機動戦艦ナデシコ
ROSE
BLOOD
第7話
著 火真還
「では、これは会長のほうに廻しておきます。……地球に戻ったら、ですが」
表情を引き締めたプロスは、預かったディスクを大切そうに仕舞った。
―――私には、それが良いことなのか悪いことなのか、判断がつかなかった。
しかし、間違いなくネルガル会長は、そのディスクに収められた会話に耳を傾ける必要があるのだ。
それがどういう結果を招くのかは、知る由もなかったが。
「それが良いでしょうね。
さて、私は失礼するわ。こう見えても、色々と忙しくてね」
私は残ったコーヒーを口に含んで、席を立った。
まだまだ、休憩の合間にやっておきたい用事が残っている。
……ブラックサレナの事だけではない。
フィリス・クロフォードと名乗るマシンチャイルド。
その名前を聞いたのは、初めてではなかった。
―――03タイプの母体。
ネルガルの研究所から何者かに誘拐され、ついに逢うことの叶わなかった、マシンチャイルドのオリジナル。
おそらく、ラピス・ラズリの―――。
「……フィリスさんの事を、ご存知なのですか?
ドクターは」
自分の為だろう、二度目のコーヒーを淹れながら、プロスはそう洩らした。
「私は今までの資料を徹底的に洗いました。
マシンチャイルドの極秘資料を端から端までです。
―――フィリス・クロフォードなる人物は、『マシンチャイルド』ではありません。
彼女は―――」
「……マシンチャイルドの試験母体。
そうでしょう?」
「知っておられましたか。
しかし、今のあの方は……その」
「何があったのかしらね、私たちの知らない数年の間に。
でも、私が聞きたいことはそんなことじゃないの。
彼女は『ブラックサレナ』のことを知っていた。
それは、間違いないわ。あの娘は―――」
―――ラピス・ラズリに違いないから。
だが、それを問い詰めたり、得意げに暴露するつもりはなかった。
私は医者でもあるのだ。
患者が望むなら、カウンセリングも受け付けている。
***
「私、皆を危険な目に遭わせちゃった……艦長失格だよね」
「仕方が無いですよ、ユリカさん。
あんなの、誰にも予測できなかったんだし」
偶然、ユリカとメグミちゃんの会話を立ち聞きしてしまって、俺は足音を忍ばせ、その場を去ろうとした。
「それより、どうしてフィリスさん、あんなに怒ったんですかね?
私、ぐーで殴る女性(ひと)、初めて見ました……」
足が止まる。
「分からないけど、アキトのことが心配なんだって、ミナトさんが言ってた」
「はぁ。……ミナトさんが言うなら、そうなのかな?」
「よく分からないよ……アキト、何も話してくれないもん」
…………。
「あ、あの、ホウメイガールズの皆が言ってましたよ?
フィリスさんとアキトさん、なんか兄弟みたいだって。……どっちがお兄さんかは、言うまでもありませんけど」
「……お兄さん?」
「だって、俺とか、なんとかだ、とか、モロ性格が男っぽいんですよ。
憧れてるって子もいますもん」
「あはは、タカラヅカみたいだね」
「タカラヅカ?
ああ、そう言われれば、そうかもしれませんね」
「……フィリスちゃん、アキトのこと好きなのかなぁ?」
…………。
「え、えーと。
あんまり、フィリスさんって私たちと話とかしませんよね。年はいっしょぐらいなんだけどなー」
「私、4歳違う……」
「う゛」
「……アキト、若い子のほうが良いのかな?
どうしようメグミちゃん!!
アキト、取られちゃうかも!?」
「か、艦長! どーどー!!」
俺は腰を抜かしそうになりながらも、なんとかその場を逃げ出すことに成功した。
***
何故、殴ってしまったのかといわれれば、腹が立ったからだ、と答えるしかない。
―――それほどまでに、アキトの言葉は俺には許せなかった。
ブラックサレナは、只の機動兵器ではない。
いや、機動兵器には違いない。だが、万人に乗りこなせるモノではない。
己の執念、覚悟、死、殺意、憎しみ。
そして、鍛えぬき、修練を積んだ肉体を併せ持つ者でなければ、乗る資格すら与えられない。
―――そんな、馬鹿げた機体だった。
もっとも、その資格は俺が勝手につけているだけなのかもしれないが―――。
「フィリスさん?」
「ルリか」
……ココは、俺とルリの自室だった。
姉妹ということで相部屋にしてもらったのだが、謀(はかりごと)をするならもってこいだ。
ルリとの生活も、結構気に入っている。もっとも、今の俺の精神状態は、ルリに見せたいものではないのだが―――。
「どうした?」
「いえ」
ベッドに横になっていた俺を見下ろして、ルリは無遠慮に倒れこんできた。
ドサッ
「ぐぇ」
ときどき、やられるのだが―――。
いくらルリが軽いといっても、こっちだって16歳の女の身体だ。重いと感じるものは重い。
「アキトさん、殴っちゃいましたね」
「……仕方ないだろう、こっちだって平静じゃいられなかった。
まさか、アレがこの時代に来てたなんて―――しかも、1年も前に」
「私が乗ってたエステは、どうなったんでしょう?」
「さあな……、
ボソンジャンプのフィールドが何処まで及んでたかは、もう誰にも分からないさ。
……そういえばルリは何時、この時代に来たんだ?」
「ネルガルが、私と契約した日です。
……ナデシコに乗るまでを逆算すると、1ヶ月というところでしょうか」
「……ズレがあるな、俺は出航の半月ほど前だった」
―――何故、あの場所に居たんだ? 俺は。
ピ、ピ!
ルリのコミュニケに着信。
躊躇わす双方向映像回線を開いたルリに、モニターの向こうのユリカは、
「あ、ルリちゃん?
整備班のハード・チェックが終わったから、オモイカネにシステムチェックをお願いし、よ、う、と……」
「わ、わ、抱き合ってますよ、ミナトさん!」
「麗しい姉妹愛よねぇ?」
「はい、分かりました。
すぐにブリッジに向かいます」
「よ、よろしく〜」
真っ赤になって回線を切った。
「……狙ったのか? ルリ」
「何をですか?」
「……いや、いい」
身体を起こしたルリは、ふと思い出したように振り返った。
「そういえば、ナデシコの現状を伝えようと思って来たんです。
すっかり忘れてましたが」
最良の逃走機会を逃した爪あとは、予想以上に大きかったらしい。
チェック中のウリバタケが言うには、
「核パルスユニットはダメだ。総とっかえだな。換えの部品が無いから手の施し様もねぇ。
相転移エンジンは不調といえば不調だが、運転には支障ねぇはずだ」
ということになる。
「それと、暫定的ですがウリバタケさんがまとめた、ブラックサレナの仕様です。
プライベート隠しメモリーにあったものを無断借用しました」
目の前にそのレポートを開いてみせる。俺はそれを斜め読みし―――。
「……ボソンジャンプユニットは、見つからなかったのか。
いや、あの時、追加装甲は爆発したんだったな」
「はい」
「となると……ネルガルへの情報の流出は最低限、抑えられたと見ていいか?」
「エステバリスの開発は一気に進むでしょうけど。
ただ、アキトさんが―――」
「……あのパーソナルデータは失敗した。
俺が死んだら自動的に消去されるはずだったんだが……」
―――死んだ、とは見なされなかったらしい。
***
完全に補修できたわけではありませんが、ナデシコはようやく動き出しました。
目的はネルガルの研究所がある極冠遺跡。
そこで、本格的な修理を行います。
「そのまえに皆さんにお話したいことがあります。
アオイ副長の方から希望がありまして、フィリスさんに、エステバリス隊の戦闘指揮をお願いすることになりました」
プロスさんの上機嫌な顔に、
躊躇い顔のフィリスさんが口をはさみました。
「その、……さっきは取り乱してすまなかった。
改めて、エステバリス隊の指揮を取らせてもらう。フィリス・クロフォードだ。
よろしく頼む」
その一言で、先刻の―――気まずい雰囲気をなんとか和らげて、一礼。
「あはは、気にしないでね〜」
「こちらこそよろしくー」
笑みを浮かべて歓迎するミナトさんとメグミさん。
「よ、よろしく、おねがい、しまぁす」
……目が虚ろなんですが、艦長。
どうしたのかな?
フィリスさんも気づいたのでしょう、気味の悪いものでも見るように冷や汗を垂らしました。
「うう、ブリッジに居るときもフィリスちゃんにアキトを取られちゃう……」
……そんな心配してたんですか、艦長。
「おう、頼むぜフィリス!
アンタの作戦なら、間違いはねぇ!」
「なんとなく予想できたけどね〜」
「ふむ、予想ね……賭けは私の負けだわ」
……また夕飯でも賭けてたんですか?
苦笑するイズミさんの肩を、ヒカルさんがポンポンと叩きます。慰めているようには見えませんけど。
「おお、俺からも頼むぜフィリスさん!
これからもビシビシ鍛えてくれ!」
「いいだろう」
そして、アキトさんが何かを言う前に、フィリスさんは言葉を続けて。
「アキト。
今から言う事は―――たいした話じゃない。
だから、聞き流してくれ」
そう前置きして、フィリスさんは―――。
「ブラックサレナに乗ったのは、全てを奪われた男だった。
愛する女性も、自分の未来も、理不尽に取り上げられて、復讐を誓った男だ。
復讐に手段は選ばなかった。
男の寿命はもって後1年。
自らの身体を鍛え上げ、仇を討つために、無関係の人間も巻き添えにして、男は復讐を果たした。
―――その為の牙であり、鎧。そういう機体なんだ、あれは。
そんなものに、お前は乗るというのか?」
「…………」
「……それって、アキト君のコトよね?」
ミナトさんが、不思議そうにフィリスさんを見る。
「違う。
すくなくとも、アキト。お前じゃあない」
「―――俺、知らなくて。
ゴメン、そんな話があったなんて」
「いや、……お前が、あの機体に憧れるというのも分かるつもりだ。
だが、俺にとってアレは、あまり良い思い出のある機体じゃなかった。
だから、乗りたいなどと言って欲しくは無かったんだ。
……俺の我侭だと、分かっていても」
「……そんなコト」
「それでもなお、本気でブラックサレナを動かしたいなら―――覚悟を決めろ。
常人の肉体では、あの機体を使いこなすことなど出来はしない。
血反吐を撒き散らし、幾つもの壁を破って、その先に手に入る力だ。
そこまでして守りたいものがあるなら、
そして、その思いがこのナデシコの盾となるなら、
お前を鍛えてやろう。
あの機体を自在に使いこなすまで」
「―――やる!」
「……そうか。
それも、いいだろう」
フィリスさんは巧みに言葉で誘導して、アキトさんをブラックサレナに乗せようとしているようにも見えました。
それは、未来への布石。木連がどう動こうとも、それに対処できる力をアキトさんに与える為。
おそらくフィリスさんは、明確な意思を初めて今、示しました。
―――この、二度目の世界で。
***
「護衛艦クロッカスを発見。
さらに、その向こう側。チューリップを一基、発見。
こちらは……沈黙しているようですが」
驚愕の顔を隠さず、ゴートさんが吼えてます。
「バカな!
クロッカスが何故ここに!?」
「どういうこと?」
事情をしらないイネスさんに、プロスさんは簡潔に説明します。
「地球でチューリップに吸い込まれ、姿を消した護衛艦なのですよ、あの艦は」
「あの沈黙しているチューリップ―――次元跳躍ゲートを通って、ボソンジャンプしてきた、という事なのかしら」
「むう……」
「な、なるほど……」
プロスさん、しきりに頷きます。
「チューリップを通れば、地球に出るのかもしれませんね……」
「あれ?
……いっしょに吸い込まれた、え〜と、パンジーだっけ?
それが見当たらないよ。
出口が違うんじゃ、使えないんじゃない?」
副長の推測は、ミナトさんにあっさりと否定されました。
「とにかく、クロッカスに行ってみよう。
何か分かるかもしれん」
フクベ提督。
滅多にしゃべらない為か、その存在に気づかなかったイネスさんは、初めて動揺らしい動揺を示しました。
「……フクベ提督?
第一次火星大戦の指揮を取った英雄の……」
「―――え?」
誰でも知っている事実。しかし、知らなかったのは―――アキトさん。
イネスさんの言葉を理解すると同時に、みるみる表情を強張らせ、
「アンタが……第一次火星大戦で、ユートピアコロニーにチューリップを落としたのか……?」
「……そうだ」
提督は静かに肯定します。
「自分が―――何をしたのか分かってるのか!
アンタは!?」
提督に詰め寄るアキトさん。
そのアキトさんの激情を、イネスさんは皆に分かるように、説明します。
「ユートピアコロニーのシャトル発着場は、チューリップ落下の一次被害で壊滅したのよ。コロニーの半分もいっしょにね。
その後、救援の絶望視されたコロニーのシェルターの中では、避難していた人たちが、次々に木星蜥蜴の餌食になって殺されたわ。
地球にとって、フクベ提督が英雄でも、火星では―――言わなくても分かるでしょう?」
「「「…………」」」
「俺は、……目の前で死んでいった人たちの姿を忘れない。
あんなバカな事をしでかしたヤツに会ったら、言ってやりたい事があったんだ!
アンタは人間のクズだ!
最低だよ! なにが英雄だ!
チューリップ1個落とすのがそんなにえらいのかよ!
なんとか言ってみろよっ、くそっ!!」
フクベ提督に掴み掛かり、襟元を締め上げて。
……提督は抵抗しません。
「アキト……」
「アキトさん…」
アキトさんは泣いていました。
本人はまだ気づいてないのでしょうが、あふれる涙を拭おうともせず、慟哭を続けました。
―――そして。
「少しは気が晴れたか?」
「う……っ」
アキトさんの目を、手のひらで覆うようにして、
フィリスさんは提督に縋り付いていたアキトさんを引き剥がしました。
涙に濡れる顔を、抱きかかえるようにして、
「……耳から、離れないんだ、みんなの悲鳴が。
目の前にいた女の子も、助けることが出来なくて、なんで俺は―――」
ポンポン、と背中を叩き、
「ガイ、ちょっとこのバカを落ち着かせて来い。
話し合いにならん」
「お、おう、わかった」
ブリッジアウトするアキトさんとヤマダさんを見送って、
「フィリスさん、ありがとうございました。
事が事ですから、私どもではどうにも―――」
プロスさんのお礼を手で遮り、フィリスさんは首を横に振りました。
「……いや、俺の言いたいことは、あらかた言われてしまったからな。
俺もアキトと同じ、ユートピアコロニーの出身者だ。気持ちは変わらん」
後ろ半分は、フクベ提督への言葉。
「……何故、私を責めんのかね」
「アキトには責める権利はあっても、残念ながら俺にはもう、その資格がない。
ただ、アンタの気持ちは聞きたかったな。
地球の英雄になった気分はどうだった、フクベ提督?」
冷淡なフィリスさんの眼光を見据えて、ただ提督は苦笑を洩らしました。
「くっくっく……言葉などでは、伝える事もできんよ……。
惨めな仕事だった。
特に、ここまで生きてきた理由の大半は、いつか罪を償いたいという気持ちがあったからだが、それを成すにも、もう遅すぎた」
「そうだな。
アンタは自分の死に様を選び損ねたんだろうな。
……だから、今になってこのナデシコに乗った。
何か、自分の―――自分が残すものとして、この戦艦はまさにうってつけだ」
「……いけないかね?」
「別に? ―――死にたいなら死ねばいい。
生きていれば償いは出来るかもしれない。
それも選べないようなら、俺が殺してやる。
生きるか、死ぬか、殺されるかの違いだ。たいした事じゃない」
「決断するのは自分、か……。
軍にも、君のような者が居れば、風通しもよかっただろうに」
珍しく、笑い声を上げて老獪な提督は肩を揺らし、
「冗談じゃない。
軍人はバカが多いからな。バカなウィルスがこっちに感染したらどうする?」
「ちがいない……くっくっく、はっはっはっ」
「はははははははっ」
フィリスさんもいっしょになって、大笑いを始めてしまいました。
……皆さん、唖然としていますが。
***
「クロッカス内部に、生体反応はありません」
「人がいない?」
「はい。
もぬけの殻です」
「……避難したのかもしれんな」
ゴートは、モニターのクロッカス内部映像を見て、そう評価を下すが、
「どこに?」
「そ、それは……」
ミナトに一蹴され、沈黙。
「私が行ってみよう」
提督が席を立った。
「待ってください。
提督にココを離れてもらうわけには」
「護衛艦の艦橋操作は、君たちには無理だろう」
「は、はあ……」
プロスの申し出をやんわりと断り、ブリッジを出て行こうとするが―――。
「フム、足が要るな……フィリス殿、彼を貸してもらえるかね?」
「え、俺……?」
「ああ、かまわん。
アキト、提督をクロッカスまで護衛―――」
「うわぁー、モノ扱いよ……」
「拒否できないところがツライですねぇ」
ひそひそ、とミナトとメグミが何か言っているが、聞こえない振りをする。
「アキト、いいな?」
「は、はい」
「私も行くわ。
クロッカスの内部の調査もしてみたいから」
イネスが、提督とアキトの後に続いてブリッジを出て行った。
「ユリカ、チューリップの方も、一応調査したほうがいいかもしれないよ。
何が出てくるかも分からないんだし」
「うん、そうだねジュン君。
フィリスちゃん、編成、お願いします」
「まかしとけ、暇だったんだ!」
「俺も! 俺も!」
常に動かないと死んでしまいそうな二人が必死にアピール。
「先着二名だ。……リョーコとガイだな。
二人で調査に向かえ。残りは待機。いつ敵が来るかも分からんからな」
「「はーい」」
***
空戦フレームに換えたエステバリス、テンカワ機。
三人乗るにはきつ過ぎるアサルトピットは、あまり友好的な雰囲気ではなかった。
シートの後ろで身じろぎしない提督。
アキト君のひざの上にお尻を乗せている私。
「……ちょっと、無理があったかしら」
「…………」
「…………」
―――こ、困ったわね。……私、場を和ませるようなキャラじゃないんだもの……。
アキト君と提督の独特の空気は、第三者にとっては苦痛でしかない。
うう、まだ着かないのかしら。
「入り口は……。
提督、このハッチは?」
「うむ、右手にある白い四角のラインは見えるかね。
機動兵器用の緊急搬送ハンドルが入っているはずだ」
「これっスね」
―――なんで、普通の会話がこんなに重いの?
私の思いを他所に、クロッカス内部に潜入するエステバリス。
私たちはエステから降りて、申し訳程度の武装をする。
人はいないはずだが、木星蜥蜴の機動兵器は紛れ込んでいるかもしれないからだ。
「まるで竣工直後のようだな。
人のいない格納庫が、こんなに肌寒いとは思わなかった」
「標高が高いから、気温が低いんじゃ……」
「提督でも、そんなコト思うんですか……?」
―――無視されちゃった。はぁ、二人とも真面目なんだから……。
「私だって、護衛艦の勤務だったことはある。
士官候補生の中では、出来が良いほうではなかったから」
「アオイ副長ぐらい……?」
結構失礼なこと言うわね、アキト君。副長が聞いたら怒るわよ?
…………? 怒らないのかしら。
「はっはっは、彼は優秀だよ。
もちろん、艦長もだ。
軍に残ってくれれば、一角の人物に成っていただろうな」
「……ジュンはともかく、ユリカが軍に入るなんて、想像もつかない」
「制服は、人を替えてしまうものさ。
良い意味でも、悪い意味でも」
「……提督は、どうだったんスか?」
「私か……私は―――」
「危ない!!」
ガァン!!
アキト君の銃身から煙が立ち昇る。その後、
ドシャッ!
天井にへばり付いていたらしいバッタが落ちてきて、火花を散らしてやがて、沈黙した。
「……ありがとう」
「こっ、これが役目だから……」
そのまま会話は途切れ、私たちはクロッカスのブリッジに着いた。
***
提督は、ブリッジの操作パネルを弄ってるようだった。
イネスさんも、コンソールを呼び出して何かの作業をしている。
俺は一人、手持ち無沙汰で二人の作業が終わるのを待っていた。
「このクロッカスはまだ動くな……。
ナデシコと連携を取れば、何とかなるやもしれん」
「動くんスか? この艦」
「艦尾のバーニアを氷がふさいでいるようだが、それを除けば動く。
イネス君、手伝ってやってくれ、彼だけではどうすれば良いかわからんだろう」
「……はい」
「自動航行に設定してからそちらに向かう。
先に、作業をしていてくれ」
エステバリスに乗り込み、ハッチを出る。
そのとき。
ぴっ!
『アキトさん!?
大変です!
ユートピアコロニーで襲ってきたチューリップ3基と、戦艦19、機動兵器推定3000が追って来ました!
すぐに戻ってきてください!』
―――なんだって!?
「分かった、すぐに戻る!
フクベ提督!」
ゴウンゴウンゴウン……。
「え、クロッカスが……起動した! なんで!?」
「アキト君、提督は―――提督はね」
―――イネスさんが何か言ってる。
クロッカスは艦首をナデシコに向けた。そして―――。
「早くハッチに、提督!!」
「違うのよアキト君、提督は―――」
モニターに、提督の顔が写った。
さっき見たクロッカスのブリッジだ。
『ナデシコに告ぐ。
前方のチューリップに入れ』
―――何を言ってるんだ、提督は?
爆音。
クロッカスの艦首、大型ミサイルランチャーから発射されたミサイルが、ナデシコの手前に着弾した。
「―――何を考えてるんだ、アンタはぁ!!」
***
クロッカスを調査していた隙に、以前撒いたはずのチューリップが接近して、それは始まりました。
ブリッジは大騒ぎ。
艦長は急いでクロッカスの調査班と、チューリップを調査していた二人を呼び戻します。
「アキトさん!?
大変です!
ユートピアコロニーで襲ってきたチューリップ3基と、戦艦19、機動兵器推定3000が接近中!
すぐに戻ってきてください!」
「ガイ、リョーコ!
新手だ、そいつはほっといて一度戻れ!」
しかし―――状況は刻々と変化。
「クロッカス、起動しました」
「なんですと!?」
「艦首をこちらに向けてきます―――」
『ナデシコに告ぐ。
前方のチューリップに入れ』
……それが、二つ目の大騒ぎ。
「そんな、クロッカスはチューリップに入ったせいで、全滅だったんでしょう!?」
副長が叫びました。
「クロッカス、攻撃します」
副長の言葉をかき消すかのように、私は声を上げました。
ドゴォォォン!!
「ナデシコの横30メートルに着弾」
『―――何を考えてるんだ、アンタはぁ!!』
アキトさんの叫ぶ声。
しかし―――声は届きません。
『これは、脅しではない。
次ははずさん』
クロッカスはナデシコの後方に位置。
リョーコさんとヤマダさんのエステは収容。アキトさんも続いて格納庫に入ってきました。
目の前には機能しているかどうかも分からない、チューリップ。
後方は威嚇するクロッカス。
その遥か向こうは、私たちを倒すために送られてきた木星蜥蜴の大艦隊。
「ミナトさん!
前方のチューリップへの進入角を!」
「い、いいの? 艦長」
流石にミナトさんも不安顔。見かねたプロスさんが、
「艦長、それは認められませんな。
貴方はネルガルの利益に反しないよう、最大限に努力をするという契約を行っているはずですよ。
このナデシコなら、反転してクロッカスを撃沈することも―――」
「ご自分で選んだ提督が、信じられないんですか!!」
プロスさんは、続ける言葉をなくしてしまい、
それが、ナデシコの進む道になりました。
「ユリカ! フィリスさん!
提督は―――」
アキトさんは返事を聞く前に、ナデシコがどこに向かっているのかを知りました。
「何であんな奴の言うことを聞くんだ、ユリカ!
アイツは、ナデシコを沈めようとしたんだぞ!!」
「それは違う、アキト。
ルリ、状況を」
「はい……クロッカス、反転。
ナデシコの……盾になります」
「な……!」
呆然と、アキトさんはモニターを見上げます。
「で、でも、チューリップを抜けるなんて、出来るわけが―――」
「出来るわ、アキト君。
ナデシコに、あって、クロッカスに、ないモノ。
木星蜥蜴の艦にも、バッタにだって装備されている―――ディストーションフィールド!
それが、提督の出した結論だったの」
必死で駆けて来たのでしょう、荒い息を吐いて、イネスさんが説明します。
「そんな……そんな、勝手じゃないか!
なんで、今更っ!」
『フィリス殿、そこに居るかな』
「……なんだ? 提督」
『最後に彼と話す機会を得て、私は果報者だ。
私はいい軍人ではなかった。いい大人でもなかっただろう。
貴方に逢うまでは、それも仕方ないと諦めていた。
……ありがとう。
最後に、私は胸を張って逝ける。自分の失ったモノを、取り戻せた気がするのだよ』
「……そうか」
「提督!
おやめください!
まだ、私たちには、提督が必要なんです!!」
『私が、君に教えることは何もない、艦長。
私はただ、私の大切なものの為に、こうするのだ』
「……なんなんだよ、ソレは!
自分を犠牲にしてでも、守りたいものって!!」
『それは言えない。
しかし、君にも、他の者たちにもきっと見つかるはずだ。
自分だけの、大切なものが』
―――ナデシコはディストーションフィールドを限界まで出力アップ。
チューリップの中に、入ろうとしています。
続く爆発音。
クロッカス1艦に、執拗なまでの木星蜥蜴の攻撃は、ついに―――。
『ナデシコは君たちの艦だ。
怒りも憎しみも、愛も、自分たちのモノだ。
誰にも―――』
クロッカスを示す光点が、消えてしまいました。
「クロッカス、沈黙」
こうして、私たちは火星を後にしました―――。
初め、この6、7話はブラックサレナ抜きで、本当にTVのまま(+フィリス付)で行こうかと考えてたんですが、
なんというかそれって最後までそんな感じ? みたいな予感がしたので、こうなりました。
というわけで(謎)、この7話までで1部完とさせて下さい。
また幾らか書き溜めてから、どかっと送ったほうが良いですよね? 見るのも大変だし。
次回からは地球での遊撃戦です。伏線は張りました。ブラックサレナも活躍します。アキトも成長してもらいます。
(ルリは一人で危ない道に進んでるような気もしますが……)
よーやくストーリーの先が見えたというか、序盤が理屈抜きだったんで、これから辻褄合わせに奔走しなければ(汗
というわけで、しばらく潜伏してきます。
代理人の感想
最後までそんな感じ? でも悪くは無かったかとも思います、今更デスが(笑)
ま〜、理屈抜きでも面白い物は面白いんですが、
理屈を上手く使ったほうがインパクトは強いのですよね。
まぁ諸刃の剣でもありますけど。(苦笑)
さて、注目したいのはなにやら勘違いしたままのイネスさん。
と、言っても現時点ではどう影響するかさっぱりさっぱりですが。