嫌動戦艦ナデシコ 歌うたいのばらっど
食堂での勤務が終わったアキトは自室へ戻ろうと、ほてほてと廊下を歩いていた。
「あ、アキト!!」
その嫌というほど聞き覚えのある声を聞いて、胃がキリキリと悲鳴を上げ始めるのを感じたアキトだったが、
流石に無視するわけにもいかず、声の発信源の方向へ振り返った。
「ねぇ、アキト。お仕事もう終わったんでしょう!!」
「・・・なぁ、ユリカ。俺は今疲れてるんだ。用があるなら明日にしてくれ。」
「それでねぇ、アキト。ウリバタケさんが資材室を改造してカラオケ造ったんだって。ねぇ、行こう!!」
聞いちゃいねぇ。
胃だけではなく、頭まで痛くなってくるアキト。
それでも何とか力を振り絞ってユリカに抗議をするが・・・。
「・・・・・・なぁ、ユリカ。俺は本当に疲れてんだ。用があるなら明日に・・・。」
「御統チョップ。」
「ぶべらッ!!」
「駄目だゾ、アキト!!女の子の誘いを断っちゃ。あれ?アキト?アキト?」
「・・・。」
「仕方ないなぁ、アキトは。私がカラオケまで連れて行って上げる!!」
言うが早いか、ユリカはアキトの首根っこを掴むとずるずるとカラオケまで引きずって行った。
「いらっしゃいませー。」
数分後、エプロンを着けたルリが受け付けをするカラオケに着いた二人。
「あれ?ルリちゃん、何してるの?」
「バイトです。私少女ですから・・・。」
そこはかとなく、ルリの言葉は意味不明だったが、そんな事を気にするユリカではない。
ようやく覚醒し始めたアキトはルリに突っ込もうとするが、ユリカに機先を制される。
「そう、ルリちゃん偉いねぇー。じゃあ四時間お願いできるかなー?」
「四時間ですか?(1)赤い扉の部屋が空いてるんで・・・。」
「分かった。赤い扉の部屋ね?アキト、行こう!!」
無論、ユリカはアキトの返答など聞かない。
相変わらず、首根っこを掴んだまま、引き摺っていった。
そんな二人の姿を見て、ルリは呆れたような顔をしたが、
これから起きるであろう惨事を予想して医務室へ連絡した。
赤い扉を開けたアキトとユリカを待っていたのは曲表を真剣に読むメグミとアカツキ、
そして(2)ダイゴウジ=ガイことヤマダ=ジロウの三人。
固まるアキトとユリカの二人。
しかし、そんな事は気にせず、メグミは場を仕切る。
「アカツキさんが一番で、ヤマダさんが二番。艦長が三番。後は・・・私が四番でアキトさんが最後で良いですか?」
メグミのあまりの手際の良さにコクコクと頷くことしかできない二人。
そんな二人を見て、満足そうにメグミは頷くと自分の席に戻り、再び曲表を真剣に読み出す。
毒気を抜かれた二人はしばらくして再起動を果たすと自分の歌う曲を決めるべく、他の人間同様、曲表に没頭し始めた。
こうして後に『第一次からおけ紛争』と呼ばれる珍騒動は幕を開けた・・・。
何時の間にか(3)ヒラヒラの付いた衣装に着替えたアカツキが一番手を務める。
そしてマイクを持つと、必要以上に力強い声で叫ぶ。
「(4)ピンクサロンに行きたいなぁ〜。ピンクサロンにゃ夢があるゥ〜。」
まずその歌を聴いてアキトがあっちの世界に全速力でテイクオフ。
マイクではなく『ピンクサロン』と書き殴った旗を力一杯振りながらサビを歌うアカツキ。
「獣じみた奇声を上げてェ〜♪ポストにし尿を注ぎ込む。
知らない人の靴を履いて犬のクソを踏み知らん顔。
ドリルの力で切り開けッ!!ドリルゥ〜、ドリルゥ〜、ドリルキング!!」
歌い終わったアカツキは無駄に爽やかな笑顔をすると、ふぅと息を吐き額の汗を拭う。
そして二番手のガイが入れ替わりマイクを持って立ち上がる。
「(5)夜道を一人で歩いていたら、何処から何やらカレーの匂い〜♪」
ガイらしくない穏やかな曲に驚く全員。
あっちの世界に逃避していたアキトも復活し、ガイの選曲に驚く。
「僕は大好きなベッドの中、呆けた頭でくしゃみを一発。素晴らしきこの世界〜♪」
あまりに穏やか過ぎて周囲が飽きてきた頃、突然、曲調が変わる。
それまでアコギ一本の穏やかな曲調が一転し、激しいロックへと変貌。
曲調に合わせてか、歌詞内容も過激なものに。
「さぁ〜てと僕は何をしようか♪少なくとも校舎の窓は割らないよ〜♪素晴らしきこの世界ぃ〜♪」
そしてサビに入るとガイは服を脱ぎ出し、ぴちぴちビキニパンツ一丁になる。
「俺はいつでもムキムキムキムキになるッ!!」
ムキムキ・・・の部分になると、タイミングよく胸筋をピクピクさせるガイ。
それを見てアキトは再びテイクオフ。
そのままガイはパンツ一丁のまま、歌い終わるかと思ったが・・・。
「御統チョップ。」
「おふう!!」
敢え無く、ユリカのチョップに撃墜される。
気絶したガイはアカツキに部屋の外に蹴り出され、何事もなかったかのように三番手ユリカの歌が始まった。
マイクを持つとユリカは影の入った大人びた笑顔をアキトに見せる。
初めて見るユリカのそんな表情にドキッとするアキト。
そして積年の想いを篭めて声を紡ぎ出す。
「(6)幾千の月日が流れても辿り着けぬ場所を彷徨い、求めながら歩いてゆく
人は優しさに触れる度に小さな子のように無邪気な素顔のまま微笑むけど。」
其処で一旦息を切り、更に想いを篭めてサビの部分を歌い上げる。
「恋人よ 私の瞳の奥でかすかに揺れている真実がどれほど伝わるのでしょう
傷ついた心と体預けて暖かなこの胸で海よりも深く眠って・・・。」
ユリカの歌はお世辞にも上手いとは言えるモノではないが、アキト(とアカツキ)は感動していた。
技術不足を補って余りあるモノがユリカの歌にはあったから。
そして何よりも彼女の想いが伝わったから。
・・・未だ余韻に浸っているアキトの姿を見て、むぅと膨れるメグミ。
そんなメグミにユリカは何処か勝ち誇ったかのような顔で、ハイッとマイクを渡した。
更にムッと来たメグミだったが、直ぐに新しい悪戯を思いついた悪ガキのような顔をすると、
不敵な笑みを浮かべ、ユリカからマイクを受け取った。
そして素早く前に入れてあった曲を消し、ユリカを遥かに上回るインパクトのある曲を入れた。
往年の戦隊モノを彷彿とさせるイントロが流れる。
曲が始まると、メグミは無駄にソウルフルな声で叫んだ。
「(7)半ケツまでOK!!ケツケツケツッ!!」
やおらスカートを脱いで半ケツになるメグミ。
それを見たアキトとアカツキは鼻血を噴出し、倒れた。
そしてアキトが倒れる様を満足げに見ると、ユリカに向け勝ち誇った様に笑い、歌を続ける。
「セプテンバー・ヨロシクゥ〜♪来月からヨロシクゥ〜♪」
ユリカの殺意を篭めた視線をさらりと流し、メグミはなおも歌を続ける。
「俺の太陽がはぁついから〜♪モリモリ、ウォウウォウウォウウォウ♪」
更にメグミは歌う。
暑苦しいまでにソウルフルな声を部屋一杯に響かせて。
いよいよ三度目のテイクオフを始めた(8)アキトは薄れ行く意識の中で言い争うユリカとメグミの声を聞いたような気がしたが、
残念ながら彼の意識が其処で途切れてしまったため、真偽は定かでない。
四時間後、部屋からアキト達の死体を回収し医務室へ運ぶイネス。
その光景を見てルリは深い溜息を吐き、呟く。
「馬鹿ばっか・・・。」
全くその通りで。
<特殊用語解説>
(1)ウリバタケが何処かの遺跡から奪ってきた由緒ある扉らしい。
後の第二次からおけ紛争でカラオケボックスが破壊された後、医務室の扉として再利用される。
(2)ムネタケに撃たれたガイだったが、運良く銃弾が急所ではなく右脇腹の浪漫回路に当たったため、
回路が爆発してアフロになっただけで済んだ。
(3)にしきのあきらやエルヴィス=プレスリーが着る無意味なヒラヒラが腕に付いた派手な衣装。
(4)電気グルーヴ・ドリルキング社歌2001より。
CDに収録されているバージョンではピンクサロンの部分がピンクサタンになっているが、
今の時代、ピンクサタン(何となくピンクサターンだったと思うが)を知っている人がいるのだろうか?
・・・どうしても、ピンクサタンの事が知りたい人は僕がCHATにいる時にでも聞いて下さい。
(5)真心ブラザーズ・素晴らしき世界より。
アンチ尾崎豊に溢れた名曲。
いや、尾崎豊が好きな人には申し訳ないンですが。
ともかく前半と後半のギャップがかなり激しい。
(6)彩恵津子・海よりも深くより。
機動武闘伝GガンダムのEDテーマだが、歌詞内容が意外と良かったため、使用した。
他に候補として大貫妙子・横顔やPSYS・幼馴染み、空手バカボン・ボヨヨンロックなどがあったが、どれもパンチに欠けるため、没になった。
(7)ヨロシク仮面のテーマソング。
井上“ジェリド”和彦氏が熱を篭めて歌う名曲。
どうしても『俺の太陽が熱いから・・・』の部分が『俺の太陽がはぁついから・・・』に聞こえる。
・・・ともかく、未だ聞いていない者は直ぐに聞くべし。
(8)因みにアキトが歌う筈だった曲は『21世紀もモテたくて・・・』。
あの状況で、これを歌おうとした彼の精神もかなり駄目っぽい。
※なお嫌動戦艦ナデシコはWRENCHさんの許可の元、執筆されています。
代理人の感想
僕は・・・・・嫌だ。