『何故、君がココに居る!』


 俺の、目の前に居る巨人―――木星蜥蜴の機動兵器は、振り上げた右腕を突きつけて来た。

 その巨人には、月臣さんが乗っている。

 昨日、話を交わして。

 何時か、また会えるだろうかと―――。

 それが、まさかこんな形で……再び会う事になるなんて。

 
『君はコックでは無かったのか!

 俺にそう言ったのは、嘘だったのか!

 ……答えてくれ、テンカワ君!!』


「コックっス!

 ……パイロットと、コックの掛持ちなんス!

 好きでパイロットになった訳じゃないけど―――そうしないと皆を守れなかったから!」


『く……この戦争がそうさせたと言うのか……!

 初めて話をした地球人が君で―――俺は、君たちだけは巻き込みたくなかった!

 退いてくれ、テンカワ君!

 俺は、その研究所を殲滅しなければならない……!!』


「月臣さん!

 俺は退けない……!

 ココにいる人たちを見殺しにして……そんな自分が許せるわけないじゃないか!」


『退くんだ、テンカワ君!』


「嫌だ!」


 どう言えば分かってくれる―――?

 ―――幾ら言葉を重ねても、届きはしない。

 そんな絶望的な思いを抱きながら、もどかしさに打ち震える。

 戦わなければならないのか……?

 しかし、俺はハンドレールカノンの銃口を、月臣さんに向ける事が出来ない。


『……地球の兵士として殉じると言うのだな……テンカワ君!

 残念だ―――しかし、俺も退く事は出来ない以上、……こうするしかない!』


 巨人の振り下ろした腕を間一髪避けて―――俺は、戦いが始まった事にようやく気づいた。




機動戦艦ナデシコ
ROSE BLOOD

第16話

著 火真還





 まだ起動テストすら未着手のまま、その艦は鎮座していた。


 ナデシコ級四番艦シャクヤク。

 ナデシコより若干広いスペース―――システムの効率化による新造艦の特権だろう―――のブリッジには、私達以外、人の姿は無かった。

 非常用のライトしか、今は灯されていない。


「まあ、当然か」


 迷い無く、オペレータ席に腰を下ろしたフィリスに声を掛ける。


「起動するの?」


「……システムチェックと……外の様子を見たいからな?

 ―――出るのはもう少し後になると思うが」


 コンソールに両手を乗せ、IFSを接続―――。


「……起動システムはどれだ……。

 ……これか?

 ふむ―――違うか……ええと、何だったかな……ルリに聞いてた筈なんだが」


 ブツブツと不安になりそうな言葉を洩らしながらフィリスは、


「まあ、いい。

 ―――とりあえず適当にオンにしてみるか」


 ぴ


 何かを動かした、らしい。


 ―――うぃぃぃぃん……

 
 ヴン……、と照明が点る。


 起動するブリッジ。

 フィリスの前の空間に、シャクヤクの送り出すメッセージウィンドウが開き、高速でリストを出力する。


「……へぇ。

 流石マシンチャイルド―――ね」


 と、感心したのもつかの間。


「マクロ(自動)処理を起動しただけだ。

 ―――さて、艦外システム管理を呼び出してと……」


 ぴ!

 ……びー、びー!


 リストを吐き出していたウィンドウがエラーを吐き出して止まる。


「……違ったか?」


「―――それ、ディストーションフィールド展開命令……。

 相転移エンジンが作動してないから大事には到らなかったけど、下手したら基地ごと吹っ飛ぶわよ?」


「……そうか」


「そうか、じゃ無いでしょ……」


 呆れながらも、目に見える形でフィリスにメニューを開かせ、外部システムへの指示を出す。


 このまま彼女に任せていてはダメだ、と私の理性が告げていたからだ。

 パイロットはともかく―――マシンチャイルドとしての彼女は……その、評価に値しない。





 充分な手ほどきを与えた成果が、ようやく実を結んだ。

 メインモニターに外の状況が映ったのだ。


 巨大な敵機動兵器―――ダイマジンと、その腰にも届かないほど小さく映るアルストロメリアが向かい合い、しかし、まだ戦闘は始まっていなかった。


 対立するパイロット同士の言い争う声が聞こえてくる。

 それは、木連も有人ボソンジャンプを成功させた証だった。

 既に、敵は無人兵器ではなくなったのだ。

 相容れない人類同士の戦い。

 地球と木連間に起きた蜥蜴戦争は、これから第二の局面に移行していく。

 

 ―――両者間の会話に耳を傾けていた私は、フィリスのほうに視線を走らせる。


「……何時から知り合いなの?」


「昨日、公園で。

 大方、ココへのスパイ活動をしてたんだろう。

 そして、二人は素性も知らず話をした。……他愛も無い会話だ。

 月並みだが―――再会した二人にはショックだっただろうな」


 戦いを始めた二機から目を離さず、フィリスはそう返した。

 口の端を微かに曲げて、苦笑する表情を崩さずに。


「戦えるの? アキト君は」


「戦うしかないだろう、今は。

 ……ナデシコが来るまでの辛抱だ」


「ナデシコが?」


「互いに憎しみあってるわけじゃない。

 だが、主張は完全に食い違っている。

 そして、止める要素もない以上、戦闘は回避できない。

 ナデシコが九十九を連れてきてくれるまで、誰にも止められないさ」


「……ナルホドね」


 そう返しながらも、私は納得はしていない。

 確かに白鳥九十九は、二人の戦いを止めるキーパーソンかもしれないが、それ以外にも止める手立てはあるように思えたからだ。もっとも、それには両者に面識のあるフィリスの協力が必要だが―――。




 ***




『俺の任務の邪魔はさせん!

 行くぞっ! ゲキガン・パーンチッ!!!』


 バシュウウ!!


 エステバリスほどの大きさのある右腕が付け根から分離し、まっすぐにこちらに向かってくる。避ければ研究所への被害は免れない―――俺は、アルストロメリアの盾―――ディストーションシールドを展開して、その場に留まった。


 『展開可能時間―――10、9、8』


 ドゴオオオオン!!!

 凝縮された高圧のディストーションフィールドを前面に展開する『シールド』は、飛んできた右腕に接触して膨大な衝撃破を生んだ。

 自重のないアルストロメリアは後方に投げ出されるが、すぐに出力を回復した。機体は煤けたが、戦闘に支障は無い。シールド・システムは良好―――技術者は喜んでいるかもしれない。


 しかし、状況は一向に好転していなかった。


 守る理由はある。

 しかし、戦う理由は―――今の俺には無かった。



「ちくしょう!

 何でこんなコトに―――!」


 ハンドレールカノンを構える。

 トリガーに指は掛かっている。―――だが、撃てない。


 相手は人間だ。

 その事実が胸に圧し掛かる。


 無人兵器であれば躊躇い無く引けるトリガーが、今はやけに重い。


『遠慮はいらん!

 これは―――戦いだぞ、テンカワ君っ!!』


 ボソンジャンプ!


 こちらの背後に出現。なぎ払われた左腕を掻い潜って、再び距離を取る。

 しかし、それは囮だった。


 胸部から閃光が走り―――。


『ゲキガン・シュート!!』


「!」


 バシュウウウウウ!!!


 『展開可能時間―――6、5』


 小型のグラビティブラストが、瞬間的に展開されたシールドに撒き散らされる。


「くっ!」


 掠めるようにして巨人に接近し、左腕のクローを胸部に繰り出す。


 ガガッ!


 ディストーションフィールドを押し破る一撃は、巨人の胸部を切り裂き、発射口を抉(えぐ)った。


『やるなっ!』


 月臣さんの感嘆の声。

 純粋に戦闘に集中し、楽しんでいるかのようにさえ思えてくる。


 ……何故、戦えるんだ!?

 ―――人間同士なのに!

 木星蜥蜴は―――『俺達』とは違うのか!?


 俺は思わずカッとなって言い放った。


「貴方は……何のために戦ってるんだ!!!」
 

「…………」


 その俺の叫びに反応して、月臣さんは押し黙った。

 いや、たっぷりと時間を置いて、逆に問い掛けてきた。


「何の為、だと……地球人である君が、それを知らないはずが無いだろう。

 俺達を否定し、死に追いやろうとしたのは―――」




 ***




 ぴ!


「いやはや、驚きましたな……。

 多少、遺伝子を弄った痕跡が見られますが、彼はれっきとした地球人類ですよ」


「バカな……木星蜥蜴が地球人だと?」


 ブリッジで九十九さんを取り囲んで、主要メンバーの人達は顔を見合わせました。


 端で話を聞いていたリョーコさん達パイロットも、テツジンに人が乗っていて―――目の前に居る九十九さんがそのパイロットだと理解すると、驚いた様子で口を開きました。


「―――こいつが、敵だってぇのか……?」


「に、人間だよ?」


「―――木星蜥蜴転じて、人……ね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!

 木星蜥蜴は無人兵器だろ? 皆、何を言って―――」


「…………」


 自分達の戦ってる相手が、人間かもしれない。

 ―――いえ、人間だった。


 なまじ最前線で戦うパイロットだからこそ、その衝撃は計り知れないのかもしれません。



 疑問は、リョーコさん達だけではありませんでした。

 九十九さんもまた、疑問を持ったのでしょう。―――姿勢を正し、逆に聞き返します。


「木星蜥蜴とは何ですか?

 自分は、木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体、優人部隊所属。

 白鳥九十九です。―――蜥蜴などではありません」


「へ……木星? ちょっと待って。

 地球人類って、まだ火星までしか進出して無いんでしょ?」


 ミナトさんが疑問を口にしますが―――。



「それは、表向きの歴史ね。

 ……白鳥九十九、アナタには悪いけど、簡潔に言うわ。

 地球は―――木連の存在を認めていない。

 アナタ達は正体不明のエイリアン―――木星蜥蜴ってワケ」



 ムネタケ提督は、普段の姿からは想像も出来ないほど真剣な眼差しで―――淡々と語りました。




 それは、隠されていた真実。



「……!」


 口を挟もうとしたアカツキさんを、エリナさんが止めるのが見えました。


 …………。



 提督の言葉が、ようやく脳に行き届いたのか―――九十九さんは、みるみる顔を強張らせて。


「……そ、そんなバカな!

 我々木連は、再三地球に対してメッセージを送ってきました!

 『過去の過ちを謝罪してくれれば、木連は地球と和平を結ぶ用意もある』と!」


 顔を真っ赤にして言い放ちます。

 その声は悲痛で、悔しさが滲み出ていました。




「それって、どういうことですか……?」


 艦長が、提督に訊ねました。血の気が引いたその顔は、困惑と不安で強張っています。


「連合軍は、木星蜥蜴を―――戦っている相手が人間だと、知ってて黙ってたんですか?

 教えてください、提督!」


「知っていたわ……一部の高官はね。

 私自身、そのことを知ったのはつい先日。

 軍の機密回線を片っ端から調べ上げて、手に入れられる情報は全て目を通して。

 ―――結果はクロ。

 ……木連からの通信は、上で全て握りつぶされていたの。

 それが、今の地球の現状よ。

 ―――驚いたでしょう?」


「そんな……」


 副長が呆然とした顔で呟きます。




 ……提督のハッキングを助けたのは、私。

 ナデシコの戦果を単純に喜んでいた提督に、フィリスさんはこう言ったそうです。


 『この戦争に正義など無いのさ、提督。

  敵が無人兵器だっていう意味じゃない。

  何故、敵が襲ってくるのか。

  何故、コレだけの技術を持っていながら、地球を制圧できなかったのか。

  何故、相手の意思が見えないのか……それを知らなければ、本当の意味での戦争は始まりもしない』


 ―――その言葉を確かめる為、提督は私にその真相解明を依頼しました。

 ハッキリ言って犯罪行為。

 ……それでも、知らなければ後悔してしまうこと。





「過去の過ちって、何なんですか……?」


 躊躇いがちに、メグミさんが疑問を口にしました。

 知りたく無い―――しかし、知らなければならないらしい。

 そんな決意を込めた視線を、提督に向けて。


 それは、皆も一緒。


 皆の視線を受け止めて、提督は……語り始めました。



「……昔、月自治区で内戦が勃発したのは知ってるかしら?」


「知ってます。歴史の教科書で習いました」


「表向き、地球連合軍は内戦には関わってないことになってるけど、本当はそうじゃないの。

 月の独立運動が深刻になると、連合軍は内戦に介入。

 穏健派と組んで、独立派の追放を図ったわ。

 内部工作、スパイ、情報の隠蔽……。

 結果、居場所を失い、月を追い出された独立派は、火星に逃げ延びた」


「我々の祖先は、まだ人の生活できる環境に無かった火星で、苦しい生活を強いられました」


 ようやく、自分の知る過去に触れて、九十九さんは内容を補足しようと、口を開きました。


「―――僅かに点在する環境維持コロニーで、痩せた大地と貴重な水を頼りに、それでも何とか生きていく事は出来ました。

 しかし……それすらも、我々には許されなかった」



「彼らが火星に入植した事実は無いわ。

 ―――そういうことになってるの。

 既に過去の歴史になりつつあった月の内乱。その被害者の彼らが余計な事を言い出さないうちに、口を封じる必要があった連合軍は―――そう、独立派を完璧に抹殺しようとした。

 そして―――火星に核ミサイルを打ち込んだの」



「我々も、その情報は掴んでいました。しかし、疑問の声を上げる者も多かった。

 核を使って我々を滅ぼす?

 そこまでするだろうか―――と。

 半信半疑ながらも、半数の人たちはコロニーを脱出しました。

 その行為に意味があったのか、無かったのか……結果は、直ぐに分かりました。

 コロニーを包む光。

 大地を揺らす振動。

 全てが終わったとき―――我々には、火星に生きていく事が許されなかったことを知ったのです……!

 火星から脱出し、地球から逃げるように―――我々は木星へと逃げ延びました。

 そして―――」


 ―――木星の影に隠れるようにしてソレはありました。

 遺跡。

 火星にある極冠遺跡と同じ、地球人の残したものとは明らかに違うモノ。

 ―――異文明の遺産。

 逃げ延びた独立派は、それを手に入れて。

 プラントと呼ばれる製造工場は、生きていく為に必要なものを与えてくれたそうです。

 木星を廻る衛星、ガニメデ・カリスト・エウロパを基点に、彼らは一応の生活空間を手に入れ―――そして現在。

 地球に過去の過ちを償ってもらい、共に生きる道を望んだ彼らに突きつけられたのは―――拒絶と、否定。


 九十九さんが私達に語り、聞かせてくれた話は―――そういうモノでした。



「……むう」


「ヒドイ……」


「……信じられない、地球連合がそんなことをしていたなんて」


「……お父様、知ってたのかな」


 艦長の自問に、提督は、


「宇宙軍のミスマル提督を含む、今の若い世代の将校は知らないんじゃないかしら。

 こんな重要なコトを隠蔽できるのは情報部の上の方よ、たぶん。

 ……ワタシはそう睨んでるけどね。

 もっとも……そのへんの事情は、もっと詳しい人に説明してもらうべきだと思うけど」


 提督は、意味ありげにアカツキさんに視線を移し―――。

 釣られて、皆がアカツキさんを見つめました。


 しーん。


 ひくっ、と頬を引きつらせて、アカツキさんは自分を指差しました。

 提督が頷くと、ヤレヤレといった口調で―――。


「ココで僕に振るかい? 提督も容赦ないなぁ……」


 髪を撫で付けながら、しかし満更でもない様子で、


「僕もネルガルの会長という役柄、こういった裏事情はお手の物ってね……」

「…………」

「…………」

「…………」

「……えーと」


 さりげなく自分の正体を明かしたつもり? 今更??

 どういったリアクションを期待したかは分からないでもないけど……。

 不思議そうな顔をしたヒカルさんが、皆の様子を伺って一言。


「え、笑うとこ?」


「オチが無い……」


 なにやら不満そうなイズミさんを押しのけ、


「んなことはいーから。

 大体、なんでこんなややこしい話になってんだ? 結局、誰が悪いんだ?

 そこんとこがわかんねーと、納得できないっつーか……」


 リョーコさんが話の続きを促しますが……ヤマダさんが心底驚いた顔で叫びました。


「ちょぉぉぉっと待ったぁ!! アカツキってネルガルの会長だったのか!?

 俺は知らなかったぞ!

 くう、己の正体を隠して一パイロットとして乗り込むとは……やるな、アカツキ!」


「は……ははは。

 いや、良いんだ、慰めは要らないよ……」


 いじけるアカツキさんに、エリナさんは溜息を吐きました。


「会長、もう一度仕切りなおしますか?

 先ほどの台詞から」


「エリナ君……勘弁してくれ。

 えーと、話を進めさせてもらうよ。

 提督の話を裏付けるだけになってしまうから内情は省くけどね。


 ……当時の地球連合軍は、連合と呼ぶにはまだ未成熟なモノだったんだ。

 主要な国家が牛耳っちゃって、連合なんて名前だけでさ。

 情報公開も今ほど頻繁には行われなかったし、醜い部分も少なからず存在した。

 連合軍なんて取り繕っちゃいるけど、内部はドロドロした私利私欲の塊に過ぎなかったんだ。


 ところが……一つの出来事から、連合は結束する事になる。

 月の独立で生まれる新しい勢力は、連合軍にはちょっと都合が悪かったんだよね。

 月の資源を独り占めするなって話さ。

 地球から見れば、おとなしく資源を供給してればいいと思ってるけど、月から見れば、自分達の掘り出した資源をなんで地球に搾取されなきゃならないんだって思うわけ。

 危機感を持った連合軍は、互いの損得を無視して、月の独立派を掃討しなければならなかった。

 ……その結果がどうなったかは、提督の話した通りさ。


 そういう意味では、連合そのものの体質がそうさせた―――と言っても過言じゃないね」


 一般市民には縁の無い世界(連合)。

 でも、その実態は―――目を背けたくなるような内情が渦巻いていた。

 ―――大人って嫌だな。


「その後、連合はゆっくりと時間を掛けて、今の組織形態に変わってきた。

 当時の将校はもう退役しちゃって、誰も責任が取れない。

 取るつもりも無い。

 もちろん、今の幹部も情報を公開するつもりは無いだろうね。……なにしろ歴史的なスキャンダルなんだから。


 ……納得したかい?」


 その言葉は、ずっと沈黙を守っていた九十九さんにかけられました。


「……それでは。

 それでは、我々は……我々のしてきた事は、なんだったんだ……!

 我々にとって地球は悪だった……敵でなければならなかった。

 だからこそ、我々は地球に侵攻を開始した。

 今更、それが間違いだったと―――言える訳が無い……!」


 九十九さんの慟哭に、私たちがかける言葉はありませんでした。





 ***





「―――そういうことだ、テンカワ君。

 この戦いの正義は、我ら木連にある。

 連合に虐げられた祖先の恨みと。

 今ものうのうと平和をむさぼる地球人の現実を。

 それを見せ付けられた我々の怒りがどれほどのものだったか!

 君に、分かるか!?」


「…………」


 月臣さんの圧倒的な感情を前にして、俺は言葉を無くした。



 ……反論したい気持ちはあった。

 俺たち―――火星の人間は、連合軍の陰謀とはなんの関わりもないはずだ。

 少なくとも、大部分の人々は。

 その火星は、木連の宣戦布告とも言える侵攻によって、壊滅している。

 被害者……そう呼ぶなら、俺達にもその権利はある筈だった。


 木星蜥蜴の侵攻する中、そのシェルターで死んでいった人たち。

 蹂躙する無人兵器。

 守りたかったモノを―――守れなかったという事。



「アイちゃんと……約束したんだ」


『……なにを言っている?』


「火星の。

 無人兵器がコロニーを破壊していったとき、俺はそのシェルターに居た。

 そこで、女の子と約束したんだ」


『…………』


「そのときはまだ、状況がよく分かってなかった。

 一方的に攻撃されているのに、戦う力も無い。

 身を守る力も無い。

 軍隊なんかとっくに逃げちゃってて。

 女の子は泣いてるしさ。

 俺、そのときはコックの見習いやってたから、仕入れのミカンを女の子にあげると、よろこんでくれたんだ。

 お礼にデートしてあげるってさ。

 ―――でも、ダメだった。

 俺が、守れなかったから」


『…………』


「まだ小さ女の子だぞ……。

 その子の未来を奪ってまで……そんな正義が……あるわけないじゃないか!!」



 高ぶった感情が、ハンドレールカノンの見えないセーフティロックを解除していた。


 バシュ! バシュ!


 慌てて回避するダイマジン。


『くっ……!

 我らに正義は無いだと? 

 確かにその少女は不幸だったかも知れない! だが、そうさせたのは地球だ!』


「直接、手を下したのはそっちだろうにっ!!」


 アルストロメリアとダイマジンは、戦闘を再開した。




 ***




「♪〜〜……っと!」


「……何を後ろに隠したんです? ダイゴウジさん」


 捕虜を収容した一室の前。

 私は厳重にロックされたその部屋に背を向けたまま、のんきに鼻歌を歌いながらやってきたダイゴウジ・ガイに声をかけた。


「あー、そろそろ交代時間じゃないか? イツキさん。

 後は俺が代わるから―――」


「結構です。

 交代したいなら、後ろに隠したアニメのディスクを部屋に閉まってきて下さい。

 ……相手は木連のスパイですよ?

 馴れ合ってどうするんですか」


「いや、だってなぁ。

 同じゲキガンガーを愛する男として、アイツにこれを見せてやってもいいだろ?

 同じ、に―――」


「違います!

 ……いえ、そうかも知れませんけど……今は敵であることに変わりはありません!

 お引き取りください」


「そんなカタイコト言わないでくれよ。

 ……アンタも見る?」


「結構です」


 渋る彼を追い返し、私は視線を扉へと向けた。


 ―――ふう。


 この部屋の中に居る、一人の男。

 木星蜥蜴のスパイ……いや、その正体を知った今、その名称は改めなければならない。

 木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星小惑星国家間反地球共同連合体。

 通称、木連。

 それが敵の正体。

 私達が命を賭けて戦っている、相手だった。


 半信半疑で会話に入れなかった私だったが、しかし提督とネルガル会長の手で真実であることを裏付けられ、言葉を無くしていた。


 彼ら木連の消された歴史は―――同情できない話ではなかった。

 しかし、被害者は地球にも出ているのだ。


 ……私にとっての復讐とは何なのだろうか。

 腰に下げた銃を彼に突きつけ、両親の仇! と叫びながら、引き金を引く事だろうか。

 ―――それも、間違いではないと思う。しかし……。

 真実を知らなければ、私は確実にそれを実行していただろう。







 あの後ブリッジで、提督はナデシコの今後について私たちに語った。


「それでは、提督はどうお考えですか?

 もし連合宇宙軍がこの事を知ったら……!」


「心配しなくていいわよ、カザマ少尉。

 確かに命令は来ているわ……上のほうからね。

 木星蜥蜴―――木連の人間がいるということは、絶対に知られてはいけないコトだった。

 それこそ、ワタシがココに居る理由は、それが口外されないようにする為のモノだったらしいけどね……」


 提督は、探るような目付きで皆を見回した。


「いまさらそれを隠せと言っても、無理でしょ?」


「無理も何も……バラしたのは提督ですし」


 プロスペクターのつっこみに、提督は僅かに顔を綻ばせ、


「でも、隠してもすぐバレるに決まってるわ……特に、このナデシコでは」


「……確かに」


「彼は、連合軍に引き渡すのですか?」


「いえ―――このまま月に向かうわ。

 テンカワ・アキトとフィリスが待っているでしょうからね。

 ……そして、木連も連合軍も、コレに無関係では居られなくなる。ワタシは、この真実を世間に公表するわ。

 こんなコトを隠したまま戦争を続けることができるなんて、本気で考えていたのかしら……?

 甘いのよ、上の人達はね」


 私の喉がゴクリと鳴った。

 提督は本気だった。

 軍内部からの告発―――それは、重大な軍規違反である。

 たとえそれが真実であっても、連合軍に仕える士官の語るべき内容ではない。

 ……世論がどうあれ、罪は免れないだろう。

 それを、プロスペクターは指摘する。


「それでは、提督も処罰を免れませんが……」


「そんなものはクソ食らえよ。

 ……この帽子を取ることになっても、後悔しないわ。このまま茶番を続けるよりはね」


 苦々しく告げながら、しかし表情に曇りは無かった。


「提督……」


「そこまで御覚悟を……」


 その覚悟に、私たちは言うべき言葉をもたなかった。







「食事もって来たわよー。

 イツキ、扉開けてくれる?」


「ミナトさん……ご苦労様です。

 ―――って、どうして子供達をココに連れて来てるんですか!」


 振り返ると、ミナトさんの左右にはまるで従者のように、ポットを抱えたラピスと、お膳を持ったハリ君が居て、私を見上げていた。ミナトさん自身が抱えているお膳と合わせて、とても一人で食べきれる量ではないだろうに。


「……すごい量ですね」


「うーん、よくわかんないんだけどさ。

 この子達と食堂行ったら、ちょうど捕虜さんに出す食事持ってくって話になってて。

 ルリルリに頼まれちゃったのよねー」


 首を傾げながら、ミナトさんはお膳を持ったまま、器用に肩を竦めてみせた。そして、


「……なんで僕らまで」


「…………」


 不満そうに口を尖らせるハリ君を一瞥し、悪戯っぽい笑みを浮かべて、


「あっれぇ?

 おっかしいわねー。ルリルリの話じゃ、何でも言う事を聞く、素直な良い子だって聞いてるんだけどなー」


「し、知りませんよ、そんなこと。

 大体あの人、僕と初対面のはずなのに―――僕のコト、ハーリー君って呼ぶんですよ?」


「嫌だったの?」


「え……い、いえ、別に……そういうわけじゃ……」


 頬を赤くして、そっぽを向くハリ君。

 ―――マシンチャイルドって、……こうしてみると普通の人間と変わらないわね。

 初対面の時に、あれほど感じた機械のような表情はそこには無い。ただの、何処にでもいる男の子のように感じられた。

 ……これも、ナデシコの雰囲気がそうさせているのだろうか?

 それはともかく、ただの少年と化したハリ君は、話題を必死に逸らそうと口を開いた。


「……だって、この食事、あの捕虜になった敵のスパイのですよね?

 どうして僕らまでいっしょに食べなきゃ」


「良いじゃん別に。初対面じゃないんでしょ?」


「そ、それはそうですけど!?

 おかしくないですか? ……だって……ええ?」


 ミナトさんを見上げ、私を見上げ、最後にラピスの顔を覗き込んで、


「ハーリー、変」


 ぼそっと呟いたラピスの言葉に、ひくっと頬を引きつらせて。


「ぼ、僕は変じゃない、僕は変じゃない……」


 ハリ君……ハーリー君は、自分に言い聞かせるように小声で呟いた。


 ―――ごめんハーリー君。

 私もおかしいとは思うけど、ここじゃふつーの流儀は通用しないらしいから……。




 ***




「う、……うまい!

 地球では、こんな上手いものを食べて戦っているのか……!」


 20数時間ほど食事をしていなかったという彼は、余程お腹が空いていたのか、そう言ってご飯を口に運んだ。


「はいはい、そんなに急がなくてもいいから、ゆっくり味わってね」


「はい!」


 卓袱台―――低い円形のテーブルで食事をしている五人の姿は、そこが戦艦の中であることを忘れさせるほど、場違いなものだった。

 ―――いや、それは極一角。


「くぅ、この白米がっ!

 こんなっ!

 瑞々しく、それでいてなんと深みのある味わいっ……!」


「お代わりいる?

 私の分も食べていいわよ?」


「そ、そんな!?

 そこまでして頂く訳には! ……ああ、しかし!」


 カチャ……カチャ……。


 もぐもぐ。


「あの」

 
「あ、醤油ね。はいはい」


「ありがとうございます」


 もぐもぐ。







 ……カチャ。

 ほっぺに御飯粒をつけたまま、箸を置いてハーリー君は縋(すが)るような視線を私に向けた。


「イツキさぁん……。

 僕、帰っちゃっていいですか? 食堂で食べたい……」


 小声で囁かれても困る。

 身の置き場がないのは私も一緒だ。

 既に達観した様子のラピスは別として、何故か良い雰囲気の二人―――白鳥九十九とミナトさん―――二人の空気には、入り込めないものがあった。

 しかし、彼の監視役を買って出ている以上、この場を離れるという選択肢は私にはない。

 ―――ここでハーリー君に逃げられたら困るのは、実は私の方なのだ。

 それを悟られぬよう、しれっと受け流し、視線で説得する。


(我慢して、ハーリー君……。

 後で幾らでも好きなの奢ってあげるから)


(ううう……)




 結局、そーゆーふうに、よく分からない時間が過ぎていった。

 そして食事が終わり―――。



 ピー、ピー!


 ブリッジよりコミュニケに緊急通信。

 モニターに映ったメグミさんが、緊迫した表情を見せる。



『ミナトさん、イツキさん。

 至急ブリッジに戻ってください!

 現在、月で木連の機動兵器とアキトさんが交戦中なんです!』

 
「「ええ!?」」


「…………!」


『ナデシコは最大戦速で月に向かいますので、操艦と出撃準備、よろしくお願いします!』


 ミナトさんと顔を見合わせ、立ち上がる。

 黙っては話を聞いていた九十九も、表情を強張らせたまま席を立った。


「木連の機動兵器に乗っているのは、おそらく私の友人です。

 ―――ブリッジまで、同行させて下さい」 




 ***




 ぴ!


 ナデシコへの遠距離通信。

 ブリッジでその通信を『待っていた』私は、すぐさま艦長に報告。


「月ネルガル研究所の近辺で木連の戦艦、及び機動兵器が出現しました。

 狙いはおそらく、ネルガル研究所と新造戦艦の破壊。

 現在は、アキトさんが迎撃中です」


「……へ!?

 なんでアキトが?」


 艦長席に座っていたユリカさんは、びっくりした様子で立ち上がりました。


「月って連合宇宙軍の主力が居るんじゃなかったっけ、ルリちゃん」


「月といっても、地表にはほとんど居ませんよ?

 ―――現在は月から離れたこの辺りに展開中。

 到着するのは、まだナデシコのほうが早いです」


 モニターに表示した概略図をつかって位置を説明。

 居合わせていたアカツキさんは、


「……うち(ネルガル)の私設部隊は何をやってるんだ?」


 と疑問を口にしますが―――。


「戦艦からの最初の攻撃で、格納庫破壊されてます」


「あ、そう……」


 言葉を失いました。


「じゃあ、彼は―――ああ、テスト機で出撃したのね。

 確か……アルストロメリア」


「え、アレ、もう完成したの?」


「……フィリスがいるもの。それに、アキト君もね」


「はー……」



「それはともかく一大事!

 メグミちゃん、各員に通達よろしく!

 ナデシコは最大戦速で月へ!!」


「はいっ!」


「待ってて、アキト!!!」




 ***




 ズガァァァン!


 ディストーションシールドの消滅と同時に、吸収できなかった衝撃がアルストロメリアの左腕を付け根から吹き飛ばした。アサルトピットがギシギシと不気味な軋みを訴える。

 しかし、それは撃ち合う瞬間には分かっていたことだ。

 残された右腕で、ハンドレールカノンの残弾をダイマジンの脚部に集中させる。


 ドゴオオン!!


 必中の狙いは違わず、ダイマジンを移動不可能へと追いやった。アキトは、用済みになったハンドレールカノンを投げ捨てる。数刻前には傷一つ無かった彼の機体は、今では解体寸前のスクラップのようにも見えた。


 お互いが既に相手の回避を読み尽くしている。

 それだけの時間が、既に経過していた。


 ―――なぜ、決着がつかないのか。


 相手を殺したいほど憎んではいない。しかし、退くことはできない。

 両者共に―――無意識のうちに致命的な攻撃は避けているが、それも限界だ。アルストロメリアのシールドは腕ごと無くなったし、ダイマジンも歩行は不可能になった。


 ―――それでも、まだ、終わらない。


 自分の意思を貫き通すには、二人の精神はまだ未熟なのかもしれない。なまじ顔を合わせたばかりに、必殺の攻撃が繰り出せない。

 その状況において、この場で起こっている戦闘は、殺し合いのソレではなかった。


 ―――只の喧嘩だ。



 ピ!


『アキト、大丈夫!?』


『ユリカ……?』


 アルストロメリアのバッテリー残量が回復する。

 ナデシコがすぐ近くに来ているのだろう。既にアルストロメリアが満身創痍である以上、ナデシコの到着はアキトの望んでいたモノである筈だった。


『…………』


 しかし、何故か言葉が出てこない。

 邪魔をするな―――自分の胸を突いて溢れたその感情に、思わず戸惑う。



『艦長代理、ここは退いて下さい!

 敵の戦艦が接近中です!

 それに、機体がもう限界なんです!!』


『く……』


 月臣にとって、状況は悪くなる一方だった。

 研究所の強襲は、新造艦の破壊までは果たされていない。

 ―――いや、既に任務など果たせる状況ではない。

 にも関わらず戦闘を継続したのは、彼の理念でもある正義を否定されたからだ。


『<無人兵器>を放出します。艦長代理、脱出を―――』


『アキト、すぐエステバリス隊を送るから―――』


『お前達は撤退しろ。

 俺は―――このまま引き下がるわけにはいかんのだ!!』


『ユリカ、ごめん。

 ―――援護は要らない!!』


 しーん。


 僅かな沈黙の後。


『……ええ!?

 なんで? どうして?

 相手は人間なんだよ? 

 アキトが戦う理由なんて―――あ』


 ―――あった。

 少なくとも、アキトにはその理由はあるのだ。

 ユートピアコロニーの生き残りである彼には……。



『元一郎、聞こえているか?』


『……九十九? 生きていたのか!』


『聞いてくれ、元一郎。

 今の戦闘は無意味だ。

 地球は俺たちの存在すら、知らされてはいなかった!』


『……らしいな。

 だが、そんなことはもう、どうでもいい……!

 お前だって気が付いている筈だ、九十九。

 今更こんな話を、上に報告できるか?

 地球人は何も知らされてはいませんでしたなどと、そんな戯言が通用するものか!』


『……そうかもしれんが、しかし!』


『この戦い、断じて無意味などではない!

 俺たちの正義が地球に届いた証だ!

 それだけは、誰にも否定はさせん……!!』


『元一郎……!』




 ***




「……止まらないわね、戦闘」


「……みたいだな」


 シャクヤクのブリッジで、モニターを見上げたまま呆然としているフィリスに、イネスは意地悪く尋ねる。


「白鳥九十九では役者不足かしら?」


「―――そんな筈は……無いんだが。

 戦闘がエスカレートし過ぎたのか?

 とにかく、月臣とアキトを止めないと……困ったな」


 ハァ、と溜息を吐くフィリス。


「手はあるわよ?」


「―――?」


 思わずフィリスはイネスを見上げる。

 そして、何故だかよく分からないが、猛烈に嫌な予感がした。イネスの含みのある視線は幾度となく見てきたが、今回はとびっきりヤバイ。取り返しのつかないことになりそうな―――。


「い……イヤだ」


「まだ何も言ってないんだけど」


「言わなくていい。

 とにかく、却下する。

 ……何か他の手を―――」


「そんな時間は無いわよ?

 ホラホラ、あきらめなさいな」


「くっ……」


 今にも彼らの決着が着きそうな気配を肌で感じて、フィリスはイネスの提案を受け入れるしかなかった―――。




 ***




『決着をつけるぞ―――テンカワ君!』


『……ああ!』



 アルストロメリアは静かにイミディエットナイフを引き抜いた。

 ダイマジンはゆっくりと左腕を構えた。


 ―――ボソンジャンプの可能性はある。左腕を囮にするつもりか? それとも、ジャンプ後に撃つつもりか?

 ―――何処に出現するのが有利だろうか? 後ろか、上か。それとも正面から飛び込むか?


 互いの思考を―――読む。


 じわじわと、二人の気が高まる。


 ―――しかし。


 ぴ!


 と、間の抜けた音がしたかと思うと。


 アキトのアサルトピットと、月臣の操縦席。及び、ナデシコや『ゆめみづき』―――に、強制割り込みをかけてモニターが画像を結んだ。ルリが発信源を確認するまでもなく、誰が送ったのかは明白だった。

 ―――フィリスお姉さん!?



『『フィリス……さん!?』』


 両パイロットが戦いに水を注した者の姿を認め、声を揃える。

 フィリス・クロフォードだった。

 ―――いや、実際の『彼女』だと認識できた者がどれだけ居ただろうか?



 しっとりと合わせられ、祈るように―――胸の前で組まれた両手。

 触れれば壊れそうな、しかし柔らかな光を放つ長い髪。

 小さな薄紅色の唇を震わせ。

 涙に濡れた金色の瞳は、悲しみに暮れている―――。


『アキトさん、月臣さん!

 お願い、もう、これ以上戦うのはやめて……!』


 少女の頬を、つぅーっと涙が伝った。


『『……!!』』






 『ゆめみづき』は大混乱に陥った。


『だ、誰だこの少女は!?』

『美しい……』

『き、キサマ! 我々にはナナコさんがいるだろう! 恥を知れ、恥を!』



 ナデシコでは、全クルーがモニターに釘付けになっていた。


 エステバリスで待機していた三人娘+1。

『……誰?』

『誰って……フィリスだろ? オレの目がおかしくなけりゃ』

『……奇遇ね、私も目がおかしくなったらしいわ』

『……あれが、フィリス?』


 混沌と化した格納庫。

『『『おおおおおおおおおおお!?』』』

『ろ、録画! 録画の準備を!』

『ううううう、うろたえるなお前ら!!

 テメエの眼(まなこ)にしっかり焼き付けろ! 話はそれからだ!!』

『『『うっス!!!』』』


 ブリッジで、状況のつかめない九十九が疑問を口にする。

『こ、この少女は……!?』

『えーと……なんて言えばいいのかしら?』

 困惑し、説明の出来ないミナト。


『……治ったんじゃなかったの? フィリスは』

『あれが……フィリス君なのかい……?』

 疑問を浮かべるエリナ。アカツキは頬を引きつらせたまま、唖然とした。



 ホシノルリは、ぽかーんと口を開けたまま動けずにいた。

 シャクヤクの様子をモニターしていた彼女は、こうなった経緯を充分承知していた。

 『か弱い女性としてのフィリス』を間近で見た事のある二人にとって、彼女は調停者の資格はあったのだ。

 イネスの論理に否定するつもりは無い。

 確かに有効、かつ効果的な方法だ。

 フィリスは勿論、ルリにも考え付く事など出来なかっただろう。


 しかし、それを実践させるとは―――恐るべし、イネス・フレサンジュ。






 月臣のダイマジンは、左腕を下ろした。

 同時に、アキトのアルストロメリアもイミディエットナイフを下ろす。


『…………』

『…………』


 お互いに掛ける言葉は無い。

 そんなものは、この戦いの中で充分にぶつけ合った。


 しかし、そんな想いとは裏腹に、口が言葉を紡ぎだす。


『……また会おう、テンカワ君』


『ええ……』




 戦いが終わったのを感じ、ほっと息をついたフィリスは今にも撤退しようとした月臣に声を掛ける。


『あっ、ちょっと待って下さいね? 月臣さん』


『フィリスさん……何を?』


『ユリカさん、九十九さんの件ですけど……』


『……あ、そうでした!

 えへ、こっちで保護している白鳥九十九さんのコト、すっかり忘れてたよ』


 自分のアタマを軽く小突いて、ユリカは頬を掻いた。


『えーと、月臣さんでしたっけ。

 白鳥さんの引き取り、よろしくお願いしまーす!』


『『『ええ!?』』』


『な、ななな』


『良いの? 艦長。

 そんな勝手なコトして』


『良いんです、提督も賛成してますし』


 頷くムネタケ提督。

 そして―――。


『これが第一歩なのよ……本気で戦争を終わらせるならね。

 ワタシ達がまず、その先導者でなければならないの。

 敵を知り、真実を知った今から、連合は―――地球は変わるわ。

 ……そして、木連も変わらなければならない』


『戦争を終わらせる……終わらせられるのですか……!?』


 提督の言葉に、九十九は思わず聞き返した。

 それは―――それこそが、彼の望みでもあるのだから。


『不可能では無くなったのよ、たった今。

 ―――たとえそれが、イバラの道だったとしてもね』




 ***




 シャクヤク、ブリッジ。


 無言のまま、イネスの寄越したハンカチで目尻を拭う。


「……お見事、ね」


「…………」


 怒涛のように襲ってくる後悔の念に苛まれながら、俺はギロリとイネスを睨んだ。

 イネスは、目薬を白衣のポケットに仕舞いながら、


「だって……ねぇ?

 ホラ、他に手も無かったことだし……」


「……言いたいコトはそれだけか?」


「あのねぇ、私に怒ってもしょうがないでしょ。

 ……似合ってたわよ? これ以上ないくらいにね。

 ところで……さっきの演技は、フィリス・クロフォードとしての知識?」


 ―――分からない。

 知りたいとも思わないが。


「芸が広がったと思えばいいじゃない」


「―――思えるかっ!」


 喚いたところで、どうなるものでも無かったが、俺は―――。

 ナデシコに戻るまで、延々とイネスに愚痴を言いつづけた。














あとがき


ども、火真還です(遅

……………………………………………………何ヶ月経ったんだろ。
つい最近まで某ネトゲに嵌っておりました。
楽しかったです、ええ。(最近、ひどいバランスなんで一気に覚めた)
4月くらいまでは毎日やってたんですよねー。
5月入って、なんかイヤになっちゃって、いろいろ別のことウダウダやってて。
いつの間にやら6月入ってるし……。


さて、解説……というか。

今回の話自体は、15話書いてた頃に既に考えていたものです。
つまり、脳内ではこの話、何度も試行して、既に古臭い話になっておりました。どんな感じでしょーか?

後半はかなり後から書いたから、三人称になっちゃってるけど―――妥協です。
誰かの視点では、内情まで踏み込めないのがつらいんですよ……。

半年前に一気に仕上げてれば、こんな不安も無かったんですけどねー。


えーと、次回何時かはわからないけど……。

ぼちぼち書いて行きます。続きの展開はもう、考えてるし。

 

代理人の感想

お帰りなさい火真還さん!

と挨拶をしたところで本文に目を通す。

 

ぐふ。(吐血)

 

だ、ダメだ。

十四話といい、こういう展開は・・・・・ダメージがきつすぎる(バタッ)