「アー君、早く〜」

「あ、アキトさんどうぞ・・・」

「は、はは、ははははははは・・・」


彼に逃げ道は無いようだ。
そして彼の理性は何処まで持つのだろうか?












一冊の本が生んだ哀れな男の愉快な喜劇   
第3話       ―イージスの盾との出会い―
                       作者 広島県人+アヤカ












二日後
ヨーロッパ・ドイツ地方イゼルローン市










「ここがこの前アキトがお仕置きされる原因になった場所か・・・」

「その言い方は止せ、北斗・・・」

「くすくす・・・・でも北斗さん。
ここは木連でもそれなりに注目を集めた場所なんですよ?」




アキト達逃亡者一行は日本で準備を整えると、
アキトが闇の王子様時代に知った裏ルートで
本物以上に精巧な『偽造』パスポートを作り、
それを使って正規の航空ルートでヨーロッパの地を踏んでいた。
因みにパスポートを作る資金と渡航資金は
某会長の裏資金を使用した。
『偽造』パスポートにかなりの資金を投入したが、
アキトには微塵の罪悪感も無い。
この今までのアキトらしくない行動は
これまでの某会長達によるイジメが彼にもたらした
影響が表にこそ出てこなかったがかなり大きかった事を如実に現している。




「そうなの(なのか)?」×2

「ええ」

「何で?」



現在一行は逃亡者にもかかわらずイゼルローン市を観光中だ。
彼らには逃亡していると言う事をしっかりと認識しているのだろうか?
今は千沙によるイゼルローン市に関する木連情報を聞いている。
・・・本気でのんきな逃亡者たちだ(汗)


「正確に言うと、この町に駐屯していた部隊の指揮官が注目を集めていたんです」

「?・・・なんでだ?」

「この町に駐屯していた部隊・・・・ああ!」

「アキトさんはご存知でしょうね。
なんと言っても今回の逃亡劇の発端となった本に
登場していた人がその部隊を率いていたんですから」

「・・・ああ!
たしか・・・アカギとか言う元少佐だったか?」

「ええ、正解です」


千沙は正解を言い当てた生徒を見る教師の眼差しで北斗を見る。
そして説・・・解答の補足をする。


「アカギオウカ少佐、地球連合軍西欧方面軍イゼルローン駐留部隊大隊長
そして『イージスの盾』の渾名をもつ連合軍屈指の・・・いえ、
連合軍で1,2を争う防衛戦の達人。
ついでに言えば確か今年22・3歳で、退役前は西欧方面軍最年少の少佐殿です」

「詳しいな〜。俺なんか実際に会ってるのに
名前と渾名、あと・・小隊長から中隊長になった時の事しか知らないよ」

「連合軍の優秀な士官の事は木連でも話題に上りますし、
一部の士官は彼女の防衛戦の事を研究してましたよ。
彼女の防衛戦術は敵方である木連でも評価の対象だったんです。
それに・・・こう言っては何ですが
クリムゾンからこの手の情報はよく手に入れていたようです」


さらっと機密の漏洩をする辺り、
千沙もかなりの人物になってきたのかもしれない(汗)


「・・・まあ、今さらそんな事はどうでもいい。
それよりも、アキト・・・・気付いているだろうな?」

「誰に言ってるんだ?北斗」

「そうですよ、北斗さん・・・私でも気付いたんですから」

「一人か・・・・」

「ああ、もし俺たちの事を知った上での事なら
危険だな・・・某同盟に情報が流れたかも・・・・・」

「なんにせよ、・・・逃げますか?それとも捕まえますか?」

「勿論捕まえる」×2


二人そろっての返答に苦笑しながら
千沙は前方に見えた曲がり角に視線を送る。
二人は何も言わず纏う空気を一切変えぬままそのアイコンタクトをする。
三人は千沙が示した曲がり角を曲がる。
後からつけて来ていた人物は多少歩くスピードを上げると
三人の逃亡者と同じ角を曲がり、
二、三歩の所で止まる事を余儀なくされる。


「声を出したら殺す
 敵対行動と取れる事をしたら殺す。
 こちらの指示以外の事をしたら殺す。
この3つの事を理解したら・・・しなくても
両手を肩よりも高く上げろ」


右斜め後ろからナイフが動脈の上に添えられている。
ナイフは首の皮一枚切る事無く
しかし刃の冷たさをしっかりと伝えてくる。
これ以上無いと言うほど見事な寸止めだ。
背筋に鳥肌が立ちそうなくらい冷たい汗が流れていくのが解る。
為す術無く言われた通り両手を上げる。


「あれ?」


両手がしっかり肩よりも高く上がった時、
前方から間の抜けた声があがる。


「北斗、ナイフをしまってくれ。
その人は同盟のエージェントじゃない」

「・・・そうなのか?」

「テ、テンカワさん〜」


ナイフが離れると同時に姿を確認したアキトの姿に安堵する。
それと同時に先程まで何とか立つ事が出来た足から力が抜ける。


「アカギさん・・・何でこんな所に?」

「テンカワさんを見かけて、
他人の空似かな?とも思ったんですが、
気になったんで声をかけるタイミングを図ってたんです。
・・・いきなりナイフを突きつけられるとは思いませんでしたが」

「あ、あははははは・・・・
ごめんなさい」


アキトがオウカに手を貸しながら自分がやったわけでも無いのに謝る。
左斜め後ろから千沙が姿を現しながら周囲の安全を確認している。
北斗は先程話題に上っていた人物が
目の前にいる為か物珍しそうにオウカを見ている。


「まあ、何はともあれ久しぶり」

「ハイ!お久しぶりです。
・・・あの、アキトさん。こちらの方々は?」

「あ、えと〜・・・(本名教えていいのかな〜?)」


アキトは千沙と北斗を見る。
北斗は即座に、千沙は若干の間をおいてから肯く。


「うん、こっちの赤毛の娘(こ)は影護・・・今は北斗
んで、こっちの緑の髪の娘(こ)は各務千沙。
今、俺の逃亡旅行の手伝いをしてくれてるんだ」

「・・・阿呆、馬鹿正直すぎるぞお前は。
影護北斗だ。ま、よろしくな」

「まあまあ、アキトさんらしいですよ北斗さん。
各務千沙です。よろしく、アカギオウカさん」

「あ、始めまして、アカギオウカです」


二人そろって馬鹿正直に逃亡中であることを
暴露しているアキトに苦笑しながら挨拶している。
オウカはオウカで既に自分の事を知っている
二人を不思議に思うが、
それ以上に二つの事を理解するのに
思考能力の98%を使っている為
その事に対してツッコミを入れられない。


「・・・あ、あの〜二つ聞いていいですか?」

「こちらで答えられる事でしたら」


北斗は答えるつもりがないのかアキトの後ろに回って
アキトの髪をいじっている。
微妙ではあるが楽しそうだ。
アキトは自分が答えようとしていたが、
北斗が髪をいじり始めたのを見て
優しい笑みを浮かべながら髪を触りやすいように近くにあった箱に座っている。
その場の空気だけ見ると、
どう見てもじゃれ合っている恋人同士にしか見えない。
そして千沙はその二人を見て
後で自分もやらせてもらおうと固く心に誓いながらオウカを見ている。
描写のなかった二日間この一行にナニやらあったのだろうか?(爆)


「え、えーと」


目の前で展開されている恋人たちの空間に
釈然としないものを感じつつも取り敢えず疑問を解消する事にする。


「まず、先程テンカワさんがあの方の事を
『影護北斗』さんと紹介してくれましたが・・・・
私の知っている人物の特徴と名前が完全に一致しているんです。
それで私の知っている人物と言うのが・・・・・」

「木連最強の戦士、真紅の羅刹・影護北斗ですか?」

「え、はい、そうです」

「御当人ですよ」

「・・・嘘・・・・」

「本当です」

「・・・・解りました。事実が目の前にあるんです。
納得する事にします」

「さすが柔軟な思考をしてらっしゃいますね」

オウカは背後にある壁に背を預けながら右手で額を抑える。
千沙の方はさり気無くアキト達の近くに移動しながらオウカを賞賛する。
オウカは彼女等を視界の端に入れながら質問のために息を吸う。


「では、最後に・・・
何故アキトさんが逃亡中なんですか?」


「・・・えーとですね。話すと長くなるんですが・・・・
まず、アキトさんは・・・・単純に言ってしまえば
乗っているナデシコで男性陣から見ての『幸せな不幸』に合ってたんですよ。
アキトさんの性格は・・・ご存知ですよね?
多くの女性に思いを寄せられるんですが、
ナデシコ女性クルーの嫉妬により・・・・お仕置きされていたんですよ。
もっとも、ご本人に聞いた話と私達が見た範囲で
私個人の主観として感想を言うと、
最近では懲罰の名を借りた彼女等の欲望の充足の為の行事と化しているようです。
そして・・・
ごく最近『漆黒の戦神、その軌跡』の新刊が出版されましたよね?
それを理由としてお仕置きされそうになっていた所を・・・・」

「千沙と北斗に助けられたんだよ」

「・・・まあ、そう言うことで
そのままアキトさんの逃亡旅行をお手伝いしている訳です」

「えっと、それって私があの取材に答えたせいですよね・・・。
すいません!」

「別にいいよ。それに今はこうして
お仕置きされる事無くこうしてのんびり出来てるんだし」


いつの間にやらアキトは北斗を先程まで自分が座っていた箱に座らせ、
北斗の髪を楽しそうに、そして何故か慣れた手付きで結っている。
北斗の方は顔を傍目から見て直ぐ見解るぐらい紅潮させなすがままになっている。
時折アキトの指が耳や首筋等に当たると体をビックっとさせつつ、
チラッチラと上目遣いにアキトを盗み見ている様が小動物のようだ。
この小動物系の可愛さを持つ女の子が実は
『真紅の羅刹と謳われた太陽系で一、二を争う戦士』
にはとても見えない。
と言うかむしろ子猫が飼い主ととじゃれているようだ。


「・・・はっ!えっとでは今こんなにのんびりしてて良いんですか!?」


二人の醸し出している空気に思わず呆然としていた状態から復帰すると
オウカは余りにものんびりしている3人を問いただす。


「ん〜、大丈夫だよ。色々布石は打っておいたから」

「そうですね。あれだけ物的・状況証拠がそろっていれば
当分の間は見当違いな場所を探し続けるでしょうね」

「あ、アキト。これでいい。この髪型で良いから・・・」


逃亡者一行は当初の予定よりも念入りに時間稼ぎの策を施したようだ。
二名は自分達が施した布石に自信を持って言い切り、
一名は結ってもらった髪型が気に入ったようだ。
もう一度解いて別の髪型に結い直そうとしているアキトの手を握る事で止めている。
そして自分が握っているアキトの手を嬉しそうに握り続けている。
千沙がそれを見て羨ましそうな視線を送ると、
自分は右手でアキトのジャケットの襟を直すと見せかけて
密かに左手で裾を軽く握っている。
オウカはアキト以外の二人を見て羨ましそうな視線を送りながら
アキトに向かい話し掛ける。


「そうなんですか・・・
それで今日何処に泊るかもう決めたんですか?」

「いや、まだだよ。もうちょっと観光してから
どこかのホテルにチェックインしようと思ってたからね」

「でしたら私の家にいらっしゃいませんか?
ホテル代も余り馬鹿に出来ませんし、
私がテンカワさんを窮地に追いやったようなものです。
そのお詫び代わりといっては何ですが・・・・」


オウカは善意から申し出る。
勿論自分の想い人と少しでも一緒に居たいと言う思いもあるが、
アキトの隣にいる二人にも興味があった。
アキトは両隣の二人に視線で問い掛ける。
千沙はまたも若干の黙考の後オウカをチラッと見てから、
北斗は枝織を相談したのかしばし目を閉じ沈黙した後で
図ったかのように同時に肯く。
それを確認するとアキトはオウカに向き直り


「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」

「どうぞ、自分の家だと思って御寛ぎ下さい」










イゼルローン市郊外 


自然の物ばかりでは無く、明らかに人の手によって植えられた木々が
眩いばかりの緑を視界の4割がたを占領している。
そして豊かな緑が沈み往く日の光の残照を受けて輝く。
遥か彼方に万年雪をたたえた美しい山脈を見る事が出来る。
視線を自分達の前に続く道に沿って動かすと
所々に家屋を確認する事が出来るが、
それらは雄大な自然の景観を損なう事無く
むしろ必要不可欠な存在のようにその景色の中に溶け込んでいる。


「・・・あー!今リスが居た!
ねえねえ!お姉ちゃん今のがリスでしょ?」

「そ、そうだけど
・・・よく時速60キロ前後で走行中にあんな小動物を視認出来るわね」(汗)

「くすくす」×2


枝織はいたくオウカの事を気に入ったようだ。
今では呼称が『お姉ちゃん』になっている。
しかし・・・冷や汗を流しつつも、しっかりとリスを視認している辺り
オウカも只者ではない。
千沙とアキトはそんな二人のやり取りをBGMにして微笑み合っている。
アキトは心の中で思う。


「(こんなのんびりとした時間が過ごせるなんて・・・・
ナデシコに居た頃は考えもしなかったな・・・)」


・・・心の中で感涙しているようだ。


「・・・良い所ですね」

「綺麗ーだね。アー君」

「ホントにそうだね。
俺、火星育ちだからこう言う景色を見ると凄く感動するよ」

「そうですね。
私もコロニーで生まれ育ったのでこういった地球の景色は圧倒されます」

「千沙ちゃん、それは枝織達もだよ〜」

「この景色がこの辺りの売りですよ。
私もこの景色に魅せられてここに家を建てたんです。
・・・・ただし、市街から離れているので多少不便ですが」

「そうですね。ここまで離れるとさすがに不便でしょうね。
・・・そう言えばオウカさん以外はコロニーや火星育ちなんですよね」


オウカを加えた一行は今夜の宿になるアカギ邸に
アキトの運転する自動車に乗って移動中だ。
何故アキトが運転しているかというと、
偶々オウカの乗っている自動車がIFS対応車だった事と
枝織がオウカに観光案内を頼み込んだからだ。
千沙が運転するといったのだが、
アキトが何も言わずとっとと運転席に着いたので
現在千沙は助手席でオウカの観光案内を聞いたり、
つい先程までは影護姉妹、北斗と枝織の関係について話をしていた。
ちなみに道案内は取り付けられているカーナビに一任だ。


「そーだね。
・・・ただ、俺の場合皆は知ってるかもしれないけど、
一般に俺の個人情報が全く流れてないから
出身地、履歴不明の謎の人物になってるんだよね〜」

「え!?」×3

「な、なんでですか!?」


意外な事を黄昏ながら言うアキトに女性陣は驚きを隠せない。
アキトは黄昏たまま人事のように続ける。


「ん〜とね。まあ、詳しくいうと
・・・・・・中略(詳細は時ナデ第11話をご覧下さい)・・・・・・
と言うことなんだけどね〜。
まさか出身地と目されてるのが日本や西欧ばっかりで
実際の出身地が考慮の内にも入れられないとはね・・・」

「色々あるんですね」

「いっその事多少の情報を公表すればいいのに〜
・・・そうすれば誤解を解けるんじゃない?アー君」

「はっはっはっはっはっは・・・・
多少それも考えたんだけどね。
ルリちゃん達が
『多少の公開でもそこからまた別の情報が流れる可能性があります』
とか言ってね〜」

「それって、ただアキト(テンカワ・アー)さん(君)の
情報を独占したいだけじゃ・・・」


限りなく事実だろう言葉に、若干の黙考の後
短い言葉を唇にに乗せる。


「・・・・そうなのかな?」

「十中八九そうですよ。
前にナデシコ艦内で見た範囲ですが、
彼女等の行動パターンは基本的に彼女等の欲求を最優先として動いています。
アキトさんの個人情報に関して彼女等の欲求は恐らく、
『これ以上自分達のライバルを増やしたくない』と言う危機感と
『自分達しか知らない』と言う事に対する優越感を得る。後は
『自分達だけの情報(物)』だと言う独占欲こんな所ですか」

「話でしか聞いた事がありませんが、限りなく的を得た意見でしょうね。
ナデシコの女性達は度が過ぎている気はしますが、
好きな人を独り占めにしたいと言う気持ちは確かに誰にでもあると思いますし」

「でも、あれってさすがにやり過ぎだと思うな〜。
・・・・?そう言えば・・・
ねえアー君」

「ん?何だい枝織ちゃん」


話の流れが何故かナデシコに居る筈の
某同盟の事に変わっていく。
そこで枝織は一つの事が気にかかった。


「アー君がされてた事って、
『お仕置き』だよね?
浮気したって理由の」

「・・・一応そう言う事らしいよ。
俺は普通に会話してるだけなんだけどね」(泣)

「・・・・ねー千沙ちゃん。
浮気って付き合っているカップルの片方が
他の人を口説いたりしたら浮気なんだよね?」

「?細かい定義は良く解りませんが、
その認識で構わないと思いますよ」

「ん〜、アー君ってナデシコに居た女性(ひと)達と付き合ってるの?」


枝織はいきなりそんな事を聞く、
アキトは一瞬遥か彼方を見た後でバックミラー越しに枝織を見ると答える。


「誰とも付き合って無いよ。
・・・・結婚を迫られたけどね」

「むぅ・・・・・誰かに『好きです』って告白されたり、
後・・う〜んと・・・兎に角そんな感じで告白された事は?」

「・・・あ〜っと・・・・
誰かは言えないけど2回された事があるよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちゃんと答えてないけど」


アキトは再び視線を前方に移し、
ここ最近された事(プロポーズ)を公表しながらカーブを曲がる様に車を操作する。
枝織を含め同乗している女性陣の機嫌が若干悪くなるが、
何とか意識から外し運転に意識を集中しながら質問に答えていく。


「ふーーーん。
じゃあナデシコの皆がアー君にお仕置きするのっておかしいね」

「へ?」

「だって、
浮気って付き合っているカップルの片方が
他の人を口説いたりしたら浮気なんだよね?
アー君は誰とも付き合ってないんだから
アー君のこと浮気したって理由でお仕置きするのは変だよ。
お仕置きする資格が有る人が居るとすれば、
その、アー君に告白しったって言う二人だけだよ」

「それもそうですね」

「ホントにそうね」

「いや、それ以前に俺はお仕置きされるような事
なんてしてないんだけど・・・」


アキトのボソッと言った言葉は
女性陣には聞こえず(無視されたとも言う)、
千沙達は(ナデシコ女性陣に対する批判)
会話を続けている。
アキトは『もう、深く考えるのやめよ・・・』等と思いながら
カーナビに従い車を走らせる。





後半へ続く。