和平へ向けての第一歩―――といえば聞こえは良いけれど。
とにかく、ムネタケ提督の暴露によって発覚した連合軍の悪事は、世論を巻き込んで大きく盛り上がりました。
木星蜥蜴が人間であったこと。
地球の一部の人間の過ちで、仲違いが生まれたこと。
だから―――。
戦争を続けている現状に疑問の声が上がったのは、当然なのかも知れません。
穏健派だった軍人を中心に、和平を望む運動は急速に広まっていきました。
もっとも、それは地上での出来事。
月のネルガル研究所に入港したナデシコには、あまり関係のない話だったりして。
連合軍本部への出頭を命じられたムネタケ提督以外は、現状待機のまま、変化なし。
「後のことはよろしく頼むわね、艦長」
「はい!
―――提督もお元気で」
ピシリ、と敬礼してムネタケ提督は、フィリスさんに向き直り、
「……こんな事になるなんて、半年前には予想もしてなかったわ」
「……そうだな。
だが、おかげで道が出来た。
戦争一本槍だった軍部が、内部から変わろうとしているんだ。
―――胸を張っていけ」
「ええ」
敬礼を解き、自前のカバンを持ちあげると、提督は踵を返し―――。
連合宇宙軍によって管理されることになったシャクヤクに、乗り込んでいきました。
「いっちゃったねー」
「いったな」
艦長とフィリスさんがそう言ってシャクヤクを見上げていると―――。
「ああ!?
僕の戦艦が……行っちゃった」
ぜー、ぜー、と肩で息をしながら駆け込んできたのはハーリー君。
「待ちなさいって……けほっ、こほっ!
言ってるでしょーが」
「エリナさん……?
何やってるんですか?」
不思議そうに艦長が尋ねますが、二人はそれどころでは無いみたい。
「…………」
ゆっくり二人の後を追ってきたらしいラピスは、騒ぎに介入するつもりは無いのか遠巻きに眺めてます。
「シャクヤクのオペレータは僕の役目のはずなのにー!」
「って、そんなの決めた覚えはないわよ?
今回あなた達を連れてきたのは、その適性を計るためだったんだから」
「そんな、だって」
「何の為にナデシコで連れてきたと思ってたの?」
「何の為ですか!?」
「一般常識を身につけさせる為よ!
あなた達みたいな素行不良児童を、そのままオペレーターに出来るわけ無いでしょ!」
がーん。
ショックのあまり劇画タッチになるハーリー君。……似合ってないけど。
「僕が素行不良!? 何処が!?」
「無差別ハッキングに、立ち入り禁止区域への侵入。
特にオモイカネを懐柔しようとしたのは拙(まず)かったわね。
オモイカネは全面的にホシノルリの下僕よ?
身の程を知りなさい」
ががーん。
致命的な一言だったらしく、言葉も出ない様子。
いえ、次の瞬間我に返ったハーリー君は、ラピスのほうを振り返って―――。
「……ラピス、知ってたの!?」
「…………」
黙って頷いたラピスに、
「酷いやラピス!
こうやって僕が見当違いに喜んでいたのを、君は黙って面白がってただけなんだね!?
ああそうさ、君はいつだって僕がバカなコトを仕出かすたびにそうやって見下すんだ!
お笑いさ! とんだ茶番劇だよ!
ナイーブな僕のハートは木っ端微塵さ!
さあ、笑え! 笑うがいい!!」
……皆、唖然。
ハーリー君……面白いです。
「……ごめんなさい」
自虐で暴れだしそうだったハーリー君は、ラピスの一言で言葉を詰まらせて。
「―――いや、言い過ぎたよ……ごめん。
どーせ話半分に聞いて勝手に勘違いしたのは僕のほうさ……。
ラピスが悪いわけじゃないよ……」
ぽんぽん、とハーリー君の肩を叩くラピス。
……結構、良いコンビじゃないですか?
まあ、それはともかく。
「エリナさん、ハーリー君とラピスは、本当にシャクヤクのオペレーター候補じゃなかったんですか?」
私が尋ねると、
「そうよ?
やっぱり、年齢的にマズイって話になってね。とりあえずナデシコで様子を見てから、ってコトになって。
……貴方もそう思ってたの?
おかしいわね」
……なるほど。
そーゆーことですか。
私もカマをかけられていたワケですね……イネスさんに。
「―――ということは、今シャクヤクはマニュアル運転なのか?」
フィリスさんは、ちょっと驚いた様子でエリナさんに確認しました。
「ええ。
性能比はマシンチャイルド併用時の50%くらいかしら。
せめてフィリスがまともに扱えるなら、手放す必要も無かったんだけどね……」
「う」
「まあ、それは良いのよ。
連合軍に貸し一つできたワケだし。……会長は落ち込んでるけど。
―――それより」
くるっと艦長の方に向き直り、
「現在は待機中だけど、艦長の仕事が無いわけじゃないでしょ?
確認メールすら返信が無いって、アオイ君、泣いてたわよ?」
「あー、そですか」
「それで済ますのか……哀れだな」
溜息を吐くフィリスさん。
ハーリー君とラピスが、そんなフィリスさんをマジマジと見上げています。
―――?
「あの……ラピスのお母さんですよね?
初めまして、マキビ・ハリです」
「ラピス・ラズリ……」
二人は揃ってペコリと挨拶。
「「お、お母さん〜!?」」
「……な」
あんぐり。
ビックリする私と艦長。―――慌てるエリナさん。
しばし絶句した後、フィリスさんは逃げようとしたエリナさんに、
「……エリナ!?
こいつらにいったい何を吹き込んだー!?」
機動戦艦ナデシコ
ROSE
BLOOD
第17話
著 火真還
ナデシコ格納庫。
「……何? コレ」
と、姿を見せたテンカワさんが声をあげるのも無理はなかった。
「おう、見てくれアキト!
ダイゴウジ・ガイ専用ゲキガン・フレーム!
かっこいいだろー!」
彼の好きなアニメのロボットと同じカラーコーディネイトらしい。
が、とりあえずそれは無視してテンカワさんに近づく。
「直接会うのは初めてですね。
イツキ・カザマです」
「え、あ。
テンカワっス。はじめまして……」
手を差し出す。
テンカワさんは慌てて制服の端で手のひらを拭ってから、握手に応じた。
―――木連の機動兵器と一騎打ちするほどの熱血漢には見えない。
それどころか、気持ちが萎縮しているような、しっくりこない笑顔を晒している。
が、私はそのことには触れず、会話を重ねた。
「テンカワさんの機体は研究所の方ですよね?
どうして格納庫に?」
「あー、うん。
予備のエステはあるはずだから、ウリバタケさんに使えるようにしといてもらおうと思ったんだけど―――」
きょろきょろと視線を彷徨わせながら、テンカワさんは言葉を濁す。
「ウリバタケさんなら研究所に行ってますよ?
ひょっとしたら、テンカワさんの機体の修理してるのかもしれませんね」
「そっかぁ……。
入れ違いになったのかな」
「……お暇でしたら一度、手合わせしてみませんか?
訓練も、立派なお仕事ですし」
最新鋭のテスト機を任されるほどの腕前である。
ダイゴウジさんやリョーコさんに言わせると、まだまだ―――自分のほうが腕は上、らしいが。
「う、うん。
じゃ、そうしようかな―――ガイはどうする?」
「おう!
実は暇を持て余してたんだー!
俺も行くぞ!」
ゲキガン・フレームのアサルトピットから降りてきた彼は、
「そういえば、明日はお前とフィリスさんの生還パーティやるってよ」
「え、マジ?」
驚いて聞き返すテンカワさん。
「今ごろ厨房は忙しいだろうけど、お前はコッチ。
……今はパイロットなんだからな。
それよりアキト、アストロなんとかの方はどうだったんだ?」
「アルストロメリア?」
「それそれ」
「……気になるんなら、乗ってみりゃいいじゃん」
「俺たちが見る前に壊したのは何処のどいつだ?
ああん?」
「あ、そか」
一機しかないテスト機を実戦で半壊。
アハハと誤魔化し笑いをして、テンカワさんは頭を掻いて弁解する。
「だって、アレしか機体が無かったんだから、しょうがないじゃん。
……手加減できるような相手じゃなかったし。
それに―――」
言葉に詰まる。
しかし、誤魔化すように上を向いて、
「やっぱり、もし人を殺したらって思うと……平気で居られないよ、俺」
「……ま、そうだな」
ダイゴウジさんはそう言ってテンカワさんの肩をポンポンと叩いた。
「なんだ、ココに居たのかおめぇら」
次に格納庫に姿をみせたのはリョーコさん。
私たちを探していたのか、喜色の笑みを浮かべて、
「訓練室いかねぇか?
さっきウリバタケからメール届いたんだ。
アルストロメリアのシミュレータ用データ作ったからってよ」
「もう作ったのかよ、博士は!
昨日の今日だぜ? 何時寝てるんだ……」
新型機の能力を一昼夜で解析するとは―――ナデシコの整備班長をやっているだけのことはある。
「それなら、さっそくアルストロメリアの性能を試せそうですね?」
「そーゆーこった。ほらほら、行こうぜテンカワ!
お前が、アルストロメリアの第一人者なんだからなっ」
強引にリョーコさんに引っ張られながら、しかしテンカワさんは苦笑を滲ませて。
「第一人者ったって、俺がリョーコちゃん達に教えられるコトなんて知れてるし……」
「まあ、そうかもな。んなコトは分かってるさ。
えーと……マジな話、フィリスに頼まれたんだ。
おめぇが何処まで強くなったか、ちゃんと見極めてくれってな」
―――声の質が変わる。
リョーコさんはマジメな顔をして、テンカワさんに振り返った。
「え?」
言葉の意味がよく飲み込めなかったのか、聞き返すテンカワさん。
「よくわかんねーケド。
それだけ、認められてるってコトじゃねえかな?
……戦闘、見せてもらったけど、正直驚いたぜ。
あそこまでヤツ(ダイマジン)に張り合えるなんて」
「……リョーコちゃん」
テンカワさんはその言葉に元気付けられたのか、大きく頷いて。
「―――うん、手合わせしてくれるかな?」
照れて頬を掻いて、リョーコさんは誤魔化すように笑った。
「おうよ!
見せてもらうぜテンカワ!」
***
「3,2,1,どかーん!」
「なぜなにナデシコ、始まるよー!」
「よー」
「みんな、あつまれー」
「まれー」
軽快なBGMをバックに、ウサギの扮装をしたミスマルユリカと、子供番組向けお姉さんの服を着せられたホシノルリが、対照的な表情でモニターに映し出された。
言うまでも無く、ノリノリなのがユリカで、無表情なのがルリである。
「ねぇねぇルリお姉さん、今回の質問は?」
「フィリスさんとラピスの関係についてです。
同様の質問はメール78通、手紙21通。
プロスさん、エリナさん宛てに寄せられました」
「へー、そうなんだぁ」
「今回はそのお答えというコトになります。なお、講師はイネス先生」
「ほらほら、ホシノルリ。明後日の方向見てしゃべらない」
白衣のイネス・フレサンジュが現れる。
…………。
「そ、それじゃ教えてよ、イネス先生。
ボク、二人の関係知りたいなぁ」
「その前にまず、フィリスの素性をおさらいしておきましょう」
二人の背後に、おそらく11歳前後であろうフィリス・クロフォードの写真が表示される。
「わ、ルリちゃ……お姉さんにそっくりだねー」
「フィリスは正式なマシンチャイルドではありません。普通の人間でした。
何故フィリスがマシンチャイルドになってしまったのかは、置いておくとして……」
「置いとくって、分からなかったってコト?
イネスさ……先生」
「そうです。
……ですが、今回重要なのはラピスとの関係ですから、構わないでしょう」
「ふむふむ」
「さて、フィリス・クロフォードは普通の人間でしたが、生まれたときからナノマシンと適合が保証された、極めて特別な性質を持つDNAの保持者でした。
ネルガルのマシンチャイルド研究所、通称人間開発センターでは、このような特別な保持者から提供される遺伝子―――細胞によって、ホシノルリのようなマシンチャイルドを作り上げたわけです」
「ということはつまり……」
「ラピスは試験管ベビーですが、その卵子の提供者がフィリス・クロフォードでした。
これは、クローン技術とほぼ同じ違法行為。
みんなも知っている通り、今は禁止されています」
「えーと法律の施行が……(ぴー)で、あれ?
ルリちゃん、それって(ぴー)?」
「ぶっちゃけ(ぴー)です」
『適切でない表現がございました』、とテロップが表示された。
「まあ、出来てしまったものは仕方ありません。
そういった事情もあり、今はまだ、ラピスは里親も決まってない状態。
ということは」
「なるほど、親子になるんだね!
……ええ!?」
素で驚くユリカ。
「大変だよルリちゃん!
フィリスちゃんとラピスちゃんが親子ってことは、ルリちゃんはラピスちゃんから見るとおば」
ブツッ
突然のブラックアウト。
『しばらくおまちください』、とテロップが表示された。
…………。
モニターが復活する。
「……親子はきついよね、やっぱり。
フィリスちゃんもまだ16歳なんだもん」
「そうね。
フィリスには親権が無いから、正式に親子とは認められる事はないわね」
「……適切に関係を述べるなら、姉妹ということにしてしまったほうが良いと思います」
「なるほどぉ。
みんな、分かったかなー?」
返事があるわけではないが、ユリカはウンウンと納得して、
「じゃ、今日のなぜなにナデシコはこれにておしまいっ!
イネス先生、ルリお姉さん、どうもありがとう〜!」
「……ども」
「それではまた、お会いましょう」
ルリと、イネスのお辞儀と共に、モニターは閉じられた。
***
ナデシコ食堂。
パーティに向けての準備で、戦場のような有様の調理場に踏み込んだ。
食堂のテーブルにルリちゃんが座っているのは、どうやら調理の見物らしい。
―――ナデシコは動いてないもんな、そういえば。
「あ、アキトさん。
来ちゃったんですか?」
急がしそうに皿を運ぶサユリさんが、俺に気づいて声を掛けてきた。
「うん。
―――パーティやるって聞いたんだ。……言ってくれればいいのに」
はぁ、と曖昧な相槌をした後、
「だって、パーティの主役に、その準備させるわけにもいきませんし」
「そうそう。
パイロットとして頑張ってるんだから、たまには休まないと」
「ちゃんと休暇届もらってるよ?」
手は休めず、皆が言葉を続ける。
その様子に気づいたのか、奥からフィリスさんが顔を見せた。手に握っているのはボールと生クリームのついた泡立て器。ということは……洋菓子か何か作ってる?
「なんだ、来たのか。
言っておくが、今日の厨房にお前の居場所は無いぞ?」
呆れた表情で、俺を追い払おうとする。
「ケーキ?」
「ああ。
ホウメイ師匠が久しぶりに中華やるからって任された。
……たまには腕を振るっとかないと、鈍るらしいからな」
「俺もやってみたい」
「……あのな。
休めと言ってるだろう」
「良いんじゃないかね、フィリス。
本人がやりたいって言ってるんだから」
苦笑しながら、仕込みを続けていたホウメイさんが口を挟む。
「…………」
俺を半眼で睨んで、しかし諦めたのか、はぁっとため息を吐く。
「……準備して来い」
「はいっ!」
手を洗い、エプロンを身につける。
コックとしての自分を……気持ちを切り替える。
……よし、頑張ろう。
何時ものように、厨房へ戻り―――。
くらっ、と足元が揺れた。ナデシコじゃない、自分の身体が。
「あれ―――?」
立ち止まって深呼吸。
しかし、眩暈は収まらない。
***
「何やってるんだ、アキ―――」
ふらつきながら歩いてきたアキトさんは、フィリスさんを見て何かを呟いた―――ように見えました。
でも、それが普通ではない事は明白。
……今にも倒れそうなのに、フィリスさんに近づいて行きます。
「わ、アキトさん!?」
「大丈夫なんですか!?」
「だい……じょ……」
ぐらり―――と、身体が傾き、
「っ!
くっ……!!」
ずたん!!
と、フィリスさんはアキトさんの下敷きに。
急いで厨房を覗いてみると、フィリスさんの胸元に頭を乗せるようにして、アキトさんがダウン中。
フィリスさんはボールを両手で支え、溢さないように持ち上げています。
―――抱きつかれて、動けない模様。
「こ、このバカ……何しに来たんだ!!」
「倒れるまで頑張らなくてもいいのに……」
「気を失ってるのがさらに不幸かも」
「―――しょうがないね、テンカワは」
笑いを堪えるようにして、ホウメイさんがアキトさんを抱き起こしました。
「主役がこれじゃ、パーティーもしばらく延期かね。
―――フィリス、テンカワを医務室まで運んでおいで。それは多分、アンタの仕事だよ」
***
『ゆめみづき』に戻った白鳥九十九は、艦橋に足を踏み入れた。
それを待ち構えていたクルーが立ち上がり、敬礼。死んだと思われていた艦長の帰還を喜んだ。
「お疲れ様でした、艦長」
「艦長、よくご無事で」
「すまんな、皆。
……迷惑を掛けた」
頭を下げる九十九。
「まったくだ。
捕虜第一号となった感想でも聞こうか?
九十九」
笑いながら皮肉を投げつける月臣に、九十九は口元を綻ばせた。
「あれは捕虜というよりは……賓客扱いだな。
どうやら―――ナデシコは普通の戦艦とは違うらしい。
俺が捕虜になったのも、なにかしらの意図があったのかも知れん。
実際、捕まった俺は、遺伝子チェックで判明するまで、地球人類とは思われてなかった」
「……未知の宇宙人扱いか」
「ああ。
木星蜥蜴―――そう呼んでいたらしい。
まあ、正体が明らかになるまでの短い間だ。
―――俺は自分から正体を明かした。
そして、ナデシコに乗り込んでいた地球の将校は、それを肯定してくれた。
自分たちの軍の上層部によって、俺たちの情報はもみ消されていたとな。
あの戦艦に乗っていたクルーのほとんどは、そのことを知らなかったらしい」
月臣は、腕を組んだままむっつりと答える。
「……この分だと、最初の宣戦布告も正当だったか怪しいな。
火星防衛の手際の悪さからすると……民間人は何も知らず、か」
自嘲して舌打ちする。
テンカワ・アキトの言葉が脳裏を過ぎった。
「無人兵器では避難民と軍人の区別などつくまい。
……彼の言葉も頷けるということだ」
「くそっ!」
バシッ!
手のひらに拳を打ち付けて吐き捨てる月臣をなだめる。
「―――落ち着け、元一朗。済んでしまったことは仕方が無いさ。
……むしろ、問題はここからだろう。
もし地球が和平を望んでも、こちらがそれを受け入れることが出来なければ意味が無い。
俺は草壁中将に進言するべきだと思っている。
……元一朗、お前はどう思う?」
肩をすくめて、月臣は応える。
「いきなり和平というのは極端だが……停戦はありうるかも知れんな。
戦線が優勢である今、停戦を迎えられるなら願ったりだ。
和平交渉で優位に立てる」
もっともらしいことを口にする月臣だったが、
「停戦から共存、和平へと進めば、お互いを知るための機関も組織されるだろう。
俺たちが和平の立役者ともなれば、派遣に抜擢される可能性も―――」
「……えらく具体案だが、まさかフィリスさんに会いたいが為、とか言うんじゃないだろうな?
元一朗」
「ば、バカなことを言うな、九十九!」
「そうは言ってもなぁ……。
優人部隊きっての熱血漢、一度火がついたら俺たちでも止められんお前が、彼女の一言であっさり丸め込まれるのをみると……な?」
赤面する月臣に、したり顔で頷く九十九。
「お前こそ人の事は言えまい!
ナデシコを出る時、女と握手してただろう!」
「う、あれは―――!」
どうやらナデシコを出る模様はリアルタイムでこちらに映像が来ていたらしい。
そのことにうろたえながらも、九十九は弁明した。
「せ、世話になった人に挨拶したまでのこと!
当然だろう!?」
―――木連の本拠地、『れいげつ』を目指す『ゆめみづき』艦内に、二人を止めるものはいなかった。
目的こそ完遂できなかったが、決死の覚悟で挑んだ任務で、彼らは希望を持った。
それは、戦争を終わらせられるかもしれない、淡い期待。
自分たちがそれを成し遂げられるかもしれない、甘美な夢。
もちろんそれは、木連の総意となるとは限らないのだが―――。
***
医務室のベッドにアキトさんを放り込んだ後、ちゃっちゃとメディカルチェックを終えたイネスさんは、フィリスさんに問い掛けました。
「……過労ね。
そういえばアキト君、月で戦った後、休んだ?」
フィリスさんは少し考え込んだ後、
「……戦闘後、アルストロメリアを格納して技術者連中に囲まれてたな、そういえば。
2時間くらいだったと思う。
その後、エステバリス隊を相手にシミュレータ訓練をどれだけやったのかは知らないが……半日くらいか?
で、厨房入りと」
「戦闘前にもアルストロメリアで試験運用してたでしょう?
……多少の休憩は挟んだけど。
えーと、木連が襲ってきた時間から逆算すると……」
「……倒れて当然だな」
半ば感心するような口調で言うフィリスさんに、イネスさんは呆れた口調で、
「仮にも師匠を名乗るなら、弟子の管理もして上げなさいな……」
「休めと言ったんだぞ? 一応。
こんな無茶するとは思わなかった」
「それだけ慕われてるってコトじゃないの?
―――それだけじゃないのかもしれないけど」
「…………」
素直に喜べない、そんな苦笑を浮かべながらフィリスさんはミルクコーヒーを啜りました。
そして、
「嬉しくないわけじゃないさ。
―――別に天邪鬼になるつもりもないしな。
ただ、ひょっとして、まさかとは思うんだが……」
躊躇(ためら)いがちに言葉を切りながら、カップを置いて。
「自分が言うのもアレなんだが。
自意識過剰なのかもしれないし。
傍目からの客観的な意見として聞きたい。
その、アキトは……フィリスのことが好きなのか?」
しーん。
―――本気で言ってるんでしょうか?
イネスさんとなんとなく顔を見合わせ、
「……何を今更なコトを」
「言ってるんでしょうね……」
「……そうなのか?」
傍目にもがっくりと項垂(うなだ)れながら、
「……おかしい、おかしいとは思ってたんだが。
いったい、いつの間に……」
「カワサキシティでのボソンジャンプの時、いっしょに跳んだでしょう。
思えばアレが急接近のポイントかしら?
ましてや、キスまでしたとなると確定したも同然」
「……それ、初耳です。
そうですか、イネスさんには言ったのに、私には言ってくれなかったんですね……。
ふぅ」
わざとらしく拗ねてみたりして。
「あら、内緒だったの?
こまったお姉さんねぇ」
「お前らいい加減にしろっ!
キスしたのはフィリスの意識のせいなんだからしょうがない!
『それ』だって、ボソンジャンプしなければ起きなかったわけだし―――」
「そういえばあのとき、高出力DF仕様テンカワSplで出撃してたけど……。
なんで素のテンカワSplで跳ばなかったの?
A級ジャンパーなんでしょ?」
?
イネスさんが首を傾げて、不思議そうにこっちを見ますが―――。
「……誰が?」
「違いますよ、イネスさん。
フィリスさんがA級ジャンパーなわけありません。
もしそうだったら、ナデシコが初めてボソンジャンプしたとき、展望室に出現していたはずですから」
「……そうなの?
おかしいわね、貴方の経歴洗ってみた時、出生が火星って―――」
「そうなのか? ルリ」
「……ジャンプできないので地球出身だとばかり。
―――できませんよね?」
イネスさんが机の引出しからCCを取り出し、フィリスさんに手渡しました。
「…………」
しーん。
「……跳びませんね」
「……おかしいわね?」
「経歴が間違ってるんじゃないんですか?」
「こんなこと、普通間違えないわよ……。
故意に換えたわけでもないでしょうし」
「A級ジャンパーになれたのは、ある期間に火星で生まれた人ですよね?
フィリスさんは、それに当てはまらなかったとか?」
「イネスがA級ジャンパーなのに?」
「?」
イネスさんが不思議そうな顔をしますが―――そうでした。
『生まれた』のは、フィリスさんより後のはず。
「マシンチャイルドになった影響かもな……。
遺伝子を弄るわけだから」
「そーかも知れませんね。
ひょっとしたらB級ジャンパーかも」
「…………」
「…………」
「……試すのか、それを」
「……違ってたら死ぬわね」
試すのはどうやら無理っぽいです。
***
木連の突撃艦が、編成を組んで航行している。
窓の外で行われているその演習は、来(きた)るべき全面戦争への準備であり、その訓練された動きに満足した草壁中将は静かな足取りで席に戻った。
旗艦『かぐらづき』に設けられた一室―――草壁春樹の私室で、一人の男が中将の着席を待っている。
真新しい畳張りの匂いと、茶の香ばしい匂いが、辺りに充満していた。
草壁春樹は、湯気を立てる茶を啜った後、緊張の面持ちでこちらを窺う男に視線を注いだ。
『ゆめみづき』艦長、白鳥九十九である。
「……報告書は読ませて貰った。
任務についての失敗は仕方あるまい。
―――まさか、地球連合にこれほど発達した機動兵器があるとはな」
「僭越ながら申し上げます。
私のテツジン、元一朗のダイマジンでも、あの機動力に渡り合うのは困難かと。
……しかし、中将!
戦果以上に、私は重要な情報を入手してまいりました!」
しばしの沈黙の後。
「……話を聞こう。白鳥君」
草壁はゆっくりと頷いた。
そして、十数分後。
「お判り頂けましたか、中将!
我々の戦いの最終目標は、木連の正義を地球に知らしめ、謝罪させることだったはず!
地球に変化が現れ、和平の道を希望するのであれば、次は我々がその期待に応えなければならないでしょう!
ここは時期を置き、改めて木連の意思を一つにして、事に当たるべきかと―――」
草壁は、なお喋りつづけようとする白鳥九十九を、片手で制した。
優人部隊の中でも冷静沈着な男―――部下の信頼厚く、慎重さと戦略に秀でた才能を持つ白鳥九十九。
なにゆえ彼は、ここまで和平にこだわるのか。
その理由はおよそ見当がつく。
―――木連は資源が少ないのだ。
多くの者が見て見ぬ振りをしているが、この男は正面からそれを受け止めている。
プラントの生成する食料、加工品、衣類、そして……戦争の為の道具。
そして、今。
木連では一つの問題が持ち上がっている。
「君の気持ちはよく分かった。
だが―――知っていると思うが、プラントの生産量は年々低下の一途を辿っている。
……それに危機感をもっている者は少ないがな。
我々がこの戦争を仕掛けたのは、つまりもう一つ理由があるのだ。
―――勝利による、地球との取引を有利にするという事。
資源が無くなれば我々は、地球に頼るしかなくなる。
火星ほどの土地でも譲り受けられれば、話は違うのだがね。
その条件を飲ませる為にも、我々は戦争を勝利で終えねばならんのだ。
……分かってはもらえないか、白鳥君」
正論だった―――。
それが木連の現状。まもなく枯渇するプラントが、彼らの未来の選択肢を狭めていた。
ユキナ達の世代はまだ良い。
だが、その次の世代は?
その次の次の子供達は?
しかし。
―――良いのか、九十九よ。
戦いは―――所詮殺し合いでしかない。
その覚悟を持つ我ら木連の戦士たちは、己の運命を受け入れるかもしれん。
地球の兵士を前に、一歩も怯むことなく戦い、そして死んでいくだろう。
そして、勝利した暁に我らに残るものは何だ?
身内に先立たれ、悲しみに暮れる女たちを生み出す事か?
親の無い子供達が、荒んでいく様を見届ける事か?
戦争とは、そういうものなのだ。
それを回避する策が、目の前にあるかもしれない。
なのに、それを選び取ろうともしないのか、お前は……!
「中将!
我々の戦力をお考え下さい!
例えこれだけの戦艦を揃えて、果たして地球の制圧が可能でしょうか?
彼ら地球には、我々とは比較にならない程の資源があります。
相転移エンジンを搭載した新型艦も、これから増えてくるでしょう。
それでも尚―――我々に勝ち目はあるのでしょうか!?」
それは、軍人として口にしてはいけない事だったのかもしれない。
戦う前に敗北を示唆するなど、反逆と取られても仕方が無い事だった。
だがそれは、九十九の狙いでもある。
……一世一代の賭けだ。
この進言が通らないほど、木連軍の上層部が愚かならば、そのときは仕方が無い。
―――俺は優人部隊の制服を捨てる!
その気迫が伝わったのか、草壁は彼の語る事実を肯定する。
「無論、このままでは……善戦空しく、我らは敗れるだろう。
地球の圧倒的な物量の前に、少数先鋭とはいえ、我らの戦力では無人兵器ほどの戦果も上げられぬだろう」
「草壁中将! それでは……!!」
内心で喝采をあげる九十九。
―――だが。
「しかし……だ。
今から語る内容を―――じっくりと検討した上で、もう一度評価を下して貰いたい。
我が軍の重要機密だ。
優人部隊でこれを知るのは、君が最初ということになる」
彼は不安を感じた。
淡々と何かを語りだそうとする草壁中将の声音に。
―――勝利を微塵にも疑わない、権力者の瞳に。
***
話は三時間に及んだ。
それだけの内容があった。
血の気が引いた。
汗に濡れた背中が冷たい。
背筋に悪寒を感じながら、しかし九十九は言わずにはいられなかった。
「そんな……そんなことが本当に可能なのでしょうか?
ボソンジャンプは我々がようやく生身で可能になったばかりの―――」
中将の話に、疑わしい点は無かった。
あくまで事実は事実だと。すべて裏づけが取れていると言うのだ。
断言されれば、専門知識のない彼に、否定できる要素は何一つない。
「私はこの目で見たのだ、我が研究施設内での実験の全てを。
―――故に判断した。
このシステムは、もうすぐ完成する。
我ら木連が地球を断罪し、新たなる秩序をつくりあげることができるのだよ」
「―――神にでもなられるおつもりですか」
「私は支配者ではない。
―――指導者だよ、白鳥君」
それは破局を示すものではない。
白鳥九十九を屈服させる、悪魔の力だ。
それでも、只では屈しない。
「―――お時間を頂きたい。
私には……まだ、迷いがあります。
確かにその方法ならば、地球の制圧は可能でしょう。
もし―――邪魔が入らなければ、ですが」
「心配性だな、君は。
……フム、いいだろう。
一日だ。
明日のこの時間までに、返事を聞かせて欲しい。
それで、君の未来が決まる」
「分かりました。
……それでは、失礼します」
目を伏せ、沈黙する中将の姿を暫し見据え―――。
白鳥九十九は、敬礼して退出した。
何処に潜んでいたのか、中将の一室の死角から現れた影がある。
それも二つ。
「宜しいんですか? 中将。
あの御方は―――その、あまりこういった世界をご存知無いようで。
万人の納得する正義の為なら、喜んで命を差し出してしまいそうな勢いじゃないですかねぇ?」
「…………」
一人は技術者であり、探求者だ。
その男は、木連の優秀な技術者連中からもトップと噂される実力の持ち主。
目に映る全ての物が研究対象であると公言する表情の奥には、常人では推し量れない科学への深い探究心があった。
科学こそ力―――その狂気にも似た信念を、瞳の中に巧みに隠している。
名を、ヤマサキ・ヨシオと言う。
もう一人は―――。
自らを外道と蔑む男だった。
痩せこけた頬、鋭く尖った顎、鋭い眼光―――その左眼は義眼である。
爬虫類的な容貌を持つこの男の名は、北辰。
草壁直属の特殊部隊の長(おさ)であり、木連式暗殺術を極めた恐るべき手練だ。
「白鳥のことはいい。
どの道、時間稼ぎにしか使うつもりはない。
……それより、使い物になりそうなのだな?」
草壁は、楽しそうに自分を窺っているヤマサキに問うた。
以前、彼から上がった案件―――火星進攻で手に入れた『敵性機動兵器』の解析、そして運用可能な水準に達したという報告を受けたからこそ、ここに呼んだのである。白鳥九十九の急な訪問で事が後先になったが、先に予約を入れていたのはヤマサキのほうであった。
「僕の専門ではありませんでしたので、すこぉし御時間を頂きましたが―――なかなかの出来だと思いますよ。
ねえ、北辰さん?」
「…………」
ヤマサキの言葉に、北辰は黙って視線を返した。
相手を畏怖させるほどの視線だ―――感情の欠片さえ見出すことは出来ない。しかし、ヤマサキはその視線を笑って受け流した。
「……そうなのか? 北辰」
「―――御意」
短く、肯定する。
草壁はこの北辰の言葉に多少の驚きを感じた。
この男は何事にも軽々しく肯定するような男ではない。
己の身で知り、触り、納得できなければ、頷くことさえしない漢であった。
「最大出力を維持するには母艦となる相転移エンジン搭載の戦艦か、ジンシリーズとセットで動かす必要はありますが、機動力は折り紙付です。『あの』敵戦艦の機動兵器と比べてもスペックは上ですよ。
北辰さんの要求で原型は既に留めて居ませんが―――コレをご覧下さい」
持参した巻物を紐解きながら、中将の目の前に広げる。
「操作方法が特殊でして、私もどうしたものかと思ったのですが、
あの男の協力のお陰で操縦システムを構築することが出来まして、ようやく開発のメドが立ったというか、
さらに単機での決戦能力を引き上げたいという、北辰さんの申し出がありまして、
それならば大推力を搭載しようとジェネレーターを積んだのですが、
如何せん重過ぎたらしく、なんとか肩と腰と足と背中に追加バーニアを取り付けまして、
仮想戦闘テストをしてみたらあらびっくり、テツジンの重力波をあっさり突き破るバケモノになってしまいまして、
なんとあの男か北辰さんしか乗りこなせないと言う本末転倒、言語道断な機動兵器になってしまったわけで―――」
「……名を、夜天光と」
「……そうか」
ヤマサキの演説を聞き流して、北辰は己のつけた名前を伝えた。
「無視しないでくださいよ、北辰さん。
僕、一人でバカみたいじゃないですか」
「…………」
「……予想を上回る成果だと言う事はわかった。
だが、この機体からデータを取った、量産機はどうなっている?」
草壁は夜天光の設計書を読み進めながら、山崎に問うた。
それは、今日の成果を聞いた上で草壁が与えるであろう次の指示であった筈だが、ヤマサキは瞬きを数回繰り返した上で、悪戯が見破られた子供のように苦笑いを返した。
「あらら、バレてました?
北辰さぁん、秘密にしておいてくださいってあれほど言ったじゃないですか。
草壁中将を驚かせようと思ったのになぁ」
「…………」
ヤマサキの言葉に、北辰は何も返さない。
しかし、何かしらのコミュニケーションは成立しているのだろう、ヤマサキは深く頷いて話を進める。
「―――製造上は90%と言ったところです。
機体名は積戸気(ししき)。
数度のマイナーダウンでなんとかバランスを残せる機体に仕上がりましたので、後は運用試験のスケジュールさえ取れれば」
「そうか……。
まあ、まだ時間はある。
連合軍など、適度に相手をしてやればよいのだからな。
―――唯一邪魔なのは、白鳥が任務を失敗した敵艦。
……ナデシコだ」
草壁は薄く笑った。
そこに、知略を巡らせる喜びは見出せない。
あるのは、冷徹なまでに研ぎ澄まされた―――未来を見据えた男の笑みであった。
ども、火真還です。
17話は比較的楽ぅに流しました。内容はあまり無いです。分かってます(爆
18話以降の終盤戦を迎えるにあたり、既存のTVシナリオ準拠が不可能と判断しましたので、
今後のために伏線盛り込みました。フィリスの位置付けも整理したりして。
つーわけで、18話以降はナデシコらしく書けるのかという不安を抱きつつ。
解説。
ハーリーごめん。……ギャグに走ってもらっちゃった。だって、他が妙にシリアスで……書いてて辛かったんだよー。
フィリスごめん。気づかせちゃって。でも大丈夫。もう、ラブコメやってる暇は無いと思う。……多分。
ヤマサキ&北辰&草壁閣下登場!
実は密かに楽しみにしてた!
よーやくこの話のケリがつけれる連中が揃いつつありますよ?
これでよーやくネタを回収できるってもんです。やれやれ。
代理人の感想
う〜〜〜〜〜む。
まさか、アレの如くアレをああしてああするのか!?
だとしたら、確かに木連の勝利は約束されたも同然ですね(汗)。
・・・九十九、生き残れるかなぁ。