一騎当千
〜第六幕〜











その空間には静謐が漂っていた。

まるで、祭壇のように

まるで、聖域のように

人が触れてはならないものかというようにそこには静謐と、神秘さが漂っていた。



そこには、金色の柩が存在していた。

薄暗い室内のはずなのだが、その部屋は明るかった。

なぜなら、その金色の柩がそれ自身、光を放っていたためである。



そう、その柩は数日前に発見されたものであった。

その後、魏の皇帝である曹丕に報告され、ここに安置されている。

それから数日、依然として光を放っているだけで何も変化はしていない。


その内で眠っている女性もまた、何の変化がなかった。

その美しさは変わらずに……







金色に光る柩、もし知るものが見たならばきっとこう答えただろう







「遺跡」と……










その部屋の入り口には二人の衛兵が直立不動で守護をしていた。

決して集中力をきらなさい…その優秀さが目に見えた。




突然、その衛兵達は敬礼の形をつくる


「どうだ、変わりないか……」

「「はっ!!」」


衛兵が敬礼する人物…それはこの宮殿では数少ない。


「皇帝陛下、御用ですか?」

「うむ…」

「では、お通りください」


皇帝陛下と呼ばれた人物、この国で皇帝と呼ばれる人物は一人しかない。

すなわち、曹丕子桓その人である。




曹丕はここ毎日、一度はこの部屋に訪れる。

そして、しばらくはそこで時間を過ごすのであった。












その様子は宮中に伝わらないわけがない。

―――曰く、皇帝陛下は黒曜姫に恋をしている

そんな下世話な噂が広まるのも仕方がなかった。


柩の中の女性が「黒曜姫」と呼ばれるようになったのはここ数日であった。

黒曜石のような美しさを持つその姿。

そして黒曜石のように硬く、誰にも触れられない様子をたとえられて呼ばれるようになった。


なんとも不思議な女性だった。

柩を運ぶとき、柩自身を触れることはできたのだが、中の女性には触れることができなかった。

まるで、柩が女性を守っているかのように…


曹丕は、毎日その部屋に行っては、その女性を眺めている。

そこに浮かぶ感情は、本人以外知りはしない。

ただ、その行動からそういった噂が出るのも仕方がなかったのだろう。







そのような宮中の状態を苦々しく感じていた人物がいた。


張遼、字は文遠、魏の宿将である。


彼は曹操に従い、いくつもの戦場を渡り歩いてきた名将である。

本来、呉の方面の守りについているはずなのだが、ここ数日は許昌に訪れていた。

そして、その噂を聞いたのだ。


彼自身、曹操に従う以前は、その主を次々と変えていた。

何進、董卓、そして呂布…

その盛衰を見守ってきた人物である。


特に董卓と呂布については思うところがあった。

それは女性の影、貂蝉の存在であった。

王允の義理の娘、貂蝉。

傾国の美女と呼ばれ、董卓と呂布は貂蝉を使った王允の計略により仲間割れをし、董卓は呂布に斬られた。

貂蝉は、その計略の成功を見届けて自殺をした。

一人の女性により、その権力が崩壊したときであった。



その様子を傍で見てきたからこそ、張遼は現在の状況を危惧しているのである。

過去、国の崩壊には女性が元凶となることが多い。

かの殷、周の国も女性の歓心を得たいがため、無茶な政策をしたため反乱により滅びた。




この魏の国もそうなってしまうのだろうか…。

しかし、彼の限界は主の意志には従うという軍人となりすぎてしまったところであった。

だからそれを諌めることもできなかったのである。










ふと、曹丕の妻である甄姫のことを思う。

おそらく、曹丕の変化を一番に感じているのは彼女だろう。

しかし、彼女は動揺したそぶりも見せてはいない。

強い女性だと、張遼は思う。

この乱世、女性といえども強くなければ生きてはいけないのだろう。




女性は時として、その権力をも動かす。


ひょっとしたら、女性がこれからの遠い未来でその影響を強く発揮していくことになるのだろうか。


張遼は思った。





この張遼の予想は、実は的を得ていた。

そして、それをよく知っている人間は、遠い南の空の下にいたのである。






目に入ってくる日差しが、やけに眩しかった…






















俺は喬国老さんの家を出て、宮殿へ帰ろうとした。


が……




「……迷った」

『…本当?』

『アキト兄……』


俺の告白に二人は思い思いのリアクションをする。

フォローなしか…


「仕方ないだろう、初めての道だったんだから……」

『元来た道じゃなく、その方向へ近道していこうって言ったアキト兄が悪い』

「でも、これ以上遅くなったら…おそらく尚香ちゃんが…」

『…気持ちはわかるよ…』


少し嘆息したようにブロスが言う。

そうなのだ、ほんの数時間外に抜けるはずだったのに、喬国老さんの家に行ったおかげでかなり時間がかかってしまった。

趙雲さんたちが探しているだろうし、何より尚香ちゃんが…


そう思い、近道をしようと思いなれない道を行ったのだが、それが裏目に出た。

意外と道が入り組んでおり道が行きどまっていることが多かったのだ。

もう日が傾き始めている。


「…ディア、地図とか出せないのか?」

『うーん、ネットワークがないから、情報自体引き出すことができないし…』


さすがに無理な話か、仕方ない地道に歩いていくか…

少なくとも、広い道に出れば宮殿が見えてくるだろう。



気を取り直して、俺は歩き始めたのだった……のだが…







「…おねえちゃん!!」







そんな声が聞こえたのだった。











失敗した。

そうあたしは思った。

いくら帰りが遅くなったといってもこんな路地裏を通るべきじゃなかった。

途中、自分を追うような気配を感じていたけど、さすがに二方からつけられれば、

こういった状況になるのは目に見えていたのに。



あたしはあることの帰り道だった。

孤児を保護している施設の手伝いの…

その帰りにこのような状況に陥ったのだ。



五、六人があたしを囲んでいる


「…なに!貴方達は」


その目的をなんとなく悟っているにも関わらず、あたしは聞いた。


「ちょっと付き合ってくれねえか」


頭領らしき男が下卑た笑いで答える。

その顔に嫌悪感が沸く。


「汚い顔を近づけないで」


あたしは言い切った。

懐のあたしの武器、喬佳麗の位置を確認する。

こんな暴漢の五、六人退ける自信はある。


「おあいにく、私は貴方みたいな下衆とは付き合わないようにしているの」


こういう場合、下手に弱みは見せてはだめ。

相手が付け上がるから




あたしの言葉に、どうやら腹を立てたのか顔を赤黒くしている。

より汚い顔が見るに耐えなくなる。


「可愛い顔して、口の利き方がなっていないようだな…」


徐々に、緊張感が高まってくる。

あたしに対する包囲が狭まっている。


「男に対する態度って奴を教えてやる!」


その瞬間、周りの男達が一斉につかみかかってきた。

しかし、瞬間その手を潜り抜けて包囲の外にいた。

そして振り返りざま、近くの男を扇子―喬佳麗で一撃する。

それは、筋肉で覆われているところでなく、顔といった鍛えられていないところだった。

男は悶絶して、その場にうずくまる。


どうやら、あたしの体捌きをみて、単なる小娘でないことを悟ったらしい。

少し、ひるみながら、私を見ている。


「さあ、これでもまだ相手をする?」


私はたたんだ扇子で男を指し、聞く。

さすがに、小娘にこのまま引くのも悔しいのか、歯をくいしばりながらあたしを見ていた。

またもや、緊張感が漂う。



それを破ったのは、あたしでも男達でもなかった。

ただ、あたしにとって最悪の状況だった。





「…おねえちゃん!!」





そう、あたしの行っていた施設の子供だった。

その手に持っているものを見ると、私に渡すものであろう贈り物が握られている。

おそらくそれを渡すためにあたしを追いかけてきたのだろう。

そのとき、あたしは運命を呪いたくなった。




その状況に気づいた一人の男が、子供を人質にとるまでそう時間はかからなかった。


「!!…」


その男は、どこからか刃物を取り出し、子供に突きつけていた。

子供はいきなりの恐怖に声も出せないでいる。


「形勢逆転だな…」


目の前の男が、余裕を取り戻したように下卑た笑いを浮かべる。

あたしは無言で男を睨み付ける。


「おっと…変なまねはしないほうがいいぜ…ただ俺達はアンタと付き合いたいだけなんだ」


それだけじゃないくせに

あたしは心ではき捨てた。



男はあたしの肩に触れてきた…嫌悪感が体中を駆け巡る。








もしこの男達が、あたしの尊厳を奪うようなことをした場合、私は即刻この命を絶とう。


……周瑜様……


私は目を瞑り祈った








次の瞬間、その祈りが通じた。







ドガッ!!!

人質を取っていた男が、あたしの目の前を「飛んで」いった。


「何だ?」


突然の出来事に肩に手を置いていた男がその方向を向く。

そこには男の人がいた、もうあたりが暗くなりはじめてその表情がわからないけど。

男にとらわれていた子供はその男の人のすそをつかみながら震えていた。

よほど怖かったのだろう。


「どこの世界であっても、馬鹿のやることは同じだな…」


そうつぶやく男の人の声が聞こえた。

その瞬間、あたしはその人の持つ気を感じた。

あたしは戦場に出たこともある、そしてそこにある気を…

この人は、桁違いだ…


それは、目の前にいた男達も感じているらしく、体が硬直していた。

それを見逃すほど、あたしは甘くはない。










他の事に気をとられて、体が動かない人間を攻撃することは簡単だった。

それは私にとってお遊びみたいなものだった。


















「ありがとう。おかげで助かっちゃった」

あたしは正直に礼言った。

人質の子供も無事なようだ…頭をなでて慰める。


「見る限り、助太刀は必要なかったように見えるけど…」

「ううん、結構危なかったんだから」


そうなのだ、遅ければひょっとしたらあたしは命を絶っていたのかもしれない。


「とにかく何事もなくてよかったよ」


そういって男の人は微笑む…




……綺麗……





って小喬、しっかりなさい、あたしには周瑜様が…

でも、周瑜様もこうやってやわらかく微笑んでいたな…




いけないちょっと気が滅入っちゃった。




そんなことをしていたら

あたしの行っている施設の職員の人が走ってきた。

どうやら、この子を探しに来たらしい。


「ああ、良かった、どこに行ってたの」


職員の方は安心したように、その子を抱きしめる。


「もう、勝手に出て行ってはだめですよ」

「でも、おねえちゃんにこれ渡したかったんだもん」


そういって、その手に持っていた手作りの飾りを見せる。

しかし、先ほどの一件の時、恐怖で思わず手を握り締めたため、ところどころ崩れていた。

それを見てその子は泣きそうな顔をする。


「ありがとうね…嬉しい…もらっていい?」

「…うん!!」


あたしはそういってそれを受け取る。

子供は泣きそうだった顔を変えて、嬉しそうに笑って返事をしてくれた。






「そろそろ戻らないとみんな心配しますよ」

「うん!…おねいちゃん、またね」


職員さんの言葉にその子はしたがう。

別れ際に大声で、手を大きく振りながら挨拶をしていった。

あたしもそれに手を振り答えた。



気づくと、その様子をあの男の人はずっと見ていたようだ。

軽く微笑んでいる…が、そこに懐かしいものを見るような表情が浮かんでいた。


あたしが顔を見ていることに気づくと、すこし焦っているようだった。

少しおかしかった。


周瑜様もあたしが見つめると、気恥ずかしそうな顔をしていたことを思い出した。








「…それじゃあ、あたしも…」


気を取り直して、あたしは男の人に言う。


「…大丈夫かい?さっきと同じようなことがあるかもしれないし…送っていこうか?」


男の人はそう提案してくる。

その目を見ると、純粋に心配しているようだ


「クスッ…それはお誘い?」


そう少し意地悪してみたら、男の人は赤くなって焦っていた。

面白い人。


「…そうね、じゃあお願いするわ」


そういって、あたしは彼の申し出を受けたのだった。














なんか今日は色々とある日だな…

俺は、女性を護衛しながら、並んでその道を歩いていた。


「あたしは、この辺に住んでるの…結構近く」


女性はそういって、軽やかに歩いている。


「でも、貴方は何か用事でもあったんじゃないの?」

「まあ、ないといえば嘘になるけど、どうしようもないから」


そうだ、道に迷っている以上、用事があってもどうしようもない。


『…ねえ、アキト兄』

『何だ、ブロス』

『急がなくてもいいの?』

『ここまで行ったら、どんな時間に帰っても変わらないさ…陸遜さんたちには悪いけど』


悪いと思うのは護衛に気苦労をかけるという点と、もうひとつの点である。




「そういえば、貴方このあたりでは見かけない格好をしているけど…

 ひょっとしてこの街に来たことないの?」

「まあ、大体あってるよ。来て数日といったところだよ」


確かに、俺の格好は基本的に黒を基調にした格好だ…

さすがに街に行くときはプロテクター、マントとかは着けない。

でも、黒の服を着ている人はいなかったな…


後から聞いた話だが、この世界では『黒』というのはこの世界の「風水術」において「幸福」を吸い取る効果があるらしい。

俺のパーソナルカラーである黒、

思い当たる節はないこともない…少し考えてみようかな…





「でも、こんなところに出てくるなんて、意外と道に迷ってたんじゃない?」


女性の言葉はストレートに俺に突き刺さる。

図星だった。


「あちゃー、本当に迷っちゃってたんだ…」


女性は俺の反応を見て苦笑する。


「まあ、歩いていれば広い道に出ると思ってたから」

「そこで、あたしに会ったと…」

「そういうことかな」


女性はそういって軽く笑う。

かわいらしい女性だ、だがその雰囲気のせいか、なんとなく長年の友人と話しているような気分になる。

こういった感じで女性と話すというのも初めてかもしれない。



俺の知っている女性は、まるで「恋人のように」やってくるか、ライバルのようにやってくるか…

こういったサバサバとして俺に接してくれる女性も珍しい。







「あ、ここだよ、ここがあたしの家」


そんなことをしているうちに、目的地に着いたらしい。

女性が手で指し示している。



『……大きいね……』

『……ああ…』


ディアの言葉にとりあえず相槌を打つ………って

なんか俺は昼ごろに同じ会話をしたように思える。

まあ、目の前の家は確かに大きな家だった。

ただそれは……























昼に来た喬国老さんの家だった。


















「えっと…つかぬ事を聞くけど…」


俺はとりあえず落ち着いて、ニコニコとしている女性に声をかける。


「…ひょっとして、喬玄さんの家族?」

「えっ!父さんのこと知ってるの?」


女性はキョトンとした顔をして答える。

少し、海を見たくなった。



「まあ、ちょっと機会があって……」

「そうなんだ……そういえばまだあたしの名前いってなったね

 あたしは、小喬って言うの、よろしくね」


女性―小喬ちゃんはそういって名乗る。

これまでの会話の内容から考えると…


「小喬…ひょっとして大喬さんとは…」

「お姉ちゃんだよ…知っているなんて、お姉ちゃんやっぱ有名なんだ…」

「いや、ちょっと面識があって…」


ビンゴか…、人の縁とは奇妙なものだな…

ふとそんな思いをするのだった。


「そうなんだ、ひょっとしてあたしのことも知ってた?」

「…いや、全く知らなかったよ…だから驚いてるんだけど…」


これは正直な気持ちだ。


「結構有名なんだよ、あたしとお姉ちゃんで「二喬」ってよばれて…」

「…おれはここに来て数日だから…」


少し恥ずかしくなって、頭を掻く。

見ている小喬ちゃんは楽しそうな顔をしている。


「…家でもよっていく?」

「いや、遠慮しておくよ…」


昼に来たばかりだし…


「…そういえば、道に迷ってたんだっけ?」

「そうだけど、ここからなら道がわかるよ…」


昼に通った道だ、先ほどは近道を試みて失敗したが、普通に昼来た道を行けば帰れるだろう。


「そう、残念。じゃあ、また縁があったら会いましょう」

「それじゃあまた…」


そういって俺は帰途に着くのであった。





『ねえ、ディア』

『なに、ブロス』

『一日で二人も美人に会うなんて…』

『やっぱアキト兄って…』

『『フェロモン発生器だよね!!』』




俺の奥で二人がそんな会話をしていることも知らずに……











「あっ!あの人の名前聞くの忘れた」


あたしは思わず、声を上げていた。

あの「黒くて」笑顔が綺麗な男の人、何なんだろう。

お父さんやお姉ちゃんのことをしていたみたいだけど…



「ただいま、帰ってきたよ」


家には父さんとお姉ちゃんがいた。


「小喬や、遅かったけど何かあったのかい?」

「ちょっと、色々してたらおそくなっちゃった」


本当のことを言って心配させる必要はない。


「小喬、心配したんだから…」


お姉ちゃんが軽く微笑みながら声をかけてくる。




あれっ?なんかお姉ちゃんすっきりした顔しているけど……なんかあったのかな?

いつも持っていた陰りといったものが感じられない。





孫策様がなくなってからお姉ちゃんは変わった。

本人は気づいてはいなかったけど、まるで心を隠しているようだった。

そしてそれを父さんも悲しみ、あたしも歯がゆく思っていた。


あたしも夫である周瑜様を失った人間である。

お姉ちゃんの悲しみはわかるつもりだ。

でもあたしはお姉ちゃんと違って引きずってはいない。


周瑜様は何よりあたしの幸せを願っているから…

哀しんでいては周瑜様も哀しむ。



といっても、周瑜様以上の男性が現れないということで幸せにはなっていないけど…



お姉ちゃんは一途だから…孫策様を忘れることはできないんでしょう。





でも、今日は違った、今までとは違う。

悲しみは消えてはいないが、その目に前に進もうとする意志がある。



あたしは嬉しくなった……何がお姉ちゃんを変えたのだろう…

そう思った。




「ちょうど良い、二人に言っておきたいことがある」


父さんが私達に声をかける。


「明日、二人とも宮殿のほうに来てほしいと、孫権様より使いが来た」

「ひょっとしてまた…」

「ああ、紹介したい人物がいるらしいのう」


そうなのだ、孫権様は私達の義理の弟という関係なのであるが、

夫を亡くしたあたし達を不憫に思ってか、よく男性を紹介する。

その好意はうれしい…でも、よく知らない男を紹介されても…




結果はいつも一緒である。




「今回も、まあ孫権様を立てるということで…」

「わかりました」

「うん、わかった」


あたし達はそう返事をした。



でも、世の中には想像もできないこともおこる。

あたしは、それを実感するのだった。














その晩、私は夢を見た。


……孫策様


孫策様の背中だった…

私は思わず、駆け寄り抱きついた。

すると、私の頭がぽんとたたかれ、手が載せられる。

見上げると孫策様の顔があった。


―――なに、泣いてる


そう言って笑う…懐かしい顔だった。

そう、私は泣いていた。


―――大喬はよ、笑ってたほうが可愛いぜ


照れたように頬を掻きながら言う。


―――後から来た公瑾に言われちまった、「いつまで哀しませるつもりだ」ってな


恥ずかしくいいにくそうだった。


―――俺も今までのお前をみて、やりきれない気持ちになっちまった


―――悪いな、縛り付けちまって


「いいえ、そんなことは…」


私はそこではじめて声を発した。


「孫策様は私に人を愛することを教えてくださいました…わたしは幸せでした」


―――…やっぱお前はいい女だ


孫策様は漢くさく笑う


―――俺からの頼みだ、幸せになれ、でなきゃここに来るな!


その言葉を最後に、孫策様ごと景色が離れていった。


「……孫策様!……孫策様!!」





そこで、夢が覚めた。




あたりは夜の静寂に包まれている。

部屋に入り込む風が気持ちいい。



私はおもむろに胡弓を持って、縁側に出る。

青白い月が空に浮かんでいた。

古来、月は死者の魂を運ぶとされている…月の幽玄なる雰囲気に言われてきたことなのだろう。


私は縁側の石に腰掛け、胡弓を弾き始めた。

ゆったりとした夜奏曲であった。






夢だったのかもしれない。

私の妄想だったのかもしれない。









でも、そこにある感情は本物だった……。







なぜ、今日この日に夢を見たかはわからない。

ただ、この演奏は精一杯の贈り物…









―――孫策様、ありがとうございました―――

























俺は、朝から呼び出しを受けた。

孫権さんが俺に用があるという。

よく考えると、孫権さんに呼ばれることはほとんどない。

孫権さん自身が忙しいということもあるのだが…

政治を一手に任せてしまって悪いと思ってしまう。

だから、俺と会う時間をつくって俺を呼び出しているのだ。

その呼び出しを拒むわけがなかった。


俺はそれまでの時間まで、日課である朝の鍛錬にいそしむのだった。


「おはよ、アキト」


尚香ちゃんが俺に挨拶をする。

俺が朝の鍛錬を行っていることを知って、時々俺と鍛錬をしに来る。

本人は頑張って毎日行きたいらしいのだが。



曰く、朝が弱いらしい。



どうやら低血圧のようだ。

一度、陸遜さんに「朝が弱いのか?」と聞いたら。

青い顔をして、


「ある意味戦場に立つ覚悟でないと、殺られますよ」


という、遠まわしの寝起きが悪いという答えをもらった。




ちなみに、昨日俺が遅くなって帰ってくると、意外にも静かだった…


なぜなら、陸遜さん達が無言で目で俺に訴えていたためである…

どうやら、動けないほど疲れきっていたらしい。

尚香ちゃんはすっきりしたのか、もう休んでいたらしい。

とにかく俺は三人に謝ったのだった。


でも、君主である俺が臣下に謝るというのも変な話だが、

これもまた「俺らしく」という奴なのかもしれない。









「そういえば、今日お兄様に呼ばれてるのよね?」

「ああ、そうだけど」

「私もついていっていい?」


俺は尚香ちゃんの質問に少し考えた、俺は呼ばれただけだからな…

まあ、誰も連れてきてはだめとは言われてないし、護衛の陸遜さんと趙雲さんも来るから問題はないだろう。


「まあ、大丈夫だとは思うけど、保証はできないよ」

「いいわよ、お兄様だから…どうにでもなるわ」


尚香ちゃん、そのにやりとした笑いはやめたほうがいいよ。

でも、それを見て何もいえない俺も、俺だが…


…まあいいか。


そう思い、鍛錬の続きをするのだった。











鍛錬の後、俺は身体を拭き服を着替えた。

一応公式用に渡された服である。

これもまた、俺の希望で黒が基調となっているが…。


「おはようございます、アキト様」

「殿、準備は整っておられますか?」


陸遜さんと趙雲さんが俺を迎えに来た。

二人とも、それぞれ公式用の格好をしている、といってもただ微妙な装飾が増えているだけだが…


「ええ、じゃあ行きましょうか」


といって部屋を出る。

途中、尚香ちゃんとも出会い、共に孫権さんが待つ「謁見の間」に行った。





「よくいらした、アキト殿」


部屋に入ると、孫権さんが、座っていた椅子をたって自ら俺を迎えてくれた。

その顔は少し嬉しそうだ…俺は軽く一礼する。


「ん、尚香も来たのか?」


孫権さんは尚香ちゃんに気づいたのか、意外そうに聞く。


「いて悪かった?お兄様?」


少し殺気を発しながら尚香ちゃんは聞き返す。


「まあ、悪いわけではないが…いても詰まらんと思うが…」


孫権さんはその殺気を軽く受け流す…さすが兄妹だ…。




「…で、今日はどういった御用でしたか?」


俺は苦笑しながら聞いた。

すると、孫権さんは嬉しそうに微笑んだ。

だが、その目に好奇の目があり、何かを楽しみにしているような目だった。


「いや、アキト殿に紹介したい人物がおりましてな…」

「…権兄…まさか、また…」


尚香ちゃんが、何か心当たりがあるのかそんな言葉を言う。


「お三方をお呼びしろ」


孫権さんが傍に控える衛兵に命じた。


程なくして、その呼ばれた人物であろう人たちがやってきたのだが…

俺はそこに感じる気から…ある予感を感じていた。

……まさか



「喬玄参りました」

「喬玄が娘、大喬参りました」

「同じく小喬参りました」



俺は、そのとき時が止まった。


「よく参られた、今日はそなたらに紹介したい人物がいてな」


といって、俺のほうに手を指し示す。

その動きに、喬玄さんたちの視線も動く…

なんとなく展開が予想できた。







「あっ!昨日の黒い人!!」


黒い人はひどいよ、小喬ちゃん…まあ、名乗っていない俺も悪いけど…


「あ…アキト様…」


大喬さんはさすがにそんなに驚きを表には出してないな、

でも、昨日と違ってどこかいい表情に見えるのは気のせいかな…


喬玄―喬国老さんは驚いているが、声を発していないし、立ち直りも早かった


「…孫権様、ひょっとして紹介したいお方はアキト殿のことで…?」

「何だ、知っておったのか?」


孫権さんは少しあてが外れたのか詰まらなさそうだった。


「いえ、私は昨日助けていただいて…娘達とも面識があるとは…」

「私も昨日お会いいたしまして…小喬は?」

「あたしも昨日…」


三人とも、俺が他の人と会っていたとは思ってはいなかったらしい。

大喬さんは、小喬さんと面識があるとは思わなかったのだろう。


「一体、昨日何があったの?アキト!」


話についていけない尚香ちゃんが俺に説明を求める。

見ると、孫権さん、陸遜さん、趙雲さんの同じような表情だった。

仕方ないので、俺は昨日の一連の出来事を語ったのだった。

でも、尚香ちゃん、なぜそんなにいらいらしてるんだい?





「へえー、昨日アキトがいないと思ったらそんなことをしていたなんて…」


尚香ちゃん、微妙に言葉に棘を感じるよ。


「ははっ!さすがはアキト殿だ、人の縁も惹きつけておられるわ」


逆に孫権さんは最高に機嫌がよさそうだ。




「アキト殿、娘の危ないところを助けていただきありがとうございます」


喬国老さんは深々と礼をする…よほど娘を大切にしているんだろうな。


「アキト様、私からもお礼申し上げます」

「いや、たまたま通りがかっただけですから…」

「でも、助かったよ…アキト、ありがと!」


大喬さんと小喬ちゃんも礼を言ってくる。


「そういえば、大喬さん、なんかいいことでもあったのかい」

「えっ?」

「昨日と比べると、とてもいい表情をしているから」


そこまで言うと、大喬さんはにっこりと微笑んだ


「はい!おかげさまで、これもアキト様のおかげです」


何が俺のおかげなのだろう。


「へえー、お姉ちゃんの変化の原因ってアキトだったんだ?」


小喬ちゃんがからかうような口調で大喬さんに言う。

大喬さんは少し赤くなっていた。

一体、どうなっているんだ?




「お兄様、もうこれで用は終わり?…アキト、昨日の分まで私の相手してよ!」


それを見ていた尚香ちゃんが急に俺の腕を引っ張る。


「ちょ、ちょっと尚香ちゃん?」


なんか妙に力はいってないか…





『全く気がつかないなんてね…ディア』

『そうだねブロス…苦労するね、みんな』



『『………』』


『アキト兄の…』

『『鈍感!』』









その様子を、孫権はニヤニヤと見ていた。

その傍に陸遜と趙雲がやってくる。


「孫権様、一体これはどういった意図なのですか?」


陸遜の言葉に、孫権は良くぞ聞いてくれたといわんばかりに顔を向ける。


「簡単なことだ、わが孫家のためよ

 アキト殿と縁戚関係を結べば、孫家は安泰だ」

「建前はいいですから…」


さすが陸遜、それを建前と斬って捨てた。




それを聞いて孫権は少し、表情を引き締める

そしてポツリと


「いや、義姉上たちに幸せになってほしくてな…兄や、周瑜達のためにも」

「尚香様のことも考えているんでしょう?」

「まあな、尚香にはもう望むように生きてもらいたいからな」

「確かに、尚香殿は蜀にいたときよりも今が生き生きしているようにも見えますね」


趙雲の言葉に深く頷く

そこには兄としてのやさしさがあった。

ここで終わればいい兄で終わったのだろうが…













目の前で繰り広げられている光景を見て










「…結構楽しんでません?」


という陸遜の言葉に


「…かなりな…」


そう答えて、ニヤリと笑うのであった。








続く



あとがき、もとい言い訳

さて第六幕お送りしました。

長くなってしまいました。

この六幕、他の幕に比べ長くなりすぎてしまいました。

四、五、六と「二喬編」として書きました。

内容的には、ご都合主義、お約束、ベタといったもので固めてみました。

大喬についてはどうしても一途な女性というパーソナリティなため、孫策への心の整理を書かなくてはいけませんでした。

小喬については、個性化に苦労しました。

基本的に、子供っぽく見えるが、実は誰より現実というものをしっているという設定です。

これで、呉のキャラはあらかた出すことができました。

次は戦闘シーンを入れてみようかなと思います。

でも、物語をまとめるというのは難しいです。

あか○り○とる先生も「長い話は書くことはできるがそれを短くまとめることが難しい」といってましたし…

ある意味長くなるというのも、未熟の証明みたいなものを思ってしまうこともあります。

読んでいたときわからなかった点が、書いてみるとわかるものです。

人生これ勉強なり。


それでは、今回の列伝です。


張遼…字は文遠

魏の将軍で五将軍の筆頭。主を転々としていたが、曹操の配下となる。

関羽とは敵味方を超えた友人であり、親交があった。

合肥における呉との決戦のときに八百の兵で十万の敵を退けた。



小喬

喬玄の娘で「二喬」の大喬の妹。周瑜の妻。

赤壁の大戦は降伏すれば曹操に小喬を取られる(孔明の流言)と聞いた周瑜が、

そんなことさせまいと孫権に交戦論を押したことが原因。

赤壁は、こんな理由でやっちゃったわけです。

小喬もここまで愛されていると妻冥利に尽きますね。


次回はオリキャラが登場します。

そろそろ、大戦に向けてへの下準備をしなければ…

感想を下さった、とーる様、りん様、神威様、光神覇様、考也様、義嗣様、影の兄弟様、マフティー様、本当にありがとうございました。

これからも応援のほどよろしくお願いします。

そして四、五、六幕と長々とお付き合いいただきました読者の方々、ありがとうございました。

それでは

 

 

 

代理人の感想

さて、オトす対象は確か後一人・・・敵国皇帝の嫁さんだったりすると、

おお、三国それぞれの主の嫁さんを完全制覇(爆)。

 

>長い話を短くまとめる

言いかえると「無駄な部分を削る」と言うことになりますか。

話の精髄だけを抜き取って贅肉をこそげおとし、更にそれを煮詰める・・・

言うのは簡単なのですが、実行するのはとても難しい事です。