるおつもりなのかしら?」
ニュースで議会の様子を見ていたアクア。
TVのリモコンを玩びながら、隣に座っているシャロンに問いかける。
「クリムゾンは表立って動かない・・・・・・だそうよ。
草壁が失敗しても"我関せず"でとおせるようにね」
「自分では踊らない・・・・・・。
まあ、それが一番賢いのかもしれませんけどねぇ」
アクアがシャロンを見ると、どこか不満そうにしている彼女の姿があった。
もともと草壁の決起に積極的な立場ではなかったが、やるならば自ら表舞台に立ちたいと思っているのだ。
「わかってるわよ」
そう言うと頭を振るシャロン。
今のクリムゾンは、賭けに出る必要などないのだと自分を宥める。
「けれど、この流れはあまり良くないわね。
情報操作を行って世論を誘導する必要があるわ」
「このままじゃ、ヒサゴプランの稼動にも影響してしまいますものね。
事故という線を強調なさるのかしら?」
「統合軍の力を宣伝すると共にね」
「宇宙軍は?」
「もちろん締め出すわよ」
「私は見ました。確かにボソンジャンプです」
事故調査委員会に召喚されたジュン。
さして広くもない会議室において、現場で彼が見たものを主張する。
しかし彼の熱意のこもった弁舌を好意的に聞くものはそこにはいなかった。
「コロニー爆発の影響で付近の艦、センサーの乱れ著しとの報告もあるが?」
正面で腕を組んでいた委員の一人が冷ややかにそう指摘する。
白い学ランを着ているので、木連出身の政治家であろう。
「誤認だというんですか?」
心外だと反論しようとするジュン。
「その通り」
しかし、先の委員への賛同者がそれを未発に封じた。
「考えてみ給え。第一、ボソンジャンプ可能な全高8メートルのロボットなど、地球も木連も現時点では作れんのだ」
さらに畳み掛けられ、そこでジュンの発言は終わった。
ボソンジャンプを行う機動兵器の存在などなく、これまでどおり事故という線も視野に入れたまま調査を続行する。
警戒はするが、ヒサゴプランの稼働もこれまでどおり。
事故調査委員会では、そういう結論が出た。
ガシ!
宇宙軍総参謀本部に戻り、上官であるムネタケに報告をし終えたジュン。
溜まった苛立ちを壁にぶつける。
「こらこら、いかんよ」
コーヒーを啜りながらそうたしなめるムネタケ。
「アイツら、やるハナっからやる気がないんだ!何が事故調査委員会だ!」
自分がボソンジャンプを行う機動兵器の存在の証拠を提示し、徹底的に調査をすべきだと主張しても、調査委員会はのらりくらりとして一向に本腰を入れない。
それどころか事故の可能性も有りとして、今までどおりヒサゴプランの稼働を継続することを決定している。
既に四つのコロニーが破壊されているというのに・・・・・・だ。
(狂気の沙汰だ!)
そう思わざるを得ないジュン。
「かくして連合宇宙軍は蚊帳の外。事件は調査委員会と統合軍の合同捜査と相成りました」
ムネタケは、コーヒーを片手にこの事件の記事を読みつつ、淡々と総括する。
"君が行ったのは、既に宇宙軍を排斥することが決まっていた委員会の諮問調査だったのだよ"
”何を言っても、はじめから無駄だったんだ”
とジュンに言い聞かせるニュアンスが含まれていた。
「参謀!」
ムネタケに振り向き、大きな声を出すジュン。
心ならずもその茶番劇の一役を演じてしまったジュンとしては、平静ではいられなかった。
"それこそ問題じゃないですか!"と。
「ハッハッハッ。
ま、確かに黙ってみている手はないからね。
だからさっそく行ってもらったよ・・・・・・ナデシコにね」
「ナデシコ?」
”そう”と頷くムネタケ。
「あくまで事故の可能性もあるのだと主張するのなら、立ち入り調査の必要もあるだろうと政府にねじ込んでね。
開発公団に許可を下ろさせたんだよ」
まあそれでも戦艦一隻を動かすのが精一杯といったところなのだが。
「どう思うかね?」
ムネタケが問うと、ジュンは手をアゴに当ててしばし思案する。
「ちょうどいいと思います」
「その理由は?」
ジュンがその答えにたどり着いた理由を確認するムネタケ。
彼としては、参謀タイプのジュンはいずれ自分の後継者として育てていきたいと考えているのだ。
「情報収集ならあの艦以上に適した存在などありませんし、現在全体の配置からは浮いているのでちょうどいい・・・・・・と。
だから"早速"行ってもらえたのでしょう?」
ジュンの回答にムネタケは満足しウンウンと頷く。
ナデシコBが全体の配置から浮いているのにはいくつか事情があるが、その最大の理由としてはそのオペレート方式にある。
マシンチャイルドのオペレートする戦艦はレスポンスがよく、その戦闘力に関しては最高クラスであることには疑いない。
しかし実際の戦闘はシミュレーションのようにヨーイドンで始まるわけではない。
不意な襲撃もあれば、遭遇戦などもある。
それらに対応するには常にマシンチャイルドがオペレートしている必要があるのだが・・・・・・実際にはそうはいかない。
マシンチャイルドは兵器ではない。
彼らも人間なのだ。
栄養補給もすれば排泄もするし、疲労もするから睡眠などの休息も必要とする。
アキトやラピスのように短時間の襲撃なら問題ないが、継続的な任務に就くためには通常三交代、最低でもニ交代にする必要がある。
ナデシコBを継続的に稼動させるためには2人のマシンチャイルドでは足らないのだ。
だから現在、ナデシコBは継続的な任務に就いておらず、今回の事態にうってつけだったのである。
ただ、単艦としての戦闘能力が宇宙軍屈指であることは間違いない。
先日行われた演習の結果がそれを示している。
ナデシコBの兵装は多くないが、基本能力とグラビティブラストの威力は群を抜いていたし、何よりルリの操艦が素晴らしく高い評価を得ていた。
ホシノ・ルリの戦術的能力は、故人とされている天才ミスマル・ユリカのものとはまったく異なる方向性を示していた。
ミスマル・ユリカは相手の心理をまるでコントロールしているかのように読み取り、奇抜な発想と戦法で勝利を積み重ねた。
不安定な奇策を戦術立案の主軸に据えている彼女の用兵は、ある意味では正統的な戦術家には忌避されているのだが、それでも破綻することなく勝利してきた彼女はまさしく天才の名に相応しいだろう。
そしてそれは、余人に模倣しうるものではないことを示している。
対してホシノ・ルリは、マシンチャイルドとして過ごした幼年期の影響からか、相手の心理を読むことに慣れてはいないし、彼女は冷静でありすぎるが故、通常の戦術家がどの場面で焦り、どのような心理になり、どのような決断を下すか読み取ることができない。
相手も彼女のように常に冷静であると仮定するならば理に基づいて予測することも可能だが、大半の人間はそうはいかないのだ。
だからユリカのように奇策・搦め手を使えば使うほど、勝率が落ち込んでいく結果となっていた。
故にホシノ・ルリは、ミスマル・ユリカとはまったく異なる方向性を見出したのだ。
ホシノ・ルリが戦術家としてミスマル・ユリカを上回るのは目の前にある戦場の分析、認識のスピードである。
ある意味ではこれもマシンチャイルドとしての特性を生かした物であるのだが、とりあえずは大きなアドバンテージであることには変わりない。
そして次に判断のスピード。
ルリが選択する戦術はごくまっとうで、正統的な用兵である。
だが戦場の分析、認識のスピード、そして判断、決断のスピードを余人の許さないレベルで行い、さらに通常に比べてレスポンスの圧倒的に高いオペレートを採用しているナデシコBを駆れば、その用兵のスピードは驚異的な効果を持って発現されることとなる。
オペレーターが敵の発砲を感知し、「敵艦からグラビティブラスト」と報告しようと口を開く瞬間には、「回避、並びにグラビティブラスト発射」という命令が発せられている。
さらにはそのタイミングで自ら操艦することも出来る。
通常であればマシンチャイルドであるナデシコBのよりも鈍いオペレーターの報告の後、それを吟味し判断、次いで決断、命令。
そしてオペレーター、操舵士がその命令を受理し実行となってはじめて艦の動きとなるのだが、そのプロセスの大半をスキップして上記のようなタイミングでナデシコBは動いていくことを可能としていた。
さながら無機質なラジコンの群れの中を俊敏に駆け抜けていく猫のように躍動感に満ち、他の艦とはまったく異質な存在感と実力を有していたのだ。
"妖精の羽を持っている"
そういう評価を得ていた。
「しかしよく立ち入り調査の許可を取り付けられましたね。
宇宙軍を排斥しようとしているのなら、そうそう許可なんて下りないでしょうに」
「私もそう思っていたんだがね・・・・・・。
どうもネルガルからも口添えがあったようで、それで何とかね」
「ネルガル・・・・・・ですか?」
「そう」
(ネルガル・・・・・・ナデシコB・・・・・・?)
ジュンの中で、何かが繋がろうとしていた。
「シラヒメも・・・・・・落ちたか」
確認するように呟いたのは草壁春樹。
宇宙軍の事故調査委員会への介入を防ぎ、ヒサゴプランの稼働もこれまでどおり。
だがそんなことを喜んでいられる状況にいないのが、草壁をはじめとする火星の後継者たちだ。
「次はおそらくアマテラスになりましょう」
そう言ったのは、現在統合軍中佐である新庄有朋。
冷静を装っているが、その瞳には不安の要素が混じっている。
「限界だな・・・・・・」
稼働し始めたヒサゴプランのターミナルコロニーを隠れ蓑にして、戦力の増強を図る予定だった火星の後継者。
だがターミナルコロニーが襲撃されていけば、戦力が減ることがあっても増えることは無いし、隠れ蓑が無くなれば表に出ざるをえなくなる。
「この戦力で仕掛けるしかないか」
「プラン乙ですか。しかしそれでは・・・・・・」
統合軍から同志を募らなければ、地球軍の第一陣に対しても勝負にならない。
それすらも、ボソンジャンプでの奇襲ができなければ負ける公算が強い。
かなり賭け的な要素が大きいのだ。
その辺りのことを提示して、再考を求める新庄。
「仕方あるまい。プラン甲は現戦力では事実上不可能だ」
――プラン甲
アマテラスを中心としたヒサゴプランを確保したまま、地球連合に対して叛旗を翻す計画だ。
ボソンジャンプで繋がったヒサゴプランのターミナルコロニーを拠点として利用すれば戦力の集中が容易になり戦略的遊兵を作らずにすむし、様々な戦略が可能となる。
そのうえで機動兵器単体でのボソンジャンプが可能になれば、戦術的にも幅が広がり、後方の遮断や補給路を断つことなどが容易になる。
さらにボソンジャンプによってディストーションフィールドを無効化する戦術が使えれば、
本隊は無人兵器を主体にしても十分に戦える体制が整う・・・・・・はずだったのだが。
「兵器工廠を潰されたのは痛かった。
あれさえあれば無人兵器とはいえ戦力はもっと・・・・・・」
だが現在の火星の後継者には、ヒサゴプランのターミナルコロニー全てを確保するだけの戦力は無い。
それならば地球側に渡すよりは・・・・・・である。
「ですが、長距離ボソンジャンプが使えなければプラン乙すら実行不可能です。
せめてそれを可能にしてから仕掛けなければ・・・・・・。
いまだ遺跡へのイメージ伝達率は5割程度。
ヤマサキ博士は秘策があると言っておりますが・・・・・・成功を保証するものではないでしょう」
"まだ早過ぎます"と新庄は言っているのだ。
土壇場に来て"ボソンジャンプができません"などということになれば、火星の後継者は間抜けの代名詞となるだろう。
史上最大級のバカとして歴史に名を残すのは草壁とて勘弁願いたいところなのだが。
「しかしそれをヤツは待ってくれはせん・・・・・・。
ええい!あの男さえいなければ万全の体制で仕掛けられたものを!」
苦々しげな表情の草壁。
見切り発車を余儀なくされている現状に苛立ちを隠せない。
「そうですね・・・・・・。
しかしあの男・・・・・・A級ジャンパーが敵対している限り成功率は5割というところですよ」
「わかっている。だが、これ以外に手はあるまい?」
「プラン乙・・・・・・。それしかないですね、確かに」
プラン甲は実行できないが、プラン乙にも利点がないわけではない。
――プラン乙
この計画は地球と火星の中間に地球側の戦力を引き付けておく一方、長距離ボソンジャンプにより手薄になった地球に部隊を送り、重要拠点の制圧や政府要人を拘束を行い、城下の盟を誓わせるというものだ。
少ない戦力でも実行でき、敵味方の流血が少なくて済む。
そういう意味では評価されるだろう。
しかしこれは権力を力で奪ったのではなく盗んだのだとの印象は拭えず、成功しても後の統治に影響を与えかねない。
"彼らができるのなら自分も"
そう考える模倣犯はいくらでも出てくる可能性はあるのだ。
あるいは政府を無視して軍が戦闘を継続しようとするかもしれない。
しかしその場合は、政府を無視した時点で民主主義の軍隊の範疇を逸脱してしまうことになる。
軍の統制が行えなくなったということだ。
シビリアン・コントロールができない軍に対する民衆の不安、政府の軍部への疑念。
それらが当然生まれる。
無論それを黙って見ている手はない。
決起時に草壁支持を表明する連合非主流国の存在があれば、連合は確実に分裂するだろう。
地球側内部から自ずと崩壊の序曲が始まる。
草壁としては、どちらに転んでもそう悪くはならない。
そういう計画だ。
だがそれもこれも、あくまで長距離ボソンジャンプをモノにできればの話だ。
アキトの襲撃により、その大前提すら整っていないのが現状なのだ。
長期に渡る綿密な計画。
甲、乙、二段構えでそれなりの柔軟性を有していたはずだ。
それが実際はどうだ?
プラン乙の準備すら不完全なまま、決起を余儀なくされようとしている。
"こんなハズでは"
それが火星の後継者たちの思いだ。
草壁の頭に、その切欠となった男が浮かぶ。
「闇の王子・・・・・・か」
この名は元々、アキトを揶揄して北辰が付けたものだった。
そしてそれ以降、火星の後継者たちはテンカワ・アキトを示す隠語として使っていた。
だがアキトが黒百合を手に入れてからは、その禍々しい悪魔的フォルムと相まってその名を呼ぶ時には畏怖の念が付随するようになっている。
「だが、ここでヤツに屈するわけにいかん。
プラン乙・・・・・・発動させるぞ」
「ハッ!」
「アマテラスの防衛部隊は大幅に増強されたわ」
アマテラス襲撃の綿密な計画を立てるアキトとイネス。
「まあ既に4つのコロニーが落ちた後だから、これでも遅いくらいね。
ライオンズシックルも召集されたわ」
守備隊の構成は既に頭に入れているアキト。
その隊に誰がいるかも知っていた。
「リョーコちゃんの率いる部隊が相手か。一筋縄には行かないな」
「目標ゲートからの侵入をブラックサレナで行うには、守備隊を排除するか注意を逸らす必要がある。
これまで以上に増強された守備隊の規模から考えると後者しかないわね」
「注意を逸らす存在・・・・・・ユーチャリスか」
「効果的な登場で注意を引き付けるには、やっぱりボソンジャンプね」
戦艦を単独でジャンプさせられるA級ジャンパーはアキトの他にはイネスしかいない。
アキトは黙したまま考え込む。
「”切り札”をナビゲートするのも私になりそうだし、練習がてらに私がやるわ」
アキトの迷いを察したイネスが先に言う。
「でも・・・・・・」
「人を殺すことを言っているのね?私やラピスが・・・・・・」
「・・・・・・」
「大丈夫よ。ジャンプで注意を惹き付け、バッタをばら撒いたらさっさと逃げるから。
貴方が心配するようなことにはならないわ」
部屋を出て行くアキトを見送るイネス。
(相変わらず、甘いのね。
でも、誰もが自分にできる最善を尽くさなければ、ソコにはたどり着けないわ)
増強されたアマテラスの守備隊の規模は、これまでの比ではない。
機動兵器一機では明らかに厳しすぎる。
アキトの気持ちはわからないではないが、それではダメだと思うイネス。
頑張れば何とかなる。
想えば必ず叶う。
そんな甘い世界に身を置いているわけではないのだから。
(私はやるわ。たとえお兄ちゃんに恨まれても・・・・・・ね)
イネスはアキトが出て行った扉から目を離すと、テーブルからコーヒーカップを持ち上げて口に含む。
僅かに顔をしかめるのは、そのコーヒーが冷えて不味くなっていたせいではない。
さらに複雑な思いを強いられる考え事をし始めたからだ。
イネスが考えるのは、以前アキトから聞いた話。
それはアキトが吐露した泣き言に類するものなのだが・・・・・・。
特に気になっているのが、アキトがユリカをどう思っていたかについてだ。
「王子様・・・・・・かぁ」
"ミスマル・ユリカがテンカワ・アキトを見ていない"
アキトはそういう事を言った。
確かにユリカはアキトを"王子様"と言っていた。
それは疑いようのない事実だ。
しかしだからといってそれが、ユリカがアキト本人を見ていなかったという証明にはならない。
ユリカが自分を見ていないと思ったのは、あくまでアキトの主観に過ぎないのだから。
ナデシコに乗った時、10年ぶりに再会したのだというアキトとユリカ。
しかしその瞬間から、ユリカは"アキトは私を好き""アキトは私の王子様"と言った。
ユリカが知っていたのはあくまで子供のアキトであって、その時いた18歳のアキトではなかった。
その時、ユリカはアキトという一個の人間を見ていなかったのは間違いないだろう。
だがそれも、その後までずっとそうであったという証にはならない。
ナデシコで長い時間、多くの体験を経ているからだ。
ナデシコを降りてからも、一緒に住んでいたこともある。
それらの間にユリカがアキトという人間を見始めていなかったと誰が言えよう。
つまりミスマル・ユリカがアキトという人間を見ていたかどうかは、ミスマル・ユリカ本人にしかわからない。
今イネスにはわかるのは、アキトが"ユリカが自分を見ていなかったと思っている"ということだけだ。
(ちゃんとアキト君を見ていたのだとしたら、報われないわね・・・・・・)
ただ、ユリカが王子様、王子様と言い続けたことには問題があると考えるイネス。
アキトを見ていようが見ていまいが、それはそれでアキトに不安と疑念を植えつける要素になりえたのだから。
ユリカがすべきことだったのは、王子様と言うのではなくアキト自身を好きだと言うことだったのだ。
"アキトには言わなくても気持ちは通じているハズ"
そんなことを思っていたのなら幻想も甚だしいとイネスは思う。
人はそんなに便利でも、理想的な生き物でもない。
ちょっとした言葉が足りないだけで、人は仲違いしてしまうものなのだ。
漫画やドラマのように都合よく行きはしない。
互いに言葉が足りなかった。
それは男女が道を分かつのには十分な理由だったのだろう。
もしもアキトがミスマル・ユリカを助けることができた後はどうなるのか?
ミスマル・ユリカは、今のテンカワ・アキトを何も考えずに"王子様"と呼ぶのだろうか?
”アキトは私が好き”と無邪気に言うのだろうか?
それともアキトを見て、話して、その上で理解し受け入れようとするのか?
すべてを赦し、抱きとめようとするのか?
或いは今のアキトを知って拒絶するのか?
”自分の王子様ではない”とでも言うのだろうか?
ため息を吐きながら首を振るイネス。
どれもありそうで、どれでもなさそうな気がする。
自分はミスマル・ユリカという人物を理解していないのだと、確認するだけのことでしかなかったのだ。
そこまで考えてから、今のアキトに対してどういうスタンスを取るのか気になるもう一人の人物を思い出す。
(あの子はどうなのかしらね?)
宇宙を往くのは一輪の白い花。
その花の名をナデシコBといった。
メインブリッジの艦長席に座るのは、若干16歳の少女。
彼女は処女雪のような肌と銀に輝く髪、そして金色の瞳を有していた。
少女の名はホシノ・ルリ。
彼女の金色の瞳は、宇宙に煌く星たちの存在を捉えている。
(星の数ほど人がいて、星の数ほど出逢いがある。そして・・・・・・別れ)
読んでいた詩集に語られていたフレーズが頭に浮かぶ。
星と人とは似ているのかもしれないと思う。
人も、出逢いも、別れも。
それこそ星の数ほどあるのだと思う。
しかしそれらのすべてが重要なわけではない。
むしろ、どうでもいいもののほうがたくさんある。
”地球にとって重要な星がどれだけあるというのだろうか?”と考えてみる。
月、太陽、その他太陽系の惑星たち。
確かに重要だろう。
しかしそれらは、この広大な宇宙に存在する星たちの、それこそほんの僅かに過ぎない。
遠くの星々にも、いくつかは道標になるものは在るが、それも多いものではない。
その他の星は、精々星座を形作るエッセンスになる程度のものだ。
無ければ無いで、困りはしない。
人の関係もそれと同じ。
多くの星々は地球にとってどうでもいいように、多くの人間は自分にとってどうでもいい存在だ。
そんなところまで人と重なって見える星々を、どこか皮肉な存在に思える。
自分という地球と、自分にとって重要な星々を思い浮かべてみる。
確かにいくつかの星はあるのだが、それでも地球は寂しそうだ。
(私には・・・・・・もう月や太陽は・・・・・・ない)
そう思うと、静かに詩集へと視線を落とした。
ナデシコBはワンマンオペレートの実験艦であり、そのクルーの数は少ない。
クルー達の年齢も皆若く、厳格な軍の雰囲気は薄い。
これはナデシコという名前を嫌う蜥蜴戦争の時からいた軍人や、16歳の少女に命を託し命令されることを快く思わないものたちを排除した結果だ。
つまりほとんどは新兵で構成されているということだ。
クルー達が若いのも当然というべきか。
――ナデシコB
ルリはナデシコという名前は好きだし、この艦の形状もかつてのナデシコを髣髴とさせる。
だがルリは、けしてこの船をかつてのナデシコと同一視することはない。
ただ、宇宙軍の戦艦であるという認識を持っているだけだ。
ルリにとってナデシコとは、その名を持っていることが重要ではない。
ナデシコがナデシコであったのは、アキトやユリカ、ミナトたち多くの色濃いクルーたちがいたからだと思っている。
いくらほとんどが新兵であろうとも、軍人のみのクルーで構成されたナデシコBと、各種エキスパートではあっても民間人のクルーで構成されていたナデシコでは、そこにある空気がまったく異なるのは当然だ。
戦争や戦闘、軍事に対するスタンスはナデシコとは大きく異なり、ルリにナデシコの姿を重ねさせるようなことはありえない。
どんなに上手く化粧をしようが、別人は別人でしかないということだ。
そのナデシコBをナデシコと同一視することは、ナデシコを大切に思うルリにとって、ナデシコクルーたちへの裏切りでしかないと考えている。
ただこれは、ナデシコBを否定するものでもない。
宇宙軍の"軍艦"として以上の感傷を抱かない、というだけの話だ。
だからもし、他の船に移れと命令されれば、あっさりと受諾するだろう。
鷹揚な態度でシートに座っている青年士官。
派手な金髪に赤いメッシュを入れた長い髪。
一見して軍人だと思う人間はいないだろう。
その彼の前には今、大勢の女性の立体映像があった。
『サブちゃ〜ん。最近ご無沙汰じゃない』
『『『『『付け払えよ!』』』』』
それは彼の行きつけのスナックからの付けの請求であった。
これが面白かったのか、"サブちゃん"と呼ばれた男は笑う。
切り替わる立体映像。
女子高生風の格好をしている。
『こらサブ!何で電話くれないの!?ほんとにもう!
他の女といちゃいちゃしてたら許さないンダカラ!』
どうやら彼の"彼女の一人"であったようだ。
『留守番映像サービス、以上です』
彼のご乱行ぶりがうかがえてきそうなメッセージ。
これを聞いていたのは彼だけではなかった。
「モテモテですね、三郎太さん」
不満そうに言うのは、隣のシートにいた黒髪の士官。
ちょっと頬を膨らましている。
見るものによっては、女癖の悪い彼氏に嫉妬している幼い彼女という情景に見えなくもない。
しかしその士官は女ではなく、少年であった。
少年の名はマキビ・ハリ。
ハーリーという愛称で呼ばれている。
少女のような声は、彼がまだ声変わりもしていない子供だということだ。
本来、軍艦には似つかわしくないのだが。
――マキビ・ハリ。
ネルガルの研究所出身のマシンチャイルド。
その研究所の所長の養子となり、ルリに比べ比較的普通に育てられてきている。
彼の明るい性格は、その辺りが影響しているのだろう。
彼はナデシコBが宇宙軍へ貸与された時期に宇宙軍へ入隊し、オペレーターに就いている。
広報では彼が志願したことになっているが、実際はそうではない。
それも当然だ。
彼はまだ11歳なのだから。
マシンチャイルドの傑作、ホシノ・ルリでも、わずか11歳で自らの未来を決めたりはしなかった。
ただ状況に流されていただけ。
そして彼もまた同じ。
ナデシコBの運用のために、ネルガルの意向によって宇宙軍へと籍を置いているのだった。
「あ、見てたの?」
三郎太と呼ばれた士官はまったく悪びれた様子もなく言ってのける。
「見たくなくても見えるでしょ」
「あ、そっか」
「僕は木連の軍人さんは、真面目で勇ましい人たちばかりだと思ってました」
同僚として付き合い始めてまだ短い・・・・・・というか、彼の年齢で軍人と同僚である期間が長かろうはずもないのだが、それでも三郎太が一般の木連軍人とはかけ離れていることを思い知らされている。
だから皮肉交じりにそう言った。
「あ〜あ、それはどうもぉ」
しかし、言葉を受けた側にはまったく効果はない。
三郎太は伸びをしながら聞き流す。
「高杉大尉!」
腹に据えかねて大声を出す少年。
頑張っている自分の横でこうもいい加減にやられると、彼でなくても苛立つものなのかもしれない。
(やれやれ、真面目だねぇ。
まるで木連軍人のようだ)
そう思いつつ聞き流す三郎太。
――高杉三郎太
元木連出身の軍人だ。
ナデシコBにおいての役職はパイロット兼副官。
パイロットと副官との兼任に関しては、別に木連の悪しき慣例を踏襲したわけではない。
宇宙軍においての人材不足が原因である。
副官の任についてはかつての蜥蜴戦争の時に秋山源八郎の副官として経験があるといえばあるのだが、その時の三郎太は猪突猛進の傾向があり思考も直線的で、むしろ艦長である秋山に抑えられていたくらいであったし、戦術的な能力はあまり高くなかった。
かつてであれば、自分の副官としての能力に疑問を投げかけられればムキになって反論したであろうが、今ではそんなことはない。
熱血から醒めてかつてのことを考えると、優人部隊の構成自体に問題があることがわかるからだ。
なにしろ艦長とはすべてに優れているものが選ばれ、エースパイロットも兼任するのが優人部隊だったのだ。
三郎太はパイロットの資質が高く、それを生かすべきならパイロットに専念するべきなのだろうが、実際は歪んだ優人部隊という組織のせいで艦長に次ぐべき者として配置されていたのだ。
副官の任を全うしようとムキになり、上官である秋山に自らの拙い戦術を進言していた頃を思い出すと、汗顔の至りである。
ナデシコBの副官の任については、宇宙軍の深刻な人材不足のため仕方なく受け入れている(兼任によって給料が上がらないことには不満を感じているが・・・・・・)が、今の三郎太は自らの戦術的な能力が高くないことを承知していて、艦長であるルリに任せてパイロットとしての能力を生かそうと考えている。
だから三郎太は問われない限り自分から戦術的な意見を言わない。
これは彼の成長の結果であろうか?
それとも妥協の産物であろうか?
どちらにせよ、三郎太がルリを信頼していることは確かだろう。
ハーリーが三郎太を追及しようとした時、ターミナルコロニー『タギリ』への接近を告げる報が入る。
『タギリ』に設置されたゲートが開く。
「ディストーションフィールド、出力最大!」
ナデシコBは、ジャンプフィールドを張ることはできない。
だが、チューリップのようなゲートを通るだけならば高出力のディストーションフィールドを張っていれば何の問題もない。
かつてナデシコAがチューリップに侵入してジャンプした時と同じだ。
「ルート確認。タギリ、サヨリ、タギツを通ってアマテラスへ」
「光学障壁、展開」
「各員、最終チェックよろしく」
ブリッジクルーはルリの指示に従い最終チェックをし、報告していく。
「フィールド出力異常なし。
その他まとめてオールオッケイ!」
《たいへんよくできました》
オモイカネがウインドウを出し、最終チェックが終了した。
ゲートに侵入すると、体内にナノマシンを持つ者は、その奔流を浮かび上がらせる。
強力なディストーションフィールドに覆われているナデシコBは、ジャンパーでなくともボソンジャンプできる。
かつてのナデシコがそうだったように。
そしてゲートから入った物体は、決められた所定のゲートからジャンプアウトする。
A級ジャンパーのナビゲートの必要などない。
(あの人たちも、こんな風に跳んだのだろうか?)
そう思うルリ。
そうすると自然に口が開いた。
「ジャンプ」
ゲートからジャンプアウトするナデシコB。
そこは入ってきたターミナルコロニーとは違うコロニーであった。
「こちらは地球連合宇宙軍、第四艦隊所属、試験戦艦ナデシコB。
アマテラスの誘導を願います」
「これからが大変だわぁね〜」
そう言うサブロウタ。
だが彼も、これから起こる事を予言していったわけではなかった。
「スバル・リョーコ中尉以下ライオンズシックル中隊、アマテラスに着任しました」
敬礼するのは藍色の髪を短くした妙齢の女性パイロット。
その仕草には女らしさはほとんど見えないものの、容姿はかなり整っている。
だが、彼女に言い寄るものは統合軍にはいないであろう。
この統合軍エースパイロットの一人、紅の獅子姫ことスバル・リョーコには。
「フン、ご苦労」
リョーコの敬礼を受けるのは守備隊の司令官、アズマ准将。
彼にとって頭髪とは短い友であったようで、その存在は既に過去のものとなっていた。
そのせいか、彼の風貌はあからさまにいかつく見える。
リョーコを一瞥すると、大仰にふんぞり返るアズマ。
「ま、お前たちに出番はないがな。
たかが機動兵器一機なぞ、このアマテラスにたどり着く前に宇宙の藻屑となるのは目に見えているからな。
がははははははははは」
そう高笑いをしてからリョーコに退出を促した。
「けっ!タコ入道が!」
司令官室を出てから扉越しに中指をおっ立てるリョーコ。
とりあえず抑えていた感情を発露させる。
「本人の前では言わないでくださいよ隊長。
あれでも准将であることは確かなんスから」
一緒についてきていた副隊長である男がリョーコをなだめる。
「わぁーってるよ、んなこと」
「そうですかねぇ、隊長ときたら誰にでも喧嘩売るんスから」
「チッ・・・・・・」
"これさえなきゃなあ"と思いつつ、リョーコは短い髪の毛の頭を掻く。
だがあまりこの副隊長には強く反論はできない。
ライオンズシックルが部隊として機能しているのも、この口うるさい副隊長がいるからだとリョーコも認めているからだ。
機動兵器での戦闘能力や指揮など戦場ではリョーコに遠く及ばないが、細々した雑務には非常に有能な男なのだ。
というかリョーコが全然そういうことをしないため割を食っているうちに身に付いてしまったというところなのだが。
「ん?」
リョーコは歩いていく子供たちの列を見かける。
先導しているのはピンク色のコスチュームをした女性だ。
「なんでぇありゃ?」
顎でしゃくるように子供たちの群れを示すリョーコ。
副隊長はそれを見ながらしばらく考える。
「ああ、あれはヒサゴプランの見学ですよ。
ボソンジャンプの有用性を教育の一環として教えていくことで、彼ら子供たちが大人になる頃には当たり前のようにボソンジャンプを受け入れる下地を作っていくとかで・・・・・・」
"確かニュースで言ってましたよ"と付け加える副隊長。
「・・・・・・ふん、いい気なもんだぜ。
ターミナルコロニーが4つも落ちてるってのによ」
醒めた目でその様子を見やりつぶやくリョーコ。
「統合軍に対する信頼の現れ・・・・・・だったらいいんすけどねぇ」
自分と同じ統合軍の一員である彼の心境は、リョーコにもよくわかるものであった。
そして実際はそうでないという認識も共通している。
「平和ボケしちまったのさ。
ここ2年、まともな戦闘なんてほとんどなかったしな」
副隊長もわかっていることであろうが、あえて口にしてみせるリョーコ。
幻想はさっさと振り払ったほうがいいと思っているからだ。
(しっかし・・・・・・妙だよな)
4つのコロニーが襲撃を受けている現在。
いくら今までが平和だったとはいえ、このような時期に社会見学があるというのは、まともに考えれば異常極まりないものである。
(通常通りの稼働だけならまだしも、子供の社会見学とはな。
政府も政府だが、こんな時に子供をターミナルコロニーによこす親や学校・・・・・・。
誰もこの不自然さに気付いてねぇのか?
それとも・・・・・・)
「誰かが気付かせねぇようにしているのか・・・・・・?」
ふと立ち止まり考え込むリョーコ。
実際、クリムゾンが息のかかったメディアを通して、巧妙な情報操作と世論誘導を行っていた。
幽霊ロボットの存在は、あくまでネットの一部で囁かれる噂の域を出ず、ヒサゴプランは安全である・・・・・・と。
あまりニュースというものを見ないリョーコは、目の前にある現象のみを吟味して不自然さに気付いたが、多くの人間はそうはいかなかったのだ。
「どうしたんです?」
立ち止まったリョーコを不審に思い、声をかけてくる副隊長。
(いけねぇ、いけねぇ・・・・・・)
その声に我に返ると、リョーコは首を振る。
「なんでもねぇよ」
(俺は目の前の敵を叩く。それだけだ)
ブリーフィングルームへ入るリョーコと副隊長、そこに待っていたのはライオンズシックルの面々。
一同はリョーコの入室に立ち上がり敬礼をする。
"最低限の形式はやってください"といつも口を酸っぱくして言っているのは後ろから続いて入ってくる副隊長。
隊長が自由奔放であると苦労するのは補佐をするものなのだ。
「いいか?俺たちは敵がアマテラス周辺に達してから一気に殲滅にかかる。
逃がさねぇように引き付けるんだ」
そう前置きしてから詳細な配置と作戦を伝えていくリョーコ。
すべてが終わると、隊員たちに向き直る。
その真剣な表情に隊員たちも気を引き締めリョーコの言葉を待った。
「オメーら!俺たちライオンズシックルが呼ばれた意味、わかってっか!?」
その言葉に力強くうなずく隊員たち。
ライオンズシックルはアマテラスの正規の守備隊ではなく、増援として配備されてきている。
――ライオンズシックル
統合軍の教導隊の一つである。
その機動兵器部隊はすべてエステバリスで構成されている。
新兵はいざ知らず、エース、準エースクラスになると、ステルンクーゲルではなくエステバリスを選ぶものが生まれてくる。
しかしだからといって、エースクラスのパイロット全員がステルンクーゲルではなくエステバリスを選んでいるわけでもない。
むしろ元木連組の多い統合軍においては、エースクラスといえどネルガル製のエステバリスは少数派だ。
だがその運用・整備の関係から、部隊に一、二機などというのはあまりにも非効率であるし、部隊としての戦闘力も落ちることとなる。
だからエステバリスだけで編成された部隊も生まれた。
そしてその戦闘能力は、ステルンクーゲルのそれを遥かに上回っている。
その数少ない部隊の一隊がライオンズシックル。
この部隊を投入することはつまり、必勝を期するということだ。
「来ますかね?幽霊ロボット」
「来なきゃ俺が呼ばれた意味がねぇ。
いいか、やつは俺が仕留めるからな」
「そりゃねぇっすよ姉御。
俺だって手柄立てたいんスから」
「俺もですよ」
口々に言う隊員たち。
みな気が逸っている。
(ま、実戦は久しぶりだからな)
リョーコが統合軍に入隊して以来、彼女が実戦に参加したのは3度だけだった。
蜥蜴戦争が終わってからは安定している時期が続いていたのだ。
無論、現在の状況に不満を覚える輩もいてまったく戦闘がないわけでもなかったが、そういう連中はたいてい木連出身であり、反乱を起こす前に草壁が接触して火星の後継者となり、表に出ることは少なかった。
統合軍の規模を考えると戦闘が回ってくる確率が低くなるのも当然だ。
統合軍の主力はエステバリスではなくステルンクーゲルであるとして、エステバリスで構成されたライオンズシックルには声がかかりにくかったという事情もあった。
そういった状況の中で、リョーコのルーティンは専ら教官としての仕事であった。
――スバル・リョーコ。
現在、23歳にして統合軍のエース、準エースを集めた教導隊の隊長となっている。
その技術は超一流であると言っていいかもしれない。
確かなことは、23歳にして他のパイロットたちに教える立場にあるということだ。
蜥蜴戦争当時、地球ではナノマシンを体内に注入するIFSを持つものは多くなかった。
今現在でもそうであるが。
当時、ベテランパイロットといわれるものたちが、このIFSを使用することはほとんどなかった。
ベテランたちは、今まで培ってきた自らの技術を誇りに思っていたし、そのシステムを十分に生かせる機体も配備されていなかったからだ。
IFS仕様の機動兵器の有用性を世に知らしめるのは、エステバリスの登場を待ってからのことであった。
よって、新しいものに比較的おおらかである若い世代に所持する者の割合が多くなるのは当然。
ナデシコにスカウトされた一流のパイロットたちが、全員若かったのも偶然ではかった。
リョーコたちが、IFS仕様の機動兵器のパイロット第一世代であったのだ。
つまりリョーコは、その実力だけでなくIFS仕様の機動兵器搭乗時間もまたトップクラス、まさにベテランだった。
(実戦か・・・・・・。ナデシコでは実戦ばっかだったけどな)
「ナデシコ・・・・・・か」
思わずつぶやいてしまうリョーコ。
「なんか言いましたか隊長?」
「なんでもねぇ」
(戦争やってたけどあのころは楽しかったな。
俺がいて、みんながいて、そして"アイツ"がいた)
「聞きましたか姉さん?
あの幽霊ロボット、誰が言い出したか知らないスけど"the
prince of darkness"・・・・・・闇の王子って呼ばれてるらしいですよ」
突然そう言い出したのは、隊員の一人。
統合軍に身を潜めている火星の後継者が、アキトを指して使う隠語。
それを聞いたものがいて、幽霊ロボットの噂と共に広がっていたのだ。
「バカっすよねぇ。言ってるヤツも、言われてるヤツも」
そう嘲笑する声を聞いて、少し驚いてしまうリョーコ。
世間一般の感覚からすれば隊員のほうが正しいのだろう。
だがリョーコは"王子"という単語を遠い世界のものとは思わなかったのだ。
「王子様・・・・・・か」
その理由に思い当たると、思わず苦笑してしまう。
(アイツなら光の王子様か?)
実際的には"光の"などという形容詞がつくようなアキトではなかった。
思い出には多分の美化が混入されるものなのだろう。
(思えばアイツも実戦経験としてかなりのもんだったよな、訓練時間はともかくとして)
ふとヘルメットに映る自分の顔を見やるリョーコ。
(あの頃はもうちょっと女らしかったよな・・・・・・)
ナデシコ時代よりはるかに短くしたナチュラルカラーの前髪を指でつまむ。
(アイツが死んでから髪を切って、統合軍に入って、忘れるようにガムシャラにやってきて・・・・・・。
すっかり色気のかけらもなくなっちまったぜ)
ナデシコ時代を思い出し懐旧の念に身を浸す。
リョーコはナデシコのみんなで遺跡を飛ばしたから今の平和があると思っている。
無論、違う立場の人間から見れば反論も多々あるだろう。
だが、少なくともリョーコはそう思っていた。
だから宇宙軍ではなく統合平和維持軍に入った。
平和を維持するという名前も気に入ったし、落ち目の宇宙軍では平和を守れないと思ったからだ。
自分は平和を守れてきただろうか?
そんな疑問が頭をよぎるリョーコ。
この二年間の出来事を一つ一つ思い出しては反芻してみる。
自分が直接関わった戦闘は少ない。
だが教える立場、教官としてはそれなりにやってきたという自負もある。
たとえ自分が直接戦うのではなくても、自分が鍛えた者達がほんの少しでも伝えた技術と意思を持って戦っていてくれるのならば、けして無駄にはなっていない。
そう思うリョーコ。
自分は平和を守ってきたのだと確認し、誇りとしてその胸に刻んでいく。
それが今の自分の"一番星"なのだと。
その平和を乱したのが今回の事件、幽霊ロボット。
だから許せない。
(せめて、アイツと創った平和は守ってみせる。だから・・・・・・)
リョーコは立ち上がりヘルメットを掴む。
「幽霊ロボット、必ず倒すぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
リョーコは誇りと決意を胸にブリーフィングルームを後にした。
至近に迫る再会など知るはずもなく・・・・・・
劇場版です。
代理人の感想
うーむ、この話のルリって戦術的にも優秀なのか。
つーかこれに関しては文章力の勝利かな。w
それとリョーコの着任挨拶とかもですが、そう言う「裏側」的なところは読んでて楽しいですね。
ここらへんが二次創作の面白さの一つでしょうか。
アマテラス襲撃、楽しみにしています。