記憶に残っているのは、わずかばかりの感触と大きな苦悩だった。



 やりたくない、やらなくちゃいけない。



 あの頃は、そんなことばかり毎日考えていた。



 毎日顔をあわせる、そのことが苦痛でならなかった。



 だって、アキトは何にも悪いことしてないから。



 それでもやれと、頭の中でずっと何かが言っていた。



 だって、アキトはこれから悪いことをするから。



 だから。



 ミスマルユリカは、火星を離れるその日にそれを決行した。



 記憶に残っているのは、手に残る肉の感触と、液体のぬめっとした暖かさと、さっきまで感じていた苦悩だった。



 ミスマルユリカは、テンカワアキトを殺した。

 

 

 


 

機動戦艦ナデシコ

He said,"I am B"

第二話 「獣の音」


”狂いトカゲ” 北辰


 

 

 アキトはゆっくりとエステバリスをナデシコの発着場へ近づける。

 戦闘で怪我しなかった以上、ここでヘマをするわけにはいかない。

 ひゅーーーーっ、どすん。


「よーっし! エステをデッキに固定した後で全身の機動データチェックだ! データをもとにパーソナル調整も忘れんなよ!」

『うおーーっす!』


 ウリバタケの一喝のもと、整備班がそれぞれの作業に入る。

 着艦したエステを誘導、指定位置に固定、しかる後にパイロットを出してからチェックに入る。

 よく訓練されている。


『テンカワさん、お疲れ様です。早速ですがブリッジのほうへ来ていただけますか?』

「プロスか。了解した」

『ああそれと、なぜかそちらに艦長が向かったようですので連れてきてください』

「ユリカか・・・・・・わかった」


 アキトは常に必要最低限の言葉しか喋らない。

 それ以上は語る必要がないからだ。

 格納庫の隅のベンチに置かれたバッグを持ってアキトは格納庫を出た。

 戦闘が終了した以上、アキトはこの場所にいる理由がない。

 大人しくブリッジへの直通エレベータに乗ろうとするが、その前にエレベータの扉が開いた。

 そこには一人の女がいた。


「アキト・・・・・・」


 軍採用ではない、オリジナルデザインの艦長服。

 誰がなにを考えて採用したかはわからないが、無闇に体の線が強調されている。

 そこにいたのは、この船の艦長のミスマルユリカだった。


「アキト、本当にあなたは、あのアキトなの?」


 言葉にはいくつかの迷いと願望が含まれていた。

 願わくば、他人であってくれと。

 だがその淡い思いは一瞬で覆される。


「ああ、久しぶり・・・10年ぶりか。火星の空港以来だな」

「っ!・・・・・・・・・・・・やっぱり、そうだったの」


 ユリカの顔が苦痛に歪む。

 そんなに、会いたくなかったのか。


「アキト、あなたは確かに、私に殺されたはずなのに、アキトはどうして今ここにいるの!?」

「そうだな。確かに俺はお前に殺された」


 ブリッジフロアへの直通エレベータは格納庫のはずれからしばらく入った廊下の先にある。

 そして今は戦闘後の混乱で格納庫はてんやわんや。

 つまり、今この場所は死角であり、誰もこない。


「だけどな、お前の知らないところで俺は生き延びた。ユリカの知らないところでな」

「・・・・・・だったら、もう2度と会いに来てくれなくてもよかったのに」

「だから今までこなかっただろう。これでも気を利かせてた」

「じゃあ、どうして今なの!」

「この船に誘われたからだ。先日までお前が艦長だとは知らなかった」


 これは事実だ。

 アキトが乗艦を誘われたのは二ヶ月前のこと、艦長がユリカであることを知ったのはつい1週間前だ。

 だが、それでもアキトは船を下りる気にはならなかった。

 むしろ、乗りたいと思った。


「安心しろ。今ごろユリカに復讐する気なんてさらさらない。そっちはどうだか知らないがな」


 アキトはそのままユリカが乗ってきたエレベーターに乗り、目的のブリッジフロアのボタンを押す。

 ドアが閉まり、二人を閉じ込めたまま動き出す。

 呉越同舟。


「私は・・・・・・また、苦しむんだ。アキトを殺すために、殺したくないのに!」

「それは、俺の知ったこっちゃない」


 ユリカの手が動いた、右手がふっと消えてそのままアキトの顔めがけて殴りかかる!

 が、その手は顔に到達するかなり前で目標に止められた。


「相変わらず手癖は悪いな」


 アキトに止められたユリカの右腕には、いつのまにか細い針が握られていた。

 一体どこに隠していたのか。

 その針は、アキトの右目の前で止められていた。


「だけど、今の俺は簡単には殺されない。それなりに苦労してきたからな」


 ユリカの目には、はっきりと殺意が残っていた。

 恐らく一瞬の決断、これをやった後のことは考えていなかっただろう。

 たとえ自分の夢がここで果てても、ユリカはアキトを殺そうとした。


「・・・・・・これから悩むくらいなら、って思ったのに・・・・・・」


 チン。

 格納庫からブリッジフロアまでは約1分。

 今のユリカには、短すぎた。

 ゆっくりとその手から力が抜けた。

 

 


 

 

 

「艦長、現在沖縄本島より北西に300キロ。東シナ海のほぼど真ん中です」

「ナデシコは北東方向へ針路変更、サセボに戻ります。ルリちゃん、相転移エンジン停止」

「了解です」

「ミナトさん、動力を核パルスエンジンに切り替えて海中に潜行。目的地までは海の中を進んでください」

「りょうかいー」

「ルリちゃん続けてナデシコが座礁しないように海図とあわせてルート選定よろしく」

「もう出来てます」


 戦闘終了から一時間が過ぎた。

 ナデシコは今東シナ海の海上にいる。

 ともかく、あのままサセボにいてはまた木星蜥蜴に狙われかねないということで、場所を移すことになった。

 ちなみにすでにアキトとラピスは自己紹介もすんで個室に移動している。

 ユリカの立てた作戦はこうだ。

 まずは相転移エンジンを目一杯に動かして蜥蜴どもにここにいることをアピールしながら移動。

 そして影響が出ないところまで移動したら相転移エンジンを切って海中を移動してサセボに戻る。

 万が一襲撃されても海上なら被害は最小にとどめられる。


「ふむ、やはりたいした指揮能力だな。ナカザト君より成績が上だったことはある」

「提督、それは言わんでください」


 割とマイペースなのが艦長席の後ろにいる提督とその補佐コンビ。

 実質仕事がないから、である。


「ナカザト、暇だったらこっち手伝ってくれ」

「なんだアオイ?」

「エステバリス部隊の編成と未搬入部品の確認、それと生活必需品の搭載量のチェック、水と食料も」

「・・・・・・なんというか、雑用か。そういうのは生活環境部の仕事だろう」

「まだ生活環境部の人は乗り込んでないんだよ。出来ることはやっといたほうがいいだろ」


 ここらへんにアオイジュン副長の苦労性が見え隠れしている。

 目に付く仕事はとりあえず片付けていくのが彼の性だから。

 実質仕事のないナカザトもそれを手伝う。


「どれどれ? まずはエステ部隊の編成だが・・・3名所属の3小隊で全9名? 少なすぎないか?」

「それは地上で乗る人だけだからね。宇宙でまた6人増える」

「しかしそれでも15人だ。単独戦艦の作戦行動には足りないだろ」

「普通はね。でもこっちの機動兵器の実力はさっきの戦闘で示されたし、パイロットも一流どころがそろってる」

「しかしだな、昔から言うだろ。質より量だ。マジンガーZ一機だけじゃ敵は倒せないぞ」

「マジンガーなら一機あれば十分だろ。それにマジンガーがいるなら後ろを固める部隊がいるほうが心強い」

「わからんな、アオイ。いくら後ろを固めてもそれがジムカスタムじゃ役にたたんだろうが」

「ジムカスタムはいい機体だ! それに後ろを固めるのがジムだとは限らないだろ」


 やいのやいのやいの。

 エステバリス部隊の編成のはずが、いつのまにか戦術シミュレーションの話に変わっていった。

 ちなみにジュンは戦闘力中心の力押し派、ナカザトは数で押す回避中心のテクニカル派である。

 そんな二人にこの言葉を送ろう。

『腕は一流、性格は度外視』

 彼らも立派に、ナデシコの一員なのである。



 さて、ナデシコにはまだ人員も物資も必要な数が乗り込んでいない。

 それというのも、本来のナデシコの発進予定日は今日から6週間もあとなのだ。

 今この船内には、本当に動かすだけの人員しかいない。

 艦長ならびにブリッジ要員の所属する司令部。

 エンジン、機動兵器を担当する技術・整備部。

 プロスペクターを筆頭にナデシコを統括管理する総務部。

 ゴート所属、警備担当の保安部。

 パイロット、オペレータの所属する作戦部の一部要員。

 医療部の一部要員。

 主にキッチンのコックなどの所属する生活環境部の一部要員。

 現在ナデシコに搭乗しているのは、本当にこれだけである。

 本来ならこれから必要な人員物資をつんだ後に、1ヶ月の訓練を行ってから発進する予定だったのだ。

 いくら民間の戦艦だからって訓練もないまま出撃するような計画を立てるわけがない。

 だが、今はもう状況が違う。


「プロスペクターさん、まだ未搭乗の人員ならびに物資、どれくらいで全部集まりますか?」

「そうですなぁ、緊急事態ですから1週間で何とかしましょう」

「3日でお願いします。後2日で大まかな訓練をぶっ続けでやって1日休養、それで発進できるようにします」

「・・・わかりました。本社に掛け合ってみましょう。まあ無理にでも通してみますよ」


 スカウトしたときに半ば確信めいたものはあったが、こうして直にみて改めて思う。

 やはり、このミスマルユリカ艦長は器が違う。

 頭の回転も早いし、機転も利く。

 初陣こそ何らかの事情で手間どったが、その後のナデシコの移動の手際には目を見張るものがあった。

 それならば、自分がそれに応えなくてどうするか。

 プロスはブリッジを後にした。

 ここからは自分の戦いだ。

 まずは足りない人員を・・・・・・と?


「そういえば、パイロットのヤマダジロウさんはどこに行きました?」

『あ』


 その頃格納庫では。


「あー悪い。お前さんのことすっかり忘れてた」

「くはっ・・・・・・せ、せめて・・・風が通るところに入れてくれ・・・暑い・・・・・・」


 汗まみれの彼はなかなかにタフだった。

 

 


 

 

 2日後 サセボ沖2キロ地点。

 ナデシコは海面からブリッジ部分を浮かせた状態のまままだ海中に沈んでいる。

 海の上に三角のものだけが浮いているのはなんともシュールな光景だ。

 今はユリカの言った通り、必要物資に資材を積み込む作業をしている。

 あれから木星蜥蜴の襲撃もないし、町は流通が盛んになってにぎやかになっていると、ナデシコの評判は結構いい。

 そんなナデシコを、海岸近くの丘の上から見下ろすマントを着た影が一つあった。


「あれが・・・火星へ向かうというナデシコか・・・」




 ナデシコへは連合軍サセボ基地のボートに乗せてもらっていくことになる。

 もちろんこれはネルガルがレンタルしているため、基地の人も大喜びで手伝っていたりする。

 その船内では。


「ハァッハッハッハ、ほら姉ちゃんこっち来いよ!」

「っちょ、止めてください!」

「あんだよぉ、その態度はねえだろ。俺らは機動兵器のパイロット様だぜぇ」

「そうそう、俺らがいないとナデシコはトカゲ野郎に攻撃されて沈んじまうんだからなぁ!」

「だけどねーちゃん、心配はすんなよ。俺らがいればぜーーんぶだいじょーぶだからなー!」

「かーっかっかっか!」


 酒でも呑んでいるのか、ボートの船室で大男どもが3人、女性に絡んでいた。

 女性は小柄で男どもに力ではかないそうにないし、どう見ても嫌がっている。

 周りの女性も気にしているし、男達もいいかげん止めそうな雰囲気になっていた。

 こういうとき実際に動く男が果たして何人いるかは甚だ疑問だが。


「貴様ら」

「ああ?」

「その辺にしておけ」


 その雰囲気を察してかどうかはわからないが、一人の男が船室の隅っこで立ち上がった。

 薄汚れたマントを羽織って、編み笠をかぶった謎の人物。

 大きな編み笠のせいでその顔を見ることは出来ない。

 そこにいるだけでむちゃくちゃ怪しい。


「ああ、なんだてめえは? 関係ないやつは口を出すんじゃねえよ」

「関係なくはないな。この船に乗っているやつの目的地は一つだろう」

「ああ、そうだったなぁ、ということはてめえもこれからナデシコに乗るんだよな」


 男の中の一人が指をボキボキと鳴らしながらその男に近寄っていく。

 どう見ても頭の悪い男の行動だ。


「じゃあこれからの人間関係ってやつをしっかりとその体に叩き込んでやるぜっ!」


 思ったとおり、大男はマントの男に殴りかかった。


「木連式柔」


 マントの男はポツリと呟いて殴りかかってくる大男に向かって右手を突き出した。

 ぶわっ。

 気づいたときには、大男の体が頭を下にして空中で逆さになっていた。

 そして、落ちる間に体を一ひねり、顔面から床に向かって!

 グシャ。


「釣瓶落とし」


 男は顔面から、海老ぞりになった形で固まる。

 ぐらり、そのまま崩れて、ばったりと床に倒れこんだ。

 すでに意識はない。


「てめえこの餓鬼ッ!」


 更にもう一人の男がつかみかかってきた。

 が、今度はマントの男が先に攻め込んだ。

 男がつかんできた右腕を両腕でとって自分の体を回転させる。

 ビキッ「あがっ!!」

 腕から嫌な音を立てて、今度はその男が前方に宙返りをした。

 うつぶせになった男の右腕を絞り上げたまま、マントの男が背中を踏む。。


「貴様ごときに餓鬼呼ばわりされる覚えはない・・・・・・かいな捻り」


 更にぐいっと腕を捻る「あぎぃいいっ!」と、マントの男はそれを解放した。

 男は捻られた腕を押さえて床でうめいていた。

 立ち上がることも、声をあげることすら出来ないほどの激痛。

 周りにいる素人の目から見てもこのマントの男の実力はかなりのものだった。

 3人のうち、2人までがこうもあっさりとやられた。

 となると、残されたもう1人の男のとる行動は二つに決まっている。


「へへ、このまま舐められて終われるかってんだ!」


 諦めるか、それでも反抗するか、である。

 この男は愚かにも後者を選んだ。

 男の姿が変わり始める。

 体全体に毛が生え、変な唸りを上げ、手には爪が、口には牙が、そして目には狂気の色。

 男の姿は、人の体型を保ったまま獰猛な虎へと姿を変えた。


「きゃーーっ!!」

「獣人か・・・獣のくせにその誇りまで失ったか、下衆が」

「黙れ!」ウオオオオオオオッ!


 マントの男は自分から動いた。

 両手のナイフに等しい爪を振りかざす虎男に対して、一点に意識を集中する。

 腰を落とし、構え。


「木連式」


 マントの男の両手は、手の平を開いて指をまっすぐ揃えた形になっていた。

 案の定、こいつはぜんぜんなっちゃいなかった。

 警戒心というものがまったくない、ただ力に任せて突っ込んでくるだけ。

 野生に生きる獣に、そんな戦い方をするやつがいるものか。

 所詮は獣の誇りさえ失ったただの出来損ない、そんなやつは


「岩底掌」


 攻撃してくれといっているようなものだ。

 虎男の呼吸をずらすように、右足を一歩踏み込む、それだけでこいつはタイミングが崩れた。

 そして右手を、アゴに。


「かふっ」


 左手を、鳩尾に。


「ぐぼっ」


 ズドン!と音がした。

 虎男の体がビクン!と震えて、突進していたはずの体はその場に止まった。

 二つの攻撃をまともに受けた大男は、ずるずるとその場に崩れ落ちる。


「男児の風上にも置けぬ奴らめ」


 虎男の顔の穴という穴から何かわからない液が漏れていた。

 そして男はマントを直して、定位置の部屋の隅に座りなおした。


「あ、あの・・・助けてくれてありがとうございました」


 頭を上げると先ほどまで絡まれていた女性が目の前にいた。

 腕をつかまれていたが、外傷らしい外傷はないらしい。

 今気づいたが、女性の尻尾がパタパタと左右に振られている。

 なんだ、この女も獣人か。


「気にするな。ただ我がそやつらが気に入らなかっただけのこと。礼を言われる筋合いもない」

「いえ、それでもありがとうございます。あたし、生活環境部のアソウナルミです。あなたは?」


 男は編み笠を取った。

 男にしてはやせ気味の顔に、なんだか嫌なほど鋭い眼、ぱっと見だが、左目は義眼のようだった。

 それでもナルミは、引くことはなかった。

 面倒くさそうに男が言う。


「作戦部所属の北辰だ」

 

 


 

 

「これでパイロットは全員そろいましたな」


 プロスペクターに対してユリカが出した期限まで後1日。

 この調子で行けばなんとかなりそうだ。

 後は物資だけだが、そっちのほうは割と簡単に折り合いがついた。

 というわけでプロスペクターは急造のボート発着デッキにいる。


「えーと今回搭乗者の最後の一人は、と・・・おや」

「遅くなった」


 先ほどのマントの男、北辰がボートから降りてきた。

 荷物は無地の頭陀袋一つだけ。

 男の性格が見て取れる。


「いえいえ、かまいませんよ。タツミ・・・いや、北辰さんでしたな」

「別にどちらでもいいがそれで通すつもりならそれで行け」

「わかりました。それに本来はもっと遅いはずですから、来ていただいて感謝していますよ」

「かまわん。それよりテンカワアキトはどこだ?」


 ブリッジより、格納庫より先にこの男はその名前を出すか。

 流石といえば、流石。


「アキトさんでしたら、今は格納庫にいるはずですね。案内しましょう」

「そうか」


 この男もアキトに似て口数が少ない。

 仕事柄だろうか? じゃあ以前同じ仕事についていた自分はいったいどうなのだろう?

 プロスはくだらないことを考えるのはやめて、エレベータで格納庫に向かうボタンを押した。





 格納庫内はそこそこ活気にみちていた。

 パイロットがそろってきたので、パーソナル(個人適合情報)の入力や調整に大忙しなのだ。

 アキトやガイの姿もそこにある。


「げっ、さっきの・・・!」


 当然、自称パイロットのさっきの男達もいるわけで。


「けっ、あいつも同僚かよ・・・」

「落ち着け、後で引導渡してやればいいのさ」


 結局そいつらはそのままぶつぶつ呟いて行ってしまった。

 もちろん北辰もプロスもそんな事は気にしない。


「テンカワさん、ちょっといいですかな?」

「ん、なんだ?」

「ちょっとこちらへ、紹介する人がおりますので」


 アキトはプロスの後ろの姿を確認する、と、すうっと目が細くなった。

 戦闘状態・・・一歩手前。

 アキトはその場の整備員に声をかけ、休憩にしてもらう。

 そのまま3人は人の少ない自動販売機付近まで移動した。


「ええと・・・改めて紹介します。こちら、パイロットリーダーになっていただく北辰さんです」

「北辰だ」

「テンカワアキトだ・・・さて、いつまで三文芝居を続けるつもりだ? 狂いトカゲ」

「ふ、少なくとも今はカタギとして乗り込んでおるのだ、その名で呼ぶな・・・・・・黒鬼」


 ギチっ。

 一瞬だけ、場の空気が歪んだ気がした。

 ある特定の修羅場を潜った者が発することが出来る独特の気、とでもいうのだろう。

 だがそれは確かに一瞬で消えた。


「・・・・・・タツミ。何のつもりだ?」

「貴様こそだ。我らネルガルSSの向こうを張ったプロダクト・オーガのものがなぜこんなところにいる?」

「POはもうすでにない。この間解散した。コネが効くところに再就職したまでだ」

「嘘は下手だな。わざわざ商売敵に就職するほど貴様はスキモノか?」

「はいはい、口げんかはそれくらいにしましょう」


 また険悪な雰囲気になりかけた二人をプロスが軽くたしなめる。

 たいした力量の持ち主だ。

 そして、マントの男の名は北辰。

 またの名を、『狂いトカゲ』キタ・タツミ。

 ネルガルのシークレットサービスとして、裏に生きた男の名前。

 気色悪いトカゲ顔とその確かな腕で、仕事仲間や商売敵の間ではいろいろと噂になっている男である。

 アキトも、前の仕事の関係でこの北辰と面識があった。


「で、だな」

「なんだ、まだ続きか?」

「そうではない。戦力の話だ。今日ここに来るまでに資料には目を通したが」


 そういって頭陀袋からきちゃない資料を取り出す。

 折れ目は付いてるわ、カレーか何かのシミはあるわで一切気を使ってないのが丸わかりだ。


「兵器自体はともかく、パイロットの腕が確かでない。貴様から見て使えそうなものはいるか?」

「・・・・・・正直言って、一人だけだな。後はどれも烏合の衆だ」

「ちょ、ちょっと北辰さん、テンカワさん。それは聞き捨てなりませんな。我々スカウトが集めた人材を烏合の衆とは」

「ならば、試してみるしかあるまい」

 

 

 

 ってなわけで。

 ここ訓練室内シミュレーターにはパイロット総勢9人、ブリッジ首脳陣7人がいる。


「えーっと、じゃあ今からシミュレーターで模擬戦闘をして、パイロット全員の実力を試ってことですね!」


 ユリカが簡単かつ簡潔に知りたいことをまとめる。

 この2日でアキトに対するショックもかなり和らいだようだ。


「そういうことだ。パイロットは少なすぎるのは考え物だが多くても役に立たんのならいる必要がない」

「ケッ、あいつが俺たちの指揮官かよ・・・」

「ぼやくんじゃねえよ。目ぇつけられるぞ」

「あんだ、ビビってんのか」



 さっきからぼそぼそと話し声がうるさいが、ただの雑音なので気にしない。

 北辰は一応エステ部隊の隊長ということなので、代表して話をつけているのだ。


「それで、試した後はどうするんですか?」

「我が不必要と判断したものはこの船を下りてもらう」

「んな!」

「なんだとコラこの親父! てめぇなんのつもりだ!」


 途端に騒ぎを上げる先ほどの名無し3名、他の者も同じだ。

 ゴートやジュン、ナカザトも疑問の声をあげる。


「しかし、貴重な戦力を割くわけには・・・」

「そうですよ。それに北辰さん、それは越権行為じゃないんですか?」

「曲がりなりにも一度必要と判断したものを一つの判断で切って捨てるのはどうかと思いますが・・・」

「第一に」


 渋る3人に北辰が詰め寄る。


「これは越権行為ではない。我は契約の際に部隊内の人事を一任する権を任されておる」

「・・・ミスター」

「事実です」

「第二に。いくら戦力とはいえ、我やテンカワについて来れないような戦力は足手まといだ」

「しかし、それでもいないよりはいたほうが・・・」

「第三に」


 北辰はそこで一区切りをつけた。


「パイロットが戦闘中に敵から被弾して死亡・・・そんなことがあれば、艦内の士気に大きくかかわると思うが」

「あう・・・」


 ジュンは口を噤んだ。

 北辰の言っていることは暴論であるが、それでも正論だ。

 矛盾しているが、ジュンは北辰の言うことが正しいと思うのだ。

 だが決断を下すのはあくまで艦長であるこの人だった。


「うーん、わかりました。やっちゃってください」

「艦長!」

「契約で決まっちゃってるんだから仕方ないですよ。ですよね、プロスさん」

「まあ、最終決定権は艦長にあるのですが。艦長がそう仰るなら仕方ありませんな」


 決まってしまった。

 そんなわけで、パイロット各員はシミュレーターにつく。

 すでに実力証明済みのアキトと指揮官の北辰は除外だ。


「設定は先日のサセボ脱出戦。作戦目的はナデシコ出港までの囮、計250体の無人兵器の中心に出現して10分間持ちこたえられることが条件だ」

「・・・俺のときより条件が苦しいな」

「ちなみにテンカワアキトはこの条件で98体の無人兵器を殲滅、無事に作戦終了した。それを憶えておくように」

『はーっはっはっは、腕がなるぜぇーーーっ!』

「テンカワ、4番の音量を絞れ」

「ああ」

『ついにこのダイゴウジガイさまの実力を示すときが来た! やってやるぜぇーっ、レッツ・ゲキガイン!!』


 噂のダイゴウジガイはやたらとテンションが高く一人で盛り上がっていた。

 ちなみにアキトが絞った音量は機外に対するものなので、シミュレーター内は今でもあの大声が響いている。

 ガイのほか6人のパイロットは全員思った。

 ああ、こいつは落ちるな、と。


『では、5秒前からカウントダウン』


 審判は動かないから暇な戦艦AI、オモイカネさん。

 徐々にカウントダウンをしていき、そして。


『Ready』

 

 

 

 結果は、まあ予想していた通りだった。


「ふっへーーー、こんなもんだろ」

「4番、ダイゴウジガイ。撃墜数は52機か」

「結局、最後まで戦えたのはヤマダさんだけだったんですね」

「俺の名前はダイゴウジ・ガイだっ!」


 ユリカの言うとおり、10分のシミュレーションに生き残ったのはガイだけだった。

 中には開始1分で撃墜されたものもいるのだから、まったくピンキリだ。

 この結果は流石に予想外だったか、プロスもあきれた声を出す。


「いやはや、こうなると改めてテンカワさんのすごさが浮き彫りになりますな」

「むう、ネルガルのスカウトももう少し人選を考えるべきかも知れんな」


 冷静に分析するゴートら上の人をよそに、面白くないのは先に落ちたパイロット達だ。

 特に一番最初に撃墜されてへぼパイロットの烙印を押されたパイロットは。

 隠す必要すらない、さっきの虎男だった。


「納得いかねえなあ。こんなシミュレータ程度で俺たちの実力を決められてもらっちゃあな」

「なんだ、貴様まだいたのか」


 北辰の言葉で、虎男は完璧に切れた。

 耳はトラミミになってるし、牙も爪も生えている。

 感情が昂ぶって自然と獣人化してしまっているのだ。


「この親父、さっきから黙って聞いてりゃいい気になりやがって! そもそもてめえはそんなに偉く言えるほど強いのかよ!」


 誰が聞いても負け犬の遠吠えである。

 撃墜されたパイロット以外、ムネタケでさえこの言葉には呆れていた。

 北辰が冷たい声でそれに応える。


「気に入らんのなら、もう一戦やるか。貴様ら全員対、我一人。我に一撃でもくれたら残るがいい」

「・・・・・・なめるのもいいかげんにしろ! やってやらぁ、お前らシミュレーターに入れや!」


 北辰はマントを脱いでシミュレータに入る。

 その後姿に、アキトが声をかけた。


「北辰」

「なんだ」

「トラウマだけは残すなよ」


 つまり、それ以外はなにをやってもいいと。


「簡単なことだ」





 確かに、簡単なことだった。

 虎男は6人のパイロットの中で最後まで残った、というか残された。

 彼がシミュレータから姿を消したのは、開始から38秒後のことである。

 

 


 

 

「ぐっっっっはぁ〜〜〜〜〜」

「だれるなダイゴウジ。まだ2セット残っているぞ」

「ちょ、ちょっとまて! さっきより増えてるじゃねえか!」

「気のせいだ」

「こんちくしょーーーーーーっ!」


 格納庫は賑やかだった。

 といっても騒がしいのは一人だけで、他のものはすでにグロッキー状態だ。

 結局、エステバリスパイロットはアキト、北辰、ヤマダジロウの3人となった。

 そこで北辰がヤマダジロウ=ダイゴウジガイを鍛えると言い出して、今現在のこの状況になる。

 格納庫内で死んでいるのは付き合わされた整備部の連中だ。

 パイロットが減ったから仕事が減ってしまい、そこを強引に訓練に引きずり込まれた。

 結果、死屍累々。

 ちなみにアキトは息も切らさずについていっている。


「ナデシコ発進まであと3日、ぐずぐずしている暇は無いぞ」

「うへ〜〜〜〜〜〜っ、っと」

「ランニング10周」

「うげぇ〜〜〜」


 なんだかんだ言って結構元気だった。

 

 

 


 

 

どうも皆様、こんばんミ♪
hiro-mk2です。


まずはじめに言っておきますが、俺ダークは好きじゃないんで。
ホントデスヨ?


ユリカヘイト云々の話は出てますが、一応俺はそんな気はありません。
なんたって彼女はメインヒロインですから。
この後も彼女には極上のシナリオを用意しています。
これからたっぷりと苦しんで苦しんで苦しみぬいてもらいます。ええ。


この話を書くコンセプトの一つに、「ナデシコが本気に会社経営で、かつクルーが本気で優秀だったら」というのがあります。
まあ今までさんざん突っ込まれてきたところなんでしょうけど、ナデシコは「ネルガル重工ナデシコ支社」としてヌルいんです。
どこの世界に「支社長が就任して社員も就職してその日から操業開始」な会社があるのか、と。
そう考えるとユリカ到着からナデシコ発進までの正式スケジュールには2ヶ月ほど訓練期間がいるはずなのです。
今後、ナデシコの「会社」の部分をクローズアップしたいと想います。はい。

ただこれをすると激しくナデシコの空気が損なわれていく予感。ガムバリマス。


北辰さん、登場です。どうしようw


さあ次回は、彼が大暴れします。
誰でしょう。
出来れば楽しみにお待ちください。


PS
「継続は力なり」ならばやる気がなくイヤイヤ続けている仕事は力なんですかね?

 

 

 

 

代理人の感想

うーむ、やっぱり優秀だったんだなガイ(笑)。

 

それはさておき研修の件ですが、サセボ出航が9月だか10月だかで、

ビッグバリア突破が年明けだとすると実はTV版でもやってたんじゃないでしょうかね、慣熟航行。

まぁ、そこらへんをきっちり書いてないのがTV版ナデシコの最大の欠点でもあるわけですが。

 

 

>彼

ズバリ、ナカザト象でしょう!

象です。何を言おうとも象です!

ちなみに根拠は私の趣味です(爆)。

 

 

>PS

そう言う場合は「続けていたことがいつのまにか力になっている」と解釈すべきだと思います。

身についた力が自分で知覚できるものか、また役に立つかどうかはまた別問題として(爆)。