一騎当千
〜第十五幕〜






















「どうだ……、変わりはないか?」

「ハッ!異常ありません」


通路に小気味良い声が響く。

その反応に、最初に問いかけた男―張遼は軽く頷く。





彼は毎日、この廟を訪れている。

もちろん、それは曹丕に命じられた「任務」のためなのであるが…


張遼は、衛兵の間を通り、室内に入った。

そこには、金色の柩が置かれている。


彼はいつもながら不思議に思う。

なぜ、光の届かぬこの奥深い部屋において、この柩は光り輝いているのだろうかと…


そんなことを考えながら、柩の中を覗き込む。

そこにはいつもと変わらない「美」があった。

まるで、その空間だけすべてを凍らせてしまったかのように…


「……生きているのかも、死んでいるのかも判断できまい…」


彼は一人ごちる。



あのとき以来、黒曜姫が動くことはなかった。

そして、再びその身に触れることができなくなっていた。

いや触れられないということはないが、実際にはしびれるような強い痛みを感じるのだ。


学者達はそれを神術というものもいるが、張遼自身は感覚的にそうでないと感じていた。

確かに神秘的であるが、どこか人を感じてしまうのだ。


(まあ、どう思ったところで触れることができないというのは変わるまい)


彼は詮無きこととそう片付ける。

むしろ、彼にとっては彼女の持つ「天命」というものに興味は持っている。


突然現れ、超常現象を引き起こし、目を覚まさぬ女性。

彼女の天下における役割とは…

そして、同時期に現れたテンカワアキト…、左慈の言葉…




そこで彼は考えを振り払うように、首を振った。


(私は単なる将軍、世の意味を問うべき人物ではない)


そう思い、あらためて任務を思い出す。



黒曜姫の護衛



この命令は皇帝直々の命令である。

本来なら名誉なことであるのだが、張遼は武人である。

武によって功を挙げたいと思っている。

しかし軍人である以上、命令は絶対である。

だから、彼は全霊をもってこの任に臨んでいる。






そのような思いをもって、そろそろ半月以上となる。

今頃は曹丕が江東を攻めているところだろう。


「…苦戦は免れないだろう……」


今まで、呉と前線で戦ってきた彼だからこそ言える言葉だった。

誰よりも相手の強さを知っている。


思わず、張遼は拳を握り締める。

戦えない口惜しさ、それが発露した結果であった。











「張遼将軍……」


そこに、声がかけられた。

振り向くと、そこには兵がいた。

その手には箱を持っている。


「ああ、ご苦労、そこに置いておいてくれ」


彼は声をかける。

その言葉に相手は荷物を置き敬礼をして、その場を去っていった。



彼が去った後、張遼は置いた箱を持ちあける。

そこには簡素ながら食事が入っていた。


「お前達、食事だ」


彼は、入り口の衛兵に声をかける。

簡易的な食事であるので、食す時間はわずかですむ。

少しの間なら自分が見ていれば大丈夫であろう。



「それでは、失礼させていただきます」


衛兵達はそう言って、食事をする。

その間、張遼はあたりを警戒しておく。


今は夜半を過ぎて、あたりは火の明かりしかついていない。

月も雲で隠れて見ることはできないだろう。

彼自身、暗闇が怖いと思わないが、なるべくならいたくはないというのが正直な気持ちである。


それになぜか嫌な予感を感じるのである。



(暗闇に自分でも知らないうちに臆したのか?)



そう自嘲する。



それでも、警戒を怠らないというのはさすがであるといえよう。



「将軍…ありがとうございます……ここからは我々が……」


食事を終えた衛兵達が張遼と交代する。

そして、今度は彼が食事を取る。



食事をしながら、彼は持ってきた兵の姿を浮かべる。



大体、この任が始まって数日たったときぐらいだろうか。

一人の兵が食事を持ってやってきたのだ。


「将軍…我々の気持ちです」


もともと、張遼は義に篤い人物である。

こういうことを断れるはずがなかった。

それ以来、毎日食事がさしいられるのである。





張遼は食事を持ってくる兵に礼をしつつ食事をする。

ただ、兵が作ったものである。

味は望めるものではない。

はじめのうちはその味に違和感を覚えたが、さすがに数日食していればなれるというもの。

そそくさと食事を済ませる。




食事を済ませ、再び彼は任に戻る。

昼は明るいということもあり、賊が入ることはまずない。

だから、夜は警戒しなくてはいけないのである。


(黒曜姫を狙う価値が、賊にあるだろうか……)


確かに美しさを考えると、価値はあるだろう。

それに、この柩も価値があるといえる。


しかし、宮殿の奥深くに侵入するほど、世に知られた価値ではないはずである。

だから、基本的に狙う者は皆無と考えていた。





ただ、曹丕が心配だったから護衛にされた…と思っていた。









そう思っていたからかもしれない。




彼らしくないミスを「すでに」犯してしまったことに……












この日、彼にとってその命運を変える日となる。






彼はそのことに気づく余地もなかった。




























体が重い。

それに冷たかった。


『アキト兄!!』

『アキト兄ってば!!!』


遠くで誰かが呼びかける声が聞こえていた。

アキトはその声に集中する。




瞬間、彼の記憶のシナプスがつながる。


「ディア!!ブロス!!」


思わずアキトは声を出す。



意識が広がる。

五感のあらゆる感覚が感じれるようになる。





『良かった!!気がついて』

『気を失って…ずっと呼びかけていたんだ……』


二人はアキトの様子に安心する。


「すまない…心配をかけた…」


そういって、アキトはあらためて状況を確認した。


どうやら、川原―あの後下流に流され、川の曲がりによってここに打ち上げられたようだ。

少し水を飲み、気を失ったせいか意識が朦朧とするが特に支障があるわけでない。

じきに回復するだろう。

ただ、消耗が激しい。



しかし、濁流に飲み込まれてこれだけですんだのなら御の字である。







そこで、アキトは自分が何かをつかんでいることに気づいた。

冷たい感触だった。


「……!!」


そこには、女性―甄姫がいた。

アキトは彼女の存在を思い出し、すぐさま状態を確認する。


「まだ、生きているが……呼吸が!!……生命活動が止まりかけている!」


アキトに焦りの表情が浮かぶ。


『ディア、ブロス!!俺たちはどれぐらい気を失っていた!!』

『大体五分ぐらい……』


弾かれたようにブロスが応える。


「まずい!!」


アキトはすぐさま、気道の確認をする。

水を飲んでいて、呼吸をしていない……

呼吸が止まって数分。

空気が体内に取り入れられていないと、細胞が壊死する。





アキトは決断した。




甄姫の顎を上げ


鼻を軽くつまみ





そして、





その桜のごとく美しい唇に自分のそれを重ねた








歯をくいしばっているわけではなかったので道は存在した。




ただ、舌がその道を狭くしていた。




仕方なしに自らのそれで道を広くする




そして、結合された部分より「気」が注ぎ込まれる

















「……クッ!!……クハッ!!!」


彼女の体が、ビクンと大きく跳ねるように波打ち、その口より肺の中の水が吐き出される。

アキトはすかさず彼女の身体を横に向け、水の排出を助ける。



すべて吐き出して、幾分呼吸を規則的になってきた。

そこで、アキトはひとまず、命の危機が去り安心する。

ただ未だに意識がないようだ……






『アキト兄…人工呼吸成功したわね……』


ディアが安心したように言うが、そこに少し違和感を持っていた。


『でも、わざわざ舌入れる必要あったのかな?』


その違和感を、ブロスが指摘する。


『普通は口をあけて、舌を出させて道を作った上で息を吹き込むんだけど……』

『多分、本人は意識していないと思うけど……』



『『………』』


黙り込む


『まあ、人助けだし……』

『うん、結果的にオッケーということで……』




アキトの知らないところでこんな会話がされていた。





そんなことは露知らず、アキトはあらためて彼女の状態を確認する。

そこには、戦場で相対した時の覇気がなかった。

彼女の美しい肌はあちこち細かい擦り傷があった。

そして、彼女の肩口には矢が、深々と刺さっている。


また、右足のすねが赤くはれ上がっている。

経験上、骨折性の腫れと判断した。


酷い状況だった……


「一体何があったというんだ……」


彼女は上流から流されてきた……が、戦場はそこより下流だった。

だから、アキトの兵に攻撃されたと考えるのは難しい。






しかし、アキトはそこで思考を中断せざるをえなかった。


「……ハア、ハア……」


徐々に甄姫の呼吸が荒くなってきたのだ。

アキトはすぐさま、彼女に触れる。


「……!!」


『冷え切ってる……』

『それに発熱も……』


感覚を共有できる二人が、アキトの感じたことを言う。


早く手当てをして、その身体を温めなければいけない。

すぐさまアキトは周りを見回す。


すると、谷の壁に小さな洞窟があった。

しかし、少し入り口が狭い。


そこでアキトは昂氣を用いてその穴を大きくする。

消耗しているが、何とかそれを果たす。


そして、甄姫を慎重に担ぎ、その穴に運ぶ。




洞窟は、おそらく過去の氾濫によってできた天然のものらしい。

あちこちに、流木の欠片が散らばっている。

彼女を平らな場に横たえさせ、暖をとるため火をおこす。

西欧時代のとき、サバイバルの知識も学んでいる。

洞窟内にある、過去に流れ込んだ乾いた流木を集め、火をおこす。




まもなくして、洞窟内に柔らかな赤が広がる。

これで、ひとまず熱源を確保できた。


そして、そこで彼女の処置を始めた。

依然として呼吸が荒い。


まず、折れた足に添え木をして、アキトの服を裂いた布で固定する。

刺さった矢については、抜くと出血が酷くなると判断して、矢を動きの邪魔にならないように途中で折った。

そして、出血を止めるため、傷口より心臓に近いところを縛り止血する。



これで外傷についてはできる限り処置をした。

後は体温の低下を防がなければならない。



まずは濡れた服を……


そこでアキトは迷う。

相手が女性ということもあった。




しかし、そんなことは関係ないと判断して、彼女の衣を脱がす。





シュル…




洞窟内に衣擦れの音が響く











下着を残して他は何も身に着けていなかった。

この時代にブラジャーなどはない





白磁のような白い肌があらわになる。


すらっと伸びた手足。


豊満な双丘と肉体。


広がる絹のような髪





まさに芸術品と呼ばれるほどのものだった。


どこか気恥かしさを感じつつ、アキトはその「作業」を終えた。




そして再びアキトは迷う。



『アキト兄、やっぱここは定番の……』

『人肌と人肌?』


二人の言葉にアキトは考えていた。

さらに


『でも。このことをルリ姉達が知ったら……』

『間違いなく血の雨が降るね……』


アキトは言葉を発しない、が、そこにある焦りの汗は隠せなかった。


「…………しかし……」


確かに知られたら、タダではすまないだろう。

だが助けたい……







『まあ、冗談はここまでにして……』


ディアが声の調子を変える


『そうだね、実際の話…アキト兄、それしか方法はないよ』


ブロスも真剣に言ってくる。


「ああ、みんなもわかってくれるさ……それに見捨てることなんてできない!!」


アキトは決断する。





アキトは下着以外すべて脱いだ。

濡れた服を着たままでは体温を伝えることはできない。


そして、彼女を後ろから抱きこむように抱いた。


後はその上からマントを被った。

マントは濡れているとはいえ、熱を外に逃がさないためには仕方がなかった。


アキトはわずかに昂氣を発し、彼女を包み込む。





彼女を護るように……










心なしか、彼女の表情が和らいだような気がした。









静かな空間がそこには存在していた。


























気づいたのはいつごろだろうか。

張遼は空気が揺れたような気がした。



食事を終えて、半時が過ぎた…

いつものように、警護を続けていたのだが、その空気の揺らぎを感じたのだ。


それは、入り口の方向。


何事かと思い、入り口の方に体を向けたところ、彼は驚きに包まれた。


「………!!」


そこには外の廊下に通じる長方形の入り口が廊下を見せていた。

しかし、その四角の下、足元の所に手が置かれていたのだ。


そこから見える状況を分析すると、入り口の前の衛兵が地に伏している事になる。


「何かあったのか?」


彼が声をかけるが返ってこない。

いつもなら、必ず返事がある信用できる兵たちである。

張遼は嫌な予感がした。



それを確かめるべく、彼は入り口へと向かう。

が、それを確かめることはできなかった。





「……!!」




突然、目の前が暗くなってきた。


「な…に……?」


身体に痺れが走ってきたのだ。

動悸が激しくなり、呼吸も荒くなってきた。



その中で、張遼は一つの可能性に当たった。


「まさか……毒……?」


張遼は必死に抵抗するが、身体は重くなっていく。






そして、張遼は崩れ落ちた。






















「頃合だな……」


闇の中で言葉が響く。

そこには複数の気配が存在した。


「そろそろ、毒が効いてくるはずだ……」


その言葉に影達は一斉に行動を開始した。






影達は目的の部屋―黒曜姫の眠る部屋の前に来た。

目の前には部屋の衛兵が倒れている。


ドシュ


影達はその喉にためらいもなく、刃を入れる。

ビクンと震わせたあと、彼の下に赤い敷物が敷かれた。



「あくまで賊の仕業という形にしておかないとな……」


頭領らしき人物がそうつぶやく。



次に集団は部屋に進入する。

そこには目的のものがあり、少し離れたところには張遼が倒れていた。


「どうやら、効いているようだな…」


頭領は少し安心したようにつぶやく。


「まずは任務を遂行しなければ……」


張遼を無視して、影達は柩へと近づく。


柩の発する光が、影達を照らす。




彼らは衛兵の格好をしていた。

ただし、その武装は警備と一言で済ませることができないほどであったが… 

もし、張遼が頭領の姿を見ていればその正体が司馬望であることに気づいただろう。

そして、張遼たちに食事を差し入れた兵もその中にはいた。





司馬望は柩の中を覗き込む。

そこには変わらず、黒曜姫が眠っている。


「これが、噂の……さすが、『先帝』をたぶらかすだけのことはある……」






そうつぶやき、自ら腰に佩く剣を抜く


スゥ


磨き上げられた剣が鈍い光を放つ。



そして、黒曜姫の胸の位置を定め、その上で剣を突き立てれるように固定する。


「その美しさを傷つけるのも忍びない……、一突きで送ろう」



そこで、司馬望は冥福を祈るためだろうか、目を瞑る。

そして、キッと目を見開き力を込めて付こうとした。






ドガッ!!




しかし、それは横からの衝撃で果たせなかった。








司馬望がその衝撃に剣ごと、弾き飛ばされる。




その場にいる、司馬望、そしてその部下達も虚をつかれた。



司馬望を弾き飛ばした人物



倒れているはずの張文遠、その人だったのである。













「させぬぞ……、我が命にかけても……」


張遼は呼吸を乱しながら、相手をにらみつける。

彼は倒れながら、その意識を失うことはなかった。

そして、相手の侵入を知ったのである。



黒曜姫の危機を知り、何とかその横からそれを阻止することに成功したのである。





「……くっ!動けたのか……!!」


司馬望が忌々しげにつぶやく。

そして、部下ともども、戦闘体勢をとる。

こうなってはすべてを消すしかない。

部下達は相手が張遼ということもあり警戒をしていた。





張遼はそんな相手を見ていて、司馬望の姿に驚きを隠せなかった。


「貴殿は司馬望殿!!!!」


まさか、同じ国に属するものに襲撃を受けるとは思わなかった。

怒りを込めて彼らをにらみつける。


「黒曜姫の命を狙うということは、皇帝陛下に弓を引くことと同義とわかっての狼藉か!!」


本来、人を震わせる力を持つ、張遼の一喝も毒のためかその威力がなかった。

どうやらかなり毒が効いているらしい。

そう司馬望は判断した。



そこで、さらに毒が回るよう時間を稼ぐこととする。


「皇帝陛下?……それは誰のことですか?張遼将軍」


わざわざ挑発するように司馬望は言葉を返した。


「曹丕様に決まっておろう!!」


何を言っているのかと言わんばかりに張遼は叫ぶ。

ここまでの声を出していれば、騒ぎもわかりそうなものだが、司馬望はあたりの兵を無力化していた。



「これは異なことを……、今の皇帝は曹植様ですぞ……」


はて心外といわんばかりに司馬望は言う。

彼は弁舌家である。

そのため自分の語ったことによる相手の反応が楽しくて仕方ない人間なのだ。

だから、彼は本来言うべきでないことを「語ってしまった」。



司馬望の言葉に張遼は驚きを隠せなかった。

ただ、その聡明さは一つの可能性を導き出した


「貴様ら……!…まさか……!!」


そこで、張遼は軽くふらつく。

毒が回ってきたのだ。


「どうやら、毒が回ったようですね」


司馬望が面白いというように話しかける。


「わざわざ、数日かけて策を張り巡らせた甲斐がありました」

「くっ!!あの食事は……」


張遼はにらみつける。


「ええ、わざわざ味を落として、毒の苦味を感じさせないように慣らしたんですよ。

 まさか、こうもうまくいくなど……張遼将軍にしてはお粗末ですね」


その言葉に彼は屈辱に身を震わせる。

完全に自分の油断だった。


それがこの結果を招いている。


「しかし、本当なら致死性の毒のはずなのですが…さすが張遼殿ということでしょうか?」


本当に驚いたように言うが、張遼にとってそれは自分を辱めているにすぎない。






「さて、そろそろおしゃべりは終わりにして……」


司馬望が目を鋭くする。


「さすがに今度は邪魔されたくはないので、先に将軍から送ってあげましょう」


その言葉に、彼の部下達が武器を構え、張遼に近づいてくる。




「クッ……!!」


抵抗したいが、身体が言うことをきかないのである。

本来、こんな雑兵たち、ものの数でもない。

しかし、今の彼にとっては絶望的な数だった。





張遼は思った。


このまま、自分は果ててしまうのか。

任務も果たせず

武人としても死ねず

軍人としても死ねず

犯した過ちで死す事になり

屈辱にまみれ死んでいく




悔しかった





(うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!)




声なき叫びを心で上げた。





















しかし、張遼のその叫びに応える者がいた。



キィィィィィン



部屋を高い金属音と共に光に包まれる。

思わず、司馬望たちは目をそむける。





「何事だ!!!」


司馬望が叫ぶが答える者はいない。



そのとき、その音と光の中で、逆行のシルエットとなって浮かび上がる人影があった。

それは女性―黒曜姫の影と推測できた。




「ええい、あいつを斬れ!!」


半ば混乱しつつも、恐れと共に司馬望は部下達に命令をした。




「うわああああああ!!!」


一人の兵が、その命に弾かれたように、剣を振り上げシルエットに切りかかる。

その刃が、光を斬りながらその影に迫る。



キーン!!!!!



そして、その影の頭に当たる部分に刃が迫ったとき、一際高い金属音と光に室内が包まれた。






























気づけば、光も音も収まっていた。


ただ、誰も―剣を振り下ろした兵もがその動きを止めていた。

その目の前にある風景に目を留めていたのだ。





その室内には、人しかいなかった。


司馬望とその部下達。

張遼

そして、黒曜姫


そう「人」しかなかった。


室内から「柩」がなくなっていたのである。


ただ、その代わりに現れたものがあった。










先ほど振り下ろされた刃は、黒曜姫に当たっていた。

が、彼女は傷一つ付いていなかった。

ただ、その刃は「あるもの」によって止められていた






虹色に輝く額冠とたとえればいいのだろうか……

とにかく光輝く額冠をその頭部に装着していたのだ。





横たわっていたときには身に着けていなかったもの。





それが、敵の剣の一撃を受け止めていたのだ。






誰もが呆気に取られていた。



しかし、徐々に状況を把握する。


我に返ったその兵はその額冠ごと押し切ろうと、力を込めた。

しかし、頑として動かなかった。

しかも、黒曜姫の身体さえもびくともしなかった。





ふと、その兵は刃の間から覗く黒曜姫の目を見た。

すると、向こうもその兵の目を見た。



まるで吸い込まれそうなほどの漆黒の闇だった。

何もない虚無の瞳




それが、その者の最期に見た絵だった。












黒曜姫が軽く一瞥した瞬間、その兵は弾かれた

まるで飛んでいくようだった。


ドゴッ!!


そして、そのまま壁に激突する。

あまりの勢いに壁がひび割れ、その者がめり込む。



ズルッ



ドサッ



そのまま地に落ちる。

そして、数回震えた後、動かなくなった。






あたりを沈黙が支配する。










「………」


司馬望は無言で武器を構える。

また、部下達も武器を構え、彼女を包囲する。


誰もが警戒していた。


間違いなく最大の脅威はこの相手だと悟っていた。














そのとき、黒曜姫の前に司馬望たちを遮るように影が現れた。


「我が…任務…果たさなくては……」


張遼だった。

もはや、意識は朦朧としていた。

彼を動かしていたのは任務を果たそうとする意志だけであった。

震える手で、長年愛用している長刀を持つ。



司馬望が言った、新しい皇帝のことなどどうでも良かった。

ただ、自分の中では曹丕から命じられた「任務」が唯一の真実だった。

だから、彼はそれを果たすだけだった。






その張遼の背中を黒曜姫は見つめていた。

いや見つめているかはわからないが、向いていたといえる。



そして、黒曜姫は目を瞑った。



ボゥ



すると、柔らかな虹色の光が発せられた。

それは黒曜姫だけでなく、張遼までも包み込んだ。


司馬望たちは何事かと警戒をしたが、張遼は何が起こったか判別できないほど衰弱していた。




その光が二人を包み込み、徐々にその姿を隠していった。



次の瞬間





ドゥゥン






そんな音がしてはじけた。


そしてそこには何も残されていなかった。
















「……消えた?」


司馬望が呆然としてつぶやいた。



信じられないことが起こった。

消えてしまったのだ……



幻だったのだろうか。

しかし、そこで絶命している兵の姿は幻ではないことを物語っていた。




「奴らを捜索せよ!!」


司馬望は指示をする。

兵の数人はその言葉に動き出す。






そこで、あらためて自分の任務を思い出す。




『黒曜姫を殺す』




それはどうなるのだろう……


少なくとも、この国の中枢から存在を消すことは成功した。

だが、殺したわけでない。

しかし、彼は思う。


ここを出て、彼女が行く場などあるのか。

張遼も毒でまもなく死ぬ。

いくら力を持っていようとも、一人では生きてはいけまい。


そう結論付けることにした。

これは、自分の任務の失敗を認めたくないという防衛反応だった。



だから



「任務は完了した……、処理をしておけ……」




そういって、任務の「完了」を宣言したのだった。
















司馬師に続き、司馬望も過ちを犯した。

しかし、それを隠した。

そしてその過ちは後に司馬懿に大きな影響を与えることとなる。







甄姫、黒曜姫の生存を確認していないこと







それが司馬懿の耳に入るには幾許の時が必要だった。





























そこは一面に広がる草原だった。

柔らかな風が、草を揺らしている。



ドゥゥン



そこに光が生れる。

そして光が消えたとき、そこには二つの影があった。



黒曜姫、そして張遼だった。




ドサッ



張遼が崩れ落ちる。

毒がとうとう限界まで来ているのか、呼吸が激しくなり、震え始めている。



その張遼を黒曜姫は無表情に見下ろしていた。

何を思っているかはわからない。



スッ



すると、黒曜姫がその手を張遼にかざした。



ボゥ



白い光が彼女の掌と張遼を包む。


その光の中で、張遼の乱れていた呼吸が規則正しいものとなった。




そこで、彼女は手を下ろす。

同時に光が収まる。




そこには風の音と、彼の呼吸する音が響いていた。











「グルルル……」


しばらくすると、獣―狼のうなり声が聞こえてきた。

おそらく、人、肉の匂いを感じてやってきたのだろう。


複数のうなり声から、それは狼の群れだった。




狼の群れは二人を襲うためにやってきたのだろうか。


狼達は二人の周りにやってきて観察をはじめた。

ぐるぐると数頭が回っている。




が、次の瞬間意外なことに、狼達はその身を伏せた。

そして目を瞑った。


眠っていた。



まるで、二人を護るかのように周りを囲み、群れは眠っていた。









その中で、黒曜姫が遠くを向き虚空をみつめる。



そして




「今はまだ、時ではない……、そして死すべきではない……、ただ我は待つのみ……」




無機質な声でつぶやく




額の冠が淡く光っていた。












続く








あとがき、もとい言い訳


はい、第十五幕でした。

今回は、張遼パートがメインで甄姫が少しでした。

まあ、R指定じゃありません。期待していた人には謝っておきます。

本当は悪乗りすればかけたんですが(笑)…その分、甘さを感じましたね

アキトは舌入れるわ、裸で抱くわで絶好調。途中、必要ない無駄で怪しい表現してましたが(笑)

前回のヒントの狂戦士とは「ベルセルク」で、コミックにあった川に落ちて人肌で暖めあう展開を意味しています。


さて、張遼いいとこなしです。まあ毒には多少の耐性があったということだけわかりましたが(笑)

これにより、張遼はいったん魏を離れることになります。


結構、黒曜姫が何でもありになってます(苦笑)

まあ、出番少ないんでバランスを崩すことはないでしょう。


感想を下さった、マフティー様、孝也様、MUSA様、影の兄弟様、疾風魔狼様、義嗣様、カイン様、信忠様、感想ありがとうございました。

尚、信忠様には前回名前を間違えましたことをこの場を借りてお詫び申し上げます。どうもすいませんでした。


次回はアキト、甄姫をメインで書いていきたいと思います。

心理描写がメインとなるので骨が折れそうです。

まあ、頑張っていきたいので応援よろしくお願いします。

それでは


PS 中島みゆき「時代」を聴きながら

   「まわるーまわるーよ、時代はまわる、喜び悲しみくりかえーし」

   やっぱ、Actionの時代も繰り返すのでしょうか……自爆は繰り返されているようですが(爆)

 

 

 

代理人の感想

うあ、前回で「ラスト近くにならなきゃ云々」って書いたら途端に目覚めてやンの(爆)。

まぁ、なんかカーラっぽく歴史の陰に隠れるみたいなんでよしとしましょう(なんだそりゃ)

張遼も生きてたことですしねっ!

 

……でも、徐晃囚われ張遼去り、今魏の有能な武将って張コウと許猪くらい?