一騎当千
〜第七幕〜












その日は、穏やかな時が流れていた。



いつものように仕事をし、いつものように生活をする。

人々はそんな生活の中で、小さな幸せを守っている。

世に聞く武勇伝、英雄譚など、彼らにとっては憧れの対象でしかない。

自分達の小さな世界でできることをやるだけだった。






小さな幸せを守る






それがあるということは一方で奪う者もいるわけである。




自分の幸せを得るために…




幸せを感じるために守る者

幸せを感じるために奪う者





得てして、優しくない世の中は守る者に苦難と絶望を強制する。



特にこのような不安定な世の中では…








後漢の治世、その末期にある一人の人物が、ある教えを唱えた。

それは道教から派生した「太平道」という教えだった。

「蒼天まさに死す、黄天立つべし」という言葉の下、漢の圧制に耐えかねた民衆が一斉に蜂起したのである

その勢いは凄まじく、大陸の東半分で反乱が起こった。




その乱は太平道の信者が黄色の布を頭に巻いていたことから、「黄巾の乱」と呼ばれた。

ただ、その多くは信教の名を借りた暴動であり、やっていることは略奪であった。

もともとは救いのための教えだったかもしれない。

ただ、称号や軍組織を持ち、組織として「黄巾賊」となったとき

その反乱は、戦争へと変化したのであった。




この乱により、漢王朝はその力の衰退を露呈し、世の傑物たちが出現するきっかけとなった。

乱世の時代となりて数十年、その形は三国という形となし、そして、今またその形を変えた。

その勢力を見る限りでは、秩序だって見える。




だが、いくら形が成してきたといっても、乱世は乱世である。

黄巾賊の残党であれ、山賊であれ、そこに奪う者は存在するのである。





そして、その矛先の多くは弱き者―小さな幸せを守る者に向けられるのである。

そこに大義も意味もない。

ただ奪うだけ。









ここにもまた小さな幸せを守る一つの集落があった。

昼を過ぎ、残っている一日の業を行う時分である。



いつもと変わらない、そのはずであった。










しかし、その日常も壊される

奪う者によって…

















どこにでもある、一つの悲劇……だった

























俺は今、宮殿を抜け出し、街の郊外に出ていた。

どこか落ち着いたところへ行きたかったからだ。




どういうわけか、孫権さんから大喬さんたちを紹介されてから、俺の周りは騒がしくなった。

紹介された日以降、大喬さんは俺のところをたずねるようになった。

よくその胡弓を聞かせてくれたり、色々話をしてくれる。

この世界は娯楽が少ないのでありがたいことなのだが、

決まってその後、尚香ちゃんに武術の相手を頼まれる。

最近になってより、その勧誘が強烈になってきたような…


気のせいか、俺がだめなとき相手をすることになる甘寧さんたちに生傷が絶えなくなってきているような。


一度どうしてだろうかと趙雲さんあたりに相談したら。


「『燕雀いずくんぞ鴻鵠の志をしらんや』という言葉がありますが、私はアキト様に対してそれを思います。

 逆に私はあなたのことがわかりませんよ」


その故事の言葉がどういう意味なのかを聞くと、小人物は大人物の気持ちがわからないということらしい。

つまり、俺のことがよくわからないと言っているらしい。

なんだかショックを受けた。




『言いたい気持ちもわかるわよ』

『だってこんなに露骨にアプローチしているのに気づかないなんて…』

『確かに趙雲さんじゃなくても、アキト兄のことが理解できないと思うわ』





小喬ちゃんはその様子を見ながら、いろいろからかってくるし…

なんとなく、あの世界のことを思い出したような…











そんなわけで俺は宮殿の喧騒から抜け出し、木陰で休憩をしていた。


「まあ、おだやかな天気だな…」


ふと空を見上げながら思う。

こんな日は釣りでもしてみようか…

空を見ると、この空はどこかにつながっているのだろうかと感じる



こうったとき、決まって何かを思ってしまう。



昨日あたり、諸葛亮さんから便りが来た。

どうやら、向こうの件はうまく行ったようだ。

そのほか色々と政策方針がそれには書かれていた。

俺はこの世界の文字が少ししか読めないので、陸遜さん達に説明してもらう。


その内容は蜀の国力の充実と、この後の対魏戦の方策だった。

陸遜さんもその内容のことは予想していたらしく、確認する意味で書いたのだろうという。


時期がこれば二方から攻めるというのが理想らしい。

あと、国の運営方針について、その簡単な概要が追記してあった。

それを見た瞬間、陸遜さんは非常に驚いていた。

聞いた俺はそんなに驚かなかった。

なぜなら、俺もどこかで似たような政治形態を知っていたから…


簡単に言うと、俺を君主としてその下に土地を治める代表を選出し、彼ら合議によって方針を決定するというものだった。

別に至極まっとうなことと思うのだが…


『アキト兄…冗談で言っているの?』

『何だ?ディアはわかっているのか』


それを聞いて、俺の中のイメージでディアが頭を抱えてゴロゴロと転がっていた。


『アキト兄、この政治形態をなんていうかはわかっているよね?』

『ああ、確か議会制民主主義って奴だろう…確か習ったような…』


代わりに聞いてきたブロスに俺は答える。


『ええとね、政経論の観点でこの世界の文化レベル等を加味に入れると、民主主義の概念が生れるのはもっと先のはずだよ』

『つまり、この世界における民主主義の芽生えってことなの!』

『まあ、もっとも、アキト兄を絶対権力者として見ているから不完全なものだけど…』

『大統領制と王政を混ぜた感じよね』


よくわかったようで、わからんような…、とにかく画期的なことだというんだな?


「さすが諸葛亮先生ですね…」


陸遜さんが驚きつつ、声を絞り出した。


「…皇帝は天子であるということと、民は守るべきものであるという儒教の考えからすると異端ともいえるこの制度、

 アキト様が土地を治めないという考えの利点を活かしている」

「その土地はその土地の人々が決める…殿が君主であるからこそ成立する制度ですね…」


趙雲さんも相槌をうつ。



聞いてみると、今までの政治形態は太守による委任統治で、主の政策方針に従って動くという形だった。

つまり、主がすべての政策を考えることになるのだ。

参謀はいるが、あくまで意見を聞くということで、主の名によって命令されるシステムだった。

諸葛亮さんは、それを俺の委任の下、太守とは別に土地の代表者による政策会議といったものにより、方針を自ら決めるというものにするつもりらしい。





ディアとブロスから言わせるとこの案は軍の扱いについては不完全だという。

軍については変わらず、俺に絶対権があるということだ。

これについては、乱世のため、迅速な決断が求められるためだろうと二人は分析している。






まあ、色々と考えてくれているならいいと思う。

俺は組織運営には向かないのだ…








そこで俺はふと気になったことがあった。






『ところで、この世界は異世界なのか、過去なのかわかるか?』


話を聞いている限り、文化レベルに合わない制度らしい。

これが俺が来たことによる影響だったら……






『うーんあまりに文化レベルが発達してないから…この文化レベルの時代の資料がデータになくて…』

『私達は基本的にデータベースというよりネットワークデータとしての役割が私達は強かったから』


まあ、オモイカネと違ってブローディアのAIだからな…インターフェース的な役割なのだろう。

つまり、基本的な理論データはあっても、具体的なデータは少ないということだ。


『過去か異世界かわからないけど、平行世界の過去という可能性もあるから』

『なるようにしかならないということか…』

『まあ、仮に過去だとしても、規模によっては、あまりに昔だから歴史の修正作用が徐々に働いていくと思うけど』


つまり、歴史は修正するように動くと…

まあ、確かに俺の二回目のあの世界は、太陽系規模の数年という急激なゆがみをもたらしたものだ。

歴史は修正作用が追いつかず歴史を変えることができたのかもしれない。



まあ、国というのは数十年で勃興を繰り返すものだ…時が歴史の帳尻を合わせてくれるのかもしれない。


『それに、考えたのがアキト兄じゃなくて、諸葛亮さんだから…あまり気にしなくてもいいと思うけど』








実際、そんなことにかまっていたら、俺はこの世界で何もできなくなってしまう。

どこの世界だとしても「俺は俺らしく」だ…

それがナデシコで学んだことだったから…



















「…キト様!……アキト様!」


突然、俺は現実へと戻された。

どうやら、思い出していてボーッとしていたらしい。

見ると、陸遜さんと趙雲さんが目の前にいた。

どうやら俺を探してやっと見つけたらしい。




「すまない」

「しっかりしてください…、単純に貴方一人のお体ではないのですから」


謝る俺に趙雲さんが咎めてくる。


「…まあ、お気持ちはわからないこともないですが…」


陸遜さんが苦笑しながら言う。

ここ数日で、この護衛の陸遜さんと趙雲さんとは大分打ち解けてきた。

とはいっても、まだまだ完全とはいえないが…







「それでは、尚香様たちも探していることですし…」


陸遜さんがそう言って俺を促したそのときだった。






「おや?何でしょう…あの煙は…」


趙雲さんが何かに気づいたのか声を上げる。

見ると街とは反対側の方角の上空に煙が上がっていた。



「あの煙の色と上がり方…」

「わかるのか?」


陸遜さんがその煙を分析している。

その端正な顔の眉間にしわを寄せている。


「確か、あの方向、距離のところには…小さな集落がありました…」

「もしや…」


趙雲さんが真剣な顔をして陸遜さんに聞く。

そして陸遜さんは真剣な顔をして頷く。





「ええ、間違いありません……集落が襲われています」




そう聞いた瞬間、俺は走りだろうとしていた。










「…どこに、行くのですか…」



しかし、それは止められた…ひどく、冷徹な声に…。



振り返ると、陸遜さんが感情のない顔をしていた。

その目は、戦場でみる冷静な目だった……まるでシュンさんの様な…

趙雲さんも固い顔をしている。


「助けに行くに決まっているだろう」

「一人でですか?」


俺の答えに、すぐさま返してくる。

その表情を変えず、言葉を続ける。


「いくら、アキト様が一騎当千の武を持っているにしても、多くの民衆をかばいながら戦うことは不可能です

 ともすれば、不覚を取ることもあるでしょう」


陸遜さんは冷静に言い放つ……



何が言いたいんだ……




「私は、臣下として主である貴方様をそんな危険にさらすわけに行きません…ここはご自重を」

「僭越ながら、私も同意見です…兵を連れて行くにしてもあの距離では間に合わないでしょう」


陸遜さんと、趙雲さんは言う。

その言葉に対して俺の反応は簡単だった。

苛立ちだった。


「…貴方達は、目の前に苦しむ人がいるとしても助けるなといいたいのか…」


俺は怒りを込めつつ言い返す。

しかし、陸遜さんはそれを受け流す。


「いいえ、貴方は主です…そのことを理解してほしいのです…大義のためには時には小を見捨てなければならないのです」

「貴方は!!!」


俺は我慢できなくなって声をあらげる…

が、俺は止まった。

なぜなら、赤いモノを見たからだ。






二人の握り締めた手から流れる血を…








辛くないはずはない。

できることなら今すぐ行きたい…しかし…





そんな気持ちが伝わってくる。



俺は二人の気持ちを理解し怒りを収めるが、納得はできなかった。

だから、俺は正直な気持ちを言った。


「俺は、身近にいる人を助けたい」


陸遜さんたちは何も言わなかった。


「俺はこの国の主だ…主はその人を守るからこそ主なんだ。

 人がいてこその国なら主がそれを忘れてはいけないんだ」


主はその人に認められて主となる。

主があって人があるんじゃない、人があるからこそ主が存在するんだ。


「アキト様…」


趙雲さんが俺を見る。


「それに、俺は行かなければ、それは俺自身をも否定することになるんだ」


そう、俺らしく……

俺は自分の周りの者を護るために存在している。

その俺が見捨ててしまったら、それはもう俺じゃないんだ。


「主としては失格なのかもしれないが…」


でも、譲れない…






少しの間、沈黙が落ちる







そして、俺はその集落に向けていこうとした。





「…お待ちください」





陸遜さんの声がだった。

また俺を止めるつもりなのだろうか…




俺はどんなに止めても行くつもりだった。




が、陸遜さんから発せられた言葉は意外なものだった。


「わかりました…」


静かな言葉だった。

しかし、はっきりと俺には聞こえた。


「ただ、趙雲殿をお連れください……私は急ぎ軍を呼んできますので…」


そういって陸遜さんは踵を返し、走っていった…








なぜだろうか…

俺は呆気にとられていた。



そこへ


「急ぎましょう…アキト様」


趙雲さんが走り出す。

そうだ、俺は行かなくてはならない。

集落のことに集中する。


「ああ、急ごう」


そういって俺達は集落へ向かっていった。











陸遜は急ぎながら思った。


なぜ認めてしまったのだろうと…


本当は止めなければならなかった。

しかし、彼の言葉を聞いたとき、どこかその行動を肯定する自分もいたのだ。

不思議なものだ、彼の話を聞いているとそれがいいように思えてくるのだ。


「世の中にはこんな主がいてもいいのかも知れません」


そう陸遜はつぶやいた。

その間にも陸遜の中では、事態の収拾に至るまでの行程を考えていた。

如何にして最善の手を打てるか…

いかなる状況をも想定をする。



そして、また急ぐ…一刻も早く救援を呼ぶために…















趙雲は思い出していた。

自分が劉備に仕え、荊州に身を寄せていた頃を…





劉備は曹操軍に追われていた。

それは、劉備の存在を危険視した曹操によるものだった。

その兵力は圧倒的で、劉備は逃げるという選択を選んだ。

しかし、その劉備を慕う民達もまた共に行きたいと言い出したのだ。

民を率いながら逃げるということはそれだけ劉備に危険が及ぶことを意味した。

臣下の一部からは民を見捨てて逃げるべきだという意見もあった。



しかし劉備は


『民こそ国の基、民なくして国は成り立たぬ…

 ならば、国…民と命を共にするのも当然のことだ…』


そう答えて、決して民を見捨てることをしなかった。




その後、劉備は無事逃げ延び、孫権と結び、赤壁にて曹操軍を打ち破った。

そして荊州をまとめ、蜀の地に国をつくり、今に至ったのだった。



似ている、そう趙雲は思った。

そして、趙雲は劉備がなぜ彼に国を託したかわかった気がした。


自分は劉備様を護れなかった。

しかし、今度は護る…この身に代えても…

固く誓うのであった。




















俺が集落についたとき、そこには現実があった。


燃える家

倒れる人々

うめき声



そして、それをあざ笑う姿


小さな世界が欲望と破壊に蹂躙されていた。






自分の中で忘れかけていた、いや押し込めているものが蠢いた。


俺はゆっくりと歩を進める。




家が放たれた火によって燃え盛り、



切り殺された人々の死体が横たわり、



かろうじて息のある者が痛みと怨嗟のうめき声をあげる。





それが俺を力の権化へと変化させる。






集落を襲った奴らだろうか…

下卑た笑いをした奴らが、集落の中心の広場に集まって収穫を笑い合っていた。

奴らの持つ凶器にこびりつく赤が、如実に現実を語る。



俺は我慢できそうにない…



奴らの中に馬に乗った、他の奴らとは違った格好をした奴がいた。

他の奴から「かしら」と呼ばれている…

俺はそいつを頭領と判断した。




その瞬間、俺は走り出していた。






その集団に接近し



馬上の頭領に向かって跳躍し



その顔面をつかみ



そのまま、馬上から固い地面へと



全体重を乗せ



叩きつけた





グシャ…





その感触が俺の手から伝わってくる……即死だ。



俺は人を殺すことに禁忌を覚えていないわけではない。


しかし、俺は奪う者に対してはその禁忌はない。


「戦争」でも「勝負」でもない、単なる「略奪」ならば…






奴らはいきなりの出来事に焦っている。

何か騒いでいるようだが、俺には聞く気にもなれなかった。



そこに趙雲さんが切り込んでくる。

自らの槍を振るい、鮮やかな手並みで次々と奴らは葬られていく。




俺も周りの相手を相手にする。

軽く触れて、寸剄により心の臓を破裂させる。




今の俺に慈悲はない…






そのときだった。





ウッ…ア…ウー…アアッー





そんな、悲鳴とも泣き声ともつかないか細い音を聞いたのは…

どうやら、近くの民家の中からのようだ。

俺はすぐさまその民家に向かって走り、その中へと入った。

嫌な胸騒ぎがしてならなかった…


















まず俺が感じたのは、むせ返るような血の臭いと精臭だった。





入り口近くには、男性が斬られて血だらけで息絶えていた。


中央の机らしきところの下には、血だらけの子供がうつ伏せで倒れている。


机の反対側には、衣服の乱れた女性が口から血を流し倒れていた…舌を噛み切っているようだ


俺の目の前には女の子が血だらけになりながら、目を見開いて悲鳴、泣き声ともつかない声を上げていた。



そして、


自害した女性の傍では、下半身をだらしなく曝け出した、薄汚れた男が立っていた。







俺は状況を把握した瞬間、フラッシュバックが起こった。






俺の中にある過去が……よぎる!












俺はいつ動いていたのか覚えていない








「……木連式柔、禁じ手…『六獄(りくごく)』」



低く、感情もなくつぶやいた。









――いいか、テンカワこれから教える技は口伝で俺もその実体は知らぬ


復讐鬼だったあの時の、月臣の言葉を思い出す。


――ただ、禁じ手故に之をつかうことは柔を汚すことになる


木連式柔の精神には合わない筈のその技


――だが、この技自体伝わっていること自体、何か意味があるのだろう


そのときの俺は何も考えず、その技を聞いた。


――柔を極めた時、その意味がわかるのかも知れんな…








月臣は実体を知らないと言っていたが、俺はその技を知っていた。

実際、俺自身がその身に受けたのだから…








……北辰!


お前の言っていることがようやくわかったよ


「外道には外道の戦い方がある」


俺はそれをおまえ自身の戦い方だと思っていた。

だが、それだけではなかった。

相手が外道なら、その外道にふさわしい戦い方があるということ





だからこそ、俺はその禁じ手を使った。





四肢の関節を砕き


喉を潰し


顎の関節を砕き


両の肺に孔を空け


そして、首裏を打ち、脳から身体への信号を奪う



「…ゴキュッ!…」


よくわからない発音をしながらその男は倒れた。




木連式柔禁じ手『六獄』


手足の自由を奪う『一獄』

声をなくし、助けも請うこともできない『二獄』

舌を噛み、自ら死ぬことも許されない『三獄』

肺から空気が漏れることによる長き苦しみである『四獄』

意識ははっきりしているが痛覚以外感じなくなり、孤独に突き落とされる『五獄』

そして、最後には死に至る『六獄』






俺はそれを北辰によって味わった。

あと少しで死ぬというところで、ヤマサキに治療されたがな…











俺は苦しむ相手のことを無視し、端で焦点の合わない目で震えている少女を抱きしめた。


「…ウ、ア…アアア」


しかし、少女は俺のことも認識できないのかうめくだけだった。




俺はあらためて部屋を見た。


どこか、綺麗に飾り付けをされた部屋だった。

料理もどこか鮮やかで豪華だった。

何か祝い事の日だったのだろう。

ここにいるのは家賊で楽しかった時間だったのだろう



それが…父は斬られ、母は犯され自害し…

それを目の前で…







すべては赤に染まっていた。









俺は思わず昂氣を発していた…少女を包み込むように…護るように…


「ア…ウ?…ア、アア……」


そのとき、俺に気がついたのか反応を見せたが、その後気を失った。



俺は少女の怪我の様子を確認する。

あまり深い傷ではない…痛みで動けなかったようだ。






そのとき物音がした。

振り向くと、斬られ倒れていたもう一人の子供が動いたのだ。


俺はすぐさま近づき確認する。

血だらけの女の子だった。

生きている!

出血は多いようだが傷は浅い、ショックで気を失っているのだろう。

ある意味気を失っていて良かったのかもしれない。

こんな様子を見せるわけにはいかなかったから…





俺は二人の少女を止血し慎重に抱えるとその家を出た。





外では、趙雲さんがあらかたの襲撃者達を駆逐していた。

残った奴らは散り散りになって逃げていった。

頭を真っ先にやられたんだ、もう統制はない。






「…殿…」


趙雲さんが俺の姿を見てほっとしている。

が、血だらけの二人の子供を抱えているのに驚いたようだった。


「この子達は、あの民家で保護した…両親は………」


沈黙が過ぎる…


「…そうですか……私は警戒に当たってきます」


趙雲さんは俺が一人になりたいということを悟ったのか、その場を後にした。



彼は俺が今纏っている負の感情も感じたはずだ

しかし、いつもと変わらない。

今はそれがありがたかった。





俺は趙雲さんが去りし後


「…くそっ!」


ただ、悔しさを持つ。


『アキト兄…』

『………』

 
ディアもブロスもかけるべき言葉もなく過ぎていった…












その後、陸遜さんによって治安部隊がやってきた。

死者の弔いをしたあと、そのまま賊の討伐に向かっていった。

けが人については、この二人の少女が最もひどく、二人を医者につれていくように頼んだ。


集落の人々は3分の1まで数を減らしていた。

話ではもう集落の再建は無理で、他の集落に移り住むということになるらしい。

これは仕方のないことだろう。




生き残った人に二人の少女について聞いてみた。

それぞれ、憐麒(レンキ)、桜蘭(オウラン)という名前で、憐麒という少女にいたっては今日が誕生日だったらしい。







二人とも両親が死んだ以上、天涯孤独となるらしい。

生き残った人も新たな生活のため、余裕がないとのこと。







俺はこの二人を引き取ることに決めた。













「アキト様、これが乱世です」

「こんなことをなくすために、私達は平和を目指さねばならないのです」


どの時代でも、戦乱で苦しむのは弱い人々だ。

彼らのために俺は何ができるのか考えなければならないのかもしれない。

それが主としての責任かもしれないから…




やけに青い空が恨めしかった。












続く





あとがき、もとい言い訳

第七幕です。

暗い、暗いです。

こういった話が苦手な人には厳しいものだったのかもしれません。

でも戦乱である以上、見つめなくちゃいけないところだと思います。


また、今回はこの世界とアキトの関係をテーマとしています。

アキトはよそ者ということもありまして、いまいちこの世界のことに関わっているという意識が低いです。

一度、自分はどんな立場にいて、何をすべきか考えてもらいたかったんです。

政治制度とタイムパラドックスについては適当です。

さすがにアキトが政治制度を熟知しているはずもなく、

ディアもブロスもネットワークがあるからこそ情報が引き出せるのであって、単独では情報量も限定されます。

言うなら前の世界ではインターネットできたけど、今はノートパソコンぐらいの役割でしかないということです。

まあ、二千年の昔のことなので、小さなことに影響はあっても、大まかな歴史には影響はないと考えてますから。


アキトの殺人の意識は、いくらやり直したといっても復讐の頃からすぐに変われるものじゃないですからね。

護るために奪う者に対しては容赦しないというのがスタンスとして考えています。

あと「禁じ手」については全くのオリジナルですから、その過去関係については矛盾が多くあります。

そこら辺は、見なかったことにしてもらうことに。

そう考えると、今回はオリジナルの設定ばかりになって、「時ナデ」と食い違う点が出てきてますな。

うう、自分の考えのなさを露呈…


最後にオリキャラが出てきました…憐麒と桜蘭という女の子です。

憐麒については神威様よりいただいたオリキャラでございます。

その割りに登場が非常にかわいそうですが……

これはダークなのかな…、殺していないだけダークじゃないと思うんですけど…(不安)

詳しい設定については次回に紹介いたします。

ちなみに、ゲーム中まさに「女の戦い」と呼べるステージがありましたね。

それが次の戦争のベースとなりますので…ある意味ヒロイン全員集合の戦いです。

次回は今回のことの後の生活と、魏での暗雲について書いていくつもりです。


最後に感想を下さった、encyclopedia様、神威様、マフティー様、とーる様、孝也様、義嗣様、影の兄弟様、カイン様、本当にありがとうございました。

また孝也様には前回、お名前が間違っていたことをお詫び申し上げます。

次も頑張って書くぞ……

 

 

代理人の感想

ダークが悪いとは申しませんが・・・これは一般的にはダークでしょうねぇ。

おっしゃるとおりに「乱世」を描くのであれば必要な話ではあるんですが。