死神が舞う〜第一話〜






 頭が痛い、気だるい感じ、腰が痛い………。

 あれ?私は何をしていたのでしょう?
 
 眠ってしまったのでしょうか。

 違う。アキトさん?

 そうだ!ユーチャリスにアンカーをぶつけてランダムジャンプして…

 はっ!ここは何処?痛っ!

 えっ、何?太ももが挟まって、私こんな無理な態勢で気絶していたの?

 まず、この不自然な態勢を直して。



 
 「ふぅ。」


 ぐっと背筋を伸ばしながら、改めて周りを見回します。







 ここは?

 まさかナデシコAのブリッヂ?今いたのは私の座席ですか。

 小さいはずです、あの頃とは体格が違うんですから…。

 ところで、なぜナデシコAにいるんでしょうか?

 よくみればところどころ埃かぶってます。

 まさか、保存してあるナデシコAに跳ぶなんて…。

 どうしましょう。
 
 アキトさん達がここにいる形跡も無いですし。

 ほかの区画でも探しましょうか。


 「誰だ!」


 そんなことを考えているとドア付近から怒鳴り声が聞こえてきました。

 声? アキトさん?

 
 「そこにいるのは誰だ!出て来い!」


 違う、アキトさんの声じゃない。

 それに、私の知ってる声じゃない。


 「早く出て来い!」

 
 ここは出ないとだめですよね。


 「私はナデシコCの艦長ホシノルリ少佐です。」

 
 「な!?本当か!…ですか?」


 「はい、本当です。今からそちらに向かいます。」

 
 私がその声の方向に進むと人影が形になってきました。

 あらわれた人は(あらわれたのは私のほうですが…)

 私の姿を確認すると、呆然としていました。失礼です。


 「電子の妖精…。」


 まだあっちの世界にいます。でもこちらも聞きたいこともありますし、

 そろそろ戻ってきてほしいんですけど。

 
 「すいません。いいですか? 聞いてますか? 」

 
 「よ…うせ…い。」


 だめみたい、こうなったら必殺技です。


 「おーい、やっほー!」


 封印してかなり経ちますが、火星から月軌道上にボソンジャンプしたときにした

 ユリカさんを起こすほどの必殺技です。


 「帰ってきてください。おーい。」


 「ようせ・い、ってうわっ!」


 効果てきめんです。


 「起きましたか?」


 「はい、…失礼しました!

  自分はこのナデシコAの管理をしている。サエキ ギシ少尉であります。」


 「そうですか。少し、質問してもいいですか?」

 
 そう、今は何時なのか、他に人はいなかったかを聞かなければ…


 「はい!自分で分かることがあればなんなりと!

  …ただ、その、慣例でありまして、先に少佐に質問させていただきます。」


 「何でしょう?」


 「はい。少佐はなぜこんなところに?」

 
  まさかランダムジャンプで来たとは言えませんし…
 
 「それは、」

 
 「それは?」


 「乙女の秘密です。」


 「は?」


 「それにナデシコAは私の大切な場所です。

  こんなところというのはやめていただけませんか。」


 「失礼しました!今後このようなことは、無いようにします。」



 「いえ、分かってくれるならいいです。では質問にうつりますね。」


 「はっ、なんでしょうか。」


 なんとかごまかせたようです。


 「まず一つ目です。」


 そう、今はいつなのか聞かないといけません。そして、ここに他の人が来たのかどうかも…
 
     ・
 
     ・

     ・

 質問の答えは私を驚かせるのに十分なものでした。

 ジャンプしたときから、時間がほとんど経っていないようです。

 そして、私の他に人はいないようです。

 こちらの方はある程度予測していたのですが改めて聞くとショックです。

  
 「私だけですか…。」


 「はい、誰かと一緒に来たのですか?」


 「いいえ。」


 また、一からアキトさん探しをしましょう。今度は他のみんなも…

 でもその前にこのことをユリカさんに報告しなければなりません。
 
 正直、胸が痛いです。














 広く長い廊下、まるで吸い込まれそう。

 さっきまでの喧騒が嘘のように消え、ただ静かな空間を私の足音だけが聞こえます。


 何度も来た建物、何度も歩い廊下、何度も叩いた部屋の扉。


 ユリカさんの病室が近づいてきます。


 「ごめんなさい、ユリカさん。」

 
 何度も練習したはずの言葉。今もしています。

 あのときのユリカさんの期待に答えられませんでした。

 あのときの……なんで…私は…思い出してしまうのでしょうか。

     ・

     ・
     
     ・

     ・

 コンコン 

 「ユリカさん、失礼します。」


 「あっルリちゃん?入っていいよ。」


 私はユリカさんの病室の扉をノックすると、返事が返ってきます。

 私は病室の扉を開けると病室を見渡します。

 白く大きな部屋、べッドに横たわるユリカさん、いつもと同じ風景

 
 「ルリちゃん、入らないの?」


 ユリカさんは寝ていた体を起こすと私を呼び入れました。

 ユリカさんは火星の後継者からのナノマシン投与と遺跡との融合の影響で、

 治ることのない状態です。

 今は比較的良好(発作などがないことです)ですが、

 いつ命を落とすか分からないそうです。

 明らかに衰弱しているユリカさんには、以前のようなパワーはありません。

 基本的には元気そうにみえますが、たまに辛そうな表情も見て取れます。


 入院当初はアキトさんの名前を連呼し叫んでいましたが、

 今では、アキトさんの名前すら出てきません。

 アキトさんのこと、どうでもよくなったのでしょうか?

 悲しいことです。


 「ルリちゃん!」


 「あっ、すいません。入ります。」


 ちょっと考えすぎました。反省です。 


 病室に入る私の左手付近を見つめながらユリカさんが尋ねます。


 「それなに?」


 「あ、バナナです。いつもはリンゴなので。」


 「そうなんだ。」


 「たべます?」


 「ごめんね、食欲なくて…。」


 他愛のない会話の中にもユリカさんの変化が見られます。

 最近では食欲が無いらしく、ほとんど食べ物を口にしないみたいです。

 
 「いえ、じゃあそこにおいて置きますね。」


 「うん、お願い。」


 バナナを置くと丸椅子に座ります。


 「ねえ、ルリちゃん。最近ね・・・・・」


 何気ない会話、ユリカさんと私の最近の話、

 そして…沈黙


 ユリカさんは窓の外を見て、

 私はそんなユリカさんを見てます。


 突然ユリカさんは私に向き直ると、真剣な目をしました。

 
 「ルリちゃん、あのね、私…あとちょっとで死ぬんだって!」


 アハハと乾いた笑いを浮かべながら…。


 そのあと私の反応(どんな反応だったのでしょう)を見ると私の目を見て


 「知ってたんだ、そっか、結構考えたんだけどなぁ…。」


 「すいません。」


 私には謝ることしかできません。


 「なんで、ルリちゃんが謝るの?」


 「でも…」

 
 「でもじゃないの、駄目なの!」


 「はい!」


 言葉が続きません。ユリカさんも同じなのでしょうか?

 また沈黙です。






 どれくらい経ったのでしょう。

 長い沈黙の後、ユリカさんの口が開きました。


 「ねえ、ルリちゃん。アキトに…アキトに会いたいね。」


 静かに、ハッキリと、満面の笑みで言いました。


 衝撃が走りました。

 私は、ユリカさんの何を見ていたのでしょう。

 ユリカさんがアキトさんを忘れるはずが無いのに…。

 だめです、これ以上ここにいられません。

 でも


 「私、アキトさんを連れてきます。」


 そう言っていました。

 これが本心なのでしょう。


 その言葉を聞いたユリカさんは今度はころころ笑って

 
 「ルリちゃん、本当に出来るの?アキト強いよ。」


 と言い、私は

 
 「はい!私から逃げ切れる人はいません。」


 と答えました。




 その後、二人で涙が出るまで笑いました。
 

 


 






 


 
  ユリカさん、駄目でした。

 
 扉の横にミスマルユリカのプレートがあります。

 とうとう着いてしまいました。

 本来なら一人で来る予定では無かった部屋。

 ユーチャリス、アキトさん、説得。

 なぜあの時私は最後の最後になってユリカさんのことを言ったのでしょう。

 本当は一番に言わなければならないのに…。

 いえ、自分では分かっています。

 自分で、自分の言葉で行動で連れ戻したかったから…最低です。


 「ふぅ。」


 一呼吸おいて


 コンコン

 
 「はい。」


 ユリカさんの声が聞こえる。

 ここで私の声を聞いてしまうと、期待を持たせてしまうかもしれませんし、

 ここは同時に入るべきです。


 ガラ

 「ルリです。」


 「あれ、ルリちゃん。」


 「あの〜、ユリカさん。実はですね、え〜と」

 
 うぅ。言い出せません。


 「ルリちゃん、顔見たら何を言いたいか分かるよ。」


 「えっ!顔に出てますか。」


 「うん。ハッキリ。」


 「そうですか。その、ごめんなさい。」


 ユリカさん申し訳ありません。


 「残念だけど…。ルリちゃんの顔見たら何も言えないよ。」


 「あっ、うぅ。」


 そうだ!考えて来たせりふ。


 「今すぐ再検索して、艦を確保して、探してきます。」


 早口にそう言って出て行こうとした時


 ドンッ


 「あうっ!」


 ドアにぶつかりました。情けないです。


 「もう、ルリちゃんおいで。」


 ユリカさん…


 「ルリちゃん、焦っても仕方ないよ。」


 「分かってます。でも…」

 
 と、突然ユリカさんは私の手を握って


 「祈れば、アキトが来るかもしれないよ。」


 あまりにひどい考え方です。

 でも、今の私には必要な考え方かもしれません。


 「ね、一緒にお願いしてみよう?」


 ユリカさん、私の手を握りっぱなしです。

 これでは逆らえません。


 「 アキトに会えますように   」

 「(アキトさんに会えますように)」

 
 数分続いたでしょうか?ユリカさんは目を開け、手を離してくれました。


 「だめだったね。」


 「そうですね。残念です。」


 ふふっとユリカさんは笑って


 「やっぱりルリちゃんも来ると思ってたんだ。」


 「ち、違います。」


 「いいよ、無理しなくて。」


 「してません。」


 ユリカさんにはかないません。



 そのとき突然、部屋の真中で光が起こりました。

 まぶしいです。

 
 「えっ、何?」

 「何ですか?」


 光が収まると中には………



 













  中には、

 黒服、黒マントでバイザーを付けた人物が寝ていました。

 間違いありません、アキトさんです。

 ユリカさんの方を見ると、さすがのユリカさんも驚いたらしく、

 呆然としていましたが、すぐ、


 「アキトだ。」


 と言ってから、私の方を見るとウィンクしながら


 「ね、ルリちゃん。祈れば叶うって言ったでしょ。時間差だけど…。」


 負けました




 私が駆け寄るとアキトさんは目を覚ましたらしく、

 がばっと起き上がって


 「何処だ!」


 です。


 
 でも、私を見ると今度は呆然として、


 「ルリちゃん?何でここに、しかも抱きついてるんだ?」

 
 私は無意識にアキトさんに抱きついていたことに気がついて、

 恥ずかしくなり、急に離れました。


 アキトさんはまだ私の方を見ています。


 「ルリちゃん、ここは何処?」


 「アキトさんの一番来たかった場所です。」


 「だからそこは・・・・」


 キョロキョロしながら回りを見渡すしたアキトさんの目線が今度は一点に注がれます。

 
 「ユ、リカか?」


 「そうだよアキト。ユリカの顔忘れたの?」


 「いや、しかし、何故。」


 私は久々に見るアキトさんの驚いた表情がうれしく思いました。


 「アキトさん、逃げないと約束するなら教えますよ。」


 私はいじわるをしました。少しおしおきです。


 そんな言葉を聞いたアキトさんは少し黙った後、観念したのでしょうか?

 
 「教えてくれ…。」


 といいました。


 勝ちました。
  

 
 



 


 



 一応アキトさんは私の話をなんとなく理解したようで、

 『そうか』といって私の用意した席におとなしく座っています。

 でも、アキトさんはユリカさんを見ようとしません。


 「アキトさん。逃げないって約束しましたよね。ユリカさんときちんと話してください。」


 「逃げないって、そういう意味もあるのか…。」

 
 「はい。」


 うつむいていたアキトさんはユリカさんをやっとみつめました。


 「ユリカ。」


 「何?アキト。」


 「あの時、お前の声に、伸ばす手に、俺は、答えられなかった。

     (あの時?シャトルことを言っているのでしょうか?)

  あのあと、俺は実験され、お前のことを知って、復讐のため、人を殺した。

  お前を助けて、でも俺の手は、血まみれだ。

  ユリカ、お前の知っているテンカワアキトは死んだ。

  だから、俺はお前と会う資格なんてない。だから・・・・」


 アキトさん…、だからってユリカさんに会わないのは違うと思います。


 「どうして?」


 「いや、だから」

 
 「アキトはアキトだよ。変わらないよ。少なくても私にはそう見えるよ。」


 「ユリカ…。」


 「そうだよ。変わらないよ、だからそのサングラスとって。」


 ユリカさんの手により、アキトさんのバイザーが外されます。
 
 私からではアキトさんの顔は見えませんが、肩が震えています。

 
 「ユリカ、俺は、その言葉が聞きたかったのかもしれない。

  俺は怖かった、ユリカに避けられるのが、だから…。」


 「もういいよ、アキト。」


 もうこれ以上は見ていられません。

 アキトさんが帰ってきてうれしいはずなのに、胸がズキズキします。

 もう部屋から出ましょう。


 「ね、泣くとみっともないよ。ルリちゃんもいるし。あれ、ルリちゃんどこ行くの?」


 すいませんこれ以上は本当に…。



 「だれ…?」

 「だれだ!」


 突然の声、振り向くと…

 
 「ユリカー!!!!」


 ユリカさんを突き飛ばすアキトさん

 突き飛ばされて頭をぶつけたのか額に血が流れているユリカさん

 ベッドでぴくりとも動かないアキトさん


 「ユリカさん!アキトさん、なんで!」


 ユリカさんに近づくと瞳孔が開いているアキトさんが…


 「アキトさん!」


 アキトさん、ユリカさん、何で?、どうして?、

 目の前が真っ白になっていきます。真っ白に、真っ白に………
 

 
 

 つづきます。








  後書き

  ひとみ みともです。

  まず、ルリファンの人、ユリカファンの人、色んな意味ですいません。

  ラストは言うまでも無いですが、性格の面でも違いが出てきました。


  ルリについて…性格若干後ろ向きです。あと圧倒的大差でアキトが一位です。
  
  でも圧倒的大差でユリカが二位です。ゴルフに例えると、1ホールで一位アキト−12、
  
  二位ユリカ−7、三位がミナト+1、そんな感じです。(分からない人はごめんなさい。)

  


  ユリカについて…なんか悟ってます。死に直面してそれを乗り越えた人はそれ

  くらいじゃないと…と思ってます。みともはこのユリカを『ユリカさん』と呼んでいます。

  (もし、すでにそうよんでいる違うキャラがいたら教えてくださいすぐに訂正します。)

  


  オリキャラについて…サエキ ギシ少尉、初めて出てきたオリキャラです。

  本当は名前つける予定は無かったんですが、軍人は名前と階級を名乗るだろう

  と思って急遽作った名前、多分もう出ることは無いでしょう。

  裏話ですが、ルリはごまかしきれませんでした。サエキさんはルリのサインで手をうったようです。
 
  ちなみに漢字は佐伯技士です。



  この話、話がつまり過ぎ、分けるか迷いました。まあ、分けなかったんですけど…

  切れる所ないんですよね。



  代理人様…

  >>「ハーリー君、サブロウタさん、オモイカネ、ごめんなさい。」
  >
  >他の乗組員は乗ってないのか?
  >
  >・・・まさか確信犯だったりして(爆)


  そのとおりです。犠牲は最小限で。行くときにクルーのほとんどを無理やり下ろしたと思います。

  ハーリーとサブロウタはわがままで・・・


  




代理人の感想

今度は時間は超えなかったルリ。

葛藤を持ちながらのユリカとアキトとの再会。

ええ話やなぁ・・・・・と思ったら!

今回はキッチリ引いてくれました。

 

これは続きを読みたい、と思わせる・・・やっぱりヒキというのは重要ですね。

 

 

ところでアキトがユリカの病室に現れたのはひょっとしてユリカのイメージングの影響もあるんでしょうか?