閑話或いは未来へのアンチテーゼ。
いのちを捨てようとする人がいる。
いのちを守ろうとする人がいる。
いのちを知らないわたしがいる。
戦場はいのちのゆりかご。
ゆりかごはいのちの檻。
いのちはひとのこころ。
檻の中でいのちは舞い続ける。
とても、美しく、そして滑稽に。
目が覚めると、そこはナデシコで初めて見た医務室の天井だった。
窓から見える風景は暗闇ばかりだったけど、肌に触れるシーツの感触とアルコール臭は以前経験した事と変わりない。何故わたしはここに居るんだろう。
記憶の最後にあるのは、展望室から見えるそらの狭間の風景。
そこから今までの記憶はまったくない。
覚醒しないぼんやりとした頭を抱えていると、カーテンの奥からドアの開くエアーの音が軽く鳴った。開いてから閉じるまでの時間が長いのは、この部屋に入った人が複数人いるからだろう。わたしを気遣ってくれる人はハルカくらいしか覚えがないけれど、誰がここに来たんだろう。
……ふと、頭の中を鈍い痛みが走った。
「ヒナちゃん起きた?」
カーテンが開かれると、中からは予想通りミナトが男の人を1人引き連れて表れた。赤い制服という事は、パイロットの人だ。
「良かった。弾も急所からは外れてたって聞いたけど心配したんだからね」
私の頭を抱き寄せながら、ハルカが語尾を荒げる。何があったか分からないけれど、どうやらわたしはハルカに心配をかけていたらしい。
でも、何があったんだろう。
「まったくちょっと目を離した隙にいなくなるんだから。今回は大事に至らなかったから良いけどもう心配させないで」
よく分からない。
ミナトに抱かれながら戸惑っていると、ミナトの背後に控えていた赤いパイロットの制服を着た男の人が、ひどく挙動不審な素振りを見せていた。そわそわ、なんて言葉がぴったり合っているような、そんな感じがする。
ふと、赤い色から連想した、真っ赤な血。とても真っ赤な、奇麗で、それなのに目を背けたくなるような、とても見慣れた赤い血。
ああ、そうか。
「ガイくんも黙ってないで何か言ったらどうなの?」
このひとのいのちは、散らなかったんだ。
「まぁ、なんだ、その。助かった。ありがとな」
いのちはこころ。
散らないこころ。
「ヒナちゃん?」
こころが生きているひとは、とてもうらやましくて、とても安心できて。
「……ん。生きてるなら、それがいちばん」
或いは、わたしにもそのこころは介在しているんだろうか――。
「手、握ってて」
赤い服を着た男の人に手を伸ばすと、ミナトが男の人の耳にそっと耳打ちをして離れると、わたしに一言お大事にね。と言葉を残して部屋を出ていった。残された男の人はさっき以上にそわそわしていて
ああそうか。
不意に沢山の事が頭の中をよぎった。
「暖かいのは生きてる証拠」
この人は、死にたがり。
滑稽な、演劇者。それも笑劇の。
「暖かいと、眠くなるのも……生きてる、しょう……」
滑稽なイカロス。
死を知りながらそこへ向う事を躊躇わない人。
わたしは、そんな人を、守って、みたい。
かしゅんっ。
医務室のドアが開くと、そこにはある意味私が、いやいや、この場合はナデシコ艦内の誰しもが想像も出来ないような、いや、それこそそれを考える方が変だ。バカだ。とにかくそんな光景が広がっていた。
へんなの一同のナデシコ逃亡、そしてヤマダさんへの発砲、それを偶然居合わせたヒナタさんが庇う。
この3つの事柄は瞬く間にナデシコに広まっていて、事後処理に追われてお見舞いが遅くなってしまったのですが、今ここに居るのは、きっとおかしい事なのかもしれません。早々に立ち去る事にしましょう。
だって、そうでしょう?
私は少女ですけど、それくらいは分かります。
お互い手を繋ぎながら眠ってる2人を見たら。
「それではヒナタさん、お大事に……」
かしゅんっ。
ドアが開く、閉じる。
ああでも、あれは皆さんが考えるようなものではないのかもしれませんね。
だって、あれじゃあまるで兄妹みたいですから。
おやすみなさい、せめて、次の戦場までは―――。
続く(このテンポで)
「言い訳」
まず始めに、表記スタイルが変わった訳ではございません。元に戻っただけです。
どうも、森屋です。いやはや、2ヶ月ぶりの投稿がこれかよ。と思わずセルフでツッこみを入れてしまいました。しかしながらこれでも私は頑張っているのです。と言ってみたい。
まず送れた理由の大半は、HDDがぶっ飛びました。これに付きます。
バックアップもとっておらず、ネットに出していた作品と、1年前にバックアップをとったもの以外はものの見事に消し飛び、それからというもの私はとってもやさぐれておりました。
そして書き始めて、これは4話に使うより閑話として出す方が良いな。
と思い書き記した訳です。そんな訳でべらぼうに短いです。
4話は、多分来月になりそうです。見捨てないでお待ち下さると幸いです。
そんな訳で、抽象的過ぎたイカロスについてあれこれ。
詳しい話をすると本文より長くなってしまうので、かなりはしょりますが、イカロスは自分で蝋の羽を作り、それがまた陽の熱によって溶かされてしまう事も知っていました。要するに、限界高度を越えれば自分は死んでしまうと知っているのです。
だがしかしイカロスは羽ばたきます。死ぬと分かっていても。
それと同じ、とは思いませんが、ヤマダも同じで、ヒーローとしての自分を貫けば、また同じようにヒーローのように死んでしまうという事を。
ああ、なんだか滑稽だけれど、純真で似てるなあ。と思ってイカロスとヤマダにアンチテーゼを感じてしまい、こんな形を取りました。
説明が長いです。
はしょらなければどうなるの? という意見については、推して知るべしという事で。
それでは、またいつかの後書きでお会いしましょう。
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