ATTENTION!!
この話は1000万ヒット記念企画『Blank of 2weeks』の1投稿である『Do you know……?〜あなたは知ってる?〜』の続き物です。一応見なくても読める内容を心掛けましたが、興味のある方はぜひ先にそちらのほうをお読みください。
狂気。
異常をきたしてしまったココロ。
正気。
異常が無い確かなココロ。
キョウキ。
ショウキ。
その違いはたったの1文字。
1文字変えてしまうだけで、2つの性質は全くの正反対となってしまう。
まるで、鏡に映った自分のように。
それと同じことなのだろうか。
人が、こうも簡単に狂ってしまえるのは。
昨日までの自分とは、全くの別人になれてしまえるのは。
mirrors set
against each other
幕間 ココロの隙間
presented by 鴇
とくとくとくとく。
ジョッキに日本酒がなみなみと注がれると、ウィーズ・ヴァレンタインはそれを一気に飲み下した。
彼女は現在、<雪谷食堂>のカウンターで1人酒をあおっている。やるべき仕事は既に終わらせているので他には誰もいない。彼女は瓶が空になったことを確認すると、新しい酒の蓋を開けた。
既に7本目である。
当然、彼女の体からはこれでもかと言うほど酒の臭いが漂っているのだが、その割りに顔は赤くもないし目もしっかりしていた。
それは、アルコールも薬物の一種には違いないということだ。
アクアのこと、自分のこと、この店のこと……。考えるべきこと、考えなければいけないことが多くなりすぎた頭をリセットするためにアルコールの力を借りようと思ったのだが……
自己の優秀な代謝機能も薬物に対する耐性も、こういう時には余計だな、と彼女は苦笑いを浮かべる。
そして飽きもせずにまたジョッキに日本酒をなみなみと注いでやったところで、隣の席にアクアがやってきて腰を掛けた。
「うっ、お酒臭い」
「……アクア?」
ようやく酒が回ってきたのか、ウィーズはその目を少々とろんとさせながら言う。アクアはウィーズの酒をコップに注ぎ、冷蔵庫から失敬した焼豚をつまみ代わりにおいてから彼女に話しかけた。
「で、決心はつきましたの?」
いきなり核心を突いてきた。
ウィーズはそれには答えずに、ただ目の前の日本酒をじっと睨む。
「考えるまでも無いでしょうに。クリムゾンの保護を受ければあなたはもう毎日に怯えなくても良いし、一所に留まって落ち着くことも出来る。私もあなたと一緒にいられるから嬉しい。いいこと尽くめですわ」
「うん。でも……」
「でもも何もありませんわ。ウィーズさんは私が木連と連合軍に手を回すことでいわゆる『社会の汚れた部分』に触れてしまうことを懸念していましたが、そんなことは私に対する侮蔑ですわ」
「えっ?」
毅然とした表情で告げるアクアに、ウィーズは一瞬どきりとした。
「あまり大きな声で言うことではありませんが、クリムゾンはお祖父様が一代で築きあげた言うなれば成り上がり企業です。その過程では当然他社からの妨害もありましたし、逆にこちらから汚いことをけしかけた時も多々あります。それら全てが正しいこととは言いませんが、もともと程度の差こそあれ、社会の何処にだってそう言った面はあるでしょう。それを無理に遠ざけるということは、私を一個の独立した人格と認めていない事と同義ですわ」
そう。何時だって世界は穢れている。理想を信じるだけで生きていけるのなら、この世に警察も軍隊も必要ない。飢餓で苦しむ幼子も陵辱される乙女も捨てられる老婆もいないだろう。またそこまでいかずとも、信用していた人間が裏で陰口を叩いていることなぞ別段珍しいことでもなんでもない。
穢れている世界。
そんな当たり前のことすら見せずに、無理やり綺麗なものだけを見せようとするのは酷く不自然なことではないだろうか。
ひいてはそれに耐え切れる訳がないと、アクア・クリムゾンという人間を過小評価することに他ならないのではないだろうか。
「……ゴメン」
ウィーズにもアクアの言いたいことが分かって、素直に謝った。
では、これで問題が解決したのかというと、実はそうでもない。
ウィーズはアクアを見据えながら、そして言った。
「確かにアクアの言っていることは全くの正論だわ。世界にはいくらでも汚いところがあるし、それらを故意に隠そうとすることはおかしいことと言える。でも、それとこれとは話が別よ」
何故、と理由を聞いてくるアクアにウィーズは注いだままにしていた日本酒をあおってから答えた。
「汚すぎるからよ。確かに日常生活を普通に送っているだけでも嫌なことや目を覆いたくなるようなことはあるわ。苛めとか汚職とかね。でも、それでも、『そこ』はまだ私のいるところよりはずっとマシなの。……なんていうのかな? 『こっち』に長いこといるとね、引きずり込まれるのよ」
「引きずり込まれる?」
オウム返しに聞いてくるアクアにウィーズは頷く。
「そう。『こっち』はいわゆるモラルだとか生命の尊さだとか、そういったものがとかく希薄になっているのよ。たとえば誰かがすごく憎くて、それこそ殺したいくらいに憎い相手がいたとして、そんな時アクアならどうする?」
「そうですわね。とりあえずその方の弱みを握って、脅すだけ脅した後、裏切り暴露して屈辱と絶望と落伍者の烙印をプレゼントいたしますわ」
聞かなきゃ良かった。しれっと答えるアクアを見ながらウィーズは強くそう思ったが、とりあえず話を続けた。
「……う、うん。アクアみたいに思う人も結構いると思う」
そうか?
「でも、本当に殺そうとはなかなか思わないよね。それは良心の呵責とか法に対する恐怖とか、そういったものが無意識のうちに抑止力となって働いているためなの。でも、『こっち』の人間はおしなべてそれが弱い」
それはつまり、憎いと思った相手をそのまま殺してしまうかもしれないということ。『最後の一線』という壁が酷く低いと、それこそ軽くまたいでしまえるくらいに低いということなのだ。
アクアは神妙な顔で聞きながら、持って来たつまみを口に運ぶ。
そしてふと思いついたようにウィーズに問いかけた。
「……ウィーズさんも、誰かを殺したいと思ったことがあるんですの?」
それは何気ない質問だったのだが、その言葉にウィーズの動きが一瞬、止まった。
「「……………………………」」
それだけでアクアは大体の事情を察し、2人の間に奇妙な沈黙が生まれる。
どれだけの間そうしていただろうか。2人はしばらく無言で酒を飲んでいたが、やがて意を決したようにウィーズが呟いた。
「……あるよ。殺したいほどに人を憎んだこと」
ウィーズの言葉に、アクアはやっぱりと思う反面、まさかとも思った。
アクアが持つウィーズに対するイメージは『愚かな善人』だ。例えどのような状況となっても他人を心から憎みきることは出来ない。そう思っていたウィーズの口からこんな言葉が出てくることは、やはり驚きだった。アクアはしかし内心の驚愕を押し包み、沈黙を持ってウィーズに先を促した。
「思えば私の人生って他人から目の敵にされてばかりのような気がするわ。まぁ、それでも木連ではある種、人身御供的な意味もあったからまだ耐えてはいたんだけど……」
ポツリポツリと話す口とは逆に、ウィーズは頭の中で自分は何を言っているんだろう、と思案した。今までこのような話を自分からしたことはほとんど無かった。それは言った所であまりに突拍子のないことだということもあるのだが、もともとウィーズ・ヴァレンタインという人間が他人から依存されることはあっても、その逆を必要以上にはしたがらなかったことが大きな原因のひとつと言える。しかし、なんとなく今夜は酒が進み、いろいろと疲れが溜まっていたせいもあって……
「月の連合宇宙軍の研究施設にいた連中、特にその所長と主任研究員は本気で殺したいと思った。彼らをくびり殺せればどんなに気分が良いだろうと幾度となく考えたわ」
ウィーズは己が持つ闇の深遠をちらりとアクアに見せ付けた。
焦点の合わない目で引きつった笑みを浮かべる彼女からどろりとしたものが溢れ、部屋中に充満する。
憎悪、軋轢、絶望、憤怒、恐怖、後悔、束縛、不安、混沌、葛藤、懊悩、狂気……。
ありとあらゆる感情の混濁したそれはあまりに濃密で、アクアは自身の周りの空気が変質したように錯覚した。
「……その2人は今どうしていますの?」
「知らないわ。未だにあそこにいるのか、それとも研究所を壊された責任でどこかに左遷ばされたか。どちらにせよ、私には調べる余裕もなかったしね」
「調べてあげましょうか?」
ふっと肩を竦めるウィーズにアクアが軽い口調で聞いてくるが、彼女はやんわりとそれを拒否した。
「やめてよ。もう、昔のことよ」
そう言ってウィーズはジョッキに残った酒を一気に飲み干す。そしてこの話はもう終わりとばかりに席を立った。
「ちょっと飲みすぎたみたい。今日の話は忘れてくれると助かるわ」
アクアはそれには応えなかった。しかしウィーズはそれには構わずにモヤがかった頭を振りながら食堂を後にする。今思えば、何故あの時、自分はアクアの目をしっかり見てやれなかったのか。なぜ狂っていく歯車を止められなかったのか。彼女はこの後、深く後悔することになる。
後書き
どうも。プロットの細部を詰めておかなかったせいでキリの良い所が無くなり、仕方がないので幕間という名の10kb程度の中途半端なクッションを入れる羽目になった、鴇です。
おっかしぃな〜。初期のプロットでは問題ないはずだったのになぁ。何でこうなったんだろ?(溜息
やっぱりあれですかね、連載物はプロットが肝ってことなんですかね?
詰めるならきっちり詰めて、逆に緩ますならある程度以上の遊びを作る。現実のスケジュール管理と基本はなんら変わりませんな。
……問題は鴇自身が自己のスケジュール管理すらおぼつかない自堕落ヤローということなんですが(お
まぁ、そんなことはHDDの隅っこにでも放り投げておくとしまして(マテ
話は内容の方に移りますが、ずいぶんとシリアス重視になってきちゃいましたね。
全体像では大体この幕間を挟んでAパートとBパートに分かれていきます。ちょうど舞台設定の『起』と世界観構築の『承』が終わったってところですか。これからはラストに向けてシリアスダーク分を増量していきますので、そういうのが苦手な方にはちょっと辛いかもしれないです(汗
ではでは、次回こそはまともなものを送りたいと考えながら、あまり間が開いて本愚作を読んでくださっている皆様に存在自体が忘れ去られやしないかと怯えながら、今回はこのあたりで。
鴇の独り言(戯言とも言う
……薄々感じてはいたけれど、これのどこら辺がナデシコなんだろうか。既存キャラがアクアとサイゾウさんだけだからなぁ。将棋で言うなら銀と香車くらい? 思い切ってその他投稿にするべきか。うぅ〜む。いや、しかし(悩
ちなみにどちらが銀かは聞かないでください(爆
代理人の感想
銀将と香車・・・・確かに微妙だw
話は短いんでちょっと感想がつけづらいですが・・・狂気については少し思うところもあります。
多分狂気というのは何かひとつのことが他の全てに優先される状態のことで、
愛に飢えているアクアにとってそれが何かと考えると、今回のラストは何か血生臭いものを想起させてならないかなと。
鴇さんご自身もおっしゃってますが、まさしく後半の黒い展開を暗示しているような気がしてなりません。