ATTENTION!!
この話は1000万ヒット記念企画『Blank of 2weeks』の1投稿である『Do you know……?〜あなたは知ってる?〜』の続き物です。一応見なくても読める内容を心掛けましたが、興味のある方はぜひ先にそちらのほうをお読みください。
『合わせ鏡』。
後ろ姿を見るために、前に置いた鏡に、
後ろからもう一枚の鏡で映した像を映して見ること。
また、それに用いる鏡。
お互いの後ろ姿を見るため、それは無意識の自分に例えられることもある。
mirrors set
against each other
最終幕 合わせ鏡
presented by 鴇
一週間後―――雪谷食堂の入り口の前。
「ほら、一ヶ月分の給料だ」
サイゾウはぶっきらぼうに言って手に持つキャッシュカードをアクアに渡す。
彼女はウィーズと分かれてからも雪谷食堂で、ウィーズの分も働いていたのだ。もともと、アクアがここで働き始めた理由はウィーズにお金を返すためである。マルコたちに見つかってからはそんなことも気にせずにクリムゾンの資金を使ってしまえば良かったのだが、もっとウィーズといたかったという気持ちが半分、ここまで来たら自分で稼いだお金で返したいと思う気持ちが半分となって働いてきたのだ。
そして何時か彼女が自分の前に再び現れたときに、のしつけて返してやろうと思っていたのである。
「でも、アクアがいなくなると寂しくなるよ」
この声はサイゾウの隣にいるテンカワ・アキトのものだ。
ウィーズがいなくなった次の日、彼はまるでその代わりとばかりに雪谷食堂の門を叩いたのである。料理の修業と言っていたが、同時に給仕も会計もこなしてくれたため、幸い雪谷食堂は深刻な人手不足にならずに済んだ。
ある程度客足が減ったことも影響しているのだろう。何だかんだでアクアとウィーズのやり取りを楽しみに来ていた客も多かったというわけだ。
「あら、アキトさえ良かったら私の方は一向に構いませんわよ?」
「い、いや。俺は、その……ごにょごにょ」
何が構わないのか、流し目を送ってくるアクアから一歩下がってアキトは応える。最後の口ごもった辺りはミスマル・ユリカとの関係を話そうとしていたのだが、こういうことが胸を張って言えないところは相変わらずである。
横で話を聞いていたサイゾウは変わらねぇな、と苦笑いを浮かべた。
ちなみに―――ウィーズの一夜にして工場をかき消した変則ボソンジャンプは、軍の行動か、木星蜥蜴の新兵器か、それともUMAによるものかとマスコミが連日ワイドショーを騒がせていた。だが、そのどれもが信憑性の薄い、事実とは程遠いものばかりであった。
そして当のウィーズの失踪については、サイゾウは何も言及しては来なかった。彼自身、何か感づいていたのかもしれない。アクアがことの次第を彼に話すと、ただ1つ大きな息を吐いただけで、厨房へと行ってしまった。アクアにはウィーズとサイゾウの間にどんなやり取りがあったのかは分からない。だがそれ以降、彼が彼女の名前を出すことは、ついぞ無かった。
また実はこの時期、ナデシコクルーは火星から地球に帰還しており、同じサセボ基地内に抑留されていたりする。しかしアクアの指示に従った軍上層部により、彼らの住んでいる『ナデシコ長屋』全域に対して害虫駆除を行うという口実で、邪魔にならないよう基地の外に連れ出されていたのだ。
なまじ同じところに閉じ込められて娯楽が不足していた彼らは、アキトの様子を一目見ようと、ぶっちゃけ少しからかってやろうと、雪谷食堂に来店することが、ままある。特にユリカが覗きに来た時には、アクアを見て浮気だ現地妻だと恐ろしいまでの痴話げんかに発展したりもした。アクアもそれを面白がって囃し立てたりしたものだから、その後、雪谷食堂のメニュー横には『ミスマル禁止』の札が貼られていたりする。
「でも―――」
柔らかに微笑みながらアクアは言った。
ウィーズとのやり取りか。マルコの言葉か。あるいはもっと別の何かか。それともそれら全てか。
何が彼女を変えたのかは分からない。
だが、ウィーズとの別離を乗り越え、落ち着きを取り戻した今の彼女の笑顔には、以前のような歪みや不安定さはもう見受けられない。
彼女は凍っていた自分の時間を、今、駆け足で取り戻しているところなのだ。
「心残りが1つありますわ」
「何が?」
「もう一ヶ月ほどココに留まっていれば、お2人の体に良い感じに薬が回ってくるはずでしたから」
「「…………」」
華やかな笑みを前にして思わず黙り込むアキトとサイゾウ。
本人に断りもなく何やってんだとか、道理で自分からまかないを作るとか言い出すわけだとか、ぶっちゃけ自分の体はどうなっているんだとか、様々な考えが脳裏をよぎったが、しかし彼らはどれ1つとして答えを聞く勇気が持てなった。
ただ1つ、人ってのは早々変わるものんじゃないんだなぁ、とやたらと遠い眼をしながら考えるのみである。
「アクア様、そろそろ行きますよー!」
路上駐車している車の運転席からマルコが呼ぶ。ちなみにこの車は10人乗りの長めのリムジンで、マルコ達が日替わりで運転手を務めているのだ。
「わかりましたわ〜! では、本当にお世話になりました。ご縁があればまたお会いしましょう」
そう言ってアクアは優雅に一礼する。
その姿は相変わらず繊細可憐な印象がある。しかしその中に一本、己自身を立たせるための確固たる『芯』が入ったように見えたのは、はたしてサイゾウの錯覚だったのだろうか。
「おう、また来いよ」
ぶっきらぼうに、しかし若干寂しそうなサイゾウの声に、アクアは再度会釈してからマルコの運転する車に乗り込んだ。
とりあえずは一度クリムゾンの本拠地であるアメリカに戻って、それから今後の身の振り方を考えていく予定だ。しばらく行ってから振り返ると―――遥か道の彼方で、なおもアキトとサイゾウはじっとアクアたちを見送っていた。
それから一時間。
手近な空港へ向かうアクアたちはのんびりとしたドライブを楽しんでいた。
心地よい車の振動が眠気を誘う。事実、運転手のマルコを除く4人の黒服は眠りに落ちていた。もちろん何かあればすぐに起きることが出来るし、何よりマルコのことを信頼しているからこその行為でもある。
穏やかな車中の雰囲気の中でアクアはコンコンと運転席と客席とをさえぎる硝子戸を叩いた。
程無くしてマルコがスイッチを入れてその硝子戸を開けてくる。
「―――どうしました?」
視線は前方に固定したままでマルコが聞いてくる。
「ん、これからのこと……ちょっと話しておこうかと思って」
「クリムゾン本社に戻ってからのことですか?」
マルコの言葉に、アクアは照れたような笑みを浮かべながら言った。
「ええ。この一週間、私なりにいろいろなことを考えてきましたわ。……それで、ウィーズさんは強制はしないといってましたが、私も出来る限り人が死なない社会を作ろうかと思いましたの。だからとりあえず実家に戻ったら勉強しようかと。理想の社会を作るためには私は何をしなければいけないのかを、まず考えなければいけませんから」
それを聞いてマルコは難しい顔を浮かべる。
「……出来る限り人の死なない社会、ですか」
「ええ。多分に甘いということは分かっていますわ。でも、それでも私はそんな甘い考えが好きで、そしてこれからはそんな考えを貫けるように頑張っていこうと思っていますの」
はっきりと夢を語るアクアのその姿は、いっそ清々しくさえ写った。
「難しいですよ?」
「何があっても諦めませんわ」
マルコの意地悪げな問いに、アクアは力強く答える。
「だって私は今まで欲しいと思ったものは何だって手に入れてきたんですから」
言葉は同じものであったが、マルコは今のアクアが以前と比べてとても魅力的になったような気がした
絆というもの。人を想うという事。信念を持つという事。
心が―――自由であるということの権利と責任。
それらを知り、自ら考えようとする彼女は、きっと今よりももっと美しくなるに違いない。
「でも私はまだ何も知らない子供ですわ。だから―――」
もじもじと恥ずかしそうにアクアは身をよじる。
「マルコ、これからも私を支えて、そしていろいろ教えてちょうだい」
「……ええ、こちらこそお願いします」
仕えるべき主人がいるということは、幸せなことだ。
マルコは今、自分が生きていることに感謝しながら、ふと窓の外を見た。
桜は散り、新緑もぐんぐんとその色を深めている。
空を見れば澄み切った蒼に気持ちのいい光が降り注いでいる。
あと2週間もすれば、すっかり初夏の空気が漂うことになるだろう。
(ああ、今日も良い天気だ)
そんなことを思いながら、マルコはサングラスの下でのんびりと笑みを作った。
『合わせ鏡』。
後ろ姿を見るために、前に置いた鏡に、
後ろからもう一枚の鏡で映した像を映して見ること。
また、それに用いる鏡。
お互いの後ろ姿を見るため、それは無意識の自分に例えられることもある。
……そして、性格がまるで違う2人を比べた場合、
意外にもその中身が驚くほどそっくりな時も、
ままあったりするのだ。
楽屋裏
はい。と、いうわけで『Do you know……?〜あなたは知ってる?〜』の続編である『mirrors
set against each other』をお送りいたしました。
幕間、最終幕を入れて全7回というちょっとした中篇なのですが、その量も更新速度もバラんバラんで大層読む側に負担をかけるものになっちゃったな、とただ今しきりに反省している次第です、はい。
元々は『Do you know……?』の補完という形で始めた今作。書き始めたらいやもう長くなること長くなること。短編すら短くまとめられない人間が連載なんて迂闊に手を出していいものではありませんでしたな。
今後は(もし書くとしたら)連作短編のような形式にしようかと思っております。
あ、でもでもストーリー進行を最優先していたために書けなかったギャグ系の話を1〜2回ほど外伝的に追加してみようかな〜、なんて今のところ思ってもいます。ですので皆様、もうしばらく作者の文章に付き合ってくださいませ。
今作を書くに当たって、自分的に『縛り』を幾つか設定しました。
1つ目は上述のように『Do you know……?』の続編・補完ということで前作で書けなかった設定(特A級ジャンパーとか)を盛り込むこと。でも書いてるうちにさらに書きたい事が増えてきてしまったような(汗
2つ目はナデシコの史実に沿うということ。これは自分の中での絶対条件。逆に言うとこれさえ守っていればどんなトンでも設定(特A級ジャンパーとか)でも容認してしまう自分がいる。ドンマイ。
3つ目にナデシコクルーを出さないということ(出すとしてもチョイ役)。ジャンパーとか木連とか史実にすり合わせていくことで、例えキャラがいなくても世界観は出せるんじゃないかな、と思い試してみました。結果、他の投稿作家様たちとの差別化はできたかもしれませんが、差別化しすぎてナデシコには思えなくなってしまうという罠。残念。
縛りというのは言い換えればテーマにもなりえまして、私みたいに何書いていいのか分からない人間には、プロットを作る段階で試行錯誤していくうちに結構いろんな演出が考えられてむしろ良かったんじゃないかな、と今は思っています。例えばありがちな逆行ものでも(以下略
また、今作は実験的な要素も多かったです。
ナデシコクルーを使わなかったということもそうですが、装飾関係に特に気を使ってみました。
まずスタイルシートで文章を中央に寄せ、あんまりぴったりしちゃうと読みづらいので行間と文字間を空けてみました。それから難しい字も読みやすくなるようにとルビを入れたらなんとなくルビのあるところだけ行間が妙に開いて違和感があったので、もう少し行間を調整してみたり。さらには白地に黒だと目に負担がかかるので文字色を灰色にしてみたりと試行錯誤してみました。いや、なんかこういう玄人っぽい仕事やっとくとそれだけで評価上がるかな〜、なんて(爆
でも、こういうことをする気持ちの根源には常に読んでくれる人を意識しようという考え方があります。どうすれば読みやすくなるのか、どうすれば面白く感じられるようになるのか。ネット公開という手法をとる以上、こういったことは絶対に考えなければいけないことだと思います。だからこそ『人様に見せるのだから無様なもの、安易なものは書きたくない』、『誤字のチェックや推敲ももっとしっかりやろう』。そういった考え方が持てるのではと思っています。……我ながらすごい生意気な文章ですね(汗 一応、こんな考え方もある、くらいに受け取っておいてください。
それでは長々と書いてしまいましたが、『mirrors
set against each other』、これにて閉幕とさせていただきます。
最後に管理人様、代理人様、ならびに読んでくださった全ての皆様に心からの感謝を。
ありがとうございました。
鴇の独り言(戯言とも言う
……マナマナできなかった。俺の意気地なし。
代理人の感想
お疲れ様でした。
終ってみれば何かアクアの成長記になってしまったような気もしますが、それはそれでよし。
・・・・・つか、終わってみればどころか、最初から最後までアクア主役じゃないのか、これ?(爆)
物語上、ウィーズは狂言回し、いいとこアクアの触媒でしかないように思えるんですが(苦笑)。
まぁ作者さんご本人の意図が奈辺にあろうが、面白く読めれば当方一向に構わないのですが、ええ(鬼)。
>マナマナできなかった。俺の意気地なし。
ええい、やらんでいいっ!(笑)