「だから私がゲキガンガーで一番好きなのは大地アキラよ」
「なっ、海燕ジョーや天空ケンでは無いのか? あんなロクに見せ場も無い巨漢キャラのどこが良いっ?」
月臣の疑問にウィーズはやれやれといった風に答える。
「分かってないわね。良い? 大地アキラは確かに主人公の中では一番地味。加えて見せ場も無ければ女性キャラとの絡みも皆無。せいぜいが新キャラの当て馬扱い。でも他のキャラの誰よりも一途で健気だわ。アクアマリンやサファイアに気をとられている中、徹頭徹尾ナナコさんしか見ない。けれども彼はナナコさんにとってアウト・オブ・眼中。完璧ね」
「そ、それが完璧なのか?」
「ええ。母性本能にこれ以上ないってくらい直撃するわ」
ぐっと握りこぶしなんかも作って力説するウィーズ。彼女は自分がマイノリティーだということを自覚しているが、それが何だと言わんばかりに堂々と断言した。
「……何を話しているの、アンタたちは」
この声は会長秘書のエリナのものだ。その横には当然のようにラピスもいる。
エリナはラピスの事実上の保護者のような存在であり、そのラピスが心を開いたウィーズについて、彼女も同じく興味を持ったのである。それからはこうしてラピスを連れてちょくちょくと彼女のところへ顔を出しに来ていた。
ウィーズは『私はレアな野生動物か何かか』と苦笑したが、おそらくそう間違ってはいないだろう。
彼女はエリナたちに『いらっしゃい』と歓迎の言葉を告げた。
「いやね、私たちはお互いのことを知らな過ぎるから、質問形式にして情報交換しようってことになったのよ」
「ふーん。それでした質問が『ゲキガンガーの好きなキャラ』ねぇ」
冷めた目で見てくるエリナにとっさに反論が思いつかない月臣。
とりあえずこの話はとっとと切り上げようとウィーズは話を進めた。
「ま、それでも言いたくない事の1つや2つはあるからね。ふふふ。そんな時はこれを一気にあおってもらうのよ」
ウィーズがどすんとテーブルの上においたのは日本酒の大瓶である。それも生原酒でアルコール度数45%を超えるきつい物。ラベルには上手いのか下手なのか良く分からない字が毛筆で『激我どぶろく』と書かれている。
エリナはその大瓶を眺めていたが、ふとウィーズに向き直ってこう言った。
「それじゃ、せっかくだから私からも1つ質問させてもらうわ。ネルガルの調べではあなたが定職についていたことは無いとあるんだけど、旅をする以上、路銀は当然必要よね。それはどうしてたの?」
「あ〜、それね〜。いま割と治安悪いじゃない。で、私の運がいいのか悪いのか、恐喝とか親父狩りとか、そういう現場を良く見つけちゃうんだわ。で、私はそういう犯罪を止めると共に加害者に対して親父狩り狩りをしていくという……」
「それ、あなたも加害者よ……」
「流石に親父狩りで集めたお金を狩られましたとは向こうも言えないみたいだし、通報されたことは今まで一度も無いよ」
呆れたように言うエリナにてへっと返すウィーズ。
「それじゃ私からはラピスちゃんに質問」
「なに」
「アキト君の五感をサポートするために彼と神経的にナノマシンで繋がってるって聞いたけど、考えていることまで伝わっちゃうんじゃ弊害も多いんじゃない? 何か対策はあるの?」
「基本的に感覚共有は平時はできる限り切っておいて、任務や食事の時のみ繋げるようにしている。でも繋げた時にウィーズの言うような弊害は確かに発生する。そんな時はこれを使う」
言って、ラピスは小さな機材を取り出した。
不思議に思っているウィーズにラピスは補足説明を入れる。
「これは無針注射器。中に記憶阻害薬が入ってる」
「記憶阻害薬?」
オウム返しをするウィーズにラピスはこくりと頷く。
「元々は戦地での戦闘後遺症などによる記憶そのものを消してしまうことでPTSDなどの緩和を目的とした薬物。効果は服用から直前の数時間の記憶の消失。これによりお互いに不都合な情報を共有してしまった場合は、その記憶を消去する」
「へー、便利なもんねぇ。でも記憶を消すほどのことなんて、そんなに起こるもんなの?」
「割と」
淡々と言うラピスにウィーズは『ああ。アキト君、気付かないうちに何度も記憶を飛ばされてるんだろうな』と心の中で苦笑した。
「俺からはウィーズ、お前にもう1つ質問だ」
「今度はまともな質問でしょうね?」
エリナの冷めた突っ込みに『あ、当たり前だ』とどもりながら月臣。
「私はゲキガンガー関連でも別にいいけどね」
「そ、その話はもう良い。……月で戦ったときにも思ったのだが、お前は木連式柔をどこまで体得しているのだ? 基本的に我流にしか見えんのだが、いくつかの所作だけが妙に素早く感じる」
「んー、きちんと教わったことは一度も無いわ。でも門前の小僧っていうか小娘っていうか、近場の道場を覗き見してて簡単な型だけは覚えたの。それで暇なときや精神集中したいときなんかに反復練習し続けてたから、木連式柔の基本動作だけは熟練していると思うわ」
それで普段はトリッキーな攻撃が多いのに、いくつかの基本動作だけ異様に素早いという不自然なスタイルとなったのか。
月臣は納得したように一人ごちた。
「ま、月にいたときは本当に他にやることも無かったしね。感謝の正拳突き1日1万発とかそんな感じ」
「何の話だ?」
「分かる人だけ分かってくれればいい話よ」
「次は私からウィーズに質問」
2人の会話が一段落したところでラピスがウィーズに言った。
「ウィーズはアキトと月で会ったと言っていたけど、月ではどんなことを話していたの?」
「うーん。詳しく話すとキリが無いんだけど、一番記憶に残っているのはお互いの不幸話をして、気がついたら私がアキト君に慰められていたこと、かな?」
「慰められてた?」
強気のウィーズとヘタレのアキト。
慰めるなら逆だと思ったラピスがそのまま聞き返す。
「あの頃ってちょっと情緒不安定な時期でね。トラウマだった過去を話してる間に感極まっちゃって。恥ずかしながら年下のアキト君に抱きついてワンワン泣いちゃってたのよ」
「ほう、テンカワの奴とそんなことが。後で詳しい話を聞きに行ってみるか」
「月臣。そのときはアタシも一緒に行くわ」
たはは、と照れ隠しに笑いながら言うウィーズに、口元だけ笑みを浮かべて答えるエリナと月臣。
余談だがアキトは同時刻まったく別の場所で言い知れぬ悪寒に襲われたとか何とか。
「それじゃ次は私から月臣に質問ね」
その雰囲気に気付かぬままウィーズが月臣に言う。
「ふむ。俺に答えられるものなら何でも言ってみろ」
「おお、頼もしい♪」
月臣の言葉にニコニコとするウィーズ。
「難しい質問じゃないわ。私と月臣って木連じゃ同じ『れいげつ』生まれのいわゆる幼馴染って奴なんだけどね。木連にいたときに―――」
彼女は表情を一変させる。
「穢れし者に何をした?」
「………………………………………す、すまん……」
これ質問か?
いきなりの100万トン級の質問に搾り出したようにそれだけ答える月臣。
社交性が高いとはいえない彼だが、皮肉混じりのユーモアとはこういうものかと瞬時に理解した。
ウィーズはペナルティの日本酒を無言で月臣のコップに注いでいく。
こんな胃にもたれそうな酒もそうそう無いな、月臣は心の中で自嘲の笑みを浮かべた。
「あれ、答えられない? それじゃ違う質問行くわよ〜」
薄っぺらい笑みを貼り付けて続けるウィーズ。
「私が月臣と月で再会したとき……、月臣は私のことをまったく覚えていなかった……。それを聞いて私はどんな思いを抱いたでしょうか?」
「………………………………………わかりません……」
楽しくって仕方ないというウィーズと、真っ青な顔色でほとんど紙のようになっている月臣。
思えばウィーズは初めからこの形に持ち込もうとして質問形式の情報交換なんて始めたのではないか?
しまった、と月臣も気付いたが、もう遅い。
彼は何も言うことが出来ずに黙ってコップをウィーズに差し出していた。
「あれ、これも答えられないの? じゃあ次は月での再会の後に私がどんな仕打ちを――」
「ええい、もう勘弁してくれっ!!」
言いつつ『激我どぶろく』をそのまま一気にラッパ飲みする月臣。
頼むから誰かこの状況の勝利条件を教えてくれ。
まるで月臣の心の叫びが聞こえてくるようだった。
そんな月臣を見ながらやれやれという風にウィーズは言う。
「可哀想だし質問の方向性を変えるわ。月臣の部屋のソファの下にある本は――」
「樽ごと持ってこいやぁっ!!」
いつの間にか家捜しされていた驚きと自分の性癖がバレてしまったことに対する恥辱を叫ぶことでごまかそうとする。
マルチエンディングオールバッドエンドってどんな詐欺だ、日本酒ビン一気をしながら叫ぶ月臣。
そんなノリで、質問会はただのハイペース飲み会に移行していった。
2時間後、月臣の部屋は惨憺たることになっていた。
テーブルに突っ伏しているエリナ、床にぶっ倒れている月臣、例のソファで眠っているラピス……。
そんななか、酒に対する耐性も体力も群を抜いていたウィーズだけが1人、手酌でまだ酒を飲みなおしていた。
彼女はつい先ほどまでアルコールの入ったエリナにひたすら絡まれていたのだ。話の内容は主にエリナの思い人であるテンカワアキトに対する愚痴。やれヘタレだのチキンだの、その割に強情なところがあるだの、奥さんいるのにそんな男に惚れた自分は馬鹿だの、惚気なのか何なのか分からない話をひたすらに聞かされた。
嫌気が差さないわけでもなかったのだが、酒の勢いか、正直に言ってしまった月臣はその直後にエリナに躊躇いの無い金的を喰らって体を捻りながら床に転がっていた。思わずきゅっとなったウィーズは、とりあえず今のエリナには逆らわないでおこうと心に決めた。
ラピスもいつの間にかテーブルからソファに場所を移して横になっていた。
さすがに酒は勧められなかったが疲れていたのだろう。すやすやと寝息を立てている。
「みんな寝顔は可愛いわね」
コップを傾けながら一人ごちるウィーズは、用意した酒がなくなったことを確認すると、やおら立ち上がって眠っているラピスとエリナに月臣の部屋にあった毛布をかけてやる。
ついで倒れている月臣についてだが、少し考えた後、彼女はそのままお姫様抱っこの要領で持ち上げてベッドまで運んでやることにした。
彼女の意外な力強さもさることながら、明らかに絵面が逆だろうという行為が普通に様になっていることがある意味異常だった。
ウィーズは運んできた月臣をそっとベッドに横たえると、何とはなしにその寝顔を眺めていた。
意味も無くその頬をつついてみる。
「ん……」
軽く身じろぎをする。
それを愛おしいと思っている自分がいる。
しかもその理由が『自分の素性を全て知っているにもかかわらず自分の全てを肯定してくれたから』というのだから頭が痛い。
思えば危険に陥ったとき、自分以外の存在にこの命を託したことは今まで無かった。
常にギリギリの線では自分自身の力でどうにかしようと考えていた。
それがアカツキと相対したあの日、その全てがひっくり返った。
それまでの悪印象も何もかももすっ飛ばしてこの気持ちが存在する。
見た目の好みはまるで違うのだが、好きになるとはこういうことか。
まるで刷り込みをしたひよこのようだ。
マジで野生動物と大して変わらないな、とウィーズは苦笑いを浮かべる。
「好きだよ、月臣」
「ッ……お、俺も……」
そっとささやくウィーズに実は起きていた月臣がおずおずと応える。
「「…………」」
一瞬の沈黙。そして――
「おギャーッ!!!!」
ウィーズの叫び。
驚きのあまり、彼女は踏みおろしの踵を月臣の顔に何発もお見舞いする。
「ちょ、おま、やめっ!」
「眠れ……眠れぇぇぇぇぇぇぇええええっ!!」
一心不乱に月臣を蹴るウィーズは、ふと先ほどのラピスとの会話を思い出した。
記憶阻害薬。
そうだ。記憶を飛ばしてしまえば良い。
ぐったりとした月臣を背に寝こけているラピスの元に急ぐウィーズ。
「眠ってるとこゴメン! ラピスちゃん、記憶阻害薬ちょうだい!」
「……ん」
寝起きで頭が働いていないのか、目を擦りながら薬を渡すラピス。
「これをどう使えばいいの!?」
「どこからでも良いから皮膚に注射すれば良い。ただ3本以上―――」
「ありがとっ。3本以上ね!」
3本以上は危険だと言おうとしたのだが、ウィーズはラピスから記憶阻害薬を受け取るとベッドの方に戻ってしまった。
寝起きということもあり、まぁ月臣だしと言う思考もあり、面倒くさかったのでラピスはウィーズに注意をしないで2度寝した。
「月臣〜、注射の時間よ〜」
ウィーズは眼から怪しい光を放ちながらにっこりと笑って――彼女的には少しでも警戒心を解こうとしているらしいが、逆効果にしかならない――月臣に近づいていく。
「待て! それはまずいっ!」
「問答無用!」
ウィーズは電光石火の飛び込みで月臣との距離を殺すと彼の首元に流れるように注射器を当てる。
薬品が注射されると同時に月臣はぐるんと白目をむいた。
「ぐっ!?」
「いっぽ〜ん、にほ〜ん、さんぼ〜ん」
確認するように数えながら打ち込むウィーズ。
3本目を打ったところで月臣の足がかつて見たことも無いような動きで痙攣したが気にしない。
「こ、これで大丈夫、よね?」
意識を失い、ときおり陸に上がった海老のようにビクンビクンと動く月臣を見ながら1人ごちるウィーズ。
「うん、大丈夫。大丈夫ったら大丈夫だ」
それが心に安定をもたらす呪文であるかのようにウィーズは唱えた。
翌朝、色々と記憶がぶっ飛んだ月臣と周囲に落ちている記憶阻害薬との因果関係をエリナたちに問い詰められることになるのだが、彼女はそこまで考えてはいなかった。
また過ぎたるは及ばざるが如しと言うのか、許容量を超えた投薬は月臣の記憶を中途半端に消失させていた。
具体的には丁度ウィーズの告白だけすっぽりと忘れていたのだ。
しかし彼女の言葉による胸の高鳴りまで忘れたわけではなかった。
その結果どうなったかというと、月臣はウィーズに蹴られ続けたことに対して胸の高鳴りを覚えたと誤解してしまったのである。
その後、部屋の片隅で『俺はエムじゃない俺はエムじゃない』と呟き続ける月臣が現れるのだが、それは瑣末ごとなのだろう、多分。
ちなみにウィーズの苗字は作成時にたまたま読んでいたヘルシングよりルーク&ヤン兄弟から拝借しました。
そのため彼女の最期はワンちゃんに喰われるか燃やされるかなのは確定的に明らか(マテ
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