『ユゥーーリィーークヮァーーーーーーァ!』
機動戦艦ナデシコ、出港から1週間と3時間。
撃沈。
機動戦艦ナデシコ
He said,"I am B"
第四話 「獣の叫び」
”親バカ” ミスマル コウイチロウ
「あら、お父様」
『おお〜ユリカ〜、しばらく見ないうちにすっかり美人になってー』
「お父様、まだお別れして一週間も経っておりませんわ」
ぴぴぴぴぴ。
ルリが右手で耳を押さえながら通信の音量を絞る。
他の面子はいまだに両耳をおさえてうずくまっていた。
「・・・・・・うるさいです」
「あ、ありがとうルリちゃん・・・ひどい目にあったわ」
「強制的に通信を開いてアレだけの音量でいきなり叫んでくるとは思わなかった・・・」
ミナトとメグミがやっと回復し始めた。
特にインカムをつけての対応をしているメグミのダメージは大きそうだ。
この男、本気で叫べば音波兵器の実用化にかなり貢献するのではなかろうか?
今ダメージがないのはユリカくらいだ。
それ以外ではなぜか大丈夫なフクベ提督。
あの叫びに慣れているのかそれとも耳が遠いのかは微妙なところだ。
「ところでお父様、何か御用ですか?」
『ああユリカ、今日の夕食はいっしょにどうだ? お前の好きな鶴見屋のうなぎでもだな』
「うなぎ・・・・・・ごくん。お父様、お夕食のことは後でご相談するとして、これは一体どういうことですか?」
相談はするつもりらしい。
『おっと、そうだったな。軍の決定を伝えにきた。悪いがナデシコを火星にやるわけにはいかん』
「そのことですが、提督」
『うん、アオイくんか。うちのユリカが世話になっているね』
「いえ、そんな世話だなんて・・・」
なぜか照れるジュン。
しかしユリカ父、ミスマルコウイチロウの目がギラリと光る。
『しかしうちのユリカに手を出したら・・・ただじゃすまないよ』
「は、はひっ!」
蛇に睨まれた蛙。
しかしいつまでもそのままというわけにもいかない。
ジュンはごほん、と咳をして気を取り直す。
「ミスマル提督、ナデシコ接収の件でお聞きしたいことがあります」
『うむ、なにかね?』
「ムネタケサダアキ准将の今回の行為は軍の命令でのことと判断してよろしいのですか?」
『何のことかね? というか、君たちの後ろに寝ているのがムネタケくんか?』
ちなみに寝ているのではなくさっきの音波攻撃で失神しているだけである。
ここからは私が、とプロスペクターがジュンを制した。
それならばとジュンはナカザトと兵士を縛り始めた。
「いや困りましたな。すでに軍とは話がついているはずですが」
『そのときとは事情が違うのだ。木星蜥蜴と互角以上に渡り合える軍艦と知っていれば許可など出さなかった』
「はて、仕様書はお送りしたはずですが。それを信じるか信じないかは軍の方の判断でしょうが」
『・・・何がいいたいのかね』
かかった。
ここからが交渉術の腕の見せ所だ。
「すでにこちらの言い分は認められて航行許可は取れています。そちらにとやかく言う権利はありません」
『いや、それはだな』
「それにミスマル提督。ネルガルは連合軍を訴える準備があります」
『なんだと!』
さすがにコウイチロウの顔色が変わった。
トビウメの艦橋にも動揺が見て取れる。
「今回、ムネタケ副提督は接収のためといい銃器を使用し我々を脅迫しました。これだけで脅迫罪の現行犯です」
『・・・・・・む』
「更にはタカマツ元帥の印を偽造し、接収証明書を偽造しました。公文書偽造、行使は言うまでもなく犯罪ですな」
『・・・・・・』
「ネルガルはこれらの海賊行為に対して連合軍に慰謝料と陳謝を求める権利があると存じますが」
『わかった、もういい』
コウイチロウが折れた。
これで少なくとも一方的に接収されるという状況ではなくなった。
プロスペクターは満足そうな表情でその場から一歩下がる。
コウイチロウは幾分か取り乱していたが、それでも威厳を持った態度で続ける。
『しかし、私も軍人としてこのまま帰るわけにもいかん。交渉の席を持ちたい。トビウメへ来てもらおう』
「ふむ、そうですな。では艦長と・・・ナカザト提督補佐」
「はい」
「私ですか? こういった場合副長が行くべきでは?」
「ナカザト、艦長と副長が同時に席をはずすわけにはいかないだろ」
「ああ、そういうことか」
ナデシコの指揮系統から行けば最高責任者は無論艦長であり、その下に副長、提督、オペレータと続く。
その指揮系統トップ1とトップ2が同時にいなくなるのは出来るだけ控えなければいけない。
その点でいけば指揮系統の低い提督補佐が動くべきなのである。
提督はその立場上できるだけ動いて欲しくないのである。
フクベ提督は火星会戦の英雄として連合軍ならびに一般の知名度もかなり高い。
退役した現在も軍内には多くのシンパがいて、発言の影響も小さくはない。
もしその提督に何かあれば、ネルガルとナデシコは本当に世間と軍を敵に回しかねないのだ。
軍がそこまでするかは問題ではなく、そのような場面は出来るだけ避けたいというところなのだ。
「じゃあジュンくん、後はよろしく」
「わかった。ユリカ、気をつけて」
「だいじょーぶ。すぐ帰ってくるから」
ユリカはニッコリと笑って出て行った。
その顔にジュンはこっそりとため息をつく。
・・・・・・よかった。いつものユリカの顔だ。
ナデシコが発進してからユリカは元気がなかった。
あのテンカワとか言うパイロットのせいかもと思ったけど、どうやらそうではないらしいし。
何より、あれ以降ユリカはテンカワと会っていない。
ともかく、元気になってくれて何よりだ。
気を取り直してジュンは艦長席につく。
初めての、艦内総指揮。
「えーっと、それじゃレイナード通信士、格納庫に連絡。ユリカが出るからヘリの用意って」
「はーい」
「ハルカ操舵士、いつもで飛べる準備をして着水。相転移エンジンの稼働率に注意して」
「了解。それと副長、あたしのことはミナトでいいわよ」
「あ、あたしもメグミでいいですよー」
「・・・はあ、どうも」
いきなり二人の女性から名前で呼べと。
あんまりこういうことに慣れていないジュンは少しうろたえた。
そもそも彼は女性との接触経験はあまりないのである。
なぜなら幼少の頃よりミスマルユリカにつきっきりであったから。
「じゃあ、メグミさん。整備班の人にここの軍人さん連れてってもらうように手配して。ムネタケ副提督もね」
「どこに連れて行きますか?」
「空いてるコンテナにでも詰めとくように伝えて。それとパイロットのヤマダジロウと通信開いて」
「はーい、ヤマダさんこちらブリッジです」
『おう、こっちは終わったぜ。さっき整備部が連れて行った』
「ヤマダ、早速で悪いけどユリカがヘリでトビウメへ向かう。エステで護衛を頼む」
『わかった。あ、それからいっとくが。俺の名前はダイゴウジガ
ブチッ。
通信が切れた。
「うるさいのは嫌いです」
「あ、あは、ルリちゃんちょっと神経質になってる・・・」
よほどさっきの音波攻撃が堪えたのだろうか。
不機嫌な顔をしながら通信を問答無用で切った。
「あはは・・・ホシノさん。一応周辺海域の索敵をしておいて」
「ルリでいいです」
「・・・・・・え?」
「私もルリでいいです」
ひょっとして、さっきの二人に続いてなのだろうか?
ジュンはしどろもどろに切り替えした。
「ああ・・・・・・じゃあ、ルリちゃん、よろしく」
「了解です」
ルリさんはなんだか変な感じだったからちゃんで呼んだけど、拒否反応はないみたいだ。
よかった。
さて、あとはユリカが交渉を終わらせて還ってくるのを待つのみ・・・
「結果出ました。トビウメの後方に駆逐艦が2隻、連合軍の『クロッカス』と『パンジー』です。
それと2時の方向にチューリップが一基あります」
「なんだって! チューリップの稼動と虫型無人兵器の状況を!」
「どちらも確認できません。しかし、戦艦4隻がいますから再稼動の可能性が高いと思われます」
「1種警戒態勢! パイロットはエステバリスにて待機、チューリップ稼動と同時に出撃できるように通信!」
「了解です」
アオイジュンは無能ではない。
連合軍士官大学次席卒業は伊達ではないし、戦術レベルでの指揮能力はずば抜けて高いのだ。
しかしそれでもその性格で損をするところがあるし、自分を過小評価している節がある。
いまいち積極性にかけるし、人と争う場では他人に遠慮するような傾向も見られる。
何より女性に弱い。
ユリカに抜かれて次席に甘んじたのはそのせいだ。
「ナデシコはこれより戦闘待機状態に移行します。連合軍にチューリップ警戒の連絡を」
「了解です」
テンカワアキトはエステバリスのアサルトピット内にいた。
待機命令が出てから30分。
まだ現状が動かないのは果たしていいことか。
アキトのエステバリスは本人の希望によりカラー変更が終わっていた。
言うまでもなく、その色は黒。
清純な白い装甲だったそれは、無骨な黒い装甲に塗り替えられていた。
色だけで印象が変わるのだからたいしたものだ。
『テンカワアキト、ちょっといいか?』
目を閉じて待機していたアキトに通信が入った。
ジュンからだ。
「なんだ? 出撃か?」
『いや、君にちょっと聞きたいことがある』
背景から見るにブリッジではなく、トイレかどこかのようだ。
その表情も偉く神妙で、重い雰囲気がある。
『ユリカのことだ。君と会ってからユリカはいつもの感じじゃなかった。キミとユリカは、どんな関係なんだ?』
「ずいぶんとアバウトな表現だな。相手に意思を伝えるならもっと具体的なことを言った方がいいぞ」
『それでも君に伝わっているのなら問題はない』
「・・・・・・俺が、それを、言う必要が、あるのか?」
『ないな。だからこれは命令じゃなくて頼みだ。出来ることなら教えてくれ』
そのまま見詰め合う二人。
無言での数秒。
「惚れてるのか?」
『・・・・・・っ、そんなっ、あんまり堂々と言うことじゃっ・・・!』
顔を赤くして、実にわかりやすい。
「心配するつもりなら今は聞くな。本人はあまり知られたくないだろうからな」
『・・・・・・それは、僕達が知っちゃいけないことか?』
「そのうち知ることにはなるだろう。だが本人が隠してるんだから今は知らないふりをしておけばいい」
無表情か、真剣か、どちらとも取れる表情でアキトはいった。
ジュンは直感的に感じた。
この話は、自分が考えている以上に重い話だ。
てっきりユリカのことを振った昔の男という風に考えていたが・・・それは訂正しなければならない。
ただ一ついえることは。
この男は、恐らく全てを知っている。
「言える範囲でいうなら、オレとユリカは火星でお隣さんだった。昔はよく二人で遊んでた。このくらいだな」
『ずいぶんと情報が少ないじゃないか』
「多くを喋るつもりはない。あいつが隠さないようになったらいろいろと話してやる」
『・・・・・・そうか』
妥協点。
知りたがるものと話したくないもの。
その折り合いをつけるには妥協のポイントを見つけるしかないのだ。
ジュンは一つため息をついた。
妥協のポイントは、恐らくここしかないからだ。
『わかった。そろそろユリカが戻るはずだ。そうしたら待機を解除』
『副長、チューリップが再起動しました! すぐにブリッジに戻ってください!』
『わかった! 戦闘態勢に移行して浮上、パイロットを発進させて迎撃に向かうように指示を!』
『了解しました』
事態は急転、ナデシコ内に警報が鳴り響く。
ジュンは『そのときになったら話を聞く』とだけ言い残し、通信を切った。
アキトはエステバリスの自律シークエンスを起動させてIFSを接続する。
モニターがONになるとすでに整備班の連中がいろいろと動き回っていた。
本来ならば整備班は兵器の発着には関係ない職種だが、ナデシコは人員がそんなに多くはない。
更に格納庫からカタパルトまでを整備班で一括管理しているため、全ての指示を一箇所で出したほうが効率がいいのだ。
どんどん副業に秀でていくのがナデシコである。
セルフチェックを走らせて、機体の異常を検索していく。
オールグリーン。
「テンカワアキト、発進準備よし」
『15番機よしーーっ、出るぞーーーッ!』
『北辰、発進良し』
『続いて13番機ーーーッ!』
拡声器を使っての絶叫が続く。
アキトの黒い機体に続いて、北辰の赤黒い機体が続く。
北辰のパーソナルカラーはクリムゾン・レッド。
本人いわく『血の色』だそうだ。
それとなぜかエステの頭部に筆で『喝』と書いてある。
あれは直筆らしい。
理解するには難しい特殊な嗜好だ。
『テンカワアキト、発進後は空中にて待機。ナデシコを防衛しつつ無人兵器が来たら叩き落せ』
「了解した」
北辰とアキトの間に確執があるわけではない。
というか、本来なら確執しかない。
アキトは、以前の仕事の関係で北辰と対峙したことがある。
直接命を取り合ったことはないが、商売敵としてシノギを削った経験は一度や二度ではない。
一言で言えば、敵、である。
しかしこの場は北辰が指揮者で、自分はそれに従わねばならない。
難儀なものだ。
『副長よりテンカワへ。トビウメからユリカのヘリとヤマダが帰還する。両方とも非武装だからそれを警護してくれ』
「了解した」
戦闘開始。
アキトの瞳が縦に割れた。
時間は10分ほどさかのぼる。
連合軍第3艦隊旗艦「トビウメ」はその性質上、内部にいくつかの特別室がある。
ここはその一つ、貴賓室だ。
重要な賓客や会談のときは常にここが使用されるのだが、今はそこが異様な状態であった。
机の上に並ぶケーキやシュークリームになぜか「うなぎ」。
似合わないどころかあってはならない組み合わせがそろっていた。
「さーユリカたくさん食べなさい。おかわりはいくらでもあるからねー」
「いただいてますわお父様。あ、うなぎは包んでお持ち帰りに出来ます?」
「おおーかまわんぞー」
そしてありえないやり取りがここにまた一つ。
繰り返していうが、ここは軍艦の中である。
それなのにやたらと軽い親父とやたらと軽い若い女。
軍人としては優秀なはずの親子に、プロスもナカザトも『トビウメ』艦長も呆れていた。
その視線を感じたのか、オヤジことミスマル・コウイチロウが話を切り出した。
「あー、それでユリカ、ナデシコの件だが」
「お父様、それより聞きたいことがあります」
「おお、何かね?」
「テンカワアキトを憶えてらっしゃいますか?」
さっきのケーキを頬張っていたときとはがらりと雰囲気の変わるユリカ。
アキトと面と向かって対峙したときほどではないが、雰囲気が少し鋭くなった。
父親でさえ、あまり見たことのない表情だ。
ただし、頬にはまだクリームが。
「はて、テンカワ・・・テンカワ・・・どこかで聞いた名前だな」
「火星のときお隣に住んでいたテンカワさんの息子です。よくいっしょに遊んでた」
「おお、あの子か・・・・・・懐かしいな、もう10年も前になるのか」
少しだけ、コウイチロウの顔がゆるくなった。
それはまるで、故人を惜しむかのように。
「いい子だったな。あんな子が死んでしまうとは、世の中は上手くいかないものだ」
「は?」
「ミスマル提督、今なんと仰いました?」
思わずきき返したのはナカザトとプロスだった。
ハトが豆鉄砲を食らったような表情、というのがぴったり当てはまるほどよく出来た顔だった。
「いや、そのテンカワくんは10年前に火星の空港であった爆破テロに巻き込まれてな、死んだのだよ」
衝撃。
プロスには、覚えがあった。
10年前、火星の空港、爆破テロ、テンカワ。
そのキーワードからはある特定の人物が思い出された。
まさか、あのテンカワ博士が。
プロスの思考はそこで中断させられた。
「お父様、そのテンカワアキトは生きてます」
「なんだと!」
「生きて、今ナデシコにパイロットとして乗っています。ご存知ありませんでしたか?」
「いや・・・・・・まったく、知らなかった・・・・・・」
本当に知らなかったのだろう、口元を手で覆ったまま俯いてしまう。
一体なにを考えているのだろうか。
「やはりご存知なかったんですね。アキトがどうやって生きてたか、今までどこにいたか」
「知るわけがないだろう。生きてることも知らなかったのだ」
コウイチロウは湯飲みに入っている緑茶を口に含んだ。
そこから少しずつ、思考の渦の中に落ちていく。
自分の娘は、一体なにを考えてそれを聞いたのだろうか?
いや、そもそもそれを聞いていったいどうしようというのだろうか?
それにこの表情、ユリカはナデシコに乗るといった時もこんな顔はしなかった。
つまり、ユリカにとってはそれ以上の問題なのか?
それならば・・・。
相手の腹を探ろうとしてしまうのは、軍人としての悪いくせである。
それを自認しながらも、駆け引きが行われるこの世界においてはやめられないのだ。
ユリカは席から立ち上がった。
ニッコリと笑いながら、
「ではお父様、私たちはこれで失礼します」
「は!?」
「ちょ、ちょっと待てユリカ! ナデシコの話はどうなった!」
大声を上げたのはトビウメの艦長だ。
コウイチロウもあまりにも急な展開について行っていない。
「あら、すでに軍からの航行許可は出てますし、別に軍に敵対するわけでもないですし、お話することはありませんわ♪」
「し、しかしだな、軍としてはナデシコの戦力を」
「ネルガルは事前に軍に技術提供をするとお伝えしてるはずですけど♪」
ものすごい笑顔で話を続けるユリカ。
もう交渉じゃなくて言い包めに入っている。
ネルガル直属のネゴシエイター、プロスペクターも真っ青だ。
ちなみにここで言う技術提供とは、つまりネルガルの商品を優先的に「売りつける」ということである。
「しかしユリカ、それでは話が」
『艦長! トビウメ後方にある休眠状態だったチューリップが再起動しました! すぐに戻ってください!』
コミュニケに入ったメグミからの通信、それと同時にトビウメの警報が鳴らされた!
艦内放送で緊急態勢移行、パイロットの出撃が伝えられる。
トビウメの艦長と相談して指示をし、そしてコウイチロウが振り向いたとき、ナデシコご一行の姿はすでになかった。
「ユ・・・・・・ユゥーリィークァーーーーーー!」
ついでにウナギもなかった。
トビウメの格納庫には喧騒が満ちていた。
誘導員が艦載機を誘導してどんどんと出撃させていく。
このあたりの錬度はさすがにナデシコの比ではない。
その格納庫の隅っこはヤマダジロウことダイゴウジガイは時間を潰していた。
ガイのエステバリス空戦フレームは一切の武装が外されている。
いくら護衛とはいえ、軍艦に武装したまま飛んでいくのはまずいという判断だ。
「ええい、くそ。出ても戦えねえし艦長はこねえし・・・発進準備だけでもしとくか」
「ヤマダさーん!」
入り口からユリカたちが走ってきた。
っていうか艦長、その手にもってる折り詰めはなんだ?
「すぐにナデシコに戻ります!」
「よっしゃ、すぐに乗りな! あとオレの名前はダイゴウジガイだ!」
待機状態だったエステをすぐに起動させてスタンドアップ。
アサルトピットを閉じると、ガイはそのままユリカたちが乗り込んだヘリを持ち上げた、
『うわっとぁ!』
『や、ヤマダさん! なにしてんですか!』
「いや何って。ヘリで飛ぶよりも俺がつかんで飛んでった方が早いだろーが」
『そういう問題ではありません! エステなんかで掴んだらヘリが凹んでしまうでしょ!』
さすがに備品の管理状態にはうるさいプロスだったが、ヤマダジロウはそんなことを気にするような男ではない。
「ああ大丈夫大丈夫、ちゃんと傷つかないように持ってっから」
『ヤマダさん、いいから行っちゃってください』
「艦長命令了解。『おらおら、ミスマル提督の命令だぞ! 出撃するから道あけろー!』」
後半は外部音声であたりの整備員に向かって叫んだセリフである。
ミスマル提督というのははったりだったが、さすがにその名前がきいたのか大人しく道が開かれる。
さすがにヘリを掴んだまま電磁カタパルトに乗るわけにはいかないのでいわゆるマニュアル発進だ。
ガチャンガチャンガチャン『ゴーーっ!』
まあ当然正式な発進ではないので、空中で姿勢制御したり加速したりとしばらくは安定しない。
つまり、揺れる。
『だぁぁだああだああ!』
『ヤマダっ! ゆっくり行かんかゆっくりっ!』
「んなこといってもゆっくり行ったら俺が担いでる意味がねえだろ」
『ならせめて丁寧に行かんかい! 頭打ったぞ俺はっ!』
「ナカザトさんよ、シートベルトするのは常識だぜ? それからどっか掴んでれば問題ないだろ」
事実ユリカはそうしている。
そのユリカは自分が進む先の一点を凝視していた。
ナデシコの前方で無人兵器を駆逐している黒いエステバリス。
それに乗っている1人の男、テンカワアキト。
ユリカの中にある衝動が起こるが、今はそんな事態ではない。
まずはナデシコに帰還する。
履き違えてはいけない、自分の仕事はナデシコを守ることだ。
少なくとも、今は。
ユリカの視界の中で駆逐艦の1隻がチューリップに吸い込まれた。
【お帰りなさい】
「ジュンくん、状況は!?」
「パンジーに続きクロッカスがチューリップに吸い込まれた。チューリップは転進して進路をトビウメに向けている」
「相転移エンジン、出力上げてください。前進してトビウメの楯になります。グラビティブラストチャージ」
「チャージします」
ブリッジに帰還したユリカが矢継ぎ早に指示を出していく。
にわかに騒がしくなった。
「ヤマダ機、再出撃します」
『俺の名前はダイゴ
ブチッ
ルリは不機嫌だった。
「ヤマダ機は北辰、テンカワ両名をサポート。小隊指示はジュンくんに任せます」
「了解。指揮をお受けします」
「ナデシコはディストーションフィールドを張りながらトビウメとチューリップの間に移動。フィールド展開率に注意」
「らじゃー」
「ルリちゃん、無人兵器の展開は?」
「ほぼチューリップとの軸線上にいます。上手くやればグラビティブラスト一発で全機落とせます」
「グラビティブラスト収束率を90に設定。所定の位置について、指示と同時に発射」
「わかりました」
ユリカが有能たる所以はこの判断力の素早さである。
はっきり言ってこの程度の作戦ならジュンやナカザトでも充分対処できるだろう。
しかしユリカはそのスピードが違う。
情報を素早く分析して次の指示を下す一連のルーチンが特に秀でているのだ。
「トビウメ被弾しました。核パルスエンジンの出力低下」
「エステバリス隊はトビウメの防御を最優先に。メグちゃんはトビウメに通信、後退を進言して」
「了解です」
トビウメを引き込むべく、チューリップはその内部から触手をうようよと出してきている。
がばぁっ、とその口を大きく開くと、内部には不思議な空間が広がっていた。
モニター越しでもわかるその不快感。
なにより、先ほど吸い込まれたはずのクロッカスとパンジーの姿がない。
可能ならば救出したかったが・・・恐らくは無理。
「ナデシコ、トビウメの前方に出ました。敵、全て射程内」
「エステバリスは射軸線上より退避!」
メインモニターには無人兵器とチューリップとエステバリス。
そのうち3機が正面から退いていく。
ユリカは無意識に黒いエステバリスを追った。
今は、その時ではない。
オモイカネのウィンドゥがユリカの回りにいくつも開いた。
オール・グリーン。
「グラビティブラスト、発射ーーッ!」
「発射します」
最強兵器が唸りをあげる。
ナデシコの主砲はその威力をいかんなく発揮し、敵の兵器を全てなぎ払った。
それはそのまま、チューリップへも到達する。
ドゴォォォン!
景気のいい音を立ててチューリップが爆発、そして触手が力を失い、その本体も海へ沈んでいく。
「敵無人兵器全滅。チューリップは活動停止してほぼ大破」
「再起動の可能性は?」
「オモイカネの試算によると半年以内の再起動の可能性は10%未満です。結構ダメージあるみたいですから」
もう機嫌は直ったのか、ルリがいつもどおり平面的に読み上げる。
ユリカは珍しく、あごに手を当てて少しだけ考え込んだ。
ぱん、と手を合わせる。
「じゃあこの隙に逃げちゃいましょう。エステバリス隊を収納してください」
「いいのですか? いまならチューリップを破壊するチャンスだと思いますが」
「別に無理して破壊する必要ありません♪ エネルギーと時間の無駄です。エステを回収次第反転、この場を離脱します」
「りょーかいー」
「ユーーーーリーーーーカーーーーーーッ!」
騒音兵器。
だがしかし、トビウメのブリッジ要員は全員耳栓使用なので無事だった。
いいかげん慣れるってもんだ。
「提督、立派な娘さんじゃありませんか」
トビウメの艦長が何とかコウイチロウをなだめる。
ていうかあんまり騒がれると業務に支障をきたす。
「む・・・・・・まあ、わしの娘だからな。ムフ、ムフ、ムフフフフフフフ」
「・・・・・・ゴホン。心配ですか?」
すでに付き合いの長いトビウメ艦長、変な含み笑いをするコウイチロウの対応にもさすがに慣れたものだ。
ま、慣れたいものではない。
「当たり前だ。自分の娘を心配しない親はいない」
「しかし、娘さんは親離れをしたいようですな。自立をしようとする子供を親が押さえるものではありませんぞ」
「・・・・・・わしもわかっておる。妻を亡くして早8年。いいかげんあの子のことを子供と見るのはやめるべきだろうな」
「私も娘がおりますからな。お気持ちはよくわかります。いつか離れていくのもさびしいものです」
「ふむ・・・・・・・・・・・・無事に、帰ってきてくれよ、ユリカ」
大人の会話だった。
「・・・総員起立ッ!」
がたがたっ
「我が艦の危機を救ってくれた友軍に対し・・・敬礼ッ!」
びしっ
子を想う親の気持ちは、何にも勝る。
その夜。
戦闘を終え、残務処理を終わらせたユリカは自室に戻っていた。
いつもならこのままシャワーを浴びて布団に直行するのだが、今日は少し違った。
まだ開いていない幾つものトランクの中から一つを引っ張り出してくる。
服などが入っている他のものとは、柄も大きさも、少しずつ違っていた。
「・・・・・・」
ユリカは無言でそのトランクを開ける。
その中には、いくつかの服と、何か布に包まれた長いものが入っていた。
その布に入ったものを手にとるユリカ。
「・・・・・・まだ使うときじゃない」
自分に言い聞かせるように、それをまたトランクの中に戻す。
トランクは、同じように閉めたあとロープで縛って厳重に封印しておく。
衝動的に、使わないために。
「・・・・・・今は、まだ、いてもらわなきゃ困る」
ユリカは自分のことを履き違えてはいない。
今の自分の必要なことは、このナデシコの艦長としての職務を全うすること。
そのためには、テンカワアキトのパイロットとしての能力は捨てがたい。
自分のためにではなく、ナデシコのために。
「だから」
今は、この気持ちを封印する。
あけまして第4話、hiro-mk2です。
今回はさしたるトピックはありませんでした。
とりあえずテレビ版準拠というところですね。
ナカザト象は扱いが難しいんですw
結構皆さんが重視されているのがユリカとホウメイの扱いのようで。
ユリカはここでまた一歩前進しました。
ホウメイさんはまたそのうち前進するでしょう。
あと、いまいち活躍していない北辰の活躍どころを作ることを目標にしますw
とりあえず次回、ビッグバリア突破。
ヤツの出番です。
代理人の感想
うーむ・・・・・・・・・・・・・・・・アキトを追っかけないユリカって、ただそれだけで素晴らしく有能に見えるw
ひょっとして個人戦闘力もナナヤ並に高かったりするんでしょうか(笑)。
ホウメイさんは・・・・自分で変なものかいてる関係上、どうしてもバイアスかかるからなー(苦笑)。
とりあえずはノーコメントと。