※この作品は、ROSE BLOODです。



 持っていかなければならない物は、そう多くない。

 生活に必要な最低限の物だけを鞄に詰めて、白い制服を纏った精悍な顔つきの若者は、妹の居る居間に顔を出した。


「ユキナ、留守を頼む。

 ―――苦労をかけるが、これも木連の為、我慢してくれ」


「……頑張ってね、お兄ちゃん。

 優人部隊の制服、凄く似合ってるよ」


 ユキナと呼ばれた少女は、兄との別れを前に―――少しばかりの感傷を振り払って、にっこり微笑んだ。


「……これから忙しくなる。

 今までのようには逢えなくなるだろうが……ちゃんと、戻ってくるよ」


「うん」


 最後に短い抱擁を交わして、兄―――白鳥九十九は、住み慣れた家を後にした。




 軍の公用車―――その前で、彼を待っていたのだろう。

 九十九と同年代の男は、自前の長髪を払いながら、彼の到着に口元を歪めてみせた。

 苦笑と呼ぶには、不本意かもしれない。

 兄妹の別れを邪魔するつもりは無かったし、幾らでも待ってやるつもりだったからだ。


「意外に早かったな、九十九」


「……ゆっくり別れを惜しんでいる暇は無いさ、元一郎。

 俺たちの戦場は、最前線だ。

 まだ正式発表ではないが……地球の奴ら、次元跳躍門を介して探査機を送り込んで来ている。

 『ゆめみづき』に与えられた任務は、その探査機を逆に辿って、奴らの研究施設を破壊することだ。

 ……俺は、『テツジン』で敵地に乗り込むことになるだろう」


 過酷な任務である。

 ……生還の可能性は万に一つ。

 ―――ユキナにそれを伝えなかったのは、兄としての優しさだろうか。

 そんな事を考えながら、月臣元一郎は息を吐いた。


「何も、艦長であるお前が『テツジン』で出なくても良いと思うのだが」


「他の者には任せられん」


「……こういうことに関しては頑固だな―――昔からだったか?

 一応、お前の留守中は俺が指揮を取ることになっているが、あくまで艦長代理だ。

 絶対に生きて帰ってこいよ」


「死ぬ気はない。

 もう一つ、重要な任務があるだろう?」


「月面の工場で、敵の新型戦艦が竣工される件だな。

 ……火星で俺たちの罠を出し抜いた、新型の後継艦という話だ。

 あれだけは、完成させるわけにはいかん」


 月臣の言葉に頷き、九十九は荷物をトランクに押し込んだ。


「出発しよう、元一郎。

 明日からは『ゆめみづき』の硬いベッドだ」


「やれやれ、俺は飯がマズイほうが重大なんだがな」


「……ふむ、それもあったな。

 ―――今度、草壁中将に進言してみよう」


「一蹴されるのがオチだろうよ。

 ……期待はしてない。

 それより、俺たちにはコレがあるだろう?」


 トランクに詰め込まれた、九十九にも見慣れたボックス―――。


「ゲキガンガー3か。

 ……ふふ、今夜は皆で完徹だな」


「ああ、この正義の教えある限り、俺たちは必ず地球に勝ってみせる」


 ―――勝つ、か。


 勇ましい月臣の言葉に、九十九は一人、心の中で呟く。

 ―――草壁中将の率いる強硬派は、正義を信じて地球に戦いを挑んだ。

 無論、それは俺たちが地球を許そうという時に、それを刎ね付けられた結果だったが……それでも。

 地球と木連の戦力差は、遺跡―――プラントの生産能力でどうこう出来るモノではない。

 地球側も、我々と同じ相転移エンジンによる戦艦の開発に成功した。これから先、楽に勝たせては貰えないだろう。

 ……戦うことを厭うわけではないのだ。

 学徒動員を許してはならない。ユキナ達の世代が、幸せに暮らせる為に……俺は戦う。

 ―――自分の命に代えても。



「九十九、どうした?

 出発するぞ!」


「あ、ああ」


 九十九は我に返り、公用車に乗り込んだ。



 公用車が動き始める。

 いつもと変わらない風景―――見慣れた景色が過ぎ去っていく。

 窓の外を流れる町並み。

 地球を悪に見立てたポスター。

 正義は我らにあり―――。 

 立て、木連の若人達よ!


 地球側の情報が見事なまでに『操作』されている現状に、九十九はかすかな吐息を洩らした。


 ―――確かに、緒戦は木連の完全な勝利だった。

 それが好戦ムードを盛り上げ、地球圏進攻の原動力となったのだ。

 だが、何時まで続くことやら―――。



 この戦争は……どのような結末を迎えるのだろう?

 ―――どちらにしても、自分がその結末を見る事は出来そうも無いな……。

 そんな思いに囚われて、彼は呟いた。



「……この景色も見納めだな」


「何を辛気臭いこと言ってるんだ、九十九。

 俺たちは帰ってくるさ。この『れいげつ』にな」

 


 ***




 連合宇宙軍第11艦隊所属のエステバリス隊は、第3次月防衛作戦で疲弊した機体のメーカーチェックを行う為に、カワサキシティ沿岸の軍用ドックに戻ってきていた。


 エステバリスはネルガル重工の誇る新型の機動兵器であり、軍の戦闘機に変わって主戦力となりつつあるシロモノだ。

 IFSという操作方法は、地球ではあまり馴染みの無いものであるため、なかなか乗り手が集まらなかった。

 また、エステバリスにはジェネレーターが内蔵されていないことから、固定観念としていざという時に弱い、という意見もある。

 そういう意味でマイナス要素はあるが、コスモスの重力波リンクを利用した場合は、これほど心強い兵器も無かった。


 ―――文字通り、木星蜥蜴の機動兵器を蹴散らすことも可能なのだ。


 そのコスモスと同等の相転移エンジンを持つナデシコは、火星まで単身赴き、帰還を果たした実績がある。

 ナデシコに搭載されたエステバリス部隊の活躍も、同艦にオブサーバーとして乗り込んでいるムネタケ提督の報告書から発信され、連合軍の機動兵器運用マニュアルとして広く流布されている。

 そのお陰で、エステバリスライダーは戦場の花形職業に変わろうとしていた。



「じゃあ、後はよろしくお願いします。

 五日後の20時までには戻りますので」


「律儀だなぁ、イツキちゃん。

 まあ、そこが良いってね。……ハイ、ゆっくり羽を伸ばして来てね」


「ええ」


 イツキ・カザマは、若いゲート要員に礼を言って、その場を後にした。


 ―――1週間の休暇か。ふう、消化するのも億劫なんだけどなー……。

 福岡の実家は空襲で無くなっちゃったし……。



 火星に生まれ、両親の都合で地球に帰ってきたイツキは、ごく普通の少女だった。

 ただ、テストパイロットである父親の背中を見て育った少女だということが、彼女の運命を変えたのだろう。

 身体を悪くした父親に代わり、ネルガルのテストパイロットに志願。

 若干14歳という若さでパイロット候補生の仲間入りを果たし、その操縦テクニックの上達も、目を見張るものがあった。

 そして、試作機動兵器エステバリスのテストパイロットとして再び火星に赴くが―――木星蜥蜴の襲来と共に地球に避難することになる。

 極秘製造されていたエステバリスでの戦闘は許可が下りず、まだ発言権など無いに等しい彼女は、流されるまま生きるしかなかったのだ。


 ―――いや、そうやって生きてきた、と言っていい。


 一年後、木星蜥蜴は地球にまで進攻してきていた。

 そのことを、知識としては知っているつもりだった。

 ネルガルの研究所でテストパイロットを勤め、15歳にしてかなりの修練を積んでいたが、まだ戦闘を経験したことが無く、直接木星蜥蜴の脅威に触れたことの無かった彼女は、戦争の意味を、最悪の形で知った。


 木星蜥蜴の襲撃により……静岡県浜松市の実家が焼失し、両親は死亡したのだ。


 後悔した。

 仕事が忙しくて両親に会わなかった事を。

 自分の腕前が上がるたびに、我が事のように喜んでくれた父は、もう居ない。


 ―――だがら彼女は、連合宇宙軍にネルガルからの出向という形で入隊した。

 親の仇である、木星蜥蜴と戦う道を選んだのである。




「お腹も空いちゃったし、お昼にしようかな」


 クリスマスということもあって、市街は賑わっている。

 自分と同い年くらいの少女が、青年と腕を組んで歩いている。

 少しだけ、その姿に自分を重ね合わせて―――。

 戦うことしか出来ない自分だが、ココでは普通の少女に見えるだろうか?


 17歳の普通の少女。


 多分―――望めば、手に届く未来。

 ……だが、彼女はそれに手を伸ばそうとはしなかった。


 能天気に生きていく事は、もう出来そうに無かったからだ。


 コートを着ているが、その下はまだ軍服のままだった。

 右の腰には、軍式の拳銃を吊るしている。


「……着替えてくれば良かったかしら」


 気を取り直して、路地を歩く。


 適当なお店に入るつもりで、食堂を物色して―――。

 ウインドウに映るナデシコの姿を認めて、ふと足を止めた。


「……ココに来てるの? ナデシコが。

 そっか、クリスマスだもんね……」


 理由になっていない事を口にして、思わず顔を綻ばせる。

 ―――まだこの時、彼女は自分の未来を知らなかった。


 ……戦いは、もう目の前に迫っていたのだ。




機動戦艦ナデシコ
ROSE BLOOD

第13話

著 火真還






 ナデシコは、カワサキシティの軍用ドックへと入港しました。

 度重なる戦闘に疲弊し、傷ついた艦の修繕と、乗務員の一時の安息を求めて。

 そして今は、私達も緩やかな時間を過ごしています。


 ……そう、世間はもうクリスマス一色。

 ナデシコの中でも、それは変わらないみたいで―――。



「ネルガル主催、クリスマスパーティに、みんな参加してね〜!」


 艦長がサンタの衣装を着て、艦内の掲示板にポスターを貼りながら、あっちこっちで宣伝中。


 リョーコさん達が、艦長の貼ったポスターに足を止めました。


「へー、ネルガル主催……ってことは、ひょっとしてタダなのか!?」

「はい、タダです!

 クリスマス特別慰労会も兼ねてますので、奮ってご参加ください♪」


 じーっとポスターを睨んで、リューコさんは一つ頷きました。


「……決めた、オレこっち」

「えー、アカツキ君に誘われたパーティの方はどうするの? リョーコ」

「いいじゃん、お前らだけで行ってこいよ。

 オレは気にしないぜ?」

「そうは言ってもね……。

 ま、どっちでもいいんじゃない?」

「どーゆーこと? イズミ」


 イズミさんはポスターのパーティ開催地を指差して。


「ナデシコ・オリエンテーションルーム……なるほど、隣なんだね」


 手のひらをポンと叩きながら、ヒカルさんは納得した様子で頷きました。



 ***



 オリエンテーションルームで、会場の飾り付けをするのはウリバタケさん。

 それを手伝っているのは、ジュンさんとヤマダさん。


「ふっふっふ……完璧だ。

 見よ、この豪華な会場!

 ウリバタケセイヤ入魂のすんばらしいアトラクションの数々!

 スーパーラブアタックゲームに、セイヤスペシャルねるとんマシ〜ン!


 ―――前にも聞きましたが……ねるとんってなんですか?


「さあ、いざ来たれや乙女たち〜〜!!」


 女性が見たら逃げ出しそうな血走った目をして、ウリバタケさんが吼えています。



「は、博士、見損なったぜ!

 俺はそんなつもりで手伝ってたわけじゃねぇからな!

 まったく、正義のヒーローがやる事じゃないぜ……


「まあまあ、ヤマダ君。

 こういうアトラクションもコミュニケーションの一端だし、そんなに毛嫌いしなくても……」


本命に告白できない副長に言われるのは納得いかないが、とりあえず訂正させろ。

 俺はダイゴウジ・ガイだっ!!


「ま、前から気になってたんだけど……それって、偽名?」


「魂の名前だ! ソウル・フル・ネーム!」


「わ、わかったよ、これからは……ガイ君、で良いのかな?」


「オッケイ!」


 リョーコさんに引き続き、ジュンさんまで……。

 ―――まさか、一人づつ洗脳していくつもりでしょうか?




 ***



 続いて、食堂。

 こちらも、クリスマスパーティーに向けて、着々と準備中です。


 
「そっちはどうだい、テンカワ」

「あと4……いえ、3品で終わりっス。

 あれ? ……そういえば、フィリスさんは何処行ったんですかね? 姿が見えないけど」


 出来上がった料理を皿に盛って、アキトさんは辺りを見回しました。


「ああ、エリナといっしょに出かけたよ。

 どうしても外せない用事らしいからね、パーティには参加できないってさ」


 アキトさんの疑問に、ホウメイさんは手を休めることなく返します。


「そーっスか……」

「ほらほら、次の仕事が待ってるんだからね、トロトロやってたら日が暮れちまうよ!」

「うっス」


 それとなく話を聞いていたホウメイガールズは、


「外で待ってる恋人が居たりしませんかね?」

「プライベートなことは、一つも話してくれませんからねぇ、フィリスさん」

「あ、あたしもはぐらかされた事があるよー」

「私も」

「あやしい……」

「ミカコ……アンタまたアレなんじゃ……

「あははっ。

 けど、女の子してるフィリスさんも、見てみたいと思いません?」

「「そうそう」」

「ねぇ、アキト君。

 フィリスさんが『私……貴方の事』って言ったらどうする?」

な、ななな何言ってんだよっ!

 そ、そんなコト……言うわけ無いじゃん、フィリスさんが」

「なんとかなっちゃうかもよ? 今日はクリスマスだし」

「―――そんな、まさか……」


「なぁに遊んでるんだい、あんた達は。

 テンカワも、乗せられてるんじゃないよ?」

「「「「「はぁい」」」」」

「やっぱ、ありえないっスよね……はは……はぁ


 ……どうしてそーゆー方面に話が向かうんですか?

 ―――ま、フィリスさんがそんなコト言うわけ無いから、別に良いんですけどね。




 ***




 ネルガル傘下、アトモ社の研究施設。

 俺とエリナは、その研究施設内、ボソンジャンプ研究実験場へと足を踏み入れていた。



「どういうご用件です? エリナ・キンジョウ・ウォン。

 そんな怖い顔をなさらないでください。

 ……穏やかに話を伺いたいものです」


「ボソンジャンプの研究実験は、一時凍結されている筈です。

 その通達が、ココに来てないとは言わせませんわ」


 その研究員は、困ったように肩を竦めて、仲間達と視線を交し合った。


「……いえ、もちろんそれは存じております。

 ただ、ウチとしても相手(他企業)さんとの研究競争に遅れるわけにはいきませんし、無人実験によるデータ収集は構わないだろうと……」


 強化ガラスの向こうに、小型チューリップが見えた。

 その口を機械のアームが無理やり開き、新たな探査機器が送り込まれていく。

 ―――歪曲空間の向こうに何があるのか、彼らは知っているのだろうか。


「……エリナ、もういい。

 時間の無駄だ」


「そ、そう?」


「「「?」」」


 釈然としない顔のエリナを引き連れて、部屋を出る。

 既に必要なCCは鞄に積み込んだ。


 歴史を変えても―――木連側の都合をコントロールできるわけじゃない、か。

 この研究施設に、用は無いな……。

 彼らに警告するのもバカらしい。
 

 そんなことを思いながら廊下を歩いていると、イネスが向こうからやってきた。


「あら、フィリスにエリナ……貴方達もココに来てたの?」


「イネス……貴方こそ、ナデシコのパーティに参加してるのかと思ってたわ」


「今更、クリスマスパーティってガラじゃないでしょ。

 それより、ボソンジャンプの実験中じゃないの? 見物していかないのかしら?」


「そうしようかと思ったんだけど……フィリスがね」


 エリナは、腑に落ちない、といった視線を俺に向けてきた。

 どう説明すれば良いのやら―――口を開く前に、イネスは俺の顔色だけで察したらしい。


「……なるほど。

 ココは危ない、ってコトかしら?」


 流石に推測が早い。

 まくし立てるようにして、イネスは推測を並べ立てた。


「ココではボソンジャンプの実験を行っている。

 具体的にはチューリップを介して、無人、有人による探査機を送り込んでいる。

 ―――何処に通じるのかも分からないのにね。

 もし、その実験の成否に関わらず……ボソンアウトの『場所』が木星蜥蜴のいる木星だったら?

 当然、向こうは気づくわね。

 地球側がジャンプ実験を行っている事に」


「じゃあ……向こうから?」


 驚いた顔を見せて、エリナは口元を押さえた。


「違うかしら? フィリス」


「……違わない。

 おそらく……いや、間違いなくこの施設は破壊される。

 木星蜥蜴の新兵器でな。

 それを回避する為に実験を中止させておきたかったんだが……」


「……返す言葉もないわ」


 しゅんとするエリナに、俺は苦笑を洩らす。


「いや、気にしなくていい。

 何も変わらなかった―――とまでは言わないが、大筋に支障は無いらしい。

 この木星蜥蜴の襲撃は、避けられないものだったということなんだろう」


「必然、というわけね。

 ……で、その敵の新兵器が襲ってくるのは、何時なの?」


 イネスの問いに、簡潔に返す。


「今日」


「「……は?」」


「もう直ぐだ。

 ……見物していくか?」


 俺は、唖然とする二人にそう言ってニヤリと笑った。





 ***





 ドゴオオオオオオン!!



「敵襲……!?」


 私は目を疑った。

 目の前のビルを横切るようにして、何か巨大な物体が移動していったのだ。


 あれは―――何!?


 エステバリスの5倍はありそうな身長。人型の……新兵器?

 敵の機動兵器にしては……今までのバッタなどとは比べ物にならないサイズだ。


「ドックに戻らなきゃ……!」


 ドックには、エステバリスがある。

 重力波ビームが届くとは思えないけれど……。

 アレが何であれ、木星蜥蜴であるなら、私は戦わなければならない。

 ―――軍人として。



 逃げる群衆を掻き分けて、公道を横切ろうとする。



 キキーーーーー!


 ―――!!


 こちらに迫ってくるオープンカーに気がつかず、私はその車のボンネットに身体ごと乗り上げそうになった。



「気をつけなさい! 轢くところだったじゃないの!」


「す、すみません! ああっ、エリナさん!?


「へ……あ、貴方!

 えーと……イツキよね、どうしたの? 確か軍に出向中の筈じゃ……」


 以前、一度だけお会いしたことがある会長秘書のエリナさんが、私の名前を憶えていてくれたことに感激しながらも、頭の中ではこの幸運に乗じて打算を弾き出していた。


「休暇中だったんです!

 それより、軍のドックに連れて行ってもらえませんか?

 あのバケモノを倒さないと……!」


「…………」


 私がそう言うと、エリナさんは黙ったまま隣の女性―――いえ、少女に視線を向けた。

 ……今更ながら、エリナさんの車には他に二人、乗り込んでいることに気づく。

 隣に座っている銀髪の少女と、後部座席に金髪の医者っぽい白衣を着た女性。


 銀髪の少女は、数瞬躊躇った後、


「……ナデシコに行けば、エステの予備がある。

 ナデシコの重力波ビームも利用できるしな。

 そのほうが早い」


「乗りなさい、イツキ!」


「はい!」


 後部座席に乗り込むのと同時に、車が急発進する。


「きゃあ!?」


 ……落ちそうになった。

 服を掴んで引き戻してくれたのは、隣に座っている金髪の女性。

 彼女は苦笑して、


「気をつけなさい。

 エリナの運転は荒っぽいわよ」


「は、はい」


 今更注意されても……と内心思ったけれど、口には出さなかった。

 ―――ちょっと、怖そうな人だったから。




 ***




「皆さん、敵襲です」


 クリスマスパーティ会場。


 私の言葉に、ぴたりと喧騒が止み、皆が不思議そうにこっちを見ています。


「……敵襲?」


 トナカイの被り物を身に付けているゴートさんが、むっつりとした顔で私に確認してきました。


「ハイ」



 ぴ!


 オモイカネがモニターを表示します。

 カワサキシティを蹂躙する、二機の巨大な機動兵器が暴れている様子は、シュールとしか言いようがありません。


 まじまじとその破壊活動ぶりを眺めた後。


 ヤマダさんが叫びました。


「あれって……ゲキガンガーじゃねぇか!?

「あ、そう言えば……似てるね」

「何でゲキガンガーが街を破壊してるんだ!」


そういう問題ではないだろう、ヤマダ!

 総員、一次戦闘配備! カワサキシティに敵機動兵器出現!

 見たことの無いタイプだ、艦長……!」


 エステバリス・テンカワSplの着グルミを着た艦長は、ようやく事態が飲み込めたのか、大慌てで叫びました。


「み、みなさぁん!

 パーティは中断! 持ち場に戻ってくださ〜い!!」




 ***



 ガタァン!


 エリナの車がナデシコの格納庫に乗り上げるのと、ほぼ同じタイミングでエステバリス隊が発進していく。

 アキトは―――よし、出撃してないな。

 俺が帰るまで待機と言う命令は、ちゃんと伝わっていたようだ。



「ウリバタケ、予備のエステを用意しろ!

 パイロットを連れてきた!」

 
「フィリスちゃん!?

 ……わかった、ちょっと待ってくれ!」


「イツキ、陸戦フレーム、いけるな?」


「は、はい!」


「パイロットは……アンタか、こっちに来てくれ!」


 手招きするウリバタケに、イツキが車を降りてついていく。

 エステ・カスタムの説明を兼ねて、機体の癖を教える必要があるのだろう。



「リョーコ、ヒカル、イズミと、アカツキ、ガイ、イツキでチームを組ませる。

 エリナ、ブリッジでジュンにそう伝えろ」


「分かったわ」


「頼む」






 ―――かなり歴史が変わってきている。


 前回のように、アキトはナデシコを降りなかった。

 それにまだ、ボソンジャンプの真実をアキトは知らない。

 伝えておけばよかった―――という類の話ではないからだ。

 アキトに、先に起こる出来事を教えても、あまりいい結果を生むとは思えなかった。

 必然、偶然によって運命が決まっていく中、カンニングして―――裏目に出ないとも限らない。


 だから、当初は一回目と同じ状況でも、アキトの好きに戦わせて良いと考えていた。

 ボソンジャンプの真相を伝え、テツジンを月に跳ばしてくれたら、とりあえず本筋を離れないだろう。

 ……そう、思っていたのだが。


「アキトさん、自分だけが死ぬかもしれないのに―――跳ばせますか?」


 俺の楽観的な推測に対しての、ルリの疑問である。

 確かに、テツジンを跳ばすことは、イコール自分も一緒に跳ぶということだった。

 ―――だいたい、自分がどうやって助かったのかも憶えていないというのに、アキトにそれをやれと言えるのか。



 俺(アキト)が跳ぶ事が出来たのは、追い詰められていたからだ。

 ナデシコから降ろされたこと。不要だと、ハッキリそう言われて、自棄になって。

 自分が何か出来るかもしれない―――そんな甘い言葉に吸い寄せられて、衝動的に跳んだだけのこと。

 命令されて、できることではなかった。



 自爆寸前の敵機を跳ばす……。
 
 死ぬかもしれないボソンジャンプなのだ。

 ……跳ぶ『覚悟』、『理由』が無ければ、アキトには実行できないだろう。


 そして、失敗すれば―――カワサキシティと共にナデシコは沈む。




「フィリス、話があるんだけど……」


 二週間前、エリナに秘密の話があると言われて、その内容を聞いた。

 月面で爆発が起きて、俺とアキトが、特殊装備のテンカワSplと共にそこに現れたというのだ。

 まだ会話の出来る状態ではない、という話だったが―――その理由は分からなかった。


 ともかく、そういうコトらしい。

 我ながら―――無茶をしたようだ。


 増設バッテリーとして、外部動力炉(バッタのジェネレータの改良型)を組み込み、テンカワSplの後部に接続。

 機動性は落ちるが、出力だけは通常のエステ・カスタムを遥かに凌駕する。

 つまり、ディストーションフィールドによる生体ボソンジャンプ。

 ジャンパーでない俺を跳ばす為の策だったのだろう。


 ―――だが、それがジャンプを成功させる理由にもなるわけだ。

 跳ぶという行為が、死への片道切符でないことを分からせるには、俺が傍で証明することが一番だから。








「フィリスさん、俺の出撃はまだっスか!?」


 俺が帰ってきたことを知ったのだろう、アキトが傍に駆け寄って来た。

 釈然としないものがあるのか、その表情は険しい。


「ちょっと待て。

 ウリバタケじゃないと―――特殊装備に関しては任せっぱなしだったからな」


「……特殊装備?」


「あら、あれなら私でも分かるわよ。

 準備、進めましょうか?」


「言われてみれば……イネスが関わってないわけが無かったか。

 ―――頼む」


「はいはい」




 ***



「あら……」


 エリナさんがブリッジイン。

 ブリッジのほとんどが珍妙な衣装を着ているのを見て、エリナさんは絶句しました。


 ちなみに、艦長はエステバリスの着グルミ。

 女装させられた副長。

 ゴートさんはトナカイの被り物。

 提督はキノコの被り物。

 ミナトさんはサンタの服。

 メグミさんはナース服。

 私は……以前フィリスさんが着たメイド服を、寸法を合わせてもらいました。

 ―――バカばっか、ですね。……私を含めて。



「……パーティってこういうことだったのね。

 私も参加したかったな……じゃなかった、アオイ副長!

 フィリスから、エステバリス作戦指揮は任せる、ですって」


「そ、そうですか。

 困ったな……敵は瞬間移動みたいなことを繰り返してて、どう戦っていいか……」


 副長は、戸惑いを隠せない様子で言葉に詰まります。



 モニターに映る戦闘シーンは、まるで巨人に挑む子供のような状況。

 相転移エンジンを積んでいるからでしょう、『テツジン』のディストーションフィールドは、戦艦並みに強固な筈です。

 そのため、レールガンでも思ったような有効打は与えられていません。

 フィールドランサーでそれを破っても、次の瞬間にはまったく別な地点に移動する為、近接戦闘に持ち込むこともできないままです。



『イツキです!

 私の攻撃対象は目標Bで構わないんですね!?』


「助っ人ですか?」


 副長はエリナさんに視線を向け、肯定の意志を見ると、


「お願いします。

 アカツキ、ガイ両機と連携して戦ってください!」

 
『分かりました!』





 目標Aと戦っているリョーコさん、ヒカルさん、イズミさん。



 バシュッ! バシュッ!


 イズミさんのレールガンが命中する直前に、目標Aは転移。

 ヒカルさんの背後に出現しました。


『げろげろ〜』


 軽口を叩きながら、しかし必死に逃げるヒカルさん。その足元を、ビームがなぎ払います。


 ドドドドドドオオン!!!


 ビルを盾にして、三人はビームをやり過ごし、


『ちょこまかと跳び回りやがって!』

『硬すぎるわね……至近距離でレールガンを打ち込まないと』

『なるほど、戦艦を叩くのと同じってわけだな』

『はーい! 囮いっきまーす!』

『オレがフィールドアタックをかけて、ついでにナイフで切りつけてみる!

 イズミ、頼むぞ!』

『頼まれたわ』


『行くぞ、散開!』


 ヒカルさんが敵の気をひき、背後からリョーコさんとイズミさんが接近。

 無防備となった背中に、リョーコさんはディストーションフィールドをぶつけました。


『行けぇ!!』


 バチバチ!


 フィールドが減衰―――しかし、リョーコさんのイミディエットナイフは届きません。


『ち、やっぱ無理か!? イズミ!!』

『くっ……!』


 イズミさんがレールガンを撃つ直前、目標Aは転移。

 ……流石に戦艦を沈めるようにはいかないようです。





『連合宇宙軍第11艦隊所属のイツキ・カザマです。

 助っ人に来ました!』


『よろしく、僕はアカツキ・ナガレ!

 可愛い子は歓迎するよ』


『俺はダイゴウジ・ガイ!

 よろしくたのむぜ! ……って、アキトは何をやってるんだ?』


『色々と何かやってるみたいだよ?

 戦いに参加できないくらい、重要なコトなんじゃない?』



 アカツキさんが皮肉っぽく口に出しますが―――目の前に目標Bが突然転移してきて、慌てて逃げ出します。


『あぶないあぶない。

 瞬間移動か……これって、ボソンジャンプだよね? フィリス君』


『そうだ。

 巻き込まれるなよ―――クロッカスの二の舞にはなりたくないだろう?』


『……そいつは遠慮したいな』


 簡潔にフィリスさんに返されて、何ともいえない顔で苦笑。

 目標Bにレールガンを撃ちこみますが、ディストーションフィールドで威力は削られ、ほとんど効いていません。



『うらあああ!』


 ヤマダさんが隙をついて、フィールドアタックを仕掛けますが―――弾かれました。


『だー、届かねぇ!

 ゲキガンソード(イミディエットナイフ)の改良を要求するぞ、博士!

 もうちょっと射程がありゃ……』


『せめて一緒に跳べたら、ナイフの届く範囲まで持ち込めるんだけどね……』



 目標Bの背後についたイツキさんが、ワイヤ―ドフィストを発射。


『有効な手段の筈です!

 失敗を恐れていては、戦えないでしょう!?』


 ワイヤーを目標Bの首に絡めて、接近戦に持ち込もうとします―――が。


『バカが!』


 フィリスさんが怒鳴りました。

 ―――そう言えば知らないんですよね、フィリス(アキト)さんは。

 ……自分の代わりに戦った彼女がどうなったのか。


『アカツキ、ワイヤーを切れ!』


『OK!』


 アカツキさんはレールガンを連射。


 ドドオーン!


 目標Bの首に絡まっていたフィストを爆発させて、イツキ機を切り離しました。

 次の瞬間、目標Bは転移。


『何をするんですか!』


『君は知らないだろうけどね。

 あのジャンプに巻き込まれたら、死ぬよ?』


『な、何を言って―――』


 イツキさんは言葉を返そうとして、冗談ではないと悟ったのでしょう。

 確認するように訊ねました。


『……本当ですか?』


『はっはっは、僕は女性につく嘘を持ち合わせて無いのさ』




「「「…………」」」


 しーん。


「嘘ばっかり……」

「冗談ですよね、アレ」

「冗談だと思ってないんじゃない?」


 エリナさん、メグミさん、ミナトさんが何やら心当たりがあるのか苦い顔をしました。

 ……えーと、私には分かりませんけど。


 ―――ええ、少女ですから。




 ***




「ちょ、ちょっと、本気ですか? フィリスさん。

 作戦指揮の方は―――」


「ジュンに任せた。

 ……大丈夫だ、ココからでも指令は出せるしな」


 エステバリス・テンカワSpl、パイロットシートの後部に潜り込んで、フィリスさんは何でも無いように告げた。


「座布団持っていく? フィリス」


「貰おう」


 イネスさんが何処からか取り出した座布団を受け取って、その上に座る。


「いい具合だ」




 俺が呆然としている間にも、テンカワSplの後部に馬鹿でかいバックパックが装備されている。


 ガチャン!



「おっしゃ、取り付け終わったぜ〜!

 理論上はナデシコのディストーションフィールドと同等の威力を誇る!

 ―――もちろん、相対的にだけどな。

 エステバリスの大きさでこの強度のディストーションフィールドは今まであり得なかった!

 重力波ビームプラス、バッタのジェネレーターによるパワーはブラックサレナにも劣らなねぇぞ!

 おら、テンカワも乗り込め!!」


「は、はい」


 アサルトピットに乗り込み、カバーを閉じる。

 後ろから覗き込むフィリスさんの吐息を感じながら、幾度となく繰り返して来たIFSの接続。

 システムチェック―――OK。



「動作が鈍いんだけど……」


「そんなことは分かってる。

 とにかく、ガイ達が戦っている目標Bの方に移動しろ」


「はい」


 ―――ナデシコから飛び出しながら、俺はまだ何か釈然としないものを感じていた。

 フィリスさん、俺に何をさせたいんだろう……?



 
「疑問で一杯、そういう顔だぞ?」


「……皆戦ってるのに、俺だけ―――こんな」


 鈍い機体―――ほとんど地を這うように進むテンカワSplの中で、俺は後ろをちらりと振り返りながら、言った。


「これって、何の意味があるんスか?

 ……フィールドアタック仕掛けるには、ちょうどいいかも知れないけど」


「ボソンジャンプ、聞いたことがあるだろう?」


「……今、敵がやってるアレですよね。

 後、ナデシコが火星でチューリップを通って月に出たのも、ソレだって聞いてますけど」


「そうだな。

 じゃあ……コレに見覚えは?」


 すっと―――フィリスさんが右手を目の前に持ってきた。

 人差し指と親指で挟んだ、親指くらいの大きさの―――青い石?


あっ!? それって……俺の両親の形見……」


 地球で無くなったと思ってたのに……どういうこと?


「テンカワ博士はこれの研究を行っていた。

 名を、CC(チューリップクリスタル)と言う。

 ……そして、これがボソンジャンプの鍵だ」


「―――は?」


 それって―――父さん達の研究が、ボソンジャンプだったってコトなのか?


「テンカワアキトは、人類史上初めて生体ボソンジャンプを成功させた。

 お前は、火星のユートピアコロニーで危機に陥った時、CCがあったお陰で地球に転移できたんだ。

 ……一瞬のうちにな。

 分かるか、アキト。

 お前はボソンジャンプが『出来る』人間なんだ」


 思わず、立ち止まってしまう。


「……じゃあ、コレって。

 今、俺のやってることって……?

 ―――まさか」


 猛烈に、嫌な予感がした。

 フィリスさんが言外に語っている内容は―――。


「あの機動兵器には相転移エンジンが積み込まれている。

 ヤバくなったら自爆するつもりなんだ。

 相転移エンジンが暴走、爆発すると―――カワサキシティも、ナデシコも消えて無くなる。

 そうなる前に、なんとしてもボソンジャンプで被害の及ばない場所へ跳ばすしかない」


「…………」


 ―――ゴク。


 唾を飲み込む。


 意味が理解できなかったわけじゃない。

 嫌になるくらい分かるつもりだった。


 ―――自分に、ボソンジャンプが出来る力がある。

 ただ、いっしょにあのデカブツを跳ばす―――いつ爆発するかも分からないのに。



「……とにかく、ガイ達の所にいきます」


 俺は、汗に濡れた背中の冷たさを感じながら―――フィリスさんに牽制するようにそう言った。




 ***




『フィリスさん、目標Aの攻撃パターン予測が確立しました』


 ルリちゃんから、後ろに乗っているフィリスさんに通話が来た。


「よし、エステバリス全機は目標Aを集中攻撃!

 ただし、戦闘制御を行っている頭部は攻撃対象外とする。

 敵、新兵器の詳細が知りたい」


『『『『『『了解!!』』』』』』


『目標Bはどうするんだい、フィリス君』


「こちらで処理する。

 さっさと目標Aを倒して来い」


『了解、楽しみにしてるよ』

 

 コミュニケから口を離して、フィリスさんは溜息を吐いた。



 ―――静かになった。

 いや、今もオープン回線には皆の戦ってる様子―――会話が耳に届いている。

 それを差し引いても、アサルトピットの中を静寂が包んでいた。


 ―――もうすぐだった。





『目標A、沈黙しました!

 同時に、目標Bの熱量が増加していきます』


『体内の相転移エンジンを暴走させているのね―――。

 こうなると下手に攻撃も出来ない。

 もっとも、このまま爆発したら……カワサキシティは無くなるわ、地上から』


『『『ええー!?』』』


『それは……とんでもないわね』


『そ、そういう問題なんですか!?』

『むう……』

『あ、あの、皆を避難させた方がよろしいのでは……?』



 ブリッジのパニックが手に取るように伝わってくる。

 その反面、俺は冷静だった。


 どう対処すればいいのかは、『判ってしまっている』からだ。




「アキト、アサルトピットのハッチを開けろ。

 この―――CCを、アイツに投げつけるんだ」


 鞄の中を覗く。

 大量のCC―――そうか、これで―――これが、ジャンプに必要なモノ。



「―――フィリスさんは降りないんですか?

 俺がボソンジャンプできるって話は―――分かるけど」


「出来ない。

 だが、降りるわけにはいかない」


「……どうして?」



 閉じた鞄を、フィリスさんはアサルトピットから乗り出すようにして、俺の差し出したエステの手のひらに置く。

 そうして、ハッチを閉めて、正面から俺の目をのぞきこんだ。



―――理由が、欲しかったんだろう?

 跳ばなければ、皆が死ぬ。

 跳べば、お前だけが危険に巻き込まれる―――それが嫌だったんじゃないか?

 自分だけが、危険な場所に飛び込むのが」


「そんなつもりで、言ったんじゃ―――」


 俺は、言葉を続けられなかった。

 見透かされている……そんな思いが、胸を突く。


「俺は、ジャンプ体質じゃない。

 普通の人間は、ボソンジャンプ出来ないからな。

 だが、ナデシコのディストーションフィールドなら、普通の人間でもボソンジャンプが可能だ。

 ―――以前、チューリップを通ったときのように。

 そのために、このエステには短時間ながらナデシコ並みのディストーションフィールドを張れるようにしてある」


 淡々と。

 だから―――いっしょに乗ったのか?

 俺が、一人じゃ―――できないかも知れないと思ったから?

 ―――このままじゃいけない。

 俺は、フィリスさんにそこまで手を引いてもらわなきゃならない子供じゃない……!



「……フィリスさん、降りて。

 俺が一人で跳ばすほうが、多分、良いと思う」



 俺の精一杯の強がりを、少し驚いた顔をしてフィリスさんは喉の奥で笑った。



「……そう言ってくれるのは嬉しいけどな、アキト。

 実はこのジャンプ―――成功するんだ。

 俺たちは、二週間前の月面に『出現』する。

 いや、したことが確認されている。

 それでも、俺を降ろそうというのか?」



 ……へ?


 言葉の意味を―――理解して、俺は笑い出しそうになった。



「そ、そーゆーことは先に言ってよ、フィリスさん。

 ハァ……俺、バカみたいじゃん」


「なかなか、かっこよかったぞ? 今のは。

 お前も成長した―――」



『フィリスさん、あの、そろそろ―――』



 ルリちゃんが気まずそうに通信してきて、俺たちはあっと声を上げた。

 早く跳ばさないと、ここで爆発してしまう……!



「早く投げろ、アキト!」


「わ、分かってる!」



 俺は、手のひらを握り締めて―――CCの詰まった鞄を、目標Bに投げつけた!




 ***






 目標Bの暴走は、最高潮に達しようとしていました。


 お二人を邪魔するつもりは無かったのですが、ナデシコのパニックも最高潮だったので、致し方ありません。



 テンカワSplが鞄を投げつけ、テツジンのディストーションフィールドで弾けた中身がばら撒かれて―――。

 ―――そう、一度目と同じ。

 違うとすれば、アキトさんが生身ではなく、エステごとジャンプすることでしょうか。



「ボース粒子反応増大……。

 テンカワSpl、ボソンジャンプします」


 私がそう告げると、エリナさんがやれやれ、といった感じで肩を竦めました。


「ようやく? もう、ハラハラさせてくれるんだから」


「どーゆーことですかエリナさん! 説明、説明してくださぁい!」


「黙って見てなさい、艦長。

 美味しいところを見逃すわよ?」


「うー。

 だって、アキト……またフィリスちゃんと一緒……」


「か、艦長しっかり!」


 項垂(うなだ)れるユリカさんを、メグミさんが宥めて。

 ミナトさんはなんとなく含み顔で―――ちらっとエリナさんに視線を向けました。


「拗ねないでよ艦長。後ですぐ会える―――そうなんでしょ? エリナ」


「ま、そういうこと。

 ―――始まるわ」


 暴走した無人のテツジンは、上空に開いた跳躍空間へと吸い込まれていきます。

 ……テンカワSplといっしょに。


「「「「…………」」」」


 それは、本当にあっという間で。



『……なんにせよ、コレで助かったわけだ。

 エステバリス隊、帰還するよ』


「あ、えーと。

 目標Aの回収は……後で良いかな。

 皆さん、お疲れ様でした」


『美味しいところを掻っ攫いやがって……羨ましいぞ相棒!』


『ビックリだねぇ』


『人間、その気になれば何でも出来るのね……』


『できねぇだろ、普通。

 ま、帰って説明してもらおうぜ、色々とな』


『ど、どういうことなんですか?

 あれ、味方機もいっしょに―――』


 約一名、まったく事情をしらない人物が、なにやら騒いでいますが―――。



「さて、なんと説明すれば良いのかしら……」


「私が説明してあげましょうか?

 パーフェクトに理解できるよう、解説してあげるわ」


 私の後ろでも、なにやら不穏な会話が。



 止めさせた方がいいかなと、口を挟もうとして―――。

 ナデシコに長距離通信が届いていることに気づきました。

 前は、もう少し後だったような……?

 ―――ま、いいか。



 ぴ!


 モニターに現れたのはアキトさんでした。


「あ、アキトアキトアキト〜!! 無事だったんだね、良かった〜!!」


『あ、あの、いや、助かったのは良かったんだけど……』


「今何処にいるの? すぐ迎えに行ってあげるから、ねえ、何処―――ふぐっ」


 エリナさんに口を塞がれて、艦長は沈黙。


「どうしたの? アキト君。

 何か問題があった……?」


『いえ、その……何て言っていいか』


 歯切れ悪く、視線を彷徨わせながら―――アキトさんはモニターを少し横にずらしました。

 今まで枠に収まってなかった人物―――フィリスさんが、アキトさんの腕にしがみ付いていて。

 ……?



『あ、あの、私。

 フィリス・クロフォードです……初めまして、ですよね?』


「「「「はあ!?」」」」



 ―――おーい。

 これは何かの冗談ですよね? ね? ね?


『?』


 なにやら歳相応に訳の分からないまま曖昧な笑みを浮かべているフィリスさんの顔を見ながら―――。


 ―――なんか、ひょっとしてかなりヤヴァイですか?


 私は、心の中でそう呟いていました。


気が付けば二週間ちょい……。

実は今回、一度90%まで書き上げて、60%カット、都合64Kほど書いてよーやく形になった物です。

……えーと、解説。

逆行SS書く上で、この話ってかなりネックのような……一人でも逆行者が居ると、だいぶ話が違ってきますね、マジで。

イツキ、せっかく出演したのに置いてきぼりですか?(笑

九十九、脱出した描写が無いけれど無事なんでしょうか?(笑

14話(どんな形になるんだか……)で明らかになるんでしょうけど、まだ考えてなかったりします。

話は替わりますが、タイトル出るまで三人称なのは、ナデシコに関わってない状態の人々がどんなものかを表現する為でした。

それっぽい雰囲気は出てたでしょうか?

……一番肝心な謎の部分を残しながら、解説終わり(爆

 

 

 

代理人の感想

引いたなっ!?

引きましたね?

思いっきり引きましたね?

 

いや〜、やっぱこう言う「ヒキ」がいいと「次を読みたい!」と言う気にさせてくれますよね〜。

 

イツキは完璧に脇役・・・まぁ、今回のメインはアキトの葛藤とフィリスの説得ですし。

言ってしまえば他の部分は全部オマケか伏線ですから(爆)。