ナデシコは月に向かっていた。

 地球からシャクヤクで上がってくる、ムネタケ提督と合流する為だ。


 ―――もうすぐ、予想された刻限を迎える。


 その中にあって、艦長であるミスマルユリカは、艦長席に座ったまま、コンソールパネルに肘をついて、ぼーっと前を見ていた。やらなければならない仕事は、済ませてある。ムネタケ提督の提案に、ナデシコは従う方針だ。そのことに迷いは無い。


 彼女の頭の中を占めているのは、別のことである。



「―――幾ら木連艦隊って言っても、地球連合艦隊と真っ向から勝負したら、負けると思うんだけどなぁ……」


「そんなに、戦力差があるんですか?」


 メグミの問い掛けに、艦長は頷いて見せた。


「相転移エンジンを搭載したナデシコ級はともかく、普通の戦艦って言っても、やっぱり数があるから。開戦当時とは違って、重力波に対抗する策も色々あるしね。

 最後には地球連合艦隊は勝つと思う……」


「……つまり、木連艦隊は本命じゃないかもしれない?」


 ミナトが、二人の会話を吟味して呟く。ユリカとメグミは、互いに顔を見合わせて、ああー、と声をハモらせた。


「それって、囮ってことですか!?」


「本命は他にあるんですね!?」


「……え、私に聞かれても」


 何故か二人に詰め寄られて、ミナトは困った顔をした。

 なんとなく言ってみただけで、何か考えがあったわけではなかったからだ。




 ***




「草壁春樹という男は、何を考えているのかしらね?」


 医務室で、何時ものようにルリを引き込んでのコーヒーブレイクは、イネスの日課になりつつある。未だルリが逆行している事実を口外していない理由を訊ねられるなら、彼女はこう答えただろうか? ―――そのほうが面白いからよ、と。ルリはそう思った。

 なんとなく皆に話すタイミングを逃しているだけで、聞かれれば応える用意はあるのだ。もっとも、こうまで歴史が変わっている以上、自分の知識がどれだけ的確かは残念ながら分からないが、それは仕方の無いところだろう。その上で、イネスの質問を頭の中で吟味して、ルリは逆に聞き返していた。


「戦略的な話ですか? それとも、思想的な?」


「両方」


「……直接会ったことはありませんし、噂でしか知りませんけど。

 自分の正義の信念にまっすぐな人、らしいです。

 他人の迷惑顧みず、という点ではテロリストのそれと何ら変わりませんが。

 一度失脚するまでは殆どの実権を握ってましたから、人望みたいなものはあったんでしょう」


「失脚?

 ああ、例の草壁が表の世界から追われたっていう、あれ?」


「ええ、熱血クーデターです。

 その後、『火星の後継者』事件で、草壁春樹は再び姿を現したわけですが―――」


 そこまで説明して、ルリはかすかな違和感を憶えた。

 疑念と言い換えてもいい。

 火星の後継者事件に、似ている所があるとするならば―――。


 夜天光が既にロールアウトしているのは、見つからなかった自分の機体……エステバリス・カスタムを木連が手に入れたから、という理由にはなる。天河明人のナノマシン、及びIFSを解析すれば、操縦方法もわかるだろう。しかし、それだけだ。それ以上のことはできるはずが無い。


 ボソンジャンプによる政府転覆。

 それをもって、新たなる秩序という理想を掲げた草壁春樹。

 後一歩で成功しかけた、火星の後継者達の恐るべき計画だった。


 だが、遺跡を掌握するには、A級ジャンパーの力を借りるしかない筈だ。それも、一人や二人でどうこうできるものではない。


 つまり、あの事件で明るみになった、A級ジャンパーの拉致、実験による死者数から、その線は消える。火星に残った難民はともかく、地球に移住した元火星市民の消息に、その兆候を示すような暗部は見受けられなかったからだ。それは、ルリ自身が片手間に調査し、確認している。しかしそれでも、まさか、という疑念が晴れない。


 天河明人が実験を手伝った? それは無いだろう。それなら接触した際、フィリスに伝えないはずが無い。いや、そのような『事態』を、あの人が黙って見過ごすはずが無い。―――言えない理由が無いのなら。


「―――そんな筈は、無いんです」


 ルリは、そう言ってカップを口に運んだ。





機動戦艦ナデシコ
ROSE BLOOD

第24話

著 火真還







「か、彼が……テンカワ・アキト君だと言うのか?

 まさか、そんなことが……!?」


 目の前の現実をすんなりと受け入れられるほど、月臣という青年は柔軟な思考を持ち合わせてはいない。彼は、自分の知っているテンカワアキトという青年が、目の前に居るゴーストと名乗った男と確かに似通った容姿をしているが、本質的に別人ではないのかという考えを、捨てることが出来ずにいた。それは、イツキも同じである。


「……ナデシコに居る筈、ですよね?」


 我知らず、フィリスに確認する。

 彼女はこの事態にまったく驚いては居ない。それが、フィリスが彼の事をおそらくは前々から知っていたという肯定の証でもあった。

 フィリスは後ろから問い掛けられた声に、振り返ることなく頷いた。

 表情を見れば、皮肉めいた微苦笑が見えただろう。


「そうだな」


「じゃあ、彼は……。

 彼がアキトさんだというのは、どういうことなんです?」


「…………]


 フィリスは躊躇った。

 一言で説明できる話ではないし、この男―――北辰の前で悠長に問答できるような暇など、あるわけが無いことを知っていたからだ。しかし、月臣やイツキにそれが分かろう筈がない。


 だからこそ、その一瞬。

 彼女以外、周囲の警戒が甘くなっていたのは仕方が無いことだった。



「フ」


 北辰が笑う。


「……!」


 その仕草―――いや、気配を察して、フィリスが抜刀し、後ろを振り返る。だが、それも間に合わない。彼女の突然の行動に驚くイツキの後ろでバサリ、と音がしたかと思うと、ユキナの短い悲鳴が上がった。


「きゃ!?」


「……!」


「何!?」


「―――くそっ!」



 私邸の一階の屋根に潜んでいたらしい、北辰六人衆の一人―――編み笠を目深にかぶった男が音も無く飛び降り、彼女を羽交い絞めにしたのである。銃を向ける暇さえ無かったイツキを尻目に、その男は、ユキナの首元に短刀を押し当てたまま僅かに退いた。それだけで、イツキはそれ以上、銃をピクリとも動かすことは出来ない。


 ―――訓練してた筈なのに!


 憤り、唇を噛み締めるイツキ。


「ユキナ!」


 月臣の叫びに、しかし答えるものはいない。次いで現れた五人の編み笠の男が、彼女を助けるために飛び出そうとした月臣とユキナの間を牽制するかのように惑わし、時間を稼いだ。そうしている間には、ユキナは北辰の傍まで連れて来られている。


「下がれ」


 北辰の命令に、六人衆は沈黙を守ったまま、彼の後ろの定位置に戻った。あまりにあっけなく、ユキナは再び奪われたのだ。堪えきれず、北辰は哄笑した。


「フ、フハハハハハハ!!」


「北辰! 貴様ぁ!!」


 月臣が嫌悪の表情を剥き出しにして怒声を上げた。自分の失態だと、泣きそうな顔のイツキに、フィリスは背を向けたまま―――北辰の様子を伺いながら言う。


「……落ち着け、イツキ。

 まだ、チャンスがなくなったわけじゃない」


「……はい」


「よくもまあ、舐めてくれたものよ。

 その手腕で、我らを出し抜こうなど―――」


「黙れ! ユキナを返せ!」


 しかし、月臣の怒りをあっさりと受け流して、北辰はその視線をフィリスへと転じた。彼らの卑劣な行為に動揺することも憤慨することも無く、冷然とした、真意の伺えない彼女の瞳に僅かな不安を抱きながらも、北辰は話を続けようとするが、それを止めたのは、今まで状況を見守っていた天河明人だった。


「……どうするつもりだ? 北辰」


「知れたこと。

 今更、この娘が白鳥九十九を止めようが、結果は何も変わらん。

 このまま黙って見過ごしてやっても良かったのだが……」


「なら―――」


 言葉を続けようとする明人を手で制して、北辰はニヤリ、と口の端を吊り上げた。

 爬虫類然とした表情が、愉悦の笑みを浮かべる。



「フィリス。

 フィリス・クロフォード……。

 そやつがここに居ると知って、黙って行かせる訳にはいかなくなった、ということだ。

 不本意ではあるが、ヤマサキの希望でもあるのでな」


「何!?」


 驚愕。

 いや、知られている可能性は、否定できなかった筈だ。

 ヤマサキがフィリスのことを知れば、直ぐに判る事である。

 それなのに、そこまで想像が行き届かなかったのは、まさに天河明人が甘かったと言うしかない。



「フン、我が何も知らぬと、まさか信じておった訳でもあるまい。

 お前とその女の関係―――かつて、お前がヤマサキの研究所より逃がしたマシンチャイルドであるということは、既に彼奴より聞いておったわ」


「……そういう、ことか」


 苦虫を噛み潰したような表情。

 苦渋に塗(まみ)れた天河明人の声音に、北辰はフン、と鼻で笑う。

 絶望するのは、まだ早い。

 ―――天河明人、コレが、我の与える最後のチャンスだ。

 今一度、その牙を突き立てるがいい、もう一人のお前を打ち倒す前座にしてくれる。

 そんな思いを胸に秘めたまま、明人を挑発する。


「そういうことだ。

 黙ってみているがいい、天河明人よ。

 その朽ちた身体で何が出来るとも思えんが、邪魔はゆるさん」


「…………」




 ***




 格納庫で、ウリバタケの指揮の元、奇妙なシートが形作られている。

 配線のチェックを行いながら、ウリバタケは後ろで見守っている二人に振り返った。


「よくもまぁこんな事を思いついたもんだな、会長。

 リアクト・システムを実際に乗せようなんぞ、フツーは考えねぇ」


「それを聞いただけで具体的に形に出来る、君らの技術の方が恐れ入るよ。

 ネルガルの研究チームに鞍替えしないかい? ウリバタケ君」


「け、冗談じゃねぇよ。

 ―――俺はな、自分の好きなものを好きなときに開発できる時間が欲しくて、違法改造屋をやってたんだ。窮屈な場所に押し込まれて、息が詰まるような思いをするのは勘弁だぜ」


 そう否定しながらも、ウリバタケは自分の腕を買っているアカツキに、悪い気はしない。


「ナデシコはそうじゃない、と?」


「分かってんじゃねぇか」


 肩を竦めるアカツキに、ウリバタケはそう言って笑い返した。



「リアクト・システム?

 あれを、エステに乗せるってこと?」


 詳しい話を聞かされず、アカツキに連れてこられたので話が見えないアキトに、


「ああ、ごめんごめん。

 見てのとおりさ。

 これがあれば、フィリス君でもブラックサレナを操縦できる……」


 リアクト・コネクター。

 そう名づけられた装置は、アサルトピットに設置、取り外しできるリムーバブルシートであった。



「え……マジ?」


「ちょっと試して欲しくてね。

 固定型のリムーバブルシートだから、操作系統が混乱することはないし。

 いざって時、君にしか使えないんじゃ、困るだろう?」


「そりゃそうかも知れないけど……」


 ブラックサレナは、ある意味フィリスから託されたモノだ、という固定観念を持っているだけに、アキトはその提案を渋った。


「うーん、言い方が悪かったかな。

 別にブラックサレナを彼女に譲れと言ってるわけじゃないんだ。

 フィリス君には、今度配備されるアルストロメリア二号機を譲っても良い。ただ、まだロールアウトしてないし、取付実験には君のアレが一番適任だろう?」


「ああ、そーゆーこと……」


「そういうこと。

 ま、一つ頼まれてみてよ。

 総力戦になったら、彼女の力を借りなきゃいけないかもしれないんだからさ」


「ハハ」


 それを認めるのは、自分とフィリスの間にまだ大きな差があることを指摘されたようなものである。

 だから、アキトは笑って誤魔化すことにした。




 ***




「イネスさん、イネスさん、開けてくださーい!」


 どんどん、と医務室のドアを叩く艦長。


 程無くして、ドアのロックは解除された。

 中から、イネスが声を掛ける。


「どうしたの? 艦長」


「ちょーっと相談に乗って頂きたい事がありまして……アレ?

 ルリちゃん、ここに居たんだ」


「はぁ」


 ペコリ、とお辞儀して、椅子に座ったままのルリは手にしていたカップを置いた。




 ***




「―――ユキナを返す代わりに、フィリスさんを置いていけ、だとぉ……!?

 ふざけるな、北辰!!!」


 それが、北辰の示した条件であった。

 しかし、月臣が一方的なその条件を受け入れるわけが無い。

 怒りのあまり、今にも飛び出しそうな月臣を、フィリスは呼び止めた。


「落ち着け、月臣。

 ―――悪い話じゃない」


「な、なんですって?」


「貴様にしては寛大だな、北辰。

 正直、少しだけ見直したぞ」


 刀を投げ捨てて、フィリスはゆっくりと、北辰に近づいて行く。そこに、攻撃の意思は見受けられない。北辰は、彼女の胆力に唸った。


「……ほう?」


「さあ、ユキナを解放して貰おうか」


「よかろう」


 北辰がユキナを突き出す。


「……えーと」


 ユキナは、フィリスに行け、と合図され、頷いて恐る恐る月臣の後ろに戻った。

 既にユキナのことは眼中から無くなったのか、北辰は目の前で立ち止まったフィリスに、じっくりと視線を注いだ。


「ふむ、近くで見るとまた一段と美しいな。

 ピースランドでの紅い薔薇のドレス姿も、なかなか素晴らしい見世物だったが」


「……やっぱり、見ていたのか」


「フン、気づいておったか。

 只の女ではないと思っていたが―――気に入った。

 ヤマサキに渡すのが、惜しいと思える程にな」


 フィリスの頤(おとがい)を持ち上げ、顔を覗き込む。

 そして、そのまま―――彼女の唇を貪った。



「んん〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!????」


 唖然とする月臣、イツキ、ユキナ。

 明人でさえ、それは想像の範疇には無かったのか、呆然と二人の接吻を見守っている。


 唇が離れた。



 余程ショックだったのか、涙目でふるふると唇を震わせるフィリス。

 満喫した様子で、北辰は明人に振り返り、嘲る。



「どうした、言葉も無いか明人よ。

 不甲斐ない」


「……いや、驚いたのは確かだが。

 ―――死ぬ気か? 北辰」


「何?」


 天河明人が何を言いたかったのか、北辰は直ぐに知ることになった。

 じゅぐ、と左眼に痛みが走る。


「ぐはああっ!?」


 次の瞬間、股間を膝で蹴り上げられて、北辰はその場で悶絶することになった。


「き、貴様……!」


 左眼を押さえた北辰の左手の指の間から、血がだらだらと流れ落ちる。

 その血は、フィリスの足元まで地面に点々と飛び散っていた。


「我の……義眼を!」


 後ろに跳び退ったフィリスの右手が、赤く染まっていた。

 その指の間に挟まっている、ゴルフボール程のブヨリとした質感の白い球を、軽く捻り潰しておいて、怒りに震えるまま告げる。


「薔薇には棘があるんだよ、北辰。

 人質にするなら、もっと丁寧に扱って欲しいな」


「声が震えてるぞ」


「うるさい!」


 明人の突っ込みに喚いて見せて、フィリスは投げ捨てていた刀を拾い上げた。唇を奪われた怒りは、そう簡単には収まりそうに無い。しかし一応、ユキナの前であるということは忘れていなかったのか、刀の刃を反して彼女は不敵に笑った。


「相手が悪かったな。

 俺が、テンカワアキトの武術の師匠だと言ったら、信じるか?」


「……何と!?

 烈風!」


「ハハァ!」


「月臣!」


「はい!」


「手を出すなよ」


「は……え!?」



 六人衆の一人、烈風と呼ばれる男は、トキの声を上げてフィリスに迫った。


「―――きええええ!!」


 脇に構えた小刀が突き出されるより早く、フィリスは目も霞むような体捌きで側面に身体を移し、烈風の胴を凪ぎ払った。


 正に、一撃。

 弾け、転がるようにして大地を滑り、白目を剥いた烈風の頭を靴で踏みにじり、


「……話を聞いてなかったのか? この馬鹿は」


 と嘲る。


「容赦、無いですね……」


「か、カッコイイ……」


「……驚きましたよ、フィリスさん」


 月臣の感嘆の声に、満更でもない笑みを浮かべて、フィリスは苦笑した。


「雑魚に掛けている時間は無い。

 一気にけりをつけるぞ、月臣」


「はい!」
 



 ***




 北辰六人衆という肩書きは、決して安いものではない。

 北辰により鍛え上げられた彼らは、常人を凌駕する修練、戦闘経験をもっているはずだ。そうでなければ、北辰が六人衆として傍に置く筈が無い。


 その、最後の一人が、今崩れ落ちた。


 僅か一撃も当てることなく、彼らは全滅したのだ。



「なんと……」


 あまりの事態に、北辰は絶句した。

 そう、この日ばかりは相手が悪かったと嘆くしかないであろう。木連でも最強の戦士と評される月臣元一郎と、その弟子にして闇をくぐり抜けた実戦経験を持つ天河明人と同じ実力を持つフィリス・クロフォード。その二人には、六人衆と言えど役不足であった。



「フ、フハハハハハハハ!!

 これほどとはな……!

 一杯食わされていたということか、この我が!」



「気でも違ったか、北辰。

 今度はお前の番だ」


 刀を向け、そう宣告するフィリスに、しかし北辰は怯まない。

 逆に、哀れむような表情を浮かべ―――。


「出来れば、このようなものに頼りたくは無かったのだが。

 ……仕方あるまい」



「―――何?」


 予想外の北辰の行動に、フィリスは、眉を顰めた。

 北辰が懐から取り出した、何かのグリップのような―――モノ。



「残念だが、奥の手を使わせてもらう」


 躊躇いなく、カチリとグリップのスイッチを押し込む。


「…………」


 静まり返った一瞬の間を置いて、フィリスはその効果を思い知った。

 足が竦んで、動けない。


「な―――。

 ……それ……は、まさ……か」


 右手に収まっていた刀の柄が、ずるりと手から離れた。


 カラン、と乾いた音を立てて地面に横たわる刀。

 膝から下に力が入らない。いや、体全体が、動く事を否定している。

 それは、経験のある身体不良だ。―――自分の経験、とは言いがたいが。


 ―――ナノマシンが、暴走している。


 フィリスは、脂汗を浮かべて、その場に蹲(うずくま)った。手足が震え、身体を支えることができなくなる。悪寒を感じるのは、体温が上昇しているからか。


 それで、初めて皆がフィリスの身に起きた異常を知ることになった。



「……!」


「「フィリスさん!?」」


「な、何が起こったの?」



「北辰!

 ―――それはまさか!!」


 明人が驚愕を隠せず叫ぶ。



「お前のナノマシンがこの娘にも流れているのは知っておろう。

 ―――これが、その答えよ。

 その娘には、暴走を抑制するナノマシンは投与されているが、そのコントロールは特定の周波に反応して休止状態に移行する仕掛けになっておってな……。

 恐ろしいとは思わんか? フィリス・クロフォードよ」



「やって……くれるな」


 幸い、身体の全てが言うことを聞かなくなるほど症状は酷くない。

 しかし、だからといって歩くこともままならない以上。

 決定的な敗北は―――直ぐ其処に迫っていた。




 ***




 極冠遺跡の内部に設置された仮設ラボ。

 木連の技術者達が忙しく作業を続ける中、ヤマサキも自ら装置の整備を行っている。


 チカ、チカ。


 蛍光灯が数回瞬いて、しばらく沈黙した後、再び明るくなった。

 ヤマサキは、天井を見上げてスタッフを呼んだ。


「照明が切れかかってますよ。

 替えを持ってきてください」


「おかしいですね。

 新品のはずです―――この前、整備し直した時にすべて取り替えましたから」


「……おや。

 それは―――」


『ヤマサキ博士、ちょっと見てください、これ。

 先ほど、ボース粒子が観測されたんですが』


「―――は?

 誰かが現れたということですか?」


『いえ。

 一瞬だったので何かが転移したと言うことは無いと思います。

 監視カメラに異常はありませんし、消えたものもありませんから』


「―――へぇ。

 ひょっとしたら亡霊、かもしれませんね」


『亡霊、ですか……。

 まさか』


「冗談ですよ。

 ―――電子の亡霊、と言うのはアリなんですかねぇ……」


『は?』


「気にしないで下さい。

 さあ、作業を進めてください。

 それほど、余裕はありませんよ」


『ハイ』


 去っていく技術者を見送り、ヤマサキは遺跡を見上げた。


「……情報のみを跳躍させた? 何を―――何処に?」




 ***




 ブラックサレナのアサルトピットで、リアクト・コネクターの設置、起動テスト、取り外しと面倒な作業を終わらせて、アキトは一息吐いた。


「ふう」


 首を横に振って、肩を鳴らす。

 まだテスト段階であり、それもフィリスのサイズに合わせている為か、アキトが座るにはとてもじゃないが窮屈すぎる。無理な姿勢で十数分、起動確認まで確かめるだけであったが、とにかく狭い。だが、確かにこの耐Gリムーバブルシートであれば、ブラックサレナの高機動モードさえも、フィリスなら華麗に操縦して見せるだろう。


「さて。

 厨房に行って見ようかな。

 フィリスさん居ないから、ホウメイさんも大変だろうし―――」


 ブラックサレナのアサルトピット。

 テスト後の再確認の為、接続していたIFSを切断しようとするアキトの目の前に、いきなりモニターが開かれた。


 銀色の髪。金色の瞳。ここに居ないはずのその容姿は―――。


「……フィリスさん!?」


『―――よかった、繋がったか。

 アキト、頼みがある。

 今から、わた……俺がサポートする場所へ、ジャンプして欲しい。

 時間が無いんだ、急いでくれ』


 ノイズで割れた音声は、確かにフィリスの声音だ。

 アキトは疑うことなく、ブラックサレナのメイン動力を起動した。


『アキトさん、小規模なボース粒子反応を確認しました。

 ブラックサレナに異常な信号が送られているようなんですけど、分かりますか?』


 ルリから映像回線が唐突に結ばれ、アキトは混乱した。

 そんな状態だから、考えることなくルリに、


「何かフィリスさんが大変なんだって。

 俺、ちょっと行ってくる!

 皆、離れてくれ!」


 ブラックサレナからの音声に、整備班は慌てた。


「おいおい、マジかよ」


「ハンドガン、準備できてないぞ!?

 おい、アキト!」


『アキトさん、待ってください! まだ何処からの通信かもわから―――』


 整備班の皆が離れたのを確認した瞬間、ブラックサレナは跳躍した。




 ***




 北辰が一歩、又一歩と前に出る。

 倒れ伏し、動けないフィリスを守る為、月臣が前に出て北辰の前に立ちふさがった。


「どけ、と言っても聞かぬようだな」


「貴様に、フィリスさんを渡すわけにはいかん!」


「―――小賢しい」


 言うなり、北辰の姿が消えたように見えた。

 左腕が、本能的にガードした腕を正面から打ち破り、目の前まで迫った。続いて背を向けてのバックハンド気味に大きく薙いだ手刀が右側頭に叩き込まれる寸前、かろうじて月臣は後ろに退った。六人衆とは異質な、凄まじい切れ味の技に、彼は思わず絶句する。

 義眼とはいえ、左眼の喪失した傷みなど初めから無いかのように無表情のまま、北辰はその月臣を追撃した。


「くっ!」


 右手で拳を握り、構える。

 正面から迫る北辰の顔面に突き刺さるはずだった必殺の突きは、しかし残像を残し消えた影に吸い込まれた。その瞬間、生温かい粘りつくモノが月臣の目に飛び込んで来る。


「なっ!?」


「無駄だ」


 視界が閉ざされて直ぐ、耳元で囁かれた月臣は、闇雲に腕を振るった。しかし、北辰には掠りもしない。そして、足と腰をバネにして月臣の脇腹を肘で突き上げる。重い打撃と共に、月臣は大きく身体を折って、苦悶の悲鳴を上げた。


「フン―――闇を知らぬ、それが貴様の限界だ、月臣元一郎」


「元一郎さん!」


 ユキナの悲鳴。

 止めを刺そうと、腰の刀を引き抜き、振りかぶる北辰。

 そのまま、事務的に月臣の首を凪ごうとした。


 ―――しかし、振り下ろされた北辰の腕を、受け止めた者が居る。


 ボソンジャンプした、天河明人だった。


「……何の真似だ、明人よ。

 黙って見ていろ、と言ったはずだが」


 問答無用で、明人はそのまま北辰を力任せに押し返した。

 無言で引き下がる北辰。

 明人は、フィリスの刀を拾い上げて、北辰に突きつける。


「…………」


「―――フン。

 我の前に屍を晒すか、天河明人よ。

 ……来い」


 言葉とは裏腹に、ニヤリと口端を歪めて、北辰は刀を構えた。



 空気が、一瞬で冷え込んだかのような錯覚に陥る。

 素人であるユキナでさえ、それが分かった。

 先ほどまでの格闘―――技術の応酬による勝敗ではなく、一撃で生死が決まるような決闘など、望んで見たい物ではない。

 しかし、目を逸らすことも、閉じることも出来ない。




 体中が悲鳴を上げている。

 最早、いつ抑制剤が尽きてもおかしくはない。

 それが分かっていても、身体を止めることが出来ない。


 ―――それは、死を意味している。


 完全に北辰と袂を別った以上、抑制剤を与えられる機会は既に無くなった。

 心残りはある。


 せめて―――だけは、自分の手で……。


 それは、叶わない願いだったのか。


 引き絞られ、放たれる寸前の弓のような危うさは、しかし暴発することは無かった。





 ―――ヴン!


 その一瞬を見守っていたイツキとユキナの更に後ろ、私邸にぶつかるようにして、ブラックサレナが出現した。


 ズシャアアアア!!


 館のガラス窓が割れ、壁の煉瓦が剥がれ落ち、砂埃が舞い上がる。


 痛みを堪えて顔を上げた月臣が、目に付着した血を拭って漆黒の機動兵器を見上げた。


「いったい、何が!?」


「ブラックサレナ!?

 アキトさんですか……!?」


『―――イツキさん!

 フィリスさんは!?』


 その機動兵器を見上げて叫んだイツキに、月臣は反応した。

 フィリスを抱き上げ、ブラックサレナに駆け寄る。

 アキトはぐったりとしたフィリスの様子に驚き、更に髪の色が先ほどの通信と違っていることに疑問を抱いたが、それを確かめるような暇は無かった。


「アキト君、頼む!

 イツキさん、ユキナ!」


『え、ええ!?』


 訳もわからず、しかし駆け寄ってくる彼らを手のひらに乗せなければならないらしい、とアキトは気づいた。

 ブラックサレナが、四人を抱える。

 フィリスをイツキにあずけて、月臣は相対したままの二人を振り返り、明人に手を伸ばした。


「ゴースト、来い!

 ここは、脱出しよう!!」


 北辰と対峙したまま動かない明人は、しかし月臣の叫びを無視した。


「行け、ここは俺が押さえる」


「ダメだ、お前は―――」


「テンカワ・アキト!

 早くそいつらを連れて逃げろ! お前は、フィリスを助けに来たんだろう!?」


 ―――!


 その声に後押しされたのか、ブラックサレナはスラスターを吹かし、舞い上がった。


「ゴースト!!」


「……あの、バカ。

 死ぬ気か……」


 目を閉じて、苦しそうに喘ぐフィリスの呟きを、イツキは聞かなかったことにした。




 力強く風が舞い、ブラックサレナはその場を飛び去っていく。

 残された、廃墟と化した館の前で対峙する二人は、しかし未だ微動だにしない。




「……やってくれたな」


「…………」


「フン、立ったまま、気絶したか。

 ―――余程、ヤマサキの駒になりたいらしいな、お前は」


 ぐらり、と傾いだ明人の身体は、次の瞬間、力を失って崩れ落ちた。

 意識は既になかった。




 ***




 静かに、そこが終着点であることを示すかのように、木連艦隊は月軌道を目前にして足を止めた。

 予想された地球連合艦隊の姿はそこには無く、あるのは一隻の連合宇宙軍所属、ナデシコ級相転移戦艦四番艦、シャクヤクのみ。

 ―――いや、その後方に待機するナデシコを除けば、連合艦隊の姿など、影も形も見えはしない。



「二隻だけ、か……。

 この木連艦隊を前にして、只の二隻ですか! ムネタケ提督!!」


 拳を握り締めて絶叫する九十九に、彼の乗る旗艦『かぐらづき』のブリッジにムネタケ提督の敬礼した姿が出現した。


『お久しぶりね、白鳥九十九。

 二隻では無いわ、三隻―――よく見て御覧なさい』


「……!」


 次の瞬間、跳躍によって現れた『ゆめみづき』は、シャクヤクと『かんなづき』の中間、両軍を牽制するかのように、出現した。


 そう―――ユキナを連れた月臣は、かろうじて開戦前に間に合ったのである。



 ブラックサレナが市民艦『れいげつ』のドックに入り込んだ。私邸を破壊され、緊急連絡のとれなかった北辰から迎撃の指令が届く前に、ブラックサレナは『ゆめみづき』の格納庫に飛び込んでいく。

 正体不明の機動兵器を格納した―――ゆめみづきに、官制局から詰問の通信が来るが、クルーは沈黙を貫いた。事前に、月臣よりユキナ救出の知らせが届いていたからである。


「目標、次元跳躍門!

 発進急げ!」


「はい!」


 木連艦隊の使用した次元跳躍門へ向けて、『ゆめみづき』は出発した。

 これにより、大幅に時間を短縮することが出来たのだ。





「元一郎!

 何故、来た!?」


『何を言っている、九十九!

 ここに、ユキナがいるのだぞ!』


『お兄ちゃん!』


 久方ぶりに妹の顔を見て、九十九は心底安堵した。しかし、顔には出さない。



 この木連艦隊の総力を結集した今回の作戦は、軍全体に信頼の厚い、白鳥九十九のネームバリューを利用し、地球連合の罪、戦争への不満等、草壁中将が巧みに集約した結果である。

 その最大の功績と言える最終演説を行った白鳥九十九が、実は和平派であり、妹を人質に取られたので仕方なく木連艦隊の司令になりました、などと言ったところで、誰が納得できるだろうか。

 ここまで来て、それを翻すことなど、白鳥九十九には出来なかったのである。



「ユキナを助けてくれたことには感謝している!

 だが、それとこれとは別だ、元一郎!

 ここは戦場だぞ!」


『馬鹿も休み休み言え、九十九。

 何故、地球連合が月防衛線を下げているのか、考えても見ろ!』


 思わぬ月臣の反撃に、九十九は絶句した。

 自分のやらなければならぬ使命で頭が一杯だった―――その凝り固まった思考を投げ捨てれば、彼らのやろうとしていることは、容易に想像がついたからだ。


「ば、ばかな―――。

 提督、貴方は……貴方達は」


『改めて、和平を申し込むわ、白鳥司令』


 笑って一言だけ、そう告げた。


 どれだけ、その言葉に頷きたかったか。

 九十九は拳を震わせて、もどかしさに胸元を掻き毟った。しかし、それを承諾することは出来ない。わかっている、出来るはずが無い。何故なら、自分たちは、捨石でしかないのだから。今、この瞬間にも本命である奇襲部隊は地球連合本部に向けて、着々と出撃準備をしているに違いない。それを止めることなど、出来はしない。


「―――出来ないのです、そんなことは……!

 もう、何もかも遅すぎる……!!」


 悲痛な声で、九十九はただ、言葉を続けた。



「戦ってください、ムネタケ提督……!

 我々は、ここで散ることになるでしょう。ですが、それもまた運命!

 今更、退くわけにはいかないのです!

 月臣、ユキナを連れて、この宙域から脱出してくれ!

 お前達は、この戦いの意味を後で知ればいい! 俺はせめて、ユキナには、幸せになって貰いたいのだ!」


『……ふざけるな、九十九!

 兄が死んで幸せになれる妹が、何処にいるものか!!』


「……!」



 月臣の言葉は、九十九の胸を抉った。

 反論する余地など、無かった。



「し、司令!

 敵の策略です! お気を確かに!

 我々は今日、木連の未来の為に、戦う為に、この場に集ったのでしょう?」


 草壁中将に忠実な将校は、沈黙する九十九を叱咤した。

 その声で、我に返る九十九。


「「…………」」


 不安そうに自分を見上げる部下達。

 白鳥九十九の動揺は、おそらく全軍に知れ渡ってしまっている。姿を見せない地球連合艦隊、そして現れた『ゆめみづき』の月臣による全方位通信。その内容を聞いて、部下達もおぼろげながら、白鳥九十九という人間の内情を知ってしまったのかもしれない。


 ―――こんな状態で我々は戦えるのか。


 草壁中将が作戦を開始するまで―――いや、開始してしまったら、我らは只の道化だ。命を捨てることも出来ず、ただ時間を浪費して、おそらく取り返しのつかない瞬間まで、この一瞬を続けるのだろう。


 それだけは出来なかった。死に勝る羞恥であった。それなのに、自ら死ぬことも選べない。月臣の言葉は、呪いにも似た制約で、彼を縛り上げていた。



「―――全軍、そのままの姿勢で聞いて欲しい。

 ……この戦いの真意を伝えたいのだ」


「司令、貴方は草壁閣下に反逆するのかっ!」


 声を荒げ、銃を向ける将校に、九十九は一瞥をくれる。

 ざわめくブリッジ。

 しかし、彼の沈黙は一瞬。

 九十九は将校の視線を受け止めたまま、


「我々の力を結集したこの艦隊の真の目的は―――」


 次の瞬間、銃撃が九十九を襲った。銃弾は彼の肩を抉り、広いブリッジ内を跳弾した。悲鳴を上げてオペレータが身を伏せる。九十九の白い服に、鮮血が滲んだ。


『九十九!?』


『お兄ちゃん!?』


 秋山が咄嗟に銃口を跳ね上げなければ、銃弾は九十九の心臓を捕らえていたに違いない。秋山は次の一撃で意識を無くした将校をそのままに、九十九に駆け寄った。


「大丈夫か、九十九」


「あ、ああ……」


 今の一瞬、彼は自分が自分の命をチップにしたのだ、と気づいた。

 死ねば彼の口から真実が語られることは無くなる。

 だが、生きているならば、―――。


「秋山、すまん。

 手を……貸してくれ」


 血の気がうせた顔で、九十九は秋山に手を伸ばした。

 立って、言わなければならないことがある……しかし。


「喋るな、九十九。

 その傷、浅くは無いぞ。直ぐに治療をしなければ―――」


 制服のボタンを外し、傷口を検める。

 貫通し、銃弾の出た肩の筋肉は裂け、血がじゅくじゅくと滲み出ていた。


「衛生班! 司令を医務室へ! 急げ!!」


「ハッ!」




 ***




『フン、もう一押し、と言ったところか……。

 まあよい。

 決戦の場に相応しい舞台を用意してやろう、テンカワアキトよ。

 見事、この敵を打ち破ってみせよ―――ジャンプ!』


 漆黒の夜天光が、跳躍する。




 次の瞬間、『ゆめみづき』の目前を掠めるようにして、漆黒の機動兵器―――夜天光は、後方にあるシャクヤクへ向けて飛んで行った。


「ボース粒子反応、確認!

 ……ゆ、友軍機です!?

 機体識別名、『夜天光』!」


「どういうことだっ!?」




「夜天光!?

 くそっ!!」


 フィリスを見舞っていたアキトは、ナデシコの医務室を飛び出した。


 イツキを『ゆめみづき』に残し、アキトとフィリスはボソンジャンプによって一足先にナデシコに帰還していたのだ。

 北辰の持っていた発信機の範囲から離れた為か、程無く活動を再開した抑制ナノマシンだったが、そんな爆弾を抱えたまま、働かせるわけにはいかないと、艦長以下主要クルー全員一致での精密検査を行わされていたフィリスは、イネスによってベッドに縛り付けられていた。

 モニターに見えるその機体を凝視して、フィリスは呻いた。


「黒い、夜天光、だと……?」


 ―――まさか。




 夜天光が、その全長に近い長さの強大なミサイルランチャーを、シャクヤクに向けて構える。



 シャクヤクのブリッジ。

 艦長席に仁王立ちしたムネタケ提督は、スクリーンの向こう、こちらにミサイルランチャーを突きつける漆黒の機動兵器を、憤然と睨みつけた。


「……!」




 覚悟を決める暇など与えられず、そのミサイルは発射された。

 ムネタケが叫ぶ。


「ディストーションフィールド全開よ!!」


 シャクヤクの周囲に、強力な重力波が生まれる。

 しかし、ミサイルはそのディストーションフィールドをあっさりと突き抜けて―――艦首近く、ブレード部に突き刺さった。次元透過弾―――フィールドキャンセラーの原理を応用したそのミサイルの前には、ディストーションフィールドは意味を持たない。


 爆発。

 衝撃でブレードが弾け飛ぶ。その振動が、ブリッジを襲った。

 だが、それは始まりに過ぎなかった。



 第二射。


 残っていたもう一つのブレードが破壊される。

 大きく、シャクヤクは傾いだ。


 ―――弄(なぶ)っているのだ。

 相手が戦う為にこの場に来たわけでないと知った上で、悠然と、虫を殺すかのような気安さで、次のミサイルを打ち込んでくる。


 脚部にある、動力炉が吹き飛んだ。

 それは、致命的な部位である。


「機関部、緊急放棄なさい!」



 ブリッジを含む居住区は、1つの上部ユニットに集中していた。

 ナデシコ級相転移戦艦の特色でもある、オートメーション化によるものだ。

 そのため、機関部と切り離すことで、連鎖爆発から逃れることができた。

 被害は、なんとか最小限に押さえられたと言って良い。


 だが、それでどうなるのか。

 ―――もう、逃れる術は無いというのに。


 ブリッジの正面に回りこんで、夜天光は最後のミサイルを正面から打ち込もうとした。



『さらばだ、和平に殉じる愚か者共達よ……』



「やめろーーーっ!!」



 発射したミサイルが、ブラックサレナのハンドガンで打ち落とされる―――しかし、爆風と破片が指向性を失ったわけではなかった。爆発するエネルギーの本流は、そのままシャクヤクのブリッジに襲い掛かったのだ。

 破片と衝撃を耐えるには、あまりに近すぎた。


 一瞬だけ持ち堪えた後、


 ブリッジが潰れ、


 シャクヤクは、轟沈した。



「―――提督っ!!」





 抑制剤が機械的に投与され―――頭の痛みを抑えて、明人は目を覚ました。

 薄暗いコックピットに居る自分がどういう状況にあるのか分からない。


『目が醒めたか、天河明人よ』


「……北辰?」


『愚問よな。

 ―――さて、では別れの時が来たようだ。

 そこで、潔く討たれてみせよ』


「な、に……!?」



 反射的に、ブラックサレナのハンドガンを避ける。


 誤解を解く為、回線を開こうとして―――愕然とする。コミュニケーション・システムが、北辰からの通信以外、全てエラーを返してくる。


 コミュニケなどという都合の良いものは、持ち合わせていない。

 誰にも連絡は取れない。

 しかし、明人は頭を振った。A級ジャンパーに、脱出できない場所は無い。


 ―――跳躍すれば、こんなもの……!



『一つ言い忘れておったわ。

 遺跡は我らが完全に掌握した。

 お前の跳躍イメージは、すべてキャンセルされる―――さらばだ』


「北辰!!」


 その言葉の裏にある、全ての事情を悟って―――。


 暗闇の中で一人、明人は怒りの咆哮を上げた。





 ***





「何があった? 源八郎」


 真新しい包帯が肩に捲かれ、医務室の中でベッドに横たわったままの九十九は、傍にいる親友を見上げた。


「お前が気にする事は無い、九十九。

 何、司令が居なくなって、皆騒然としているのだろう。

 ―――俺はブリッジに戻る」


「そうか……なら、伝えてくれ、この戦いの意味を。

 ―――俺たちは。

 木連艦隊は、囮に過ぎない。

 草壁中将は、この隙に乗じて地球連合本部を攻略しようとしている……!」


「な、……なんだと!?

 それは一体、どういう―――」



「大変です! 司令、副指令!」


「何事だ!」


「地球連合の戦艦シャクヤクが……。

 我が方の機動兵器、夜天光の攻撃で……轟沈しました。

 現在、夜天光と地球連合の新型機動兵器が戦っています!」


「くそっ!

 何と言うことだっ!!

 九十九、詳しい話は後で聞かせてもらうぞ!

 俺は戦いを止めさせてくる!」


「……頼む」


 秋山源八郎と兵士が医務室から出て行くと、九十九は痛みを堪えて上半身を起こした。秋山の手前、そう言うしか無かったが、恐らく無駄だろうと思えたからだ。


 ―――戦闘行為を行っているのは、草壁の手の者だろう。

 源八郎が止めたところで、聞き入れるとは思えん……。


 ならば、やることは一つしかない。

 左腕に刺さっている点滴の針を引き抜く。

 血に汚れた制服を一瞥し、優人部隊の制服を持ってこなかったことを後悔した。


 ―――いや、俺にはもう相応しくない、か。


 重い身体を引き摺って、九十九は医務室を出た。


 外での異常事態に気を取られ、彼に注意を払う者は誰も居なかった。





















後書き


前半の頭しか活躍してねぇし。

ごめんフィリス……なんだか汚れ役になってるな(笑

後、気になるのはムネタケ提督ですか。

……えーと。

直接、死んだ描写が無かったってコトで一つ。



解説


九十九の葛藤、月臣の説得、ムネタケの決意。

……こいつらが主人公のような気がしてきた(爆

逆にナデシコ連中の影の薄いこと薄いこと……。


さぁて、ROSE BLOOD、
恐ろしいことに遂に終わりを迎える日がこようとは!?(←気が早すぎ

後2話ですよ、2話!

もう(ピー)が(ピー)して、(ピー)が(ピー)したら終わりですよ!?

 

管理人の感想

火真還さんからの投稿です。

 

>余程ショックだったのか、涙目でふるふると唇を震わせるフィリス。

 

 そりゃ泣くよ(大爆笑)

 

山崎が自分の能力を、存分に発揮しているみたいですねぇ

そして黒い夜天光・・・話の流れからすると、乗っているのは彼だと思うのですが。

 

さてさて、このお話も残り2話!!

頑張って下さいね!!