機動戦艦ナデシコ
ROSE BLOOD

第11話

著 火真還




 ナデシコブリッジ。


 ムネタケ提督がブリッジインしました。


「詳しい資料が届いたわよ。

 ホシノルリ、ワタシの共有ディクショナリーを開いて」

「はい。

 ……これですね。連合陸軍によるクルスク工業地帯戦況報告書1〜3」

「そうよ、開いてみて頂戴。

 過去の戦況から敵の新兵器の詳細が掴めれば、おのずと敵の弱点も分かるはずよ」

「なるほど、流石は提督。

 こういった情報が手に入るのは貴方だけですから、非常に助かります」


 プロスさんが誉めると、提督は言葉を濁して、


「た、頼まれただけよ」

「いえいえ、ご謙遜を。

 知っていても実行しなければ、結果は変わりませんからねぇ」


 次々にモニターに映し出される戦歴。


「連合陸軍第7機動部隊は、敵新兵器までの行軍中に、ヤドカリに占拠された『戦車大隊』に遭遇し、敗北。

 作戦は連合空軍第5空挺部隊に譲渡されましたが、戦闘空域前でバッタとの格闘戦に入り、現地まで到達は不可能と判断。

 遂には連合宇宙軍による殲滅へと作戦権限が移りましたが、どの艦隊もこれといった決定打を持たないということで、拒否権の無い第13独立艦隊ナデシコに白羽の矢が立ちました」


 ぽかーん。

 と、私の説明を聞いていたブリッジの皆は、モニターに映った散々な結果を見てます。


「耳が痛いわね、ホシノルリ。

 でも、そのとおりよ。

 連合軍はまだ新兵器ナナフシの性能を把握していない。

 でも、衛星軌道上からのデジタル映像から、ある程度の推測はしているわ。

 巨大なレールカノンを内蔵した、砲台ではないかというのが研究者の意見だけど……」


「それが本当なら、ナデシコのディストーションフィールドも危ういわね。

 迂闊に近づくのは危険かもしれない……」


 イネスさんは冷静にそう判断しました。


「それって、ナデシコは戦闘に参加できないってコト?」

「そうは言ってないわ。

 可能性として、レールカノンの威力を過小評価しないだけよ」


 ミナトさんにそう答えて、肩を竦めます。



 黙ったまま皆の話を聞いていた艦長は、


「……ナデシコは、山を遮蔽物にして出来る限り接近。そこから少数エステバリス隊にてナナフシを撃破します!」


「ふむ、いい作戦ですな、艦長」

「むう」


「というわけで、エステバリス隊の作戦指揮、フィリスちゃん……は、何処?」

「今日はコックの筈です。

 ……呼びますか?」


 私がそう言うと、

 
「あー、うん、今はいいよ。

 まだ目的ポイントまで時間もあるし―――」

「私が説明しておきます」

「お願いね、ルリちゃん」



 問題は……ナナフシの射程ですね。

 重力波レールガンはディストーションフィールドを貫いてしまいます。

 どこまでがナナフシの捕捉範囲なのか、前回と接近ルートが違うので、まったく分かりませんし。




 ***




「……というわけです」


 注文したチキンライスを受け取りながら、私はブリッジの決定を伝えました。


「―――確かに、恐ろしい攻撃だからな、重力波レールガンは。

 まてよ? ……初弾さえ回避できればグラビティブラストで倒せるんじゃないのか? ひょっとして」


「はあ、可能性は無くはないですけど。

 初弾を避けるのは多分無理です。

 ナデシコの旋回性能では、ナナフシの攻撃を感知した時点で回避を行っても間に合いません」


「……厄介だな。なるべく被害の無いところに逸らすのが精一杯か。

 いや、僥倖と取るべきかな」


「どうしてですか?」


 フィリスさんはニヤリと笑って、


「作戦にブラックサレナを投入する。

 時期相応とは言い難いが、なるべくアキトはあの機動に慣れたほうがいい」



 ―――確かに、装甲自体に追加バッテリーを持つブラックサレナなら、低空飛行での単独進攻で、ナナフシを倒せるかもしれません。

 でも―――。

 

「アキトさんに出来ますか?

 難しい任務だと思いますけど」

 
「耐Gスーツはウリバタケに作ってもらってる。

 それに、高機動ユニットがないから、操作不能になるようなスピードは出せない。

 大体、懐に入ってしまえば、ナナフシ自体はそれほど攻撃力がある敵じゃないんだ。

 なんとかさせるさ」


「そーですか」


 ―――フィリスさんがそう言うのなら大丈夫だろうけど……心配です。




 ***



 
 深夜の訓練室。


 アカツキにシミュレーターの相手として誘われて、俺はアサルトピットに入った。


「どうしたんだよ、こんな時間に」


「こんな時間だからさ。

 邪魔が入らないのはリョーコ君らが眠ってる今くらいしかないからねぇ」


 機体(テンカワSpl)を選択、話をするのに格闘戦をする理由は何なんだろうと思いながら、シミュレーターを作動させた。

 IFS接続―――システムチェックOK。

 月面に、ピンクのエステバリスが出現する。


「何が聞きたいんだよ」


「君と艦長のコトさ。

 艦長はずいぶん君にご執着じゃないか? なかなかいい雰囲気だと思うけどね」


 一瞬、捕捉した青いアカツキ機は軽く銃撃を加えて、隠れてしまった。

 一方的に狙われるのも気分が悪いので、俺も遮蔽物に身を隠してレーダー探査に専念する。


「……あれは、ユリカが」


「嫌な気分でもないんだろう?

 ここしばらく、君の動向をチェックさせてもらったけどね。

 フィリス君の事は僕に任せて、君は艦長と付き合ったらどうだい?


 ―――後ろ!

 左に旋回し、撃ち込まれる銃弾をやり過ごす。遮蔽物に隠れて、迎撃しようと思った時には既に青い機体は無い。


「…………」

「遅いよ。

 その程度の腕で、フィリス君の期待に答えられるのかい?」


 上か! ライフルを上に構えるが、射軸の通らない位置から体当たりを食らった。


 ゴガッ!!
 

 もつれ合う中、ナイフを引き抜いての格闘戦になる。



「彼女は、君に強くなって欲しいみたいだけどね。

 ―――どうせ、その為の訓練をしてもらってるだけなんだろう?

 師匠と弟子。

 いいじゃないか、ビジネスライクな考えで。

 師匠のプライベートは、君には関係ないんだからさ」


「……!」


 膝蹴りを食らって、アサルトピットが振動した。

 ―――これ以上、好きにさせるかぁ!!


 ナイフを握り締めて、瞬間的な旋回。

 ―――木連式抜刀術

 肉体に教え込まれた技が、青いエステバリスの右の二の腕を断ち切った。



「そうやって君は、フィリス君の技を受け継いでいく。

 素晴らしいよ。

 立派な『弟子』だ。

 ―――でも、彼女の男としては、どうなんだろうね?」


 残った左手でライフルを拾い上げると、アカツキ機はまた遮蔽物に隠れる。



「ちょっとは期待してたんだろう?

 フィリス君に誉めてもらって、男として認めてもらって。

 それで君はどうしたいのかな?

 彼女を抱きたい?

 それとも、愛を囁きたいのかな?」


「―――そんな挑発!」



 アカツキ機を追いかけた俺は、出力を最大にして追いすがる。

 ウリバタケさんの暫定カスタマイズとの違いを、教えてやる!



「答えられないよねぇ、今の君には。

 自分の気持ちさえハッキリできないヤツに、僕も負けるわけには行かないんだよ!」



 機体と機体がぶつかり合う。至近距離からライフルの銃弾を食らう代わりに、俺のナイフもアサルトピットに突き刺さっていた。

 イエロー、レッドゾーンをあっという間に過ぎて爆発するテンカワSpl。


 ―――相打ち、か。


 ぐったりとシートに身体を預ける。


 先にアサルトピットを降りたアカツキは、


「ちょっと汗をかいちゃったな……。

 どうだい、テンカワ君。風呂でもいかないか?」


「……いい」


「そうかい。

 じゃ、お先」


 アサルトピットから降りることも出来ないまま、俺は俯いていた。



 フィリスさんは―――俺を鍛えてくれている。

 でも、それだけなんだろうか?

 師匠としてのあの人を追い抜ける日が来るなんて信じられないけど、もしそうなったら、この関係は―――無くなってしまう。

 フィリスさんが俺の前から居なくなってしまう?


 ―――それは、きっと酷い悪夢に違いない。




 ***




 ナデシコブリッジ。



「よし、目的地に到着!

 さっそく―――」


 艦長の言葉を遮るようにして私は叫びました。


「ナナフシ、こちらを狙っています。

 レールカノン、発射!」


「「「えええ!?」」」


「大丈夫よ、山が―――」


 イネスさんがそう言いますが、

 信じられないことに、山頂部を爆縮させながら、黒い渦がナデシコを掠って行きました。


「相転移エンジンに被弾。

 第16ブロック閉鎖。

 推力を維持できません、墜落します」


「あらら、下は戦車大隊が居るんじゃなかったけ?」

「そんなノンキなこと言ってる場合じゃないですよう!

 皆さん、身体を何かに固定してください!」


 メグミさんが艦内放送で必死に呼びかけます。


 ズズズ〜〜〜〜〜ン!



「状況は!?」


「ナナフシ、次弾発射は―――まだです。

 時間がかかるのかもしれません」


「今のは重力波レールガンだわ……。ナデシコが沈まなかったのは奇跡ね」


 イネスさんが冷や汗を拭いながら説明します。


「重力波レールガン……ですか?」


「マイクロ・ブラックホール砲とでも言ったほうが分かりやすいかしら。

 つまり―――進路上にあるもの全てを吸収、破壊するワケ」


「そんな……じゃあ、次弾でナデシコは……!」


「次の攻撃で沈むわね、はっきり言って。

 しかも、さっきは空中に向けて発射したから大気圏を抜けて蒸発したけど、今度は違う。

 地上に向けて発射されたマイクロ・ブラックホールは、大気圏内で蒸発し、膨大な放射能と熱量を撒き散らしてこの辺り一帯、焦土にするわ。

 幸い、ブラックホールを生成するのにかなり時間を要するみたいだけど。

 ……ホシノルリ、私はナナフシの情報から次弾発射の時間を調べるからオモイカネの一部を貸して」


「はい」


 慌しくイネスさんはブリッジを後にしました。


『こちらエンジンルーム、ウリバタケだ!

 相転移エンジンは片肺しか生きてねぇ。

 核パルスユニットも調子が落ちちまって、出力があがらねぇんだ』


「修理にはどれ位、時間がかかりますか!?」


『……正直、直るとは思えねぇ。

 メーカー修理もんだぞ、本当なら。

 何とか飛べるようにはするけどよ……12時間はかかる』


「核パルスユニットだけでは?」


バッカヤロウ!!

 ……いや、すまねぇ。艦長に怒鳴ってもしょうがねぇな。

 ―――相転移エンジンのほうはどうしようもねぇんだよ。

 端から核パルスユニットの修理時間だ』


 つまり、12時間は動けないということ。

 それでは、完全にこちらが狙い打ちされてしまいます。



『こちら格納庫。

 ナナフシ殲滅作戦を伝える。

 ナデシコを包囲する戦車大隊はアキト以外の全員で防衛線を張り、アキトは単独でナナフシを殲滅させる』


「ええ!

 アキト一人に行かせるんですかぁ!?」


『その為に、テンカワSplはブラックサレナに換装した。

 追加バッテリーだけで十分に作戦は可能だ。装甲も厚いしな。

 武器はハンドカノンとレールガンを持たせるから十分に殲滅できる』



「……それに賭けるしかないわね、艦長」


 提督の言葉を受けて、艦長は頷きました。


「分かりました!

 早速、出撃をお願いします!」




 ***



 ―――黒い機体。エステを圧倒する8メートルの巨体が、俺を威圧するかのように沈黙している。


「アキト、作戦内容は頭に叩き込んだな?

 イネスの計算だと明朝5時頃がリミットだ。

 この任務、失敗だけは許されん。最悪体当たりしてでもナナフシを倒せ。

 それだけの剛性を、この機体は持ち合わせている」


「はい!」


 ―――まだ、迷いはあった。

 俺がフィリスさんの望む結果を生み出せば、その分、今の時間は少なくなってしまう……。


 いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない!



「行きます!」


 耐Gスーツ越しにフィリスさんの顔を伺う。

 彼女が頷くのを見て、俺は安心できた。



 アサルトピットに潜り込み、IFSを阻害しないという手袋をした右手をコネクタに置く。

 IFS接続―――システム起動。


 『サレナモード、オン。

  武装、ハンドカノン×1。レールガン×1。バルカン×2。アンカークロー。

  ……チェック完了。

  出撃可能』


 ―――よし。


「行くぞ、ブラックサレナ!」


 『了解』


 ブラックサレナは格納庫を出ると、凶悪な加速で移動を開始した。




 ***




 ……行ったか。


『フィリスさん、戦車大隊を捕捉しました。

 20分後にナデシコ重力波リンク圏内まで到達します』


「こっちも大変だな。

 わかった、俺もブリッジに上がる。


 ガイ、リョーコ、ヒカル、イズミ、アカツキ。

 今回の任務にフィールドランサーもレールガンも必要ない。

 ディストーションフィールドアタックもなるべく自粛してくれ。

 相転移エンジンはほとんど艦内のシステムを運行するのが精一杯だ。

 ミサイルランチャーとラピッドライフルのみの武装でいい。その分、数を倒すことを優先しろ。

 それと、もう一つ。

 戦車大隊は火力だけを見るなら大した事はない。

 俺たちの敵は時間だ。

 気を張り詰めすぎるなよ。つまらんミスで被弾することがないように」


「「「「「了解!」」」」」



 

 ―――ブリッジに上がる。


 扉を開けた瞬間、後悔した。

 軍服を纏った女性たちが、こちらに振り返ったのだ。


「あ、フィリスちゃん、ビシ!」


 軍隊式の敬礼をするユリカに一瞥をくれて、

 黙ったまま回れ右しようとする。


「ええ〜、そんなぁ」

「あははは、受けなかったねぇ、艦長」

「んもう、だから止めましょうって言ったのに……」

「ノリノリだったじゃないの、貴方」

「バカばっか」


 ユリカ、ミナト、メグミ、エリナまで……。

 ルリは鎧武者姿……? どこにそんな衣装があったんだ?


「ウリバタケさんの提供です。

 作戦にふさわしい服装と、士気を高める為だそうですよ?」


「何だ、それわ……」


「フィリスちゃんも着る?」


 ユリカの誘いに首を横に振る。

 ―――勘弁してくれ。偽らざる俺の感情である。


「誰も止めなかったのか……?」


 しーん。


「「「「…………」」」」


 ジュン、プロス、ゴート、ムネタケ。

 誰も視線を合わそうとしない。……お前ら、それで誤魔化してるつもりか?



「まあまあ、そう怒らないで。

 フィリスも着替えてみれば判るわよ?」

「けっこう、雰囲気って大事ですよね?」

「な、やめ、こらっ!」


 ミナトとメグミが俺の腕を引っ張って行く。


「俺まで巻き込むな〜〜〜〜〜!!」




 ***




 山岳地帯を迂回して、ブラックサレナは飛ぶ。


 ―――正直、身体が強張っている。加速に身体が押し付けられ、身動きが出来ないからだ。

 耐Gスーツが無ければとっくに気絶している。


 『敵襲。

  進路右に熱源反応あり。無人戦車×5』


 レーダーに映る機影。

 旧式の機動兵器って話だけど……。


「―――どうする!?」


 『目標外戦力。

  破壊は無意味』


 迷っている間に、銃撃が加えられる。しかし、ブラックサレナの装甲は全てを弾き返した。


「すげぇ……」


 『エンゲージ』


 交戦可能な領域に入り込んだ。

 こうなったら倒したほうが早い。


 左手のグリップ、トリガーに指をかける。

 ハンドカノンとレールガンで戦車に銃撃を叩き込む。ほぼ一撃で吹き飛ぶ敵。


 ―――いける、いけるじゃないか!



 俺は夢中になって敵を蹴散らし、先に進んだ。




 ***




『ち、弾切れか!』

『交代〜! 交代してぇ〜!!』

『こっちも限界。

 休憩したいんだけど』


『よし、次は俺達だぜ! 行くぞ、アカツキ!』

『ハイハイ、せいぜい相手をしようか』



 ―――エステバリス隊は、2班に分かれて定期的に交代しながら防衛線を維持しています。


「リューコさん、ヒカルさん、イズミさん、お疲れ様です! ビシ!」

「お疲れ様〜!」

「整備班によるメンテ開始します、休憩してくださぁい」


『シャワー浴びて来るわ』

『あ、オレも』

『同じく〜』


 流石に疲労が溜まっているみたいですね。



「ブラックサレナの状況は?」


「レーダー範囲からは消失。

 一応、順調と見ていいんでしょうか?」


 フィリスさんにそう説明して、


「ところで、着心地はいかがです? そのメイド服。

 なかなか似合ってると思いますけど」


 ウリバタケ印のコスプレ衣装、軍服がもう無かったので、何故かフィリスさんのサイズにぴったりだったメイド服を着用してもらっています。

 皆には結構好評みたい。


「……ほほう、それを聞くか、お前が」


 ―――怒ってるなぁ。

 素直に褒めたんですけど、逆効果だったかな?


似合っているのと、俺が感じている羞恥は別だ!

 ……着替えてくる!」


 ブリッジを出て行こうとしますが、


「フィリスさん、ココは一つ我慢してください。

 貴方がその格好でいると、なんと整備班の働きが1.5倍の効率で作業が進むんですよ。

 これは実に興味深い、いえ、多大な支援効果だと思いますよ」


「うむ、実に効果的だ」


 ……口がうまいですね、プロスさん、ゴートさん。

 その説得に、フィリスさんは足を止めました。


 葛藤。長い時間をかけて―――。


「く……今回限りだからな!

 二度は、やらん!」



 ―――いい加減、諦めればいいのに。

 とは思いましたけど、口には出しません。今挑発するのは自殺行為ですから。 




 ***




 見えてきた、工場跡に鎮座しているナナフシの巨体が。


 時計は4時を回っている。大丈夫だ、時間はある―――。

 もっとも、それが実際にナナフシの次射に間に合う時間なのかと言われたら、躊躇してしまうけど。



 『後方より、大型戦車が再び接近中』


「またか! ちっ、しつこい―――!」


 ―――途中、現れたバケモノのような戦車。砲台を複数持ち、装甲が厚い。

 流石に相手にするには時間がかかりすぎるから、戦闘を回避したんだけど……。



「お前と遊んでいる暇は、ないんだ!」


 レールガンでキャタピラを狙うが、そう簡単には当たらない。自分の命中率の低さに苛立つ。

 次第に焦燥が感情を支配していく。

 ―――コイツを倒すのが先か、ナナフシを止めるのが先か。



「……コイツを、倒す!」


 『了解』


 ―――コイツがいると、ナナフシを倒すのに邪魔なんだ!


 バルカンで牽制しながら、接近。


 砲弾を掻い潜ってレールガンを鼻先に押し付け―――。



 ドゴン! ドゴン! ドゴン! ドゴン!



 至近距離のレールガンは巨大戦車の内部にまで届いたらしい。


 ドゴオオオオン!!


 爆発、炎上。



「やった―――あっ」


 『レールガン、弾切れ』


「頼りすぎた! 後は、ナナフシだけなのに、こんなところで!!」


 後悔しても遅かった。

 ハンドカノンの弾はもう、残り少ない。

 ブラックサレナのバッテリーだって何時まで持つかはわからない。


 
「やるしか、ない!」


 『了解』



 ブラックサレナの返答に頷いて、俺はナナフシへと向かった。


 まだ時間はあるはず―――。



 『ナナフシ、重力波レールガン発射体制に入りました』


「な、なんだって!!」



 完全に血の気が引く。

 イネスさんの計算が間違っていた!?

 それとも、ナナフシの方が一枚上手だったのか?


 ……違う、多分俺が―――時間をかけ過ぎたんだ。

 初めから、雑魚相手に戦ったりしなければ……!



「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 
 ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ!


 叫びながら、ハンドカノンをナナフシに撃ち込みながら接近する。

 そのダメージはどれほどの物なのか、見た目にはほとんど変わっていない。


 カチ、カチ!


 『ハンドカノン、弾切れ』


 ―――まだだ、バルカン斉射!!


 ズガガガガガガガッガガガガガッガガガ!!!


 『バルカン、弾切れ』


 ナナフシの側面、渦を巻く光源が重力波の輝きなのか、それは一向に止まろうとしない。



 ―――体当たりしかない。


 ゾクッとする。俺が失敗したらナデシコは沈む。帰る場所が無くなってしまう。

 ……皆が居なくなる!



 もう他に、手は無かった。

 イミディエットナイフを両手に握り、構える。

 初めてブラックサレナに乗った戦いで、もうこれしか手段が無いなんて……!
  

 ―――俺は、泣いていた。

 悔しくて、情けなくて。

 俺がもっと上手くコイツを乗りこなせたら、こんなところで―――。



「……ごめん、ブラックサレナ。

 壊れちゃうけど、……必ず、直すから!!」


 『ご武運を』


 それが、ブラックサレナの返事。

 俺は、頷くと両腕を突き出して、バーニアを全開にする。


 歯を食いしばる。

 異常なスピード。

 凄まじい加速を感じながら両腕を―――ナイフをナナフシの腹に突き刺す。それでナナフシが止まるわけが無いし、ブラックサレナも止まるわけが無い。


 ドゴオオオオオオオオオオンンン!!!


 両腕が負荷に耐えかねて千切れ飛ぶ。

 肩のバーニアがナナフシに食い込み、爆発する。

 頭部は既に潰れ、中のテンカワSplがギシギシと悲鳴をあげる。

 背中のバーニアが負荷に耐えかねて沈黙する。

 IFSコネクタが―――沈黙する。




 しゅーーーーーーーー


 光が、止まった。


 
「……ナナフシ、殲滅、完、了」



 潰れかけたアサルトピットの中で、俺は一人、嗚咽を堪えることが出来なかった。


 自分のつまらないミスで、ブラックサレナを壊してしまった。

 誰より、自分が許せない。


「ごめん……ブラックサレナ」



 ナデシコが迎えにくるまで、俺はその場所から動くことは出来なかった。




 ***




「アキト……」

「あらら……」

「酷い……」

「これは……派手にやりましたな」

「むう……」



 ブラックサレナ―――アキトさんを迎えに、ナデシコはクルスク工業地帯に来ましたが。

 そこには、すでにブラックサレナの原型すら止めていない機体の無残な姿があるだけでした。



「アキトさんのアサルトピットは無事なようです」


「あの……フィリスさん、これ」


 アキトさんに通信を繋いでいたメグミさんが、声を震わせて回線を開きました。


『御免なさい、フィリスさん……俺が……もっと……もっと上手くブラックサレナを動かせたら……』


「アキト、もういい。

 心配は要らない。

 ブラックサレナは直る。

 ウリバタケに任せておけば、間違いない」


『御免……御免……ブラックサレナ』


 回線を切り、フィリスさんは一呼吸置いて。


「エステバリス隊、ブラックサレナとアキトを収容しろ。

 ……頼むぞ」


『『『『『了解』』』』』





 ***




 アキトさんが無事に収容されて、2時間が経ちました。


 ブラックサレナは大破。テンカワSplは両腕、頭部を失いました。

 ウリバタケさんの指示で、急遽『元』の部品を使って修理されます。

 明日には元の姿に戻るでしょう。



 しかし、アキトさんは。

 現在部屋に閉じこもったまま、出てこようとしません。

 艦長が権限を行使して部屋に入ろうとしましたが―――皆さんに止められています。


 ―――今は一人にしたほうがいい。


 私も、そう思ったのですが―――。




 部屋に戻って、ベッドに寝ているフィリスさんに声をかけられました。


「ルリ、頼みがある」

「何でしょう?」


「……アキトを慰めてやってくれないか?

 話を聞いてやるだけでいい」


 ……意外といえば、意外な言葉。


「別に構いませんけど。

 どうしたんです? 

 そーゆーことは、艦長でも良いんじゃ―――」


「今は、ダメだ。

 ユリカは相手の気持ちを推し量れない癖がある。

 今のアキトにアイツを任せてみろ。アキトは余計、心を閉ざすぞ?」


実体験ですか?」


「……否定はしない。

 ルリは、逆にそういうコトはしないだろう?

 アキトが胸のうちを吐き出すのに、付き合ってやって欲しいんだ」


「フィリスさんでも良いと思いますけど」


「俺にアキトの愚痴を聞けって?

 ……『自分』の愚痴に付き合うのはちょっと勘弁だな。

 アキトに同情して、変な感情を抱きたくない」


 あまり楽しい想像にはならなかったみたいで、フィリスさんは自嘲気味に笑いました。



「私なら良いんですか?」


「アキトのこと、嫌いか?」


「いえ、別に。

 ……好きか嫌いかで言えば、好きですけど」



「この世界で、アキトがユリカと結婚しなくても不思議じゃないさ。

 ……別に、ユリカが悪いと言ってるわけじゃないけどな。

 相手が誰でも、相性がアキトと良いなら、俺は構わない」


「―――ひょっとして、弱気になってます?」


 躊躇いながらそう口にすると、フィリスさんは視線を逸らして。


「あそこまで落ち込まれるとな……。

 俺だって、ブラックサレナが壊れたのはショックだった。

 問答無用で殴りつけてやろうかと思ったんだが―――甘いな、俺も」



「……ハァ、分かりました。

 ちょっと行って来ます」


「頼む」






 ―――頼まれちゃったけど、さて、どうしようかな。



「オモイカネ、開けて」


 『中からロックされています』


「開けて」


 『ハイ』



 アキトさんの個室です。

 部屋は真っ暗。

 必要最低限のモノしかない殺風景な部屋の中で、ベッドで横たわっているアキトさんを発見しました。




「……ルリちゃん?」


「はい」


「……ごめん、今は一人にしてくれないかな」


「ダメです。

 こちらにも都合がありますから。

 ……というわけで、何か言いたいことがあったら聞きます。

 愚痴でも良いですけど。

 何なら秘密厳守でもOKです。お姉さんにも話しませんから」


 そう言って、私はベッドの端にちょこんと座りました。


「…………」

「…………」

「…………」


 たっぷり沈黙した後、アキトさんはぽつりと呟きました。


「ブラックサレナ壊したから、怒られると思ったんだ」

「…………」

「フィリスさん、怒らなかった。

 そうか、ってだけ言って、それだけ。

 あの機体は、フィリスさんの思い出があったはずなのに、俺がそれを壊しちゃって……。

 それなのに、何も言ってくれなくて。

 ああ、俺のした事って、その程度のモンなのかなーって」

「…………」

「……何で、俺なんだろう。

 フィリスさんは俺がどうなったら満足なんだ?

 フィリスさんから全て教えてもらって、あの人を超える事が、そんなに重要なことなのか?

 俺は、そこまでして……強くなりたくない」


「…………」

「…………」

「一つだけ、確かなことがあります」

「……何?」


「フィリスさんが望んでいるもの。

 この世界で、あの人が望んでいるものがあるなら、

 望みの一つは、ナデシコの皆が誰一人欠けることなく、この戦いを終えること。

 そしてもう一つは、アキトさん、貴方の未来です」


「……俺の未来?」


貴方が平和に暮らせるように。

 屋台のラーメン屋から始めて、生活が苦しくても構わない。

 好きなコックを続けられて、好きな人と結婚して、平凡でも、幸せな家庭を持つことが出来たら。

 きっと、フィリスさんは自分のことのように喜びます。

 ―――そして、その為なら、命も惜しまない筈


 想像でしかありません。

 しかし、私の知っているフィリスさんは、そうすると思う。


「…………」


 呆然と、私を見ているアキトさんが、


「何で……そんなことが分かるんだ? ルリちゃん」


「理由は言えません。

 でも、その為にフィリスさんはこのナデシコに乗ったんです。

 自分のコトは二の次で、何よりアキトさんがこの先、自分の意思で道を切り開いていける力を与える為に。

 誰にも、自由を奪われない強さを」


 ……少し饒舌だったかな?

 相手がアキトさんですから、ついつい感情が出てしまうのは仕方が無いけど。



「とにかく、そーゆーワケですので、あまり落ち込まないで下さい。

 私もお姉さんも、心配で食事が喉を通りませんから」


「……へ?」


「それくらいは想われてますよ、アキトさんは。

 だから、落ち込むのは筋違いです。

 ブラックサレナだって、修理すれば大丈夫なんですから。

 未熟なのは仕方が無いけれど、結局はアキトさんがどうしたいか、ですよ?

 ……頑張ってください」


「あ、うん……ありがとう。

 やさしいな、ルリちゃんは」


 ―――不覚にもドキっとしてしまいました。

 フィリスさんに、あんなコト言われたから、かな?


「お、お邪魔しました。

 では、私はこれで」



 ペコリとお辞儀をして、頷いたアキトさんを残して部屋を出ました。


 ―――顔が赤い。

 困ったな、やっぱりこーなっちゃうんですか? 私。


……あれ? ブラックサレナの活躍は?

獅子奮迅に暴れまわっていっぱい見せ所を作ってくれる予定だったのに……。

―――つーわけで(何が?)、壊れましたな、ブラックサレナ。アキトの自業自得ですが。

始めは壊れない予定で書いてたんですが、すげぇつまらなかったんでこの展開に。ついでにルリにも俺の知らなかった変化が。

まあ、それはそれとして。

そろそろイツキが登場するなぁ……マジでどうしよう。TV版、DVDで見直してみたけど……本当に出番が無いし。

『死にキャラ』にはしたくないケドね……。

 

 

代理人の感想

いや〜、人間って馬鹿やってこそ成長するので

アキトの成長の伏線としてはむしろいい結果になるかもしれません。

成長と言うのは失敗に対する反省の結果として生じる現象とも言えますから。

 

しかし、アカツキってどこまで本気なんだろう(笑)。

 

 

>イツキ

ブラックサレナが壊れたついでに・・・・・・

いえ、せっかくだから壊しちゃいましょうか(爆)?

でもそれだと時ナデとかと一緒か(笑)。