一騎当千
〜第九幕〜



















国において、定期的に「評定」というものが行われる。

評定とは、国の主だった者が集まり、その後の戦略を評議、決定する場のことである。

この場での決定が、その国の方向性を大きく左右するといっても過言ではない。





ここ魏では現在、定期的な評定ではなく、臨時の評定が開かれていた。



「それでは、これより評定を始める」


魏の皇帝である曹丕が評定の開催を宣言する。

彼は一段上の所から、そこに居並ぶ臣下たちを見下ろしている。

張遼、甄姫といった諸将が並んでいた。

その言葉には、どこか自信が感じられるのは気のせいではないだろう。


「まずはこれまでの状況の報告だ…」


その言葉に、それぞれの担当官がその内容を報告する。

といっても、内政的な報告である。

本来、定期的な評定においてはその報告は重要なことなのだが、臨時の評定なのでその報告はさして重要でない。

淡々と報告がなされるが、それに対して特に言を与えるわけでもなかった。







「…それでは、今回集まってもらったのは先の呉、蜀の戦いの結果についてと、その軍方針だ」


報告が一通り済んだところで、曹丕が今回の評定を開いた理由を述べた。


「…呉、蜀の現状を報告しろ…」

「はい…」


曹丕の言葉に軍師である賈文和に報告を求める。

彼は曹丕の信頼する片腕だった。

彼が皇帝になる前からの自分の相談相手であり、彼が曹操の太子になれたのも彼の尽力があったからだ。

ただ、最近は曹丕の私生活のことを咎めたため、気まずい仲になっている。

公のことならいざ知らず…

曹丕は徐々に彼を疎ましく思えてきているのである。


そんな風に思われているとは思わず、彼は求められたように報告をする。


「先の月に出陣した蜀の軍勢は、呉の先鋒を打ち破りその軍を長江まで進めました」


淡々と説明をする。


「一方の呉は、兵力的に劣っており、蜀が有利だと思われていたのですが…」


そこで彼は言葉を切る。


「蜀軍は夷陵の地において、火計によりその大部分を壊滅し、呉軍の勝利に終わりました」


そこで、室内にざわめきが生れる。

しかし、その後の報告はさらに彼らをどよめかせた。



「そして、その戦において、蜀主である劉備玄徳が戦死いたしました」











「その報告、誠ですか?」

「張遼殿・・・」


そう言したのは、張遼であった。


「…報告によれば、蜀において劉備の国葬が行われております…まず間違いないでしょう」

「…そうですか」


彼は吐くようにつぶやく。


「…張遼殿、どこか残念そうですな」

「いえ、彼もまたこの乱世の英傑、敵といえどその死は悲しむべきものはあります」


尋ね返された張遼の答えに、口には出さなかったが、そこにいた者は「彼らしい」という感想を持った。




いや、違った。すべてではなかった。


「・・・フッ」


曹丕だった。


「詰まらんことを言うな……」


そう言いきった。

張遼は下を向いていたため、周りの者はその表情はわからなかった。



……曹丕様



諸将の中にも苦々しい顔をするものがいた。






「それより、とうとう劉備が死んだか……これでわが魏の邪魔者が減った…」


そんなことは構いもせず笑う。

その目には自信に溢れていた。




「劉備は死んだのはわかったが、その後の呉、蜀の情勢はどうなっている」


曹丕はここで話を元に戻した。



おそらく、劉備の後を劉禅が継いだのだろう。

基本的に子に継がせるのが常識だからだ。

劉禅がどんな人物かわからないが、劉備ほどの人物ではないだろう。


そう考えていた。




しかし、返ってきた答えは意外なものだった。


「誠に申し訳ありません。その報告において情報が混乱しております」

「どういうことだ」


曹丕が軍師に問い返す。


「劉備亡き後、その実子である劉禅がその後を継ぐはずだったのですが、そうではないようなのです」

「なんだと?…なら、諸葛亮がか・・・」

「いえ、まだ噂の域でしかないのですが、蜀の民は誰もがその人物の名を聞いたことがなかったそうです。

 現在、追加の調査をしております…そろそろ報告が来る頃ですが・・・」


曹丕はよくわからなかった。

が、報告が後から来るということで、この疑問は後回しにすることにした。



「ならば報告を待つ……では、呉の方はどうなっている…」


蜀を破ったとなればその余勢で荊州だけでなく益州も臨んでいるはずだ。

目下注意すべきはこの呉である。



だが…


「いえ、こちらも情報が錯綜しておりまして…」

「なんだと!…文和、貴様無能か!」


思わず、叱責してしまう。

普段の曹丕ならありえないことだった。

どんなことがあっても感情を荒げることはないというのに…


「いえ、私もにわかに信じがたいだけで、その確認をしているだけです

 何でも、呉において新たな主が誕生したという報告が…

 ただ、こちらは孫権が亡くなったという報告は受けておらず、疑問に思いまして…」


彼の言葉に曹丕は自分を落ち着かせる。

ただ。


「一体何がおきているのだ…」


曹丕はそうつぶやいた。










「陛下」


そこに曹丕に呼びかけた者がいた。

よく通る覇気にあふれた声だった。

その人物は、鎧でなく衣を纏い、その手には黒い羽扇を持っている。




司馬懿、字は仲達、その人だった。

魏の誇る名将、その智謀は諸葛亮に劣らないとされている。

曹操の代より仕え、曹丕の代には勲功をあげ、その地位も確固としたものとしていた。




「何だ司馬懿よ…」

「私が調べましたところ…私でも信じられないことを報告として受けています」

「申してみよ」


曹丕に言われると、司馬懿は少し前に出てその場にいる者に聞かせるように話し始めた。


「蜀が夷陵の地において敗北したというのは報告されたとおりですが、

 あと、奇妙なことに呉の君主である孫権が捕らえられたという報告もあるのです」

「一体どういうことです」


司馬懿の諸将の一人、甄姫が反応する。

彼は彼女の方を向いて


「言葉の通りだ・・・・・」


一言で返す。

ただ、彼も彼女がそれを聞きたいのではないということをわかっていた。

言葉を続ける。


「もしこのことが本当ならば、蜀と呉とは別に第三の勢力が存在すると思われます」

「なぜだ?」


曹丕も聞き返す。


「蜀軍は敗走しておりました。その中で相手の君主を捕らえる事など可能でしょうか?」


しかも、火計という蜀軍にとって予想外の状況の中だ……無理だろう。


「そして、報告にある蜀の民が知らなかった新たな蜀主、同時期での呉の主の交代…

 ここから導き出せるのは…」


そこで言葉をため、数歩歩く。



その場の者は司馬懿の言葉を待っている。

すべてその言葉に引き込まれていた。






「すなわち………第三の勢力による呉蜀の併呑……それしかないと思われます」





司馬懿はそう言い切った。





わずかな情報でここまでの分析ができるとはさすが司馬懿だと言える。

諸葛亮が危険視するのもわかる。



しかし、そんな司馬懿でも予想はできなかった。







その第三の勢力が勢力どころか、実は一人の青年であること。

しかもそれは併呑などではなく、二人の主による禅譲であったこと。






予想しろというのは無理な話だろう。











「何を馬鹿なことを…」


しかし、曹丕はその考えを妄言だと切って捨てた。


「そんなことがあってたまるものか、そんなことがあるならばこの世に乱世などない」


第一そんな勢力が存在するのなら、なぜその存在を把握できない?



正論だ、正論だといえる。








だが……






(一概に妄言とはいえないですわね…)


甄姫は冷静に分析していた。

司馬懿の推理は根拠のないものではない。

信じられないかもしれないが、それを否定する要素もない。

頭ごなしに否定できるほど、条件が当てはまっているわけではないのだ。



それがわからぬ夫――曹丕ではなかったはずだ。









(変わってしまったのでしょうか?)





ふと、この宮殿に眠っている黒曜姫を思う。



彼女が現れてから、夫は変わった。

どこか、おかしくなってきたのだ…

表面的には変わらない…しかし、甄姫にはわかった。




しかし、彼女はそれを黒曜姫のせいだとは思わない。



彼女は眠っているだけだ、そこに何の責任もない。

悪いとしたら、それは変わった本人。



そう考えていた。










甄姫は強い女性である。

彼女は受け入れる強さを持っている。

前の夫の妻から、曹丕の妻にされてしまったときも…

その状況、運命を受け入れても、自分を曲げることがない。




だから、現在の状況―夫の変化も受け入れてもいるのだった。




それは強さなのかもしれない…

が、同時に彼女の弱さでもあった。



そして、彼女はそのことを認識はしていない。


今は……














「…まあよい、とりあえず報告が来ればはっきりする」


曹丕がそうまとめようとしたそのときだった。

伝令の者がその室内に入って来る。

おそらく彼が、例の報告を持ってきた者だろう。


「失礼いたします!」


彼は若干焦ったように向かってくる。

そして曹丕の前で片膝をついて頭をたれ、胸の前で拳を手で包む。


「報告いたします!」


室内にその者の声が響き渡る。



誰もがその者の言葉を待ち望んでいた。







その口から、真実が伝えられる。

驚愕と衝撃を伴って…






「…蜀と呉は、劉備、孫権両名の禅譲により、一国として合併いたしました!」












評定中一番の驚きとどよめきが室内を満たす。


「…ど、どういうことだ!…説明せよ!」


曹丕は驚愕に喉を詰まらせながらも説明を求める。


そこで説明された内容は司馬懿の予想通りのものだった。





劉備が死し時、その遺言によりて蜀を禅譲したこと。

孫権もまた、その場において呉を譲ったこと。

そしてそれは、呉蜀どちらにも属さない者だということ。








「一体誰なのだ?……たった、一晩で呉蜀をその手におさめることになった奴とは…!?」


そして、今最も知りたいことの質問を曹丕がする。



その質問を答える者は、その自らの記憶をたどり、言葉を口にのせた。






「…テンカワアキト……自らを『天』よりもたらされた者と言っております」











沈黙が訪れた。

その場にいる者の心中はいかなるものだろう…











長き沈黙の後


「…テンカワ…アキト……」


曹丕が掠れるようにつぶやいた。

そのときだった。




ドシュゥゥゥゥゥゥゥ!!!




轟音が室内に響きわたる。

瞬間的にそこにいる者達は身をかがめた。

一部の武官はすぐにでも動けるように戦闘態勢をとっている。

身体に染み付いた行動だった。


そして、状況を確認する。

室内には何も起こった様子は見られない。

ただ、近くで何かが起こった事がわかった。


「一体、何事なのだ!」


曹丕が思わず叫ぶ。



その時、入り口から、鎧のぶつかる音が聞こえてくる。

誰かがこちらに向かっている…

全員がその音に注意を向けていた。



入り口より人影が現れる。



それは、曹丕にとって見慣れた衛兵――黒曜姫の安置されている部屋の衛兵だった。

彼は切れる息も気にせず、大声で報告を始めた。


「申し上げます!突然、部屋に雷が…!!!そして、あの柩が光り始め…!!!」


混乱しているのか、その報告もしどろもどろだ。

居並ぶ諸将には理解できない内容だった。



が、それだけでその身を動かしていた人物がいた。





魏の皇帝、曹丕だった。








なぜなら…





その出来事が黒曜姫の部屋で起こったことだったからだ。



今の彼にとって、最も優先すべきもの…














彼は真っ先に安置部屋に向かっていった。


「陛下!」

「曹丕様!」


諸将が叫ぶが聞こえないようだ。

仕方なしに、彼らも曹丕の後を追った。

















主の突然の行動に驚く諸将の中で


(…やはり変わってしまった…)


甄姫はその秀麗な顔を曇らせるのだった。





しかし彼女は知らない。

その中には彼女のように顔を曇らせる者もいれば、嘲りの表情を浮かべていた者がいたことを…




















曹丕は走っていた。

あの通いなれた部屋へ向かっていた。

その心中はそこにいる人物へとただ向けられている。

その思いは……













俺は欲を持たないようにしていた。

欲はその身を滅ぼすと…








俺は父、曹操のような英傑でない。

父のように文武と共に、時代に愛された人物ではない。



幾戦の戦いを勝ち抜き、魏という大国を創り上げた父。

その中には、死を覚悟した戦いもあったという。

しかし、父は生き残った。




多くの者は俺を父と同じような文武の人間だと評する。

確かに、能力においてはひどく劣っているわけでもないと自分でも思う。

実際、父とは色々と手合わせも討論などもしたので、その実感もある。




だが、俺には父と違って、時代に愛されているとはいえない。

絶体絶命の中、生きるということなど……

だから俺は欲をできるだけ出さないようにした。




皇帝になったのは、周りの者に押されたということもあったが、

何より兄亡き今、俺が一番上の兄として、曹家の支配を磐石なものとせねばならなかったというところが大きい。

おかげで植の奴には憎まれたがな…




そのため、俺は機会をうかがい、時まで決して動かないようにした。

きっと時代は俺に合わせてくれない。

なら俺が時代に合わせて、機をみて動こうと…


画餅は食えんのだ


自分の想像だけで動いていては痛い目を見る。

見える確実なことを、確実なときにすればいい。

賭けなどするものではない。



俺は父と違って、「時代に選ばれた」人間ではないのだから…








だが、あの日、あの黒髪の娘を見たとき…

金色の柩の娘を見たとき…

あの神秘さを感じたとき…



これは天が俺に与えたものだと思った。



初めて、自分が「選ばれた」と実感できたときだった。

その瞬間からだろうか…

自分の中に、欲というものが蘇ったのだ…



「選ばれた人間」として、俺は生きていけるのだと…

あの父と同じように…



だから、いつも黒曜姫を見ていた。

いつかその目を開け、自分を「選ばれた人間」として祝福してくれるのを…




だから、必死だった。

自らを承認してくれるかもしれない相手の無事を祈って…
















曹丕がそこについたとき異様な風景が広がっていた。


貫かれた天井

散乱する瓦礫

気を失い倒れている衛兵


そして


金色の柩よりその身を這い出した黒曜姫の姿




眠っていたため閉じられていた目…

その目が今は開けられていた。


美しき、黒真珠の如き美しさだった。


ただ、その目は虚空を見つめている。


曹丕はまるで魅入られたかのように見つめていた。




そこに遅れて諸将たちも訪れる。


「!!……」

「これは…」

「黒曜姫が……」


その状況に驚き、口々に言葉が漏れる。




その中で、諸将たちが自分の後を追ってきたことも曹丕は気づかなかった。

ただ、黒曜姫を見ている。


そして、目の前にいる黒曜姫に向かって歩を進めていく。


見てほしかった…

その美しい眼で、自分の顔を見てほしかった。

自分の姿をその瞳に映し、自分が「選ばれた者」であることを言ってほしかった。




徐々に彼は彼女に近づいていく…


後数歩で身体を密着してしまうようなところで…

曹丕はその言葉を聞いた。







彼にとって残酷な一言を…









「………ター……アキト……」








その瞬間、黒曜姫は力を失ったかのように崩れ落ちる。

すかさず、曹丕はその身体を支える。





彼女は眠りについていた…





その身体は軽かった…

逆にその重さが、曹丕に何が起こったのかを考えさせた。







彼は聞いた…


はじめの言葉は聞き取れなかったが、確かにある単語を聞いた。





アキトと……




それは曹丕にしか、彼にしか聞こえなかった。




彼は、自分の中に黒いものが湧き上がるのを感じた。
















「おやおや、散々な状態になっておるのう…」


誰もがあっけに取られている彼らの背後で、突然声がかけられた。

老人の声だった。


「何奴!!」


すかさず、背後を振り返り反応するが、一部のものはその姿をみてその動きを止める。

杖を持った老人だった。

どこにでもいるような老人、だがその目を忘れることはなかった。


「…左慈、あのときの幻術師か……」


張遼がうめいた。

その言葉に、老人―左慈は意外そうな顔をする。


「……ほう、覚えているとはのう?」

「あんなことをしておいて忘れるはずはなかろう」


張遼が言葉を返す。

諸将は、その会話のことがわかる者と、わからない者の二つに分けられている。


「一応、初めてな人間も居ることじゃし自己紹介でもしておくかの?」

「必要ない!…貴様、幻術を用いて曹操様に害をなそうとしたこと忘れてはおらぬぞ!」


そうなのだ、曹操が生きていたとき、この左慈がやってきて、様々な幻術を見せた。

そして、曹操に幻覚をみせ、その精神を衰弱させたこともあったのだ。


その言葉に、諸将たちは、左慈を敵と判断する。

殺気が溢れる。


「…まあ、そんなにいきり立たんでもよいではないか……左慈元放というしがない老人にのう…

 それより、その姫様のことを知りたくないかのう?」

「誰が、貴様のような奴の戯言など聞くか!」


張遼が言い放つ。

周りの諸将も同じ表情をしている。


だが…



「左慈とやら……申してみよ……」


ひどく低い声――曹丕の声だった。

見ると、曹丕は黒曜姫を再び柩の中に戻していた。

そしてこちらを振り返っていた。



その言葉に諸将は言葉をなくす。

いきなり何を言い出すのだという気があった。


逆に左慈は表情を崩した。


「ほう、さすがは魏の皇帝、他とは違うのう?」

「…早く言え…」


曹丕は促す。


「ほっほっ、気になるのかい、では言おう。

 その姫―黒曜姫と言ったか、その者は主を待っているのじゃ…」

「……主?」


聞き返すが、左慈は微笑んでいる。

そして


「二つの星が瞬く時、天より蒼銀の皇子降り立つ…

 黒き至宝は其の真なる主との約束の時を待つ」


そう唱え始めた。


「何だ、それは……」

「さて?なんじゃろなあ……わしは方術の士と言えど万能ではない…

 まあ、自分で考えることじゃな…」


そういって部屋を出て行こうとする。


「待て!!」


諸将たちが止めようとするが、左慈はぼやけるようにその姿を消した。


後には呆然とした者達が残された。







曹丕は再び、黒曜姫を見つめた。

先ほどまで開かれていた目はもう閉じられている。





その開かれた目は、自分を映してはいなかった。

自分ではない誰かを…


そして彼は聞いた

彼女が呼ぶその名を…




―――アキト



そして、先ほど聞いた報告の名を…



―――テンカワアキト



自らを天の使いと名乗るもの…

「選ばれた」者…






黒きモノが駆け巡った













その場にいる者は、曹丕が発するその雰囲気に沈黙させられていた。

黒曜姫を見つめて動かないその姿を…


「…司馬懿よ……」

「…ここに」


突然、声を発す。

が、司馬懿は察していたかのように進み出る。


「お前なら…どこを攻める…」


ところどころ抜けた問いだった。

しかし、その相手は司馬懿である。


「本来、夷陵の大敗と劉備を失った蜀を攻めるのが普通ですが、諸葛亮が予想していないわけがありません。

 そして、荊州は呉の新たな支配地域、逆に侵攻を警戒しているはずです。

 となると、江東より攻めるのがよろしいかと…」


曹丕の意図を読んで確実な答えを返す。


「では、司馬懿よ、お前が侵攻の策を立てよ!…我も自ら出陣する」

「ははっ!」

「そして、長安より張コウを、襄陽より徐晃を呼び寄し、先陣を任せよ」


曹丕は魏における二人の将軍を呼び寄せるよう指示した。


「張遼…」

「はい」

「寿春防衛の任を解き、貴殿には黒曜姫の護衛を任せる」


寿春とは、江東の対呉の最前線である。

そこの防衛の任を解かれて、たった一人の人間の護衛をせよというのだ。


「……はい…」


落ち着いた声で答える。

何かを抑えるような……


武人として屈辱だった。

しかし、彼は軍人であった。
















「この侵攻に合わせて軍の編成を急げ」


そういい残して曹丕は部屋を出て行った。




「……曹丕様…一体どうなされてしまったのだ……」



武将の一人の言葉がすべての者の気持ちを代弁していた。


ただ、司馬懿のみ笑いを浮かべていたのだった。






















その夜、司馬懿は自室にて、侵攻の策を考えていた…はずであった。


「「お呼びでしょうか、父上(叔父上)」」


そこに二人の若者が入って来る。


「よく来た、師、そして望」


司馬懿は若者、息子の司馬師と、甥の司馬望に声をかける。


「江東への侵攻を任されたと聞きましたが…」

「フン、そんなものはどうでもいい」


司馬望の言葉を鼻で笑って答える。


「私は陛下の前ではああ答えたが、それはあくまでどこを攻めるかを前提にした場合だ……私なら攻めない。

 私の予想では五分五分といったところだが、少しでも思惑を超えれば劣勢になることは間違いない」

「ではなぜ…」


司馬師がたずねる。

勝算の薄い戦いをするなど、愚の骨頂ではないか。

そう思ってのことだった。



司馬懿はそれに笑って答える。邪笑だった。

そして、何事もないように言う。


「…必要ない者に消えてもらうためだ……

 戦場における戦死…別に不思議なこともあるまい?」





「まさか…」


司馬望が思い当たったのか、驚きに包まれる。

司馬師もまた、それを察した。











「色に狂った皇帝など要らぬ…」










冷静に言い放つ。

二人の若者はこの人物の言葉に畏怖した。




「お前達には、司馬家のために働いてもらいたいことがある」


そこで、司馬懿はうって変わって真剣な顔をする。

その目は二人を見つめている。







司馬家のため



そういわれて、二人は断るわけがなかった。

次の瞬間には、その言葉に頷いていた。








そして、二人は司馬懿から計画を聞く。







そこに何も動かない空間が生れる。


そしてすべてを聞き終わったとき、司馬懿の顔は何事もなかったような顔をしている。

また、二人も普段の顔をしていた。


「わかったな」

「「はい…」」


司馬懿の言葉にいつも通りの返事をする。


「頼むぞ……私はこれから曹植様に接触する」


そう言って彼は部屋を出て行く。

彼にとって、この交渉が計画を左右するのである。

時間は惜しかった。












そして司馬師、司馬望がそこに残された。

おもむろに司馬望が口を開く。


「さすが叔父上……確かにこれならうまく行くだろう…」

「しかし、望、お前は大丈夫か…」


司馬師が心配そうに言う。


「確かに張遼将軍を相手にするとなると…」

「まあ、充分な数を使えば可能だろう」


軽く笑う。


「しくじるなよ」

「おまえもな…」


そういって二人もその場を離れていくのだった。




















『あの左慈とやらが言ったことが、本当かどうかはわからぬ。

 ただ、それがテンカワアキトという者に関わっている可能性があるならば……

 私は予言など信じぬが、後顧の憂いをなくすために…』

































『…黒曜姫を殺せ……』



















続く



あとがき、もとい言い訳


はい、第九幕お送りいたしました。

今回は、魏の動きです。

曹丕の暴走、司馬懿の暗躍と動き始めてきました。

私自身、マイナーキャラの気持ちというものを考えてしまうんでしょうか?

もともと有名な人の人物像はよく分析されて、固定化されますが、

逆に知られていない人は分析も少なく、レッテル張りとなっていることもあるんですよね。

曹丕については「画餅は食えぬ」という言葉をもとに、彼が超現実主義なのかを考えた上で、変化する要因を考えてみました。

うまく表現できてわかってもらえるといいんですが……やっぱ二世キャラはコンプレックス持っているものですよ。

そして、司馬懿様の登場です。

彼大好きです。

だから絶好調に走りきらせます。

また、左慈については……もともと謎な人ですから…仙人と言う説もあることですし…

そういえば、三国志のゲームでは北斗と南斗という生と死をつかさどる仙人がいましたね…


色々と人物の名前が出てきました。登場したときに説明していきます。

で、今回は司馬懿様


司馬懿……字は仲達

諸葛亮のライバルとして、その名を轟かす魏の名将。

国力を背景にした持久戦を用い、諸葛亮に大勝はしなかったが、大敗もなかった。

戦略においては、諸葛亮を凌駕している面はあった。

晋の成立と演義の影響か、人類史上、悪の軍師と言えばこの人といわれるところもある。

私は「これでこそ悪」という、悪の美学を持っているとしてお気に入りです(偏ってる)


でも、やっぱ三国志を知らない人にとってはこの話自体わかりにくいなー

設定を書いても、うまく劇中で説明できないと意味ないし……

二次、三次制作で陥りやすい状況になってしまっている。

気をつけよう。


さて、魏の侵攻で蜀は南蛮で不在、と言うことで事実上、魏呉の対決となります。

次回はアキト達の迎撃に向けてのところを書いていきたいと思います。




で、ここで連絡、

今まで、更新ごとに投稿をしてまいりましたが、一身上の都合(笑)で投稿ペースが落ちます。

週一で出して行くことになります…出せるなら早く出したいところですが…

勤労の義務を果たす対象を探す活動中ですから……セミナー(泣)、エントリー(痛)

そして、ゼノサーガ(爆)


感想を下さった、孝也様、イタチ・マサムネ様、マフティー様、SHK様、E.T様、カイン様、義嗣様、まさし様、とーる様、影の兄弟様、本当にありがとうございました。

次回も頑張っていきたいです。

それでは。

 

 

 

代理人の感想

私なんかはまんま徳川秀忠とかぶったりするんですね。>曹丕

まぁ、同じ偉大な父を持つ二代目とは言え、

客観的に秀忠よりは曹丕の方が才に恵まれていたっぽくはあるんですが

結局魏は六十年余りしか続かず徳川は二百五十年続いたことを考えると、才能ばかりの問題ではないかなと。

(秀忠の場合は父親がきっちりとケリをつけてくれたのが大きいんですが)