艦載機のコックピットで発進の準備を進めながら、イツキは自分の行動に驚きを感じていた。
フィリスに同行したのは、チャンスだと思ったからだ。
地球連合を憎む彼らの気持ちも分からないではないが、そのために犠牲となった人々にとっては、戦争を仕掛けた木連こそ、憎むべき対象である。復讐を止(とど)まらせることが出来たのは、単(ひとえ)に和平の可能性があったからだと言っても過言ではなかった。
その和平を否定した木連―――そこに住む指導者、それを支える人々の姿を自分の目で確かめたい。戦いになったとき、自分の信念を貫けるように。
それが、彼女の理由である。
ハッチが開き、マントを羽織ったフィリスが入ってくる。手にしているのは黒い刀と、乗る直前にイネスに手渡されたらしい小さなポーチ。
自分の腰に吊るしたガンホルスターを、無意識のうちに手で押さえる。ひょっとしたら、使うことになるかも知れない―――予備のマガジンが何処に仕舞ってあるのかを思い出しながら、イツキは自分の心臓が高鳴るのを感じた。演習で的を撃ったことはあっても、実際に人を撃ったことなどあるはずが無い。
「待たせたな、イツキ」
「……発進します。
忘れ物はありませんよね?」
「それほど留守にするつもりは無い。
―――ただ、帰ってきたときは既に戦闘が始まっていた……と言うのもありえるかもしれんがな……。
何だコレ?」
イネスに手渡されたポーチを開き、中のものを取り出すフィリス。
「ヘアマニキュアと……カラーコンタクトですね。
確かに貴方は、目立ちすぎるでしょうから」
「そういうことか。
イネスには気を使わせるな……」
「マントも、出来れば脱いだ方が良いかと。
思いっきり、怪しいですよ? それ」
「…………」
無言でマントを外し、折畳むフィリスに苦笑して、イツキはコミュニケから通信する。
「艦載機よりイツキです。
ナデシコから発進します」
『了解しました。
気をつけて行ってきてくださいね〜』
メグミの声に後押しされるようにして、二人の乗る艦載機は発進した。
艦載機は、『ゆめみづき』で二人が降りた後、代わりに三郎太を乗せ、ルリの遠隔操作でナデシコに戻ることになっている。
月臣が、二人を預る代わりに寄越すつもりらしい。
「律儀な人ですね。月臣さん」
「頭が固いんだ。
まったく、不器用な奴らでな……九十九もそうだが」
「そうですか」
―――まるで、旧知の知り合いのよう。
そんなコメントを思い浮かべながら、イツキは艦載機を発進させた。
機動戦艦ナデシコ
ROSE
BLOOD
第23話
著 火真還
「俺……じゃねぇ。
自分は優人部隊所属、高杉三郎太です。しばらくの間、ご厄介になります」
「ナデシコ艦長のミスマルユリカです」
「副長の、アオイジュンです」
白い制服の三郎太が艦載機から降りてくるのを待ち構えていたナデシコの面々は、とりあえずは歓迎ムードの中、彼に視線を注いだ。皆を代表して艦長、副長が挨拶を返すと、三郎太は緊張の面持ちでナデシコに降り立った。
プロスペクターが、近づく。
「部屋は個室を用意しましたので、そちらをご利用ください。
―――とりあえず、これを」
プロスから腕輪のようなものを渡されて、三郎太は首を傾げた。
「……何ですか? コレ」
「コミュニケと申しまして。
ナデシコであれば何処でも、連絡が取れるようになりますので……使い方は随時、クルーに訊ねて頂ければ」
「わかりました」
納得して、装着する。
「ゲスト扱いとさせていただきますので、ナデシコの重要な区画には入れません。
ブリッジも当然、それに含まれていますが、状況によっては―――」
「ああ、大丈夫です。
自分の立場は理解しているつもりですよ。
それより、自分もココに来たのは理由があって―――え」
三郎太は周囲を見渡して、特徴のある長身の男に視線を止めた。思わずその男を指差してしまう。
「し、白鳥さん!?
……なわきゃねぇか、木連艦隊に居るはずだもんな。
それにしてもそっくりだ」
三郎太の呟きに、ナデシコクルーはその視線を追う。
その先に、自分を指差して間抜け面を晒すダイゴウジガイ―――ヤマダジロウの姿があった。
「……え、俺?」
リョーコ達は、そんな彼をマジマジと見つめる。
「似てる……か?」
「言われてみれば……」
「……そういう気もするけど」
「ちょっと顔を引き締めてみなよ、ガイ」
「ん、こうか?」
キリッ
アキトより頭一つ高いガイは、あらぬ方向を見つめ、なんというか『主人公』っぽいポーズを決めてみせた。
「「「おお〜……」」」
「わ、似てるかも」
ミナトの感嘆の声に、メグミは思わず聞き返す。
「なるほど。つまり、ガイさんより九十九さんの方が男前って事ですね?」
「えーと」
苦笑し、返答に困るミナト。
「……うぉい。
聞こえてるぞ」
メグミにツッコミを入れて、ガイは不貞腐れた。
「アンタがガイか……!
実は、会えるのを楽しみにしてたんだ。この間の勝負、結局うやむやになっちゃったしな」
「……勝負?」
「あ、憶えてねぇのか!?
ゲキガンガーのムービーを白鳥さんに渡せって、俺に託しただろう?
俺が、あの時のダイデンジンのパイロットだよ」
「……ああ!」
ようやく合点がいったのか、ガイは手のひらをポンと打って三郎太を指差す。
「ハハァン、あの時の続きをしたいというわけだな?
良いだろう、お前のゲキガン魂と俺のゲキガン魂、どちらが上かハッキリさせようじゃねぇか!」
「その言葉を待ってたぜ!
模擬戦とか出来るのか?」
「シミュレーターさ。
実際に機体を動かすわけじゃ無いが、それに近い感覚でエステバリス―――俺たちの機動兵器な―――それを操縦できるんだ」
「へー」
わいわい言いながら二人は訓練室に歩いていく。
「オレ達も行くか」
「あわよくば参戦しようと思ってない?
リョーコ」
「当然」
「……聞くだけ無駄だったわね、ヒカル」
彼等の姿を見送りながら、
「何でイキナリ、そういう話になるんだろうねぇ……」
ぼやくアカツキの肩をぽんぽんと叩いて、アキトは苦笑した。
「ガイが二人になったみたいだ」
「洒落にならない事を言わないでくれ、テンカワ君」
言いながらも、二人は後を追う。
「とりあえず、打ち解けたみたいですね」
「……良いのかなぁ。
和平の線も望み薄、こういう情報はなるべく木連側に提供しない方が良いような気がするんだけど」
首を傾げるジュンに、ユリカはピッと人差指を立て、
「こちらとしても、木連の情報を貰えるチャンスだよ。
パイロットの皆さんに期待しましょう」
艦長は、野次馬クルーに手拍子で注目を集めた。
「さて、連合本部に連絡とらないと。
ナデシコ、通常勤務に戻ってくださいね〜」
ユリカを始め、ブリッジ要員がその場を後にする。
しかし、その場を動こうとしないルリに気づいたイネスは、そっと声を掛けた。
「……どうしたの? ホシノルリ」
「いえ。
何でもないです」
―――三郎太さん、ヤマダさんの影響、あまり受けないと良いけど……。
その懸念は、この場合……時既に遅し、という奴なのかも知れない。
***
「お世話になります、月臣さん」
栗色の髪を靡かせて、フィリスは『ゆめみづき』へ降り立ち、敬礼した。
後から来たイツキがそれに倣う。
「お世話になります。イツキ・カザマです」
「こ、こちらこそ。
あの、髪の色が……目の色も」
「ええ、銀色の髪が目立つので、染めてきました。
……おかしいですか?」
くるり、とその場で身体を廻し、フィリスは髪を流して微笑んでみせた。
「いえ、そのような事は、決して!」
「フィリスさん、遊ばないで下さい」
「……すまん」
コホン、と咳払いし、フィリスはマジメな顔を作る。
「改めて世話になる。
こちらとしても、木連には一度行かなければならない用事があった所だ」
「黒いバイザーの男、ですね」
イツキの確認に、フィリスは頷く。
「アイツがユキナの居場所を知っている事は間違いない。
草壁の私設暗殺部隊の長……北辰と行動を共にしていたからな。
ややこしい話なんだが……知り合いなんだ、まさか木連に居るとは思わなかった。
俺は、その辺の事情を聞くつもりだ」
全てを語る事は出来ないが、なるべくフィリスは筋が通るように説明した。
「そういうことでしたか……判りました。
どうやらその男に話を通すには、貴方の方が適任なようです」
「そう言ってもらえると助かる」
フィリスは、安堵の笑みを浮かべた。
「『ゆめみづき』をご案内します。
その後は、個室を用意させましたので、御寛ぎ下さい。
到着まで時間が掛かりますから―――」
「どれくらいですか?」
A級ジャンパーを有しない木連は、短距離ボソンジャンプによって、地球・木星間を行き来している。経験から最短時間を算出した月臣は、言葉を選びながらそれを告げた。
「ニ、三日といったところでしょうか。
これでも、速い方なのですが……木連艦隊のほうは、もっと時間が掛かるはずですから、なんとか間に合う予定です」
次元跳躍門を利用しても、すべての艦が跳躍を終えるまで、かなりの時間を必要とするはずだ。そして、出現する場所も、地球近辺にいきなりということはありえない。おそらく制宙権を握っている火星軌道付近から、侵攻を開始するはずである。
確かに時間はある。
しかしそれは―――フィリスは、足りない言葉を付け加えた。
「ユキナの救出が早ければ、ということだな」
「……ええ」
***
旗艦『かぐらづき』―――。
本来、草壁中将が艦長を務める旗艦を、白鳥九十九は借り受けていた。
『ゆめみづき』や『かんなづき』の十数倍の質量、威風堂々とした巨大戦艦は、夥しい数の無人艦、突撃艦を従え、地球侵攻の合図が発信されるのを待っている。その前方で、一列に並んだ次元跳躍門が、次々に口を開いていった。
「…………」
「これは壮観だな……。
今までの小競り合いとは意味が違う、制圧の為の艦隊か」
司令補佐としての任を賜った秋山が、感心したような口調で洩らすのを、九十九は聞き流した。
―――これは制圧の艦隊では無いんだ、源八郎。
その言葉は、声にはならない。
何故なら。
「そろそろ時間ですな。司令、今一度、皆を激励して戴きたい。
既に『勝利が確約された』戦いではありますが、士気が高いに越したことはありません」
草壁の寄越した監視員……いや、その呼び方は適当ではあるまい。
死をも覚悟した、草壁を信奉する木連の将校の呼び掛けに、白鳥九十九は口元を一瞬歪めた後、大きく右手を掲げた。
「全艦隊に通信を開け。
―――現時刻を持って、木連艦隊は地球に向けて進軍を開始する!
諸君等の活躍を、期待している!!」
返答は無い。
だが、確かにその号令は木連戦艦に伝わったのだろう。
1200の無人艦、280の突撃艦、82の戦艦の艦尾に光が点り、次々に跳躍門へと殺到していく。
旗艦『かぐらづき』もまた、ゆっくりと前進を始めていた。
「次元障壁展開します。
座標入力確認―――跳躍まで6分40秒!」
オペレーター達が慌しく旗艦の制御を行なっている。
その喧騒を聞きながら九十九は、自分が後世の歴史家にどのような評価を下されるのか―――ふと気になった。
木連のほぼ全ての艦隊を担ぎ出し、編成したこの大艦隊も、地球連合のそれに比べればあまりにも非力だ。
だからこそ、連合は本気になって我々を叩き潰すに違いない。何故なら、それだけで木連はもう、抵抗するべき戦力を失ってしまうのだから。
そう、これは完全な捨石であった。
自分は、共に地球へ向かう仲間を人身御供にして、木連の勝利を呼び込もうとしている。
たとえ草壁中将の策が成功したとしても、木連艦隊の敗走こそ、確約されたも同然だ。
―――しかし、もう後には引けない。
覚悟を決めろ、九十九。
いざとなれば―――自身の命をチップにしてでも、木連艦隊の被害を―――最小限に留めなければ。
未来ある若者の命を、守る為に。
―――許してくれ、ユキナ。
妹の顔を思い浮かべながら、しかし。
……!?
何故か次にミナトの顔を思い浮かべ、九十九は彼女と交わした再開の約束を果たせそうに無いことを後悔した。
***
「IFS?
へぇ、地球の機動兵器もコレなのか」
無針注射器を手渡されて、三郎太がなんとなく呟いた一言に、アカツキは過敏に反応した。
「……やっぱり、木連もIFSなのかい?」
「新型機はコレになってるんですよ」
躊躇いなく注射を首筋に添えて、引き金を引く。
ぷしゅ
しばらく右手の甲を眺めていると、幾何学的なマークがそこに現れた。
「俺は事情があって、まだIFSを付けてなかったんですけど……へえ、カッコイイなぁ」
「……そうかい」
夜天光の前例があったから、それほどショックはない。
しかし、ネルガル会長としては複雑な表情を隠せず、アカツキは渋い顔をしてみせた。
技術漏洩が世の常とはいえ、想定外の外資企業―――木連を企業と呼ぶならば、だが―――がネルガルの技術に追いつくには、少なくとも四、五年は掛かる筈だったからだ。
これでは、ネルガルの優位などあっという間に覆されかねない。
―――リアクト・システム(電子変換)を本格的に投入する必要があるかな、これは。
IFSに継ぐ、最新の機体操縦システム。
機体を思うように操れるIFSは、優秀ではあるが、最良というわけではなかった。
リアクト―――五感の電子変換には、感覚のタイムロスが限りなく0に近いという利点がある。動作を想像する以前に、身体が反応する感覚神経を読み取り、機体のコントロールに反映するのだ。そこに、機体と身体の誤差は生じない。無意識の動作さえも機体はそれを忠実にトレースするのだから、エステバリス並みの大きさの人間となる、と
言い換えても構わないだろう。
そして何より、その莫大な情報をスキャンする大掛かりなシステムをアサルトピットに組み込むという事は、身体を『完全』にシートに固定するという事でもあった。指一本動かせないという、あまりに不自由を強いる事になるが、逆にそれは対Gを極限まで押さえつけることが可能になることを意味している。
―――何か、彼女に相応しい機体があれば良いんだけどね。
アカツキがそんなことを考えている間に、ガイに唆(そそのか)されて、三郎太はシミュレーターに潜り込んでいた。
「おーし。
いっちょ揉んでやるぜ、かかって来い三郎太!」
「オウよ!
……で、俺はどの機体を選べば良いんだ?」
「僕のを使うと良い。
青のエステバリス・カスタムだ。
トータルバランスはもっとも優れている機体だよ」
「そっすか。
それじゃ、お借りします」
***
『ゆめみづき』、食堂。
「おお……」
「「うおお……」」
「うう、ゆめみづきで上手い飯が食えるなんて……!」
感激し、滝のような涙を流しながら、食堂を彩っている料理に箸をつける優人部隊の男たち。
そこには、遠慮や行儀などという言葉は微塵も無かった。
……戦争である。
「あ、お前! ここからこっちまでは俺の取り分なんだからな、箸付けるなよ!」
「バカヤロウ!
テメェなんぞその半分あれば十分だろう!
普段小食な癖に、何張り切ってやがる!」
「ああ!!
炒飯がもう無くなった!? 俺、一杯しか食べてないのに……!」
喧々轟々。
あまりに羽目を外しすぎる部下達に、月臣は立ち上がって怒鳴りつけた。
「貴様等!
栄えある優人部隊の一員として、女性の前でみっともない姿を晒すんじゃない!!!」
「……フィリスさん、炒飯大皿で後2皿追加お願いします。
後、麻婆豆腐と、ピーマンと牛肉の炒めも……」
「す、すいません」
気を利かせたらしいイツキの追加注文に、月臣は慌てて頭を下げた。
フィリスは鍋で新しい具材を炒めながら、ちらりと食材の入っていたダンボールを覗き込んだ。
すでに、底をつきかけている。後、一品、二品が限界だろう。
「……それでラストオーダーだ」
「はい」
「俺たちの分が無くなりそうだからな」
「……そーですか」
イツキは、乾いた笑いを返した。
***
草壁の私邸―――。
「『ゆめみづき』が帰還しただと?
月臣元一郎、いったい何を考えている……」
北辰は、草壁中将の配下の者から受けた報告に、多少の驚きを禁じえなかった。
彼の親友である白鳥九十九は木連艦隊を率い、先刻出陣したばかりだ。秋山源八郎が同行していることも、もちろん知っている。白鳥九十九の潰えた希望。和平などという甘い考えに染まっていた月臣元一郎が『ゆめみづき』と共に姿を消し、友を止めるでもなく、このタイミングで木連へと帰還した。
その行動に、何の意味があるというのか。
それは、容易に想像がついた。
―――白鳥ユキナか。悪あがきに過ぎぬが……。
白鳥と月臣の間に、どのようなやり取りがあったかは分からない。
彼女を救い出し、白鳥九十九にそれを伝えることは、確かに木連艦隊を止める力にはなるのだろう。しかし、もちろんそれだけで和平が成るなどと、白鳥は考えまい。閣下の真の目標を知っているだけに。
捨て置いたとしても、害にはならない。放っておけば良いのだ。閣下ならば、そう一言に切り捨てるであろう。北辰も同感である。わざわざ白鳥ユキナの所在を教えてやる義理など、あるはずが無い。彼女の姿を探し求め、街を彷徨う月臣は、そのまま地球連合の敗北と、木連の勝利を知ることになる。それもまた一興ではあろうが―――。
「…………」
北辰はそれが出来なかった。
部下の次なる報告が、北辰の暴走を許した。
「同行者が居るようです……おそらく、地球の者かと」
「何?」
モニターに映し出された二人の少女。月臣に同行し、どうやら市内へ向かうつもりらしい。
そのうちの一人―――見知った顔を認めて、北辰は思わず口走っていた。
「フィリス・クロフォード……」
髪の色を変えようが、見間違える筈がない。
―――ナデシコか、なるほど。
白鳥九十九……いや、月臣元一郎とナデシコは、何かしらの交流があったのだろう。
和平への熱意。その理由が、ナデシコに起因していることは明白である。
―――いや、そんなことは、もはやどうでも良い。
天河明人の女が、そこに、居る。
それ以外に、重要なことなどありはしなかった。
「……膳立てをしてくれた、礼をせねばならんか?」
口に出してみて、しかし北辰は自分が笑っていることにすら気づかず、独白を続ける。
「天河明人よ、我が持成(もてな)し、受けてもらうぞ。
ヤマサキの駒に成り果てる前にな……」
懐に手を入れ、手のひらに乗るサイズの、銃のグリップのような機械を取り出す。
ヤマサキの『製造』した、只唯一のマシンチャイルドの成功例だという話を、火星へ出発する際、彼の口から知らされていたのである。この発信機は、その時ヤマサキに手渡されたものであった。
***
「これが……木連」
イツキは巨大な艦の中に広がる街を見て―――顔を強張らせた。
そこには既に女性か、子供の姿しか無い。
そして、あからさまな戦意向上を狙った広告、チラシ、TVCM等……。
マスメディアを規制された社会がどれだけ危険かを知り、イツキは冷や汗を拭った。
苦渋を滲ませて、月臣は肯定する。
「ええ。
先だって九十九が演説を行った後、木連の男子は挙(こぞ)って軍へ志願しました。
まだ未成年者も居たでしょう。
……それでも、それをおかしいと指摘することも躊躇われるのが現状です」
「ここまで来ると、一種の宗教戦争だな。
―――邪悪な地球人を倒せ、か。
参ったな……」
宣伝文句を読み上げて、息を吐くフィリス。
言外に含む何かを感じて、イツキは訊ねた。
「……何が、です?」
「もっと早く―――地球と木連がお互いを知り得たなら……。
回避できる戦争だったのかも知れない」
「それはそうでしょうけど……。
歴史にIF(もしも)は無い、とも言いますし」
「…………」
「?」
イツキの言葉は、フィリスにとって慰めにはならない。
少なくとも、可能性はあった筈だ。
未来の記憶を持っていた自分であれば、回避できた歴史。
草壁春樹を暗殺すればよかったのか。
地球連合のスキャンダルをもっと早く暴露すればよかったのか。
逆行したホシノルリは、このような選択をしようとは思わなかったのか。
逆行した天河明人は、何をしようとしているのか。
―――違うな、そういうことではない……か。
明人のしようとしていることは、今は分からない。
ルリの選んだ道は、繰返しとは言え、ナデシコという家での生活だった。
それは多分、自分も同じなのだろう。
だからこそ、地球連合のスキャンダルはギリギリまで公表出来なかった。木連との早期接触は、連合の方針や、ネルガルのスキャパレリ・プロジェクト―――ナデシコの運用理由さえ、揺るがしかねなかったからだ。
そして、草壁を倒したとしても―――別の指導者は必ず現れただろう。
初めから、道など変えようが無かった。
変えるつもりがないのだから、それを後悔しても仕方が無い。
だからこそ今、最悪の道を歩ませない為に、木連に来たのだから―――。
フィリスがその思考を中断させたのは、イツキの驚く声が上がったからだ。
「あ、貴方は―――!」
「……なっ!?」
視線を、イツキと月臣の見ている方向に移す。
多少、予感はあった。
「……意外と早かったな。
一日、二日待たされるのは覚悟していたんだが」
「北辰の目を逃れたいなら、顔を隠して来い」
何時の間にか現れていた、黒いバイザーを掛けた男は、そう言って踵を返した。
フィリスが後を追う。
その後ろを、戸惑いながらイツキと月臣は付き従った。
市外へ―――人気の無い、高級住宅地らしい方向に、黒いバイザーの男は進んでいく。
フィリスはその斜め後ろを歩いていたが、早足で横に並び、男を見上げて、口を開いた。
「少し、痩せたな?」
「……ダイエット中だ」
振り返ることなく、告げる。
―――本気で言ってるのか?
フィリスは、まじまじと男に視線を注いだ。
男は、視線を前方に固定したまま、ひっそりと息を吐いた。
「……冗談だ。聞き流してくれ」
「だろうな。あ、そうだ。
コレを返しとく」
手に持っていた黒い塊を、男に差し出す。男の足が止まった。
じっとそれに視線を注いだ後、躊躇いながらもそれを受け取る。
そして、フィリスに問い掛けた。
「……使わないのか?」
「俺には使えないし、アキトに使わせるつもりはないな。
お前の方が必要だろう?」
「…………」
答える代わりに、今つけていたマントを外し、フィリスから受け取ったマントを羽織る。
その様子を眺めながら、フィリスは問い掛けた。
「ところで……ユキナの様子は?」
「元気すぎて困っているくらいだ。
心配するようなことは、無いな」
「そうか」
安堵して、月臣に振り返る。
「だそうだ」
「はぁ……。
で、我々は何処に向かっているのでしょうか?」
直接、声を掛けるのは躊躇われたのだろう。
月臣は、フィリスに尋ねるよう頼んだのだが、黒いバイザーの男は意に介さず、ちらりと彼のほうを見て答えた。
「草壁の私邸だ―――意外か? 月臣」
「……なるほど、そこに『保護』されているのか。
だが、確証がない以上、闇雲に侵入するわけにはいかなかった。
確実に居ると分かっていれば、手の打ちようはあったんだが……」
男相手だからか、言葉から丁寧語が払拭されている。
何時もの月臣らしさを感じて、黒いバイザーの男は僅かに口元を綻ばせた。
そんな彼の仕種に、多少は打ち解けることができたらしい、と感じた月臣は、会話を続けようと予(かね)てからの疑問を口にした。
「できれば、名前を教えてくれないか?
俺のことは知っているようだが、こちらは君の事を何も知らないからな」
「…………」
視線でフィリスに訊ねる。
―――教えてないのか?
肩を竦める彼女の様子から、男は口元に手をやり、数瞬躊躇った後―――。
「ゴーストだ。
今の俺は、そう名乗っている」
もちろん、それが本名なわけがない。
しかし、月臣は重々しく頷いた。
本名を名乗れないのは、それなりに理由があるのだろう、そう思ったからだ。
「……そうか、わかった。
そう呼ばせて貰う、ゴースト」
「ああ」
ゴーストは頷いた。
「ごーすとさん、ですね」
「『さん』付けするな。しかも平仮名で」
もう一人に視線を向けて、ゴーストは言葉に詰まらせた。
フィリスのほうを振り返り、
「彼女は?」
「憶えてないのか?
ナデシコの補充パイロット。
横須賀で、ダイマジンが来た時―――」
「ああ……!
あの時の……そうか。
イツキ・カザマ、だったか……?」
「え。
何故、私の……名前を?」
戸惑うイツキ。
口が過ぎたことに気づき、一瞬硬直するゴースト。
バカが、と口パクするフィリスを無視して、男は誤魔化すように再び歩き始めた。
***
地球連合、宇宙軍総本部に、ムネタケ・サダアキは出頭した。
マスコミを味方につけたのは、正解だと言えた。
一時は待機を命じられ、連合宇宙軍とのつながりを断たれたかに見えたムネタケ提督であったが、和平を唱える彼に、戦争への忌諱感を募らせていた世論は、表舞台に立つ後押しをしたのだ。
地球連合軍暗部の暴露によって、関与を否定できなかった将校の首が軒並み飛んだという事実も、理由の一つに数えられるだろう。しかし、そこに至るまでの過程で、連合宇宙軍のミスマル提督や、ムネタケ・ヨシサダ参謀長の後押しがあった事は明白である。
参謀室の扉を叩いたムネタケは、複雑な心境で返事を待った。
「入りなさい」
今日の為に、既に呼ばれていたのだろう。ミスマル提督の実直な視線を感じながら、職務机に書類を並べて自分を見上げてくる父の前に立つ。
「……ご迷惑をお掛けしました」
敬礼して、そう告げる息子に、参謀長は苦笑した。
「そう畏まる事はないよ。
私も立場上、お前のした事に全面的に賛同することは出来ないけれど、一個人としては―――よくぞやってくれた、と褒めてやりたいくらいでね。
案外、助かったのは我々のほうかも知れないねぇ、ミスマル提督」
「ですな。
お陰で、我々では把握できなかった地球連合の罪は白日の下に晒され、人々の心に和平への心が芽生えた。連合の組織改革、世間への評価を挽回できた今、和平を否定する要素はありますまい。
彼は、今は微妙な立場の上にあっても、後(のち)には和平を成し遂げた名将として名を残すことになるかも知れませんな」
ミスマル提督の言葉に、うんうんと頷く参謀長。
ムネタケは、顔の色を輝かせた。
「……それでは」
「ムネタケ・サダアキ提督。
ナデシコ四番艦シャクヤクにて、和平交渉を進めてくれたまえ。
我々も出来る限りの後押しを―――」
参謀長の言葉を遮るかのように、目の前にモニターが開かれた。
『ムネタケ提督、ナデシコのミスマル艦長から緊急連絡が入っております』
「緊急連絡……?」
ムネタケは困惑していた。ナデシコは今、後方支援活動及び、チューリップ破壊任務を担当しているはずである。そんな中、自分に連絡しなければならないほど重要な連絡事項とは、穏やかではない。
そんな息子の様子を見て、ムネタケ・ヨシサダ参謀長は部下に告げた。
「繋ぎたまえ」
『はい』
直ぐに、回線はつなげられた。見慣れたナデシコのブリッジに、艦長の姿を認めて、提督は声を掛けた。
「何があったの? 艦長」
『あ、お久しぶりです提督。
実はかなり厄介なコトになっちゃいまして―――』
「ユリカ!
元気だったかいパパだよ、パパ」
『はあ、お父様も御変わりなく……って、それどころじゃ無いんです!』
何時に無く真剣な娘の顔に、ミスマル・コウイチロウはおちゃらけた表情を引っ込めた。
「……何かあったのかい? ユリカ」
『実は―――』
数十分後。
月臣から得た情報と、三郎太からパイロット達が聞きだした木連艦隊の進路予測、戦力分析から、ユリカは今後起こりうる予想を語り終えた。
『……というワケで、木連は大艦隊を地球に向けて送り込んでくるのは、間違いないです。
おそらく数日から一週間後には、月軌道に到着すると』
「「「…………」」」
参謀長と提督二人は、重い沈黙に顔を見合わせた。
和平に傾きつつある世論が、この瞬間からその意味を失ってしまう。
―――無駄だったのか。
木連とは、やはり武力による決着しか残されていないのか。
厳しい顔をして、ミスマル・コウイチロウは参謀長に進言した。
「……参謀長、月軌道艦隊を召集しましょう。
今なら、予想される木連艦隊を上回る戦力を確保出来る筈。
……残念ですが、防衛線を張って殲滅するしか―――」
「ふむ……」
「待ってください……!」
「「!?」」
沈黙したまま、下を向いて拳を握り締めていたムネタケ・サダアキ提督は座っている父の前の机に手を突き、身を乗り出していた。
「防衛線は、最後の手段に。
……通常の月防衛ラインから、ポイントを一万ほど後方に修正して戴けないでしょうか?」
防衛ラインを下げろ、というムネタケの進言に、意味を把握しかねて参謀長は聞き返した。
「どういうことかね、ムネタケ提督」
「私はまだ、諦めてはいません。
―――シャクヤクをお借りします!」
***
郊外に、草壁春樹の所有する私邸はあった。
そこは、名のある将校が特別に所有を許可される区画である。空が人工的であることを除けば、植林されたらしい樹が緑を創り、その景色は地球のそれと何ら変わらない。
ひっそりと佇む館を見上げて、フィリスは足を止めた。
「で、迎えがお前と言うのは……どういう状況なんだ?
結局」
男はそのフィリスの問いに答えなかった。
ちらりと彼女を見やった後、しかし直ぐに視線を逸らす。そこには、多少の感情の揺らぎが感じられた。
「正直、そっちが来るのは予想外だった。
―――何故、俺が来たのかは、分かっているはずだが」
「……まあ、な」
肩を竦めて、フィリスはゴーストの言葉を受け流した。
言われなくても、検討はつく。というより、それが目的だったからだ。
あからさまだった自分の侵入が、北辰に気づかれないはずがない。手出ししてくるならそれに越したことはないが、騒ぎの一つも起こして、ゴースト……いや、明人の耳に届けば、彼女の目的には十分事足りるのである。
だから、その前に明人が来た以上、北辰が何らかの意図を持って、彼を寄越したことは間違いなかった。
フィリスは、自分と明人に何かしらの関係―――繋がりがあることを、北辰が気づいたのではないか、と推測した。
―――だとしたら、俺のせいでコイツの立場が危うくなったか……?
そのことが、多少申し訳ない気持ちにさせた。
そんな彼女の葛藤に気づくことなく、ゴーストは憮然とした態度で館を見上げたまま、告げた。
「北辰は。
お笑い種だが―――お前が、俺の女だと思っているらしい」
思考を断ち切られ、目を丸くして男を見上げるフィリス。
月臣とイツキが唖然と見守る中、沈黙は数刻続いた。
しーん。
やがて、男の言葉の内容をようやく理解したフィリスは、半身、後ろに退いて。
「……冗談だろう?」
半笑いのまま頬を引きつらせて、恐る恐る聞き返すフィリス。
イツキは、なんとなく口を挟んだ。
「違うんですか? とても……その、お似合いのような」
「「違う!!」」
間髪入れず、否定する二人。
申し合わせたようなタイミングで否定され、イツキは首を竦めた。
「ち、違うんですか……」
「私もてっきり、お二人が―――その」
ごにょごにょと口篭もる月臣に、頭を抱えるフィリス。
「月臣、お前もか……。
勘弁してくれ」
ゴーストは、そんな彼女の様子に皮肉な笑みを浮かべた。
「勘弁してほしいのはこっちの方だ。
北辰に呼び出されてみれば、
『お前の女が来ている。ここへ案内してやったらどうだ?』
と言われた。
いきなり、何を言い出すのかと思ったぞ、俺は」
「……そんなこと言われてもな。
俺に、どうしろと?」
少しは引け目を感じたらしいフィリスは、顔を上げて男の顔を盗み見た。
「―――単なる愚痴だ。
こっちもいい迷惑でな、お陰で動きにくくなった。
お前達の仲間と疑われるのは不本意だから、この辺で俺は退場させて貰うつもりだ」
「人の気力を根こそぎ奪って、良く言う……」
「苦情は北辰に言ってくれ。
―――健闘は祈ってやる」
言い残し、ゴーストは跳躍しようとした。
それを敏感に察したフィリスは、慌てて彼を止めた。
「待て、一つだけ答えろ。
お前が木連に居る理由は、何なんだ?」
跳躍がキャンセルされた。
…………。
数刻を置いて、唐突に。
ゴーストは、フィリスの頬に右手を伸ばす。
そして撫でるように、感触を確かめ―――その手を降ろした。
まるで、自分の娘に向かって言うかのように、
「……言えないな、特にお前には。
こっちの都合だと言ったはずだ、気にすることはない。
そういえば―――ここ(木連)に来て、何か体調に変化はあったか?」
「?
いや、特に変わったことはない、と思う」
「なら良い。
―――ユキナの前で、人は殺すなよ?」
「無理言うな、と言いたい所だが。
……まあ、善処はするさ」
フィリスの言い様に口元を綻ばせた後、ゴーストは今度こそ跳躍して消えた。
…………。
フィリスがぼそっと呟く。
「―――俺に格好つけてもしょうがないだろうに……」
「なんですか? フィリスさん」
「なんでもない。
さて―――入るぞ」
「はい」
「分かりました」
***
明人の跳躍した場所は、私邸の二階。
北辰がモニター越しに様子を伺っている背後である。
モニターには、私邸へ乗り込む三人の姿が映されていた。
やはり、様子を窺っていたらしい。
「……女と一緒に乗り込んでくるものと期待していたのだが」
「覗き見とは趣味が悪いな、北辰。
たとえ俺の女だとしても、これ以上の手助けはするつもりはない。俺の目的は、あいつ等とは違う」
「……彼奴らの命は、どうでも良いということか?」
「そこまでは言ってない。
だが、そう簡単に事が運ぶと思わないことだ。
月臣も居る」
「フン、匂いも感じられなくなったか。
月臣元一郎―――実力があろうと、彼奴に外道たる資格無し。
それが判らぬとは、片腹痛い」
「…………」
明人は沈黙を返した。
この時代、人を殺した経験の無い月臣では、確かに北辰を止める事は出来ないだろう。
だからといって、北辰の望むような結果には―――なるまい。
―――あそこに居るのは、テンカワアキトの師匠だ。
そう言いたい気持ちを堪えて、明人は唇を引き締めた。
「ついて来るがいい。
今更、白鳥ユキナを奪われたところで痛くも痒くも無いが……代償は払ってもらわんとな?」
「―――代償だと?
……何を考えている、北辰」
「気になるか。
ならば、黙ってついてくることだ」
「…………」
ギリッと歯を食い縛った明人の様子を見て。
北辰は口元を愉悦に歪めた。
***
「う゛〜、退屈……。
退屈、退屈、退屈、退屈、退屈、たいくつ、たいくつー!
天河さんは忙しそうだし、お兄ちゃんは一度電話寄越したきり、音沙汰ないし……。
ねぇ、いい加減、外に出してくれてもいいんじゃない?
ハッキリ言って死ぬほど退屈なんだけど」
白鳥ユキナは、幽閉されている部屋の外に立っている衛兵に聞こえるように言った。
襖は開けてある。
その襖越しに、生真面目そうな横顔を見せる衛兵は僅かに身じろぎした。
「…………」
しかし、返事はない。
ピリピリした雰囲気が苦手なので、見張りの衛兵とコミュニケーションを取ろうと頑張って、もう3日ほど過ぎていた。
白鳥ユキナは元気だった。
木連という社会において、女性の地位が低いということはない。
―――女性、尊ぶべし。
そう教えられてきた祖先からの教育。
その為か、社会的地位に固執するほど社会に反感を抱かず、外の仕事は男のモノであると割り切った世情が、今の木連を作り上げてきたのだろう。故に、幽閉された身であっても、ユキナに危害を加えるような男は、木連には居ない。それは勿論、一部の外道を除いての話ではあるが。
「今日で……えーと、一週間? 十日くらいだったかな?
いい加減身体が鈍っちゃって……」
「……自分は、職務中ですので」
ちらりと視線を向け、短く答える。
「職務って……女の子閉じ込めて言う台詞ぅ?
それ」
ボソリとユキナが呟くと、衛兵は困ったように視線を逸らせた。
「草壁閣下の命令に、間違いなどありえません。
我々は、貴方が穏健派に利用されないよう、保護させて頂いているだけです。
白鳥司令にも、了承は得ております」
「う〜ん」
何を話し掛けても、大抵このような筋書きになる。
ユキナは納得がいかなかった。
ここに閉じ込められた当初、彼女は誘拐された悲運の少女だった。
それが、兄が木連艦隊司令に抜擢された直後、穏健派からの保護という名目に何時の間にやら摩り替わった。そのことに、とりあえず安堵はした。しかし待遇は殆ど変わらず、ここから一歩も出ることはできずにいる。用事がないときは、部屋からの出ることさえ、良い顔はされない。
その間、兄との接触は、司令就任時に掛かってきた電話一本のみである。その直後、政府広報で流された演説によって木連艦隊が遂に立ち上がった事を知り、ユキナは兄の無事と木連の勝利を祈ることしか出来なかったのだ。
自分の知らないところで何があったのか?
時折様子を見に来てくれる天河明人も、兄の状況は語ってはくれなかった。
―――と。
衛兵の向こう、丁度死角に当たる角に、チラリと顔を覗かせて様子を窺う男の姿を見つけたユキナは、ぽかーんとその顔を凝視した。知らない顔では無かったからだ。
「あ、えーと」
月臣元一郎。
彼女の兄、白鳥九十九の親友にして、もう一人の兄と慕う木連優人部隊の戦士である。
その人が何故、ココに居るのだろう?
「……?」
こちらに気づき、知らん振りしろ、という月臣のジェスチャーに、特に深い理由も抱かず、ユキナは頷いた。
「あ、あはははは。
あの、お茶でもどーですか?」
いきなり豹変して誘いをかけたユキナに、衛兵は猜疑心剥き出しの視線を向けた。
「……何です? いきなり」
普段、愚痴を言うことはあっても自分を誘うような様子をみせたことは無い。
警戒した衛兵が、彼女の真意を探ろうと部屋を覗き込んだときには、決定的な隙を晒す羽目になった。
一足飛びに背後に迫った月臣に、首筋を打ち据えられた衛兵が一言も発することなく床に崩れ落ちる。
月臣は安堵の吐息を洩らした。
「わ、何もここまでしなくても良いんじゃ……」
「ユキナ、無事だったか!
助けにきたぞ!!」
「―――へ?」
ユキナは混乱した。
彼女にしてみれば、兄と一緒に行動している筈の月臣が、彼女を助けに来た―――という事実には、なかなか結びつかなかったのだ。ユキナがココに居るのは不本意とは言え、九十九の望みなのだから、突然彼に助けに来たと言われても、意味が通じない。
「さあ、行くぞユキナ。
九十九が待ってる……!」
だから、自分の腕を取ろうとした月臣の手を、ユキナは思わず避けてしまっていた。
「ど、どういうこと!?
だって、お兄ちゃんが……」
「そ、それは―――」
「急げ、月臣。様子がおかしい。
……余りにもスムーズに事が運びすぎる」
「私も賛成です。
―――何か、監視されてるような気がします」
衛兵の身体を部屋に押し込みながら言う二人に、ユキナは目を見張った。
16、17歳の女性二人。
しかも美人……。
「あわわわ!?
ナナコさん一筋の元一郎さんが、一気に三角関係まで!?
し、信じられない……!」
「ゆ、ユキナ、なんて事を!
とりあえず説明させてくれ! そんな軽蔑に満ちた視線を向けるんじゃない!!」
うろたえて脂汗を流しながら月臣は、必死にユキナを宥めて事情を説明し始めた。
ユキナの説得には、少しだけ時間が掛かりそうだ。
その様子を遠巻きに眺めながら、イツキはフィリスに訊ねた。
「……三角関係って、私達のことでしょうか?」
「……だろうな。
こんなコトやってる場合じゃないんだが……」
フィリスは、大きく溜息を吐いた。
***
「―――やっぱりか。
……初めから、ココで出てくるのを待っていたわけだ」
ユキナを説得し、館を出て、しかし数メートルも進まないうちに、フィリスは足を止めなければならなかった。
殺気が、辺りに充満している。
酷く脆い、今にも崩れそうな緊迫した雰囲気を、彼女は感じていた。
「イツキ、ユキナは任せる。なるべく前に出るな」
「ハイ」
緊張の面持ちの月臣が、前に出る。
「貴方も下がって下さい、フィリスさん。
ここは、自分が―――」
勿論、月臣はフィリスの実力を知るわけが無い。
「いや、俺はだいじょ―――」
フィリスの言葉は、最後まで続けられなかった。
ざり、と砂を踏んで、北辰が正面の藪の影から姿を見せたからだ。その後ろには、ゴーストの姿もあった。
―――理由は聞くまでも無かった。ゴーストが北辰に付き従っているのは、判っていたことだ。
しかし。
「ゴースト……」
それでも―――月臣が洩らした落胆の声に、
「あ、天河さん。やっほー」
状況を理解してないユキナの何気ない一言が、
「―――なっ、なんだって!?」
「……ええー!?」
月臣とイツキの驚愕を生み、ゴーストの顔を引きつらせた。
追い討ちをかけるように、北辰が苦笑する。
「明人よ、まだそのような偽名を名乗っておったか……。
余程、彼奴等に知られたくなかったらしいな」
「え……?
私、ひょっとしてマズイこと言った?」
「……どうしようもないほど、致命的な一言をな」
フィリスの突っ込みに、ユキナは頭を捻った。
「……何で?」
事情を知らないユキナに、それを悟れと言うのは酷な話ではあった。
後書き
ども、火真還です。
何つーかね……仕事が……3連休を尽(ことごと)く潰しに来るのは何故!?
と愚痴りながらもなんとか23話出来ました。
後3話か……えーと。頑張ります。
解説
シリアスな展開の中で、ユキナだけが浮いてる(笑
本当ならもう、木連を脱出してる筈だったりして……おや?
完璧なプロットに綻びが? はっはっは、まさか。
(プロットファイルチェック)
……いや、うん。おk。特に問題ない。筈。
さて次回は、遂に木連艦隊VS地球連合宇宙軍の戦いが幕を開ける!
フィリスは北辰の手から逃れることが出来るのか?
ユキナと月臣は、九十九を止めることが出来るのか?
緊迫する宇宙空間に、ブラックサレナと黒い夜天光が対峙する!
頑張れ明人、じゃなかったアキト! 出番は直ぐそこだ!!(半分ヤケ
管理人の感想
火真還さんからの投稿です。
う〜ん、ユキナが美味しい所を持っていってるなぁw
月臣も良い味を出してるし。
・・・アキト達はストーリーの展開上、出番が殆ど無いですけどね(苦笑)
さて、フィリス達はどうやって木連から脱出するのでしょうか?
次回が楽しみですね!!