〜消しえぬ

 

 

<第一回>

 

 

 

 

 

 「ふふふ、いいぞ。今のところ僕の計画通りにすすんでる・・・・・・」


 細い路地に入り建物の陰からある人物を見張りながら、怪しいセリフをはく少年。

 その瞳に燃えるものはその歳にはいささか似つかわしくない強烈な負の感情・・・・・・

 嫉妬。


 だが、そうした強い怨念に身を委ねる者は、えてして周囲が見えなくなるものである。

 少年もまた、例外ではなかった。


 「そう、君の計画だったの・・・・・・」


 少年の背後より突如かけられる女性の声。

 そこには先ほどまでの少年の感情などかわいらしく思えるほどの嫉妬が、怒りが、

 そして殺気がこめられていた。


 これほどの強い瘴気が忍び寄る事に気づかずに前方にのみ集中していたことは、 うかつというしかない。

 だが、まだ10歳にも満たない少年にそれを求めるのは、 少しばかり酷な話であった。


 少年は、すぐにその場から逃げ出したかった。

 実際、すぐに表通りに出ていれば、或いはその場は逃れられたかもしれない。

 しかし、背後からの圧迫感のためか足が言う事を聞いてくれなかった。

 いや、足だけではない。彼の上体もまた、

 本人の意思に反してゆっくりと、しかし確実に後ろのほうへひねられる。


 彼が目にした時、背後に立った怒りに燃える金髪の女性は、 既にその両腕を大きく振り上げていた。

 手に握られた赤い物体が、太陽の光を反射して鈍く光っている。

 そして、それを見た次の瞬間には意識を手放していた。

 

 

 

 

 「仕置き完了。さて、本部に連絡っと」


 血にまみれ気を失っている少年を、縄で縛り付けて足蹴にしつつ通信機を取り出す。


 「こちら 『 金の糸 』 。ハーリ・・・ いえ、相手組織の参謀を捕らえたわ。

 計画の立案者も彼であると判明。・・・・・・Eブロックに敵の増援?

 わかったわ、私はこのままそちらに向かいます。

 アキトの見張りの方、しっかりお願いね。

 捕虜はGブロックのK地点においていくから後で誰かを迎えによこして。じゃ」


 『 金の糸 』 と名乗ったその少女は、通信を終えると

 少年を近くのゴミ置き場に放り投げ、その場を後にした。


 しかし彼女もまた、怒りのために周囲が見えていなかった。

 彼女が、自分の行為を見つめる屋上からの視線に気づく事は、 ついになかったのである。

 ましてやそのものが満足そうな笑みを浮かべていた事など、知りえようはずもなかった。

 

 

 

 

 それから数時間後・・・

 彼女の所属する 「 同盟 」 の側が勝利を収めたらしく、彼女は上機嫌で街を歩いていた。

 そして人通りの少ないあたりまで来た時、彼女に声をかけるものがあった。


 「ちょっと、そこのあんた」


 威勢のいい、自分よりも年上と思われる女性の声。

 それに心当たりがなかったため、自分が声をかけられているのだと気づかず そのまま歩を進める。


 「あんただよ。金髪の三つ編みの!

 ・・・それとも、消火器を隠し持っている女、と言った方がピンとくるかい!?」


 その言葉にハッと足を止め周囲を見回す金髪の美少女―――サラ=ファー=ハーテッド。


 「ふ、どこを見てる? 私はここだよ!」


 見当違いの場所を見やるサラをあざ笑うかのように、

 背後の物陰から腕を組んだ女性の姿が現れた。


 歳は30半ば程。

 背が高く、全体的にふっくらとした体つきだが、太っている感はない。

 むしろその艶やかに波打った長い黒髪とあいまって慈母といった印象だが、

 ややきつめの目と、ジーパンにジージャンという服装がその雰囲気を裏切っていた。


 「気配を消してもなかったのに気づかないとは、ほんとに未熟だねぇ・・・

 ・・・だが、素質はある」


 サラの方へ足を動かしながら、その女性は腕を組んだままそう言った。


 「あ、あなたは・・・・・・?」


 「さっきまでのあんたの戦い、全部見せてもらったよ」


 サラの誰何の声をさえぎって、女性は言った。

 そして自分の言葉に驚いているサラを満足げに見やって、続ける。


 「そう、特にあの小さい男の子相手の時は凄かったねぇ。

 最初の脳天への強烈な一撃で気絶させておいてその後に乱打、

 そうすれば逃げる事はおろか悲鳴すら上げられることなく

 相手を徹底的に痛めつけることができる、か。

 まあそこまで意識してやったわけじゃないんだろうが・・・・・・」


 そう言いながら笑う女性を見て、サラは内心で冷や汗を流していた。


 ( 確かに傍から見れば幼児虐待に見えなくもないわね・・・・・・

 まさか目撃者がいるなんて・・・ しくじったわ )


 実際のところ幼児虐待以外のなにものでもないのだが、ナデシコ内には、

 テンカワアキトをめぐる抗争に関しては参加資格に年齢制限がない代わりに

 参加した以上自分の身に何があっても自己責任、という不文律がある。


 そのため、いや、たとえそんな不文律がなくてもそうであろうが、

 彼女自身は全く悪いとは思っていなかった。

 相手が絶対に死なない、という信頼の裏返しでもある。

 だがここは街中であり、そんなナデシコの常識は通用しないのだ。


 ( まさか、このことを訴える気? それともゆすりとか?

 まあ、どっちにしてもみんなに頼めばなんとかしてくれるはず・・・・・・ )


 しかし、どうやらサラの考えているような事が目的ではなかったらしく、

 黙ったまま考え込んでいるサラに対して、こう言った。


 「だがっ! まだ消火器の使い方がなってないっ!!」


 「は?」


 その予想外のセリフにサラは間の抜けた表情になる。

 しかし彼女は、サラの反応などお構いなしに話を続けた。


 「はっきり言って未熟なんだよ! 技術も何もあったものじゃない。

 私に言わせりゃ、今のあんたは初めて消火器を手にしてはしゃぐ子供も同じッ!

 ・・・・・・とはいえ、まあ素人にしてはたいしたもんさ。

 なかなか普通の人間がそこまで消火器を使いこなせるもんじゃない。

 あんた、私の弟子になりな!

 私のもとで修行すれば、あの消火器ファイトで優勝することだって夢じゃないよ。

 それがどんなに名誉な事か、あんただって知っているだろう?

 あんたになら可能なのさ。そして、私ならあんたのその才能を最大限まで引き出してやれる。

 どうだい? 武闘家の、いや、器術家の魂が燃えてきただろう?

 ここまで燃え上がった魂の炎は、もはや消火器を以ってしても消す事は不可能なんだよ!

 さあ! 私と共においで!!

 そして! 消火器の道を歩み! 究め!!

 最高の高みにまで上りつめようじゃないかっ!!!」


 恍惚とした表情を浮かべて熱弁を振るう。


 が、それが終盤にさしかかる頃には、既に少女の姿はどこにも見あたらなくなっていた。

 

 

 

 

 「変な人っているものね・・・・・・ ナデシコの中以外にも」


 自分もその一員であるという自覚が全く伺えないセリフをつぶやきつつ、 サラは艦へと急いでいた。

 この後 「 同盟 」 の会議があるのだ。

 おかしな勧誘にかまっている暇など、今の彼女には一秒もなかった。


    どんっ


 だがいささか急ぎすぎていたらしい。

 突然前方の路地から現れた大きな人影に衝突し、派手にひっくり返ってしまった。


 「いたたた・・・ なによ、いきなり!」


 地面にしりもちをついたままぶつかった相手を見上げる。

 一目で誰の目にもごろつきとあきらかな汚らしい格好をした男が、

 その両脇に二人、こちらもいかにも子分といった風体の男を連れていた。

 彼らが好色そうな表情を浮かべて見ている先が、

 倒れたはずみに膝上10cm程まで捲くれ上がった スカートから露出している自分の脚だと気づいて、

 ぱっと立ち上がり男達を鋭く睨む。


 「おやおや、気の強いお嬢さんですねぇ。しかも美しい・・・・・・

 少しお付き合いいただけませんか?」


 サラはそんなリーダー格の口ぶりを聞いて思わずこけそうになった。

 格好とセリフが不釣合いな事この上ない。おまけに声も少年のように高い。

 威圧感のあるがっちりとした身体やいかつい顔つきをしている以上、

 月並みではあってもいっそ野太い声で

 「気の強え姉ちゃんだ、ちょっと付き合えやガハガハ」 

 とでも言ってくれた方が精神衛生上好ましいというものだった。


 「ふふふふ・・・」


 含み笑いが似合わない事甚だしい。


 「私はあまり手荒な事はしたくないんですよ。

 お嬢さんもこの数を相手に逃げられるとは思わないでしょう?

 大人しくしていただきたいですね」


 言葉どおり、いつの間にか後方にあらわれた四人が、

 もといた三人と連携してサラを取り囲んでいた。


 だが、黙って言いなりになるサラではない。

 なにしろ彼女にはまだ最強の武器が残されているのから。

 ここで取り出すのは恥ずかしかったが、この際そうも言っていられない。


 覚悟を決めた表情で突然すーっとワンピースの裾を持ち上げ始めた目の前の美少女に、

 それを拝める位置に立っていた前方の三人の目は釘付けになった。

 しかし、彼女の最強の武器とはむろん色仕掛けの事ではない。


 「ほう、なかなかよい眺めですね・・・・・・

 ・・・!?」


 あと少しで下着、という高さまで持ち上げられた時、

 左内もものきわどい高さに巻きつけられた黒いベルトが現れた。

 白く眩しい太ももと黒く艶かしいベルトのコントラストが神秘的なまでに悩ましい。


 男性なら誰もが思わず見惚れてしまうような光景であったが、

 リーダーの男はいつでもとびのけるように構えを取った。

 サラのそれは女スパイが銃を携帯する古典的な方法だったからだ。


 だがそこにあったのは男の予想を大きく裏切るものだった。

 成人男性の親指より一回り大きいぐらいの、円筒形で真っ赤な物体。

 小さくはあるが、それは紛れもなく消火器であった。


 この日既に3本を消費しており、ホルダーに残っているのは2本だけだ。

 そのうちの一本を細い指ですばやく抜き取ると、

 そのミニチュア消火器についている黄色い安全栓を勢いよく引き抜いた。


 ( まさか、銃ではなく手榴弾ですかっ!? )


 リーダーの男はそう考えて両腕で身体をかばった。


 しかしいつまで待っても少女がそれを放り投げようとする気配はない。

 手榴弾などではないのだから当然の事だ。


 そもそも、彼女の動作はあきらかに訓練などつんでいない、一般人のそれである。

 そんな一般人の少女が、女スパイのように銃や手榴弾などを携帯しているはずがないのだ。

 彼女の隠し持っていたものが銃火器でなく消火器である事など、

 常識で考えればすぐにわかりそうなものだったが、

 この男はそんな常識など持ちあわせていないらしかった。


 サラがそれを放り投げようとする気配は一向になかったが、

 その場にひとつ、変化は起きていた。

 彼女が手にしている消火器が、しだいに大きくなっているのである。


 それを見たごろつきの一人が、錯覚かと目をこすった。

 だがこの男が次に目を開けた時には、 それは彼女の手の中で缶ジュースほどの大きさになっていた。


 呆気にとられる男達の前でそれはぐんぐんと大きくなり、

 やがてそれが止まった時、少女の手にあったのは10型 ( 高さ約40cm弱 ) の、 一般的な消火器だった。



 ―――サラ専用携帯型消火器。

 それは、以前彼女が整備班にいる親友レイナに、消火器を携帯できないかな、

 と相談していたのを偶然聞きつけた整備班班長ウリバタケが

 エステの整備をほったらかして完成させたものだ。

 いや、正確に言えば作成されたのは消火器ではなく消火器の安全栓である。

 この安全栓を差し込めば、ごく一般の消火器が縮小してしまうのだ。

 そして引き抜けば当然元の消火器となる。

 大喜びのサラに、これを渡す条件としてウリバタケが要求してきた事が、

 専用の黒いホルダーベルトを左ふとももに巻いて持ちあるくことだった。

 近い将来、 それが自分や組織の仲間相手に使用されることを見越しての事だったのかもしれない。

 当初はホルダーベルトを嫌がっていたサラだが、着けてみて気に入ったのだろう。

 以後一日としてそれを身につけていない日はない。

 それを知ってウリバタケは喜んだが、

 サラはいつも消火器を手にしてから彼らに襲い掛かるので

 結局彼がそれを目にすることはできなかった。



 それがこの日、初めてスカートの中身を見せてしまったのだ。

 それもアキト以外の男性に。

 仕方がなかったし肝心なところは見られていないとはいえ、

 羞恥と怒りから既に顔が真っ赤になっている。


 ・・・・・・全部忘れさせてやるんだから!


 そう心に決め、元の大きさを取り戻した消火器を

 くるくるっと数度回転させた後、がっしりと構えて男達を睨む。


 「へ、そんなもんで・・・」


    どがっ!!


 挑発しようとした男が一撃の下、吹き飛ばされて白目を剥いた。


 その手馴れた様子にリーダーの男がおびえた声をあげた。


 「ま、まさか、消火器ファイター・・・・・・!?」


 ―――ぴくり


 男の言葉に思わず反応してしまう。


 ( さっき変な勧誘をしてきた女の人も同じようなこと言っていたよね。

 たしか、消火器ファイトがどうとか・・・

 それって一体・・・・・・? )


    ガァンッ!!


 「・・・痛っ!?」


 背後に立つ男のハイキックに、頭上に振り上げていた消火器を蹴り飛ばされた。

 サラが考え込んでいたのは決して長い時間ではない。

 だが、このような状況での一瞬の油断は致命的だった。


 今度は消火器を取り出させてはくれないだろう。

 そう気づいてぎゅっと唇を噛む。


 その表情を見て安心したのかリーダーの男が饒舌に話しだした。


 「ふ、ふふふふ、あっはっはっは!!!

 脅かさないでくださいよ、お嬢さん。

 時期が時期だけに消火器ファイターかと疑ってしまいましたよ。

 どうやら私の早とちりだったようですね。

 まあもし本当に消火器ファイターだったとしてもその程度の腕では

 一回戦ですぐに負けるでしょうがね。

 さあ、もう気が済んだでしょう。こちらへいらっしゃい、強い強いお嬢さん。

 ふ、くっくっくっく・・・・・・」


 サラを取り囲んでいる男達が下卑た表情で舌なめずりをしながらその円を縮めた。


 だが、彼らがいま少し注意深ければ、ある事に気づいたであろう。

 そう、いつまでたっても蹴り飛ばされた消火器の落下音が聞こえないという事に。


 「さあ、お嬢さん・・・・・・」


 「ふん、その辺にしとくんだねぇっ!!」


 「何ッ!?」


 突然背後からとどろいた女性の声に、リーダーの男は振り返った。

 他のごろつき達も一斉にそちらを向く。

 そこには、サラの携帯型消火器を手にしたまま、

 路上駐車された車の上に悠然と立つ女性の姿があった。


 ジーンズ姿のその女性は、まさしく先ほどサラを勧誘していた人物だった。


 「はぁっ!!」


   シュルシュル・・・

        ・・・パシッ!!


 その女性が気合とともに消火器を振ると、

 ホースがうなりをあげてサラの元へ伸び、彼女の腕に巻きついた。

 その場の誰もがわが目を疑った。

 彼女の位置からサラまでは10m近くも離れている。

 40cmほどしかない消火器のホースが届くような位置ではないのだ。


 サラも含めた皆が呆気にとられているなか、

 魚でも釣り上げるかのようにサラを自分の隣にひきよせた。

 突然の展開に腰が砕けたのかへなへなとボンネットの上にしゃがみこみながら、

 自分を救ってくれた女性とその手の中にある消火器とを交互に見つめる。

 少し前まで少女に巻きついていたホースは、

 何事もなかったかのように元の長さに戻り、彼女の腕から離れていた。


 「い、今のは一体・・・?」


 「ホースはゴムでできてるんだよ? その気になればいくらでも伸ばす事ができるさ」


 当惑しきった表情で問うサラに、その女性は当然の事と言わんばかりに答える。

 無論そんな答えで納得できるはずもなく、重ねて問おうとしたが、

 ごろつきリーダーの甲高い怒声によってさえぎられた。


 「何者ですっ!? 私の邪魔をするのはっ!!」


 だが、それには答えず、鼻で笑って言った。


 「ハン、喋り方と声とを格好に合わないものにしただけで

 ステレオタイプのごろつきから脱却したつもりかいっ!!

 その程度で目立てると思うなど、所詮ごろつきの浅はかさだねっ!!」


 「なんですとっ!?」


 己の考えを見透かされて、顔を真っ赤にしながら男が吠えた。

 しかしそんなものでこの女性はひるんだりしない。


 「有象無象から抜け出したいのならとことんやるんだったねっ!!

 例えば70過ぎの婆さんに襲い掛かるとかさ!

 言葉だけ変えたところで若い娘を襲ってちゃ、結局そこらのごろつきと変わりゃしない。

 中途半端にやろうとするからそんな風に却ってみっともない事になるのさ」


 敬老精神などかけらもないようなセリフを言う。

 そんな彼女のアドバイスに、頷いたりはもちろんしなかった。


 「そのような趣味はありませんっ!!

 第一、それでは目的と手段とが逆転しているではないですかっ!!!!」


 「手段と目的を入れ替える事もできないような輩が、私の前で悪事をはたらくなっ!!」


    すたっ


 言葉とともに、消火器を手にしたまま車の上から飛び降りる。


 男の方は、相手のあまりの迫力に気圧され、

 その理不尽な物言いに対しては口をパクパクと動かす事でささやかな抗議を行うのみであった。


 「本物の消火器ファイターの戦い方、その青い両目によ〜く焼き付けておきなっ!」


 女性が言ったのはサラに対してであったが、その言葉に反応したのはごろつき達だった。


 「しょ、消火器ファイターだとっ!!」


 「あ、兄貴、あいつは、やべえよっ!! 俺、見た事ある!!」


 「そ、そうだ、俺もあるぜ。こいつは確か、二回連続消火器ファイト優勝者・・・」


 「消火器から生まれた女、烈火の消火主婦・・・・・・」


 「 「消火器女帝、蕭翠玉っ!?」 」


 思わず声を合わせて叫んだごろつき達の言葉に、もとよりきつめの目を更に細めた。


 「そこまで知っているならいまさら逃げられるなんて思っていないだろうねえ?

 さっさと終わらさせてもらうよ!

 秘技!! 疾風怒濤円舞!!!!


 それまで片手で持っていた消火器を、両手で握り正眼に構えたかと思うと

 轟々とすごい勢いで回転を始め、やがてその姿は竜巻のようにしか見えなくなった。

 そして、恐らく消火器のレバーをひいたのであろう。

 彼女を中心としてやや赤みがかった白い粉が噴き出した。


 ごろつき達がその淡紅色の霧に包まれて恐怖のあまり声も出せないでいる中、

 ただ彼女の回転する音のみが風を切り響き渡る。


   ガキンガキンッ!!

      ゴウンゴウン!!!

         ドスッドスッドスッッ!!!!


 幾度、そのような非音楽的な鈍い音が鳴っただろう。

 傍から見ていたサラには、それが永遠に続くかのように思われた。

 だが、それが始まってから十数秒後、

 シュウウウゥゥゥゥッッ!!!

 という音を最後に徐々に霧が薄らいでいった。

 それに伴って凄まじい回転音もまた勢いを失い、やがて消える。


 薄れゆく霧の中、サラの目に映ったのは、 回転する前と同じく消火器を正眼に構えた蕭翠玉と

 赤みを帯びた六体の雪像らしき物体であった。


 「追魂奪命っ!!」


 一声叫んで構えていた消火器をストンと地面に下ろす。

 瞬間―――

 ドサドサッと音を立てて彼女の周囲に並んでいた像が一斉に地面に倒れ、崩れた。

 その衝撃に再度もやが生まれ辺りを霞ませる。


 そのもやもまだ消えやらぬうちに、 蕭翠玉と呼ばれた女がゆっくりとサラの方へと向かってくる。

 地に伏し消火剤まみれのまま気を失っている男達などもはや一顧だにせず、

 その視線はただサラにのみ注がれている。


 彼女もまた、蕭翠玉から目が離せなくなっていた。

 ・・・・・・綺麗。

 彼女が台風の目であったからであろうか、

 ごろつき達と違って少しも消火剤をかぶっていないその姿は、 同性であるサラをしてそう思わせた。

 それは、初めて漆黒の戦神の・・・

 テンカワアキトの戦いを見た時の感動に似ていた。


 「一緒に来るかい?」


 優しい微笑を浮かべながら聞いてくる女性に対して、

 サラは催眠術にでもかかったかのようなどこか虚ろな目で、コクリと頷いた。

 

 

 

 





     あとがき

 


 消火器は使い方をよく読んで正しく使用しましょう。

 

 

 

 

 

 とまあ、これだけで終わるほうが良いかとも思ったんですが

 一回目でもある事ですし、蛇足ながら少しだけ。


 「 Gナデシコ 」 を読んで自分でもどうしようもないほど

 格闘を、熱き魂と魂のぶつかりあいを、書いてみたくなりました。

 その結果がこのざまです。


 サラへの誤解を膨らまして形にすることになってしまって

 彼女には悪い事したかな、と思わなくもないです。


 コンセプトは、まあ基本的ではありますが、

 努力、友情、勝利。

 そして、偏愛。


 そんなこんなで一話に最低一度は戦うシーンを織り込みつつ

 彼女の成長物語みたいなものを書いていきたいなと。

 今回は顔見せ程度で終わってしまったので格闘的にまだまだですね。精進します。


 上であげたコンセプトとは別に、荒唐無稽かつ理不尽でありながらも

 思わず読んで納得してしまうというか、少なくとも疑問に思わせないような

 そんな問答無用な勢いをもたせたいという目標があったんですが・・・・・・


 そもそも荒唐無稽を書くのが難しい・・・・・・


 なにぶん良識派なもので。


 今後、ちょっとでも荒唐無稽に近づけられるよう

 いっそう努力することをここに誓いつつ・・・・・・

 ひとまずペンと、そして消火器を置くことにします。 

 

 

 

 

代理人の感想

むう、照れ臭いやら嬉しいやら(笑)。

他の人はどうか知りませんが、私は自分自身が熱血してないとああいう文章は書けないので、

取り合えず執筆時にテンションを高める工夫をしてみてはどうでしょうか。

 

 

>なにぶん良識派なもので

良識と荒唐無稽とは無関係!

打ち破るべきは固定観念であり、「こうでなくてはならない」という常識ゆえの誤解!

大丈夫、インパクトさえあれば貴方の文章が新しい常識になるのだっ!