一騎当千
〜第五幕〜














さて、アキトが喬国老と会っていたその頃

本来、アキトの傍にいるべき人がいなかったのはお気づきだっただろうか








「…いましたか!」

「いいえ、こちらには…そちらは?」

「何の手がかりもありません」


そう、陸遜と趙雲その人である。

本来護衛なのだから、アキトについてまわらなければならないのだが…

しかし、二人を責めることなかれ。

アキトが本気を出したら、まずその動きを補足することは不可能である。





かといって、二人はそのままにしておくほど無責任な人間ではない。

アキトという重要人物に何かあったら…

そう思って、懸命に探している…









…はずなのだが…









「…それと…」

「ええ、先ほど甘寧殿の断末魔の叫びが……」


その瞬間、二人はゴクリと喉を鳴らす。

彼らには、ある方向に瘴気らしきものが見えていたのかもしれない…




ガシッ!!



二人は突然、互いの手を握った。


「…急ぎましょう!!」

「…ええ、我々の未来のために…」


そのとき、間違いなく二人は盟友だった。





しかし、世には平等の女神というものがいる。

この「苦労性」という能力を持つこの二人を、女神が見逃すはずはないのだ。








まずそれを感じたのは、陸遜だった。

趙雲はそれを怪訝に思ったが、その答えを陸遜の肩越しに見ることになった。




そこには笑顔があった…この上ない笑顔が…




陸遜は振り返ろうともしない。

しかし、趙雲にしか見えないその表情は、明らかにその現象を捉えていた。







「ねえ♪アキト知らない♪」


笑顔の主―尚香が二人に尋ねる。

声を聞く限り、機嫌が良いように思えるが、それが間違いであることを二人は経験上知っていた。

どうやら、アキト捜索の時間切れのようだ。


「…いえ、私達も探しているのですが…」

「…へえ…そうなんだ」


趙雲は自分でも冷や汗をかいていることを実感していた。


「ところで、いま時間ある?」

「!!…いえ、私はアキト様を探さなくてはならないのです」


恐れていた質問が尚香から発せられ、少し硬直しながら質問に答える。


ここでいっておこう、趙雲の言っていることは真実である

いわば護衛が仕事なのだから捜索は職務の範疇である。

しかし、その理屈が通用しないことはこれもまた経験上知っていた。


「そう、武術の相手をしてもらおうと思ったんだけど…」

「…甘寧殿ならお暇じゃないんですか?」


趙雲は甘寧が先ほどまで相手をしていたと知っておきながら言ってみる。


「うーん、興覇はさっきまで相手してくれていたんだけど…

 勢いあまって、池に落っことしちゃったのよね…」



…甘寧殿、おいたわしや…



心の中で漢泣きをする。



「…ということで、相手してほしいのよ…」

「いえ…申し訳ありませんが…これも職務なので…」


機嫌を損ねるわけにもいかず、強くは出れない趙雲…やはり苦労性である。

しかし、その状況を打破したのは、いままで沈黙を守っていた人物だった。



「いいじゃないですか、趙雲殿」

「えっ!!」


自分の仕事仲間―先ほど盟友となった―の言葉に驚きを隠せない趙雲。

しかし、その後の言葉でその意図を知るのであった。


「護衛の任務、アキト様の捜索は私が引き受けておきますから…」

「!…なっ!!陸遜殿」


その言葉の不意打ちに、瞬間言葉に詰まる趙雲

それが、この勝負の明暗を分けた。


「あら、そう?…じゃあ、子龍を連れて行くわよ…」

「ええ、あとはこちらで計らっておきますから…」


その間に、交渉が成立してしまっていた。

気づけば、趙雲は尚香に引きずられていたのだ。

視界には、自分を見送る陸遜の姿が見える。

ようやく悟った、つまり彼は自分を生贄にささげたのだ。


(陸遜殿…計りましたね…)


心の中で文句を言うしかなかった。

盟友関係はは数分で崩れたのだった。



そう、陸遜は趙雲が会話をしている間にその頭脳を働かせていたのだ。

伊達に、軍師として呉を率いていたわけではない。

そして、その機をみて見事に成功したのだった。


(すみません趙雲殿…生きていれば、また酒でも飲みましょう)


言葉とは裏腹に表情が清清しいのは気のせいだろうか…





しかし、陸遜は失念していた。

これは時間稼ぎでしかないことを…

アキトが見つからず、趙雲が尚香の相手をリタイヤした場合、今度は陸遜の番となることを…

やはり平等の女神はいるらしい。

盟友は盟友たる由縁なのである。





空はどこまでも青かった……
























庭園は非常に綺麗だった。

色とりどりの花や木があり、俺の心を和ませてくれる。

何よりこの晴天の中での景色がよりすばらしさを感じさせる。


『…綺麗…』

『そうだねディア、落ち着くよね…』


二人もリラックスしているようだ…

やはり、AIといってもストレスは感じているのだろうな…

オモイカネの時みたいにパンクしないようにしないと。




俺は喬国老さんの用がすむまでこの庭園で時間をつぶしていた。

本当はそのとき帰る積もりだったが、こういう景色を見れて良かったと思える。

俺はしばらく、景色を見ながら散策をしていた。








しばらく歩いていると、俺の耳に「音」が届いてきた。

最初は、風の音のように感じた…しかしそれは自然の音でない、楽器の音だった。

なぜ、風の音のように感じたかというと、あまりに景色と調和した音だったからだ。


俺はその音が気になって、その方向に進んでいった。

途中、その調和を崩さないよう、回り溶け込むように気配を消した。

だれかが弾いているとなると、それを邪魔することは無粋だろうと考えたのだ。



少し歩いていくと、開けた場所に出た。

その中心には、屋根つきの休憩所みたいなところがあった。

おそらくそこから、庭園の景色を楽しむことができるのだろう。





俺が目的とする音は、そこに腰掛けていた人物が発していたものだった。





『……綺麗…』


ディアから思わず感嘆の言葉が出ていた。

俺も同じ気持ちだった。

腰掛けながら、弦楽器―胡弓を弾くその女性。

周りの景色とあいまってまるで、一枚の絵画のようだった。

ルリちゃんやラピスが「妖精」と呼ばれ表現されていたが、

この女性は「花」という言葉が当てはまった。

決して、華美ではないがその存在は周りよりも大きい。

そんな印象だった。




俺はその女性の胡弓を邪魔しないように、しばらく気配を消してその演奏に耳を傾けていた。

俺は音楽のことはわからない…が、俺は安らぎを得ていた。

ディアもブロスも同じようだった。


ただ、どこか「哀しさ」を感じたのは、気のせいだったのだろうか……

深い悲しみを感じたことのある俺だからこその認識だったのかもしれない。


穏やかな時が過ぎていった。







演奏が終了し、その場に胡弓の音の余韻が木霊する。

俺は、迷いなく拍手をした。


女性は一瞬驚く顔をしたが、すぐに柔らかな笑顔をし、軽く一礼した。

俺はそれを見て拍手をやめた。


「お客人の方ですか…?」

「ええ、喬国老―喬玄さんに招待されまして…」


女性の言葉に俺は答える。


「驚かせてすいません…俺はアキトといいます」

「いえ、アキト様ですか…、ああ、お父様を助けてくださった」

「そんなんじゃありません。ただ負ぶってきただけに過ぎませんから…」


女性の物腰におれは恭しく答える。


「でも、招待されるなんて、よっぽどお父様は貴方のことを気に入ったのね…

 あ、申し遅れました…私、大喬と申します…以後お見知りおきを」


そういって優雅に一礼する。

その動作一つ一つが様になっている。


「いえ、こちらこそ、お一人の演奏の邪魔をして…

 この庭園を歩いていたら、その演奏が聞こえてきまして、引かれるようにこちらに来たのです」

「そうですか、聞かれていたとはお恥ずかしい…」


大喬さんは軽く赤くなる。俺が悪いのにそうなる必要はないのだが…

すかさずフォローを入れることにする。


「そんな、とてもすばらしいものでしたよ」



「そうですか…そういってもらえると……じゃあ、どのへんがすばらしかったですか」


その言葉を聞いて、大喬さんは軽く笑って、俺に尋ねてきた。

ただ、その目がその表情とは別の意図を持っていることがわかった。

世辞はいらない…そんな印象を受ける目だった。

だから、俺は正直に言った。


「俺は、音楽に詳しくないし、芸術の感性というものにも疎い人間です、

 でも、そんな俺が聞いていて、心に安らぎを感じたんだから…すばらしくないはずはないですよ」


その言葉に、大喬さんは驚いたようだった。

そうだろう、いうなら強引なもので答えになっていないんだから…

ひょっとしたら怒らせたのかもしれないな…

と、思っていたのだが…大喬さんは微笑んだ。

先ほどより魅力的な笑みだった。


「そうですか、そう感じていただけたなら、何より嬉しいです。

 でも、あなたは立派な音楽の感性をもっていらっしゃいますよ」

「そうでしょうか?」

「…大切なのは技術でなく心ですから…」


その瞬間、一陣の風が吹いた。

風は木々を揺らし庭園の花びらを天に舞い上げていった。

俺と大喬さんはその様子を見ていた。

しばらく沈黙が訪れる。

ただそれは気まずい沈黙ではなく、この景色の余韻を楽しむ沈黙だった。














「……アキト殿!……どちらにいらっしゃいますかー」


家のほうから、喬国老さんの俺を呼ぶ声が聞こえた。

どうやら、用事が済んだようだな…


「それでは、呼ばれていますので、これで失礼します」

「そうですか、私の胡弓を聴いて下さりありがとうございました」


大喬さんは俺に一礼する。

俺は踵を返し、もといた建物方向に歩き出す。

が、どうしても気になったことがあって、2,3歩進んだところで振り返った。

まだ、大喬さんは俺を見ていた…見えなくなるまで見送るつもりだったのだろう。


「…どうか、なさいましたか?」


大喬さんが俺の行動を疑問に思い、声をかける。


「…俺の思い過ごし…勘違いなのかもしれないが…」

「?」


大喬さんは首をかしげる。


「聴いていた演奏に、どこか哀しみみたいなものを感じたんだが…」


俺は、もうひとつ感じていたことも正直に言った。

その瞬間、大喬さんは少し硬直したように見えた。


「…まあ、素人の俺が感じたことだから…違っていたらすまない」


そういって俺は再び踵を返し、喬国老さんのほうへ向かっていった。

その場には大喬さんだけが残された。














「…おお、アキト殿どちらに…」


家の前に来ると喬国老さんが迎えてくれた。


「ええ、ちょっと庭園のほうに……すみませんが、そろそろ行かせてもらいます」

「……そうですか、あまりおもてなしできなくてすいませんのう」

「いえいえ、とてもいいものも見させていただきましたから」


そう、あの景色や大喬さん演奏を聴くことができた…充分なもてなしだ…


「……では、これで」

「また、今度いらしてくだされ……」


俺は最後に一礼して、喬玄さんの家を出たのだった。





















「……哀しみ……か…」


私は大きく息を吐いた。

先ほどのアキト様の言葉が耳に残っている。

アキト様……不思議な御仁でした。





いきなり演奏が終わったところで拍手が聞こえ、見てみるとあの方が立っておられました。

本当なら、その存在を疑問に思い、警戒し問いただすところなのでしょうが、

不思議をあのお方は信用できると思いました。


ただ、驚いたのはそれからでした。



私は世間のうちで妹の小喬と共に「二喬」と呼ばれ、もてはやされています。

私としてはあまり気にしてはいませんが…

ただ、その分色々な殿方が近づいてくるようにもなっています。

彼らは決まって、私の容姿を誉め、その教養を誉めます。

決して私の内面を見ようとしないのです。

それを見てくれたのは、私の亡き夫―孫策伯符様しかいなかった……はずなのですが…




先ほどのアキト様と今まであった男性とは違いました。

いえ、孫策様とも…






私は「演奏のどこが良かったのか」という質問をよくします。

大抵の男性は世辞で、こう聞かれると答えることができません。

答えられたとしても、技術のことばかりです。

私は音楽を「心を映す鏡」として演奏しています。

技術なのではなく、その心を感じてほしいのです。


そこで、私はアキト様に決まった質問をしたのでした。

しかし、返ってきた答えは私を驚かせるのものでした。




―――俺は、音楽に詳しくないし、芸術の感性というものにも疎い人間です

―――でも、そんな俺が聞いていて、心に安らぎを感じたんだから…すばらしくないはずはないですよ






―――俺は戦うだけの人間だ、音楽を愛でる心なんて知らねえ

―――だが、こんなに俺の心に訴えてくるんだ、人の心を動かすことはすげえことに決まってる







……孫策様のおっしゃった台詞を思い出します。

あの時、私は思わず笑ってしまいました。












その孫策様と同じことを言うアキト様に興味を持ったのは事実です。

思わず嬉しくなって微笑がこぼれてしまいました。







けれども、私はその後にそれ以上の衝撃を受けたのです。







―――聴いていた演奏に、どこか哀しみみたいなものを感じたんだが…








私はその言葉を聞いて、鈍器で殴られたような衝撃を感じました。

それは、私も認識していなかったこと、いや気づかないようにしていたこと。










お父様は私に「そんなに哀しまないでくれ」といいます。

私はいつもの通り、生活をしています。

哀しみなどもっていないはずです。

そう思ってました。






音楽は「心を映す鏡」、そう思っています。

アキト様にはその心が伝わってしまったのでしょうか。

彼がそう感じたのなら、私は哀しんでいるのかもしれません。










ふと、私の手に冷たいものが落ちてきました。


「……涙?」


それは涙でした……久しく見たことがなかった……


「変ですね……あの時、すべて出てしまったはずなのに……」


しかし、その滴りは止まることはありませんでした。













孫策様がなくなったあの時……

流せるだけ涙を流したはずでした。

















たった一言、たった一言



「哀しみ」



その言葉を、アキト様が言ったおかげで、私は昔に戻ってしまいました。
















後で考えると、私の中の時は、このとき動き始めたのかもしれません

孫策様に似ているようで、全く似ていない




アキト様によって……











続く




あとがき、もとい言い訳

はい第五幕お送りいたしました。

今回は、おいてかれた人々と大喬との交流を書いてみました。

大喬のシーンは少し薄いかなと思います。

すいません自分の限界だったんです。

というわけで未亡人第二号、大喬の登場です。

基本的に面倒見のいいお姉さんというイメージで行きます。

三国志と真三国無双ではイメージが大きく変わりますから

特にこの後出る予定の小喬は厳しいですね。

またもや、孫策が出てきました。

呉の武将にとって「孫策」は特別な人だと思うんです。

もともと孫策に「熱血」を引いたらアキトになるのではという考えもありましたから…。

実は第四幕とこの第五幕、そして次の第六幕で一幕分の予定だったんですけど。

意外にキャラが動く動く…

おかげで宣言したことを守れませんでした。


ここで今回登場した大喬の列伝を紹介しておきましょう。


大喬 

月も光を消し花も恥らうとたとえらる美女。
喬玄の娘で、後に孫策の妻となる。
妹の小喬と共に天下の美女「二喬」と讃えられる。



さて次は大喬が出たということでもちろんあの人です。

それでは第六幕をどうぞ

 

代理人の感想

>宣言した事を

いいんですよ、面白ければおーるおっけーです(笑)。