事態は切迫していた。

 エステバリス隊を翻弄する、赤い機動兵器の存在。

 現在の装備で、後に夜天光と呼ばれるようになるあの機体を止めることができるのは、もはやこの―――ブラックサレナ以外にはありえないと思えた。

 しかし―――。

 実戦テストは十分ではない。唯一のパイロットも、ココにはいない。

 出撃は無理だ。だが、フィリスはそれを持って来いと言う。

 ―――そう、自分とボソンジャンプユニットがあれば、それが可能であることは承知していた。


「……確かに、可能だとは思うけど。

 本当に、武器は要らないのね? 標準装備のナイフ以外に」


『―――ああ、それで頼む。アキトの腕じゃ、どうせ当たらん。

 直ぐに持ってくるんだ、イネス。場所は分かるな?』


 白衣のままアサルトピットに潜り込むイネス。以前乗った時と比べて、少しの変わりもない(テンカワSplなのだから当然だろう)シートに座り、マニュアルモードによる起動を行う。IFSを持っていないイネスにとって、エステバリスを動かすのは多少、苦労を要する。

 しかし、初めてではない。直ぐに、システムは起動した。


「たぶんね……。

 ブラックサレナは、ボソンジャンプを行います。

 機体から離れて!」


「本気か、ドクター。

 アンタもジャンパーだったとは知らなかったぜ……!」


 ウリバタケの驚愕に苦笑を返し、イネスはボソンジャンプユニットを始動させた。


「まさか自分が最初に乗ることになるとは思わなかったけれどね」


「違いねぇ」

 
 そして、跳躍。





機動戦艦ナデシコ
ROSE BLOOD

第21話

著 火真還





 

 テンカワSplのカスタムフレームは、実は既に三代目である。

 ブラックサレナ内臓のフレームをテンカワアキトが丸ごと破壊した為、そのフレームは初期の彼のエステバリスのものが使われていた。それは応急処置に過ぎず、ブラックサレナへの換装は出来ない普通のフレームだったが、とりあえずは機能的に問題なく、障害も発生しなかったことから、そのまま継続して使用されていたのだ。

 しかし、何時までもそのままでは意味が無い。改修したブラックサレナとの整合性を取る為、月面ネルガル研究所での検査、部品交換が行われることとなっていた。ブラックサレナを纏うには、それなりに細部を変更した、特殊フレームが必要なのである。しかし、木連の攻撃により交換パーツは破壊され、テンカワSplの再生は難しいと思われた。


「―――あれ、別に使ってもいいんじゃないの。

 どうせ、廃棄処分なんだろう?」


 話を聞いたアカツキ会長は、テスト機でありながら実戦を行い、半壊したアルストロメリアに目をつけた。確かに、テストを終え、役目を果たした機体はその後解体され、次なる新兵器、新機構を実現させる為の部品でしかなくなる。それならば、彼の第三のフレームとして活用した方が良いのではないか。確かに、新生ブラックサレナの内部フレームとして、強固な構造をしているアルストロメリアならば、テンカワアキトが多少乱暴に扱ってもそう簡単には壊れないだろう。そして、実際に研究業務を仕切っている会長秘書の許可が下りた為、そのアイデアは日の目を見ることになった。

 ウリバタケの手によって復活したアルストロメリアフレームは、テンカワSplとして、再び復活したのである。


「ディストーションシールド!」


 左腕に内蔵されたシールド発生装置が唸り、機体の発するディストーションフィールドよりもなお高圧の盾が展開される。

 安定した機体重量、大出力によるシールドの威力は凄い。シールドの内側は、爆炎の入り込む隙間さえ無く、全ての衝撃を跳ね返したのだ。硬度だけならば、ナデシコの相転移エンジン・フルパワーディストーションフィールドをも突き破る程のものだから、驚くには値しないが。


 イネスはアサルトピットのハッチを開いた。どこから上がって来たのか、直立不動のブラックサレナのアサルトピット前に、厳しい表情を浮かべたアキトが既に居た。


「乗って、アキト君!」


「はい!」


 流石に手馴れている、と言えるだろう。アキトはIFSを接続し、イネスをブラックサレナの手のひらに乗せて降ろすと、彼女が避難したのを見計らって飛び出していった。

 赤い機動兵器を倒す為に。


 しかし、その決着はつかなかった。

 赤い機動兵器は、ボソンジャンプによって……恐らくは木連へと脱出したのである。




「ボソンジャンプユニット、うまく行ったじゃないか。

 流石だな、イネス」


 フィリスの感嘆の声に、イネスは苦笑を返した。ジャンプが失敗していたらココに居た全員が助からなかっただろう。そして、おそらくは自分も死んでいたに違いない。


「無茶させるわね……。

 格納庫に居なかったら私、間に合わなかったわよ?」


 出撃直前の慌しさを思い出しながら、イネスは笑って―――帰還してくるブラックサレナからフィリスへと視線を向けた。しかし、そこに喜びの表情は無い。

 イネスは、不思議に思って声をかけた。


「……どうしたの?」


「別に。

 いや、……後で話す」


「そう」



 その時、問い詰めておけば良かった、と後でイネスは後悔することになった。だが、誰がそんなことを予想できるだろうか。




 ***




「気をつけるのですよ、ルリ。

 フィリスによろしく伝えておいてね」


「はい。

 お二人とも、お達者で。では、また」



 狙われたのがホシノルリ―――つまりピースランドの王女であったこと、そして、戦闘行為もその騒動の延長であり、ナデシコ側が負う代償は無かった。永世中立国ピースランドとネルガルの関係も、ひとまずは変わらないのだろう。関係者各位はとりあえず胸を撫で下ろし、ほっと一息吐いた。

 両親と別れの挨拶を交わし、ルリはナデシコに戻った。

 自分の家は、ピースランドではない―――ナデシコなのだから。


 ナデシコに戻り、エレベーターでブリッジに戻ろうとした所を、イネスに捕まった。普段冷静なイネスにしてみれば、酷い慌て様であった。


「ホシノルリ、ちょっと来てくれるかしら。

 ……ちょっと拙(まず)いことになったの」


「はい?」


 ルリにはその理由がわからないが、イネスがそこまで言うのだから余程のコトなのだろう。おとなしくずるずると引き摺られるまま、連行されるように医務室に入ったルリは、出迎えた人物に戸惑った。


「あら、ルリちゃん。

 こんにちは」


 屈託無くお辞儀をするフィリス・クロフォード。嫌味の無いのほほんとした笑顔は、彼女の知るもう一人のフィリスである。


「あ、ども」


 しーん。


 隣で深刻そうな顔をするイネスを見上げて、訊ねる。


「えーと……これが大変なことですか?」


「問題はそう言うことじゃないの。

 ―――フィリス、さっきの話もう一度お願いできる?」


 目を瞬かせて少し躊躇った後、フィリスは悲しそうに視線を逸らして、


「はあ、分かりました。

 つまりですね―――」


 フィリス・クロフォードの中に逆行したテンカワ・アキトの意識が入っていたわけではない。

 フィリス・クロフォードという人間に埋め込まれたテンカワ・アキトの記憶が、彼女にそう錯覚させていたに過ぎないのだ。

 本当のテンカワ・アキトは他に居た。それは、先刻出合った黒いバイザーの男だ。そのことに、ルリはやはり―――という思いを抱いた。あの場で言及できる雰囲気では無かったが、それがフィリスにどれだけショックを与えたかは容易に想像がつく。イネスにしてもそのことは寝耳に水だったはずで、どうやら想像以上にフィリス・クロフォードという少女を取り巻く謎は、不可解なものとなっているようだった。


 そして、その男から言われた言葉。

 彼女が鍛えたテンカワ・アキトが、彼女の助力無しでももう、十分北辰に対抗できるという事実。



 いったいどちらが原因で、姉は拗ねてしまったのだろう。

 ―――そう、拗ねるという表現が、適切であるような気がする―――と、ルリは思った。

 どちらも拗ねる原因である事は間違いないのは分かっているが、ショックの度合いは違う筈だ。



 フィリスは以前から、既に自分がアキトとしてではなく、フィリスとして生きていることは認めている。今更、自分がアキトでなかったとしても、それは重大なことではない筈だった。もっともそれは、ルリの主観であってフィリスのそれではない。フィリスには、その事実が辛かったのかもしれなかった。

 ルリとしては、逆行したアキトがフィリスでないという事実は、それほどショックは無かった。いや、驚いたのは確かだが、それでフィリスに対する感情が変化する訳ではない。そう、フィリスが他の誰であろうと、既に自分とラピスの姉で、かけがえのない人物であることに変わりはないのだから。


 
 もう一つの原因、アキトの師としての立場を無くして、それが目的だったフィリスがどう思ったか?

 こちらは容易に想像がついた。例えば―――。

 ルリにとっての弟や妹。弟子にあたるかも知れないハーリーやラピスに、自分の技量が追い抜かれるというのは万に一つもありえないが……仮にもし、そうなったら。

 そんな想像をして、ルリの顔色は悪くなった。


 ―――洒落になりません、ソレ。


 冗談ではなく、自分のアイデンティティが崩壊しそうだ。


「まあ、そんなワケで。

 なんか、出るのを嫌がってるって言うか……戻れなくなっちゃいました」


「そ、そーですか……」


 それでもまだ、ルリは時間が経てば解決する問題だろうと思っていた。心の折り合いがつけば、自分の姉は帰ってくるだろう、そう信じて疑わない。

 それまでの間、もし強敵に出くわした時、戦闘指揮として、精神的な守りの要としてのフィリスが居ないかもしれないという問題はあったが、そのせいでピンチに陥ることはないだろう。


 そして、ピースランドを後にして数日が経過した。





 ***





 厨房は慌しさ以上に、喧騒に包まれていた。

 整備班の人達が溢れんばかりに食堂を占拠しているのである。

 ここ数日でフィリスの噂が広がり、その真偽を見極めようと野次馬が押し掛けた結果だった。


「あ、俺Aランチで」


「俺も」


「はい、Aランチ二つですね? オーダー入りまーす!」


「「おおおおおお!」」


「フィリス、注文は取り終わったかい?

 それなら、早いとこ厨房に入っとくれ」


「はぁい」


「「おおおおおお!!」」


 ホウメイに疲れを感じさせない返事をして、フィリスは厨房に入った。何かフィリスがリアクションを返す度に、整備班のどよめきが湧き上がる。物珍しさもあったのだろうが、その人気ぶりにホウメイガールズは苦笑を禁じえない。


「―――まさかこんなコトになるなんてねー」


「うう、お姉さま……」


「アンタ、まだ引き摺ってたの……」


 フィリスがホウメイの見ていた鍋を交代する。

 ホウメイは、包丁を手にとって食材を刻みながらぼやいた。


「まったく、この忙しいのにテンカワは何をやってるんだろうね」


 戦場のような厨房にあって、コック二人では何かと大変である。

 フィリスは少しだけ悲しそうな顔をして、


「……すみません、私。

 アキトさんに余計なこと言っちゃったかも」



「どういうことだい?」


 ホウメイは、話を促した。






 ナデシコに戻った後の事だった。

 医務室を出てくるフィリスの姿を見かけて、アキトは呼び止めた。


「俺、なんとなく分かった気がするよ、フィリスさん。

 あの男―――北辰に負けないように、俺を鍛えてくれたんだね」


 ナデシコを守る為の技。

 今まではただ、ブラックサレナを乗りこなす為と言われてきた訓練の目的が、明白な現実味を帯びてアキトの眼前に広がった。フィリスが何故自分を鍛えたか。自分が戦えば、アキトを鍛える理由など無いはずだ。しかし、機動兵器での戦闘を考えると、確かにフィリスにはそれが無理となる。

 ―――だから、遠回りであっても、俺を鍛えたフィリスさんの選択は正しい。

 自分の師匠としてのフィリスを誇りたい。

 そんな彼の覚めやらぬ高揚感は、しかし次の瞬間には萎んでしまう。


「……はい?」


 首を傾げるフィリス。その仕草だけで、アキトには彼女に起きているのか分かってしまった。だが、何故―――。


「え……どうして」


 躊躇いは、残酷なほど僅かな時間を置いて、嫌な予感に繋がる。昔、自分が抱いた危機感。悪夢の再現。……それは。

 フィリスが自分の前から居なくなってしまうかもしれない恐怖。


「あ、アキトさんに伝えておかないと。

 もう一人の私からの伝言です」


「…………」


「もう、教えることは無くなった。

 だから―――後は、自分が出る幕じゃないって」


「……っ!」


 硬直したアキトに、


「……それじゃ、私。

 食堂に行きますね」


 そう声をかけて、フィリスはその場を去った。

 その後、アキトは呆然としたまま自室に帰り、現在に至ってもまだ、そこから出てこようとはしない。





「……なるほどね、そういうことかい。

 しかし、性急過ぎはしないかい? フィリス。

 師弟関係なんてものはさ、そう簡単に清算できるものじゃない。

 ましてや、それが弟子の立場なら尚更さ。

 テンカワの気持ちも、分からなくはないよ」


「はあ、でも。

 ……私に言われても」


「ああ、アンタとフィリスは別人格なんだってね。

 そういうことにしておきたいなら、私がいうことじゃないのかもしれないけど。

 ―――ただ」


 調理を続けながら、ホウメイは喉の奥で笑った。


「?」


「フィリスは大人だと思っていたけど、まだまだ子供だってことさ。

 まったく、弟子に追い抜かされたくらいでへそ曲げるようじゃ、大人はやって行けないよ。

 そう思うだろう?」


「…………」


 フィリスには答えられなかった。

 自分ではない―――そう答えることは、言い逃れのように感じたからである。




 ***




 ナデシコの訓練室で、パイロットたちは言葉少なく休憩していた。


 既に一通りトレーニングは終わらせている。普段であればそのまま解散して自由待機に入っている時間であったが、彼等は動こうとしない。その理由は、おそらく全員が同じだろう。一流のエステバリスライダーを自負する彼等にとって、前回の相手は尋常の相手ではなかったとはいえ、まったく手が出なかったのは腹立たしい。

 ―――それだけであれば、このやりきれない思いを発散する事は可能だった。

 あの赤い機動兵器と同じ実力を持つフィリスを相手に、トレーニングを積んでリターンマッチすることを目標にすれば、解決する悩みなのだ、彼等にとっては。

 しかし、現状それは望む事は出来ない。


「ええい、くそっ!」


 リョーコは、飲み干したジュースの缶をダストボックスに向けて投げた。

 カコン、と壁に跳ね返った空き缶は、綺麗にゴールに入る。


「……ナイスしゅーと」


 ヒカルのそんな言葉にギロリと一瞥をくれて、リューコは仲間の顔を見回した。

 どの顔も、覇気が無い。まるで緊張感を根こそぎ置いてきてしまったような顔をしている。



「まさか、フィリスがあーゆー状態になってるとは、思わなかったわね」


「……そうなんですか?

 ―――私はてっきり、演技でやってるのかと思ってましたけど」


 イズミの言葉にイツキは少しだけ反応を返した。初めからナデシコに居たわけではない彼女から見れば、フィリスが男言葉を使うのがおかしいのであって、意図的にあのような性格を作り上げていると思っていたのだ。だから、逆に今のほうが素のようにも感じられた。


「それなんだけどさ。

 二重人格というか、そーゆーことらしいよ?

 月でほら、アキト君と一緒に跳んだだろう。あの時、初めて症状がでて―――」


 アカツキの説明に、リョーコは顔を顰めた。


「なんだよ、それ。

 初耳だぞ」


「そりゃ、あのときは直ぐに治ってね。

 まあ、僕は会長だし、後でそのことを聞いただけで詳しくは知らないんだけど。

 ……ドクターの説明だと、なにかショックなことがあったとか……ピースランドで」



 ―――何か、おかしいところがあっただろうか?

 フィリスは普段から冷静で気を張り詰めているように見えた。それは、熟達した戦士のような癖だと思っていたし、だからこそ尊敬できる戦闘指揮であったわけだ。ピースランドに来てからは、別行動をしていたし、パーティの中で彼女のことを特別意識するほどの事件は無かったと思う。


「イネスさんが『あの』フィリスさんとルリちゃんから事情を聞いたんですよね?

 それで解決しないのなら、余程のことがあったとしか思えないんですけど」


「それがわかればねぇ……」


「アキトのヤツ、部屋に閉じこもったままだしな……。ハーリーも途方に暮れてたぜ。

 しっかし、ここでウダウダ言ってても仕方ねぇ。

 博士に相談してみるか」


 ガイが長椅子から立ち上がった。


「?

 どーするって?」


 リューコの疑問に、


「夜天光の対策だよ。

 ヤツの回避、異常だっただろう?

 ……俺は直接戦ってないから何とも言えないけどよ。

 あれだけのハンドレールガンから回避なんて、そうそう出来るとも思えないんだよな。

 フィリスさんが居なくても解析くらいは出来るし、何かヒントくらいは見つかるかも知れねぇ」


「……なるほどな。

 いいこと考えるじゃねぇか、ガイ!

 よし、行ってみるか!」


「……そっかー、じゃあ、私も」


「同じく」


「…………」


 ヒカル、イズミに続いて席を立つイツキに、皮肉っぽい視線を向けてアカツキは、


「ヤケに皆、前向きだね。

 ―――ま、そうでもないと辛いか。何も出来ないってのも、ストレス溜まるからね……」


 自分も席を立った。





 ***





 ウリバタケは、整備班長権限で大部屋を一つ占拠している。

 そこは、ナデシコ内で人外魔境とまで噂される程、暗く陰湿な空気を感じさせる部屋であった。



「お邪魔するぜ、博士。

 ……なんだ、これ?」


「お、ヤマダか。

 ―――おっと、それには触らんでくれよ? 壊したら弁償して貰うからな」


「……触らねぇよ」


「何コレ……」


「あ、イツキちゃんは知らないほうがいい世界だよ、たぶん」


「―――私等もね」



 模型らしい女性のフィギュア(人形)が並べられている一角を通り抜けて、ガイ達はウリバタケの部屋の奥へ入っていった。

 ウリバタケは既に、リョーコのアサルトピットに記憶された情報から、解析を進めていたらしい。


「何だ何だ、雁首揃えやがって。

 ……コイツが気になるのか?」


 基盤剥き出しのモニターに、アサルトピットから見た映像と赤い機動兵器―――夜天光の姿が映っている。


 ―――包囲してのハンドレールガン一斉発射をどうやって避けたというのか。


 コマ送りで進む映像に、全員が食い入るように見入る。


 夜天光に装備されている複数のスラスターが、計算し尽くされた噴射を行い、次々と銃弾を避けていく。まるで、踊っているようにも見えるその回避に、彼等は一度見た動きとは言え、驚きを隠せない。


「何だありゃ……人間技じゃねぇぞ?」


「IFS―――だよね? コレ。

 EOS(イージー・オペレーション・システム)とは思えないし」


「そうですね」


 エステバリス2のEOSは、既にイツキの経験から基本動作を生成され、軍に送られている。コンピュータに登録された動作は全てボタン一つ、トリガーアクション一つで可能であるとはいえ、この複雑な動作はIFSでないと不可能だろう。しかし、木連の機動兵器がどうしてIFSを使用できるというのだろうか?


「なんとも言えねぇなぁ。

 EOS―――じゃねぇとは思うが、幾らIFSは仕様が公開されてるって言っても、開発できるのはネルガルくらいだし。

 クリムゾンは昔、研究所が違法行為で立ち入られてから、ナノマシン関係はほとんど関与してねぇしな」


 技術者は流出したかもしれない。

 しかし、だからといってIFSを構築できる人材など、居るのだろうか。




 そんなウリバタケの思考を断ち切るようにして、艦内放送が流れた。


『そろそろ作戦区域に入ります。

 皆さん、持ち場についてくださ〜い』


 メグミのアナウンスである。

 通常運行に戻ったナデシコは、再びチューリップ殲滅の任務についていたのだ。


「しゃあねぇ。

 行くか」


 リョーコの言葉に頷き、彼等は格納庫へと急いだ。




 ***




「チューリップ二基、確認しました。

 どうしますか? 艦長」


 ナデシコの役目―――地球に潜伏しているチューリップの殲滅作業は、既にルーチンワークと化している。考える必要は無く、ただグラビティブラストを撃ち、機動兵器で無人兵器を殲滅するだけだ。


「どうするって……いつもどおりよろしく」


「はぁ」


「あ、アキトはブラックサレナの慣熟訓練のつもりでお願いします。

 別に問題ないよね?」


「うん、そうだねユリカ。

 ―――エステバリス隊、発進願います!」


 副長の指示に、


『わーったよ、副長。

 こんな張り合いの無い相手じゃ、作戦もクソもねぇからな。

 じゃ、テンカワ。オレたちは適当にこの辺掃除すっから、おめーは……おい、大丈夫か?』


『顔が真っ青だよ?』


『……体調悪いなら休んでたほうが』


『……あ、うん。

 大丈夫。ちょっと、緊張しちゃって』


 耐Gスーツを纏ったアキトは、そういって表情を和らげた。


『ふぅん……ま、いいけどよ』


 今回は大した相手ではない。アキトは強がっているが、もし体調不良でブラックサレナが脱落しても、戦力的には問題ないのだ。

 ―――ま、なんとかなるか。

 エステバリスをカタパルトに乗せ、リョーコはそう呟いた。







 ドドオオオン!


 ハンドガンの連射で、目の前の群れは全て殲滅した。が、それが何だと言うのだろう。幾ら敵を倒しても、自分の望みが叶うわけではないのだ。―――もう、あのフィリスには逢えないかもしれない。いや、彼女の言葉を借りるなら、逢うつもりがないということになる。



「…………」


 レーダーで確認する。まだ無人兵器は出現していた。一基目のチューリップをナデシコのグラビティブラストが破壊する間に、戦力を蓄えていたのか。

 小賢しいと思う。

 所詮、無人兵器だ。プログラムされたルーチンが実行されているだけに過ぎない。只の的にしか過ぎない奴らが何故、こんな行動を取るのか。刹那、凶暴な攻撃本能に突き動かされて、アキトはナデシコの前方に広がる敵に狙いを定めた。


 ―――ナデシコからの副長の通信は、耳に届いていない。


「ブラックサレナ、高機動モード」


 『了解』


 ブラックサレナの背中に収められていたパーツが頭部を蔽い、機体が反転すると同時に左右に羽が伸びる。加速と同時に、ボソンジャンプユニットを起動させる。跳躍後、ブラックサレナの強力なフィールドアタックによって、一気に殲滅するつもりだった。


  

 ***




「二つ目のチューリップが迫ってます。

 無人兵器の展開範囲をモニターに出します」


 ぴ


 密集しているが、多くは無い。如何にも殲滅してくださいと言わんばかりの配置だ。グラビティブラストなら、チューリップごと破壊できるだろう。


「じゃ、グラビティブラストでさくっといっちゃいましょう」


「りょ〜かい」


「エステバリス隊はナデシコ前方から離脱お願いします」


 副長からの連絡にエステバリス隊は散開した。ブラックサレナは範囲外の敵を殲滅後、移動していない。


「てー」

 
 重力波ブレードの間から放たれた重力波が直進していく。


「!

 アキトさん!?」


 ルリが珍しく動揺して立ち上がった。

 ボース粒子反応から、アキトが何をしようとしているか悟ったが、既に遅い。

 止めるまもなく、ブラックサレナは跳躍。


「え!?」


 バシュウウウ!


 ナデシコのグラビティブラストを掠るようにして出現したブラックサレナが、強烈な重力波に翻弄された。ただ、出力を上げていたディストーションシールドのお陰でダメージは抑えられたが、それで済むほどナデシコのグラビティブラストは甘くない。黒いボディが小さな爆発を何度か繰り返しながら、海面へ落ちていく。



 あんぐり、と口を空けて、ブリッジの面々はモニターに見入った。



「あ〜あ……」


「だ、大丈夫なんですか? アレ」


「チューリップ破壊を確認。

 ……ブラックサレナは外装の補助パーツと表面塗装がおしゃかみたいです。

 とりあえず、アキトさんの生命反応、確認しました。

 気絶してますけど」


「よかった……」


 良くは無いが、確かに人的損失が出ることに比べればマシだと言える。

 しかし、あまりにつまらないミスであった。


 ぽんぽんと電卓を叩いて、プロスは溜息を吐き出した。

 その数字を見て、ゴートはむう、とだけ唸った。


「……減棒3ヶ月」


 エリナが無表情にそう告げ、プロスは僅かに頷いた。


「……はぁ。

 まあ、妥当ですかね」


 金額的には折り合うものではない。

 ぜんぜん妥当ではないが、まあこのくらいは仕方ないだろう。

 何しろ、全面的にアキトの過失なのだから。




 ***




 ベッドで寝そべり、フィリスは甘えてくるラピスを相手に遊んでいた。

 今まで誰にも甘えることが出来なかった反動からか、偶(たま)にラピスはそうやって、フィリスに抱きついてくることがあるのだ。それが苦にならないフィリスにしてみれば、スキンシップは大いに歓迎するところではあるのだが、その日はどうも勝手が違っていた。


「……ただいまです」


「おかえりー」


 ルリが部屋に帰ってきた。スムーズに艦が運用されているならともかく、現在ナデシコでは―――ちょくちょく問題が発生していた。当然、メインスタッフでありオペレーターでもある彼女は、事ある毎に呼び出しを受けている。ましてや、戦闘直後であれば尚更である。

 この後も、3時間後には次の戦地で目標殲滅の任務を遂行しなければならなかったが、その前に休憩時間を貰っていた。


「ブラックサレナのほう、問題は無いようです。

 ―――またちょっと、壊れちゃいましたけど。まあ、ウリバタケさんが泣いてるくらいで」


「へぇ、そうなんだ」


 別に、フィリスに報告しなければならない義務は無い。

 特に今は、フィリスに聞かせても意味が無いという思いもある。しかし、ルリはそれを止めようとはしない。


「…………」


 制服の襟を緩めて、背伸びしたルリは二人の寝ているベッドに倒れこんだ。ちょうどフィリスとラピスを目標にしているのは狙ってのことだろう。


 どさっ


「きゃ」


「う゛ー、ルリ姉……重い」


「潰れる位、重くは無いはずです」


 不平を洩らすラピスの頬をぷにぷにと突付いたあと、フィリスの隣にコロンと寝そべって、ルリは言葉を続けた。


「アキトさんも、また一段と落ち込んでました。

 ―――もう、何を言っても上の空みたいですね。気の毒なくらい」


「……そう」


 その話をするのも初めてではない。

 アキトの不調の原因も、フィリスは知っている。そして、それを解決できるのが自分だけであることも。しかし、それは今の彼女にできることではない筈だ。



「…………」


「…………」




 別段、限界が来たわけではない。

 ナデシコの運用に深刻な問題が生じたわけではないのだ。ただ、そこに住む人々の、うまく噛み合わない歯車の軋み、その結果生じるストレスが、事情を知っているルリには辛かったのかもしれない。ナデシコが自分の家だと感じている彼女だからこそ、それを強く憂いていたのかもしれない。

 ルリは胸に秘めていた言葉を吐き出さずには居られなかった。



「……何時まで、フィリス・クロフォードを演じているつもりですか?」


 確証があったわけではない。

 それは、推理と呼ぶにはあまりに稚拙で、直感に拠る所のほうが大きかったからだ。

 しかし、イネスにこのことを相談した結果、彼女の冷静で客観的な意見を聞くことが出来たお陰で、その直感は間違いないと思うようになっていた。


 初回のように、何も知らなかった女性ではない。彼女の『姉』であるフィリスの内情に詳しすぎるのである。今のフィリス・クロフォードは―――例えるなら、月でアキトと月臣を止めたときの演技、あれと同じではないか、と思っていたのだ。

 そう、疑うところは他にもあった。例えばラピスを受け入れた時の邂逅。あのときは意識を受け渡したように見えたが、本当にそうだろうか。以前、姉は自分の意識とフィリスの意識はほとんど混ざっていると言っていたはずだ。それはつまり、純粋なフィリス・クロフォードという存在が既に無くなっているということではないのか。


「つまり、例えるならこういうことになるでしょうね。

 綺麗な油絵に、上から違う絵を書いた。しかし、下にある絵が消えたわけではない。

 筆を重ねれば重ねるだけ、下の絵は重ねた色に混じるの。そして、それはフィリスにとって、喜ばしいことではなかった。アキト君を鍛えなければならない、ナデシコを良い方向に導かなければならない、と意識を強めていたワケだから、当然でしょうね。

 だからフィリスは、本来の自分という侵食する存在を、別人格として意識の隅に追いやった。そして、必要な時だけ、その存在を自分と入れ替えていたってコト。

 ―――もう一人の自分としてね」


 イネスを講師にそう結論付けて、だからこそルリにはなかなか言い出せないことであった。

 そして、その予想は当たっていた。




「……フィリス・クロフォードを演じている、か。

 だったら、俺はテンカワ・アキトも演じていたことになる。

 ……俺は、誰なんだろうな?」


 ルリに問い掛けたわけではない。

 虚空を見つめ、感情を押し殺した瞳は、しかし力を失っているわけではなかった。



「私の姉、というだけでは物足りませんか?」


 ルリの言葉に喉の奥で笑い、フィリスは立ち上がった。


「そう責めるな、ルリ。

 ……もう、戻るつもりもなかったんだがな。

 まったく、世話の焼ける『奴ら』だ」


「すみません」


 謝るルリだったが、その声はどこか弾んでいる。


「頑張って、フィリス姉」


 ラピスは、フィリスのその演技に気づいていたのかもしれない。しかし、それを知っていても、伝える必要は感じなかったのだろう。それが、姉というものなのだと理解したラピスからみれば、ただ当たり前のことだからだ。

 そんな少女の励ましに、


「俺が頑張るわけじゃないのさ、ラピス。

 俺が後ろで見ていれば、アイツ等はちゃんとやれるらしい。

 ―――ま、潤滑油ってところか」


「?」


「気にすることはないです、ラピス。

 さて、私達も行きましょうか、ブリッジに」


「ん」





 ***





 ブラックサレナの外装が、急ピッチで修復されている格納庫は、重い雰囲気に包まれていた。
 

 整備班にとってみれば、機体が傷つくことなど日常茶飯事である。しかし、それがパイロットのミスとなると、流石に士気は上がらない。アキトを除く、休憩中のパイロット連中もバツの悪い表情を隠せない。

 アキトは一人、アサルトピットの中でブラックサレナの再々システムチェックを行っている。

 しかし依然、チェック内容は頭に入っていなかった。

 これでは、また同じミスを犯すだろう。それでも、そのことにすら頭が廻らないのだ。


 ―――集中できてないんだ。

 そんなことは乗る前から判りきっていたことだ。しかし、乗るしかなかった。今のアキトには、それしかできることがなかったから。

 技術的には問題は無い。

 ブラックサレナ運用の基礎知識も目を通した。高機動モード、格闘戦モードの特性もちゃんと教えてもらった。

 なのに、全然役に立たない。



「―――だからよ、ちゃんとレーダーで位置を把握すれば、味方の前に飛び出るようなミスはありえねぇんだって……聞いてねぇし。

 こりゃ重症だな」


 ウリバタケは、アサルトピットの中でブツブツ呟いているアキトの頭に、ため息を落として立ち上がった。今のアキトにはパイロットは勤まらない。無理にでも休ませて、精神的に回復するまで落ち着かせないと、同じ失敗を繰り返すことになる。残念だが、ブラックサレナの出撃は取りやめた方が無難だろう。黙々と修理を行っている班員を見渡し、ウリバタケは中止を伝えようとした。


「おい、お前ら。

 修理は―――」


 格納庫を見渡したウリバタケは、その人物の姿を見て息を呑んだ。

 そして、次の瞬間には先刻の自分の決定を翻している。


「続行だ!

 急げよ、次の戦闘まで2時間もねぇぞ!」



 ―――!!!



 なんとなく、ウリバタケの中止の指示を予想していた班員、パイロット連中は、その決定に驚き、真意を知るために彼の視線を追った。

 腕を組み、少し照れた顔をして、そこにフィリスが立っていた。堂々とした態度、凛とした雰囲気は、見間違え様がなかった。そして、ピースランド以来、格納庫に近づこうともしなかった彼女がここに来る理由は、一つしかない。


「……すまんな、いろいろ迷惑をかけた」


「―――へ、やっぱ大丈夫だったんじゃねぇかよ。

 ……まったく、これでやっと、マシな訓練ができるってもんだぜ」


「声が震えてるよリョーコ。

 アハハ、私もだ」


「……ようやく、前の雰囲気を取り戻せそうね」


「そーですね」


 鼻を啜り、ただ頷くガイ。


「やれやれ、やっと復活かい」


 アカツキは自前の髪を撫で付けて、苦笑した。





 ブラックサレナのアサルトピットを覗き込むフィリス。

 未だ騒動に気づかない様子で、ぼぉっとモニターを見ていたアキトは、目の前に来た女性にも反応を返さない。

 少しだけ躊躇った後、フィリスはアキトの顔を両手で挟み、自分のほうに向けさせた。


「……気合が足らんな。

 何時から、そんな腑抜けになった、お前は」


 その台詞をアキトの脳が理解するのに、そう時間は掛からなかった。


「そんなの―――」


 決まっている。と、最後まで言葉にする前に、アキトは自分の身体を止めることが出来なかった。

 フィリスは抵抗しない。アキトは両手でフィリスの身体を抱きしめて、嗚咽を洩らした。


「もう、逢えないかと―――思ってた」


 ―――しょうがない奴だな……精神的には全然成長してなかったってコトか。

 フィリスが以前感じた、相手が自分だという認識や嫌悪感は、僅かに残っているものの、我慢できないほどではなかった。

 どちらかと言えば、肉親に近いだろうか。アキトが弟のような存在に変わっている。

 その己の意識の変革に、フィリスは思わず笑い出しそうになったが、なんとか堪えた。

 傍目には、感極まっているように見えたかもしれない。


「……そのつもりでいたんだがな。

 あまりにも酷い有様なんで、放って置けなくなった。

 まったく、世話を焼かせる」


 何時かは、自分が本当はどういう者で、何故ここに来たのか、アキトや皆に語る時も来るだろう。

 それは、そう遠くない日に違いない。しかし、今は―――。

 今だけは、語らないでおく。長い時間を必要とする話だし、出撃が迫っている今、言うべきことでも無い。


 そんな思いを断ち切り、冷静になってくると急に周囲の視線が気になってきた。

 ―――抱き合ってるのが、気恥ずかしい。

 フィリスは、離そうとしないアキトに困惑しながら告げた。


「アキト。

 そろそろ……いい加減、解放してほしいんだが?」


「えー」


 余計に力が強まる。

 腰の辺りに廻されている腕が、撫で擦るようにして―――その感触にフィリスは動揺した。

 自分の頬が赤くなるのを自覚しながら、それを振り払うかのように、


「この距離からでも相手を悶絶させるだけの寸打は撃てるワケだが」


「わ!」


 撃つフリをして、咄嗟にガードしたアキトをアサルトピットに蹴り落とす。


 げし!


 ごすっ……


 鈍い音がしたような気がしたが、そのことは欠片も意識せず、フィリスはブラックサレナから降りた。


 しーん。




「後は任せて良いな? ウリバタケ。

 ちょっとブリッジに顔を出してくる」


「お、おう!

 アキトの野郎、大丈夫だろうな……ま、いいか。

 野郎共、きっちり仕上げるぞ!」


「「「うっス!!!」」」


 疲れを感じさせない声を張り上げて、整備班の面々は再びブラックサレナの修復に取り掛かった。そこにはもう、以前の重苦しい雰囲気は無い。




 モニターでその様子を見ていたブリッジの面々は、安堵のため息をついた。

 ブリッジに現れたルリとラピスが、格納庫のモニターを開いてから、ずっと状況を見守っていたのである。


「そっか、……フィリスちゃん、治ったんだ。

 ……そっか、そっか」


 ユリカは寂しさと、安堵の入り混じったような声音で呟いた。


 そんな艦長を横目で眺め、苦笑を洩らしてミナトはルリに問い掛ける。


「ルリルリ、フィリスは完全復活したの?

 今度は大丈夫?」


「大丈夫です。

 悩み事が解決しましたので」


「へぇ、そうなんだ。

 ……何に悩んでたんだろ?」


 メグミが首を傾げるが、ルリは聞き流す事にした。




「何にせよ、助かりました。

 やはり、この艦には不可欠なお人ですな」


「むう」


「……ま、解決して良かったわ。

 元はといえばフィリスが原因のような気もするけどね」


 そう言って皮肉っぽく告げるエリナ。

 ブリッジの面々は、言葉に詰まって曖昧に笑うしかなかった。


 もちろん、彼女はフィリスを批難しているつもりはない。

 彼女の突っ込みが、的確で容赦が無いのは―――何時もの事だからだ。





 ***




 木連の市民艦、『れいげつ』は、そろそろ夕暮れに差しかかろうという時間である。

 長髪の男―――月臣元一朗は、白鳥ユキナの行方を探していた。



「ええ、そういえば見かけないわね。

 お兄さんの所に行ってるんじゃないかしら?」


「見なくなったのは、何時頃ですか?」


「詳しくは判らないけど……ニ、三日前だったと思うわ。

 あの子が通学する様子はよく見てたから、おかしいなとは思ってたけれど」


 もちろん、学校にも問い合わせてみた。

 しかし、一時的な休学を希望し、唯一の肉親である兄の了承もあったということで、表面上不審な点は無い。

 だがそれが、月臣には解せなかった。兄妹二人きりで、訪ねる親類が居ると言う話も聞いたことがなかったからだ。

 大体、この重大な時期に出かける場所などあるはずもない。



「―――そう、ですか。

 どうも、ありがとうございました」


「いえいえ」



 呼び止め、話を聞いた女性に、白い制服の腰を折って深く礼をする。

 女性はお辞儀を返し、去っていった。

 白鳥九十九の自宅、その近隣に住む彼女から大した情報も得られず、月臣は女性の姿が見えなくなると深いため息を洩らした。






「……何があった? 九十九、ユキナ」





 彼の問いかけに答える者はいない。


 和平に向けて、微力ながら周囲にその必要性を説いて廻っていた彼らは、白鳥九十九が現れない理由を把握していなかった。

 問題になるほど時間は経っていなかったし、草壁中将の説得に時間が掛かっているとも思えたからだ。

 しかし、それでも不在が長すぎる。そして、九十九どころかユキナも家に居ないことを知った月臣は、慌ててその近辺に聞き込みをしていたのであった。




 ―――とりあえず、もう一度奴の家に戻ってみるか。



 何か、手がかりになるようなものでもあれば良いのだが。厳しい顔を崩さず、月臣は白鳥九十九の家に向かった。


 ……そこで待ち受けている現実を、彼はまだ知らない。
















後書き


ども、火真還です。

作中のテンション下がるヘタレ状況を乗り切って、なんとか完成。
これでよーやくフィリス(ナデシコ側)の問題は解決した……のか?

※弁明させてもらうと、この期(ご)に及んでアキト×フィリスとは断定しません。
 だってホラ、フィリスもアキトのこと弟みたいだって言ってるジャン?
 これ以上恥ずかしいシーン、書くつもりないぞ、俺は……。


さて、残るは後5話! ようやくラストが見えてきました。

話的には木連での騒動から一気に最終局面に持っていこうと企んでます。
……企んでいるだけです。
実行は無理でしょう(笑

まあ、ぼちぼち書いていきます。



解説

えーと……ヘタレアキト書くのは疲れます。
反転フィリスは何も考えてなさそうなので、さらっと書けました。
抱擁のとこは映像(妄想?)化するとなんかえっちっぽいです。反省。

後、フィリスとルリとラピスって……部屋では何時もあんな感じなんだろうか?
……書いた本人が言うのもなんだけど、心配になってきた(汗

 

 

代理人の感想

う〜む、そうしてくれるとこちらとしてもありがたい気が。

いや見てるほうも割と辛くて(爆)。>恥ずかしいシーン

 

話は変わりますが、腕ではアキトがフィリスを上回るにしろ

どうせ一生敵わないし頭は上がらないんだから師弟関係に違いは無いと思ったり(爆)。

まぁそこが問題なわけじゃないんですけどね。

でも「アイデンティティの崩壊」とまで呟くルリちゃんも何気にひどいというか、子供なんだなぁ。

精神年齢16歳だから・・・・・って結構微妙ではありますが。