機動戦艦ナデシコ

The prince of darkness episode AKITO












「これは明らかに宇宙規模の叛乱である。
地球連合憲章の見地から見ればまさしく、平和に対する脅威であろう。
我々は悪である。
しかし、時空転移は、新たなる世界、新たなる秩序の幕開けだ。
さあ、勇者達を導け!」


集った同志たち前で演説をする草壁。

自らの行為を悪と称するが、それはあくまで連合が定めた法、価値観の元での話だと言う。
現在の連合自体が間違っているのであり、新たなる秩序によってもたらされる新たなる世界の話ではない、と。
結局のところ、自らの行為の正当性を主張しているのである。
自分たちが正しい、我々が正義なのだ・・・・・・と。

だから集った者たちは"勇者"であり、それはパイロット達のスーツに刻まれた"義"の文字にも強く現れている。

ある意味では、蜥蜴戦争時代とまったく変わらない。
煽動する草壁の論法も、そして彼の弁舌に簡単に賛同してしまう木星人たちも。
いや、それもこれも、これまで受けてきた教育と、草壁の人間的な魅力が結合した結果なのかもしれない。


戦意の高まった火星の後継者達は作戦を開始する。

ナビゲーターたちのイメージングが行われ、それを人間翻訳機と化したミスマル・ユリカが遺跡へと伝える。
それは地球への長距離ボソンジャンプを可能にするためのプロセスだ。

手薄になった地球の重要拠点へのピンポイント強襲。
それにより、地球側の頭を押さえる作戦。
あっという間に始まり、あっという間に終わるだろう。



光り輝く粒子が極冠遺跡を覆うかのように現れる。

最後のステージの幕開けだった。
















地球の重力を振り切り、大気圏外へ飛び出すシャトル。
それはナデシコCのある月へと向かう元デシコクルーを乗せたものであった。
シャトルは、宇宙軍から派遣された護衛艦隊が待つ宙域へと進路を向ける。
火星の後継者が動き出している現在、単独での航行は危険であるためだ。


『当艦隊を指揮するアララギです。よろしく』


合流した艦隊の指揮官が通信を繋いでくる。


「ナデシコ艦長、ホシノ・ルリです。こちらこそよろしくお願いします」

『いえいえ、妖精の護衛などまさにナイトの栄誉。
宇宙(そら)に咲きし白き花。
電子の妖精、ホシノ・ルリ。
少佐のことを、兵士達が電子の妖精って呼んでいるんです。
ん〜、まさに可憐』


ブリッジで通信を聞いていたリョーコ。
アララギの言葉を聞いて、”オエッ”という仕草をする。

「なんでぇコイツは?もしかして宇宙軍ってこんなヤツばっかか?
それとも木星人がか?」

「お、俺は違うッスよ」

リョーコの言葉に、慌ててそう言う三郎太。
彼と同一視されたいとは思わないようだ。

「でも・・・・・・”電子の妖精”・・・・・・ねぇ」

憮然としてそう呟くミナト。

「あの子は・・・・・・普通の女の子なのよ」

彼女は、軍という組織がホシノ・ルリの居場所だとは思っていなかった。
そしてその考えは、今の通信を聞いてさらに強くなる。

ミナトの心の動きは、隣にいるゴートにも伝わる。

「人にはそれぞれ事情がある。
誰もが居たいと思う場所に居られるものじゃない。
特に、彼女のような存在はな」

ゴートの言葉を聞いて反論しようとするミナト。
だが、その言葉は三郎太の報告によって打ち消される。


「ボゾン粒子反応感知。前方5000キロ!」


ジャンプしてきたのは、火星の後継者の積尸気部隊。
すんなり行かせてくれるつもりはないようだ。
無論、そのために護衛艦隊がいるのだが。




不意をついてシャトルを突出させるルリ。
これにより、積尸気部隊の陣形が崩れた。

そこに護衛のアララギ艦隊による砲撃が行われる。
これは、アマテラスで見せたブラックサレナとユーチャリスの連携を簡易にしたものだ。
虚を衝かれた積尸気部隊は、なす術もなく壊滅する。

だが、その先が連動しなかった。

ここでアララギ艦隊が砲撃しながら即座に進撃し、シャトルの両舷に展開して護衛するようになれば、ルリの作戦は完成していただろう。
しかし、そうはならなかった。
アララギは目の前の敵がすべてだと思っていたようで、積尸気部隊の殲滅を優先させていた。


単独になったシャトルに、さらにボソンジャンプしてきた積尸気部隊が襲い掛かる。
シャトルは積尸気部隊に併走され、タコ殴りにされる状況に陥った。


どんな策も、味方が意図どおり動いて初めて成功を見る。
誰もが自分と同じ思考をするわけではないということを、ルリは失念していた。
アマテラスでのブラックサレナとユーチャリスの連携も、意思疎通ができるアキトとラピスであればこそのものだったのだ。

招来した危機と共に、自らの未熟を感じるルリ。


(やっぱり私は・・・・・・ユリカさんには及ばない)


周りに気付かれないように下唇を噛む。




「ボソン反応・・・・・・前方50キロ!」

「なに!?」

シャトルの進路上に、新たにジャンプアウトしてくる存在を感知する。

絶体絶命。
そういう状況になるかと思われた。

しかし、その存在は敵ではなかった。


『グラビティブラス、いっきま〜すっ』


シャトルにハーリーのウインドウが現れる。

ボソンジャンプしてきたのはナデシコC。
ディストーションブレードを展開し、攻撃態勢に入る。

シャトルを追撃していた積尸気部隊に向かって放たれるグラビティブラスト。
宇宙に複数の火球が生まれた。




『艦長!?ミナトさん!?見ましたか!?』


そう言ってはしゃぐハーリー。
多くの者は安堵のため息を吐いていたが、ミナトはハーリーの姿に複雑な表情を浮かべる。

『にゅふん』

次いでウインドウに現れたのはウリバタケ。
派手なピースサインを向けてくる。

「は、班長!?」

真っ先に驚くのは整備班の面々。

『おう、お前ら元気か?』

「セイヤさん、どうしてここに?」

『こんなこともあろうかとってな。
先に来といて正解だったぜ。
ご都合主義だと笑わば笑え!
しかし見よ!見よ!この燃える展開!
見よ!このメカニックぅ!』

自分の登場の仕方を自画自賛し続けるウリバタケ。
それは延々と続くように思われたが、ルリがストップをかける。

「どうでもいいですけど、セイヤさん、ハーリー君。
どうやってボソンジャンプをしたんです?ご都合だけじゃちょっと・・・・・・」

B級ジャンパーだけでは、今見せたボソンジャンプは不可能。
A級ジャンパーがいるということは、簡単に推測できる。
ルリはアキトがいるのだと思っていたのだが・・・・・・。

画面に現れたのは、ルリの予想した人物ではなかった。


『説明しましょう』










「艦底ハッチ開いて。収容するわよ」

「ハイ!」

イネスの指示に返事をするハーリー。
シャトルの収容準備に入る。


「これで勝てるな」

着艦するシャトルを見ながらそう言うウリバタケ。

「そうね。でも・・・・・・」

イネスは皮肉気にウリバタケを見る。

「なんでぇ?」

「ご都合主義・・・・・・ねぇ」

「下手なごまかしだったか?」

「ネルガル月ドックにあったナデシコCに乗り込んでいる時点で、バレバレなんでしょうけどね」

予めウリバタケが月にいて、ナデシコCに乗り込んでいる理由。
その辺りを考慮すれば、自ずと一つの推論が浮かび上がってくる。
ウリバタケとネルガルに深い繋がりがあるということが。

「アイツらなら大丈夫じゃねぇか?」

それは気付かないという意味ではない。
ナデシコクルーはそこまで愚鈍ではないからだ。
ただこの時点で、ウリバタケとネルガルの繋がりについて追求しようとする必要性を持ったクルーはいないと思うのだ。

「そうね。ホシノ・ルリを除けば・・・・・・ね」

"そうだったな"と頭を掻くウリバタケ。

「ま、俺の前に追及されるのはお前さんだろ?」

イネスは”誤魔化しきれないわよねぇ”と、ため息を吐く。

「ご都合主義・・・・・・か。
アキト君もそれでどうにかならないもんかしら?」

「無理言うなよ。
それでなんとかなるってんなら、アイツにあんな思いまでして戦わせたりしねぇよ」

「そうね・・・・・・」

心配そうなイネスの様子にため息をつくと、きょろきょろと周りを見回すウリバタケ。
いつの間にかオペレーター席が空になっているのに気付く。

「あれ、ハーリーとかいうボウズは?」

「お迎えに行ったわ」














「艦長!ミナトさん!」

シャトルから降りてきたルリとミナトに駆け寄るハーリー。

「よくやってくれました」

ルリは、ハーリーに労いの言葉を与えてからブリッジに向かおうとする。

「あっ・・・・・・」

月で見た黒い人のことを聞こうとして躊躇うハーリー。
考えてみれば、自分はあの人の名前すら聞いてなかったのだ。

「ちょっと、ハーリー君」

躊躇している間に、ミナトの声がかかる。

「ミナトさんっ?」

ミナトを確認すると、パッと表情を輝かせるハーリー。
褒められるのが嬉しいからだ。

だがミナトの表情は、ハーリーを賞賛するものではなかった。


じっとハーリーの顔を見つめながら、さき程ののことを考えるミナト。

さっきののグラビティブラストは、確実に火星の後継者の機体を破壊し、そのパイロットたちの命を奪い去ったのだ。

それなのに、このはしゃぎよう・・・・・・。
それはミナトの感性からすれば異常であった。

ハーリーはまさしく子供なのだ。
人に傷つけられる痛みも、人を傷つける痛みも、まだ知らないのだ。
そして命の価値も。

蜥蜴戦争中、戦っている相手が同じ人間であるとわかった時、ナデシコクルーの大半はそのことに悩んだものだ。
同じ人間と戦い、殺すことについて。
ルリには、自分の特殊な生い立ちと環境を知り、そういったことを知ろうというスタンスがあった。
それは和平交渉が決裂した後、ナデシコ艦長たるミスマル・ユリカが相転移砲を撃とうとしたのを制止したことにも現れていた。
ルリが数々の人の死を見、それに対して自分なりの考えを持ち成長してきた証だった。

対してマキビ・ハリは、それを身に付ける過程にあるにもかかわらず、そういったそぶりを見せないのだ。
ただ戦果に対して喜んで、それに対する評価を得たがっている。
これは、命令に対して考えるより行動することを訓練されてきた軍人としての特質なのだろうかとミナトは考える。

ナデシコでは、周りのクルーたちの殺人という行為に対しての反発もあり、ホシノ・ルリにそれなりの影響を与えたが、現在マキビ・ハリが所属する軍という組織の中では、軍務における殺人は賞賛されるべき事柄であり、11歳の子供が殺人という行為に禁忌を抱かず成長していくことは大いにあり得る。

(それではあまりにも悲しすぎる・・・・・・)

そう思うミナト。
何とかしたいと考える。


「いい?よく聞いてね」


そう前置きすると、ハーリーに向かって語り始めた。

人を殺したこと。
殺された人たちも同じ人間であること。
彼らにも親兄弟がいたこと。

それらを言って聞かせるミナト。

命令だから、軍人だからといって、人殺しをするのを容認できはしない。
九十九とて、草壁の命令を受けた軍人・月臣に殺されたのだから。


「君は軍人である前に一人の人間なのよ。
そして敵も同じ人間・・・・・・」

ミナトの言葉を聞くハーリーは、不当な罰を受けさせられている子供の顔だ。

「そんなこと言ってたら、やる前にやられちゃいます。
現に僕がいなかったら、みんな死んじゃってたんですよ」

"何を言ってるんですか?"とでも言うようなハーリー。
ミナトは、ハーリーの態度に頭が痛くなりそうになる。


(はぁ・・・・・・。軍の教練の成果ってヤツなのかしらね。これは厄介だわ)


ハーリーを見つめながら、どう言えばいいのか考えるミナト。
その横を長い金髪の男が通りかかる。

「あっ!?ねえ、三郎太さんっ!」

「どうした、ハーリー?」

ハーリーに呼び止められ、僅かに複雑な表情を浮かべる三郎太。

「僕はよくやりましたよねっ!?」

同じ軍人である三郎太に同意を求めるハーリー。
三郎太は、少し考えてからハーリーに近づいていく。

「ああ・・・・・・。お前はよくやった」

そう言いつつハーリーの肩に手を置く三郎太。

褒められたのが嬉しく、満面の笑みを浮かべるハーリー。
そして"ほら!"とでも言うようにミナトに振り返ろうとする。

しかし突然、肩に置かれた三郎太の手に力が篭る。

「三郎太・・・・・・さん?」

「お前はよくやった・・・・・・。けどな、ハーリー。
これだけは覚えておいてくれ」

真剣な三郎太の表情。
ハーリーが、こんな顔の三郎太を見るのは初めてだった。

「さっきお前が殺したのは、俺の同胞、俺のかつての仲間なんだってことを」

「同胞、仲間・・・・・・?」

ハーリーは三郎太の言葉の意味を考える。

"かつての仲間"と聞いてすぐに思い浮かぶのは、ルリと元ナデシコクルーの関係。
その際たる人物であるミナトを見る。

(もし艦長が、ミナトさんを殺されたら・・・・・・?
ミナトさんでなくても、ここに集ったナデシコクルーたちが殺されれば・・・・・・?)

自分は三郎太にとって、そのような人間を殺したのだろうか、と考える。
無論、三郎太自身が言ったように、ハーリーは間違っていないのかもしれない。
だが、それだけで済むような問題でもないことを気付き始める。


(僕は・・・・・・)


今はまだ、簡単には答えは出ないであろう。
しかし考え続け、悩み続けていれば、いつかは。


(ちゃんとお兄さんがいるんだ)

ミナトはほんの少しだけ安心する。
きっと自分が危惧したような大人にはならない、と。

本当は軍人ではなく、もっと自分のやりたい道を見つけて、進んで欲しいと思う。
そしてその思いは、ハーリーにだけでなく、ホシノ・ルリにも向けられたものであったのだが・・・。


『誰もが居たいと思う場所に居られるものじゃない』


さっきのゴートの言葉が頭に響く。
そしてそれは、真実なのであろうと思う。

(今の世の中・・・・・・難しいわよね)

心配の種の一つであるルリを探すが、既にミナトの視界にはいなかった。

変わりに目に付いたのは巨漢の男。
ずっとこちらを見ていたようだ。


「なによ?」


ゴートに問うミナト。
嫌な所を見られたと感じていたので、どこかつっけんどんな物言いになってしまった。

「いや・・・・・・相変わらずだと思ってな」

仏教面のまま、そう答えるゴート。
その内心は量り難い。

「お節介焼きだって言いたいの?
お生憎様。相変わらずどころか、昔より酷くなったわよ」

”教師なんてやってるからね”と髪をかき上げるミナト。
照れ隠しに見えないこともない。

「アンタの方こそどうなのよ?
少しは変わった?」

「この歳になると、そうそう変わるもんじゃない・・・・・・が、ほんの少しぐらいは変わったかもしれないな」

”自分ではわからんが”と付け加えるゴート。
ミナトは、ふと一つの疑問が浮かんだ。

「ねえ、アンタの・・・・・・アンタの居たいと思う場所はどこなのよ?」

ゴートは、その質問を聞いてミナトを見つめる。
しばらく黙って考えていたが、視線を逸らすと背を向けた。

「・・・・・・さあな」

そう言って立ち去ろうとするゴートの背中を睨むミナト。

「君の隣だ、くらい言えないの?」

「白鳥との思い出を再確認したばかりのお前にか?」

視線だけをミナトに向けるゴート。
今度はミナトの方が視線を外す番だった。

「そうね・・・・・・。アタシは今、あの人への気持ちを再燃させてるわ・・・・・・。
でも・・・・・・」

”その後に何かが残るわけじゃない”という言葉を飲み込むミナト。
変わりに別の言葉を繋げる。


「人間・・・・・・少しくらいズルくなっていいと思うのよね」


それは微妙な答え。
受け取り方一つで、どうとでも解釈できる言葉。

その言葉が、二人をどの方向へ向かわせるかは、言葉を発した当人にもわからなかった。










いちはやくブリッジにたどり着いていたルリ。
そこでイネスとウリバタケの存在を確認すると挨拶をする。
そしてそのまま艦長席に座ると、直ちにウインドウボールを展開した。


「何をやってるのかしら?」


一応想像はつくが、とりあえずは聞いてみるイネス。
だが返事は返ってこない。
ルリはイネスの言葉を無視して作業に没頭する。

作業はすぐに終わる。
ため息をつきながらウインドウボールを閉じるルリ。
落胆の色は隠しきれていない。


「探し物・・・・・・いえ、探し人かしら?」


その言葉を聞いてイネスに視線を向けるルリ。
イネスに向けられた金色の瞳は、穏やかさとは対極の光を宿していた。

イネスはその視線を平然と受け止めるが、ウリバタケは自分に向けられてもいない視線に冷や汗を流す。

「あの人は・・・・・・いないんですね?」

ルリの質問に”ええ”と頷くイネス。

「イネスさん、貴方は・・・・・・」

色々聞き出そうとするルリに、イネスは掌を向けて待ったをかける。

「聞きたいことは色々あるんでしょうけど、みんなまとめてブリーフィングルームで説明するわ」

そう言うと、そのまま身を翻してブリッジを出て行くイネス。
ルリもその後を追い始めた。






「こんにちは、お久しぶり、はじめまして。
ナデシコ医療班、ならびに科学班のイネス・フレサンジュです」


並んで座っているナデシコクルーたちに、そう前置きして『なぜなにナデシコ 劇場版』を始めるイネス。
なぜかいきなり火星の後継者の目的を説明し出す。

ワザとやっているんだろうかと思いながらも、しばらくは聞いていたルリ。
さすがにこのままだと聞きたいことが聞けないので、横槍を入れることにする。

「質問」

「何、ルリちゃん?」

「みんなおそらくこう思ってると思うんですが・・・・・・。
イネスさん、アンタ死んだハズじゃなかったの?」

死んだハズの人間が、生きて目の前に立っているのだ。
当然、誰もがそのカラクリを知りたがっている。

「そ、そうだよ。何で生きてんだ?」

リョーコがそれに賛同し、イネスに説明を求める。

「何でって・・・・・・失礼ね。わかったわ」

できれば誤魔化したままにしておきたかったイネス。
だが、そうはさせてくれないことを知り観念する。
本来ならば、”説明”を求められば嬉々としてそれに応じるところなのだが・・・・・・。


「今度は僕が説明しよう」


どうもここの様子を窺っていたらしく、タイミングよく現れたアカツキのウインドウ。
気の乗らないイネスは、さっさと説明の場を譲る。

「あ、落ち目の女ったらし」

さっそく突っ込むヒカル。

「耳が痛い・・・・・・。
世間じゃA級戦犯とかゴシップとか、うるさいよねぇ」

「んなこたぁどうでもいい!
早く訳を説明しろ!」

「あれ、リョーコ君。
君、統合軍じゃなかったの?」

「な・・・・・・っ!いいんだ!そんな細かいことはぁ!」

アカツキの突っ込みに、必死になって誤魔化すリョーコ。

「要はアレだねぇ。敵を欺くには味方からってヤツ?
ほらほら、テンカワ君も艦長もさらわれちゃったんでねぇ。
一番有効な方法ということで、戸籍上死んでもらったってワケ」


アカツキの説明を黙って聞いていたルリ。
とりあえず、ネルガルが以前からこの事件に関わっていたことは確認できた。
少なくともイネスを匿った2年も前の時点から。
そして自分に回ってきた役割が、ネルガルによって予め決められていたということも。
それならば、このナデシコCの用意のタイミングのよさにも納得が行く。


(後は台本どおりに演技しろ・・・・・・ですか?)


心の中でアカツキに問いかけるルリ。
他のクルーの士気にも関わるので、声に出しては聞けないが。

ルリには、飄々と喋っているアカツキの底が見えない。
だが、せめて一つ知っておきたいことがある。


「一つ質問していいですか?」


「なんだい?」
「いったいアカツキさんて、良い者なんですか、悪者なんですか?」


ルリの唐突な質問に笑ってしまうアカツキ。
どう考えても自分が”いい者”であろうハズはないのに。
それとも省略した言葉があるのだろうかと推測する。
”あの人にとってどうなのか”・・・・・・と。

(どっちにしても・・・・・・)

「相変わらずキツイな、君は・・・・・・。
おっと、キャッチが入っちゃった」

これ以上追求されないうちに”じゃあ”と通信を切るアカツキ。
内心で安堵のため息を吐く。

現在アカツキがいる地球連合総会議場にも火星の後継者の攻撃が始まり、大きな揺れが建物を襲う。
”スゴイなこりゃ・・・”と呟きながら入ってきた通信のウインドウを開く。

『こちら正門前!敵の攻撃凄まじく』

「ああ、いいよいいよ。後は任せて」

『ハッ!』


「さ、舞台は整った。行こうか」


化粧台の椅子から腰を上げるアカツキ。
目指すのは総会議場。
突入してくる火星の後継者達を出迎えるためだ。

説得という方法を取るなら月臣に任せているだけでいい。
アカツキが火星の後継者の前に現れれば、逆に激発させるだけだということは、火を見るよりも明らかであるのだから。

それなのにアカツキが姿を現すのには複数の意図がある。

連合総会議場で人質になる予定だったのは主流派、あるいは反クリムゾン派の議員である。
彼らが人質となるのを防ぎ、火星の後継者を抑えることで、ネルガルは”今後の政府”に貸しを作れる。
”今後”というのは、火星の後継者やクリムゾンとつながりのあった政治家、議員を排して再編制されるだろう政権のことだ。
その貸しを踏み倒されないようにする保険。
火星の後継者の蜂起に対し、ネルガルは地球連合側に立っていることを公に示すことができ、”今後の政府”がネルガルへの貸しを疎ましく思っても、無視したり不当にネルガルを排したりはできなくなる。
また、会長自ら体を張っていることを示すことで、一般社会におけるネルガルへのこれまでの悪評を払拭することができる。

アカツキは、自分の危険をチップにできるだけのメリットがあるから火星の後継者の前に姿を現すのだ。










「でもホントにいいの、リョーコ?
統合軍なんでしょ?」

アカツキからの通信が切れた後、リョーコにそう語りかけるヒカル。
さっきアカツキに統合軍であることを指摘された時、リョーコは”そんなことはどうでもいい”と誤魔化した。
だが実際には、それほど単純なものではない。

「よくはねぇだろうけど・・・・・・それでも俺はやりたいんだ」

奥歯をかみ締め、拳を握るリョーコ。

「統合軍の軍人として、平和を守ってきたつもりになっていたこの2年・・・・・・。
それが何だったのか見直したいんだ」

「リョーコ・・・・・・」

ヒカルは不意にリョーコの頬をつつく。

「な〜に深刻ぶってんのよぅ?」

「え?」

リョーコは驚いた顔でヒカルを見る。
"なに新香食ってんのよ・・・・・・"と一人寒い駄洒落を言っているイズミは置いておいて。

「ナデシコはぁ、お気楽がモットーでしょ?」

そう言ってリョーコの背中をバシバシと叩くヒカル。
そんなモットーを掲げたつもりはまったくなかったが、ナデシコには深刻なのが似合わないのは確かだとリョーコも思う。


「そうだな・・・・・・。
ナデシコに乗ったからには、ナデシコらしく行くとするか」


心を軽くして笑うリョーコ。
"それでこそリョーコ"とヒカルも笑い、イズミも唇を笑みの形に歪ませる。
彼女たちの友情は、いささかも風化していなかった。


「なら、俺もそれに便乗させてもらおうっスかね」

その時、後ろから男の声がかかる。
それは彼女達の話を聞いていた三郎太のものであった。

「なんでだよ?」

「俺も見直したいスから。
宇宙軍も結局のところ、この二年間何もできてなかったっスからね」

知らない間に多くの犠牲者を出し、草壁の決起を許した宇宙軍。
その挙句、それを抑えに行くのはネルガルが用意した戦艦、ナデシコC。
乗組員も元ナデシコクルー、つまり民間人がほとんどで構成されている。
この状況で”宇宙軍はやることをやってるんだ””統合軍とは違う”などと胸を張れるほど、三郎太は近視眼でも厚顔でもなかった。


三郎太を見て、"フン"と笑うリョーコ。

「勝手にすりゃいいさ」

”じゃ、そうさせてもらいましょうかね”と三郎太も笑う。


「そういえば礼を言ってなかったな・・・・・・」

アマテラスでは、一応命を助けられているリョーコ。
そのことに関して一言も言っていなかったのは、さすがに礼を知らない行為だと自分でも思う。
だから、ちゃんと感謝の念を伝えておこうとするのだが。

「いいっスよ。俺と中尉の仲じゃあないスか」

意味有り気な台詞と笑みをリョーコに向ける三郎太。
ヒカルとイズミからは"ひゅ〜"と冷やかしの声が上がる。

「なっ、なっ・・・」

顔を赤くしてうろたえるリョーコ。



「何言ってんだオメー!?」













ボソンジャンプのナビゲートを行う部屋でイネスと二人きりになるルリ。
ここでなら、他のクルーに聞かれたくない話もできる。

まずは、イネスからこの作戦の説明を受ける。
A級ジャンパーのジャンプを駆使して行われる奇襲作戦について。
この時点で、初めて全容を知らされたことになる。
もっともルリとしては、元々予想していたことなので、いまさら驚いたりはしないが。
だが、確かめておきたい点はいくつかある。


「ジャンプによる奇襲。そしてナデシコCによって火星全域を"抑える"・・・・・・ですか」

「そう」

「で・・・・・・私に道化を演じろというのですか?」

「道化だなんて・・・・・・」

「ナデシコCとA級ジャンパーの用意・・・・・・。
明らかにネルガルのシナリオ通りです」

「否定はしないわ。確かに舞台を整えたのはネルガルよ」

ルリなら当然気付くと思っていたので、いまさら誤魔化す気はないイネス。
あっさりとルリの言葉を認める。

「でも、あなたにはその舞台に立って英雄となれる力量を確かに有している。
胸を張ればいいのよ」

「そして今度は軍や政府に危険視されるようになる・・・・・・ですか?」

皮肉気にイネスに問うルリ。

異質なる者への偏見、差別、嫉視。
そういったものは少なからず存在し、ルリ自身その存在に触れている。
アララギ艦隊の連中から"電子の妖精"と言われ、もてはやされていても、それがすべてというわけでもない。
いや、アララギ艦隊の軍人たちにしてみても、現在はアイドルやマスコット的な感じで言っているだけで、人間の範疇を超えた力を見れば、恐れや嫉妬にすり変わってしまうだろう。
過ぎた力を見せれば、今度は味方からも疎まれることになることを彼女自身わかっているのだ。


「それに関しては手をうってある。心配する必要はないわ」

「・・・・・・やっぱり道化じゃないですか」

終わった後のことも考慮されている。
まさしくシナリオ通り・・・・・・。
ルリとしては面白いものではない。



「力量・・・・・・って言いましたよね?
”あの子”はどうなんです?」

"あの子"というのが、ラピスのことを指しているのだとイネスにもわかる。
”彼女”という存在に、無心でいられないことも。

「”あの子”にも同じことができるんじゃないんですか?
私じゃなくても・・・・・・いいんじゃないんですか?」

そう言って金色の瞳を鋭くするルリ。
"嘘は許さない"と言っているようにイネスには思えた。

「おそらくは貴方のほうが力は上ね。
でも貴方の言うとおり、貴方じゃなくても火星の後継者を倒せるわ」

”やっぱり・・・・・・”と心の中で呟くルリ。

「貴方一人がいなくなったら全部ダメ・・・・・・。
そんな馬鹿げたプランを立てるほど、ネルガルは狂っていないわ。
色々な保険をかけた上で、戦略を練ってきた。
A級ジャンパーはアキト君だけじゃなくて私もいる。
そしてナデシコCを使えるのは貴方だけじゃない」

"もちろん貴方がベストではあるんだけど"と付け加えるイネス。

「"あの子"・・・・・・ですか?」

「そう。どの組み合わせになっても火星の後継者を倒せるわ。
貴方なら火星宙域全部を掌握できるかもしれない。
でも、火星の後継者を倒すだけなら、そこまでする必要はないの。
火星宙域全部を抑えなくても、とりあえずは極冠遺跡にいる部隊を行動不能にした上で攻撃すれば済む話なのよ。
全部を掌握し続けるよりよっぽど簡単だわ」

そしてそれはラピスでも十分可能だということだ。


自分である必要はない。
そう面と向かって言われたルリ。
とてもじゃないが、素直に道化の役割を引き受けたいとは思わない。
特に英雄などと言う立場になれば、賞賛と同等、或いはそれ以上の嫉視を受けることになるのだから。

そこまでして軍に奉職したいとも思わないし、英雄になりたいとも思わない。
自分の存在を危険視されるかもしれないというほどの力を誇示して、アキトやユリカをあんな目にあわせた火星の後継者たちを生かして捕まえたいとも思わない。
むしろ、自分の手で駆除してやりたいとすら思う。
自分は普通と人間と同じく、怒りや憎しみを持っていて、漫画に出てくる聖女のように、慈愛や博愛で心を満たしてはいないのだから。


「だったら・・・・・・」

「データが欲しいのよ。アキト君に関わるデータが」

イネスの言葉が、ルリの発言を未発に封じる。

「アキト君の体を直すために、私はずっと研究してきた。
でも・・・・・・まだダメ。
特に味覚を直すためには、いくつか足りないピースがある。
いつ、どんな実験をされたか?
その詳細なデータが欲しいの。
そしてそのためには、すべてのシステムを"抑える"のが最善なのよ・・・・・・"倒す"のじゃなくてね。
最悪、ヤマサキ博士の身柄は生きて確保したいの」

「ヤマサキ・・・博士?」

ルリはその名前を知っていた。
アマテラスでは、直接顔を合わせている。
持ち帰った資料にも、火星の後継者の主要なメンバーとして記載されていたので覚えていたのだが。

「アキト君の五感を奪うだけの実験をした張本人よ」

拳を強く握り、奥歯を噛むルリ。
その瞳に剣呑さが宿る。
湧き出してくるのは怒りと憎しみ。
自分にこれほどの憎悪が抱けるとは思ってはいなかった。

だが、次の言葉がルリの感情を吹き飛ばす。

「貴方の力が、アキト君を救えるかもしれないのよ」


金色の瞳を大きく見開くルリ。
イネスの言葉を反芻する。

(私が・・・・・・私の力が・・・・・・あの人を?)

それは思ってもみなかったこと。

ルリは自分という存在が好きではなかった。
作られた存在である自分を。

電子の妖精などと呼ばれても、それを誇りに思うことなどない。
むしろ嫌悪があった。
自分が異質な存在であると思い知らされるだけ。
自分の力も、この容姿さえ遺伝子によって与えられたものでしかないのだから。

”遺伝子細工”
北辰が言った言葉は、まさに的を射ていた。

ナデシコで勝ち取った記憶。
アキトやユリカと共に在った思い出。
それらを誇ることはあっても、自分の力や容姿を誇りに思うことは一度もなかった。

マシンチャイルドである自分を。

その自分の力がアキトを救えるかもしれないということ。
それは、英雄などと呼ばれ、他人から嫉視を浴びることになってもやり遂げたいことだと思う。



もしそれが叶ったならば、自分を好きになれるかもしれないから・・・・・・。
















長距離ボソンジャンプにより、突如地球に現れた火星の後継者の部隊。
それらは、手薄になった地球の重要拠点へと侵攻を開始していた。

その中で、もっとも重要視されている場所がある。
それは連合総会議場。
そこにいる地球側のトップを拘束することが火星の後継者達の最大の目的であった。


突入した火星の後継者の主要部隊は、議会が行われているであろう議場を目指す。
この議場において、弁舌を振ることを生業としている人間たち”政治家””議員”を拘束するためだ。


だが議場へ突入した火星の後継者達は、その思考と行動を停止させる。


そこは、自分達の栄光の質となるべき地球の政治家達がいるハズの場所だった。
しかし、彼らを待っていたのは着飾った可憐なアイドル達。
まるでコンサートのノリで、火星の後継者達を迎える。

目の前で繰り広げられている光景に見入る火星の後継者達。
本来の目的すら忘れたかのように立ち尽くしていた。

だが最後に、その意識をある方向へ刺激する人物が登場する。



「金持ちを舐めんなよ」



一番高いところに立って、火星の後継者達を見下ろすのはアカツキ。
火星の後継者たち木星人にとって、アカツキという人物は紛う事なき敵である。
この場にいる他の人物達とは、意味合いがまったく異なった。
そしてその対応も。

アカツキに向けられるのは、困惑でもなければ拍手でもない。
それは明確な殺意。
その殺意は、即座に行動を伴った。

「天誅ぅぅぅ!」

火星の後継者達の機関銃が火を吹き、無数の弾丸がアカツキに襲い掛かる。
だが、それらはすべてアカツキの眼前で弾かれた。

「ディストーションフィールド!?」

驚く突入部隊の隊長。
手持ちの武器ではアカツキを殺せないことを知る。

「だから言ったでしょ?舐めるなって」

冷笑を浴びせるアカツキ。

「貴様!どういうつもりだ!?」

「どういう?無理なことはやめろって教えさ」

「なにぃ!?」

「総会出席者を人質に取るような組織じゃ、"天下は"取れんよ」

"テンカワ君もね"と自分の下手な駄洒落を心の中で笑う。

「汝、死にたもうことなかれ」


天井が崩れて2機の機動兵器が現れる。
それは放送されている映像を見て、踏み込んできた積尸気であった。

「ならば貴様が死ねぇ!」

現れた味方の機動兵器に形勢の逆転を確信する隊長。


今その手に持つハンドガンの引き金が引かれれば、個人用のディストーションフィールドでは防げない。
アカツキの肉体は、即座にミンチへと変わるだろう。
だがアカツキは表情一つ変えない。
彼もまた、命を賭けてこの場に立っているのだから。




「奸賊アカツキ・ナガレ!天誅ぅぅ!」

今にもハンドガンを放とうとする積尸気の前方に、ボース粒子と共に白い機体が現れる。
それは月臣の搭乗するアルストロメリアであった。

右手のアンカークローで一機の積尸気のコクピットのハッチを毟り取り、もう一機へと即時反転。
既に使えるようになっているローラーダッシュで、一気に間合いを詰める。

向けてくるハンドガンを払い、頭部を右のアンカークローで貫いた。


共にパイロットを殺すことなく、積尸気を無力化したアルストロメリア。
拳を引き抜き、うろたえる火星の後継者たちへ振り返る。

『外もあらかた鎮圧した。諦めて投降しろ』

外部音声で投降を呼びかける月臣。

「ボソンジャンプ・・・・・・。新型か?」

白い機動兵器のコクピットのハッチが開く。

「久しぶりだなぁ、川口少尉」

「月臣中佐!?」



ここでの敗北を悟り、武器を捨てる川口。
だが、すべての負けを認めたわけではない。

「ここの制圧は失敗したが、他の場所では同志たちが占拠を完了させているはず・・・・・・。
議員達の拘束には失敗したが、まだ我々が敗れたわけではない」

そう主張する川口を尻目に、アルストロメリアを降りる月臣。
そのままステージへと向かう。

スポットライトを浴びながら、マイクの前に立つ月臣。
静かに目を閉じ、心を落ち着かせる。
まぶたの裏に浮かんでくるのは、自分が殺めてしまった友の顔。


(見ていてくれ、九十九)


火星の後継者たちを説得で抑える。
それは言葉にするのとは違い、簡単なことではない。
だがそれができなければ、多くの同胞達を死なせてしまうことにも繋がる。
この叛乱が長引くようなことがあれば、地球と木星の溝は深まってしまうだろう。

それだけは回避しなければならない。

言葉を使って戦う道を志し、この日のために用意してきたといっても、すべてを身につけているわけではない。
いまだ未熟であることは自覚している。

語るべき内容は予め用意している。
だが、語る人物の熱意を聞くものに伝える技量は完全ではない。
アドバンテージがあるとするならば、木星人にシンパシーを期待できる名前を使えることぐらいだ。
かつて草壁春樹が利用したように。

この演説は、草壁春樹に対する月臣の挑戦でもあった。





「私は、元木連中佐、月臣元一郎。
私が姿を現したのは、愛すべき同胞達の”愚挙”を黙って見ていられなくなったからだ。
この場を借りて、同胞達の”誤り”を正したい」

「愚挙だと!?誤りだと!?何を持ってそのようなことを!?
草壁閣下の理想を理解できない愚か者は、月臣中佐、貴方のほうでありましょう!」

川口から苛烈な反論が返ってくる。
おそらくは火星の後継者たちの心情を代弁したものであろう。
月臣の挑戦的な物言いは、こういった反発を導き出すためのものだった。
これで、わかり易い構図を作ることができる。

「ならば聞こう。
草壁閣下の理想の先に何がある?
新たなる秩序とは、具体的にどのようなものだ?
社会のシステムは?
国体のあり方は?
教育の方針は?」

「それは・・・・・・閣下の・・・・・・」

「草壁閣下の御心の内・・・・・・か?
具体的なことを知らずに、閣下の口車に踊らされているのが諸君らだ」

”違う”と反発しようとする川口たちに、さらに言葉をかぶせる月臣。
流れを主導していく。

「この放送を聴いているすべての同胞達も考えてもらいたい。
この叛乱の先に、本当に幸福な未来が待っているのかを」

カメラを通して、すべての人々に語りかけ始める。

「このようなやり方をしても、人類全体の支持を得られはしない。
この先に待っているのは、一部の人間による支配だけだ。
人類規模を鑑みて、その支配は完全なものにはならないだろう。
抑圧されるものに対する反発は歴史の必然。
かつて地球の支配から逃れた我らの祖先のように、支配から逃れようとするものは必ず現れる。
そしてその先にあるのは報復だ。
我ら木連がそうであったように。
歴史は繰り返し、また多くの犠牲を生むことに疑いの余地はない。

人は愚かだ。何度でも同じ過ちを繰り返す。
かく言う私も、愚かな選択を重ねて生きてきた。
何度も間違い、後悔し続け、今ここに立っている。
だからこそ、私にはわかる。
これ以上、愚かな歴史を繰り返すわけにはいかないと!


かつて私には友がいた。
その友は、誰よりも早く地球人に触れた。
そして地球人を知り、心を通わせた。
その友は、私に地球との和平を語った。
地球との共存こそ、木連がとるべき道だと。

この叛乱に参加した木星人たちも、地球人に触れる機会はあっただろう。
そこで見た地球人は、そこで言葉を交わした地球人は、かつて我々が教え込まれていたような残虐非道な人間達であったか?

否!

多くの地球人たちは、我々木星人となんら変わらない。
人愛し、人を思いやる優しい心を持っている。

我らを貶め苦しめてきたのは、一部の人間に過ぎなかった。
民衆に与える情報を制限し、隠してきた戦前の政府にあっただけなのだ。
そしてそれは、我ら木連にも当て嵌まろう。

戦後、地球に来て得た情報、触れた社会の価値観。
それらは、木連で教えられてきたものとは大きな矛盾があったはずだ。
誰もが自分達の価値観に歪みを感じたはずだ。

それらを知っても尚、地球との対決を望むのか?
あくまで戦いの道を選ぶのか?

少なくとも私の友は、そんなことを望まない。
戦い争う未来には、平和など待っていないのだから。

だから私は、こう言って諸君らに翻意を促そう・・・・・・」


月臣は、静かに息を吸い込むと、大きな動作と共に言葉を発する。


「白鳥九十九が泣いているぞ!
木連、そして地球の勇者諸君。武器を収めよ!
平和とは、武によって築くもにあらず!」










そこは白磁の美姫が体を休めている薄暗いドック。
その片隅で、アキトは全宇宙に流される月臣の説得を見ていた。
そして他の重要拠点の映像も。

占拠されていた場所では、既に解放が始まっている。

月臣の説得が全員に通じたわけではない。
しかし、それなりの効果はあった。
”自分達が間違いだった”などと言い出す輩を量産できたわけではないが、かなりの人間に楔を打ち込むことはできた。
積極的に投降してくれなくても、これ以上戦う意思をなくした者、この戦いの意味や地球人の本質を考え始める者は4割に達しようとしていた。
そしてそれは、火星の後継者の部隊が機能しないだけの数であった。

完璧には程遠い演説であったかもしれない。
草壁と向かい合って弁舌を戦わせれば、月臣は草壁に及ばなかったかもしれない。
だがそれでも、多くの木星人たちに迷いを生じさせることには成功していたのだ。


これは、月臣にとっての勝利であった。


あの時聞いた月臣の決意は本物だったのだと確認するアキト。
この先に待つ彼の本当の戦いにも、まっすぐ向かっていけるのだろうと思う。

そんな月臣の姿は、アキトには眩しく映るのだが・・・・・・。


月臣から目を逸らすように身を翻すアキト。
隣にいたラピスも、ウインドウを閉じるとアキトの後を追う。



ユーチャリスへ乗艦しようとするアキトとラピスを待っていた女性がいた。


「ルリちゃんとナデシコCが合流したそうよ」

腕を組みながらアキトにそう告げるのはエリナ。

「勝ったな」

「ええ。あの子とオモイカネのシステムが一つになったら、ナデシコは無敵になる」

「俺たちの実戦データが役に立ったわけだ」

「やっぱり行くの?」



「ああ・・・・・・」

その言葉に反応して、ラピスがアキトを伺うように見るのに気づくエリナ。
アキトの感情が揺れている証拠だ。
この単純な返事の中に、どれ程の気持ちが込められているかエリナは推し量る。

「復讐・・・・・・。昔のあなたには一番似つかわしくない言葉だったわね」

(もう本心をさらしてもいいでしょう?
みんなのために頑張ってきたんだって言ってもいいでしょう?)

そう思うエリナ。
だが、彼女の臨む言葉は返ってこない。

「昔は昔、今は今だ。補給、ありがとう」

「いいえ」


(こんな感謝の言葉は忘れないのにね・・・・・・)


「私は、会長のお使いだから・・・・・・」

エリナは常に一線引いた立場からアキトを支援してきた。
だからアキトの本当の心を見せては貰っていない。
それを寂しく思うエリナ。


(貴方が本心を言ってくれないのに、私が言えるわけないわ)

















火星極冠遺跡内に陣取られた草壁の指揮所。
その中で、占拠完了の報告が順調に進んでいた。

新たな占拠完了の報告がもたらされる度、周囲から歓声が上がる。
その声を聞くたび、草壁は自分の求める”新たなる秩序”が近づいてくるのを感じていた。
しかし、最も心待ちにしている拠点からは、いまだ報告がない。
小さな不安は、草壁の心に依然として存在していた。

そんな時だ。
一つの報告が舞い込んできたのは。

今度こそは、『地球連合総会議場』の占拠完了報告であろうと誰もが期待していた。
だがその報告は、誰もが予想すらしなかったものであった。

それは占拠を完了したはずの拠点が、すべて作戦失敗となったという報告。
草壁たちにとって、平静でいられるような状況ではない。


「当確すべて取り消し?
どういうことだ、説明しろ!」

『は、はあ・・・・・・。
敵の新兵器と、その・・・説得に』

「説得?」


そこに、新たなウインドウが開く。

『白鳥九十九が泣いているぞ。
木連、そして地球の勇者諸君。
武器を収めよ』

それは、全宇宙に配信され繰り返し放送されている月臣の演説の映像。
草壁は目を見開いて、言葉を発している男を見る。

「月臣!?」

堂々と言葉を発している月臣の姿。
彼から紡がれる白鳥九十九の名前。
それらは、草壁を驚愕させるに足るものであった。

そして、すぐさま更なる驚愕を運んでくる報告が飛び込んでくる。

「我が基地上空に、ボソン反応」

「何!?」



突如、火星の後継者の布陣する中央に現れたナデシコC。
草壁たちもボソンジャンプでの襲撃の可能性は考えていたが、ど真ん中に現れるとは予測していなかった。
そのため、反応が遅れる。

その一瞬の隙に、ディストーションブレードを展開するナデシコC。
そのまま"掌握"が開始された。

そこにいた戦艦や機動兵器には【休み】のウインドウが現れ、次々と機能を停止していく。
いや、兵器ばかりではない。
そこにあるコンピューターのすべてがルリに掌握されていた。

特に山崎の前にあるコンピューターのスクリーンには、【封印】のウインドウが幾重にも現れ、厳重にロックされていく。

「乗っ取られた・・・・・・」

その光景に呆然とする山崎。
すぐにその原因となる可能性に思い当たる。

「妖精・・・・・・?」










「相転移エンジン、異常なし」

「艦内、警戒態勢、パターンBへ移行してください」


周囲の敵が行動不能になったのを確認して、警戒を緩めるナデシコC。
だが、ホシノ・ルリにとってはこれからが本番だった。

「ハーリー君。ナデシコCのシステム、すべて貴方に任せます」

さっきのことで悩んでいたハーリー。
突然、ルリにそう言われて驚く。

「ええっ?全部っ?バックアップだけじゃないんですかっ」

「ダメ。私はこれから、火星全域の敵のシステムを掌握します。
船までカバーできません。
ナデシコC、貴方に預けます」

今掌握しているのは、極冠遺跡に布陣する部隊だけ。
それだけなら、ナデシコCをオペレートしながらでも十分できた。
だが、それだけがルリの目的ではない。

(そう。できるだけすべてを抑えなければならない)



「でも・・・・・・」

ルリの要請に躊躇するハーリー。
一人で戦艦のシステムすべてを制御することは容易ではない。
ハーリーには、いまだ未体験の領域だ。
二の足を踏んでしまうのも当然であるのだが。

「ハーリー君、頑張れ」

その言葉はミナトから発せられたものであった。

「甘えた分だけ、男になれよ」

ハーリーを応援するミナト。
これは、先ほどの砲撃とは違い、相手を殺すためのものではない。
だから素直に応援できる。

ミナトの言葉を聞いて表情を引き締めるハーリー。

(そうだ。きっと今は悩んでいる時じゃない。
"あの子"だって、それぐらいできるんだ。僕だって・・・・・・)


掌握へ全能力を向けることができるようになったルリ。
その範囲は、火星宙域全部を覆っていく。


ジャンプのナビゲートを行う専用ルームで、その様子を見ていたイネスとウリバタケ。
この時を、他のクルーたちとは違う気持ちで迎えていた。

「かくして、火星宙域のすべての敵が、ルリちゃんにシステムを掌握された・・・・・・。
さすがね」

「体のほうは大丈夫か?」

ウリバタケは、状況を整理しているイネスに呼びかける。

「ええ。やっぱり戦艦一隻を火星まで跳ばすのは堪えるわね」

(アキト君ならどうということはないんでしょうけど・・・・・・)

「そっか・・・・・・」

「新たなる秩序・・・・・・かぁ」


(もしこの計画が成功して新たなる秩序が実現していれば、歴史は彼らを賞賛したのだろうか?
たった数百人の火星出身者の犠牲の下に平和を創った・・・・・・と)

”そうかもしれないわね”と思うイネス。

(歴史は勝者が紡ぐものなのだから。
今までも、そしてこれからも・・・・・・。
でも、私たち火星の人間はそれを認めない。特に)

「お兄ちゃんは・・・・・・」

イネスが漏らした言葉を聞くウリバタケ。
その表情を硬くする。

共にこの事件に関わってきた者同士。
長く、アキトと共に戦ってきた。
たとえ、その手に武器を取るのではなくても。

だからこそ、火星の後継者を抑えることができたこの瞬間の意義を誰よりも知っている。
そして、これから行われるであろう戦いのことも。


「アキトが来るか」

「ええ」















火星の後継者の指揮所のスクリーンに一人の少女が映し出される。
それは人に非ざるもののようなホシノ・ルリの姿。
まさに妖精と言うべきなのであろうか。

『皆さん、こんにちは。
私は地球連合宇宙軍所属、ナデシコC艦長のホシノ・ルリです。
元木連中将、草壁春樹。貴方を逮捕します』

逮捕。
それはルリからの降伏勧告であった。

「黙れ、魔女め!」

一人の言葉を切欠に、他の火星の後継者の面々もそれに同調する。
ルリを罵り、継戦を訴え始めた。

ルリはそれらを完全に無視し、草壁の決断を待つ。

草壁は、スクリーンに映るホシノ・ルリの姿を見ることなく、静かに目を閉じている。
だがその心は、はるか遠くを見通そうとしていた。

程なくすべてを悟る草壁。
閉じていた瞼を開く。

まっすぐ妖精を見つめると、淀みなくこの決起の終わりを告げる。

自分の理想の・・・・・・終わりを。



「部下の安全は、保障してもらいたい」



これに納得いかないのが、周囲で継戦を訴えていた者たち。
”我々は命など惜しくはない”
”あんな人形ごときに負けるわけにはいない”
と、口々に叫んで草壁に詰め寄る。

だが、それを阻む者がいた。
その男は、草壁を庇うように詰め寄ってくる者たちの前に割ってはいる。

「そこをどいてください、新庄中佐!私達はまだ!」

「我らは負けたのだ!」

毅然とした態度で一喝する新庄。
詰め寄ってくる者たちの歩みを止めた。

「ですがこのまま・・・・・・」

「たとえあの妖精を倒せても、新たな秩序は築けない。
これ以上見苦しく足掻けば、晩節を汚したと後世に笑われるだろう」


”そうですね?”と、黙したままの草壁を見る新庄。
草壁は、静かに頷きを返す。


降伏勧告。
これを行っているということは、"あの男"はナデシコに乗っていないのだろうとわかる。
もし乗っていれば、降伏勧告などせずに、たちどころに攻撃してきただろうからだ。

"あの男"が乗っていない。
それは、ネルガルに出し抜かれていたということだ。
ネルガルは、常に戦わせてきた"あの男"の他に、切り札を用意してきていたのだと。
"あの男"に拘り過ぎた結果、他のA級ジャンパーにも、この切り札の存在にも気付かなかった。
火星の後継者をすべて掌握してしまうこの戦艦ナデシコCと妖精の力。
もしこの存在に気付いていたならば、これらを排除するのにすべての力を集中させたであろうに。
こんなところで、のうのうと占拠速報を聞いている場合ではなかったであろうに。

そのことを今更ながらに思い知る。

そしてそれを演出したのは、ネルガルの頂点に君臨する若造。
直接の面識はないが、蜥蜴戦争中から互いの求めるものを得るために、長く戦ってきた敵、アカツキ・ナガレ。

自分たちは彼との知略の争いに敗れていたのだと悟らされていた。
この戦いは、決起した時点で敗れていたのだと。

もしも分岐点があったとするならば、やはり決起の時期であろう。
決起がもう1年先になっていれば、この切り札の存在にも気付いていたかもしれない。
だが決起の時期を前倒しせざる得なくなったこの状況では、すべての情報を得られるわけがなかった。
長距離ボソンジャンプの確立と、A級ジャンパーの排除だけで精一杯だったのだから。

その決起の時期を限定したのは、あのターミナルコロニーの襲撃。

アカツキ・ナガレとテンカワ・アキト。
彼らに負けたのだと、草壁と新庄は理解していた。

目の前の敵を倒したところで、一時凌ぎにしかならないことも。





最後に一つ、終わっていなかったものがあることを思い出す草壁。
心の中で呼びかける。


(北辰。お前は好きにすればいい・・・・・・)












(最後の賭け・・・・・・か)


掌握されている夜天光のコクピットの中で思う北辰。

現在的に機体を動かすことは出来ないが、ボソンジャンプで移動することができれば、機体の座標が変わり、一時的にナデシコCのシステムから逃れられるかもしれないと考える。
たしかにナデシコCのシステムは、時空を超えてまでの効果は発揮できないだろう。

再び機体の座標を確認し、システムを掌握してくるまでのタイムラグで襲撃しようというのだ。

そこまで都合よく行くわけはないとは、わかってはいる。
たとえ成功しても、自分達の命を永らえるだけのことでしかないことも。
戦略レベルで敗北が決定しているのだから。

それでも、草壁の命は救いたいと思う北辰。
このままにしておくことはできなかった。

機体のジャンプフィールドは使えないので、CCを利用してボソンジャンプを行い始める北辰たち。
目指すはナデシコC。
ナデシコCの船体を確認できるところまで行ければ、後は機体を捨ててでも・・・・・・。
単独でのボソンジャンプは可能なのだから。



(だが・・・・・・あの男が来るのならば・・・・・・)
















黒い特殊なパイロットスーツに身を包んだアキト。
ユーチャリスの機首に立たせたブラックサレナのコクピットの中で、今まで辿ってきた道のりを思い返す。



(何故こんなことになったんだろう?)



きっと自分が弱かったから。
独りになるのが怖かった自分が、"家族"を失うまいとして、バカなことをしたから。

ユリカを利用し、ルリの気持ちを無視し、自分の想いすら殺した選択。
その先に待っていたのがこの現実。



あの時、自分が強かったら。
あの時、自分が他の選択をできていたなら。

アキトはそう思う。

しかし、最良の選択を重ねていけないのが人間というもの。
追い詰められ、視野が狭くなると、他人から見れば愚かとしか思えないことをやってしまうものだ。
いや、後になれば当人でさえ、愚かと思ってしまうことすらしてしまう。
だから、他人から見ればバカバカしいニュースはなくならないのだろう。

それに実際的には、アキトがどう選択しようとも、火星の後継者達はアキトやユリカを誘拐しただろう。





火星の後継者に対す恨みと憎しみ。
同胞達の仇討ち。
ユリカやルリに対する愛情。
そして彼女らに対する罪悪感。

それらがアキトを突き動かし、血生臭い戦場に身を置かせた。
ターミナルコロニーへの攻撃すらやってのけた。
無関係な人間をも殺した。


だがそれも、もう終わる。




もしも自分が生きていたなら、どんな未来が待っているのか?


元通りになる?
家族のもとに帰れる?

そんな虫のいい話はない。
少なくとも、自分からそれを求める権利はないのだと思う。




でも、もし・・・・・・赦してくれるのならば。
でも、もし・・・・・・求めてくれるのならば。




(ユリカ・・・・・・。お前はこんな俺をどう思う?)



きっともう、嘘を吐いたままではいられないだろう。
騙したまま、傍にいることはできないだろう。

逢えば自分の罪を告白しなければならない。
それはとても怖いことだ。

罵られるかもしれない。
軽蔑されるかもしれない。

憎まれる・・・・・・かもしれない。

それだけのことをしたのだから。



それとも、太陽のような笑みで赦してくれるのだろうか?
こんな自分でも、受け入れてくれるのだろうか?


それはアキトの弱さが生んだ、都合のいい期待。
アキトは打ち消すように首を振る。









【アキト、ナデシコCが火星に】

ラピスの報告を聞いて頷くアキト。

【ありがとう、ラピス。
これを・・・・・・最後の戦いにしよう】





(ユリカを助け、ルリちゃんを守ったら・・・・・・俺は・・・・・・)


ユリカとルリの笑顔を思い浮かべるアキト。

二人に向かって、一つの言葉を口にした。



















”さよなら”


















次で最後になる予定です。



 

 

代理人の感想

うううっ。

こうして改めてアキトの心情を描写されると、痛々しくて見てられないです。

ともすれば安易なユリカ排除に使われがちなアキトの「血に塗れている」発言ですが、

こう言う風に積み重ねた上で見せられると、重みが違います。

 

そして次回は・・・個人的にはハッピーエンドを期待したいんですが、どうなるやら。

胸を痛めつつお待ちしてます。