蒼月幻夢

1/咎人の夢U

 

 


「名前には意味がある」と思う人がいれば、「名前は記号でしかない」と思う人もいるのだろう。

果たして、僕はそのどちらに属した考えをしていたのだろう。
その無数にある言葉の羅列に想いを埋め込んだのか、それとも其れに個人を認識する以上の意味を持とうとしなかったのか。

遠い記憶。過去の記憶。
そして、失った記憶。

「何か」が足りないと、僕は常日頃から考える。
それが、記憶の欠落から来るものなのだろうとは理解できるが、その「何か」をどうすれば埋めれるのかは依然として謎であり、この一年間の僕の命題でもある。

考える。考える。考える。
何が問題かを考える。代償行為は身を結ばず、依然として「何か」を焦がれるように求める胸の内は、一体何を求めているのか。

かっての僕は何を考えていたのだろうか。
かっての僕を包んでいたのは何であったのか。

夢想は何時の間にか疑問となり、命題と入れ替わる。
だが、一年も考えて解かったのは、記憶の欠落によって生じた精神の欠落は、記憶を取り戻す以外に埋める術がないという単純明快な真理だけだった。

それでも、思考は止まらない。
無駄だと知りつつも、求める行為は終わらない。

 

その行為は、まるで夢を見ている様に現実感が薄い。
 無駄だと知りつつ、恋焦がれるように追い求めるのはさながら悪夢だと嗤う

疑問が氷解する日は何時なのだろうか。
それが訪れる日が果たしてあるのだろうか。
記憶を欠落から生じたたろうこの疑問が、記憶が復元する事で埋まるのかもワカラナイ。

 

 

 

 

 

「君の行為はその生き急ぐような様に私は妙な不安を覚えるよ
知っているかい?人は知を求める生き物だからね、理解できないものをつい、理解したがる。それが他人と共感できないような、本人にも理解できていないだろう複雑な想いでもね。無論、彼等には悪気はないだろう。だがそれに君が傷ついたかどうかは別問題だ。君が此処を出たいというなら私には止める権利も権限もない。無論、義務もね。ただ、人生の先輩として忠告するなら――――――――――」

「秋月先生」

「なんだい?七夜君」

「秋月先生は「人は知を求める生き物だ」と云いました、理解できないものも理解したがると。為らば、決してそれが理解できないと気付いたとき、人はどうすれば云いのですか?」

「ふむ、そうだな。共感できない事を知ったときか・・・・・・・
恐らく、『貶めるか』、『高みに上げるか』をするだろうね。
それが理解する価値もないとして滑稽な行為だと嗤うか、それとも理解できぬ、不可侵な思いとして神聖視するかのどちらかだろう。最も、私は前者にばかり出会って、後者にはあまり出会っていないね。世間には深層意識で自己が「特別」だと信じる者が多い。本当の意味で、自分の可能性の全てを信じないという異端者は少ないのだよ。だが、私が見るところ、君は限りなく後者に近いな。君の場合は比較対象が過去の自分という存在で、他人ではないのが関係しているのだろうな。それと、君には忠告と警告の二つがある」

――――――神聖視か、さながら僕はかっての自分に恋しているのかもしれない。

「あれ、増えましたね。忠告だけではなかったのですか?」

「君の行為で増えたのだよ。まあ、私は君が嫌いではない。寧ろ好意に値する存在だと銘記しても良い。だが、好意を持っているから嫌な言葉を言わないというのは間違いだ。年長者として言うべき言葉は断じて言うべきだと私は思うよ」

「で、どちらから、云うのですか。『警告』、それとも『忠告』?」

「とりあえず、忠告だな。これは忠告だから聞き入れなくても別に構わないが、あまり生き急ぐな。他人が切羽詰って行動するのを見て愉快と感じるほど、私の精神は捻じ曲がっていない。それが好意を持つ人間ならなおのことな」

「・・・・・善処しますよ」

「その言葉も戴けないな。口煩いようだがね。言葉には意味があり、人はしばしば其れを使い間違える事が多い。元々の意味がどうかは知らないが、最近は格上の人間が下の人間に使う場合が多い所為かな。善処しますという言葉はどうしても偉ぶって聞こえる。まあ、そんな事で不快を感じて、それを態度で現す奴は切羽詰っているか、器が狭いだけだから気にする必要は概ねないかもしれないが――――――しまったな。此れでは私が自分で器の狭い人間だと公言しているようなものではないか、ふむ、饒舌な人間はしばし、こうして墓穴を掘る場合が多いのかもしれないな、いや、此れは私の特性か?
まあ、なんにせよ『善処』してくれ、君が切羽詰っていると此処にいる女の子の大半が気を落とすのでな」

「良く・・・・・解かりません」

「うん。解からない事は解からないと云えるのが君の凄いところだね。いや、子供の特権かな、其れを差し引いても君が純粋だと思うのは私の贔屓目かもしれないな。まあ、主観的に言わせて貰えば、君は多分永遠に理解できないだろうね。他ならぬ基本的に他人に興味がない君にはね。君は良い男ではあるが、良い人間とは云いがたい。その気付かないという言葉が本心か虚言かは知らないが、君の隣で幸せに為れるほど彼女たちは良い女には為り得そうにないからな、気づかないというのなら双方にとってそれが一番さ、さあ、もうじき食事の時間だ、中に戻ろうか・・・・・・・・」

「秋月先生、あの、未だ『警告』を聞いてないのですけど」

「――――――全く、進んで説教を聞きたがるかね、君は。その辺りも私は好きだけど、もう少し、この先、話す言葉を自分で気に掛けた方が良いかも知れないな。まあ、食事の時間が差し迫っているし、一言で終わらせよう。つまり、「人の話を遮るな」」

 

 

 

 

 

 

人類が宇宙への進出を可能とした「重力制御」と「慣性制御」の技術。
まだ、太陽系から離脱し生活領域を拡大させる程の空間跳躍航法をもっていなかった為に他星系に移り住む事は出来なかったが、人類は星々の群れつする大海の彼方へと帆を進め始めた。

 


その頃、人類は種全体で考えても明らかに高揚期にあった。
人々は失敗を恐れぬ不屈の精神とめくるめくる情熱、そして未知なる外部世界に対する好奇心で、様々な困難を克服し、新たな技術を獲得していった。


だが、新しい事をすれば、新しい問題が発生するのもまた道理。
この時代「宇宙海賊」(Space Pirate)の存在がソレだった。

 

宇宙という広大な海の中を漂う人類社会の膿。

彼等を取り締まる為に、連邦軍の勢力拡大は止む終えない必須事項だった。
だが、いつの間にか宇宙海賊達の脅威をある程度駆逐できるようになった頃、連邦軍内部はその一組織にしては持ちすぎた権利と力の為に、内部からじわじわと腐敗し、十年も経たない内に、連邦軍こそが人類にとっての宇宙海賊に代わり始めた。

 

最も彼等の狡賢い所は、ソレを地球人類に向けなかった事にある。
強力といっても、本気で人類全体を敵に回せば勝てるはずも無かった彼等は月面基地、コロニー群、火星等の自らの力で情報を規制出来る世界を狙った。


彼等は、それ等の場所で上げる利益を貪り、生命を軽視し、モラルを嘲笑するような行為を繰り返した。

そして起こったのが、「災厄の日」・・・・西暦2095年。火星に住まう人々を襲った、大陸を消滅させ、地軸移動すらも起こした、空前の核の災厄だった。

 


当時、軍のあまりの非道さに、憤怒、あるいは慄き、全面的に非難した組織の一つ「月面基地独立派」。既に地球から独立を可能とした彼等はソレを理由に、軍の非道な行いを非難し、軍を孤立させる為、危機感の無い地球を含め、ソレを人類全体に衛星放送で広めようとしていた。

 


だが、それに対する軍の答えは弾圧という名の虐殺だった。
独自に上げた人工衛星は物理的に破壊され、「穏健派」と呼ばれる者たちの一部より漏洩した情報の所為で電波管制塔及び、本部は特殊武装した兵士たちに攻め込めれ全滅。
辛うじて、組織の五分の一程が火星へと逃げ延びた。

だが、火星で待っていたのは地球からの無情な核攻撃。
彼等は総人口を千人以下まで減らしながらも、再び旅立った。

 

 

 

絶望と苦痛に満ちた苦難の旅路を―――――――・・・・

 

 

 

 

 


「まさか、貴方が研究所を出てまで此処に足を運ぶとは思わなかったわ」


草壁 吹雪は自分の声に苛立ちが混じっているのを自覚した。
目の前に立つ人物。正直な話、この声に混じる苛立ちすらも隠せない未熟な自制心で何時まで己の心を御せるかわかったものではない。


彼女は今すぐにでも男を殴り倒し、部屋の窓から投げ捨てたい、という甘美な誘惑を自制しつつ、フレーム越しの鋭い視線を男に向ける。


男の名は山崎 ヨシオ。
様々な肩書きを持つこの男は
この木連で最も危険な人物の一人であり、最も人の道を踏み外した人間でもある。
無個性ともいえるほど特徴の薄さを感じる顔は男の顔の造りではなくその白にも黒にもなれる灰色の雰囲気がそうさせるのか、細い痩躯はとても筋肉質には見えず、喧嘩をすれば子供と良い勝負かもしれない。だが、それでも文句なしに危険な男。
誰の敵でも味方でもない、混沌の科学者。
その思考は、自身の研究目標のみを目指し、世界の全てを愛し、愛する人に死と言う名の愛撫を施す性格破綻者。


「一体、この【エターナル】に何の用かしら、Dr.山崎?」

「ハハッ、唯の見学だよ。面白い話を小耳に挟んだんでね」

 


第三者が此処にいれば肌で感じ、すぐさま部屋を出て行くような凶悪に険悪な雰囲気をものともせず、狂気の天才科学者は朗らかに笑う。

 


「何でも、有望な新入生が入ったらしいね」

「ええ、白兵戦で【能力】なしの彼が教官を破ったほどですからね、優秀ですよ」

 


煙に巻くような口調で投げやりに応える美女、そんな口調さえも絵になっている。
山崎はそんな口調に慣れているのか受け流し、その能面の様な深みの無い微笑を張り付けたまま口を開く。

 


「彼は・・・・【強化系】かな?」

「―――――――――」

 


―――――この男、何処まで知っている!?


先ほど入ってきたばかりの新入生の特性を、能力者か否かもを含めた全てを把握しているこの男の情報網に吹雪は薄ら寒いモノを感じながらも、表には出さない。

狭い世界で少数の人間から発生した木連だったから、現在、人口が増えたいまでも皆の血のつながりが濃い。
その為なのか、それとも時代の流れなのか、木連では能力者という人種が増え始めた。
彼等は遺伝子的には普通の人間とほぼ大差なかったが、一昔前、超能力者と称された者達に近い力を持つ故に、正式には『特殊能力者』と呼ばれる。

 


特殊な才能を持つ者達。
彼等は、世代が若くなる程、その割合が増えてきている。
現在、木連の人口の十代では五十人に一人ぐらいの割合で存在する彼等。
しかし、この閉じた社会、それも『ゲキガンガー』という解かりやすい正義を掲げる木連ですら、彼等の扱いは困惑される。


正義、平等を掲げる木連では、迫害は最大限の禁忌とされている。
馬鹿げた話ではあるが、それは時によっては殺人よりも罪が重い。

 

故に表立った迫害、虐めには遭わなかったろうが、それでもただの人間とは違った生き物である事は否めない。
徐々に彼等は一般社会から身を引き、軍などの彼等の能力を生かせつつ、仲間が多い特殊な社会に身を置きはじめた。
この【エターナル】のような場所に。


「・・・・ええ・・・・先ほどの戦闘を見た限りではそう思わずにはいられません」

「へぇ・・・・・それで、数値は?」

「未だ測っていません」


嘘だった。本当はもう測っている。
測っているからこそ彼は不可解な存在だったのだと心内で呟く。
だが、この男相手に弱みを見せたくないのと、なるべく情報を与えたくない為に小さな嘘をつく。


「・・・・【特殊系】・・・・」

ぽつりと呟く単語。
ピクっと本当に微かに身体を震わせる。
この男は存外に鋭い事を知っている吹雪は自分が動揺を隠したのがバレているだろうと推測した。


口振りからすれば、恐らく独自の情報網でかなり詳細なところまで知っているに違いない。
動揺がばれようが隠せようが、どの道、解かっているなら滑稽な話だと自嘲する。
だが、吹雪には態々肯定したり情報を教えるなどする義務は無かった。


「本当に貴重なサンプルだね。
限りなく【特殊系】寄りの数値を出しながら、【強化系】に匹敵する反応速度を有するんだから。だが、筋肉が見かけ通り、肉体本来の潜在値を越えない測定値なのを考えれば、【特殊系】かな。
だとするなら、彼の身体能力は能力を抜かした生来のものか、訓練で身に付けたか。
此れは凄い事だよ。彼は彼本来の能力とは関係ところで能力者たちを凌駕するんだから。
記憶喪失だというから、自身の能力がわからない。
故に能力を意識的には使えないのだろうね。
彼は自分が近接戦闘に長けた、ただの一般人だと勘違いしている節があるが、
しかし、その意見は脳波の波形パターンから考えれば、その可能性は極めて薄いと云わざる終えない。寧ろ、何かトンデモナイものに開花してないとオカシイ領域にいる。
そして彼は何者か、彼の武術は木蓮のモノでは在り得ない。
火星、地球からの来訪者かな。だとすれば随分と不可解なモノだよ。
木連は閉じた社会であり、故に異端者に敏感。
誰にも気付かれずに侵入は不可能で、誰かに気付かれれば絶対侵入できない。
遺伝子検査では陽性、つまり【S.C】の・ ツ能性は限りなく薄い事から考えれば、クリムゾンや軍の回し者でもないだろうしね、正体も不明。唯一断言できるのは木連人ではないことだけかな。
そう云えば、彼の居た孤児院の先生は『彼』だったね
彼の北辰さんと並ぶ暗殺技能者、『夜色の死線』。
彼が『特別な』孤児院の先生なんてものを遣っているのは知っていたけど、中々面白い
彼が先生ということは、彼は彼に「何を奪われた」のかな?」

「迂闊ですね、貴方は。饒舌が過ぎる。私をからかうだけなら未だしても、秋月先生の事まで口に出すとは、木連の最大級の禁忌ですよ彼は。消されても、何の弁明の余地もない」


視線が交差する。
『夜色の死線』は完全無欠に、この木連に置いての第一級の禁忌。
触れては為らない者。口に出すことすら憚れるモノ。
『草壁の意思』のみに従う暗殺者であり、凶戦士。
其れが、『草壁の意思』を害する存在なら例え其れが草壁本家の最長老たちですら暗殺する狂犬。影護の一族すらも単体で凌駕する化け物。

彼は能力者ではなく、また混血者でもない。
退魔でもなく、魔でもない。
そして、人でもない。

全てに当てはまらない真の異端。全ての境界の外にいる存在。
彼には霊長類としての人という種が生み出した特異な能力は必要ない。
彼には混血となることで得る、強靭な肉体と、退魔に犯されない為の人としての側面を必要としない。
彼には退魔として魔を狩る使命はなく、魔と化す思想もない。
そして、彼という神懸りな存在が人では在り得ない。

何故ならば、彼は最強にして最凶。
最強ゆえに、その力の質に理由はない。

だが、そんな不可解な狂犬は孤児院の先生などもしている慈善家で、牧師の資格も持っているらしい。

本当に不可解。
だが、一番の不可解さはその孤児院は普通ではない事。
彼の孤児院は「彼の影響で何かを奪われた子供たち」によってなされている。
だが、彼が子供好きというわけではない。決して。
罪を感じるほど、可愛げのある性根なら、そもそも『夜色の死線』なんてあだ名は付かない。何の理由もなく、彼は保護する。

一度だけ、彼にその事を聞いたことがある。
「何故、孤児院なんてものを始めたのか」と。

理由は――――――――

「迂闊?そうかも知れないね。でも良いさ。生と死が等価値と言えるほど壊れてはいないが、僕にとってはそれほど代わるものではない。死ぬなんて、それ自体には僕には何ら価値はない。それにからかうなんてトンデモナイ。僕は君が気に入っているのさ」

仮面のような笑顔、胸のむかつきは止まらない。
自制心も限界値に限りなく近付き、無表情の仮面を装うのも限界。

吐き捨てるように、呪うように、紡ぐ言葉。

「私は、貴方が、大っ嫌いです」

「だからさ、僕は僕を嫌う人を愛してる。酷い事をするのは僕なりの愛情表現なんだよ、草壁技術将校。いや、吹雪くん」

「その名で呼ぶな!」

カッとして叫ぶ。
飾りも、装いもない純粋な言葉は力。刃となりて狂気を撃つ。

「可愛いね、だから意地悪がしたくなるのさ。復讐、憎悪なんて、最高だよ。そう最高の心の略奪だね、何故なら、その人の心を永遠に縛り付けれるのだから」

狂っている。

草壁 吹雪はこの男に対して生涯で既に千回は呟いただろう言葉をまた心内で呟く。

この男は狂っている。
人の痛みを解かるのに。
それが解かる程度には正常な神経を持っているのにあえて人を傷つけ、その人物の人生全てを略奪するこの男は最高に、最低に、どうしようもないほどに、狂っている。

「さて、もう少し君との会話を楽しみたいが時間だね。僕はそろそろいくよ」

ふと、懐にある懐中時計を取り出して時間を観ると、再びそれを閉じ懐にしまう。

「そう云えば、例の機体だけど、漸く壱号機の開発が終わりそうだよ。其方もそろそろ候補者を出してね・・・・・僕等には時間が無いんだからね」

 

バタン

 

最後に呟いた山崎の呟き、扉が閉まる音を聞き終えながらも、吹雪はその身を焦がすかのような憤怒で身動ぎ一つすることを出来なかった。

 

「下郎が!散々此方を荒らした、
その貴重な候補者を殺した貴様等が、ソレを云うか・・・・!!」

 

実験と称した、狂気の所業。
自己に偽装され消える候補者は彼の実験の被験者。
それが解かるのに何も出来ず、彼は自分を言葉で嬲る。
無論、実験と称した人体解剖をしたという証拠は一切掴ませずに。

悔しさのあまりに、噛んだ唇を濡らす赤の線はその美貌を更に際立てた。

 

 

 

 

 

 


苦難の旅の終着点。

彼等は一つの古代遺跡(Ancient remains)を発見した。
それが全ての始まり、そして反撃の狼煙。
其処には全てが在った。
今まで現人類が実現させれなかった空間跳躍航法を可能とする≪門(Gate)≫。

そして、数万人ほどの人口を支えられる、居住区と食料プラント。

 


そして、≪力≫があった。

 


≪力≫の名は人型機動兵器。銘はなし。
損傷が激しく、黒い装甲は剥げ落ち、その下の元は桃色だっただろう機体の塗装も剥がれ、コードが幾重も剥き出しになっていた、大破した機体。
恐らく、遺跡と共に古代人の遺物だとは思うが、此処まで大破していると調査すら碌に出来ない。
故に、まともに動かす事どころかどういう理論で作られたのかも解からなかった。
それは百年前の調査隊の発見した当初はただの鉄屑として扱われた。
それも当然だろう。そいつの操縦桿すら碌にない操縦席など、彼等の科学力では全く理解不能だったのだから。


そして、数十年の時が流れ、地球でも有数の巨大企業クリムゾングループと秘密裏に同盟を組んだ事で、それの価値は一変した。


彼等が送った現地球での機動兵器の基礎概論。
元々、古代人の遺跡に関する分野以外は地球に遅れているのは当たり前だった。
何せ、物資の種類も、人口比も全然違う。
人や資源が無ければ物は造れない。
そして、人の数が少なければ少ないほど、専門職である技術者等の割合も減り、技術の発展も必然的に遅れる。
その資料クリムゾンにして見れば大したことはない代物だった。
何故ならば、その資料は地球では一流の専門学校で習う程度のものだったのだからだが、そもそも、基本となる基盤が百年の間でかなり方向性が異なった木連では重宝された。


人類の歴史で戦争における技術にそれほどの落差はなかったという。誰もが見ぬ新兵器など、漫画の中の話で、実際はそんな物は存在するはずが無い。


だが、それは同じ世界で繋がっていればの話。
もし、少数で遠く離れた地に住む事を余儀なくされ、更に外交が閉ざされば?
答えは、鎖国時代の日本を考えれば明らかだろう。


故に、その資料は今後、戦場で幅を利かせるだろう木連の無人兵器の開発に酷く役立った。
幸い、木星等の星から取れる機動兵器用の資源は豊富で、地球の様に何世紀に渡って掘り尽くしたのと分けが違い、月や火星と併せた地球に比べても膨大な物があったのだから。


そして、数年後、ある程度技術力が付いた木連は漸く、謎の機動兵器の価値を知った。

 

それは、≪力≫だった。
喉から手が出るほどに欲した≪力≫の塊だった。

木連とは比較にならず、現地球の技術すらも大きく上回る産物。

 

破損した部分が多く、年代物でガタがきている為に修復は出来なかった。
特に追加装甲と思われる部分は破損が酷く、本当に鉄屑以外の何者でもなかった。


だが、機体本体の高度な搭乗システム等を理解する事は出来た。
そして、その技術を応用して、幾多の≪力≫を生み出すことに成功し、今まで不可能、もしくは何年単位の研究が必要だったものを早急に生み出す事が出来たのだった。


その最たる成果が、人型機動兵器の試験機【零式】。
無人機の数段上を、そして地球圏のロボット工学の技術力すら上回る機体性能を持つ最新鋭機。エンジン部分に未だ問題を抱え、これから数年後に起きるだろう地球圏との戦争当初の実践投入は無理そうだが、現在の木連の力は数年前と比べ比類なきものと為っていた。

ただ、それがあまりにも急で出来すぎた話だった故に、誰もが此れは誰かが用意したシナリオに過ぎないのではないかという危惧を抱いたのだったが、やがてその怒涛のように来る異様な技術改革が当然のように受け入れられていく上で心の片隅に静かに消えていった。

 

 

 

 

 


まるで、そう意図したものがいるが如く鮮やかに――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【エターナル】には幾重にも意味がある。
元々は社会的に規格外である能力者を隔離する為の保護施設の名称に過ぎなかったのだが、時代の流れで能力者が増大化し、その利用価値の高さが一般に認められ、世間での能力者の暮らしが楽になるにつれ、単なる一保護施設でしかない其れは増大し、組織化し、社会的に独立した軍の特殊機関の一員となった。

故に、【エターナル】は現在では軍の一組織という認識がなされており、軍部の上層部に多大な影響を及ぼす派閥でもある。最も、政治や経済にも影響を及ぼすモノを軍の単なる一組織だとは木連の上層部の誰もが思っていないことだが。

現在、話の流れの主流となる【エターナル】は軍事養成学校としてのモノである。
位置は衛生エウロパにあり、かっての月面都市と似た造りをしている。(都市部全てが【エターナル】の一員で都市の名も正式なものとは別に【エターナル】と呼ばれる)
本来、能力者の保護を最優先とする組織はその下部組織でも何ら変わらず、生徒の多くは(凡そ仕官コースを歩むことになる者は六割程)能力者であり、その数は同世代の木連が抱える能力者の62%という驚異的な数字を保持している。

世間の監視の目は弱まっても、能力者が社会では住みにくいのは事実で、故に、能力者は能力者が何の気兼ねもなく生活できる軍という特異な社会に流れる場合が多い。

【エターナル】は能力者の受け入れを第一にしており、特にこの第零特殊軍事学校は能力者と呼ばれる者達の中でもエリート揃いで、高い数値を入学試験の際に叩きだした者のみが門をくぐる事を許される。無論、【零】(学校の愛称)でも一般人と分類されるの生徒はいる。
世間体というのも在るからだが、此処は高い能力の数値の者は無条件で入れるが、そうした推薦入学をした低い水準の学力の者は一つないし二つの教室に集められ、そのレベルにあった授業が行われる。最も、無試験ではいれる者は余程能力が高い、もしくは特殊なものでないと無理で、普通試験では能力者であろうと、高い学力を求められる場所である。

だが、この時代、能力者ではない者でも、全く能力の開花の余地がない子供は珍しく。大抵の子供は目に見える能力はなくても、筋力が見かけよりも遥かに高い値がでるとかが多い。
故に、授業は能力者とそうでないものと同時に進められ、ほぼ同じカリキュラムを受ける。
無論、選択授業は歴然とあり、能力者の能力訓練というのもある。

そんな学校の編入試験を合格するのは途轍もなく難しく、故に合格した人間はかなりの能力者だと目されるのも無理からぬ事。唯でさえ、能力者でないものには【エターナル】は狭き門なのだし、この最優良者が集まる【零】に至っては、途中編入など創立以来例がなく、在学生は微弱なモノも含めれば能力と分類できるモノを持たない者はいないほど完全に潜在的には能力者のみ学校なのだから。

 

 

 

「おい、聞いたか?」

「何を」

「おいおい、まだ聞いてないのかよ、凄いニュースでさ、学校中で広まってんぜ」

「はァ?何が?」

「編入生がさ、入るんだとよ、【零】に!それも2年A組に!」

「編入生か・・・この学校じゃ、初めてなんじゃないの、しかもAクラスに編入ならかなりのエリートなんだろうな。今度の実力テスト、一番が変わるかもな」

「そうそう、A組ったらさ、選ばれた奴等のクラスだもんな、其処に編入するとなれば即戦力間違い無しの化け物だろうよ。それこそ、『天才』浅葱 海斗や『鬼才』各務 千里に匹敵する位さ」

 

 

 


廊下から聞こえる無責任な噂話。
それ聞き、各務千里は小さく嘆息した。

腰までもある長く艶やかな髪。端正な純日本系の貌に長い睫毛。憂いた様なその姿はまさに絶世の美少女。

美少女のような美少年のこと『鬼才』各務 千里。

 

「どうしたんだ、景気の悪そうな顔して、そんなに鬱と沈んでいると女顔が際立つぞ?」

「それは云うなと何度も警告したんだがな。
一片本気でけりをつけないと解からんか、海斗?」

鋭利な視線が目前の生徒を射抜く。

浅葱 海斗。
2年A組、出席番号二番。
学年末試験四位。
木蓮式抜刀術、準一級。
木蓮式柔、準二級。
強化系能力者。

この学校で最も優秀な生徒であり、自分の親友にしてライバル。
数少ない、自分と互角に渡り合う能力者。

平々凡々な顔付き。華奢な痩躯はとてもそういった事柄を連想させない。
その思考対象となる少年は何時ものにこやかな顔付きを崩さずに近付いてきて語る。

「しかし、本当に転校生が来るんだね。こんな中途半端な時期にさ。二人って言ってたよね、一体どんな奴等なんだろ?」

「・・・・別にどんな奴でもかまわん。それに噂は得てして一人歩きするものだ。それほど強力な能力者ではないかもしれん」

「確かに、そうだね。でも、此処に来れるんだからある程度のレベルはあるんじゃないかな」

「武蔵教官を倒したと言う噂もあれば医務室送りにされたという噂もある。対極だな」

「だけど、事実武蔵教官は入院することに為ったよ。御剣」

突然会話に参加してきた御剣と呼ばれる少女。
中性的な魅力を持つ癖のない長い黒髪の少女は、可愛いという評価よりは格好良いという評価の方が似合う美少女。
千里と同じ特殊系能力者であり、千里に匹敵する数少ない能力者。
そして、立場的には異性の親友。

「あの男の事だ、生徒への猥褻行為がバレて闇討ちでもされたのではないのか、それに寮生の幾人かが、見知らぬ生徒が医務室に運ばれていくのを目撃している。単純に強力な能力者と目せるほどとは私には思えないな」

「ハッハッ。教官を闇討ちだって?在り得ないね。普通に戦えば返り討ちにされるよ。あの人に勝てるのは校内でも一部の強力な能力者だけさ、そして僕を含め、その強力な能力者は自らの力を他の誰よりも抑制する。僕等が強大なのは能力の質もそうだけど、能力を制御できるところに在るんだよ。能力を使う闇討ち行為は成功しようが失敗しようが『同盟反逆罪』が適用されるような重罪だ。そこまでしてあの男を殺したいと思う人間は此処にはいないだろう。ましてや別に死んだわけでもない。
かといって能力なしでは、流石に僕でも白兵戦の教官には敵わないよ
それに医務室に運ばれたのだって、怪我して運ばれたとは限らない。
僕だって、まだ見ぬ人物に評価を下すほど出来た人間じゃないよ。評価を下すのは実際に会ってからさ」


【特殊能力】
能力者が能力者たる由縁である自然の力とは異なる異能の力。
喧嘩でソレを使うのは同盟反逆罪を適用されかねなく、もしそれで然したる理由も無く相手を殺せば間違いなく極刑に値する重罪行為。

それはこの学校の校則でも適用されていて、能力を喧嘩で使えば、喧嘩の倍はペナルティーが適用され、反省が見られない場合は退学処分にすらなる。

また、両者が喧嘩で能力を使い合えば、例え正当防衛でも二人に等しいペナルティーがつく。基本的に喧嘩のペナルティーは5〜10で100も貯まれば退学処分になりかねない為に誰も能力を使って喧嘩をし合う馬鹿はいない。

「とは言え、教官を破ったことが事実なら、その人は優秀な能力者、それも実践向けな特殊系か、強化系と云うより他ないね。単なる戦闘術で教官を倒せる人間はそれこそ、僕等の年代にはいないよ。いるとすれば、あの「最も遠き双子」だけじゃない」

「「影護一族」か。「真紅の羅刹」と「鮮血の姫君」の事だな。千里は一度だけ戦った事があったはずだな、伝説の二人はどれほどの強さだったんだ?」

木連内部の暗部、この【零】の人間ならば誰もが知る禁忌。
公然の秘密にして、口にすることすら禁じられた事柄。
偶に失踪する生徒の幾人かは彼等に狩られたからだと言われる、怪談の様な存在。
故に、禁忌と知りつつも、実力の程はわからない。

「俺が戦ったのは、「鮮血の姫君」の方だけだ。「真紅の羅刹」の力の程は知らない」

「へぇ、で、姫君はどんな人だったの?」

楽しそうに聞く海斗を前に言葉の偽装の意味はなさそうだと心内で嘆息する。
こいつに嘘を言って見破られなかった試しがないのだ。

「・・・・・・あんまり、話したい事じゃない。正直、俺は忘れたがっている」

「へぇ、彼の『鬼才』とは思えぬ、弱気な台詞。君でも敵わなかったのかい」

 

――――敵わなかった?
 否、そんなレベルじゃない。
 あれは、正しくは勝負にならない力の差だ。

 

殺されなかった幸運。生き延びた幸運。
今、思い出しても、寒気がするほど美しい惨劇が瞼に浮かぶ。
自分の力の程を知らされた一夜。
見逃されなかったら、絶対に殺されていた。

 

確かに、あの領域まで届くレベルの武術なら、教官だろうと相手にならないだろう。
だが、どれだけ、素質に恵まれ、どれだけ鍛錬し、どれだけ人を殺せばあの領域に辿り着くのか。
全てを受け入れるような純粋無垢な、聖母様な微笑みを浮かべ、全ての命を狩る死神。鮮血の絨毯の上で踊る夜の世界の姫君。
あの姫君なら、教官が入院する程度では終わらない。
恐らくは痛みを感じる間もないほど一瞬で、これ以上とないほど芸術的に殺されるだろう。
そして、あの領域にいる者はだれもが、それと似たり寄ったりなのだろう、と思考する。

 

 

 

―――――きっと、無駄に人を殺さねば、あの領域まで辿り着かない。

 

 

 

 

 

 

 


「「刀崎」・・・ですか?」

「うん、それが今日からの君の名字にしたいと思うが、どうかな?」

職員室の一席。
どこか神経質な感じがする声で、その背広が似合う新しいクラスとやらの新任の副担任の先生は何処か探るような目つきでそう聞いてきた。

「なんで、「刀崎」か・・・・聞いても良いですか?」

「そうだな、一応それを話すにあたり君に謝罪する必要があるな。つまり、此処では寮に荷物を届ける際に、金属探知機で危険物がないかどうか調べるのだ。此処まで云えば君には解かるだろう?君の旅行バックが引っかかってね。調べてところ、ナイフ、いや短刀が出てきたんだ。幸いそれは学校から既に許可が下りていて問題はなかったが、その短刀、七夜には製造者名として「刀崎」と在ったからそれを使わせてもらおうかと思ってね。君の名も短刀の七夜から来ているのだろう?」

「「刀崎」・・・・そんな名前ありましたか?」

「何だ見てないのか、記憶喪失という割には以外に危機感が薄いのか君は?
柄の内部に彫られていたんだよ。ああ、別にか短刀を解体してなんていない。電磁スキャンで見たんだ」

「名字・・・・必要ですか」

「要らないのかね、都合が悪いだろう。なにかと」

「何故・・・ですか」

うん、と頷き、男は机の上にあるペンで机を小刻みに叩く。
癖のようだが、耳障りではある。

「君が記憶喪失なのは解かった。だが、それを大々的に示す必要もないだろう。記憶喪失は君の心にしまって置いてくれ、でないと、偽善心溢れた若人が何かと風紀を乱すし、其れに君自身にも面倒な事になるのじゃないかと思うのだが―――――それでYES、それともNO?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁ〜、腹立つ!アイツ、絶対お前の事なんか考えてないぞ!
『風紀が乱れる』って所で本心出し捲くりだし。
要するに何か問題が起こったときに自分の責任にしたくないだけだろうが!」

「でも、正論だと思うぞ。実際、お節介な人は多いし」

「―――――お前、相変わらず醒めてるな、自分のことなんだし、もう少し・・・まあ良いや。お前が其れで良いってんなら」

気勢が削がれた様に、有彦はズンズンと音を発てて歩くのを止め、静かに廊下を歩き出した。先ほどから此方を白い眼で見る視線が多かったから正直助かった。

「しかし、普通案内ぐらいするだろ?アイツ、「一限目は修練所で戦闘訓練だから遅れないようにね」だってよ。一人も知り合いのいないクラスに自己紹介もなしじゃ気まずいだろうが!」

「役所に名字の登録に行くって言ってたな、何でまた一限から行くんだろ?」

「・・・・・・お前、気付かねぇの?」

「何が」

胡散腐そうな顔付きで此方を見る自称親友。その訳ありな態度に何となく苛立ちながら再度問いを投げかけると答えが合えって来た。

曰く、「お前は昨日の事を忘れたのか?」と

 

「昨日、編入試験以外に何か在ったっけ」

暫し、思考を巡廻させたが、取り立てて妙な事は思い当たらなかった。

「馬っ鹿。お前は昨日、教官を倒しただろうが」

「うん、覚えてるけど、それが?」

「だったら解かるだろうが、普通生徒は教官を倒せねぇだろ!」

「其れはそうだろ、皆が倒せたら「教官」である意味がない」

「それに気絶した!」

「『発作』でな」

「誰もわかんねぇよ!つまりお前は皆が良い風に考えても「教官に負けて病院送りになった雑魚」って思われてんだよ!!」

「病院」じゃなくて「医務室」だと訂正したかったが、今にも喰いかかりそうな有彦の様子を見て断念する。訂正したら、本当に喰いついて来そうだ。

「良い風に・・・って、まあいいや。それで、其れと僕等だけで修練所にいく事と何の関係があるのさ」

「在るに決まってんだろ、少しは察しろ!雑魚の癖にこの名門とも云える【エターナル】に編入試験合格したんなら連中には面白くないだろうし、だったら必然的に妙な事になるだろうが!第一「修練所」だァ?喧嘩吹っかけても合法的に出来る場所だろうが!」

「あ、なる程」

 

息継ぎをせずに一気に喋った所為か、全力疾走した後のように有彦は酷く呼吸を乱し、両膝に手を置いて、疲れたように俯く。

 

「・・・・・・お前と話すと、偶にとんでもなく疲れる」

「あっそ。そんなところでへばっていたら置いてくぞ」

「お前・・・・・いつか、コロス」

「やれるもんならやってみろ。返り討ちにしてやる」

 

危険な輝きを宿した瞳に臆することなく迎え見る七夜。
剣呑な殺伐とした雰囲気が廊下の一角を包む。

だが、突如として鳴った始業のベルがそれをぶち壊す。
七夜はふと、思いついた。
有彦も気付いたような顔つきになる。
二人は顔を見合わせ、笑う。

"こいつがいるなら大丈夫"だと。

 

「「修練所って何処だっけ?」」

 

疑問を投げかける理由は、二人とも知らないと言う事。
笑って済ませられるほど穏やかな心境でもない二人。
その後何が起きたかの答えは、


 

数瞬後、廊下の一角で響いた、重なるような打撃音が回答だった。

 

 

 

 

 

*後書き

「咎人の夢V」で書きます。