『ねえ、アズの髪って綺麗だよね』
『そう?』
『僕知ってるよ。これって海の色と同じなんだって』
『それじゃ何も知らないって言ってるようなものよ。
海だって、場所によって色が変わるんだから』
『そうなの? アズって物知りなんだ』
『ま、まあ私だって自分で見たことはないんだけどね・・・・・・』
『じゃあ、いつか見に行こうよっ』
『いつかって、いつ?』
『ここから出られるようになったら』
『一緒に?』
『うん、一緒に』
『じゃあ、約束よ』
『うん、約束だよ』
機動戦艦ナデシコ
The prince of darkness episode
AKITO
after story
「青」
夢が終わりを告げ、朝の到来をおぼろげなら自覚する。
どちらかといえば、高血圧であるハーリーは、寝覚めはいい方だった。
ただそれでも、今日はあまり起きたくない。
懐かしい夢の余韻に浸っていたいこともあるが、それ以上に起床を拒みたくなる要素があった。
元々空調の効いた自室であるが、今日は特に暖かい。
自分を包み込むような温もりがある。
まるで過ぎ去った春が再び到来したかのようだ。
少し息苦しくはあるが、布団とは違った柔らかい温かさ。
そう、柔らかい・・・・・・
(え・・・・・・!?)
軽い驚きと共に瞼を開ける。
すると、青く細い無数の糸が目に入ってきた。
いや、糸ではない。髪だ。
長く青い、美しい髪。
「アズ・・・!?」
夢の影響からか、ふとそう思ってしまう。
しかしその髪の所有者は、ハーリーより大きい体を持って、自分を抱きしめていた。
それに、押し付けられている胸の感触は明らかに大人の女性のモノであった。
白い腕の拘束を逃れ、ベッドを共にしている存在を確認する。
その女性は、涎を垂らしながら、幸せそうに鼾を掻いていた。
「み、ミスマル艦長〜!?」
"なんで!? どうして!?"と思うが、ふと心当たりを思い出す。
それは昨日の話だ。
少しだけ親しくなり、いくつかのことを話した。
共通の話題となったのは、共通の知人であるホシノ・ルリのことだった。
その時、ルリが一緒に寝てくれたことがあると教えたのだ。
そうしたら、ユリカは"私も一緒に寝る"と言い出した。
その時は断ったのだが・・・・・・。
現実にはユリカはここにいる。
おそらく一緒に寝ていたのだろう。
しかし・・・・・。
「どうやって入ったんだろう?」
"オモイカネ?"と呼びかけると、複数のウインドウが開いた。
【艦長特権の一つ】
【艦長専用マスターキー】
それと共に、寝巻きのまま枕を持ったユリカが入ってきた様子を映し出してくれる。
何の躊躇いもなく、プライベートな空間に侵入してくるユリカが。
(何なんだ、この人は?)
ユリカの寝顔に視線を向けながら、ため息をつく。
艦長だからといって、個人の尊厳やプライベートを無視していいわけではない。
明らかに職権乱用であろう。
ただハーリーは、"変な人だ"と思うに留めた。
これは、ユリカとの関係が改善し、評価の仕方に余裕ができていたからだろう。
それでも、自分のシーツを汚している涎だけは勘弁して欲しかった。
シーツを剥ぎ取ろうと引っ張ると、ユリカはベッドから転がり落ちる。
"ふぎゃっ"と呻き声が聞こえてきたが、それでも起きる気配はなかった。
落ちた拍子にユリカの寝巻きの裾が捲れ、あられもない姿を見せる。
それを見て何とも思わないのは、ユリカに魅力がないのではなく、ハーリーが子供だからであろう。
ハーリーとしては、そんなことよりもシーツの洗濯のほうが重大事であった。
シーツを持って洗面所に入ろうとした時、部屋のドアが開いた。
どうやらユリカが侵入した時のまま、鍵がかかっていなかったらしい。
「お〜い、ハーリー。起きてっか〜?」
開いたドアからリョーコが入ってくる。
後ろからは三郎太も付いてきていた。
食事前に朝の訓練をしてやろうというところなのだろう。
「あ、おはようございます」
ハーリーは、二人に挨拶する。
しかし、リョーコと三郎太は、部屋の様子を見て固まった。
リョーコは、引きつった表情で三郎太と顔を見合わせる。
あられもない姿のユリカ。
汚れたのであろうシーツ。
それらから連想されたことは・・・・・・。
朝っぱらからひと悶着あったが、ナデシコBの航行には何の影響もなかった。
順調に目的地までの旅程を消化していった。
宇宙標準時で午前11時を回った頃、ナデシコBは、ネルガル所有のコロニー・サツキミドリ4号へと接近していた。
そのコロニーを前にしたナデシコBの船体は、とても小さいもののように見える。
もちろんナデシコBが小さいのではなく、コロニーの大きさが半端ではないからなのだが。
「大きい・・・・・・。アマテラスも目じゃない」
ハーリーは、ナデシコBのモニターに映しだされるコロニーの姿を捉えて感想を漏らす。
それは誰かに向けて発した言葉ではなかったが、近くにいる三郎太には届いた。
「ネルガルも力を入れてんのさ。
この分野がクリムゾンの専売特許になってるわけでもねえしな」
「ほんと、おっきいよねぇ〜」
まるで山を眺めるかのようなユリカ。
角度を変えたからといってモニターに映る映像が変わるわけではないのだが、なぜか見上げるような仕草をしてしまう。
それほどに、コロニーの大きさは圧巻だった。
――サツキミドリ4号。
かつてサツキミドリ2号があった宙域に建設されたネルガル所有のコロニーだ。
ボソンジャンプを司るヒサゴプランがあるとはいえ、そのゲートを使用するにはいまだ様々な制限がある。
ジャンパー以外でも、戦艦並みのディストーションフィールドを有していれば使えるのだが、逆に言えば、戦艦並みでなければ使うことはできない。
現在的には、多くの商船や客船は通常航行を行っていて、サツキミドリのようなコロニーの存在意義はそれほど薄れていなかった。
サツキミドリ4号は、かつての2号を大きく上回る規模で、ちょっとした都市と同程度の人口と施設が存在している。
ネルガル系の企業だけでなく、病院や学校、さらには役所のような公的機関も揃っている。
ヒサゴプランのようにボソンジャンプを司ることはできないが、ボソンジャンプを使えないその他大勢を獲得しようとした結果、多様性、利便性に配慮した造りとなっていた。
また民間所有のコロニーであるので、公的施設であるヒサゴプランのターミナルコロニーよりも料金やサービスの面で上回り、かなりの盛況を見せている。
特に先のヒサゴプランのターミナルコロニー襲撃以降、安全性という面からも、ネルガル系のコロニーの利用者は増えてきていた。
もっとも商船などの民間レベルでもヒサゴプランのボソンジャンプが使えるようになり、その交通網も広がっていけば、通常のコロニーは衰退していくことは疑いないのだが。
コロニーに通信が繋がると、ナデシコBのブリッジに複数のウインドウが開く。
中央の一番大きなウインドウには、茶色いウェービーヘアーの美人が映された。
『ようこそ、サツキミドリ4号へ。歓迎いたしますわ』
笑顔と共に歓迎の挨拶がくる。
ハーリーは愛想笑いをしながら"こちらこそ"と返した。
アマテラスの時のような無機質なコンピューターではなく、ちゃんとした人が対応している。
どちらが優れているというわけではないが、そこには温かみのようなものがあった。
ただ、表示されたウインドウのほとんどは、このコロニーに出資しているネルガルをはじめとした企業の様々な宣伝である。
この辺りが、公的コロニーであるヒサゴプランなどと比べて煩わしいところだ。
それが営利企業というものなので、仕方ないところなのであろうが。
ハーリーは、"勘弁してよ"と思いながらも、せっせとウインドウを閉じていく。
それが終わる頃には、港のゲートは開放されていた。
ナデシコBは、港に入ると、気密ブロックへと進む。
誘導された先は、一般船が使うのとは明らかに違う区画。
そこは、戦艦用のドックだった。
ナデシコシリーズをはじめとした戦艦を送り出しているネルガルとしては、当然の設備なのだろう。
その体を横たえ、火を落とすナデシコB。
すぐに、補給作業が始まった。
ナデシコBの自室で、宇宙軍の士官服を脱ぐハーリー。
代わりに、白と青のストライプ柄のTシャツを着る。
下は、薄茶色の半ズボンだ。
出ている細い足が、いかにも小学生らしく見える。
髪型も、オールバックではなく、プライベートの時のものだ。
鏡に映る自分の姿を眺める。
そこに見えるのは、どこにでもいる子供そのものだった。
「オモイカネ、港の様子はどうなってるの?」
【作業中】
【忙しくしてる】
ハーリーの呼びかけに反応して、オモイカネのウインドウが開く。
ドック内とコロニー内部の情報が記されているウインドウもあった。
「内部の街への通路を示して」
即座にハーリーの指定した通路が赤く表示された。
複数あるルートから、一番適切だと思われるものを記憶し始める。
港ではナデシコBのメンテや補給でクルー達は忙しくしているが、ハーリーには艦長であるユリカから特別に休息が与えられていた。
マシンチャイルドはナデシコ級戦艦の生命線であり、現在的に一人しかいないハーリーを雑務で消耗させるわけにはいかないからだ。
またこれは、ハーリー本人だけでなく、クルー達にも配慮した結果でもあった。
12歳になったとはいえ、ハーリーは世間一般では小学生という枠組みに入る年齢である。
その彼を使い続けていることに対してなんとも思わないほど、現実離れをしたクルー達ばかりが集まっているわけではない。
子供を戦争の道具として使役することに対する疑問や良心の呵責を薄める効果を有している、というわけだ。
軍の規律という面では褒められたことではないが、この決定は乗員からの賛同を得るものであった。
規則よりも人を優先させる。
規則を遵守する欠点のない艦長ではなく、乗員から好かれ支持される艦長であろうとする。
こういう部分は変わっていないと、リョーコなどは嬉しく思っていた。
軍という枠組みの中に入れば、それは損なわれる可能性もないわけではなかったからだ。
ただハーリーとしては、部屋に監禁されているようで、息の詰まる思いだった。
本来なら、それでも自分を殺して大人しくしていたかもしれない。
だが、今のハーリーには焦燥があった。
この船で最もナデシコCに追いつきたいと思っているのは彼なのだ。
それゆえ、じっとしていることに耐えられそうになかった。
そんな少年の心に作用したのが、さっきコロニーを見た時に抱いた興味。
それが、ハーリーの心の天秤を子供の方へと傾けた。
だから、私服を着てナデシコBから抜け出そうとしている。
後先も考えず、ただ感情の赴くままに。
「よし」
コロニー内部への通路を把握し終えると、ウインドウを閉じる。
ちょっとした冒険のようで、焦燥のあった心は、興奮の割合が大きくなっていた。
「頼むよ、オモイカネ」
ラバーソウルのシューズを履きながらそう言うと、高鳴る胸と共に扉を開けた。
ナデシコB艦内では、オモイカネがクルーと逢わないようにナビゲートしてくれた。
艦外へ出ると、コンテナの陰に小さい体を隠しながらドックから脱出する。
港でコロニーのスタッフに見付かったりもしたが、紛れ込んでしまったと誤魔化して、外に出ることが出来た。
私服を着ていれば、自分を軍人などと思う人間はいない。
ただの子供に見える。
そのことを、ハーリーは知っていた。
子供扱いして欲しくないハーリーとしては複雑なところだが、それでも自分の容姿を利用した。
大人に囲まれた環境で生きてきたことで、そういう"したたかさ"を持ち合わせるようになっているのだ。
港のある施設から抜け出ると、街のあるブロックへと向かっていった。
キョロキョロと視線を遊ばせながら、ゆっくりと歩いていく。
頭上を見上げれば、高い位置に天井があった。
空のない、多くのビルを詰め込んだ街並みは、やはり人工的な色を隠せないものだ。
が、その規模から閉塞感などはそれほど感じない。
多くの人々が暮らしていて、生活感に溢れていた。
大地が無くても人は生きていける。
そう思わせてくれるに足るものだった。
考えてみれば、木星圏に住む人々は、そうやって100年生き延びてきている。
それこそ、今更というべきなのであろうが。
新しく知る世界。
それは素晴らしいものであった。
好奇心を、軽い高揚で満たしてくれる。
来て良かったと心から思った。
ただ、一人というのはやはりつまらないものだ。
コロニーの景色に慣れてきた頃、自分の隣に誰もいないことが気になり始める。
そんな時、自分と同年代の少年達が、はしゃぎながら横を通り過ぎた。
昨日見たTVがどうとか、学校でどうとか、そんな他愛もない話が耳に入ってくる。
振り返って、彼らの後姿を眺める。
どこいにでもいる自分と変わらない年頃の少年達。
そんな彼らが、どこか眩しく見えた。
自分は彼らと違い能力がある。
少尉という階級がある。
生死を共にする仲間がいる。
きっと彼らよりは大人であると自負できる。
それは多少なりとも優越感を感じる要素ではあったが、逆に疎外感をも伴うものだった。
仕事から解放されて、独りになると特に思う。
"仲間じゃなくて、友達が欲しい"と。
あんな風に近くにいて、一緒に笑い合える。
互いの立場だとか、言葉遣いとか、そういったものをまったく気にすることなく接することが出来る。
かつてそれをしたのは、上司であったルリではなく、メール友達である”あの子”でもなかった。
「アズ・・・・・・。今、何してるんだろう?」
そこは、いわゆるファンシーショップと言われる女の子達が訪れる店。
明るく淡い色を基本に、乙女チックな装飾が、そこ、ここ、あそこになされている。
その店の前に立つのは無骨な男。
両手にたくさんの荷物を持って突っ立っている。
男の名は南雲政義。
軍服は着ていないものの、その雰囲気のせいであまり一般人には見えない。
南雲は体をねじり、ウインドウ越しに店の中を覗く。
そこには、大きなバイザーをかけた青い髪の少女がいた。
物珍しげに、色々なものを見て回っている。
「・・・・・・ったく」
南雲は、ため息を吐きながら再び直立した。
そんな南雲の横を、3人の女の子が通り過ぎる。
南雲が目を向けると、自分をチラチラと見ながら何かを囁きあっていた。
この店とは不釣合いな自分を不審に思っているのだろう。
29歳にもなる男が、少女向けの店の前で立っているのは、この上なく異様な光景だ。
注目を集めるのも無理ないことだろう。
カッコ悪いと自覚し、恥ずかしさで頬が熱を帯びる。
しかし、それでもここを離れるわけにはいかない。
顔を赤くした無骨な男。
それは、更なる視線を集める要因となった。
周囲の視線が増え、ますます恥ずかしくなってしまう。
しかし、それでもここを離れるわけにはいかない。
(これはもしかして、羞恥プレイとかいうヤツなのだろうか?)
そんなことを考えつつアズーレが出てくるのを待つ時間は、異常に長く感じた。
が、この街を見るのは、そう悪いことではない。
そう思い直す。
このコロニー。
これは一企業が作ったものだ。
入れ物だけでいえば、木星にもある。
プラントを利用したものであるが、大きさだけならこのサツキミドリ4号にだって負けない。
だが、街に溢れる豊富な商品と情報の波。
それらには大きな違いが容易に見て取れた。
実際、たいしたものだと思う。
木連では、これほどの豊かさはなかった。
木連に物がなかったというわけではない。
人が生きていく上で必要なだけは十分にあった。
事実、100年間生き延びてこられたのだ。
それも、社会体制のほとんどを戦争の準備に費やしながら、だ。
やり様によっては、もっと社会を豊かにすることも可能だっただろう。
すべてが軍事を基本に回っていた。
木連という少数の勢力が、明らかに大きすぎる勢力、地球と戦うために、あらゆる物を削って軍備に回していた結果、そうなっていたのだ。
歪な予算編成が組まれ、軍事以外のものは必要最低限に抑えられた。
人材育成なども偏ったもので、聖典であったゲキガンガーも相まって、社会が画一的になっていた。
100年前の恨みつらみを引き摺り、子孫にそれを植え込む教育を行ってきた。
それはまるで、極東にある最大の人口を誇る国と同じであった。
が、それでも木連はやってこれていたし、その人民主義を謳う共産主義国家だって存続している。
一概に間違っていたなどとは思えないし、思いたくもない。
草壁閣下さえいれば・・・・・・そう考えずにはいられないのだ。
(それとも今の流れに任せていれば、木連もこれだけ豊かになるのだろうか?)
ふと沸いた疑問。
そしてそれが、そうではないということにも気付く。
現在的に、木星と地球の間には、たいした経済交流がないからだ。
理由として最も大きいものは、その遠大な距離である。
経済活動を円滑に行うには、その障害はあまりにも大きい。
ヒサゴプランのようにボソンジャンプのゲートを設置すれば、その距離を埋められるのだが、同時に互いの軍事的な距離をも縮めてしまう。
それはお互いにとって脅威以外の何者でもない。
先の大戦は、この200年において最大の戦争だった。
その後、草壁の叛乱などもあり、いまだ緊張が続いている。
後の世から見れば、今は乱世と位置づけられるかもしれない時なのだ。
木連内部としても、地球との親交に難色を示すものが多数いる。
熱血クーデター以後、木連には穏健派の勢力が増した。
議会がその機能と実行力をある程度回復し、すぐに地球と再戦するという方向に行くことはないだろう。
ただ、穏健派という存在は、イコールで親地球派ではない。
長期に渡る戦争には反対であっても、即座に地球と交流を結ぼうということにはならない。
多くの木星人にとって、地球は今尚信用できない存在なのだ。
全体としては、反地球派のほうが多いのだ。
それらは、木連100年の教育の賜物というべきであろうか。
この流れを打破するためには、強力な指導者が必要となるだろう。
それも、親地球派の。
しかし、そんな存在など・・・・・・。
そこまで考えて、一人の男が頭に閃く。
熱血クーデターでも、先の叛乱でも、常に草壁の対角に位置した男が。
言動でも、行動でも、今の条件を満たすことを示している男が。
(あの男なら・・・・・・)
そう思いかけて、慌てて頭を振る。
その男はまだ若すぎる。
それこそ南雲自身よりも。
木連の運命を委ねるには、心許なさすぎる。
何よりあの男は、裏切り者なのだから。
(やはり草壁閣下こそが・・・・・・)
きっと、草壁閣下ならば、より良き方向へと導いてくれるはず。
地球との親交以外にも、道を示してくれるはず。
そう思い込む。
それが、今まで生きてきた自分のすべてなのだから。
ただ自分がやろうとしていることが、木星人のためになると胸を張って言えない。
それが辛かった。
(それでも・・・・・・俺は・・・・・・)
サツキミドリ4号のドックでは、ナデシコBの補給作業が続いていた。
いつくものコンテナが運び込まれている。
最も目に付くのは白い巨人。
アルストロメリアと呼ばれる、ネルガル製の機動兵器だ。
搭乗する予定の三郎太が、さっそく確認作業に入っていた。
横ではリョーコが、"俺にも新型よこせ"と喚いている。
クルー総出で補給作業に従事しており、艦長のユリカも格納庫へと下りてきていた。
「で、何なんですか、これは?」
ユリカは、持っているリストを、ウインドウに映るロンゲの男に突きつけた。
アカツキは、"ん〜"と惚けた態度で示されたリストを見る。
リストには、アルストロメリアとか弾薬、医療品などの記載があった。
『ウチからの納入品のリストだね』
「そんなことは知ってます!
私が聞いてるのは、このいかにも怪しそうなヤツですっ!」
ビッと、リストの一番下にある記述を指し示すユリカ。
そこには、「愛の贈り物」と記載されていた。
『ああ〜、それね。書いてある通りだよ。
ついでに付け加えるとすれば、"僕から君への"・・・・・・ね』
"ぴゅぅ〜"と口笛を吹く三郎太。
にやにやとした笑いを浮かべてユリカを見る。
「金持ちの男に貢がせるとは、ミスマル艦長もやるもんスね」
「違いますっ。 そんなんじゃないですっ」
「ま、見てからでもいいんじゃねぇの?
いるか、いらないか、判断すんのは」
リョーコが宥めるように言う。
ユリカは不満顔のままであったが、慌ててそのコンテナを探し始めた。
リョーコは、"整備班に確認を頼めばいいだろ"と思ったが、ユリカにもユリカの事情があった。
アカツキは、"僕を見て欲しい"と宣言して以来、何かとチョッカイをかけてくるようになっていた。
ユリカも、アキトのことを聞くという理由があり、それに応じているうちに、会う機会も増えていた。
今では、それなりにアカツキの性格を把握するようになっている。
いや、思い知らされたというべきか。
アカツキは、意外と意地悪好きというか、悪戯好きというか、とにかく自分を驚かすようなことを好んでするのだ。
おかげで、退屈や寂しさとは無縁でいられた。
もっとも、驚かされたり退屈しなかったりしたのは、ユリカのほうだけではなく、アカツキのほうも同じなのだが。
とにかく、本当に妙なものが入っているかもしれないので、他の人に見せるわけにはいかないと考えてのことだった。
しばらくしてユリカは、肩を上下させながら帰ってきた。
表情からは怒りの要素がなくなっている。
コンテナの中身は、それほどにいい物だったらしい。
「あれって無料でくれるんですか?」
『請求書は、君の父上のほうに・・・』
「ありがとうございますっ! "お気持ち"はありがたく頂くことにしますっ!」
ユリカは、有無を言わせずに礼を言う。
このまま頂戴しようとしているらしい。
『ま、いいさ。 その代わり、お返しに期待するからね』
ユリカは"どうぞ、どうぞ"と頷くと、にっこり笑った。
「期待するだけなら只ですから」
『只より高いものはないかもしれないよ?』
「その時はその時です」
『じゃ、その時というのが来るのを楽しみにしておこうか』
アカツキは、悪戯っぽく笑って見せた。
「会長さんも、元ナデシコのクルーなんスよね?」
ナデシコAにも興味を持っている三郎太は、確認するようにアカツキに聞く。
一応そうであるとは知っていたが、ネルガルの会長自ら戦艦に乗るなどというのは、俄かには信じがたい話だからだ。
そんなだからこそ、ナデシコとはただの敵であったという存在ではなく、興味深く面白いのだと三郎太は感じるのだが。
『そ。僕も彼女の昔の仲間さ』
ただのクルーどころか、エステバリスのパイロットをやっていて、三郎太の乗ったデンジンの背中にフィールドランサーを突き立てたことすらある。
運が悪ければ、自分の命を奪っていた相手とこうして話している。
もっともそれは、ユリカやリョーコにしても同じようなものなのだが。
『今はただの男と女だけどね』
そう付け加えるアカツキの言葉を聞いて、三郎太は再び口笛を鳴らした。
「モテモテっすね、艦長?」
「あまり本気にしないでくださいっ」
「でも、なんか楽しそうっスよ」
ユリカは、む〜と脹れると、話題の転換を図る。
「そんなことよりハーリー君を呼び出してくれる、オモイカネ。
搬入物の最終チェックお願いしたいんだけど、コミュニケが繋がらなくて・・・」
ユリカはブリッジに繋ぎ、オモイカネに呼びかけるが、オモイカネからの返答はない。
「オモイカネ?」
再度の呼びかけに、銅鐸の描かれたウインドウが現れるが、それだけだ。
オモイカネは、ゴーンと鐘の音を響かせ、そ知らぬふりを決め込んだ。
結局は時間稼ぎ程度にしかならないのであろうが。
喫茶店に入り、休憩がてらに喉を潤す南雲。
日本茶を啜りながら、対面に座っている青い髪の少女を見る。
少女は、自らの胃袋よりも大きいと思われるパフェと格闘していた。
彼女がわがままを言い出したせいで、このコロニーに寄り道をすることになってしまった。
が、それはそれで仕方がない。
彼女がそう望んだのだから。
彼女は自分たちには不可欠な存在なのだ。
彼女の協力がなければ、ナデシコCの強奪も不可能であったし、これから先の計画も頓挫してしまう。
脅して言うことを聞かせればいい、という乱暴な案もなかったわけではないが、それはできない。
そんなことをすれば、彼女はあっさりと逃げてしまうだろうことを南雲は知っている。
そして彼女の逃避行を阻むことができないことも。
彼女が逃げ込む先は、すぐ近くにあるここではない世界なのだから。
アズーレは、南雲が自分を見ていることに気付く。
南雲へと、バイザー越しに視線を向けた。
「何よ?」
「もういいだろう。そろそろ・・・・・・」
南雲は艦に帰ろうと促すが、すぐさま"嫌"との返事が返ってきた。
「さっき見た服が欲しいの。靴ももっと可愛いのがいいわ。
それに、このコロニーにある遊園地にも行きたいの」
アズーレは、指折りしながら数えていく。
どうやら彼女のスケジュールは、半分も消化されていなかったらしい。
南雲は、沈痛な面持ちで頭を抱えた。
しばらくすると、大の大人である南雲でも食べきれないと思われたパフェは、あっさりと少女のお腹の中へと消えた。
呆然と口を開けている南雲を横目に、アズーレは席を立つ。
「さっさと行くわよ」
南雲は、多くの荷物と不満を抱えながらもアズーレの後を着いていく。
彼女の機嫌を損ねないようにすることも大切であるが、他にも彼女に対する後ろめたさのようなものもあるからだ。
理想のためとはいえ、彼女のような存在に苦しみを与えていたこと。
そして今も利用していることに。
もっともだからといって、今更やめるわけにはいかないのだが。
だいたいマシンチャイルドを生産したのも利用し始めたのも地球側で、今尚、使役し続けているのだ。
火星でその圧倒的な能力を示された上は、地球側への対抗措置、抑止力としてこちら側も保有しようとするのは当然の事。
地球側がマシンチャイルドを利用することを止めない内は、こちらも止める筋合いはない。
そういう理屈を構築してみるが、それで"苦さ"が消え失せるわけでもない。
だから彼女の好きにさせて、自らの心を軽くしようとしている。
(浅ましいものだ)
青い髪の少女は、楽しそうにショーウインドウを見て歩く。
綺麗な服。
大小の電化製品。
洒落た小物の数々。
彼女の目には、すべてが物珍しく映っていた。
溢れる興味のままに、様々なものに視線を向けていく。
それゆえ進行方向への注意を怠っていた。
建物の角から出てくる存在を見落とすことになる。
現れたのは少年だった。
その少年も前方不注意中だったらしく、衝突事故へと及ぶ。
「キャッ!?」
「うわっ!?」
少年はとっさに手を伸ばし、バランスを崩したアズーレを支えようと彼女の手を掴む。
しかし、それを支えきるだけの体重が少年にはなかった。
二人して、道へと転がることになる。
「危ないわね! どこ見てんのよ!?」
一方的に怒鳴りつけるアズーレ。
自分もよそ見していたのだが、それは完全に棚に上げている。
「ご、ごめんっ」
ただ、相手側は自分の過失を自覚していたらしく、素直に謝罪の言葉を口にした。
「よそ見してたんで、その・・・」
そう言いかけたところで、少年の謝罪は止まる。
その代わり、少女の名前を呟いた。
"アズ"と。
「えっ?」
アズーレが、驚きと共に自分と絡み合っている少年を確認すると、そこには知った顔があった。
「ハリ・・・・・・」
少年と少女の邂逅。
二人が触れ合ったのは、約5年ぶりのことだった。
南雲が29歳というのは、新庄と同期ということにしたかったからです。(実際の設定がどうなっているかは知りません)
新庄が劇場版で28歳だったので、その一年後なら、29ということで。
南雲には、色々と苦労してもらう予定です。
代理人の感想
正確な年齢は知りませんが、元統合軍中佐で外見は「おっさんになりかけの兄ちゃん」って感じだったので
そのくらいでも違和感は無いと思います。>南雲
しかし、28のシンジョウがナンバー2ってのも妙な組織ですねぇ。
もっと年寄りがいても良さそうなもんですが・・・。