機動戦艦ナデシコ
ROSE
BLOOD
第10話
著 火真還
テニシアン島。
赤道直下の島で、所有者はクリムゾングループの一人娘、アクア・クリムゾン。
軍の用意した次なる任務は、そのテニシアン島に落ちた新型チューリップの調査、および回収です。
「海ですねぇ、ミナトさん」
「ふふ、メグミちゃんたら。
すっかりバカンス気分ねぇ」
お二人だけではなく、ブリッジ全員がそんな感じです。
「えへ、
アキト、可愛いって言ってくれるかなぁ?」
もう水着に着替えたところまで妄想が進んでいるらしい艦長が、ぽっと頬を赤く染めて呟きます。
「ゆりか……」
アオイ副長は、もぉ見てられないって表情で溜息。
「……任務にならんな、これは」
「まあまあゴートさん、そうおっしゃらず。
たまには宜しいですよ?
皆さんの心と身体をリフレッシュ。
福利厚生から見ても、多少の休憩を挿むのがベストかと思いまして」
プロスさんがちらりとエリナさんの方を見て言いましたが―――。
「もう、みんな遊ぶことばっかり!
遊んだ時間は、勤務時間外ですからね、そのつもりで!」
エリナさんの言葉には、慈悲とか慈愛とかが欠けているような気がします。
「「「ええ〜〜〜〜!!」」」
ま、どのみち暫くは仕事になりませんね、これは。
***
ナデシコ食堂、厨房の外。
「さて、ウリバタケ申請のラーメンのスープと麺はコレとコレ。
カキ氷用の氷もクーラーボックスに入れてあるからな。シロップはコレだ。
ウリバタケの屋台に積んどけ」
「うっス」
「……本気なんですね、ウリバタケ班長。
テニシアン島って無人島なんでしょう?
ナデシコの乗務員しかいないのに、屋台出す理由が……」
「無いよねぇ?」
「男のロマンってヤツらしい。
察してやれとは言わないが……そーゆーもんだと思って納得してくれ」
荷台に積み込むアキトの仕事ぶりを眺めつつ、ホウメイガールズにそう説明する。
……いや、俺だってウリバタケの言う男のロマンは理解できないんだが。
「コラ、お前達、バーベキューの材料の準備、出来てるのかい?
フィリス、ウリバタケの仕事が終わったんなら、手伝っておくれ。
こっちは普通に忙しいんだからね」
「「「「「はぁい」」」」」
「了解」
ホウメイ師匠に呼ばれて、俺たちは慌てて厨房に戻った。
***
「目的地、到達しました。
テニシアン島、上空」
「南の砂浜沖に着水して下さい!
先行上陸班、準備はよろしいですかー?」
『おう、何時でもいけるぜ!』
『こちら格納庫でぇす!
既に水着に着替えてま〜す!
皆さん、お先にね〜!!』
『野郎ども、カメラは持ったかぁ!』
『『『おお〜!』』』
『やれやれ、異様に盛り上がってるね、男子は』
―――せめて、調査の言葉の一つも出ないものでしょうか?
一度経験してるとはいえ、あまりの能天気さに呆然。
「目的のチューリップですが……」
「そんなのは後、後!
ルリちゃん、今日は遊ぶからねぇ!」
「はあ」
なんかもー、仕事する雰囲気じゃないですね。
ま、チューリップが稼動してないのは、前と変わらないから、大丈夫なのかな。
「ナデシコ、着水しました」
『よっしゃー、ハッチ開けろぉ!!』
『行くぜ、野郎ども!!』
『女子に負けるな〜!!』
歓声とともに飛び出してく先行上陸班の皆さん。
「あーん、
私も早く泳ぎた〜い!」
「僻まないの、メグミちゃん。
私達は最後ね。着水してブリッジからじゃ、一番遠いもの」
相転移エンジンの動力が待機レベルまで落ちるのを確認して、ミナトさんは立ち上がりました。
メグミさんは、これ以上待っていられないという様子でそわそわしてます。
「さぁて、行こうか、メグミちゃん!
ルリルリ、準備できてる〜?」
「出来てます」
私達は、既に水着に着替え済み。
上に制服を羽織ってますが、脱げば準備はOKです。
「艦長は……あはは、もう姿が見えないわねぇ」
「エリナさんも、プロスさんもいませんよ?
私達、最後ですね」
「いーのかしら、こんなことで」
―――良くは無いかもしれないけど、今更遅いです、ミナトさん。
私達を乗せたエレベータは、ゆっくりと格納庫へ。
格納庫の出口付近で、バーベキューの準備をしているらしい、ホウメイガールズとフィリスさんを発見しました。
「アキトさんはどうしたんですか?」
「ユリカに連れて行かれて、あのザマだ」
苦笑して、フィリスさんは外を振り返ります。
ユリカさんに手を引かれて、引きずられていくアキトさん。
「いいんですか?」
「かまわん。
力作業はもう終わっているから、アキトの出番は無い」
―――いえ、そーゆーわけでは無いんですけど。
気にならないんなら良いんですけどね、別に。
「あれ……泳がないんですか? フィリスさん」
メグミさんの質問に、
「バーベキューの準備もあるしな。
ああ、後は俺がやっとくから、お前達も遊んでくるといい」
ホウメイガールズの皆は顔を見合わせて―――。
「何、言ってるんですか!
私達がやっときますから、お姉さまはルリちゃん達といっしょに遊んできてください!」
「そうですよ、フィリスさん。
朝から、色々大変だったでしょう?
私達も、これが終わったらすぐ遊びますから」
―――ミカコさんが、フィリスさんを『お姉さま』扱い。
……むぅ。
「その『お姉さま』は止めろ、ミカコ。
まったく、何でこんな事言い出したんだ……?」
「まあまあ、フィリスさん。
ちょっとこのコ、アレですから」
「ちゃんと言い含めておきますから、気にしないでください〜」
―――アレってなんですか?
「そ、そうか……なら、いいんだが。
しかし、水着がな―――」
「私が買っておきました。
部屋に置いてありますよ?」
ぎょっと驚いた顔で私を見るフィリスさん。
「ルリ……謀ったな」
「何のコトでしょう?」
「―――はぁ、観念するか」
ガクリと頭を垂れて、居住区に戻ろうとするフィリスさんを追いかけます。
「ミナトさん、メグミさん、先に行ってて下さい。
フィリスお姉さんの準備を手伝ってきますので」
「はいはい」
「先に行ってるねー!」
微笑を洩らしながら、二人は先に浜に向かいました。
「仲いいわねぇ」
「ほーんと、ルリちゃん羨ましいなぁ」
「あら、フィリスがお姉さんだったら良かった?」
「あはは、そんな感じです」
―――とりあえず、部屋に戻ってきました。
私が買っておいた黒のワンピースの水着を手にとって、フィリスさんは溜息を一つ。
「……なんとなく承諾してしまったが、これで良いんだろうか」
「何がですか?」
「はっきり言って―――俺が……こーゆーことをするのは、"アリ"なのか?」
「……さあ。
私はフィリスさんのような経験は無いですから、そーゆー感情はさっぱり」
クールなフィリスさんの、普段の凛々しさとは違った、弱々しいギャップは、少し笑えます。
「顔を背けるなよ、ルリ。
……笑ってるんじゃないか?」
「まさか。
お姉さんを笑うなんて、そんな不遜なコト」
ブツブツと何かを言い訳しながら、フィリスさんは着替えはじめました。
「どーです? 水着、合いそうですか?」
「……後ろ向いてろ、ルリ。
む、なんというか……あれ?」
―――?
「……ちょっとこう、胸のあたりがキツイというか」
「マジですか!?」
ががああああん。
……16歳の私の胸囲より、大きいんでしょうか……。
ちょっと、いや、かなりショックです。
「……大丈夫か? ルリ」
「だ、大丈夫です、フィリスさん。
……ふふ、今から揉んでおけば、私も―――」
―――追いついて見せます、絶対。
***
ウリバタケさんの浜茶屋はぜんぜん賑わっていないようだった。
閑古鳥の鳴きそうな店の中で、捻り鉢巻のウリバタケさんが客の呼び込みをしてるようだけど……。
「さあ〜いらはい、いらはい。
温いジュースに溶けたカキ氷、延びたラーメンが自慢の浜茶屋だよ〜!」
―――それは、自慢じゃないと思うなぁ。
そんなコトを思いながらも、ユリカはテンカワ君に夢中だし(はぁ)、正直暇だった僕は興味本位で注文してみた。
「……ラーメン一つ」
「へい、ラーメン一丁!」
掛け声はともかく、煮えたぎるお湯に麺を放り込んで、
「だるまさんがころんだ、だるまさんがころんだ、だるまさんがころんだ〜」
ぜんぜん当てにならない時間の計り方をしながら、スープをどんぶりに入れて、茹で上がった麺を投入。
「へいおまち!」
ズルッ
一口食べて―――。
「……まずい」
「あったぼうよ!!」
―――うう、何で浜茶屋なんか出してるんですか、ウリバタケさん。
僕には、窺い知れない世界だった。
「待て、ルリ。
そんなに急ぐ事はないだろう」
「いつまでも躊躇ってないで、観念してください。
せっかく着替えたのに、勿体無いです」
―――あ、フィリスさんも着替えたのか。泳がないって言ってたのになぁ。
そんなコトを考えて、挨拶でもしに行こうと立ち上がると、ウリバタケさんに頭を押さえられて砂浜に押し付けられた。
ぶべっ
「ぷはっ! な、なにする―――」
「しー……」
口元に人差し指を立て、ウリバタケさんはメガネをギラリと光らせて、邪悪な笑みを浮かべた。
「声を立てるんじゃねぇぞ、ジュン。
ほら、これ持ってろ」
どさっ
これは……デジタルムービーの録画用ディスク?
―――なんでまた、こんなに大量に。
「付いて来い」
匍匐前進しながら、さながら蛇のような俊敏さでウリバタケさんは砂浜を進んでいく。カメラを構えたまま。
……不気味だ、ものすごく。
「このアングル! 恥らう乙女! 見ろジュン!
フィリスちゃんのあの表情!」
―――うわ……アレ、フィリスさんだよね!?
ルリちゃんの肩に手を置いて、隠れるようにして皆に近づいていくフィリスさんは、普段の凛々しい、不遜な態度を崩さない、いつもの彼女とは……違う。
胸の奥が、なんかこうむず痒いような、熱くて蕩けそうな―――。
「ククククク、萌えているのか、ジュンよ」
「な、……何をいってるんですか!」
「隠すこたぁないぜ。俺たちは皆、同じ穴のムジナさ。
あの神々しさの前には万物も平伏すであろう!
思う存分見るがいい、ジュンよ!
己の瞳と、このカメラに在るがままを焼き付けるのだ!!」
僕の手に予備のカメラを押し付けながらウリバタケさんは、ここで逃げ出しやがったらコロスみたいな視線を投げかけて来た。
震える手で、僕は、それを……。
***
「あれー……もしかして、フィリス?」
「わ、か、かわいい」
私たちに気づいたミナトさんとメグミさんが、驚いた様子で声をかけてきました。
フィリスさんの水着姿―――普段ストレートのまま手を入れていない髪を私と同じようなツインテールにして、白い肌に黒のワンピースという、我ながらナイスなコーディネイトです。
今は私の後ろで恥ずかしそうにモジモジしていますが、何時までもこうしているわけにはいきませんし、ココは一つ。
「日焼け止め塗りますから、そこに横になってください。フィリスお姉さん」
「……勘弁してくれ、ルリ。
そんなに泳ぐわけじゃないし、すぐ着替えるんだから―――」
「普通の人と違う貴方達の肌だって、紫外線に弱いことに変わりは無いわよ?
女の子ならなおのコト、深刻な問題でしょう、我慢しなさい」
イネスさんがフィリスさんをなだめ、
「ダメよ? フィリス。
せっかく綺麗な肌してるんだから、きちんとケアしないとね。
ほらほら、横になって」
ミナトさんにここまで言われては反論も出来ません。
「ほら、ルリちゃんも、私が塗ってあげる」
「……お願いします」
―――フィリスお姉さんには私が塗りたかったんですが。
……ま、いいか。
***
ゴクッ
「おお……奇跡だ。
あのフィリスちゃんが、されるがままになっているとわ……。
見てるか、ジュンよ。
我々フィリス&ルリちゃんファンクラブの会報を彩るにふさわしい情景じゃねぇか」
「ふ、ファンクラブまで作ってたんですか!?」
「あたぼうよ。
現在の会員総数199人、週一回発行される会報はフルカラー、8ページ12枚に及ぶベストショット、6ページにわたる会員達の熱き雄叫びは、ナデシコがある限り消え去る事はねぇ。
どうだ、お前も一つ、会員になってみねぇか?
今なら200番特別記念で、全てのバックナンバーをプレゼントするぞ」
「…………」
―――あああああああああ!
そんな、フィリスさんは尊敬する人で、決してやましい事なんか、そうだ、たぶんユリカに何か言われそうな気がするし、でも、バックナンバー全てが手に入るならお得のような……違う!
そーゆーことでは無くて……。
「で、どうするのかなー?
ジュン君は」
「悩んでる、悩んでる」
「落ちるのも時間の問題だな……って、違うだろ!
ウリバタケ!
数々の悪事、天が許してもオレが許さねぇ、おとなしくお縄を頂戴しろ!!」
「ぬおっ、何時の間に!?
ぐぇぇえぇぇ!!!」
背後に忍び寄っていたリョーコさんが、ウリバタケさんに圧し掛かってカメラを取り上げた。
見れば、ヒカルさんとイズミさんも、両手一杯にカメラを抱えている。
「盗撮取り締まり警備中でぇす。
ウリピーの命令であっちこっちに潜伏している整備班有志を探索中なんだよ。
ちゃんと言えば撮らせてあげるのに、草むらから隠しショットを狙うのはねぇ?」
「全て没収。
女性陣のチェック後、返還する事になってるの」
…………。
「あまり誉められたコトじゃないよ?
ウリピーの誘いは特にね」
「僕は、僕は……」
「そのカメラで盗撮?」
「僕は、そんなつもりで覗いてたわけじゃ……!」
「覗いてたんだろ?」
「う、うわああああ、ごめんなさあああああい!!!!」
あまりのショックに、僕はその場を逃げ出していた。
―――ああ、僕のイメージがぁ……!
「……言いすぎだよ、リョーコ。
あれは、どー考えても巻き込まれたんだと思うよ?
ねぇ、ウリピー?」
「まぁな、俺が誘ったに決まってんだろ」
「自分で白状するか、こいつは……」
「嘘はつかねぇ性分なのサ」
「「「自慢するな」」」
***
ザザーーーーン
ぼー……。
ユリカに誘われて、ビーチバレー、西瓜割り、遠泳を楽しんだ後、休憩してたんだけど……。
「うう〜ん、アキト〜」
「はいはい……」
俺に膝枕させて、ユリカはすっかり眠ってしまっている。
……動けない。
アカツキには冷やかされるし、ガイは泳ぎに行ったまま帰ってこないし、リョーコちゃん達は何か用事があるとかで茂みの方に入っていったまま。
―――俺、何やってるんだろ……。
体を鍛え始めて、改めてフィリスさんの実力に驚かされている。
肉体を使った格闘訓練。
エステバリスの操縦訓練。
コックとしての実力。
俺は、まだまだ彼女の足元にも及ばない。
頑張っているつもりだけれど、まだ……どこかで甘えているのだと思う。
フィリスさんは、俺を―――パイロットとして成長させてくれようとしている。彼女がいなかったら、俺はコックも中途半端のまま、もしナデシコに乗ってもパイロットとして戦っていけただろうか。
それは、考えたくも無いことだった。
これが、甘えなのか。
それを克服しないと、先に進めないのだろうか。
―――ナデシコを守ること。この場所を無くさないこと。ブラックサレナに乗って、皆を守る盾となること。
……それが、俺の今の気持ち。フィリスさんに導かれて、何時の間にかそうなっていたけれど。
多分、変わらない誓い。
「あら、お邪魔だったみたいね」
ムネタケ提督が、人気の無いこちらの海岸を歩いてきていた。一人、散歩していたらしい。
「―――いえ、そんな」
「艦長も、アナタの前では無邪気なものなのね。……とても士官学校で主席だったとは思えないわ」
なんとなく、話し相手を探していたのか、ムネタケ提督は隣に腰を降ろした。
「はあ、俺からすると、コイツが主席ってほうがびっくりなんスけど」
「まったく、ナデシコは変わってるわ。
軍属になっても、雰囲気はほとんど変わらない。まあ、軍服を着てないせいもあるんでしょうけどね」
「やっぱ、軍服変わると、気持ちも変わっちゃうもんスか?」
……ムネタケ提督は、少し海を眺めやって、口を開いた。
「階級が上になればなる程、平和を守る為に戦いたいなんて想いは無くなって行くの。
派閥争い、足の引っ張り合い、権力の行使、……嫌でも、巻き込まれるのよ」
―――疲れきった表情。
不意に、フクベ提督の言っていた言葉の意味を理解する。
「フクベ提督に、言われたんスけど。
自分の大切なものを守る為なら、気持ちは変わらないんじゃ……」
「私が守らなければならないのは、今の自分の地位だけよ。
父の顔に泥を塗らない程度にね」
「父?」
「立派な将校よ。連合宇宙軍参謀ムネタケ・ヨシサダ」
「はぁ……」
―――立派な父親。
もし自分の父親が生きていたら、俺はその後を継いだのだろうか?
……?
不意に、後ろに気配を感じて、さりげなく後ろを見た。
―――フィリスさん?
思わず口に出しそうになって、気づかない振りをしろとジェスチャーしているのに気づく。
俺は、目で頷いた。
「子供のときから、尊敬する父の後を追って、軍に入るって決めていたわ。
でも、士官学校では……色々と失望させられた。外から見る部分と、中から見る部分の違いにね。
士官になって戦っていても、それはもう平和の為の戦いではなかったの。
同期の人間に蹴落とされないように必死に地位にしがみついて。
傍から見れば滑稽だったでしょうね。
ナデシコに乗ったのも、出向とはいえ―――軍にしてみれば体のいい厄介払いだったのかもしれない。
ワタシは、あまり優秀な将校じゃなかったから」
「…………」
フィリスさんが口を開いた。
「……それはまだ、決まったワケじゃないだろう。
これから変えていけば良いことだ。おまえ自身がな」
提督は、驚いて腰を浮かせた後、そのまま座り込んでしまった。フィリスさんに背を向けるようにして。
「バーベキューの準備が出来たからな。
お前達を呼びに来たんだが……まさか提督がアキトに愚痴をこぼしているとは思わなかった」
「悪かったわね……貴方に会ってから、ワタシの人生狂いっぱなしだわ。
……ワタシを笑いに来たの?」
自嘲して、そう呟く提督に、フィリスさんは―――。
「俺を失望させるな、ムネタケ。
俺は権力争いにしか興味の無いバカな軍人は嫌いだが、人々の平和の為に戦っている軍人は嫌いじゃない。
その軍人が、今の地位を失うとしてもな」
「…………」
「お前の父親は、権力欲しさに参謀になったのか?
他人に命令するのが楽しくて仕方が無い人間なのか?」
「ち、違うわ!」
提督は、父親の誹謗とも取れる言葉に反論しようとして、フィリスさんの視線を受け止めた。
「父は立派なのよ!
部下にも慕われているし、戦歴も、実績も申し分なし!
ワタシなんかとは違うのよ!」
「……だったら、問題ないな。
お前が軍規に違反したとしても、それが人として正しい選択なら、父親は理解してくれる。
表面上は渋い顔をしても、心の中では喜んでくれるさ。
―――それも分からない父親だったら、こっちから絶縁状を叩きつけてやれ。
お前は、父親の道具じゃないんだからな」
憑き物が落ちたかのように、提督は何度もフィリスさんの言葉を反芻して……口元を引き締めた。
「ワタシを焚きつけて……どういうつもり?
貴方の得になるようなコトなのかしら」
「分からないか?
ナデシコに乗る以上、俺たちは一蓮托生。戦いも、生活も、すべてナデシコの中だ。
だったら、一人で孤立しているより、皆に打ち解けて楽しんだ方がいいじゃないか。
ナデシコは―――普通の戦艦じゃない。お前も気がついているようにな。
バカな事もするが、決して―――間違いはしない。
俺が居る限り、そんなことはさせない」
「「…………」」
俺の膝の上で、寝ていたはずのユリカがむくりと起き上がった。状況を把握してないのか、
「……お腹がすいたよ〜。
アキト、バーベキュー食べに行こう!
早くしないと無くなっちゃう!」
「あ、ああ」
ユリカに手を捕まれたまま、引っ張られる。
「ちゃんと取ってもらってるから、心配するな」
「は〜い!」
フィリスさんの声を背に受けて、俺たちはバーベキュー会場に急いだ。
「行くぞ、ムネタケ。
皆が待ってる」
「……ええ」
***
バーベキュー会場と化した砂浜で、私達は遅い昼食を取り始めました。
「美味い、美味いぜフィリスさん!
この串焼き、べらぼうに美味い!!」
「へー、オレにも一本くれよ。
この焼けてるやつ」
「だー、それはダァメ!
自分の分は自分で育てろ!」
「ケチケチすんなって……そらっ!!」
「あああああ!
俺の大事な串焼きを!」
「スキがあり過ぎだよ、ガイ君」
「その腕じゃリョーコは止められないね」
―――何を競い合ってるんだか。
「あら、本当においしいわね。
これ全部、フィリスが用意したの?」
「ホウメイガールズと、アキトに手伝ってもらった。
こーゆーのも、たまには良いだろう?」
「ええ、そうね」
エリナさんが結構打ち解けた感じでフィリスさんと話しています。
やっぱり、ボソンジャンプの研究が進むのが嬉しいのかな?
「それにしても……そのカッコ、どうにかならないかな、フィリス君。
いや、嬉しいんだけどね?
正直、向こうで眺めている整備班連中の視線が怖いんだけど」
アカツキさんが心配するのも無理は無いのかも。
水着の上にチェック柄のエプロンをつけて、せっせと調理を続けているフィリスさんは、なんというか―――。
「着替える暇が無かったんだ。
提督と話してたからな」
「……愚痴を聞かれただけよ。
16歳のムスメに説教されるとは思わなかったわ」
焼けた海老の殻を剥きながら、ムネタケ提督は苦笑を洩らしました。
「おや、フィリスさんを見た目で判断してはいけませんな、ムネタケ提督。
ゴートさんでも、フィリスさんには勝てる気がしないと言っておりますし」
「へー、本当かいゴート君」
驚いた顔でアカツキさんが目を丸くしました。
「はあ、体格では私が勝ってますが、戦闘技術となると、どうも」
「一瞬でケリがつく戦いなら、負けるつもりはない。
掴み合い、寝技に持ち込まれると、明らかに俺の負けだろうがな」
「……素直に掴ませてくれるとは思えないんだが」
むっつりとゴートさんは焼肉を頬張りました。
「あー、俺が育ててたやつ……」
アキトさんが箸を手にしたまま硬直。
「私のあげるから、ほら」
ユリカさんが甲斐甲斐しく、肉をアキトさんの皿に乗せましたが―――。
「ユリカ、まだ生だぞ、ソレ」
「え、あれ?
わっ、後ろが焼けてなかったよ〜、あはは!」
流石です、ユリカさん。……私の期待を裏切りません。
ぴー、ぴー、ぴー!
私のコミュニケに着信。
「オモイカネ、どうしたの?」
『新型チューリップを覆っていたバリアが解かれました。
チューリップが起動する可能性、90%』
目の前にメッセージが出現。
皆が、息を飲みます。しかし、フィリスさんは不敵に笑みを浮かべ、
「始まったな。
総員、バーベキューは中断!
仕事の時間だ!」
「「「「「了解!」」」」」
―――戦闘が、始まります。
***
「ルリちゃん、敵の規模は!?」
「新型チューリップ、内部より破壊。
敵機動兵器、一機出現」
「へ?」
―――モニターには一機のバッタが映っているだけ。
「ただ、大きさが通常の20倍はあります。
飛行能力を持たないバッタ・タイプのようで、現在のんびりと稼動中……あ」
重要なことを忘れてました。
アオイ副長、ひょっとしてクリムゾンの別荘に居るんじゃ……。
「忘れてた」
私の懸念に気づいたのか、フィリスさんがぽんっと手のひらを叩いて、
「クリムゾンの別荘をスキャンしろ、ルリ。
避難しなければならない人物は、居るか?」
「……居ます。
一人はアクア・クリムゾン当人。
もう一人は、アオイ副長です」
「「「はあ?」」」
「早急に救助したほうがいいです。
バッタの進路上に、別荘がありますので」
「それは大変!
フィリスちゃん!」
「エステバリス隊、目標は今そちらに送った通りだ。
えーと……ヒカル、イズミはアクア・クリムゾン、及びジュンを保護。
アクア・クリムゾンは戦闘地域から避難させろ。
ジュンは連れて帰るように。
残りは、フィールドランサーによるディストーションフィールドの破壊後、対地迎撃ミサイルで目標を殲滅」
『『『『『『了解!』』』』』』
次々にエステバリスが出撃していきます。
「……ナデシコ、動かさなくてもいいんじゃない?
ひょっとして」
「みたいですねぇ」
ユリカさんは、ミナトさんとメグミさんの意見に頷きました。
「ここは、エステバリス隊の皆さんに任せましょう!
頑張って、アキト!!」
***
「なんでジュンが?」
『そーいや、アレから見なかったなー』
『帰るに帰れなかったんじゃないかなぁ。
あれだけ虐めればねぇ?』
『止めさしたのリョーコだからね。
私ら煽ってただけ』
『てめぇらズッコイぞ!
オレだけ悪者かよ、クソ!』
『何の話だい? リョーコ君』
『なんでもねぇ!
副長は任せたからな、ヒカル、イズミ!
行くぜ、テンカワ、ヤマダ、ロンゲ!!』
『俺はガイだっつーのに……』
『なんで僕だけロンゲ?
せめて名前で呼んでくれないかなぁ』
しーん。
―――リョーコちゃんから返事が無いってことは、改めるつもりは無いってコトだよな……。
そういえば、ガイって呼ぶの、俺とフィリスさんとヒカルちゃんぐらい?
……ヤマダで統一した方が良いんだろうか?
そんなことを考えていると、目標のバッタが見えてきた。
『『でかっ!』』
『フフン、相手にとって不足なし!
行くぜっ、フィールドランサー!』
巨大バッタの展開するディストーションフィールドを中和して、スバル機が飛び込んでいく……けど。
そのバッタの背中がぱっくりと割れ、中から夥(おびただ)しい数のミサイルが打ち出された。
シュババババババッ!!
『うわわわわわわわ!?』
『リョーコのアホー!』
『死んだら恨むよ、リョーコ!』
『うお、来るなっ!』
『洒落にならないね、まったく!』
四方八方、無差別に打ち出されたミサイルを俺たちは必死で避ける。
『背中のミサイル発射孔を狙うんだ!
あそこが誘爆すれば、敵は自滅するんじゃないかな!?』
『ナイスアイデアだロンゲ!!
もう一回行くぜ、ヤマダ、そっちのフィールドランサーは!?』
『…………』
『ヤマダァ!
寝てんのか、コラァ!!』
『…………』
むっつり顔のガイ。
―――ひょっとして。
「ガイって呼ばれるまで黙ってるつもりなのか……?」
『…………』
無言で頷くガイ。……子供か、お前。
『……わかった、わかったよ!
行くぞ、ガイ!
お前が先行してフィールドを破ってくれ!
オレたちが後ろからミサイルを打ち込む!!』
『まかせろっ!!!』
俄然やる気を出して突っ込むガイ。
『『『……ハァ』』』
俺たちは溜息をついてその後を追った。
***
『バッタ退治終了したぜー!』
『ジュン君確保ー!』
『アクア・クリムゾン、特に避難の必要はないって突っぱねられたわ。
以上』
「ご苦労様でしたー!」
「メグミちゃん、一次戦闘配備解除よろしく」
頷いて、メグミさんは艦内放送に切り替え、
「一次戦闘配備、解除されました。
皆さん、ご苦労様!」
ふう、―――戦闘は、終わりました。
任務完了、ナデシコは次の軍の指令を待ちます。ということで―――。
「バーベキューの続きだよね!
皆さん、会場に集合!」
……いえ、良いんですけどね。
結局私たちは、日が落ちるまでテニシアン島から動きませんでした。
えーと、解説。
ルリちゃんとウリバタケ氏と某ムネタケが頑張ってます。それぞれの立場から。(方向はともかく)
ジュンが一人で不幸を背負っているのは……お約束ということで。でも、それほど酷くは無いよね? これくらいなら。
アクア嬢を出せなかったのが心残りというか、出さなくてよかったというか。(アクアの性格なんぞ忘れてるしなぁ……)
TV版準拠と再三言っている俺ですが、ムネタケの改心、ネルガルとの癒着(?)で、後半のシナリオが思いっきり不透明です。はっはっは。
いえ、最後のシーンとかは決まってるんですけどね。そこまでが異様に遠いですな。
……あ、それといつも読んでくれている皆さん。
今週は1話のみでした。11話自体は半分以上書き上げてるので、来週には……なんとか。(仕事がちょっとね……)
作品の質が下がってないか心配な作者でした。
代理人の感想
When have a on the vacance is gone, long time percy…♪
When have a on the vacance is gone, long time ago…♪
ああ、夏休みはどこへ行った(爆死)。
ま〜、それはさておき活躍してるのは確かにジュンやらムネタケやらなんですが、
リョーコやガイもなかなかキャラが立ってますね。
特に「ガイと呼ばれるまで返事をしない」くだりなど大笑いしました(笑)。