一騎当千
〜第十三幕〜


























雨音がそこを支配していた。

そこにある風景は流れていたが、そこにいる人は動きを止めていた。




ある者はその死を覚悟して








ある者はその光景に驚き








ある者は振り下ろした刃を止めていた。


















大喬は一向に来ない痛みに疑問に思った。

はじめはこれが死なのだろうかと思ったが、鈍く感じる傷の痛みと雨の感触は、自分がまだ生きているということを物語っていた。


彼女は一度は閉じた目を開ける。




そこには、目を閉じる前に見た張コウがいた。

自分に刃を振り下ろしたはずの彼が……


息づかいが聞こえてきそうなぐらいに接近して、その動きを止めている。

そして、その顔は驚きを表わしていた。

戦闘中ずっとすましていた顔が、妙に子供っぽく感じた。




(こんな顔もするのですね……)


大喬はそんな場違いな感想を浮かべた。



すると、張コウの驚愕の表情が消え、不思議なことに口の端を上げる。



チャキ



彼は大喬に眼前で止められた爪を引く。

その行動に大喬は疑問を持つ。


「やめておきましょう」


張コウは大喬を見ずに言い放った。


「……なぜ……?」


彼女はつぶやくように疑問を口にした。



何故、彼は決まっていた結果を変えるようなことをしたのだろう。

その意図がわからない。





大喬は気づいていなかった。

張コウが彼女を見ていなかったことを…

そして、彼自身の背後に最大の注意を払っていたことを…





張コウは突然横に飛び、大喬と距離をとる。

その行動の意味を彼女は後になって気づく。






「そんな怖い気を出さないでください」


張コウは大喬の目の前にある森の茂みに声をかける。














「賢明な判断だ……」


そこから出てきたのは、黒衣の男。





ある者にとってはその姿には見覚えがあった






「……アキト様……」


大喬が安堵の声をあげる。





テンカワアキトがそこにいた。











「あのまま振り下ろしていれば大変な目に遭っていましたね」


張コウがその余裕を崩さずにいう。

今、アキト、大喬、張コウは三角の頂点に位置するように対峙している。

先ほど張コウが横に飛んだのは、前面と背後に敵がいる状況を避けたかったためであった。


「ほう、なかなか勘がいいな」

「私は自分の感性を信用していますから…」


アキトの殺気混じりの言葉にも、軽く受け流すように彼は答えた。




張コウはあのまま爪を振り下ろしたとしても、大喬を傷つけることができないだろうと感じていた。

自分の腕が熱く、焼け付くように感じたのだ。

そのため感覚的に振り下ろすことを拒否したのだ。





実際アキトは彼の腕ごと昂氣で斬り飛ばすつもりだった。

張コウはそれを敏感に感じ取ったのだろう。








アキトは張コウを警戒しつつ大喬に近づく。

そして大喬を支える。


「…アキト様、申し訳ありません……」


彼女は少し唇を震わせながら謝る。

笑顔を作ろうとするが、憔悴した感は否めなかった。


「大喬さん……ここは任せて……」


そう言いながら、アキトは彼女の状態を確認していた。

いたるところに傷があり、その苛烈な攻撃のあとが見て取れる。

あの蝶のような美しさはそこにはなかった。

その羽を傷つけた相手に対して怒りが浮かぶ。


「…治療をお願いします……」


アキトは彼女を近くの兵に預けた。

そして、あらためて張コウを向く。


不思議なことにその間、張コウは何もしてこなかった。

アキトは常に警戒していたので、攻撃してきたとしても対応は可能だったが……











「さて、ここからの相手は、俺が引き受けよう……」


そう言ってアキトは構える。


「彼女を痛みつけた代償を払ってもらう」


そして、押さえていた怒りを殺気と共に発する。



瞬間、空気が変わる



その気の存在感は圧倒的だった。

張コウの背後にいる魏の兵だけでなく、味方の兵たちもその気に当てられ、少なからず恐怖を浮かべていた。



だが、張コウはその気に当てられていても、その笑みを崩すことはなかった。

ただ、興味深くアキトを見つめているのだ。




アキトはそんな張コウの反応を意外に感じた。

似たような表情をするのは自分の知っている限り北斗一人だ。

北斗は更なる戦いへの喜びを表わすのだが……




張コウはそれとは違う質の笑みである。








そして、彼は唱えるように言った。








「……美しい」











刹那、アキトは張コウに底知れない不気味さを感じていた。



そして


『なに?あいつ…キモい……』

『アキト兄…なんかこわいよ……』


ディアとブロスがその雰囲気に、ある意味別の不気味さを覚える。





張コウは陶酔したようにアキトを見る。

その目は生き生きとしている。



「すばらしいですね!……その純粋な殺気……心地よい……」


その顔は狂喜だった。






アキトはもう張コウを相手にするのに焦れてきた。

彼は急がなくてはならないのだ。



「そうか……、ならそれに浸りながら―――」



アキトは陶酔する彼にかまわず動き出す。





「―――眠れ!!!」


そして、張コウに一撃を放つ。

神速の一撃だった。






スッ






が、アキトの一撃は空を切る。


「……!!」


手加減したわけでない、まず反応できない一撃だったはずだ……。


「そんなに焦らなくてもいいですよ……それにその殺気……至極読みやすい」


アキトの横から声が聞こえた。

そこには張コウが変わらない笑みを浮かべて立っている。



そこでアキトは悟った。

言動に惑わされているが、彼もまた歴戦の士であり、容易ならざる相手であることを……






「私の名は、張コウ。字は儁乂(シュンガイ)。以後お見知りおきを……」


そんなアキトの心中を知っているかどうかはわからないが、慇懃無礼に張コウは名乗る。

そしてアキトを見つめる。

しかし、アキトは何も答えなかった。




「名乗られたら、名乗りかえす…それが礼儀ではありませんか?」




「……テンカワアキトだ……」



アキトは仕方なく答える……そこにある気を隠そうともしない。

相手のペースに引き込まれているのを感じる。

別の意味でやりにくい相手だった。





「ほう、あなたが……」


張コウが驚きの表情を浮かべ、アキトを見回す。

その間でも隙がないというのは武人としてのその実力を示していた。



イニシアチブが向こうにある。彼はそう感じた。


「悪いが、話に付き合っているわけには行かない……戦うか、引くか…はっきりしてもらおう」


アキトが再び構え、気を発する。

しかし、相手はその調子を崩さない。








しばらく奇妙な間が生れる。












そしてそれを破ったのは張コウだった。


「……決めました」


突然、彼が言い放つ。

一体なにを決めたのだろう。


そして、大きく後ろへ飛びのく。


「ここは引きましょう……、そこのお嬢さんに免じてね……いささか時間をかけすぎました。

 それに、このような舞台は私達にはふさわしくありません。

 舞台が整ってから雌雄を決しましょう」

「………」

「それでは……また……」


そのまま、張コウは走り去っていった。

アキトはその姿を見送る。



(あんな相手は初めてだ……まるで雲をつかむような……)


アキトは嫌な汗を感じた。




しかしそれだけではなかった。




彼が消えたとき、ふとアキトは自分のマントを見た。


「……!!」


そこにはわずかながら、爪で引き裂かれたような跡があった。
 
アキトはそれを見つめた。


「どうやら、一筋縄ではいかない相手のようだな……」


アキトは張コウに感じる不気味さを再認識せざるを得なかった。










「アキト様……」


そこに女性の声が彼の耳を打った。


「大喬さん…無事か……?」


アキトはその声に反応して、大喬の姿を見る。

そこには治療を終えた大喬が立っていた。


「ええ……」


幾分翳った表情で彼女は答えた。

おそらく申し訳ないと思っているのだろう。

役に立つはずが、足を引っ張ってしまい、彼にも心配をかけてしまった。



しかし、彼女を攻めることはできない。

むしろ、ここまで粘ったことが賞賛に値するものである。




アキトは大喬に近づく。



ガバッ



突然アキトが彼女を抱きこんだ。


「ア、アキト様?」


突然のことに驚きの声を上げる。


「良かった……」


アキトはつぶやく


「……、護れた……」



大喬ははっきりと聞き取れなかったが、そこに彼の内面を見たような気がした。



決して語らない彼の内面。



それを聞こうとは思わない。彼が語るまで待つつもりだった。




ただ今は彼のぬくもりを感じるのだった。















「もう大丈夫です。さあアキト様、行って下さい」


しばらくして大喬はアキトから離れて、そうアキトを促す。


「張コウが引いた今、砦の占拠は後一息です。一刻も早く計略を成功させないと……」

「わかった…大喬さんは休んでいてくれ」


そういってアキトはその場を走り去っていった。













「アキト様、ご武運を……」


大喬は儚げに微笑む。

そして…


バシャッ


大喬はその場に倒れこんだ……



すでに限界だったのだ。

ただ、アキトに心配をかけまいと振舞っていた。



あわてた兵たちが彼女に駆け寄る。

彼女には休息が必要だった。






















その空間は「美」だった。

まるで舞を舞っているような風景。



敵も味方もただそれを見守っていた。



戦うは美しき戦乙女達。






尚香と甄姫だった。








アキトが西砦に向かった後、彼女達は戦いを繰り広げていた。


「ハッ!!!」


尚香が左手の乾坤圏を振り上げる。

甄姫は身体をそらすことでそれをかわす。

そのまま、甄姫は尚香の顎を蹴り上げようとするが、それを肘で防ぐ。

が、そのとき甄姫はもう片方の足を蹴り上げていた。

たまらず、尚香は後方へ飛ぶ。


「お聞きなさい」


その隙を逃さず、甄姫は笛を口に持っていく。

しかし、尚香も笛を吹かせるわけにはいかなかった。


「させない!!」


驚いたことに尚香は、両の手の圏を投げた。

高速に回転をしながら、水平に甄姫へと襲いかかる。


「クッ!!」


仕方なく笛を吹くことを諦め、圏を避けながら武器を持たない尚香に向かって間合いを詰める。

丸腰の彼女は隙だらけだった。


シュルルルル


そのとき、甄姫の耳に空気を切り裂く音が聞こえた。


「…!!」


寒気が走り、反射的に横に飛ぶ。


すると、尚香が投げたはずの圏が先ほどいた空間を薙いでいた。

投げたはずの圏が戻ってきたのだ。

もし避けなければ、切り裂かれていただろう。


そのことに背筋を凍らす。

そのため、その瞬間、相手への注意が散漫となった。

尚香の動きに対しての反応が遅れる。


目の前には圏の刃が眼前に迫っていた。

甄姫は自分のうかつさを呪いつつ、自ら持つ武器―笛でそれを受けるしか方法がなかった。




ガッ!!!




振り下ろす刃は甄姫の眼前、笛で止められていた。

尚香は振り下ろす両の刃に力をこめ、甄姫は刃を受ける笛を両手で支えていた。

力比べだった。





「一体、その笛何でできているのよ!!」


力をこめると同時に、尚香が悪態をつく。


「そんな、なまくらでは私の笛に傷をつけるなどできませんことよ!」


甄姫もそれを受ける。ただ余裕の言葉とは裏腹に、その顔は厳しい。












二人の戦いは互角だった。

もともと、接近戦闘が得意な尚香であるが、厄介なのが甄姫の笛だった。

あれに対しては防御手段がないため、吹かせないことが重要だった。

そのため、息を付かせぬよう連続攻撃を繰り返しているが、甄姫は防御に徹しており隙がない。

かといって攻撃を緩めれば、相手に隙を見せることになる。

甄姫にとっても状況は同じで、刃の嵐の中の「間」を待つしかなかった。


互いにその性質を知っているため、決定打となるものが生れなかった。


しかし、尚香は勝たなくても良かった。

だから、この状況を続ける必要があった。


(早く、東西の砦を!!)


彼女はそう思い、また自らを奮い立たせるのだった。

















東門は気を抜けば即、死につながる戦いだった。


ブォン!!


許楮が振る鉄球を趙雲が槍で受ける。


「クッ!!」


しかし、その力に受けることができず、武器が弾かれた。

しかもそれにより体勢が崩れ、無防備な前面をさらすことになった。


その隙を逃さず、許楮は鉄球を振り下ろそうとする。


ビシッ!!


が、そのタイミングで小喬が許楮の顔を打つ。

それにより、狙いが甘くなり鉄球は目標を外れる。


だが、その小喬の一撃に対しては特に効いているようには見えなかった。


(駄目!…効いてない)


小喬は心の中で舌打ちする。






許楮の登場で東砦は息を吹き返した。

まだ、趙雲たちが押しているが簡単には落とせなくなった。


現在、許楮に対峙しているのは、趙雲と小喬だった。

二対一と言うことでこちらが有利と思っていたが、あらためて魏の虎の強さを思い知っていた。

その圧倒的な力は鎧も気にしない。

一撃で死にいたるものだった。


スピードではこちらは勝っているものの、大抵の攻撃は効いていない。

趙雲の一撃については警戒をしているようだが、小喬の攻撃については無頓着だった。

ただ、小喬の牽制のおかげで、趙雲は許楮の猛攻をしのいでいる。


技を超越した力を持つ相手に、二人は戦いあぐねていた。



「さすがに許楮殿……、一筋縄ではいかない」


趙雲が呼吸を整えながら相手を見る。

許楮は悠然として立っている。


「子龍……、私が囮になるわ……」


小喬が趙雲に提案する。


「しかし!」

「今のあなたは呼吸も乱れているから、あの猛攻を避けるのは難しいでしょ。

 それに、私の方が身軽だからね」


小喬は軽く笑う。


「それじゃ、行くわよ!」


彼女は趙雲の返事を聞かずに駆け出す。






「ほーら」


許楮が駆けてくる小喬に鉄球を振り下ろす。


ブシャァ!!!!


鉄球か地面をたたきつけた瞬間、あたりに水滴が飛び散り、霧を作り出す。

瞬間、許楮は相手の姿を見失う。


「動きが遅いわよ!」


霧の中から小喬の声が聞こえる。


「そこかー」


許楮が音を頼りにそこに攻撃を放つが、空を切る。

瞬間、許楮は背後に殺気を感じた。


「取った!」


趙雲が許著の背後より、鋭い突きを放っていた。

許楮に背に槍の先端が迫る。


「させるかー!!!」


許楮は驚異的な反応を見せ、身体を半身ずらした。

趙雲の槍は許楮の脇を抜ける。

そして彼は脇を締め、そのまま槍を脇に挟み込んだ。


「グッ!!」


趙雲の手に強烈な力がかかり、槍を持っていかれそうになる。

それに対抗して、力を込めその束縛を逃れようとしたとき、許楮はその力を抜いた。

そのため、後方へ数歩たたらを踏み、趙雲はバランスを崩す。


それを見逃すほど、許楮は甘くなかった。


「行くぞー!!」


バランスを崩した趙雲へ斜めから鉄球を振り下ろす。

趙雲はその攻撃を支える体勢ではなかった。

このまま受ければ、ただではすまない。


鉄球が迫る。


「うおおおお!!!」


突然趙雲は槍を地面に突き刺した。

そして、その突き刺した槍を盾にするように鉄球を受けた。


グワンッッ!!


鉄球の一撃で槍がしなる。

その勢いで突き刺さった槍が地面をえぐりながら動いた。

しかし、このとっさの判断で、趙雲は攻撃をしのいだ。






この攻撃を止められるとは思わず、許楮に一瞬の隙が生まれる。


そのとき、空を舞う影があった。


「隙あり!!」


小喬だった。

彼女は許楮を飛び越えるように飛び、空中で回転した。

そしてその遠心力を利用して、最も固い踵の一撃を許楮の延髄に叩き込んだ。


「グァ!」


さすがにこの一撃に許楮の意識が飛びかける。

が、彼の鍛えられた肉体はかろうじて意識をつないでいた。

反射的に小喬を払うように手を振るう。


「キャア!」


その一撃に小喬は弾き飛ばされた。

が、力が入った一撃ではなかったので、ダメージはそんなになかった。



そして、再び対峙する。



趙雲たちは許楮にダメージを与えたが、攻め切れなかった。



許楮はそのダメージが抜けていないのか、頭を軽く振っている。






「よくもやってくれたなー」


許楮が少し怒ったようにいう。

そして、再び鉄球を構えた。

小喬たちも迎撃できるよう構える。



緊張感が高まる。






そのとき、魏の伝令の兵が飛び込んできた。





「き、許楮将軍!!……友軍である、周魴が寝返りました!!」


衝撃が走った!

















周魴は戦況をうかがっていた。

すでに戦闘が始まりかなりの時間が経っていた。


「まだなのか……」


彼はつぶやく。

もう限界だった。


そのとき、周魴の目の前の軍――曹休軍に動きが見られた。

西の砦へ救援に行こうかという動きを見せたのである。


「西へ……」


彼は逡巡した。


あらゆる状況が彼の脳裏に浮かぶ!!


それは瞬間だった。


シャキン


突然、周魴は佩いている剣を抜き、天に掲げた。


「我々はこれより突撃を開始する!!!」


そして、かざした剣の先を前方へ指し示す。





すなわち曹休の軍を。





「目標は、曹休!!!全軍我に続け!!!」







瞬間、雷鳴が轟いた。






















西砦はそのとき、陥落寸前であった。

兵の数も少なくなっていた。

張コウが敗走したという情報も伝わり、動揺が激しかった。


そして、周魴の裏切りの報告を聞いて、士気は崩壊した。

持ち場を離れる者、逃げるもの様々だった。


程なくして、西砦の占領は完了した。

続けざまに兵たちは曹休の包囲に入った。
















「周魴……やはり裏切りましたか……!!」


甄姫は尚香から遠目の間合いを取り、その報告に顔をしかめていた。

そのとき脳裏に浮かんだことは、曹休軍のことではなかった。



周魴の陣があった場所……



すなわち、魏の本陣―曹丕の喉下。


「くっ……!!」


甄姫は身を翻す。


「待ちなさい!!逃げるの!?」


尚香の挑発がその背中にぶつけられる。

甄姫は振り返りその顔を見る。


「ここは、勝負を預けますわ……せいぜい生き延びなさい!」


そう言い捨てていくしかなかった。

彼女の誇りとして、逃げることなどしたくなかった。

しかし、今は戻らなくてはならなかった。

周魴の行動を恨み、悔しさを殺し、本陣へ向かう。




(徐晃殿……)


そのとき、先に敵に捕らえられた徐晃を案じる。



あのテンカワアキトは徐晃の自害を止めた。

ならば、斬首するような真似はしないだろう。


(どうか、無事で……)


本陣に走っていく。




徐晃、甄姫と将がいなくなり、正面の砦では魏が崩れ始めた。

包囲は徐々に完成しつつあった。














「あいつめー、裏切ったのかー!」


許楮が感情を昂ぶらせる。

彼は自分達の軍が混乱をしていることを感じていた。

このままでは……


「この砦は落とさせねえぞー、絶対に守ってやる!」


許楮は気勢を上げる。


「許楮さん、魏は大混乱だね」


小喬が彼を挑発する。

一方趙雲は無言で槍を構えている。

隙あれば攻撃できるように…。



許楮は余裕がなかった。

状況として、この砦が落とすわけにはいかない。

しかし、同時に曹丕の護衛の任が気がかりとなったのだ。


奇しくも甄姫と同じ考えに至った。




そしてそれを動かしたのはまたしても、伝令の報告だった。



「西砦陥落!!そして、正面、突破されました!!」



魏軍にとって敗北を決定付ける報告だった。

瞬間、許楮は決断する。


すなわち、彼本来の役目に戻ること……




許楮は鉄球を大きく振り上げる。


「うおおおおおお!!!!」


そしてそのまま力任せに振り下ろした。



ドゴッッ!!!



力の一撃

それは轟音だった。

あたりに凄まじい地響きが起こり、大気さえも振るわせる。







誰もがそこにこめられた気に圧倒された。

荒々しい気だった。










そして気づいたときには許楮の姿はなかった。





誰もそれを追えなかった。

趙雲さえもその気に身体を固めていた。











許楮仲康、恐ろしき力を秘めた男だった。
















陸遜は雨に打たれながらも身じろぎせずに目をつぶっていた。

彼の周りには忙しく伝令が走り回っている。


「周魴殿……、彼のおかげですね……」


陸遜はつぶやく。

周魴の裏切りは魏軍に混乱を与え、西砦の陥落、正面の突破を引き起こした。

後は東砦の報告だけだ。


そこに、伝令がやってくる。


「東砦、占拠いたしました!!」


その瞬間、陸遜は目を見開く。


「全軍、総攻撃!!包囲により、曹休軍を殲滅し、そのまま本陣に攻め込みます!!」


そして、自らも剣を引き抜くのだった。


途中どう転ぶかわからなかった。

しかし、策はここに成った。

勝利は目前だった。







陸遜は司馬懿の上をいったと思っていた。

しかし、すべては司馬懿に踊らされていただけのこと。

そのことを知るすべはない。



だた、現実はアキトたちの勝利へと向かっていた。






















「おのれ周魴め!謀りよったな!!」


曹丕が忌々しげに吐き捨てた。

魏の本陣でも、周魴の裏切りの報告は届いていた。

その後、報告は魏の敗北を示す報告ばかりとなった。


「ええい司馬懿よ!どうにか成らぬか」


曹丕の問いに司馬懿は苦々しい表情を見せる。


「ここまで戦況が傾くとどうしようもありません。

 然れば、いかに被害なく撤退するかが重要となります」


司馬懿は自分の本心を押し隠しながら答えた。


「……仕方あるまい」


曹丕はその言葉を聞いてからしばらく黙り込んだ後、退却の命令を発した。

曹丕は悔しさにその身を焦がしていた。










「殿!!ご無事ですか!」


そこに、甄姫が馬に乗ってやってくる。


「甄姫殿?」


少し司馬懿の表情が崩れる。

実は彼女が戻ってくるなど計算外だったのだ。

軽く心の中で舌打ちする。


(まあよい、所詮女……夫婦共々葬ってやろう)




「ちょうど良いところに来てくれた」


司馬懿はそんなことをおくびにも出さず甄姫に声をかける。

甄姫がこちらを向く。


「甄姫殿、これより陛下と共に寿春まで退却してくれまいか?」

「司馬懿殿、あなたは?」

「私は殿軍を務めましょう。陛下を謀った相手に罰を与えようとも思います」


司馬懿はそう言って曹丕に一礼する。


「司馬懿よ、では殿軍を任せる……寿春で合おうぞ!!」


それを受け、曹丕は司馬懿に声をかけ、甄姫と共に戦場を後にした。












「司馬懿殿……陛下は?」


そこにまた人物が現れた。

司馬懿が振り向くと、そこには張コウがいた。


「今、寿春へと退却した……それより――」


司馬懿は張コウの様子を見る。


「見たところ、負けて帰ってきたわけではないようだが…なぜ、西砦が落ちたのだ?」


司馬懿は本当にわからなかった。


「いえ、私は負けませんでした。ただ砦が落ちただけです」


確かに張コウは事実を言ったが、司馬懿の答えにはなっていない。

もう聞くことも疲れたのか司馬懿は話を変える。


「私は、これより殿の退却のため、敵兵を抑えておく」

「そうですか、なら私も付き合いましょう」

「……まあよい……しかし、汝はなぜ笑っているのだ?」


司馬懿は気になったことを問う。

いつも微笑を浮かべているが、今は本当に嬉しそうに微笑んでいることがわかったからだ。

その言葉に張コウは更に口の端を上げる。


「……戦場の華を見つけた…とでも言っておきましょう」

「……そうか……」


その言葉に、司馬懿はなぜか疲れを覚えたのだった。
















そのとき、戦闘中、司馬懿の傍に侍っていた護衛兵がいなくなっていることに気づいた者は誰もいなかった。



















石亭の戦いはアキトたちに軍配が上がった。

しかし、この戦いの真の勝利者はアキトたちでも魏でもなかった。


それを知る者は今のところいない。


しかし、すべてが終わったとき、真の勝利者を知ることとなるだろう。






降り続く雨はさらに強くなっていった。













続く




あとがき、もとい言い訳


ということで第十三幕でした。

何とか石亭の勝負の趨勢は決しました。

後は掃討戦と、司馬懿の謀略だけです。


とりあえず、各勝負は一通り消化しました。

個人的には張コウのところはうやむやにした感があります。

未熟さを痛感します。

石亭謀略戦、基本的に魏の武将の強さが目立った戦闘でした。

やっぱ新しく登場する敵は強いっていうのは基本ですから。


一騎当千は基本に忠実に、ベタで王道の展開を目指すお話です(笑)


最近は就活に忙しくて、執筆意欲もなくなりそうになります。

いやー東京って遠いですね(謎爆)

最近の発表ではさらに就職率低くなったらしいです。

氷河期といわれていたころが懐かしい、今は何期なんでしょうか。



まあおいといて、次回は掃討戦と書いて、そのまま彼女のエピソードへと突入したいです。

感想を下さった、影の兄弟様、作者O様、りん様、義嗣様、孝也様、カイン様、マフティ様、Make様、どうもありがとうございます。

制作がんばっていきますので、応援よろしくお願いします。

それでは

 

 

代理人の感想

こう言う場合、美学のわかる人なら

ギターを弾きながら登場

したりするんですが・・・・アキトにそれを要求するのは酷か(爆)。

 

 

・・・・さて、次回四人目の未亡人が誕生するのか(核爆)?