一騎当千
〜第十一幕〜



















黒く厚い雲が天を覆っていた。

そのためか、目の前に広がる景色も味気なく感じさせる。

本来なら、緑の綺麗な山の景色といったところだっただろう。

だが、今はその色を失っている。


しかし、それは無理もないことである。

今、行われようとしているのはこの景色以上に味気ないものであるから。



純然たる殺し合い、戦争。



それが行われるのだ、景色を楽しめということ自体が無理なことなのかもしれない。

なら逆にこの戦いに対して、この景色はどう思うのだろうか。




それを知る術はない。
















一人の男が立っている。

彼は徐晃、字は公明。

魏の名将として各地を転戦してきた、歴戦の士である。

大斧を用いた戦いは戦場に多くの畏敬を生んでいる。


彼は石亭の地に即席で作られた砦の上から、自分達の軍の様子を見ていた。

周りの自然と比べ、この砦や、物々しい装備をする人間達は異物という気がしてならない。


今は昼時ということもあり、あちこちから煙が上がっていた。

見張りも交代で食事を取るということで、普段よりは見張りが少ない。

もちろん、いつ攻めてきても対応できるようにはしている。

しかし、徐晃は遠くの方に同じような煙を見ていた。

同じように敵も食事の時なのだろう。

ならば、攻めてくることはまずない。



「あれが敵軍の本陣…、我々は敵の側面を突くことができたのか……」


彼はつぶやく。








周魴が魏に降り、彼はこの石亭の地に導いてくれた。

本来の侵攻ルートなら、この地には来ずに別のルートを通っている。

しかし、彼は敵軍がそれを読みそこに兵を配していると言う。

そのため、この石亭を通れば、その敵兵を避け敵の本陣の目と鼻の先に攻めることができるという。

実際、この石亭に到着したとき敵の本陣が目の前であった。

相手も、近くにいる敵を前にその陣を変化させるわけにはいかない。

この石亭という地は道が狭く、こちらには不利だと思えるが、敵本陣が目の前ならば決して条件は悪くない。



そして魏軍は石亭の地に砦を築いた。

基本的に相手の攻撃ルートは南、西、東の三方から攻めてくる。

北は地理的に断崖となっており、その砦の北にある橋でしかそこを渡る手段はない。

そのため砦には三つ防衛拠点を作ることになった。

兵の配置的には、砦中央には主力である曹休軍が陣取り、西の砦は張コウ軍が、東の砦は張普軍が配されている。

徐晃自身は砦正面の外にでて先鋒を迎え撃つように配置されている。

曹休軍の背後、北には周魴軍が待機しており、曹休軍が敗れたとき本陣を守る役割となっている。

そしてその周魴軍にさらに背後、橋を渡ったところに魏の本陣があり、そこに曹丕が陣取っている。


相手より兵力が勝るからこそできる布陣だといえる。

一方、敵軍は魏軍に対して横長の陣となってしまっている。

一見、敵軍は本陣をさらしているように見えるのである。





しかし、彼らにとっては「予定通り」の布陣―偽陣である。

そう見せかけていることを知る者は魏軍には少ない。












「徐晃殿、感慨にふけっているのですか?」


不意に徐晃に声がかけられる。


「…張コウ殿」


彼が振り向くと、自分の同僚である将軍、張コウがいた。


張コウ、字は儁乂(シュンガイ)。魏の誇る名将である。

もともと袁紹配下の武将であったが、官渡の戦いの折、曹操軍に降ったのである。

それ以来、勲功を挙げ、魏の五将軍の一人として数えられるまでとなった。

彼は眉目秀麗な男性で、つややかな髪を後ろで結っている。

上半身は半裸になっているが、そこから見える肉体は細い。

しかしそれは貧弱なものではなく、しなやかな筋肉に包まれている。


「戦の前です。気が立つのは仕方のないことでしょう」

「いや、気が立っていたわけではないのだ」


張コウの言葉を彼は否定する。

その言葉に張コウは怪訝そうな顔をする。


「……ただ、嫌な胸騒ぎがして……」


徐晃はぐるりと砦から見える自軍の布陣を見回す。

張コウも同じように徐晃の視線をなぞる。


「……張コウ殿、どう思うこの布陣」


徐晃は相手の顔を見ずに尋ねる。

すると、張コウは数歩前にでた。

徐晃の視界に、彼が入ってくる。


「……美しくないですね」


ただ、そう彼は言った。



彼、張コウは美しさを求める人間であり、時に自らに陶酔することもある。

美しいものを好み、醜いものを嫌う。

徐晃は個人的にこの点だけは好きになれなかった。

これが無ければ、非の打ち所の無い人物なのであるが……。



彼は、良い悪いを「美しさ」で表現する。

その彼が「美しくない」と言ったということの意味を徐晃は感じていた。



「この布陣、一見しっかりしているが、東西の砦が落ち周魴が裏切った場合、

 主力である曹休軍が包囲されるぞ…」


徐晃は周魴を信用してはいなかった。

戦争中である以上、疑うことは当然である。

注意を払っていても損は無い。


徐晃は危惧をするが張コウは軽く微笑んでいた。


「私もそれは感じます。しかしそれがどうしましたか?

 私のいる西砦は落ちることはありませんし、落とさせませんからそれは杞憂です」


そこで、彼は手に装着している刃の爪―朱雀虹を掲げる。

金属の光沢が美しい。





「たとえ、そうなるにしても、私達は戦場の華として戦うだけです」




そこまで言って、彼は砦から飛び降りる。

そして音も無く着地して何事も無く去っていった。

かなりの高さがあった砦からのあの動きで、彼がどれほどの実力を持っているかわかる。








徐晃はその姿を無言で見ていた。

そして


「…そう、そうでいいはずだ……、だが、今回はすべてがおかしすぎる。

 ……何か狂ってきているのか……」





呉、蜀の統一


曹丕の変化


突然の侵攻





そして、司馬懿の沈黙







彼は司馬懿が何も言わないことに違和感を持っていた。

自分でも気づくことを修正しない彼に……



違和感ばかりが大きくなっていく。




  
彼の質問に答える者はいなかった……





















「相手は予定通り、石亭に陣を張りました」


陸遜の言葉が天幕に響く。

その天幕の中では、大きな机があり、それを囲むように諸将が椅子に座っていた。

心なしか、諸将の顔がこわばっている気がする。

仕方ないだろう。戦いである。それも大軍を相手にするのである。

結局、アキト達は8万しか兵を集めることができなかった。

もし計略が成功しなければ大変なことになるだろう。


陸遜はこの劣勢を補うため、石亭におびき出した。

相手は自分達の喉もとに刃を突きつけた形と思っているだろう。

しかし、陸遜はあることをすることによってそれを利用する。


相手は本陣に総大将がいると思っている。

そのため本陣正面に多くの兵が配されている。

しかし、アキト達の軍は「本陣が存在しない」のである。

総大将であるアキトが一箇所に留まることを良しとしなかったためその状態となっているのだ。

ちなみに命令は、陸遜軍が支援軍として走り回り柔軟に対応できるようにしている。

軍議が終わればここも引き払い、陸遜の指示にすべて任されることになるのだ。

つまり、退却するのも陸遜の判断となる。

アキトはそこまでの権限を彼に与えている。


だから本陣が存在しないのである。

厳密に言えば、陸遜が本陣といえるが、彼もまた行動するのでその限りではないのである。


相手が本陣と勘違いして正面に兵を費やしている間に東西の砦を落とす。

そこで周魴にアキトの軍に復帰してもらい曹休軍を包囲するのである。

いくら倍近くの兵力でも包囲されるとなるとひとたまりもない。

ましてや道の狭い地である。包囲を破る一点突破など望めるわけではないのだ。


これが陸遜の策だった。


そのため砦正面には、尚香軍、孫権軍、朱桓軍、支援として陸遜軍、諸葛瑾軍が控え、軍の半分を配している。

西の砦には大喬軍、全j軍が、東の砦には小喬、趙雲軍、徐盛軍が攻めるようになっている。

アキトは総大将でありながら遊撃という信じられない扱いとなっている。

これは逆に総大将ということが目立たないだろうという考えもあったが、単純にアキトが頼んだのだ。

説得するのにかなりの時間がかかったが……。

そして自ら正面の軍にアキトはいる。

曰く、「一番大変なところを先頭に立ってやるというのが、上に立つ者の一つの姿だろ」ということだ。



アキト達の布陣はこうなっている。

しかし、ここでもズレが生じていた。

陸遜は魏が正面に兵力を集中して一気にという動きをすると見ていた。

しかし、魏、というより司馬懿は特に強く攻める気がなかったのである。

そのため、東西の砦も比較的兵が配分されていたのである。


陸遜の読みでいくなら、西の張コウ軍を正面にして徐晃軍と共に攻めさせただろう。

しかし、張コウ軍は西砦を守っている。

そして、それを攻めるは大喬、全j軍。

陸遜が唯一、その兵力で不安を持っている点。






実はこの西砦の攻防こそ、この戦いを決める重要な点となるのだった。






「陸遜さん、この計略うまくいくのかい?」


アキトが隣にいる陸遜にあらためて聞く。

艦隊戦とは違い、集団戦闘戦の経験は薄いアキト。

しかも、兵器の戦いでなく、人の戦い。

戦況は、強さでなく戦術で変わるため、アキトにとっては不安になるのかもしれない。

今まで、自分の力で戦況を変えてきた彼にとっては……


しかし、アキトも後に気づく。戦争の戦略の本質は変わらないということを。





「……相手は司馬懿です。見破られるのは時間の問題でしょう」


陸遜は考えたあとに答える。

しかし、彼は司馬懿が既に見切っていることを知らない。

しかも見切った上で、それを自らの目的のため利用しようなど……

彼は知らなかった。



「…事は一刻を争います。皆さん頼みましたよ」


そう言って、その軍議を締めくくった。












「なんでしょう、嫌な天気ですね」


ポツリと大喬はつぶやいた。

彼女は、自らが攻略する西砦より少し離れたところにいた。

突撃の合図を待つのみである。

それまでの永劫に続くかのような時間の中で彼女は感じる。


昔感じた震えを…


孫策と共に戦場を走り回ったこともある。多くの敵兵を屠ったこともある。

それでも戦いの前の震えは止まることはなかった。


大喬は一度深呼吸をする。

そして、自らの武器の感触を確かめる。



「……アキト様」



無性にアキトに逢いたかった。












「子龍は戦いの前は緊張するの?」


小喬が、自分の槍の感触を確認している趙雲に聞いた。

趙雲は槍を一振りすると、小喬のほうに向く。


「緊張はしますよ…死の恐怖に震えることもあります」

「百万の兵の中を一騎駆けしたあなたでも?」

「ええ」


趙雲は真剣な顔で頷く。そして、槍を立ててその先を見つめる。


「私も死ぬことを恐れます。しかし、私は戦わなくてはいけない。

 死の恐怖以上に、自分の信念でそれを押さえ込んでいるのです」

「……」

「しかし、不安にもなります。だからこそ私はこうやって槍を振るっているのかもしれません」

「…確かにね」


小喬がつぶやく


「……あたしは死ぬことは仕方ないことと思っているし、死を怖いと思っていない。

 ただ、あたしにとっては知っている人が死ぬことが何より怖い」

「…小喬殿」

「だから、あたしは戦う。あんな思いはたくさん!」


それが彼女の信念。

そこで小喬は趙雲を見る。


「だから、アンタも死なないで、生きて顔を見せなさい」


その言葉に趙雲は敬礼を返すことで答えた。

















「尚香、怖いか」


孫権が尚香と馬を並べ尋ねた。


「まさか、私を誰だと思っているの?」


尚香は心外だと言わんばかりに言い返す。

すると孫権は


「男勝りの武術好きで…」

「なっ…!」


突然の言われように表情を変える。


「わがままで…」

「この…!」


もう顔が真っ赤だ


「最近では好きな人のことで嫉妬する」


チャキ…(圏を構える)



攻撃準備は万端である。










「この世で大切な俺の妹だ」










「…えっ……」


そこで動きが止まる。

尚香はきょとんとした表情をしていた。

見ると、孫権は笑っている。


「ハハッ」


そして大声で笑い始めた。

馬鹿にされたと思って何かを言おうとしたそのとき、孫権は穏やかな顔をする。


「どうだ尚香、緊張は取れたか…」


その言葉に尚香は再び黙り込む。

図星だった。



兄は自分の強がりを見抜いていたのだ。そしてこんな冗談を言ったのだ。

まあ、半ば本気な一言と感じないでもないが。

しかし、その気持ちがありがたかった。


「ありがとう、権兄」


その言葉に孫権は口の端を上げる。


「死ぬなよ……」


そういって馬を走らせていった。

それを尚香は見送っていた。





「死ぬわけにはいかないわよ。まだアキトに甘えてもいないんだから……」




普段の行動を棚に上げて言う。

その顔は笑っていた。


















曹丕は戦いの時を心待ちにしている。


周魴の手引きによって、この石亭に導かれた。

敵、テンカワアキトのいる本陣に目と鼻の先である。

ここからなら、彼を討ち取ることができるだろう。

そう思うと待ちきれなかった。


本当なら自分が前線に立ちこの手で討ち取りたかった。

が、臣下がそれを止めたため諦めたのである。



曹丕は自らの拳を握り締める。

自分達の兵は相手の倍、負けるはずのない戦い、そう曹丕は確信していた。



彼は知らない。

妄執の森に迷い込んでいる自分の後ろから、黒き刃を振り下ろそうとする者がいることを。









その姿を見る司馬懿は、ただ口の端を歪めるだけだった。

















「…雨が近いですわね……」


甄姫は中央の砦にその身を置いていた。

彼女自身は本来なら、士気高揚のためその笛を将兵に聞かせるだけなのだが、今回は彼女もこの戦いに参加することになっている。

これは甄姫自身が望んだことだった。

曹丕も特に何も言わなかった。


「…私は何をしているのでしょう……」


彼女はつぶやいた。

自分でもなぜこの戦いに参加したかったのかわからない。


ただ、気が昂ぶっていたのかもしれない。

曹丕に自分を見てほしかったのかもしれない。



そんな思索に耽っているとき背後から声がした。


「甄姫さまー」


のんびりとした声だった。

振り向くと、そこには体の大きな男が人懐っこい笑顔を浮かべていた。


「許楮殿、どうなさいました」


甄姫は軽く微笑んで尋ねる。


許楮、字は仲康

人よりも優れた力を持っているのに、奢ることもなく、欲もない。

食欲は体格の通りのものであるが……

曹操の代より護衛役として仕える猛将でその武は魏随一である。



彼女自身、この人物に好感を持っていた。

正直で飾らないことで安心して接することができるのだ。




「いんや、なんとなく元気がなさそうだー」


彼は心配そうに聞いてくる。


甄姫はおかしくなった。

戦うときはあんなに猛々しいのに、それから離れるととたんにのんびりとした雰囲気になる。

放っておけばそのまま一日を過ごしていくようなほどのんびりしているのだ。

そこから彼は「虎痴」とも呼ばれている。


その彼が自分を心配している。

よほど自分は曇った表情をしているのだろう。


「心配していただきましてありがとうございます」

「まあ、めしでも食べりゃ、元気もでるぞー」


甄姫の言葉に安心したのか、彼はそう言い残してどたどたと離れていった。

彼女はその後姿を見送っていた。





その姿が見えなくなったところで甄姫は再び表情を固くする。

が先ほどとは違っていた。


「……詮無きことを考えるのはやめましょう……」


甄姫は首を振る。

今は戦いだ。戦いに迷いを持つ者は死ぬ。

彼女は言い聞かせる。



敵からは「戦場の妖」と呼ばれる彼女。

その仮面を彼女は被る。



「私が奏でる鎮魂曲、戦場に響かせましょう」
















「……これが戦争か……」


アキトは次第に高まっていく戦場の殺気に身を任せていた。

その気は雑多としたものであり、アキトが知っている戦争と比べるとひどく生々しい。

あの世界の戦争とは違い、自らの肉体を用いて殺しあう戦争。

爆発、蒸発などで死ぬのでなく、その傷により死んでいく。


『……兵器のない戦争というのを考えたこともなかったね……』

『……当たり前と思ってた……』

「しかし、これが本来の戦争なのかも知れない…」


アキトの言葉にディア、ブロスは言葉を止める。


「……純粋な命のやり取り、それが戦争の本質……」



ただ殺るか殺られるか。



自分達の世界の戦争はどこか優しいのかもしれない。



兵器による戦闘

安全なところからの指示

緊急装置の有無

捕虜の保障




どこか、自分の命を別の場所に置いてしまう戦争になっているのだろうか……



目の前の敵を倒し、目の前の敵に倒される。

見えない敵を倒し、見えない敵に倒される。



これから行われる戦争は前者である。

互いが互いを見合い、その身体を用いて戦う。







「……ハァァァァッ!!」


彼はここで呼気と共に気を集中させる。

自分も覚悟を決めなくてはならない。

護る以上、自分のこの手を染めなくてはならないことを。



殺したくないという気持ちもある。

だから、正常な思考からいけば矛盾しているかもしれない。



しかし、戦場では正常こそが異常であることをアキトは知っていた。

その染まった手は戦いが終わった時、自分を責めるだろう。

だが、今はそれさえも受け入れる。





護るために……








「後悔とは後になって悔やむこと、なら今は自分の思うままに……」



彼は言い聞かせるように、言うのだった。


















そして、戦場に突撃を告げる鼓の音が戦場に響き渡る。




雨が降り始めた。

























「東西の砦を落とし、曹休の包囲を完成させるのです!!」


陸遜の激が戦場に響き渡る。


「叩き潰せ!!!」


曹丕の指示が伝わる。



両軍が雄叫びを上げながら交錯する。


剣を振るい、

矛を払い、

戟で受け、

弓を放つ


倒れる者

叫ぶ者



殺し合いが始まったのだ。












「女だからって甘く見ないことね!!」


尚香は目の前の敵兵を、両手の武器―日月乾坤圏で斬る。

そして続けざまに身体を回転させその遠心力を用いて囲んでいた兵を横に薙ぐ。

敵はその身を斬られ、そしてその衝撃で吹き飛び、後ろにいる同僚を巻き込む。


その場の者はその姿に翻弄されていた。

まさに剣舞といえる。


舞い、斬る


ただそれだけの動き。

返り血にまみれても彼女は美しく見えるだろう。


「さあ、来なさい!相手になってあげるわ」








「我が槍術、活目して見よ!!」

「いっくよ!!!」


趙雲が魏軍の中に切り込んでいく。

そのすばやい動きに反応できなかった兵は、死へと導かれていく。

そして、反応できた者も趙雲に気が行ったところを小喬に付かれる。

急所を狙った一撃。

蹲る者、そのまま絶命する者。


二人の前に屍の山が築かれる。

そしてその山は敵兵に恐怖を与え、味方の士気を上げる。


そしてまた二人は切り込んでいく













「戦場(いくさば)故、失礼いたします」


大喬はその美しき顔を敵兵に見せる。

その顔は美しいが冷たい顔だった。



魏兵が雄叫びを上げて、彼女に襲い掛かる。

彼女はその動きを冷静に見て攻撃をよける。

それにより相手の体勢が崩れたところで



大喬は「斬った」



その手の武器である「扇」―喬美麗で…

その敵の喉を広げた扇の先で斬ったのだ。

血飛沫を上げ、倒れる敵。


そのような技量を持つ彼女に敵兵はひるむ。

静かな恐怖がそこにあった。


「……さあ、いきますよ」












陸遜はその戦況を見ている。


「思ったよりこちらの士気は高いようですね。今のところ敵を押しています」


しかし、彼の顔は曇っている。

予定より正面の敵が少ないのである。

押しているといっても、相手の控えている兵の数は多い。

一つのことがきっかけで一気に押しつぶされてしまう。

相手が何か手を打つ前に策略を成功させたかった。


「一刻も早く、東西の砦を落とさないと……」


彼は魏軍を見ていたが、司馬懿を見ていた。
















「こちらが押されているだと……たかがこちらの半分の敵に」


本陣で戦況の報告を受けた曹丕がうめいた。

苛立っている様子が傍目でもわかる。


「相手の士気が高いためだと思われます」


司馬懿がそれに気づいていないかのように言う。

しかし、彼は心では笑っている。


「司馬懿よ、この状況打破できぬか……」


そこに曹丕が司馬懿に問う。




そのとき司馬懿には打開策があり、実行しようと思えばできた。

しかし


(負けてもらうためには、積極策は避けるべきだろう)


このままほおって置けば、魏軍は負ける。

自分にとってそれでいいのだが


(さすがに何もしないというのは、私にも責任が及ぶからな……)


敗戦が自分のせいだといわれるのは避けたい。

実際、負けたら彼のせいではあるのだが…

「わかって」おきながら何もしないのは。


(それに、このまま楽に勝たせるのも癪だからな…)


この敗北で相手が自分を甘く見てもらっては困るのだ。


そこで、彼は敵を苦しめる、嫌がらせのような策をとることにした。


「相手は寡兵ゆえ、包囲戦を用いてくるでしょう。

 東西の砦が落ちた場合、中央の曹休軍は包囲され大きな被害を受けるでしょう」

「確かに」


曹丕が受ける


「西門には張コウ将軍がいるので不安はないでしょうが、東門の張普殿には不安が残ります

 ここは誰か将を東門に向かわせるのがいいかと…」


司馬懿はそう提案する。

あくまで指示はせずに、曹丕が判断したという形を作りたかった。


「わかった……、許楮よ、東門へいってくれるか」

「わかったぞー」


司馬懿の言により、曹丕の戦場の護衛である許楮が東門に向かう。



これには二つの意味がある。

一つは、東門が落ちにくくなったこと。

許楮により、魏の士気も上がり、相手の戦意をくじくことはできるだろう。

しかし、これも周魴がアキト達に復帰すれば負けは確実だろう。






そしてもう一つは






許楮が東門へ向かったことにより今本陣には、曹丕と司馬懿しかいないのである。






司馬懿の計略上、護衛である許楮の存在は不安材料だった。

だが、この指示によりそれはなくなった。



周魴を迎え入れたのを判断したのは曹丕。

許楮を行かせたのは曹丕。

自分は傍目からは何もしていない。

すべては君主の判断として処理されるのだ。




(さあ、踊れ、踊れ……)



着々と司馬懿の策は進行しつつあった。

















大喬はその視界に敵将らしき人物を見た。

それに向けて駆け出す。

相手も大喬の存在に気づいたのか、彼女に向けて武器を構える。


「敵将と見受けしました。お覚悟を……」


涼やかな声で言い放つ。


「女風情が!この胡質(コシツ)をなめるな!!」


その言い方が感に触ったのか、怒りに任せ大喬に襲い掛かる。

さすがに敵将だけあって、その動きは鋭い。


胡質の上段から振り下ろされる一撃を彼女は半身右にずらしてよける。

しかし、胡質もそのまま横にいる大喬を薙ぐように剣を振る。

彼女はそれを一歩下がり間合いの外にでてかわした。


大振りで薙いだため胡質は大喬の前に急所をさらしている。

そしてそれを逃すほど戦場は甘くない。


「ハッ!」


大喬はたたんだ扇の先で喉を突く。

その一撃は鍛えることのできない喉を貫いた。



喉を潰すのではなく、貫いたのだ。

即死だった。



大喬は喬美麗を抜く。

目の前の肉塊は地に伏せ、血溜まりを作り出した。


「敵将…、討ち取りました」



その声に浮かぶ心境は誰にもわからない。





大喬が敵将を討ち取ったことにより、味方の士気が上がる。


「さあ、早く砦を落としましょう!」


彼女が周りの兵たちを激励する。


そこに前線より伝令の兵がやってきた。

そしてその報告は大喬軍を驚かせたのだった。



「我らの先にいる全j殿が、張コウ軍により敗走いたしました!!」


その報告に思わず顔を曇らす。

西砦を攻める先陣である全jが敗走したのは確かに拙い。

もともと、この砦には予想より兵が存在していた。

そのため時間がかかっているのである。

早く砦を落とさなくてはいけない。


「ひるまないで!私達の強さをここで示しなさい!!」


張コウと聞いて、ひるむ味方を激励する。

その言葉に答えるかのように兵も士気を取り戻す。

そして攻めを再開しようとした…そのとき





「お美しい方、戦場に散る華となってもらいましょうか」

「あなたは!!!」


突然聞こえた声に大喬は反応する。

そこには砦にいるはずの張コウがいた。

張コウ、戦場にいる者にとって彼を知らない者はいない。


「張コウ殿、まさかあなたが砦を出てくるとは思いませんでした」


大喬は自分の中の緊張を押さえ込むように尋ねる。


「私は「守る」という美しくないことはしたくないのです」


そこで張コウは優雅に笑う。

その笑いが、不気味さを誘う。


「あなたを倒せば、攻めている軍団は壊滅する……それで守ることができますから」

「それはこちらにとっても同じこと……あなたを倒せば西砦は落ちたも同然でしょう」


互いに緊張感が高まっていく。


「できますか?」

「やって見せます」


その瞬間、大喬軍の兵達が張コウに襲い掛かった。


シュイン…


次の瞬間、彼らは血の花を咲かしていた。

肉の塊と血の霧が生まれる。


「話している途中に邪魔をするとは……美しくないですね」


張コウは刃の爪を朱に染めながら言い放つ。

そこには何の気負いもなく、さも当然というように立っている。


(速い……!)



大喬にはその動きを完全には捉えることができなかった。

嫌な汗が出ているのを感じる。

しかし、それを振り切るかのように武器を構えた。

それを見て、張コウもまた構える。


「さあ、美しき舞を見せてください」



西砦の攻防が始まる。



















アキトはこの戦場で静かに戦っていた。

この黒き衣を纏った戦神は正に戦場における武神だった。


彼のその格好は戦場では一際目を引いた。

そのため、多くの敵兵が彼に向かってくる。

だが、アキトはその敵兵をまるで市場ですれ違うように通り過ぎていく。

そして相手はその場に倒れこむのだった。


誰もがその異様な風景をみて、恐怖を覚えた。

アキトはただ、襲い掛かる敵兵に触れ、瞬間的にその意識を奪っているだけである。

水月、首、人中といったところに打撃と気を与えている。

だがその様子を相手の兵は判別することはできない。

しかも戦場故、気絶と死の判断がつかないのである。

そのため見ていると、通り過ぎるだけで人が死んでいくように見えるのである。


アキトは何も語らず一歩一歩敵兵に近づいていく。

彼がやってくるにつれ、魏兵の中で恐怖が増大していく。


「うわぁ!」

「助けてくれ!」


そしてそれに耐えられなくなった瞬間、逃げ出す者が現れた。

一人逃げ出すと、それが連鎖して兵全体が恐怖に押し潰され逃げ出そうとする。


(これで去ってくれれば…)


アキトは内心そう考えていた。

できるだけ命を奪いたくない。

逃げてくれれば、それがかなうのだ。


しかし、それを遮るものがいるのも事実である。



「魏の精鋭たちよ!!ひるむな!!!」


大音声がその場に響き渡る。

逃げ出そうとする兵たちの動きが一斉に止まった。


アキト自身もまたその声に驚いていた。

言霊というのかその言葉に衝撃を感じたのだ。

その言葉は恐怖に覆われた兵を正気に戻すものだったのだから。


すると兵たちの間から、大きな斧を持った人物が現れた。


「徐晃将軍…」

「徐晃様…」


兵が口々とつぶやく。

徐晃と呼ばれた将はそれにかまわず、アキトだけを見ている。

そして、その斧を構える。


「貴殿を名のある将と見受けした。我が名は徐公明!名を名乗られよ!」


真っ直ぐとした気だった。

精錬とした、研ぎ澄まされた気だった。


アキトは彼の気に何かが生まれてくるのを感じた。

過去、彼のライバルである北斗と相対した時に感じたような……


武人をしての興味


それを感じた。








「俺の名は、テンカワアキト」


アキトは徐晃に嘘を言いたくなかったので正直に答えた。

その言葉が何を引き起こすかはわかっていた。

そして予想通り、その言葉に兵たちがざわめいた。

それはそうだろう。敵の総大将で謎に包まれている人物なのだから…。


「貴殿が……、なるほど只者ではないな」


徐晃が得心がいったように答える。


「来るのか?」


引いてくれないかとは言わなかった。

アキトは徐晃の目を見たときから、彼は戦いに信念を持っている人物だとわかった。

そして自分と戦いたがっていることを。


彼は武人だ、ならばそれにふさわしい相手をしなくてはならない。


「ああ、テンカワ殿!我が武の道のため、徐公明が参る!」


徐晃が駆け出した。















戦場は新たな局面を迎える


雨は降り続く







続く



あとがき、もとい言い訳

というわけで十一幕です。

すいません。とりあえずすいません。

変なところで引いちゃいました。


まあ、今回は戦争の序盤ということでアキト達が押しているということを書きました。

さて戦闘は流動しますから、どうなっていくのか。

まあ、この段階でマッチアップは以下の通り。

アキトvs徐晃

趙雲、小喬vs許楮

大喬vs張コウ

となっています。

実はもう一つマッチアップあるんですがそれは次回に…


というわけで列伝


徐晃…字は公明

もともと曹操の敵であったが、後に帰順した。

知勇に優れ、「孫武」という古の武人にたとえられたりした。

その後、魏の主軸として各地を転戦し、魏の五将軍の一人として数えられた。

ゲームでは義を重んじる武人となっており、それを忠実にいくつもり


張コウ…字は儁乂(儁乂)

元袁紹配下の将で曹操に帰順した。

蜀戦で活躍し、諸葛亮にも一目置かれ、魏の五将軍となる。

演義では数回死んでいるはず(笑)なのに劇中何度も出てくるというある意味人外の人。

例:趙雲に長板で切られる、諸葛亮の落石に潰されるなど…

ゲームではナルシストで設定されているのでそれに準拠。

あらためて考えると結構ファンには石投げられそうな設定ですな……(苦笑)


許楮…字は仲康(チュウコウ)←さり気に「楮」の字が違います。

身の丈八尺以上の大男で、その武を認められ曹操の護衛役となる。

普段無口でぼんやりとしているのに、戦場では虎のように勇猛に戦ったことから「虎痴」と言う異名を持った。

ゲームでは、戦隊もののイエローみたいな性格…気は優しくて力持ちで健啖家


ということです。

やっと魏の武将の紹介が終わりました。

後は蜀の人たちだけです。

実は元ネタがわからないから見ると性格が説明しづらいんですよね…

しかも歴史上に存在した人物であるから、余計にイメージを言うものを持っているとそのギャップが…。

まあ、できるだけ表現できるように頑張っていきます。

次回は各一騎打ちを書いていきます。

司馬懿様も絶好調です。

でも、忙しくてまた続きが遅れそうです。

だから、次回このときと予告はしません……まことに申し訳ありませんが……。


前回感想を下さった、影の兄弟様、孝也様、マフティー様、Miura様、とーる様、encyclopedia様、義嗣様、カイン様、Make様、覇竜王様、本当にありがとうございまし た。

感想くれる方がこんなにもいてくださって嬉しいです。

大変ですが頑張っていきます。


PS なんなんでしょう。あのPS版、真・女神転生2のバグの量は(泣)

 

 

代理人の感想

うわあああああああああああああ、ナルシスト張コウ(爆汗)

 

 

大ショックッ!

 

 

・・・・・・・・渋い名将のイメージがあったんだよなぁ(苦笑)。

 

>PS

あれについては「デバッグしないまま出荷した」というのが定説になっているそうで(爆)。