乾いた音が夜の静寂を切り裂いた。
 放たれた弾丸は、寸分違わず標的の額へと吸い込まれた。
 穿たれる頭蓋。弾ける脳漿。
 物言わぬ存在となった男は、そのまま自らの血と脳漿の海に崩れ落ちる。
「……やったか」
 相手の戦闘能力がなくなったことを確認すると、影の中から一人の男――テンカワ・アキト――が現れてそう呟いた。
 いまだ硝煙をあげている回転弾倉式拳銃(リボルヴァ)を手に油断なく標的に近づき、その生死を確かめる。
 着弾確認。頭部破壊確認。生命活動停止確認。
「任務完了」
 そして標的が完全に死亡したことを確認してから、アキトは面白くもなさそうに呟いて銃を脇のホルスターに戻す。
 その時、彼のすぐ横でコミュニケが開き相棒であるラピス・ラズリが顔を見せた。
「目撃者がいる」
 言いながら、その存在の位置情報を新しいウインドウを起動して提示してみせる。
 見ると、彼女の言葉通り物陰から1人の民間人が腰を抜かしてアキトを見ていた。
 どこかの組織に属している風には見えない。たまたま居合わせてしまったのだろう。
 その民間人の表情は、見ていて哀れなほどに恐怖に引きつっていた。
「殺すの?」
「いや、これを使おう」
 物騒ながらも確実なラピスの提案に、民間人はびくっと身体を動かすが、アキトはその言葉を制した。
 そして懐から無針タイプの注射器を取り出すと、それを相手の首筋に打ち付ける。
「はぅっ」
 短い叫びのようなものを吐いて、民間人は気を失った。
「それは何?」
「イネスさんが作った記憶阻害薬だ。これで俺たちのことを忘れてもらう」
 正式名称『神経受容体抑制剤』。イネスの説明を要約すると、戦地での戦闘後遺症やレイプ、暴力などによる体験記憶そのものを消すことでPTSDやうつ病などの緩和が期待される薬物だそうだ。これは記憶の中枢を担う海馬に働きかけ、『記憶の固定』を阻害するもので、その結果、投与から数時間の前向性健忘が起こる。つまり服用から直前の数時間の記憶が消失してしまうのだ。全身これ機密。ネルガルが選ぶ見られたくない人ナンバーワン。常識的な思考と非常識的な行動を両立する男等々、嬉しくもなんともない異名の数々を所有するアキトは、はっきり言って隠密行動が下手だ。ネルガルとしてはおとなしくテストパイロットでもしていてくれるのが一番なのだが、彼は自分の手で火星の後継者と決着をつけるといって聞かない。そこで出された苦肉の策の1つが、どうやらこの薬のようなのである。
「こいつは運が悪かっただけだからな。それで死ぬのは理不尽に過ぎる」
「……アキトは少し変わった?」
 近場のゴミ箱からアルコール飲料の空き缶を拾ってきて泥酔状態に偽 装しているアキトを見ながらラピスは聞いてくる。
 以前のアキトなら、火星の後継者への復讐を邪魔するものは、例えそれが罪のない人であろうが躊躇せずに殺していた。自分の邪魔か否か、それだけが彼の価値基準であり、全てであった。
 それが変わったのここ数ヶ月。
 ひょんなことから始まったラピスとの生活が、彼の意識を変え始めているのだ。
 とはいえ、さすがに変えた張本人にこう言われてはアキトも苦笑いを浮かべるしかない。
 それから取り繕うように言い訳を口にする。
「後処理が面倒だから第三者までいちいち殺すなと、情報部の奴らにもせっつかれているしな」
「……そう」
 アキトの言葉に、一応の納得をするラピス。
 放っておけば遺留品だらけになってしまうアキトのずさんさを支えてくれているのは、ネルガルSSの情報部の面々だ。
 彼らの活動範囲は多岐にわたる。火星の後継者やクリムゾンなどライバル企業の情報収集はもちろん、実行部が好き勝手やってきた時の後処理及び情報操作等々、一般に諜報活動といわれる分野を、彼らは担っていた。
 そして総じて言えることは、彼らがいなければアキトもネルガル実行部の人間も仕事が出来ないという事だ。
 けれど実行部の人間は情報部の人間を影でこそこそ動くだけの臆病者として見る傾向があり、また情報部の面々も実行部のことを暴れるだけが取り柄の粗忽者としてみている傾向が強い。
 そのため、両者共に相手に隙を見せないためにも出来る限り借りは作らないようにしているのだ。
 アキトは民間人の手首から軽く脈を取りながら満足げに頷く。
「効果のほどは分からないが、即効性で意識まで失ってくれるのは使い勝手が良いな。報告書には良いことが書けそうだ」
 そう言って、アキトは夜の闇に消えて行った。










LIAR GAME
presented by 鴇











 それからしばらく経ったある日。
「アキト、ゴートからメールが着てるよ」
「……なんて内容だ?」
 アキトの部屋の端末で暇を潰していたラピスがそのメールに気付いてアキトに声をかける。対するアキトはというと、先日遅くまで月臣との訓練に没頭していたため昼過ぎの今の今まで惰眠をむさぼっていたところだ。面倒くさそうな雰囲気を隠そうともせずにラピスに聞き返した。
「今夜の任務遂行時の注意事項」
 ゴートはネルガルSS実行部の総責任者である。アキトはネルガルSSに正式に配属されているわけではないが、彼からは銃器の扱いなどを師事しているため、立場的にはアキトの直近の上司と言えた。
「……いまさら何だ?」
 アキトは軽く頭を振り、寝起きの意識をはっきりとさせながら端末へと向かう。
 そしてまだ半分眠ったままの状態でメールを確認するが、その意識は次の瞬間、これ以上ないというほどに覚醒される。
「なになに。『情報部、実行部の報告書を統合、評価した結果、ここ最近のお前の行動は極秘機関の人間としての配慮に欠けすぎていることが分かった。ドクターの薬を頼りにするあまり気が抜けている可能性もある。よって、次の作戦ではドクターの薬は使用禁止とする』だとっ!?」
「アキトうるさい」
 思わず叫ぶアキトに僅かに眉根を寄せるラピス。
 しかしそんなことは知った事かと言わんばかりにアキトは言い返した。
「これが騒がずにいられるか! 『もし部外者に見つかったら物理的手段に訴えずに言葉で説得しろ』!? ふざけんなー!!」
 もはや何かの罰ゲームか嫌がらせのようにしか見えない。
 熱くなるアキトを尻目に、あくまで冷静に思考するラピス。
「不可解。ゴートの目的が理解できない。確かにアキトは隠密行動が下手。だけど、それが出来るくらいならこんな命令される前に出来ている」
「……む」
 事実ではあるが、こうまでハッキリと、しかもまだ年端も行かないラピスに自身の欠点を指摘されてはアキトの立場が無い。
 それはそれ、と聞き入れるだけの器量があればまだしも、残念ながらアキトはそこまで大人ではなかった。
 アキトはぐっと握りこぶしなんかを作りながら声高に宣言する。
「良いだろう、俺の実力を見せてやる! 要は人に見つかりさえしなければ良いんだろっ!!」
「当たって砕けなきゃ良いけど……」
 メラメラと燃えているアキトの横で、ラピスは人知れず溜息をつくのであった。










 でもって……6時間後、やっぱりというかなんと言うか、速攻でアキト達は見つかっていた。
 隠密作戦の割に基本行動が中央突破であるから当然といえば当然である。
 ただラピスにも計算外だったことは……
「何だ何だ、その奇天烈な格好は?」
 作戦前の移動中に地元警察に見つかって不審者として職務質問を受けてしまったことだ。
 そのため、アキトだけでなく何時もなら指揮車から指示を出すだけのラピスもひとかたまりに職務質問を受ける嵌めになってしまっていた。
 夜食の買出し中だったのだろうか、警官は2人1組ではなく単身で、大きなビニール袋を手に持っている。
 いざとなれば自分だけでも逃げてしまえば良いと思っていたラピスであったが、彼女もまさか当たる前に砕け散るとは思っていなかったようだ。
 黒タイツ、バイザー付きで堂々と外出。
 その格好で親子にも兄弟にも見えない幼 女(ラピス)と同行。
 ていうか基本的に忍んでいない。
 敗因を挙げるとしたらこんなところか。
 特に3つ目が致命傷ではあるが、いまさら考えても仕方のないことだ。
 とにもかくにも、こうなったら話術でごまかすしかないのだが、どうするのかとラピスはアキトを観察した。
 うんうんと唸っているアキト。
 全身タイツに幼女連れのこの状況に対する合理的な説明。
 苦心の末アキトの導き出した答えとは……
「こ、これはゲキガンガーの悪役のコスプレです」
「…………は?」
 呆気に取られる警官を見つつ、自分でも何言ってんだろと思いながらアキトは続ける。
「名前は『黒マント将軍』。黒が大好き。着ている物は黒一色。好物はコーヒーのブラック。必殺技は体当たりと頭突き。白いものも俺が黒いと言ったら黒くなる世界を目指して活動中です」
 もはやどのあたりがゲキガンガーなのであろうか。
 いぶかしげる警官は、やがて納得したように手のひらを叩いた。
「ああ、施 設から抜け出してきたんだ。ちょっと待ってなさい。いま病院に連絡を……」
「ち、ちがっ!」
「うんうん。みんなそう言うんだ。……お嬢ちゃんも大変だねぇ」
「もう慣れた」
 労わるような視線でラピスに笑いかける。
 アキトの評価は『頭の不自由な人』ということで警官の中では満場一致していた。
「で、お嬢ちゃんは……その、まとも(・・・)なのかな?」
「精神科医のカウンセリングを受けていないということなら、正常」
 その言葉に警官はラピスをアキトの付き添いであると判断した。
「そう、えらいね」
 そう言われて、ラピスは小首を傾げる。
 ネルガルに所属している現在、アキトに協力することが自分の存在意義である。
 褒められるためにしているつもりなど微塵もない。
 ラピスは警官に反論する。
「仕事だから、えらいとかはない」
「……仕事?」
「そう、仕事」
 確認するように再度尋ねる警官にラピスははっきりと答える。
 ラピスの外見は年相応の11歳である。そのような子供を雇ってくれるような所など――まっとうな所では――ほとんど無い。どこか如何わしい臭いすらする。警官は仕事人としての顔に戻りラピスに問う。
「差し支えなければ、お嬢ちゃんとこのお兄ちゃんとの関係を教えてもらえるかい?」
 ネルガルの非公式部隊の相棒。
 嘘偽り無く話せばこうなるのだが、ラピスはちらりとアキトを見る。
 彼はラピスの方を見て小刻みに首を振っている。
 当然ながらネルガルに関することは口に出来ない。
 それ以外での説明となると……
 ラピスはしばし中空を見つめてから―――
「……愛人」
 あっさりと言った。
 警官が思わず身構え、その後方のアキトが思わずちょっぴり発光していたりする。
「―――と周りからは言われている」
 いっせいに溜息をつく。ひょっとしたら―――冗談だったのかもしれない。
 たまらずアキトが口を挟む。
「ラピス、そんな曖昧な表現はやめろ。頼むから」
 ラピスはそんなアキトの事を見ながら再度 中空を見つめ―――
「……私はアキトの愛人」
 そう言い放った。
「はっきり肯定しろといったわけでもない。というかさらっとでたらめを言うな」
 呻くように言うアキト。
 そんな掛け合いをするアキトに対して、いつの間にか特殊警防を片手に持った警官がにじり寄ってくる。
「どういうことか、署の方で詳しく話を聞かせてもらいましょうか」
 警官の中ではアキトは出世魚よろしく『頭の不自由な人』から『頭が不自由な特殊性犯罪者』となっていた。これで本来の身分がばれたら『頭が不自由な特殊性犯罪テロリスト』とでも呼ばれるのだろうか。今は亡き両親の嘆きの声が聞こえてくる。
「ま、待て。それは任意か、それとも強制か?」
「どうしてもというなら、騒乱罪か町の美観を損ねた現行犯としてしょっ引いても良いですよ」
 どちらにせよ両親の嘆きは止まらないようだ。
「あんたは何か勘違いしているっ。俺は至って無害な男だ!」
「そのあたりも含めてじっくりと話し合いましょう。署の方でねっ!」
 油断なく近づいてくる警官。
 アキトは一歩後ずさった。
 すると、警官も一歩詰めて来る。
 また下がる。
 またまた詰める。
 まるで磁石の同極同士のように。
 ついに、アキトの踵に何かが当たり動けなくなった。
 もう駄目だと彼が懐のホルスターに手を伸ばしたところで―――
 ―――ごつんっ。
 という鈍い音と共に警官がその場に倒れ付した。
 見ると、いつの間にか警官の背後に回りこんだラピスがビール瓶片手に仁王立ちしていた。
「……うっ。……き、君は」
 日頃の訓練の賜物か、いまだ意識を手放していなかった警官。
 ラピスはそんな彼を見下ろすと……。
 ―――ごんっ。
 と無言で再度ビール瓶を叩きつける。しかも今度は意識があるかどうかの確認などしない。
 ―――ごつっ、ごりっ、がっ、ばりんっ。
 最後の音はビール瓶が砕け散った音だ。
 はぁはぁと荒れた息を整えながらピクリとも動かなくなった――かろうじて息はしている――警官を見下ろすラピス。
 頬に返り血なんぞがついていたりするその姿は、この期に及んでもその無表情を崩していないもんだから、端から見たら『この死体をどう処理しよう』などと考えているようにしか見えない。
 アキトはラピスが何を考えているのか、感覚共有(リンク)を通して見ようとして、やっぱり止めた。
 ラピスは動かなくなった警官に満足するとビール瓶を捨てた。
 それからアキトのほうを振り向く。
 アキトは思わず後ずさりなんかをしてしまったが、ラピスは構わずに手のひらを上にして突き出してきた。
「記憶阻害薬、渡して」
「…………え?」
「証拠を消すの。命令が出ていたのはアキトだけで、私には何の関係もない。それとも薬は使わずに殺しておくの?」
「あっ、そ、そうか!」
 恐ろしいことを淡々と言うラピスに、言われるがままに薬を渡すアキト。
 薬を受け取ると、ラピスはそれを警官の首筋に打ち込んだ。
 打たれた警官はびくびくと痙攣している。脳に打撃を与えた場合は投与しても良かったのだろうか。ふとそんなことを考えたが、本能的な損得勘定のようなものが働いた結果、アキトはそれを口にすることはしなかった。
「助かったよ、ラピス」
 とりあえず労いの言葉をかけてみるが、それに対してラピスは首を振った。
「私はアキトの手伝いをしただけだから。でも、アキトは私に対して嫌悪感を覚えた」
「そ、そんなことは……」
私に嘘は通用しない(・・・・・・・・・)
 ラピスはアキトの言葉を遮って言いながら、自分の頭をトントンと指で叩く。
 思念共有。
 思考の通じ合う相手に対しては嘘は成立しない。
「これは今後の私たちにとってマイナスにしかならない。だから……」
「……だから?」
 注射器を振り上げるラピスに湧き出る恐怖と警戒心。
「今のことは忘れて」
 言うが早く、彼女は手に持つ注射器を振り下ろしてくる。
「ちぃっ!」
 思念共有で先を読んだア キトは反射的に首を押さえながら後方に飛んでラピスと距離を取った。
 首筋は無事である。
 助かった。そう思ったアキトの目が、なぜか突然白目を向く。
「ラ、ラピス……?」
 アキトはかろうじてそれだけ口にするが、ラピスはそんな彼にトントンと右手の甲を指で叩いて見せた。アキトが自分の右手の甲に視線を移すと、そこにはうっすらと注射器の跡がついていた。つまり彼女ははじめからアキトが首に気を取られている隙に手の甲に注射するつもりだったのだ。
「し……まった……」
 それだけ言って、アキトはぶっ倒れる。
 ラピスは倒れたアキトの側まで寄ってきて膝を曲げると、つんつんとその頭を突っついてみたりする。
 薬が効いているアキトはピクリとも動かない。
「首筋に打たなくても即効性は損なわれない。けっこう便利」
 ラピスは倒れたアキトを見ながらこくこくと頷き、そんなことを呟いた。
 とりあえず思念共有されると厄介だから感覚共有をカットするパーツをバイザーにはめ込んでおく。
 そしてアキト の胸倉をやおら掴むと……
 ―――すぱぁんっ。
 と、その頬を張り倒した。
 しかしまだアキトは目覚めない。ラピスは再度振りかぶり……
 ―――すぱぁんっ。
 起きない。
 ―――すぱぁんっ。
 起きない。
 ―――すぱぁんっ。
 起きない。仕方がない。次はグーだ。
 ―――ぼくんっ。
 起きない。
 ―――ぼくんっ。
 起きない。口から血が出ているが気にしない。
 ―――ぼくんっ。
「う……、俺はいった―――」
 ―――ぼくんっ。
 あ、間違えた。まぁいい。今の記憶も消すためにまた薬を打って、と……。
 そんな不毛なやり取りを幾度か繰り返して、ようやくアキトは目を覚ました。
「う………」
「アキト、任務がある。早く行こう」
「えーと……なぜ俺はあそこで倒れていたんだ?」
「ナノマシンの不調みたい。原因が分からないから今日は感覚共有はしないで」
 しれっとした顔で嘘をつく。
「……そうか、わかった。しかし頬と頭が妙に痛いのは何故なんだ?」
「アキト顔から倒れたから。もしくはナノマシンの影響」
 騙されてはいけない。頬はラピスが引っぱたきまくったから。頭は単なる薬の打ちすぎである。
 しかし感覚共有があるが故の安心感からか、アキトはラピスが自分に嘘を付いているとは微塵も考えていない。
 ただ介抱してくれたラピスに対する感謝と自分に対する不甲斐なさを悔やむばかりである。
「よりにもよって任務前にか。お前には迷惑をかけるな」
「ううん。私はアキトの相棒だから」
 ぬけぬけと言いながら、一緒に歩いていくアキトとラピス。
 その間に先ほどのような恐怖心はない。その意味では、ラピスの目的は達せられたと言えるであろう。
 ラピスはしばらくそのまま歩いていたが、ふと思い出したように振り返り、
「このことを報告したらあなたも同じ目に会わせるから」
 何もない虚空に向かって言い放った。
「どうした、誰かいるのか」
「何でもない」
 思わず聞いてきたア キトにラピスはそう答えたが、彼女は知っていた。
 自分たちには常に情報部の監視がついていたことを。
 幾度となく身を寄せているネルガル自身にハッキングを仕掛けた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ラピスには分かるのだ。
 アキトは信用に足る人物だが、それではネルガルも完全に同じかと言えば、それは楽観的に過ぎるだろう。
 信頼は必要なものだが、油断は容易く死を招く。自分が身を置いている場所が本当に安全かどうかは、やはり自分の目で確認しなければ分からない。
 もっとも彼ら自身が格好の誘拐の的となり得るため監視が付くのは当然と言えば当然と言えた。
 だから情報部の監視は今もどこかにいる。
 付かず、離れず、彼らをいつも見張っている。
「時間がない。行くぞ、ラピス」
「……分かった」
 最後に虚空に向かって僅かに口角を持ち上げると、ラピスはアキトに付いて行った。
 以降、アキトたち実行部と情報部とのいさかいが若干下火になったのだが、それが何故かはネルガル本社ではついに分からないままであった。












 任務終了後、アキト達は疲れ果てた身体をベッドに雪崩れ込ませながら、今日のことを思い返していた。
「ふー、今日も何とか無事に終わったな」
「結局、ゴートのメールはなんだったの?」
 枕をアキトにとられてしまったので代わりにアキトの腕を枕にしているラピスが呟く。
「そうだな。まぁ、別に見つかったりはしなかったが……どうした、ラピス」
「別に」
 布団の中でもぞもぞと身じろぎをするラピス。
「報告ついでに聞いてみるか。しかしゴートが素直に言うかな」
「それならプロスに聞けば良い。プロスなら聞けば教えてくれる。教えてくれなければ、それは知らないほうが良いことだから」
「……そうだな。じゃあ、連絡を取ってみるか」
 言って、上半身だけ起こしながらアキトはプロスペクターのコミュニケを開いた。
 都合の良いことにプロスはちょうど休憩中だったらしく、お茶を片手にくつろいでいる。
 彼はコミュニケに気付くと何時もの笑みを浮かべて労いの言葉を掛けてきた。
「おや、 これはおふたりとも。今日はご苦労様でした」
「休憩中に悪いな。ちょっと聞きたいことがあって連絡した」
「はて、なんでしょうか。装備の交換ですか? でしたらまずは必要書類に―――」
「いや、そうじゃないんだ。今回ゴートから任務遂行時の注意事項が送られてきたんだが、部外者に見つかったら記憶阻害薬などを使わずに言葉で説得しろというのはどう考えてもおかしいだろう。何か知っていないか?」
「なんですか、それは?」
「……え?」
 思わず聞き返してしまうアキト。
 対してプロスは冷静にアキトに問いかける。
「何でそんな組織にダメージを与えかねない指令をわざわざ下さなければならないんですか?」
 プロスは会長であるアカツキの懐刀だ。ネルガルの表も裏もその殆どを把握している。
 そのプロスが知らないということは……。
「大体それは本当にゴートさんからでしたか? もう一度確認してみては…………」
 プロスの言葉は、最早アキトの耳に届いてはいなかった。
 仮にもアキトの上司でありネ ルガルSSの重要人物であるゴートのメールサーバーから、こんな馬鹿げたものを送り込んでくることの出来る人物。アキトの頭に1人の男のシルエットがよぎった。
「あ、あの糞ロンゲーッ!!」
 ネルガルSSの宿舎にアキトの叫びが響き渡る中、ラピスはその脇でこっそりと溜息をついていた。
 げに恐ろしきは環境か。これ以後ラピスはより慎重に、より狡猾に成長していくのだが、それはまだ先の話。
 そしてこの直後にネルガル会長アカツキ・ナガレが執拗なサイバーテロ(いやがらせ)を受けるのも、また別の話なのだ。
















楽屋裏
 と、いうわけで劇場版ビフォア短編『LIAR GAME』をお届けしました。劇場版はこのまま行くと書き上がりが非常に後になるということで、その間忘れられないようにと今回の話を投稿させていただきました。
 趣向を変えて何時もはシリアスの添え物としていたギャグをメインに持ってきた今回。所要時間5日間。小さくまとめて容量20kb。なんだ、やれば出来るんじゃないか。そんなこと思いつつも推敲しているとあれれ、なんだか『やまなし・おちなし・いみなし』のやおいSSになってしまっているような(汗
 とりあえず前回のラピスが妙に好評だったからまた出演させてみました。うん、今度こそ見限られたに違いない(マテ
 ともかく。
 劇場版本編はもう1回、今度は火星の後継者サイドのシリアスを挟んでからの突入となりますので、その時もどうぞ良しなに。
 ありがとうございました。

* このSSは磨伸映一郎さんの「嘘つきは誰だ/ライアーライアー」というアンソロジーコミックの短編を参考にしています。
 ちょっとひねったギャグがお好きな方にはオススメ出来ますので興味があればご一読を。

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

ラピス・・・・怖い子ッ!(爆)

以前「やりようによってはラピスが時ナデアキトに勝つ事だって不可能ではない」なんて話を仲間内でした事がありますが、やっぱケンカは力だけじゃ勝てませんねえ。

つーか何故こんなに場慣れてるんだ推定11歳。w

とりあえずあれだ、警官の人ご愁傷様。