トリス達の目の前に黒尽くめの男が現れて2時間が経った。
未だ目が醒める気配のない男の前でトリスとレシィは途方に暮れていた。

「…一体、何者なんでしょうねぇ?」
「…さぁね。でもまぁ多分、『イレギュラー』であることは間違いないんじゃない」

イレギュラー…四つの異世界(ロレイラル・シルターン・サプレス・メイトルパ)以外の異世界から召喚された者。
長い召喚術の歴史でもほんの数えるほどしか確認されていない極めて稀な存在である。

「ふーん、イレギュラーですか…って、えーッ!!」
「うるさいわね、レシィ」
「だだだって、イレギュラーの出現ってロクなことが起きない予兆みたいなもんなでしょう!」
「…まぁ、そんな噂もあるわね」

イレギュラーの出現は動乱の予兆。そんな噂が召喚師の間で流れている。
先のメルギトス事件やサイジェントで起きた魔王の復活。何れも事件が起きる前にイレギュラーが召喚されている。
恐らく、そんなことからイレギュラーにまつわる噂が流れたのだろう。
因みにイレギュラーの一人をトリスは知っていた。

「…やれやれ、此処でも俺は厄介者って訳か」
「「えっ!?」」

ふいに声を掛けられ、驚くトリスとレシィ。見ると気絶していたはずの男は何時の間にか立ち上がり、二人を見ていた。

「あ、貴方もう起きていたの!?」
「ああ。悪いが君達の話を少し聞かせてもらった。俺が厄介者だと言うことは分かったが…いまいち事の次第が把握できない。
すまないが、少し詳しくその話を聞かせてもらえないか?…後、此処が何処かと言うことも」
「そうね…私も貴方の話を聞かせて欲しいし。ま、先にこっちの話をするわね」

トリスは少し間を置くと男に説明を始めた。リィンバウムのこと、召喚術のこと、自分のこと、そしてイレギュラーのことを…。



「…とまぁ、これで私の話は終わり。なにか質問、ある?」
「ああ、まだ幾つか聞きたいことがある…のだが、そんな暇は無いようだな」
「?どーゆうこと?」

男は敢えてトリスの質問に答えず、無言で周囲に視線を回した。
そして大声を上げ、言った。

「…武装した人間で包囲するっつーのはいただけないなぁ。いい加減、出てきたらどうだッ!!」

男のそう言い終わるやいなや、木陰から岩陰からゾロゾロと武装した兵士が現れる。

「「な、バブルクンドの紋章ッ!?」」

トリスとレシィが兵士の鎧に刻まれた紋章を見て驚きの声をあげる。それは間違いなく、見慣れたバブルクンドの紋章だった。

「知っているのか?」
「知っているもなにも私の育った街の兵士よッ!!」
「どどどど、どうしましょう。トリスさん!やっぱり家出なんかするからですよ!!」

愕然とするトリスとオロオロするレシィ。

「家出?…家出娘を連れ帰るにはちっと大袈裟じゃねぇか?」
「…当たり前だ。我々の目的はトリスお嬢様を連れて帰ることだけではない」

兵士の隊長らしき人物が男のボヤキに答える。

「ほほう…トリスお嬢様ねぇ。ま、それは言いや。『だけ』ではないってことは他にも目的がある訳なんだな?」
「ああ、我々が此処に来た本来の目的は…イレギュラー、貴様の確保だ」
「ふーん、じゃあトリス『お嬢様』はオマケって訳だ」

男のその言葉にトリスが抗議の声を上げる。男はそんなトリスを横目で見、苦笑すると再び視線を兵士の隊長へと向けた。

「まぁ、そういう訳だ。我々としてもあまり乱暴な真似はしたくない。大人しく一緒に来てもらおうか!」
「…嫌だと言ったら?」

男は兵士達を挑発するかのようにニヤリと皮肉っぽい笑みを浮かべて言った。それに応じるかのように隊長もニヤリと笑い、一言。

「決まっている。力ずくで捕らえるまでだ。ものども、かかれーッ!!」

隊長の言葉を合図に兵士達が一斉にトリス達のもとへ駆け寄る。

「チッ!強引な奴は嫌いなんだよっと!!」
「えっ!?」
「うわッ!!」

誰に聞かせるでもなく男はそう呟くと、近くにいたトリスとレシィを軽々と抱え…翔んだ。

「な、なにッ!?踏んづけていった!?」

驚く隊長。男は悲鳴をあげるトリスとレシィの二人を無視し抱えたまま群がる兵士達の頭を橋代わりに踏んづけていく。
そして包囲網から脱出すると呆然とする隊長に振り向き、あのニヤリ笑いを浮かべこう言った。

「あばよ、とっつぁん!!」

そして男は脱兎の如く彼方へと逃げ去った。

「な、なにをしてる。追えーッ!!追うのだッ!!」

正気に戻った隊長が部下に追撃命令を出すが…時既に遅く、男の姿はもう見えなくなっていた。



「へぇー、見かけによらず、なかなかやるのね」

抱えられているため、文字通り『見上げた』様子でトリスは未だ走り続ける男に声をかける。

「まぁ鍛えられてるからな」

そんなトリスの言葉に男は苦笑を浮かべる。

「そう言えば、まだ貴方の名前を聞いてなかったわね。…私はトリス、貴方は?」
「ん?ああ、俺の名前か。俺の名は…















ヤガミ=ナオだ」

 

 

 

代理人の感想

おおぅ。

これはこれはまたしても意外な展開&卑怯な引き(爆)。

まぁ、アキトが偽名を名乗っているという可能性も無くはないんですが

会話とこの行動パターンから見て正真正銘のナオさんでしょうね。

ただ、それにしては「厄介者」発言が少々に気になる所ですが・・・。