機動戦艦ナデシコ
The prince of darkness episode AKITO
波の音が規則正しく響く浜辺。
既に黄昏時で、夕日はすべてを朱色に染めている。
その浜辺を、ワンピースを着た少女が歩く。
すべてが朱色に染まっている世界では、そのワンピースの色も、髪の毛の色も判別はつかない。
ただその瞳は、金色のエッセンスを失ってはいなかった。
少女は砂地に足跡を刻みながら、目的の場所を目指す。
そこは、浜辺に隣接したログハウス。
ネルガル会長所有の別荘だと少女は知っている。
ここから見える浜辺のすべてを含めて。
門をくぐり、庭に入っていく少女。
テラスに木で作られたテーブルと、そこで居眠りをしている青年を見つける。
テーブルに突っ伏して寝ている青年。
その手元には、開かれた本と飲みかけのアイスティーのグラスが置かれている。
読書をしていて眠くなったのだと推測できた。
物音を立てないように対面の椅子に座る少女。
そっと手を伸ばすと、眠っている青年の髪の毛を撫でる。
日の光を浴びていたためなのだろう、その手に伝わってくる感触は温かかった。
しばらくそうしていると、不意に青年が目を覚ました。
少女の顔を見る青年。
はじめは驚いた顔をしていたが、すぐに照れ臭そうな表情に変わった。
青年はアイスティーでノドの渇きを潤すと、ゆっくりと口を開く。
「よくわかったね・・・・・・ここが」
最後の戦いから4ヶ月。
いつかはアカツキがお節介を焼くだろうとは思ってはいたが、それにしては早すぎる。
だから不思議そうに、目の前の少女に問うた。
「ハーリー君が、ラピスさんとメールのやり取りをしているそうですから・・・・・・そこから」
答えを聞いて"ああ"と頷くアキト。
ハーリーとのメールでのやり取りは、自分が勧めたものであったことを思い出す。
同世代との交流も必要だと思ってのことだ。
ラピスが望んでいたかどうかはわからないが、とりあえずは続いているらしい。
毎日メールを送ってくるハーリーに、週に一度は返信しているらしいことを聞いている。
「ラピスさんは?」
今話題にも上った、アキトの隣にいるべき存在について聞くルリ。
「ラピスは今、厨房にいるハズだけど・・・・・・もしかしたら疲れて寝てるのかもしれない」
自分もどれだけ眠っていたのかわからないので、自信なさ気に言うアキト。
アキトは朱色に染まっている家屋の方を見る。
おそらく厨房があるところを見ているのだろう。
「料理を・・・しているんですか?」
アキトに問うルリ。
その言葉には、意外さの成分が含まれていた。
「以前、ホウメイさんの店に連れて行ったことがあってね。
どうもその時食べた料理に、感動したらしいんだ。
それで自分でも・・・・・・ってね」
「才能はありそうですか?」
「あるよ。きっとホウメイさんのように、舌だけじゃなく心も満たせる料理を作れるようになる」
それはアキトの贔屓目なのか、それとも本当に才能があるのか。
ラピスの料理を食べたことのないルリには、判別をつけることができない。
ただ、誇らしげにそう言うアキトを親馬鹿だと思う。
そして、アキトの味覚が戻っているだろうことも推測できた。
「けどまあ、料理に拘ることはない。
色々やってみて、好きなことを探せばいい」
"ラピスには、そうやって生きて欲しい"とアキトは望んでいる。
彼女という存在には、それがどれほど難しいことかを理解した上で。
そのためには、何でもしようと思う。
「アキトさんは・・・・・・?」
"もうコックはしないんですか?"という意味を込めて聞くルリ。
「ずっと・・・・・・考えてはいたんだけどね」
複雑そうな表情で自分の手を見るアキト。
多くの命を奪ったこの手で、再びコックをしていいのか迷っているのだ。
こんな自分が、再び夢を見ていいのかと。
「そう、ずっと考えてた。毎日毎日・・・・・・」
「答えは出たんですか?」
「出たよ・・・・・・いくつもね」
"いくつも?"と聞き返すルリ。
「これでいいと思って出した答えも、すぐに変わってしまうんだ。
出した答えに、ホントにそれでいいのか問いかけているうちに、違う答えが出てくる。
毎日毎日、その繰り返し・・・・・・。
だから今ある答えも、明日には変わってるかもしれない」
アニメのように、一度出した答えを持ち続けられるのならば、人は単純に生きることが出来るだろうと思う。
しかし現実は、迷いと選択の連続。
一度出した答えも通過点に過ぎないことを知った。
「でも、一つだけわかったことがある。
きっと人は、死ぬまでずっと、こうやって考え続けていくんだと」
アキトの言葉に、安堵のため息を漏らすルリ。
迷いながらも生きていこう、という意思を感じることができたからだ。
「アイツ・・・・・・は?」
それは唐突な質問。
どこか緊張した面持ちでアキトは問いかける。
ルリから視線を外しているのは、後ろめたさからだろう。
「気になりますか・・・・・・ユリカさんのこと」
「・・・・・・なるよ」
"すごくね"と付け加える。
それがアキトの正直な気持ちだった。
「ユリカさんはまだ・・・・・・止まったままです」
ビクリと肩を震わせるアキト。
不吉な考えが頭を過ぎったのだ。
"もしかして、遺跡の分離が上手くいっていなかったのか?"と
「体が悪いっていうんじゃないです」
アキトの様子に気付くルリ。
すぐにその可能性を否定する。
「体調はいいみたいです。
捕まってすぐに眠らされたそうですから、器官の損傷もありませんでしたし」
「だったら・・・・・・?」
「ずっと・・・・・・何かを考え込んでいるようでした。
ちょうど、今のアキトさんのように」
迷っているということなのだろう。
自分のように悩み続けているというのは、彼女らしくないとは思うが。
ある疑問が浮かぶアキト。
躊躇いがちに口を開く。
「アイツは・・・・・・俺のしたことを・・・・・・」
「知ってます。イネスさんが話してましたから・・・・・・全部」
「その時・・・・・・アイツは?」
「ただ、黙って聞いていました。
肯定も否定もせず、ただ・・・・・・じっと聞いていました」
それだけでは、ユリカがどう思っているのかは推測できない。
でも、自分のせいで悩ませているのだとは思う。
「そっか・・・・・・。アイツ今、笑ってないんだ・・・・・・」
後悔が滲み出ている表情のアキトを見るルリ。
"大丈夫ですよ"と語りかける。
「あの人なら、きっとすぐに動き出します。
ユリカさんらしい答えを出して」
しばらく考えてから"そうだね・・・・・・"と呟くアキト。
椅子から腰を上げ、テラスの端へと移る。
いつの間にか黄昏時は終わりを告げ、星たちが己の存在を主張し始めていた。
アキトは、複雑な表情を浮かべて夜空を見上げる。
まるで、沈んでしまった太陽を探しているかのようにルリには思えた。
「帰る気は・・・・・・ないんですか?」
確認するかのように問いかけるルリ。
アキトは静かに頷く。
「もう、以前と同じようには生きてはいけない。
少なくとも、テンカワ・アキトとしては・・・・・・」
自分には、多くに人間から恨まれるだけの理由があるから、と。
法的な罪だけなら、今回の件で地球政府に大きな貸しを作ったネルガルが何とかしてくれるかもしれない。
かつてアカツキが語ったように、シンパシーを得られる美談を盾に、民衆を煽る方法もあるだろう。
だけど、自分が殺してしまった無関係な人間達の恨みは、それで無くなったりはしない。
きっとそんな理不尽なことは赦さない。
殺した側の理由など、殺された側にしてみれば、ただのたわ言に過ぎないのだから。
親を殺された者。
子供を殺された者。
恋人を殺された者。
伴侶を殺された者。
友を殺された者。
いろいろいるだろう。
全部、テンカワ・アキトがやったことだ。
その男がのうのうと暮らしているのを見て、平静でいられるわけがない。
たとえ世間が英雄だなどと呼ぶような存在になったとしても、だ。
テンカワ・アキトが元の場所に戻れば、抑えられない恨みを刃に変える者たちも必ず現れる。
自分がそうであったように。
そして、そこにいる者たちをも巻き込んで、復讐の連鎖を続けることになる。
でもアキトはもう、これ以上戦いたくなかった。
怨恨を生み、殺しあう場所を自ら作りたくなかった。
だから・・・・・・。
「テンカワ・アキトは死んだ。
それが一番いいんだ」
いずれ、ネルガルの細工によって公的にもそうなる予定だと付け加える。
そうすれば、復讐の果てに死んだ愚かな男として、恨む者たちの溜飲も下がるだろう。
少なくとも、元の場所で家族と幸せに暮らしていくのを見せ付けるのよりは。
そして自分は、テンカワ・アキトではなく、ただのアキトとして生きていくつもりなんだとルリに伝える。
アキトは長い間、心を削りながら戦ってきたのだと、今のルリは知っている。
ここから先は、アキトに期待するのではなく、それを求める側が頑張らなければならないのだと思う。
迎えに行くのでもなく、連れ戻すのでもない。
他のすべてを捨ててでも追いかける者だけが、アキトの隣にいる資格を得るのだと。
家族が在って、人が在るんじゃない。
人が在ってこそ、家族が在る。
そのことを取り違えていた以前とはもう違う。
家族という枠組みを守ろうとするのではなく、ただ大切な人の隣にいようとすることこそが、大事なんだと思う。
過去の絆にすがるのではなくて、未来へと絆を作っていこうとすることが必要なのだと。
アキトの背中を見ながら、心の鼓動を速めていくルリ。
その唇から、自らの想いを紡ぎだす。
「貴方の隣に・・・・・・私の居場所はありますか?」
それは彼女の願い。
ホシノ・ルリという少女が求める、幸福の在り方。
すべてをなげうってでも、得たいと望む。
ルリの心を知っているアキトには、その言葉の重さが理解できた。
自らの心に問いかけるアキト。
今ある答えを探し出す。
「俺の左手は、優しい重荷でいっぱいだよ」
それはラピス・ラズリのこと。
彼女に対する責任感も罪悪感も、その存在すらアキトには重い。
しかしその"重さ"は、心を癒してくれるとても優しく温かいものだと、今のアキトは知っている。
それを守っていくことが、今の自分にとっての最優先事項なのだとアキトは言う。
「・・・・・・そうですか」
拒絶の答えだと思ったルリ。
悲しそうに目を伏せる。
「でも・・・・・・右手ならまだ空いてる」
金色の瞳を見開いてアキトを見るルリ。
アキトは背を向けたままだが、その右手はルリのほうへと差し向けられていた。
「しっかり握ってくれるなら、一緒に歩いて行けると思う・・・・・・」
向けられた言葉。
差し出された手。
ルリは、アキトが自分を受け入れてくれたことを知った。
拒絶されたと失望感が生まれていた。
でもそれは、幸福感へと転化していく。
「じゃあ、それでいっぱいいっぱいですね。
ユリカさんも追っかけてきたら、どうするんですか?」
「その時は・・・・・・背負うよ」
「私も背中がいいって言ったらどうしますか?」
「それは困るね。支えてくれる人がいないと、進めなくなる」
"俺は弱いから"と笑うアキト。
そんなアキトをルリは強くなったと思う。
「隣でいいです・・・・・・ずっといられるのなら」
アキトの隣に並ぶルリ。
アキトの右手の指に、自分の左手の指を絡ませる。
あの時届かなかった二人の手は、今、ようやく触れ合った。
「ここが・・・・・・アキトさんの傍が、私の望む居場所ですから」
「ルリちゃん・・・・・・」
ようやく呼んでくれた自分の名前を聞いて、膨らんでいた幸福を解き放つルリ。
最高の笑顔をアキトへと向ける。
その笑顔に、アキトも優しい微笑みで返した。
人を傷つけ、自分を傷つけ、罪を重ねながら生きてきた。
そしてこれからも、多くの過ちを積み重ねて生きていくのだろう。
アキトはまだ、自分がどこに行きつくのかさえわからない。
たどり着く先は、大切な人たちをすら不幸にしてしまう未来なのかも知れない。
でも今
彼女の笑顔と、繋いだ手の温かさを守っていきたいと思っていた。
ちっぽけな幸福がある未来を信じて・・・・・・
The prince of darkness episode AKITO――――終幕
というわけで完結です。
何とか終わらせることができました。
管理人さんや代理人さんをはじめ、ACTION関係者の皆様には、深く御礼申し上げます。
感想を下さった方々にも、頑張って書いていこうというエネルギーを頂きました。
心からの感謝をささげたいと思います。
ありがとうございました。
最後ですので、作品についてちょっと語ってみたいと思います。
広い心で、お付き合いください。
基本的にアキト×ルリでしたが、アキトとしては、ラピスをこそもっとも大事に思うようになっています。
この先どうなるかは、皆さんの想像にお任せします。
劇中でほとんど出番がなく、最後の処遇もぼかしたユリカについては、そのうち外伝的な形で書こうと思っています。
いつになるかは、わかりませんがね。
リョーコたちVS六人衆の戦いは端折りましたが、これは一戦終えてビームサーベルを無くしたギャン6機と、出てきたばっかのゲルググ4機の戦いかな、とか思ってました。
私は元々、ナデシコにはあまりハマってなかったんです。
TV版はリアルタイムで見ていたんですけど、終わりの方で何話か見逃してしまって、訳のわからないまま終わりを迎えていました。
劇場版も、レンタルビデオ屋で初め知り、”そういやこんなのあったなあ”と取り合えず借りてみたものの、予備知識まったくなしの上、TV版も結構忘れてたので、これも訳のわからないまま記憶の片隅に。
そんな私でしたが、インターネットを自宅でできるようになった去年、このACTIONとナデシコSSというものに出会いました。
それがナデシコにハマる切欠でした。
TV版や劇場版を見返したりして、だんだんハマって行きました。
色々読んでいくうちに、自分でも書きたいと思うようになって、とりあえず書いてみました。
自分にSSなんて書けるんだろうかと、疑問に思っていたので、投稿はしませんでしたが。
最初に書いたのは、もちろん逆行物。
行き当たりばったりで、かなりありきたりのものでしたが、とにかく書いていきました。
でも結局、草壁との和平会談の辺りで詰まっちゃったんですね。
で、どこがダメだったんだろうな、と悩んでいる時に読んだのが”座談会”です。
「視点について」とか「キャラの役割と在り方」みたいなものをはじめ、色々なものをそこで教わりました。
それを読んだ後、自分が書いてたのを見ると・・・・・・”俺ってダメダメじゃん”って思いましたね。
もう既に、どこがダメとかいう問題じゃなくて。
それで”今度はちゃんとしたものを書いてみよう”と計画したのが、「The
prince of darkness episode AKITO」でした。
とりあえず、終わらせやすい題材だと思って劇場版再構成を選んだ訳です。
主人公であるアキトの在り方としては、ダークやハードなものは自分には書けそうもなかったので、「違うんだよ、ルリちゃん」と墓地で言った時のアキトを基本にして、多分に甘さを残すことにしました。
劇場版アフターで甘くなるのはよくあるけど、劇場版再構成でTV版に甘いままのアキトというのは少ないので、これもいいなかと。
まあそうなると、劇場版が始まった時点からそういうアキトが出てくるというのも変だし、執念だけで強くなったというのは無理が出てきそうなので、劇場版以前や強くなる方法なんかも細かくやっていくことに。
私はサターン版の「空白の3年間」も、小説版の「AからB(だったかな?)」も読んだことがないので、どういう経緯でアキトとユリカが結婚まで行ったとか知りません。
だから正史通りのアキト×ユリカを書いても齟齬が生まれます。
それならば、いっそのことヒロインもルリということにして、勝手に埋めることにしました。
そういう風にして書き始めたのが、今作でした。
初めて書いたのが、詰まったままだったので、終わらすことを最大の目的に置きました。
それでモチベーションを維持することを目的に、出来るだけ短い間隔で投稿することにを心掛けました。
一週間ペースを目指したんですね。
でもまあ、それは無理があったなと思います。
推敲も不十分で誤字脱字も多く残りましたし、描写の肉付けも薄くなったままということも多々ありました。
特に最後の方では、かなり不味いまま投稿してしまったり。22話とか。
しっかり書くには、モチベーションと共に時間的余裕も必要だと学びました。
で、最後はちょっと余裕をもってと。
とにかく完結させられることが出来て、本当によかったです。
一言、二言でいいですから、感想を下さると嬉しいです。
次への活力になると思いますので。
最後まで読んで下さった皆様に、心からの御礼を申し上げます。
ありがとうございました。
平
感想代理人プロフィール
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代理人の感想
完結おめでとうございます。お疲れ様でした。
正直ユリカの扱いは引っかかりはするんですが、少なくとも単なるご都合とか妄想とかはないので素直に読めました。
この作品の完成と面白さに、例の座談会が多少なりとも役に立ったとすればそれは非常にうれしいことです。
ありがとうございました。